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今日はまず前回の記事「岩波書店と首都圏労働組合の団体交渉 (上)」の訂正をしておきたい。岩波書店労働組合は金光翔さんを組合から除名したが、その際、岩波労組は「会社に解雇を求めない」としたそうである。この行為について、私は「どういう理由かは分からないが」と記したのだが、後でもう一度金さんの記事を読み直してみたところ、実はこの理由ははっきり記されていることに気づいた。「ユニオンショップ組合であった岩波書店労働組合は、私を除名するとしながらも同時に、ユニオンショップ組合からの除名を理由とした解雇は最近の判例では解雇権の濫用にあたると見なされているから、会社に対しては金の解雇は求めない、としているのである。」と記述されているのを私は読み落としていたのだった。当該記事も後ほど訂正しなければと思っているが、まずここでお詫びして訂正させていただく。

さて、5月24日の岩波書店と首都圏労働組合の団交における最重要の課題は、金さん自身が述べているように、間違いなく「「解雇せざるをえない」通知の撤回問題」である。岩波書店は、4月1日の「解雇せざるをえない」通知では、同時に「貴殿が他の労働組合に加入しているか否かを確認の上、最終判断をします」とも述べていたそうである。この言い分にも相手の生殺与奪の権は我が手中にありと言わんばかりの尊大さがにじみ出ているが、それは別にして、その時から団交にいたるまでの間に岩波書店は、「首都圏労組とのやりとりの過程で、首都圏労組が「労働組合法上の労働組合」であることを確認した」と述べて、首都圏労働組合についてそれまでの認識を改めたことを表明している。団交の要請に応じたのもその結果のはずなのだから、この経過をみれば、解雇通知の撤回は当然のことと思う。というより、論理の必然としてそれ以外の結論は導きだせないのではないかと思われる。ところがさすがに岩波書店の経営陣である。そのような一般常識は通じないようである。

これまでの岩波書店の遣り方からすると、いきなり解雇通知を送りつけてきて苦痛を与えたことへの謝罪の言葉が期待できるなどとは私ももはや想像しないが、それでも、「金に対する解雇は現時点では見合わせるが、通知を出した4月1日時点では首都圏労組が「労働組合法上の労働組合」であるか確認できなかったのだから、通知を出したこと自体は問題がないし撤回する必要もない」という発言はひどすぎると思う。「解雇は現時点では見合わせるが」との自分勝手かつ不遜な言い草は何事だろうか。さらに、「金を現時点では解雇しない、というのは「現時点での最終判断」であり、状況が変化すればまた異なる「最終判断」に基づいて金を解雇する可能性もありえるので、通知の撤回には応じられない」とも述べているが、それでは、4月1日の通知で自ら表明していた「貴殿が他の労働組合に加入しているか否かを確認の上、最終判断をします」という文中の「最終判断」とは何だったのか。解雇か否かの最終判断のための条件、すなわち「金さんが他の労働組合に加入している」ことを確認したと述べていながら、最終判断は最終判断でも、これは「現時点での最終判断」である。だから「解雇撤回」はしないというような変わった主張にはなかなかお目にかかれるものではないだろう(とは言っても、最近はそうでもないことをこうして書きながら痛感するのだが…。)。これでは、自分たちは自分に都合の悪い場合には、最低限の論理も無視するし、自ら書面に明記した約束事でも一方的に破るに躊躇しない人間集団だと公的に宣言しているようなものである。

岩波書店が用いている論理(理屈)はあまりにもめずらしく興味深いものだから、これが行き着く先をもうすこし追いかけてみたい。一番問題になるのは、「状況が変化すればまた異なる「最終判断」に基づいて金を解雇する可能性もありえるので、通知の撤回には応じられない」という発言だと思うが、「状況が変化すれば」という言葉は文章を読んでいる私にはまったく思いがけないものに感じられた。岩波書店は「状況の変化」という以上、そういう場面を何か具体的に思い描いたり、想定したりしているに違いないだろう。そうでなければ、ここで「状況の変化」などという言葉が出てくることはないと思われるのだが、そうだとしたら、それはどういう場面だろう。

ここでは金さんが岩波労組以外の労働組合に現状加盟しているか否かだけが問題である。なぜなら、岩波書店が金さんに「解雇せざるをえない」通告をしたのは、かねてより金さんが所属していると主張していた首都圏労働組合が実体のないもの、いわばユウレイ組合ではないかと疑っていたからであると岩波書店自ら述べているのだから。そして金さんが確かに首都圏労働組合に所属していることが判明した。すると、ここで岩波書店のいう「状況の変化」とは、将来、金さんが首都圏労働組合を脱退したり、あるいは首都圏労働組合が解散した場合のことなどを想定した上で、その場合はまた「異なる「最終判断」に基づいて金を解雇する可能性もありえる」とでも主張しているのだろうか? それ以外には、この文脈で「状況が変化すれば」が意味するものは思いつかないのだが…。

結局推測になるしかないが、「状況が変化すればまた異なる「最終判断」に基づいて金を解雇する可能性もありえるので、通知の撤回には応じられない」という岩波書店の発言を上述のように理解すると、それでは会社は全従業員に対して個別に金さんに述べたのと同様の通告をするべきだろう、と言いたくなる。実質的にも形式上でもすでに解決したことを解決したと認めず、どこまでも引きずっていこうとするのならば、こういう言い分もありなのではないだろうか。もしこれが金さんを苦しめて排除するための嫌がらせでないのなら、社員に対する公平性のためにぜひそうしてほしいものである。先のことは誰にも分からないのだから、金さんが首都圏労働組合を脱退することはありえないとは断言できないごとく、現在岩波書店労働組合に加盟している人のなかから脱退する人が出ないとも限らない。この際、一人一人呼んで、「状況が変化すれば、あなたの解雇もありえる」と告げたらどうか。それが非常識だというのなら、自分たちが金さんに向かって発している「状況が変化すればまた異なる「最終判断」に…」云々の発言が非常識でないかどうか自ら省みてほしい。そうすれば、金さんへのこの対応が支離滅裂で非道で、また差別的でさえあるということが岩波の役員の人々にも理解できるのではないだろうか。

金さんが自分は首都圏労働組合の組合員だと述べているにも関わらず、岩波書店は自分たちで勝手に首都圏労働組合を疑わしいと決め付け、何年にもわたって非礼な対応をとり続けてきた。そもそも架空の労働組合をこしらえ上げてそこに自分が加盟しているなどとデタラメをいう必要などどこにあるのだろう。わざわざそんな面倒なことをしても自己の立場を不利にするだけで、何一つメリットはないのだ。それに以前金さんがブログに書いていたように、労働組合は「ユウレイ組合でい続けることの方が難しい」というのは事実だとちょっと考えれば分かることだ。岩波書店はこんな単純で簡単なことの判断も容易につかないらしいのに、それでいて、佐藤優氏が国策捜査の犠牲者だということはどういうわけか社内一丸となって信じ込んでいるようだ。そうでなければ、いくらなんでも佐藤氏の機嫌を損ねまいとして、週刊新潮の記事にあんなふうにデタラメ交じりの話をすることはないだろう。役員の一人は、社員が週刊新潮の取材に応じるのは自由だと述べたそうだが、会社の人事や社員に関して他の報道機関に虚偽の話をしてもいいということのようである。それならば、金さんの論文が「厳重注意」を受けたのは何故なのか。論文で波岩書店の著者を批判したから? しかし今回、岩波書店は、金さんに解雇せざるをえない通知を送ったことで岩波書店に抗議をした岩波書店の著者たちを「著者たちは間違っている」と批判し、その一言で自分たちへの抗議をにべもなく退けているが、これはどういうわけだろう。

それから、団交の後、金さんが6月以降の育児休暇の延長を申し出たところ、岩波書店は、「認めるから正式に書類申請してほしい」との回答をしたそうである。その際、「ところで、一つ確認したいのですが、育児休暇中の私は校正部配属なのでしょうか?よく産後休暇の女性社員が、総務部付となっている例を聞きますが、私も現在は総務部付なのでしょうか。」と質問したところ、5月27日のメールでの回答において、「金さんは現在も、校正部の所属です。」(桑原正雄校正部長・取締役)との答があったそうだ。そういう経過で正式な延長申請書類を提出したところ、それを受理した後の6月9日、会社は「新規に申請された休暇延長期間が1年以上にあたり、1年以上の休暇については慣例上、総務部付にしているから」として総務部付への異動を命じてきたそうである。

しかし、金さんによると、「育児休暇の延長申請によって異動になった前例は、岩波書店においてはない」そうである。それならば、会社が述べている「1年以上の休暇については慣例上、総務部付にしている」という言い分は虚偽ではないのだろうか。金さんは、

「このような一連の流れは、会社が、延長申請したとしても校正部付のままであると私に思わせておいた上で、延長申請させ、それを口実に異動を行う意図を持っていた、との疑念を強く持たせるものである。会社の行為は、育児休業の申出・取得を理由とした不利益な取扱いを禁じた、育児・介護休業法の規定を明白に侵すものである。」

と述べているが、これはまったくそのとおりではないかと思う。育児・介護休業法の「復職後の勤務」には次の条文がある。(強調は引用者による)

「(復職後の勤務)
第20条
1 育児・介護休業後の勤務は、原則として、休業直前の部署及び職務とする。
2 1にかかわらず、本人の希望がある場合及び組織の変更等やむを得ない事情がある場合には、部署及び職務の変更を行うことがある。この場合は、育児休業終了予定日の1か月前又は介護休業終了予定日の2週間前までに正式に決定し通知する。」

このように労働者の権利が法律によって保証されていても、岩波書店のように法の恣意的・差別的な運用を平然と行なうような会社が存在すれば、すべては画に描いた餅、それでなくても不安でいっぱいの現在の日本社会で働く者は安心して子どもを生み、育てられるはずもない。それにしても岩波書店は一方で労働問題に関する良識的といわれる書物を出版してきていながら、内なる姿がこれでは読者をバカにしていることになるのではないだろうか。読者の人々に対してはもちろんだが、岩波書店から労働関係の書物を出版している著者の人たちにもこの問題に関する意見をどしどし述べてほしいと切に願う。
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2011.07.16 Sat l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
    

「首都圏労働組合特設ブログ」で金光翔さんの「岩波書店、「解雇せざるをえない」通知の継続を宣言(5月24日 対岩波書店団交記録)」を読んで、岩波書店が相変わらず道理の通らない不合理な主張をしていることを知った。その主張・行動は不合理であるとともに冷酷でもあり、せこくみみっちいものでもあるように思う。岩波書店の刊行物は雑誌『世界』をふくめてかねてより自分たちが現在行なっているこのような言動をこそ批判してきたのではなかったのだろうか。ともかく日本を代表する良心的出版社と自認している「大岩波」の実態がこのような有り様かと思うと、怒りとともにやりきれなさ、情けなさの感情が込み上げてくるのを抑えられなかった。

首都圏労働組合が、5月24日にようやく開かれた団体交渉の場で、岩波書店に対し、金さんに送られてきた4月1日付文書の「会社は岩波書店労働組合との間で締結している「労働協約書」に基づいて貴殿を解雇せざるを得ない」という主張を撤回するよう要求したところ、岩波書店は、「応じられない」と答えたそうである。その理由は、金さんに「解雇」通知を発送した後、「4月11日までにB(注・原文では実名)らによる組合員名義の抗議文を受け取った」り、「何度かやり取りする中で、組合員が確かに複数存在するらしいことが確認できたため、首都圏労組を労組法上の労働組合であると判断し」たが、「4月1日時点では首都圏労働組合が労働組合法上の労働組合であることが確認できなかったので、その時点で「解雇」通知を出したことは、首都圏労組が主張する不当労働行為には当たらない。」から、撤回する必要はないとのことだったそうである。

岩波書店は上記のように、「4月1日時点では首都圏労働組合が労働組合法上の労働組合であることが確認できなかった」と述べているが、本当にそうなのだろうか?「確認できなかった」のではなく、「確認する気がなかった」「確認したくなかった」というのが岩波書店の本心ではないのだろうか。

2008年12月「首都圏労働組合特設ブログ」に掲載された「岩波書店代表取締役社長・山口昭男氏と佐藤優」というタイトルの記事によると、金光翔さんに対して会社は「首都圏労働組合に実体があると判断する、規約などの材料を自分たちは持ち合わせていない」と言ったそうである。そこで金さんが、では規約を渡せばいいのかと聞くと、会社は「それはあくまで検討材料の一つだ」と述べたそうである。これに対して金さんは「組合に実体があると認める客観的な基準を示さず、実体があるかを判断する主体はあくまでも会社側、という論理なのだ。労使対等という、労働法の基本原則から乖離していることは言うまでもない。こんな論理ならばいくらでも「実体があると判断する」ことを先延ばしできるから、実際には、会社が、首都圏労働組合が労働委員会による資格審査に通って、法人として不当労働行為の救済申立ができるようになるまで、「実体があると見なさない」ということだろう。」と批判すると同時に、「岩波書店は首都圏労働組合とのやりとりにおいて、「委員長」「住所」は認識しているはずである。」とも述べている。

金さんの指摘のように岩波書店が首都圏労働組合の「委員長」と「住所」を認識しているというのが事実ならば、この時点(2008年)で組合員が複数存在することを会社は承知していたわけである。その上、金さんは「規約を渡せばいいのですか」と訊いているが、この時岩波書店が「それはあくまで検討材料の一つだ」などとまったく消極的な返答をしたのはどういうわけだろうか。ここで誠実な応答の形として岩波書店に求められていたのは、「実体があると認める客観的な基準を示」すことだったはずである。

この「岩波書店代表取締役社長・山口昭男氏と佐藤優」という記事は、佐藤優氏が、これはおそらく首都圏労働組合を当てこすってのことだろう、雑誌である労働組合を「ユウレイ組合」と書いたことへの反論文だったと思うが、ここで金さんは憲法28条や菅野和夫『労働法 第八版』弘文堂、2008年)やその他の資料を提示して、岩波書店や佐藤優氏の首都圏労働組合に対する「ユウレイ組合」視が如何に大きな誤りであるかを説得的に述べていた。私も今回少しウェブ上で労働組合について調べてみたが、金さんの記述の正しさを保証する文章はいくらでも存在するようである。たとえば、下記の「★組合作り相談サイト(NU東京)」の「労働組合の作り方」の記事。

「最近、労働組合結成にあたって「労働組合は法人にする必要があるのか?」とか「労働委員会の資格審査を受ける必要があるのか?」という相談を受けることがありますが、労働組合を結成することと、法人化すること、労働委員会の資格審査を受けることは全く別の次元の事柄です。とくに「法人化」は労働組合の結成とはなんら関係がありません。労働委員会による資格審査は、労働組合活動の中で必要に応じて受ければよいのです(このときのポイントは、運営について経営者から自立していること、運営が民主的であるということ、労働組合法第五条に示された規約を持っているということです)。一番大事なことは、労働者が労働者間の差別を認めずに経営者から自立して集まり(団結して)、自分達の経営に対する要求をまとめ、交渉を申し入れるということです。」

また、Wikipediaにおける労働組合の作り方についての記述も上の場合とほぼ同様の内容である。

「日本の場合、複数の労働者が組合結成に合意することにより労働組合を結成できる。結成についていかなる届け出も認証も許可も必要ではない。ただし、法人登記を行うためには、地域の労働委員会に規約その他必要書類を提出し、労働組合法上の規定を満たしている証明を得る必要がある。」

これらの文章を読むと、労働組合の結成は、法人化や労働委員会の資格審査を受けることなどとはまったく別の次元の事柄のようである。要は、二人以上の労働者が経営者から自立して集まり、労働環境や労働条件の維持・改善のために、経営側と交渉を行なうことこそが労働組合の存在意義であり、また労働組合運動として決定的に大事だという点については、労働組合というものについて述べるどの論者の意見も見事に一致しているようである。またこれらは金さんが実際に会社を相手に実践していることそのもののように思われるが、これとは反対に、岩波書店の言い分を肯定的に補足してくれる文章は見当たらないようである。少なくとも私は見つけることはできなかった。組合結成にあたっては、複数(二人以上)の労働者が結集することや規約をもっていることの必要性は述べられていても、労働組合は組合員名簿を経営者に見せて許可を得る義務などないのである。首都圏労働組合の規約は首都圏労働組合特設ブログにもう一年以上も前から掲載されているので、岩波書店は知らないはずはないと思われる。

ところが岩波書店は、4月1日付で「首都圏労働組合」は存在しないものとして(そのように決めつけているのでなければ解雇通知は送れないだろう)、また岩波書店労働組合は金さんを除名するに際して(金さんはすでに5年も前に脱退届を提出しているというのに岩波労組は「脱退届受理」とするのではなく、あえて「除名」にしている)、どういう理由かは分からないが会社に対して金さんの「解雇は求めない」と述べている。しかし、会社、すなわち岩波書店はそれを無視して金さんに「岩波労組の除名により、解雇せざるを得ない」という通知を送りつけている。このような遣り方を見ると、第三者としては労使ともに本当に変わっているな、行動が奇矯だなと思うが、勤務先の会社からいきなりこういう解雇通告文書を自宅に送りつけられた金さんの方はたまったものではないだろう。しかもこの時、金さんは会社を休業中だった、それも3月から育児休業を取得していた最中での「解雇せざるをえない」通知だったという。(強調は引用者による。)


    

さて、5月24日の団交の場で、「解雇せざるをえない」通知を撤回するようにという首都圏労働組合の要求に対し、岩波書店が「4月1日時点では首都圏労働組合が労働組合法上の労働組合であることが確認できなかった」と言う理由をつけて「応じられない」と答えたことは、最初に述べた。

しかし、百歩譲って、4月1日時点では「確認できなかった」という岩波書店の言い分を認めたとしても、4月11日以降、首都圏労働組合の他の組合員からの抗議文を受け取ったり、何度かやり取りする中で、首都圏労働組合には組合員が確かに複数存在するらしいことが確認できたと岩波書店は自ら述べているのだから、「確認できた」というその時点で、「解雇せざるをえない」通知を撤回する通知を謝罪とともに大急ぎで送付するのが良識的な対応であろう。「解雇」ということは、その人の生活の糧を一方的に奪うこと、人生を大きく狂わせることである。まして、金さんは育児休業中だったというのだから、なおさらそうであろう。

むしろ私は、岩波書店は金さんが育児休業中であることをこれ幸いと利用して「解雇せざるをえない」通知を送ったのではないかという疑いさえもつのだが、どちらにせよ岩波書店のこの行為はどこから見ても卑劣に過ぎるのではないだろうか。東日本大震災とそれに伴う原発事故のために嘗めさせられている被災地の人々の筆舌に尽くしがたい苦しみとは比較はできないとしても、関東近辺にも原発事故による悩みや苦しみを現実に味わっている人々が数多くいる。そのなかで小さな子どもをかかえた親たちの心配・不安も大変なものだろう。乳幼児をもつ親はなおさらであろう。水や食料(特に母乳の場合)から放射性物質を摂取することによる危険性は子どもが幼ければ幼いほど大きいというのは周知のことだが、金さんは育児休業の延長を申請したそうである。理由について記事には「諸事情のため」としか書かれていなかったが、もしかすると原発事故の子どもにあたえる影響に対する懸念も理由の一つではないのかとも思う。そのようなことは誰でもふと想像することだろうと思うが、岩波書店の人々は違うようである。しかし一方、岩波書店役員は、大震災および原発事故に関連して、「「岩波原理主義者」たちとの闘い――「解雇せざるをえない」との通知について」によると、下記のように述べているようだ。

「来期は……岩波書店として社会的発信を強めていくことを方針としていきたいと考えています。いかなる状況であろうとも岩波書店ここにありという存在感を未来へつなぐ、持続可能な経営のために役員全員でとりくんでいきたい。」(「2011春闘団交ニュース」3月16日付より)

「岩波書店では早くから原発批判を続けてきました。1970年代から都留先生などを中心にやってきましたが、そういった中で言っていた最悪の事態を超えた事態がいま進行している。悪夢といってもよい事態です。我々の力が足りなかったのではと、怒りとともに忸怩たる思いを禁じ得ません。岩波茂雄が敗戦のときに感じたのとまさに同じような気持ちです。今、社会にむけて発信しなくて何のための編集者、何のための出版社、何のための岩波書店かと思います。人々を励まし、前を向いてもらえるようなことを考えなくてはならない。今がまさにその時。皆が一丸となってがんばりたい、がんばっていこう」(同上)

上の発言の他に、組合員の発言として「人々を励まし、前を向いてもらえるようなことを考えなくてはならない。今がまさにその時。」という言葉も同記事には引用されているが、震災や原発に関連して「人々を励ます」ことができるためには、まずその原発の影響についてあれこれ考えざるをえないのではないか、苦に病んでいるのではないかと想像される育児休業中の身近の人物のことに配慮がおよぶことであろう。育児休業中の人物に対し、客観的に見れば何ら正当な理由もないのに、「除名」「解雇通告」などできる人々がどうして他の苦しんでいる人々を励ますことができるのだろうか。
2011.07.12 Tue l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
  「我、国に裏切られようとも 証言 村上正邦」について (下)

村上正邦氏が参議院議員選挙に百万以上の得票で初当選(1974年に続く二回目の挑戦)したのは1980年。議員になるまでの氏は、生長の家創設者の谷口雅春氏の講演に鞄持ちとして随いて回ったり、生長の家の先輩である参議院議員玉置和郎氏の秘書官を務めたり、生長の家・仏教・神道・キリスト教などの諸宗教関係者・団体が集まって1974年に結成された「日本を守る会」(注)に拠って「天皇即位50周年」祝辞行事や、元号法制定(1979年)のために裏方の役回りで精力的に活動していたようである。

「我、国に裏切られようとも 証言 村上正邦」を読んでいると、国会議員になってからの村上氏は「参院のドン」と呼ばれていたそうだが、確かにさもありなんと思えるほど、重要な政局や法案成立に深く関わり、存在感を発揮していたようである。PKO法や国旗・国歌法の成立、4月29日を昭和の日とする祝日法改定など。また、小渕首相が病で倒れた直後に密室で後任・森総理を決定したとされるいわゆる五人組の一人でもあった。憲法「改正」はもちろん、優生保護法「改正」などにも最も熱心な政治家の一人であったが、今も講演などで、これらの法改定の必要性を説いて回っているのか、母体保護法「改正」の必要について壇上で話している村上氏の動画がウェブに出ている。本で語っている話とまったく同じ内容だったのにはちょっと苦笑させられたが、その場面を少し本から抜き書きしておくことにする。1982年、参院予算委員会でのことだったそうである。


「総理はじめ閣僚の皆様にぜひ聞いていただきたい歌がございます。」
そう前置きして私は次のような、歌詞を読み上げました。

ママ! ママ!
ボクは、生まれそこねた子供です
おいしいお乳も知らず
暖かい胸も知らず
ひとりぼっちで捨てられた
人になれない子供です
ママ! ママ!
ボクの声は 届いているの
ここはとても寒いの
ママのそばに行きたい
ボクは 生まれそこねた子供です

読み上げた後で鈴木善幸首相らの感想を聞くと、鈴木首相は「幼い生命についての切々たる叫び、そういうものを私はこの詩から感じる」と言い、森下元晴厚相は「まことに示唆に富んだ、内容の深い歌であり詩であると思う」と答えたので私はこう言いました。
「この歌を聞くたびに中絶された胎児のしゅうしゅうとすすり泣く悲しみの声が海の底から間こえてくる思いがする。優生保護の名のもとに聞から闇へと葬り去られた五千万から七千万にも上る胎児の御霊に懺悔し、御霊鎮まれと祈り、合掌しつつ本論に入らしていただきます」
 生長の家は法改正のために七百万人の署名を集めました。玉置と私で二百人近い国会議員を集めて『生命尊重議員連盟』もつくった。そうやって中絶は生命の尊厳を否定するものだから中絶理由から経済条項を削除すべきだという一大運動を展開したんです。
昭和五十七年十一月に総理になった中曽根康弘さんは生長の家の二代目総裁・谷口清超先生と東大の同期だった。そのうえ奥様が生長の家の活動に熱心で、ご主人が朝出かけるときは『甘露の法雨』を必ず背広の胸のポケットへ入れておかれるから、中曽根さんも法改正に積極的だった。 」

この法「改正」案には自民党でさえ女性議員は議連をつくって反対した。これは当然のことで、「改正」されたあかつきにはどんな悲惨な事態が女性の身に生じることになるか、あまりにも明白であった。村上氏が口ぶりからしてそのような事態を想像さえしていないらしいことには一驚をおぼえる。上記の歌詞は誰の作なのか、苦々しいというか、失笑してしまうというか、ちょっと恥辱に似た思いをおぼえたりもするので、これをあちこちで披露するのはどうか勘弁してほしいと村上氏にはお願いしたい。

村上氏にとって1999年の国旗・国歌法の成立は感慨深いものだったようで、「 私は日の丸、君が代という日本人の魂を千代に八千代に残すことができたことを今も誇りに思っています。」と述べている。

日の丸、君が代が日本人の魂だなぞというまるで根拠も説得力もない、日本以外では通用しそうもない勝手な思い込み・決めつけを国民・市民に押し付けようとして作られたのが「国旗・国歌法」ではないのだろうか。上記の村上氏の理屈が成立するためには、アジア・太平洋戦争は侵略戦争ではなく、聖戦だったとしなければならず、その点村上氏の場合、極右政治家としての論理は一貫しているのかも知れない。しかし、この法律が教育の現場で強制力をもつようになって以来、本来児童・生徒の教育に関心や熱意をもっている若い有為な人材が教職そのもの、あるいは公立学校を敬遠するようになっていることも客観的事実である。君が代を起立して歌わなければ処分するというような、恐喝・恐怖を内在する職業や職場を迷いなく選ぶことは、歴史や世界をきちんと知れば知るほど困難なことになるだろう。

魚住氏は、「野中広務 差別と権力」(講談社2004年)のなかで、2003年9月、政界引退を発表した直後の野中氏が有楽町の日本外国特派員協会に招かれて話をしたときのことを次のように書いていた。


「イラクに自衛隊が行ったとき、犠牲者が出なければ日本人は気がついてくれません。正当防衛としてイラクの人を殺すことになる。日本は戦前の道をいま歩もうとしているのです。そこまで言われなければ気がつかないのかなあと思うと、一つの時代を生きてきた人間として本当に悲しくなります」
 悲壮感を漂わせた野中の演説を聞きながら、私はこの野中の評伝が月刊誌に掲載された直後に衆院議員会館で彼に会ったときのことを思い出していた。
 彼はうっすらと涙をにじませた目で私を睨みつけながら言った。
「君が部落のことを書いたことで、私の家族がどれほど辛い思いをしているか知っているのか。そうなることが分かっていて、書いたのか」
 私は答えなかった。返す言葉が見つからなかったからだ。どんな理屈をつけようと、彼の家族に心理的ダメージを与えたことに変わりはない。
 野中は何度も同じことを私に聞いた。私は苦し紛れに言った。
「ご家族には本当に申し訳ないと思っています。誠心誠意書いたつもりですが……これは私の業なんです」
 私の業とは、心の奥深くから湧き上がってくる、知りたい、書きたいという取材者としての衝動のことである。「あなただって、自分の業に突き動かされて政治をやってきたのではないか」
と私は言いかけて、その言葉を途中でのみ込んだ。
 野中は差別という重い十字架を背負いながら、半世紀にわたる権力闘争の修羅場をくぐり抜けてきた男だ。おそらく私が暗に言いたかったことを分かったのだろう。彼はそれ以上、何も聞こうとしなかった。」


「これは私の業なんです」という魚住氏の言葉を、私は僭越な言い方で恐縮だが、おそらく「それ以上、何も聞こうとしなかった」野中氏と同じように受けとめていたのではないかと思う。みんなが薄々知っていることだったとしても、それが重大なことであれば、文字に綴ることには特別の重みが生じる。他人についてその人やその家族を傷つけてでも、自分の業のためにあえて書くというのであれば、自分には書くことにおける責任をきちんと引き受ける覚悟があると宣言したことになるはずだ。そのとき私はそう思って魚住氏の業という言葉に対し、真実に近づこうという気骨のようなものを感じ、清清しい気持ちがしたのだが、けれども、残念なことに、「我、国に裏切られようとも 証言 村上正邦」には、そのような心構え、矜持は片鱗も感じられなかった。

「ナーンダ、ソウダッタノ。」というような言葉をある作家が反体制の立場をとりながら勲章を授けられると辞退しないで受勲する人々について失望も露わに書いているのを読んだことがあるが、この本に対して私もちょうどそういう感じをもった。この本について、魚住氏は「はじめに」で「本来なら決して交差しないはずの語り手と聞き手が、たまたま遭遇して生まれた火花のようなものだと言ってもいいだろう。」と述べているが、はたして火花がどこかのページで一瞬にせよ飛び散ることがあっただろうか。そもそも表題の「我、国に裏切られようとも」からして、語り手と聞き手のいい気なナルシシズムが絡んでいないだろうか。

岩波書店は長年、哲学や歴史から物理、数学など幅広い分野にわたって岩波講座という書籍をシリーズで出しているが、2002~2003年には、「天皇と王権を考える」という講座が全10巻で刊行されている。図書館の棚を見ていて王政と天皇制の違いというようなことが解るかも知れないと思って、当時借りたことがあるのだが、第一巻の「人類社会の中の天皇と王権」に「現代天皇制論 ――日常意識の中の天皇制」(栗原 彬著)が掲載されており、このなかに村上正邦氏のことが取り上げられている。その部分を以下に引用する。


 ここで一つ重要な論点として出しておきたいのは、二番目に挙げた「天皇なんて知らないよ」という若者を動員することをめざした、「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」の問題です。これは、1999年11月12日に皇居前広場と外苑を使って行なわれた大規模な祭典です。主催は稲葉興作が会長をつとめた奉祝委員会と、森喜朗が会長であった奉祝国会議員連盟です。しかし、この演出シナリオをつくったのは末次一郎と村上正邦という人物でした。
 末次一郎は国士と言える人物です。佐賀県出身、国民祭典の当時は77歳、陸軍中野学校を卒業した元軍人です。(略)天皇の主催する園遊会に6回招待されているという、民間人では異例の存在です。昭和天皇の大喪の礼にも、新天皇の即位の礼にも招待されています。また若い人の教育、若者の国家への奉仕活動を熱心に推進してきました。
 もう一人が、KSD事件で逮捕された自民党、元参議院議員の村上正邦です。(略)少年時代は、昼は炭鉱で夜は学校というように苦学をした人です。(略)100万の組織票が目当てだったとは思いますが、生長の家の主張を政治的な発言の中にもずいぶん取り込んでいきます。超タカ派の右翼政治家です。この人が国民祭典の企画、立案、実施で、末次一郎とともに大きな役割を果たします。
 この村上という政治家の特徴を表すエピソードを紹介しましょう。1998年に「特定非営利活動促進法」という法律が成立しますが、これはもともと「市民活動促進法」という名称で検討が進んでいたものです。ところが、突然「市民」が落ちて「特定非営利活動促進法」となった。それは村上が、「市民とは何事か。国家観にそぐわないではないか」と強く主張して、こうなったらしいといわれています。
 彼は、「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の事務局長、「皇室問題懇話会」事務局長、それから「神道政治連盟国会議員懇談会」幹事長という、ナショナリズムの重要な部分の元締めの位置にいて、政治の世界を牛耳っています。こういう人が国民祭典を企画したのです。
 出席者は、政界、経済界、学会、教育界の著名人はもとより、芸能界、スポーツ界の著名人を網羅する、動員でした。(略)末次や村上からすれば、そういった出席者は国家のエージェントです。国民という観客を動員するエージェントなのです。「天皇制なんて知らないよ」という若者を動員する、観客動員力が、エージェントとして選抜される時の評価の基準になっているのです。
末次や村上で見逃せないのは、発想の中にいつも全体化の契機がある点です。いつも「国体が入っている」と言ってもいいと思います。末次の奉仕活動はそういうものです。そこで想起したいのは、たとえばNPOに熱病のように走る現象です。国家による「奉仕活動の義務化」の提案に異議申し立てをしたのは、日本ボランティア学会有志などごくわずかで、大多数のNPOは沈黙を守って、権力に服従したのです。 」


栗原 彬氏の文章が岩波講座に掲載されてから、魚住昭氏の「我、国に裏切られようとも 証言 村上正邦」が『世界』に連載されるまでには4、5年の期間しかない。人気歌手、スポーツ選手など有名人の動員が物凄かった「天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典」の問題や「市民活動促進法」という名称が「特定非営利活動促進法」に変わった経緯など、先行する岩波書店の書物に叙述されていることなのだから、せめて村上氏に真相を訊いてみると、まだよかったろうと思うのだが、出来上がった本をみると、とてもそういう裁量の余地はなかったのではないかとも思える。自由で公平な聞き書なら、当然許容範囲のことと思われるのだが、紹介者の佐藤優氏への遠慮なのか何なのか、『世界』も著者も知らないふりをしている。不思議なことである。そして一読者である私などがこうしてヘンだと感じるくらいなのだから、当時『世界』を離れるかどうかの渦中にいた金光翔さんはこの件については何も語っていないかも知れないが、実はさまざまなことを感じ、考察していたのではないかとこうしてブログ記事を書きながら思うしだいである。



(注) 「日本を守る会」は、その後、元号法制定のために運動した人々や関係諸団体を中心に1981年に結成された「日本を守る国民会議」とともに、「日本会議」(1997年結成)の前身。かの悪名高い「日本会議」はこの「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」とが合併してできたわけである。

2011.06.29 Wed l 言論・表現の自由 l コメント (1) トラックバック (0) l top
  「我、国に裏切られようとも 証言 村上正邦」について (上)

この件は岩波書店の金光翔さんに対する解雇せざるをえないという通告問題とは、通底するところはあるにしても、直接的因果関係のあることではない。ただ、3、4年前、私がこの本を一読したときから内心に小さなしこりのようにわだかまっていたことなので、この機会に書いておこうかと思う。

2007年10月に、魚住昭氏の「我、国に裏切られようとも 証言 村上正邦」という単行本が刊行された。版元は講談社だが、この文章は実は刊行のつい一、二ヶ月ほど前まで、岩波書店の『世界』に連載されていたものであった。単行本「我、国に裏切られようとも」の後ろ扉には「本書は、『世界』(岩波書店)2006年11月号~2007年3月号、9~10月号に掲載された「聞き書 村上正邦 日本政治右派の底流」に加筆・修正し構成したものです。」と記述されている。

『世界』10月号が発売されるのは9月なので、常識的に考えると、『世界』10月号の発売時点でこの連載が講談社から出版されることはすでに決定していたということになるだろうか。『世界』連載時に私がこの文章を読んだのは多分一回くらいで内容的には特に記憶に残るほどの明確な印象は受けなかったと思うが、本になった「我、国に裏切られようとも」を通読して、「これは一体何のために書かれ、どうして『世界』に連載されることになったのだろう」と驚きもし、不思議にも思った。執筆者の魚住昭氏に対しても、岩波書店の『世界』に対しても。

成功した実業家や政治家が老年に至って書く自伝には自慢話を散りばめた自分に都合のいい挿話ばかりが書かれている、あるいは一つの事実が自分に都合のいいように独善的に解釈されて描かれていると感じることが往々にしてあるが、この本もそういうものの一種のように感じられた。「聞き書」というが、村上氏が答に詰ったり、窮すると想像されるようなことはほとんど何も訊いていない(あるいは訊いて返ってきた回答を文章にしなかったのかも知れないが。)ので、これではまるで魚住氏が村上氏の自叙伝を書いてやっているようなものではないかという気もした。数年前の「野中広務 差別と権力」とは大違いの印象である。私には、『世界』や魚住氏の村上氏に対する基本的な姿勢が佐藤優氏に対する姿勢の延長線上にあるもののようにも思えた。

魚住氏の序「はじめに」にも記されているように、当時の村上氏はKSD事件の受託収賄容疑による逮捕・起訴後の裁判中。一・二審で有罪判決を受け、上告中の身であった。もっとも事件の詳細については私はほとんど知らない。この本自体が事件についての検証を目的としたものではなく、魚住氏の言葉から推測すると、村上正邦という右派政治家のこれまでの歩みを「聞き書」という形式で辿るなかで、「日本政治右派の底流」について考察しようとしたもののようで、事件に触れた場面はせいぜい数ページではないだろうか。それでも公判での証人による証言が村上氏に有利なものが多いことは確かに事実であるようにも感じられた。ただ、後援会事務所の一部をサロンとして共同で使用するという理由で相手に家賃を支払って貰っていたことについて、「秘書に任せていたので自分は知らなかった」という政治家の常套句は、もう何十年も前から世間的にもほとんど信用されなくなっていることなので、村上氏のこの主張にも少々白々しさを感じないではなかったが。

魚住氏は、2001年1月、NHKテレビで従軍慰安婦問題をめぐる女性戦犯法廷ドキュメンタリーが放映されるに際し、日本会議グループや日本会議と関係の深い政治家の圧力により番組が改編されたことや、1999年の国旗・国歌法成立にも日本会議の運動の力が大きく働いていたことを、取材を通して感じ取り、知っていたそうである。日本会議には「生長の家」関係者が多いそうだが、村上正邦氏はその代表的人物であるだろう。

その村上氏に魚住氏がインタビューしようと思い立ったのは、佐藤優氏から、村上氏が「九州の筑豊炭田で貧しい鉱夫の子として生まれ、青年時代には炭鉱で労働運動のリーダーをしていた。幼いころには朝鮮半島から強制連行され、虐待されている人たちの姿も目撃し、心を痛めたことがあると言う。」話を聞いたことだったという。「左翼になってもおかしくない経歴を持つ村上さんが、なぜ右派の代表的政治家になったのか、その経緯をじっくり聞いてみたい。」「もし村上さんがすべてを話してくれるなら、近年なぜ「右派」が急速に台頭して政治の主導権を握るようになったのか、その謎も解き明かすこともできるのではないか。」と思ったそうである。

しかし、その意図はこの本においてはまったく成功しているようには思えなかった。そもそもそのような意図を魚住氏がもっていたということも読んでいてほとんど感じることはできなかった。村上氏は確かに

「 戦争中の炭鉱はとにかく石炭掘れ掘れ、出せ出せで、落盤事故も日常茶飯事だった。朝鮮半島から強制連行されてきて、仕事をさせられている人も多かった。今でもはっきり覚えているのは雪が降った朝の出来事です。
 朝鮮人の坑夫が炭鉱事務所のある広場に引き出されて、衆人環視のなかで日本人の坑内係に何度も木剣で叩かれていた。叩かれるたびに雪の上にバッと赤い血が飛び散る。それでショックを受けて、お袋に「何であんなことをされるんだ」と尋ねたら、その朝鮮人坑夫は「腹が痛い」と言って仕事を休もうとしたので坑夫係に納屋から引きずり出されて折檻されたらしい。
 そんなことは時々あって、「今日は(朝鮮人坑夫が)ダイナマイト自殺した」とか「死んだ」という話を聞いたこともある。彼らは日本人に蔑まれ、ひどい扱いを受けていた。」

と述べている。一方、魚住氏は、この本が出版された翌年にも、次のような発言をしている。

 魚住 ……村上さんも、筑豊の炭坑労働者の息子で、自身も労働運動をしてから東京に出た。在日韓国・朝鮮人が虐待される姿も目にしている。野中さんも村上さんも、「根っこのある政治家」なんです。(中島岳志的アジア対談:「古い」政治家のリアリズム-毎日新聞2008年)

しかし、村上氏が参議院議員として実践した政治活動はどうだっただろうか。村上氏がどんな政治家であったかは、1995年6月9日に衆院本会議で与党3党賛成多数で可決された「戦後五十年不戦決議」をめぐる行動にもよく示されているように思う。

「 村山政権発足後、最初に大幅な妥協を強いられたのは社会党でした。村山首相は衆院本会議(平成6年7月)での所信表明演説で従来の社会党の基本原則を大転換させ、日米安保体制の堅持、自衛隊合憲、「日の丸・君が代」容認を打ち出した。
 このため社会党の支持基盤である護憲派の市民団体や労組などの反発を買った。それだけに、村山首相は戦後五十年の不戦決議の採択は何が何でも実現しなければならない立場に追い込まれていた。
 自民党にとっても不戦決議は社会党と連立を組んだときの合意事項に盛り込まれていたから、その約束を守らなければ政権維持がおぼつかなくなる。しかし、その一方で、党内には、あの戦争は自衛のための戦争であって侵略戦争ではなかったと考える人たちが大勢いた。もちろん私もそうです。」

村上氏は当時参院自民党幹事長であった。決議文であの戦争が侵略戦争であったと認めてはならない、アジア諸国への植民地支配に言及してはならない、と6月6日深夜まで参院幹事長室に50人ほども詰めかけていた民族団体の幹部たちの意を受けて、文案をつくっていた加藤紘一政調会長らを相手に最後の最後まで書き直しに拘泥した政治家が自分だったと村上氏は話している。魚住氏は、村上氏のそういう政治思想についてインタビューをしてよく知っているにもかかわらず、後日「村上さんも、…在日韓国・朝鮮人が虐待される姿も目にしている。」ことを強調して「「根っこのある政治家」なんです。」などと語るのは誠実な態度とは言えないように思う。魚住氏は、それが村上氏の心優しさの証であるというかのように、「朝鮮人が虐待される姿も目にしている」と口にするが、必要とされていたのは、むしろ、「虐待される姿」を見ている村上氏がなぜ「五十年決議」などに際して日本の侵略や植民地支配を頑強に否定するのか、その思想・行動についての自己の解釈を述べることではなかっただろうか。
2011.06.27 Mon l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
  岩波書店の訂正・謝罪要求について(4)
  「陰謀論的ジャーナリズム、よりファッショ的な形でのプロパガンダ機関化」

岩波書店が金光翔さんに訂正・謝罪要求をしてきた三箇所の文章のうち、今日は最後の③について検討するつもりだが、この内容は前回とりあげた②とよく似ている。

② 「『世界』はどうも、このあたりの政治家や官僚・支持勢力のためのプロパガンダ雑誌になってしまっているように見える。」

③ 「『世界』その他リベラル・左派ジャーナリズムの、陰謀論的ジャーナリズムへの移行」
「『世界』その他リベラル・左派ジャーナリズムがよりファッショ的な形で、プロパガンダ機関化しつつあること」(「陰謀論的ジャーナリズムの形成(4):新しい段階へ――『世界』2010年3月号雑感」)2010年2月28日」

それもそのはずで、②も③も、タイトル「陰謀論的ジャーナリズムの形成」という連載記事の一部((3)と(4))なのだ。③は、「『世界』その他リベラル・左派ジャーナリズム」が、1)「陰謀論的ジャーナリズム」へ移行している、2)よりファッショ的な形で、プロパガンダ機関化しつつある、という指摘だが、この1)2)の指摘・論評が、岩波書店が主張するように訂正・謝罪しなければならない不当なものか、それとも現象の核心、正体を明らかにしようとする真面目な姿勢に支えられた正当なものであるかについて検討したい。


1)リベラル・左派ジャーナリズムの、陰謀論的ジャーナリズムへの移行

前回と前々回に言及したように、『世界』編集長の岡本氏は、日韓のあるシンポジウムで、「外務省の佐藤優が,ロシアとの間で北方四島の問題を実際に動かすために政治家とともに動いたことが.メディアから激しいバッシングを受け,逮捕起訴までされた事件を含め,外務官僚が現実を動かすために行動すること自身がリスクを負うことになってしまった。」と語っている。

佐藤優氏の事件に関する山口二郎氏の見解は、「検察が権力悪を追及する正義の味方というイメージは、もはや過去のものとなった。佐藤優が広めた「国策捜査」という言葉は、メディアに定着した。国策なるものの実体があるかどうかは別として、検察はしばしば自ら描いた筋書きに沿うよう、むりやり無実の人間に罪を着せることがありうることは、むしろ常識となった。」(「陰謀論的ジャーナリズムの形成(4):新しい段階へ――『世界』2010年3月号雑感」)というものである。

青木理氏は、佐藤氏の有罪判決確定を受けて、「多くの人が既に周知の事実として認識しているように、これらはいずれも、政界やメディアなどを覆い尽くした鈴木宗男氏バッシングの中で「ムネオ逮捕ありき」の捜査に突き進んだ検察が無理矢理に描き出した「虚構の絵図」に過ぎない。いまさら語るまでもないが、佐藤氏は2005年に『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)を著し、「国策捜査」という言葉を人口に膾炙させるきっかけをつくった。その後の活発な言論活動を含め、佐藤氏の言説が広く受け入れられているのは、検察捜査の歪みを何よりも雄弁に物語る。」(「週刊金曜日」2009.7.10)と書いている。

金さんは連載記事「陰謀論的ジャーナリズムの形成」では、青木理氏の上の発言は取り上げていないが、別のエントリーでこの記事を(この箇所ではなく別の箇所だったと思うが)批判していたと記憶する。上の岡本氏、山口氏、青木氏の文章を読んでみると、誰しも判ることと思うが、それぞれ表現のしかたは異なるにしろ、三人とも佐藤氏は無実の人間であるとの前提でものを言っている。けれども、どのような理由、根拠によって佐藤氏が無実なのかについては一様に何も述べていない。他の場所で述べているのかというと、私の知るかぎりそれもないようである。佐藤氏が国策捜査の被害者であることは今さら言うまでもない自明のことという扱いであるが、しかし、有罪判決を受けた人間についての根拠を示さない無実の主張は本来成立しない。

青木氏は、上述のように佐藤氏の有罪確定について、「政界やメディアなどを覆い尽くした鈴木宗男氏バッシングの中で「ムネオ逮捕ありき」の捜査に突き進んだ検察が無理矢理に描き出した「虚構の絵図」に過ぎない。」と述べているが、その判断はどのようにして導き出したのだろう。以前にも述べたことがあるが、「『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)を著し、「国策捜査」という言葉を人口に膾炙させるきっかけをつくった。」ことや「その後の活発な言論活動を含め、佐藤氏の言説が広く受け入れられている」ことは、「検察捜査の歪みを何よりも雄弁に物語る。」ことにはならない。

多くの人が冤罪で苦しんできたし、今も同じだと思う。その無念をようやくの思いで晴らすことができた人もいる。古くは四件の死刑冤罪事件、松川事件、八海事件、最近では足利事件、布川事件が記憶に新しいが、どの例を見ても、検察の立件、判決文の精査を通して具体的、実証的、詳細、緻密に無実の根拠を示していない例はただの一つもなかったろうと思う。無実を言う場合は同時にその根拠を提示することは論理的にも倫理的にも必要不可欠なことだろう。法廷資料とは無関係に自分たちの主観・独断で結論を決め付けて吹聴するのであれば、無実というも、有実というも、人の勝手次第ということになる。岡本氏、山口氏、青木氏の姿勢は、主観的にはどうあれ、客観的にはそのようなものになっているように思う。

三氏はどうも、佐藤氏は(そしておそらく鈴木氏も)不正なことは何もやっていないにもかかわらず、検察その他の謀略にはめられた、国策捜査という国家的陰謀の被害者である、と頭から決め付けていると思われ、このような姿勢、現象を考察した結果として金光翔さんは「陰謀論的ジャーナリズムの形成」と表現したのではないかと思う。実際、上述の三氏のような姿勢では、読者を欺くことになりかねないが、また、冤罪の重さ、深刻さをないがしろにすることにもつながりかねない。そのことを、岡本氏らはどう考えているのだろう。


2)リベラル・左派ジャーナリズムはよりファッショ的な形で、プロパガンダ機関化しつつある

『世界』2010年3月号には、久しぶりに佐藤優氏が登場して、岡本厚編集長の司会で歳川隆雄氏と対談していることはすでに記した。実は佐藤氏は『世界』で大田昌秀氏との対談連載を行なっていたが、この連載はここ半年ほど中断されていた。中断の原因について、金光翔さんは、「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」が(引用者:2009年)10月1日にウェブ上にアップされたことの影響があるのではないか、と推測していた。しかし、半年ぶりに『世界』は佐藤氏を登場させ、「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」については何の反応も示さなかった。このことについて、金さんは、『世界』は「『世界』の執筆者や熱心な読者すら署名している「共同声明」を、一片の説明もすることなく、無視した、ということである。」と受け止め、なお、

「これは、『世界』が新しい段階に入ったことを示唆しているように私は思う。要するに、小沢一郎の政治資金規制法違反関連の問題をめぐる、このところのジャーナリズム上の大騒ぎの中で、これまでの右傾化路線の延長上ではありつつも、『世界』がもう一段階上のフェーズに移行したのではないか、ということである。」

と述べている。「小沢一郎の政治資金規制法違反関連の問題」については岡本氏の興味深い発言もあり、後ほど言及したいと思うが、岩波書店および『世界』が、熱心な読者の署名もさることながら、岩波書店の著者が署名している「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」を無視したことにはいろいろなことを考えさせられる。金さんの論文「<佐藤優現象>批判」が雑誌『インパクション』に掲載された直後の、金さんに対する岩波書店の対応や、『週刊新潮』での岩波関係者の発言はどうだっただろう。

「岩波関係者」と名乗る人物は、『週刊新潮』の取材に対し、金さんについて「『私にも話させて』というブログで、『岩波』で著書も出版し、大事な執筆者である佐藤氏やジャーナリストの斎藤貴男氏の批判記事を書くようにもなりました。もし執筆者がそれを読み、その筆者が『岩波』の人間であると知ったらどう思うでしょうか。これは思想信条の問題でなく常識の問題です。」(「対『週刊新潮』・佐藤優裁判まとめ」第7回口頭弁論期日①(2010年4月28日):原告準備書面(3))と語っている。また、岩波書店は、金さんの論文発表に対し「著者・読者・職場の信頼関係を損なう行為」として厳重注意処分を行ない、役員の一人は、金さんに直接、岩波書店に一度でも寄稿したことのある筆者への批判を今後はしてはならないと通告したとのことである。

上記の発言をみると、岩波書店は全社一丸となって岩波書店の執筆者を神のごとくに敬っているかのようであるが、それならば岩波書店の著者が何人も署名している「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」を全社一丸となって無視したのは如何なる理由によるものなのだろう。このなかには、岩波書店と縁の深い、また岩波から非常に印象深い著作を刊行している著者も存在するように思うのだが…。

また、今回の「解雇せざるを得ない」通告についても、心ある岩波書店の著者の人々は会社・岩波労組に対して抗議を行なってくださっているそうだが、今回も岩波書店の対応は「共同声明」の時と同様なのだろうか? 5月11日付の「首都圏労働組合特設ブログ」の記事「岩波書店、「解雇せざるをえない」通知撤回を拒否」を読むと、きっとそうなのだろう。だとすると、岩波書店にとって、著者とは本当のところどのような存在なのだろう。岩波社員による岩波書店の著者やその著作への批判は一切許されないが、上層部による著者の無視・黙殺は許される、というような社訓でもあるのだろうか。 

記述が後先になったかも知れないが、「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」には、以下の文章が見える。

「佐藤氏は、言論への暴力による威圧を容認し、イスラエルの侵略・抑圧行為や在日朝鮮人の民族団体への政治的弾圧を擁護する等の、決して許容できない発言を、数多くの雑誌・著作物で行っています。当該メディアが佐藤氏を積極的に誌面等で起用することは、人権や平和に対する脅威と言わざるを得ない佐藤氏の発言に対する読者の違和感、抵抗感を弱める効果をもつことは明らかです。私たちは、佐藤氏の起用が一体どのような思考からもたらされ、いかなる政治的効果を持ち得るかについて、当該メディアの関係者が見直し、起用を直ちにやめることを強く求めます。」

この声明に盛られている「当該メディアが佐藤氏を積極的に誌面等で起用することは、人権や平和に対する脅威と言わざるを得ない佐藤氏の発言に対する読者の違和感、抵抗感を弱める効果をもつことは明らかです。」という、出版社にとって非常に重要と思われる意見・問いかけに答えることなく、佐藤氏を黙って再び『世界』に登場させたことは、このことだけに限っても、「よりファッショ的な形で…」と評されて当然ではないだろうか。私はこの表現に違和感をおぼえなかった。その上、『世界』同号には、以下のような発言も出ているのだ。

「 通常国会開幕直前に、石川知裕衆議院議員など小沢一郎幹事長の関係者が逮捕されたことで、政治論議は必然的に資金問題をめぐる小沢と検察の戦いに集中することとなった。政権交代による日本政治の変革、政策の転換に期待を託していた人々にとっては、これは困ったとしか言いようのない事態である。
 今回の事件に対する当惑は、民主党を陰で支配している小沢幹事長の金権腐敗ぶりが明らかになって困ったというものではない。既に昨年春、西松建設による不正献金事件が立件され、小沢は代表を退いた。国民は小沢が違法かどうかはともかく、巨額の政治資金を集めてきたことを承知の上で、民主党に政権を託した。さらに言えば、自民党竹下派の嫡子であり、企業から巨額の政治献金をかき集めてきたという小沢の来歴を承知の上で、ひ弱な民主党を束ねる必要悪として、豪腕小沢の存在を許容してきた。今頃になって、今度は水谷建設の裏金が流れたということで検察が国会議員の逮捕を含む強制捜査に乗り出したことが、困った話なのである。」(「民主党の民主化を」山口二郎)

「小沢氏が不透明な資金を得て、その政治力としていることは推定できる。しかし、民主党や政権首脳が小沢続投を支持、あるいは沈黙しているのは、メディアがいうように、単に小沢支配への恐怖があるというのみならず、検察の捜査(またそれと一体化したメディア)への不信があるからだろう。」(「対談司会」岡本厚)

金さんは、「このような、小沢が「不透明な資金を得て、その政治力としていること」を推定した上で、それ自体を容認・肯定する姿勢は、北村肇『金曜日』編集長の、最近の以下の発言も同じである。」と述べて、次の文章を引用している。

「「正義」の定義は難しい。何しろ、米国にすればベトナム戦争もイラク戦争も正義となってしまう。だが、「不正義」はそれなりに言葉で表現できる気もする。「『力』によって他者を虐げ、あるいは私利私欲を図る行為」――。この解釈に従ったとき、小沢一郎氏をめぐる東京地検特捜部の捜査は「不正義」だろうか。
 特捜部が「力」を持っているのは間違いない。仮に国策捜査の色合いが濃ければ「他者を虐げ」につながる。しかし「私利私欲」があるとは思えない。では小沢氏はどうか。ゼネコンに献金を強制していたことが明らかになれば不正義は避けられない。が、政治改革を目指しての集金なら「私利私欲」と言い切るのは無理がある。政治にはカネがかかる。その現実を捨象しての「正義」は表層的なお題目でしかないからだ。
 小沢氏の師事した田中角栄氏が単なるカネの亡者でなかったことは、その後、さまざまな書籍で浮き彫りになりつつある。ロッキード事件当時、検察は「正義」だった。いきおい、田中氏には「不正義」のレッテルが張られた。だが、その見立てが正しかったのかどうか、まだまだ検証が必要だ。」(『週刊金曜日』2010年2月5日)

これらについての金光翔さんの論評を以下に示しておく。

「「政治改革を目指しての集金」ならば問題ないと北村編集長がしている点は、重要なものを示唆していると思う。山口・岡本編集長・北村編集長の上記言説について、「司法の機能の否定」だけを見るのは適切ではないのである。集金が「政治改革を目指して」のものなのか「私利私欲」のためなのかを判断するのは誰か?北村編集長らリベラル・左派メディアの編集者・言論人である。これらの人物の、「司法の機能の否定」「法治主義の否定」の背景にあるのは、「善悪を決定するのは自分たちだ」という独善そのものの世界観が控えているのだと思われる。」

正鵠を得た批評ではないだろうか。上述の文章を含めた岡本氏およびその他の人々の発言を読んで、「リベラル・左派ジャーナリズムはよりファッショ的な形で、プロパガンダ機関化しつつある」という金さんの批評はきびしくはあっても、事の本質を衝いたものだと思ったが、批評のそもそもの目的はいつもそこにあるのではないだろうか。
2011.06.23 Thu l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
  岩波書店の訂正・謝罪要求について(3)
   「プロパガンダ――鈴木宗男、小沢一郎」

岩波書店が金光翔さんに文章の訂正・謝罪を要求している三箇所のうち、前回は、「② 『世界』はどうも、このあたりの政治家や官僚・支持勢力のためのプロパガンダ雑誌になってしまっているように見える。」(「陰謀論的ジャーナリズムの形成(3) 佐藤優の売込みを図る岡本厚『世界』編集長」2010年2月1日」を取り上げた。この文中の「このあたりの政治家や官僚・支持勢力」として金さんが名前を挙げているのは、佐藤優氏の他、鈴木宗男氏や小沢一郎氏という有力政治家であるが、この時点における『世界』最新号には元防衛事務次官で一審で有罪となった守屋武昌氏まで登場しているとして守屋氏の名前も挙げられている。金さんによると、「鈴木や佐藤は言うに及ばず、守屋も、小沢一郎と「防衛利権」絡みで関係が深いことが指摘されている」とのことである。これらの人物のうち、前回実際に取り上げることができたのは佐藤氏だけだったので次に進みたいのだが、その前に少し前回の確認をしておきたい。

岡本氏は佐藤氏について日韓のシンポジウムで、「ロシアとの間で北方四島の問題を実際に動かすために政治家とともに動いたことが,メディアから激しいバッシングを受け,逮捕起訴までされた」と述べているが、佐藤氏の事件をそのような性質のものと断言する根拠、たとえば裁判資料を岡本氏がどこまで検討・追求しているのかなどはこれまで何も語られていないので分からないし、また佐藤氏は右派雑誌やウェブ上で普段から排外主義的主張を繰り返していることは周知のことなのに、『世界』はそのことに一切目を瞑って彼を重用しているのだから、シンポジウムにおける岡本氏の発言も勘案すると、岡本氏および『世界』は日頃から佐藤優氏のプロパガンダをしていると言われても仕方がないのではないかと私には思える。さて他の人々に関する金さんの記述は以下のとおりである。

「 『世界』の最新号(2月号)では、相変わらず鈴木宗男が登場しているだけでなく、元防衛事務次官で一審で有罪となった守屋武昌まで登場している。

鈴木は、以前にも紹介したように、2009年1月26日質問書提出の国会質問で「今般の武力紛争において、パレスチナ側に一千万ドルの緊急人道支援を行うことは、国際社会に対して、我が国はテロ支援をし、テロに加担する国であるというアピールをすることに等しく、我が国の国益を損なうことに繋がるのではないか。」と発言したり、「ハマスがテロリストである事を政府に対して確認する質問主意書」を繰り返し提出したりするなど、イスラエルの国益に沿うように国政に影響を与えようとしている人物である。勿論岡本も、このことを知った上で誌面に登場させているわけである。

鈴木や佐藤は言うに及ばず、守屋も、小沢一郎と「防衛利権」絡みで関係が深いことが指摘されている(野田峯雄・田中稔『「憂国」と「腐敗」――日米防衛利権の構造』第三書館、2009年3月)。念のためにいうと、守屋は『中央公論』2010年1月号にも登場しているから、「発言の場のない人物に機会を提供した」という言い訳も通用しない。

『世界』はどうも、このあたりの政治家や官僚・支持勢力のためのプロパガンダ雑誌になってしまっているように見える。守屋は、佐藤や鈴木のように、一旦は失脚した政治家・官僚がマスコミの力によって社会的に復権する、という事例を踏襲しようとしているようである。 」


守屋武昌氏については私はほとんど知るところがないし、金さんも守屋氏については、今後『世界』がこの人物を佐藤氏や鈴木氏の前例にならって頻繁に起用するのではないかという懸念を表明しているに過ぎず、特に重要視しているわけではないと思われるので割愛させていただいて、鈴木宗男氏に移りたい。鈴木氏については、私もウェブ上のあるサイトで鈴木氏の国会におけるパレスチナ問題に関する質問主意書を読んだことがある。鈴木氏が国会で、金さんが上述しているとおりの言動をしていたことは確かであり、そのサイトの記述によると、この件につき、鈴木氏に真意を問うための質問書を送ってもなしのつぶてだということであった。
http://list.jca.apc.org/public/aml/2009-February/024069.html
http://wind.ap.teacup.com/applet/palestine/msgcate3/archive

このパレスチナ問題について、佐藤氏にいたっては、『インテリジェンス武器なき戦争』という2006年刊行の本で「アラブを贔屓筋にしている人たちは、イスラエルにやられても文句は言えないですよという話です。たとえばアルカイダ、ハマス、ヒズボラのテロリストを支援するような運動をやった場合、これはイスラエルにとって国家存亡の問題ですから、その人は消されても文句は言えない。それくらいの覚悟が求められる贔屓筋の話だと思います。」と述べている。このような思想の持ち主である佐藤氏、そして基本的な考え方、価値観を佐藤氏と共有していることは間違いないと思われる鈴木氏のような人々にとって、長らく世の中で進歩的・良心的な出版社として通ってきた岩波書店による重用ほど有難いことはないのではあるまいか。

岩波書店は、金光翔さんが『世界』は鈴木氏や佐藤氏の「プロパガンダ雑誌になってしまっているように見える。」と書いたことに対し、「自社の出版物の社会的信用を貶め、会社の名誉と信用を守る義務を負う社員の記述としてはなはだしく不適切」として金さんに「訂正・謝罪」を要求しているわけだが、実際に「自社の出版物の社会的信用を貶め」、「会社の名誉と信用を守る義務」を怠っているのは、イスラエルのパレスチナ攻撃を全面擁護する鈴木宗男氏や佐藤優氏をなぜかことさらに重用する『世界』ではないのだろうか? そもそも『世界』は鈴木氏、佐藤氏のこのような言説や行動が何を意味しているのかについて一度でも視野を拡げて真剣に考えてみたことがあるのかどうか、また当の鈴木氏や佐藤氏、特に佐藤氏にその意図や目的も含めた発言の真意を真剣に問うたことがあるのかと訊きたい。

金さんが論文やブログ記事において常に問題にしてきたのは、世の中で進歩的・良心的な雑誌と思われていて、自らも「『世界』は、良質な情報と深い学識に支えられた評論によって、戦後史を切り拓いてきた雑誌です。創刊以来60年、すでに日本唯一のクオリティマガジンとして、読者の圧倒的な信頼を確立しています。」と誇っている雑誌が、人間の生き死にに関わるような重大な政治、社会、人権問題などに関して、佐藤氏のようにメディアの性格によって自己の主張や見解を露骨に(時には微妙に)使い分けるといった行動に顕著なように、いったいその言説のどこに信頼性や傾聴に値する内容が存在するのか分からない言論人を重用することの社会的害悪、読者に対する甚大な悪影響ということであったと思う。ブログ「media_debugger」のこちらの記事によると、東日本大震災以後、最近の佐藤氏は「生命至上主義」を超えるために、新しい思想が必要であるというようなことを述べているようである。少し引用させていただく。

加藤 確かに天皇の言葉は、現場で命がけで働いている人に、強く訴える力がありそうですね。では、たとえば総理にそれを求めるとしたら、佐藤さんならどんな人が浮かびますか?
佐藤 浮かばない。僕は生命至上主義を超えろっていう感覚ですからね。これは「近代の超克」の問題だと思うのですが、合理主義、生命至上主義、それから個人主義、この三つによって融合した戦後のシステムの中だと変われないんです。今回の津波にしても二十三メートルの津波に対応できるように三十メートルの堤防を造ろうという思想とか、マグニチュード九・〇の地震が起きたから、今度九・四に備えろという、これじゃダメなんです。想定したことを超えたことが起きてる。それに対応するためには新しい思想が必要だと思うんです。恐怖を超えないといけない。〔「東電の幹部たち」などの「エリート」を〕萎縮させるのではなくて。そのへんの技法は旧日本陸軍の指導書である「統帥綱領」や「統帥参考」にあるんじゃないかと思うんですよ。」(『en-taxi』(2011年春号)「加藤陽子・佐藤優・福田和也の鼎談」)

まったく異様発言の連続のような「新しい思想」だと思う。試みに、ネットで「統帥参考」を検索してみると、最初の行の「旧軍統帥参考とガリシア緒戦」というサイトには「統帥参考」の内容の一部が引用されていて、これについての執筆者(元軍人?)の解説も付されている。

「23:統帥者の意思は、外に対するのと内に対するのとを問わず、完全に自主自由を発揮せざるべからず。(統帥者の意思は誰にも拘束されない。)

統帥参考は全編このように読んで明らかに軍人官僚の傲慢さと思われるものに満ちている。これは方面軍司令官または陸軍参謀総長は誰にも拘束されず、責任も持たないと表明しているものだ。/これ程までに思い上がった文書はまず他国にも見られない。」

とのことである。佐藤氏は以前にも「国体の本義」とやらを盛んに宣伝していたように記憶するが、今度のものはいっそう毒気が強そうである。「想定したことを超えたことが起きてる。」という発言が嘘っぱちであることはmedia_debugger氏が文中できっぱり指摘されている。佐藤氏には、「二十三メートルの津波に対応できるように三十メートルの堤防を造ろうという思想」がなぜだめなのかを正確に言ってみろと言いたい。「〔「東電の幹部たち」などの「エリート」を〕萎縮させるのではなくて。そのへんの技法は旧日本陸軍の指導書である「統帥綱領」や「統帥参考」にあるんじゃないかと思うんですよ。」とか、「僕は生命至上主義を超えろっていう感覚ですからね。」などの発言も何を言おうとしているのかについては検討が必要と思うが、なんとも奥が深そうである。

脱線気味になったかも知れないが、小沢一郎氏については、『世界』編集長自身が誌上(『世界』2010年3月号)で小沢氏のプロパガンダをしていると読まれても仕方のないことを述べているのではないだろうか。この号では佐藤優氏が歳川隆雄氏と「“権力闘争”を超え民主主義へ」というタイトルで対談を行なっているが、ここで司会役を務めている岡本編集長は、小沢氏について次のように発言している。

「小沢氏が不透明な資金を得て、その政治力としていることは推定できる。しかし、民主党や政権首脳が小沢続投を支持、あるいは沈黙しているのは、メディアがいうように、単に小沢支配への恐怖があるというのみならず、検察の捜査(またそれと一体化したメディア)への不信があるからだろう。」

これでは、とてもジャーナリストの発言とは言えないように思うのだが…。これについての金さんの論評は次のとおりである。

「民主党政権成立後、『世界』権力批判の立場と公正性を消失してしまっていると思われることは、既に指摘してきているが、ここでも同様の問題が指摘できるとともに、その深化を見ることができると思われる。なぜならば、岡本編集長は小沢が「不透明な資金を得て、その政治力としていること」自体は「推定」しているのだから、本来はその「推定」=嫌疑に基づいて、捜査の徹底を要求し、(『世界』をはじめとした)メディアによる小沢資金問題への取材・調査を行なうべきだろう。ところが、それとは180度逆に、岡本は、「民主党や政権首脳が小沢続投を支持、あるいは沈黙している」という事態を積極的に肯定しているのである。」

このとおりではないだろうか。そもそも小沢氏の政治資金問題については、湾岸戦争時以来、今日まで絶えることなく陰に日に疑惑がささやかれ続けてきたように思う。何の見返りも求めないのであれば、誰も常識を超えた額の献金はしないだろうし、小沢氏の場合は政党交付金など、われわれの税金と関連する金銭問題でも不明瞭な点が存在するようである。こちらのサイトによると、「研究者ら46名で小沢一郎らを東京地検に刑事告発しました!」という出来事も今年2月に発生している。この告発がどんな結果になるのかはまだ分からないが、ただこちらの主張・見解には、岡本氏の上記の無根拠な発言と異なり、このような法的問題を扱う際に必要不可欠と思われる実証的姿勢が明らかに見て取れるということだけは言えるように思う。
 
このように見ていくと、前述したように、岩波書店の出版物の社会的信用や会社の名誉と信用を貶めているのは、岩波書店が主張するように金光翔さんなのか、大きな疑問をもたないわけにはいかない。岩波書店の出版物の社会的信用や会社の名誉と信用が落ちているのは事実だと思われるが、その原因は、実は金さんにあるのではまったくなく、金さんが常々批判しているように、出版物の質の低下、要は『世界』編集長など岩波書店を経営する人々の姿勢や、それに追随する岩波書店労働組合の行動などにこそあるのではないかという疑念に行きあたらざるをえないのである。『世界』が「このあたりの政治家や官僚・支持勢力のためのプロパガンダ雑誌になってしまっているように見える。」という金さんの発言は至当であるように私には思われる。
2011.06.19 Sun l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
  岩波書店の訂正・謝罪要求について(2)
   「プロパガンダ――佐藤優」

今年の2月2日に岩波書店が、ブログ「私にも話させて」の過去の記述に対して、執筆者の金光翔さんに訂正と謝罪の告知を求めてきた箇所三点のうち、これから残りの二点について検討したいと思う。まず、②から。

② 「『世界』はどうも、このあたりの政治家や官僚・支持勢力のためのプロパガンダ雑誌になってしまっているように見える。」(「陰謀論的ジャーナリズムの形成(3) 佐藤優の売込みを図る岡本厚『世界』編集長」2010年2月1日」

金光翔さんのこの記事によると、徐勝 ・中戸祐夫編『朝鮮半島の和解・協力10年――金大中・盧武鉉政権の対北朝鮮政策の評価』(御茶の水書房、2009年11月)という本に、岡本厚氏も『世界』編集長の肩書きで寄稿されているそうである。金さんは、岡本氏が「その中で驚くべき発言を行なっている」として、以下の文章を紹介している。

「 日本の政治家や官僚にとって,日朝正常化にかかわることは高いリスクを引き受けることになってしまった。小渕政権で内閣官房長官となった野中広務は、「金丸訪朝団のときには,金日成主席が超法規的に紅粉船長らを帰らしてくれたんです。そのときに日本の人たちは感動的な歓迎をしてくれたわけですけれども,間もなく、3党合意の中にいわゆる戦後の償いが入っていたとかいうことで,金丸さんは売国奴のように言われちやったんですね。渡辺美智雄さんが訪朝して食糧支援をやったときも、また加藤紘一さんが政調会長のとき,北朝鮮に食料支援をやったときも,売国奴のように言われた。すべてかかわった政治家がリスクを負うようになっているんですよ」と語っている。

 小泉訪朝を推進した外務省の田中均は,その後メディアから激しいバッシングを受け,そればかりか自宅に爆発物を仕掛けられるという被害を受けている。同じく外務省の佐藤優が,ロシアとの間で北方四島の問題を実際に動かすために政治家とともに動いたことが,メディアから激しいバッシングを受け,逮捕起訴までされた事件を含め,外務官僚が現実を動かすために行動すること自身がリスクを負うことになってしまった。

 抱える問題は,日本国民の脱植民地化という巨大なものであるにも関わらず,その解決のための推進力は極めて弱い,というのが現状である。メディアの責任が大きいが,しかしメディアに働く人々の意識も,また日本人全体の意識を反映しているともいえる。」(同書、191頁)

この本は、2008年5月30・31日に開催された国際シンポジウムで発表された原稿をまとめたものということだが、この「シンポジウムの趣旨が、朝鮮半島の平和的統一を志向したものであることは明らかである」とのことである。金さんは、「発表者だけみても、韓国の有力政治家・発言力を持つ学者など、有力者が多い。この中で岡本は、佐藤を、田中均のような、日朝国交正常化に向けて「現実を動か」そうとした官僚と同列視し、紹介している。これは、要するに、岡本が、佐藤を有力者たちに売り込んでいる、ということではないのか。」と述べているが、岡本氏の文章を読んで、私も思わぬ文脈で佐藤氏の名前が出てきたのにはひどく驚かされた。なぜここで突然佐藤優氏の名前が出てくるのか、何の必然性もないだろう。というより完全に場違いである。それでもあえて佐藤氏の名を出すということは、ちゃんと相応の思惑をもってのことなのだろう。ここで、金さんは朝鮮半島に関連しての佐藤氏のこれまでの発言を詳しく紹介している。そのなかからほんの一部だが、以下に挙げておく。

「日本の外交官にとって重要なのは日本の平和であり、国益だ。戦争が日本に経済的利益をもたらす場合、大きな声では言えないが、戦争を歓迎するというシナリオは当然ある。1951~53年の朝鮮戦争が日本に特需をもたらし、戦後の経済復興において一定の役割を果たしたことを想起してみればよい。」、「僕(注・佐藤)は、朝鮮半島が統一されて大韓国ができるシナリオより、北が生き残るほうが日本には良いと思う。統一されて強大になった韓国が日本に友好的になることはあり得ないからね」、「「北朝鮮が条件を飲まないならば、歴史をよく思いだすことだ。帝国主義化した日本とロシアによる朝鮮半島への影響力を巡る対立が日清戦争、日露戦争を引き起こした。もし、日本とロシアが本気になって、悪い目つきで北朝鮮をにらむようになったら、どういう結果になるかわかっているんだろうな」という内容のメッセージを金正日に送るのだ」 等々。

北朝鮮に関する佐藤氏の発言で私が忘れられないのは、前にも書いたことがあるが、次の文章である。

「 最近、外国のテロ対策専門家が筆者を訪ねてきた。北朝鮮が行う可能性があるテロに対する日本の政治エリート、マスメディアの感覚が鈍いのに驚いていた。その専門家は、「日本警察のテロ対策部門は有能で、取るべき予防措置や広報についてもきちんとした問題意識を持っているのだが、世論の後押しがなく、政治家の理解がないところでは十分な対策をとることができない」との感想をもらしていたが、筆者もその通りだと思う。(略)
 思想戦としてのテロリズムとの戦いを軽視してはならない。この観点から見ると日本は対テロ思想戦の準備が全くできていない。外国のテロ対策専門家は、「日本の原子力発電所の多くが日本海に面しているが、北朝鮮の工作員が上陸して生物・化学兵器で攻撃をした場合の防御策は十分とられているか。原発の警備は民間会社が行っていると承知するが、北朝鮮情勢の緊張を考慮するならば自衛隊が警備するのが国際スタンダードではないか。それから貯水池に対するテロ対策は十分にできているのか」と言う。もちろん関係当局はそれなりの対応はとっているのであろうが、テロの脅威に対する認識は不十分だと思う。
 イスラエルの水資源公団幹部を務めた人物が水の安全保障についてこう述べていた。
「ハマス(パレスチナの原理主義過激派)が貯水池に毒物を混入させるという確度の高い情報が入ってきたのでイスラエルはユニークな対応をとった。エレフアントフィッシュをすべての貯水池で飼うようにしたのである。この魚は、人間にとって有害な物質が水に混入すると、直ちに反応する。貯水池には二四時間体制で監視員を置いて、エレフアントフィッシュの動きに少しでも異常があれば、直ちに給水を中止して調査する」
 これがテロ対策の国際スタンダードなのである。北朝鮮が日本に対するテロ攻撃を仕掛ける場合、貯水池、原発、新幹線などが標的になるのは明白だ。十分な対策をとるべきだと思う。」 (『地球を斬る』2007.1.25)

「外国のテロ対策専門家」が佐藤氏を訪ねてきたのが事実かどうかはともかくとして、そのテロ対策専門家が「北朝鮮の工作員が上陸して生物・化学兵器で攻撃をした場合の防御策は十分とられているか。原発の警備は民間会社が行っていると承知するが、北朝鮮情勢の緊張を考慮するならば自衛隊が警備するのが国際スタンダードではないか。それから貯水池に対するテロ対策は十分にできているのか」と述べたということは、この文章を一読したときも「本当だろうか?」と疑わしく思ったし、今もそう思っている。もしその外国のテロ対策専門家がまともな人物だと想定しての話だが、元外交官とはいえ一作家である民間人に対し、他の国家に関するこれほど重大な話を根拠も示さずにこうも軽々しくしゃべるものだろうか。日本の原発に「北朝鮮の工作員が上陸して生物・化学兵器で攻撃をし」て、北朝鮮にたった一つでも何か得になることがあるというのだろうか。現に3.11東日本大震災に際して北朝鮮は赤十字を通じて義捐金と懇切な見舞いの言葉を贈ってくれている。佐藤氏のこの文章は北朝鮮に対する悪質な誹謗中傷であり、国内的には一種の煽動でもあるように思った。このような噂話が拡がるようなことになると、またも在日朝鮮人が迷惑を蒙るのは目に見えていると思う。

佐藤優氏がこのような発言を平然と続けていることを岡本氏は知らなかったのだろうか? 月刊雑誌の編集長をしている人物がこういうことも知らないなんてないのではないだろうか。だとすると、「趣旨が、朝鮮半島の平和的統一を志向したものであることは明らかである」シンポジウムで、誰かに訊かれたわけでもなく、必要もないのに、小泉訪朝を推進したことで、「その後メディアから激しいバッシングを受け,そればかりか自宅に爆発物を仕掛けられるという被害を受け」た外務省の田中均氏と並べて、わざわざ佐藤優氏の話題を出して佐藤氏を田中均氏と同様の犠牲者のごとく描き出す岡本氏の意図は何なのかと疑念をもたずにはいられない。佐藤優氏に関する岡本氏の話をシンポジウムで聞いた韓国の人々はその佐藤氏がまさか日々上述のような言論活動を行なっている人物だとは想像しないだろう。これは、プロパガンダではないのだろうか。

岡本氏は、「同じく外務省の佐藤優が,ロシアとの間で北方四島の問題を実際に動かすために政治家とともに動いたことが.メディアから激しいバッシングを受け,逮捕起訴までされた」と述べている。つまり、佐藤氏の逮捕起訴と有罪判決は不当だということなのだろうが、岡本氏は一度もその根拠を示したこともなければ、示そうとする意思さえ見せたことがないように思うのだが、どうなのだろうか? もしそのとおりだとすると、雑誌の編集長として無責任きわまりないし、これも一種のプロパガンダというべきものではないだろうか。今からでも遅くはないと思うので、岡本氏および岡本氏と同じ主張をするその他の人々は佐藤氏を冤罪と判断する根拠を『世界』およびその編集長の責任として可能なかぎり指摘し、納得のいく説明をしてほしいと思う。

どうも中途半端なのだが、長くなるので今日はここで終わりにして、後は次回にまわしたい。
2011.06.14 Tue l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
  岩波書店の訂正・謝罪要求について(1)
   「ブラック・ジャーナリズム」

岩波書店が金光翔さんに対し、「岩波書店労働組合が金を除名した結果、このままでは「解雇せざるをえない」ということになる」との文書を送ったのは4月1日で、それより約2ヶ月前の2月2日には、ブログ「私にも話させて」の記述に対して、「自社の出版物の社会的信用を貶め、会社の名誉と信用を守る義務を負う社員の記述としてはなはだしく不適切」として、ブログ上での訂正と謝罪の告知を求めてきたとのことである。金さんはこの「訂正と謝罪」要求と「解雇せざるをえない」という通告とは連続したものと受け止めるべきと述べているが、おそらくそのとおりではないかと思う。岩波書店が謝罪と訂正を求めてきたというブログの文章は以下の三箇所だということである。金さんの文章をそのまま引用させていただく。

① 「左派ジャーナリズムは、ブラック・ジャーナリズム的再編の方向に――佐藤優と癒着する岩波書店も含めて――向かっているようである。」(「論評:佐高信「佐藤優という思想」③ ブラック・ジャーナリズム化する左派メディア」2009年8月10日」

② 「『世界』はどうも、このあたりの政治家や官僚・支持勢力のためのプロパガンダ雑誌になってしまっているように見える。」(「陰謀論的ジャーナリズムの形成(3) 佐藤優の売込みを図る岡本厚『世界』編集長」2010年2月1日」

③ 「『世界』その他リベラル・左派ジャーナリズムの、陰謀論的ジャーナリズムへの移行」
「『世界』その他リベラル・左派ジャーナリズムがよりファッショ的な形で、プロパガンダ機関化しつつあること」(「陰謀論的ジャーナリズムの形成(4):新しい段階へ――『世界』2010年3月号雑感」)2010年2月28日」

今日はこの件について思うところを書いてみたいと思うのだが、実は上記の三点はいずれも金さんのブログを一読したその時点で私も大変に印象深く(悪い意味でだが)感じた箇所である。そこに岩波書店が目を留めて訂正・謝罪を求めてきたという点では、岩波書店と一読者である私とは重大と思う箇所が同じだったということになるだろうか。ただ、それらの箇所(文章)のなかの何が、そして誰のどのような言動や行動が問題であるか、という点で考え方の相違があるわけだが。

最初に指摘しておきたいのは、岩波書店が「訂正・謝罪」を求めている金さんの文章が書かれるには、前提条件として次のような問題が存在したであろうということである。(1)岩波ブックレット『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』刊行に際して発生したさまざまな奇妙な出来事に対する深い疑念・不信があったこと、(2)それとほぼ時を同じくして岩波書店では佐藤優氏に対する重用<佐藤優現象>が生じたこと(ここに岩波書店の変質がはっきり見てとれるように思われる)。(3)論文「<佐藤優現象>批判」が雑誌に掲載された後、『週刊新潮』が金さんを誹謗中傷する記事を掲載したが、その記事成立に佐藤氏のみならず、岩波書店の人物が複数関与していることは間違いないと推察されること、等々。

岩波書店は、金さんのブログを読んでいる以上、金さんが会社に対し上記のような疑問や批判をもっていることに気づいていただろう。これは非常に重大な問題だと思われるので、岩波書店はまずこれらの疑問に答えて欲しい。その上でなお出版人としての良心に恥じることなく「訂正・謝罪」の要求が可能と思うのならそのときあらためて訂正なり謝罪なりを要求したらいいと思う。「訂正・謝罪」要求の項目①については、私はこのエントリーに引用されている佐高信氏の文章「佐藤優という思想」を読んでなんだか気分が悪くなったことをおぼえている。

「 本誌の読者の中には、佐藤優を登場させることに疑義を唱える人もいると聞く。私も本誌の「読んではいけない」で佐藤の『国家の罠』(新潮社)を取り上げ、“外務省のラスプーチン”と呼ばれた佐藤が守ったのは「国益」ではなく、「省益」なのではないかと指摘したことがあるが、省益と国益が一致するとの擬制において行動する官僚だった佐藤は、それだけに国家の恐ろしさを知っている。たとえば、自分は人権派ではなく国権派ながら、死刑は基本的に廃止すべきだと考えるという。死刑という剥き出しの暴力によって国民を抑えるような国家は弱い国家だと思うからである。そして、ヨーロッパ諸国が死刑を廃止したのは、国権の観点から見て、死刑によって国民を威嚇したりしない国家の方が、国民の信頼感を獲得し、結果として国家体制を強化するという認識があるからだと続ける(佐藤『テロリズムの罠』角川oneテーマ21)。
“危険な思想家”佐藤優の面目躍如だろう。山田宗睦が『危険な思想家』(光文社)を書いた時、たしか、名指しされた江藤淳は、思想はもともと危険なものであり、“安全な思想家”とはどういう存在だと開き直った。この江藤の反論には、やはり、真実が含まれている。
 佐藤優も、国権派ならぬ人権派にとって“危険な”要素を含む思想家であり、人権派のヤワな部分を鍛える貴重な存在である。
 残念ながら、私たち人権派は小林よしのりの暴走を抑止する有効な手を打てていないが、小林がいま一番苛立ち、恐れているのは佐藤であり、佐藤はあの手この手を使って小林を追いつめている。
 まさに博覧強記で、あらゆることに通じている佐藤だが、それゆえに知識過剰な人間に弱い。私がほとんど関心のない柄谷行人にイカれているように見えるのはその一面だろう。 」(風速計)
http://www.kinyobi.co.jp/backnum/data/fusokukei/data_fusokukei_kiji.php?no=630

佐高氏のこの文章を金さんは一つひとつ細かく分析し、批判していた。詳しくは原文に当たっていただくとして、『週刊金曜日』は2009年初頭イスラエルのパレスチナに対する軍事攻撃を非難して「現代のナチス」とまで呼び、読者にイスラエル製品のボイコットを呼びかけていた。その週刊誌が、日本の言論人の中で誰よりも強力にイスラエルを擁護する執筆者を同時進行で重用している事実は、これ以上はない読者への背信行為だろう。佐高氏はここで死刑廃止の例として、「ヨーロッパ諸国」を挙げている佐藤氏の文章を引用しているが、この行為にも金さんは佐高氏の狡さを見ている。佐藤氏は死刑廃止について語る場合たいていイスラエルの例を挙げ、イスラエルが死刑廃止国であることを強調し称賛している。このように「ヨーロッパ諸国」を例に挙げている場合はめったにないのだが、その点この『テロリズムの罠』という本の死刑についての佐藤文は佐高氏にとって引用するのに大変好都合だったわけである。

でも佐藤氏の場合は死刑についてもこれだけでは終わらない。別の場所では、堂々と死刑の適用範囲拡大の主張をしている。日本はスパイ防止のための法整備を進めるべきであるが、「スパイ防止法」という名称は世論の反発を呼ぶのでもう使えない。その代替として「情報公務員法」の制定を提唱している。情報を担当する人たちは「情報公務員」と規定するそうで、この人々が「情報漏洩をして国に危害を与えた場合の最高刑は死刑にする。つまり、ものすごくきびしい罰則規定を設けるわけです。ただし、事前に自首し、捜査に協力した場合は刑を免除する。このような極端な落差をつけることがミソなのです。」(『国家情報戦略』講談社+α新書2007年)と述べている。ここでの主張によると、死刑廃止はどこへやらなのだ。「このような極端な落差をつけることがミソなのです。」という発言は、特に重大な問題を孕んでいると思う。この例は佐藤氏の言論活動の真髄を表したもの、面目躍如といったところではないだろうか。

つい最近も佐藤氏の発言の二重性にちょっと驚かされる出来事があった。亀山郁夫氏との共著『ロシア 闇と魂の国家』(文春文庫2008年4月)で、佐藤氏は、『カラマーゾフの兄弟』の末弟アリョーシャについて「ぼくはアリョーシャが自殺するようなことはないとみています。アリョーシャは、自殺などしない、もっと本格的な悪党だと思います。」と話していた。「悪党」がどういう意味なのかこれだけでは分からないところもあるが、それでもアリョーシャを悪党、それも「本格的な悪党」とする批評にお目にかかったのは私は初めてだった。単なるその場の思いつきを口にしただけだろう(言い過ぎかな?)が、それにしても…と思っていたところ、最近読んだ『自壊する帝国』(新潮社2006年)では、佐藤氏はアリョーシャについてなんと「生まれつき聖人のような性格をもった三男アリョーシャ――」と生真面目な筆致で記述しているのだった。「一事が万事」とは佐藤氏の場合はその言説への姿勢――二枚舌にこそぴったり該当すると思われる。

金光翔さんが何度も引用していたと記憶するが、佐藤氏のいう「右と左のバカの壁を取り払う」こととは、もしかすると政治や社会問題はもちろん、小説の読み方の場合でも、上述のように自分の主張や見解をその時々の都合次第で、あるいは自分の気分次第で変幻自在にくるくる転回しても、また金光翔さんがこれまで数多く指摘してきたような見過ごし難い怪しげな主張や有害な論説を見つけても、読んだ者(それが出版社の社員であれ、一般読者であれ)はすべからく異論を唱えることなく黙認すべきだという意味なのだろうか? 岩波書店の刊行物をいくらか読んできた一読者の立場からすると、あれほど問題の多い佐藤氏の言説が編集段階で議論もなされず掲載されるということは信じられないことである。「ブラック・ジャーナリズム」という言葉にはいろいろな意味があるのだろうが、「ダーティ」とか「得たいの知れない」という意味も含まれているのだとすれば、なぜかどんな質問や意見や批判の声も黙殺してひたすら佐藤氏を重用する岩波書店の姿勢が「ブラック・ジャーナリズム的再編の方向に向かいつつあるようである。」と評されてもあながち不当とは言えないのではないだろうか。
2011.06.11 Sat l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
岩波ブックレットに関して ②

   

「岩波ブックレット『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』をめぐる一件 」における金光翔さんの報告によると、岩波ブックレット『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』は、本のタイトルおよび広告コピーはコピーライターの前田知巳氏、広告デザインはデザイナーの副田高行氏が担当したそうである。『広告批評』(2005年9月号)の天野祐吉、前田、副田の三氏による鼎談で、前田氏は、「ムカツク国はある。だからこそ、キレてはいけないのです。」という自作のコピーについて、「それ実は、この中で一番、今回の趣旨を具現化した言葉だったんです。」と述べている。また、そういう「ムカツク」気持ちを抑えてしまい「「世界はみんないい国だ」みたいな前提」で護憲を語るのは「頑な」であり、「リアルじゃない」とも述べている。それから、「「ムカツク」とか「キレる」とか、これまでの岩波にはないボキャブラリーだったので、それも意味があるんじゃないかと思った。」とも語っている。

しかし「ムカツク」「キレる」という言葉、特に「ムカツク」のほうは小学校高学年から高校一、二年くらいまでの年少者ならまだしも、それ以上の年齢の人間がジョークや皮肉としてではなく、自分の感情・意思表現としてこういう言葉を抵抗なく使用するとしたら、それはその人物の精神的な幼児性や思慮不足を露呈しているに過ぎないように私は感じるのだが…。まして特定の国家に対して使用されるのであれば、なおさらである。前田氏はこの「ムカツク国」について、「どの国だっていいんです。ある人はアメリカだろうし、ある人は中国だろうし。」と述べているが、これは私も金さんと同じように明確に北朝鮮を指していると思う。というのも当時の日本社会の情勢からしてもそれ以外の国を指していると考えること自体はなはだ不自然だと思うが、このブックレットのタイトルに「憲法を変えて、戦争に行こう」という言葉が用いられているからでもある。アメリカに「ムカツク」日本人は数多く存在するとしても、だからといって「アメリカと戦争しよう」という人間は皆無だろう。中国についても、アメリカ級ではないにしてもほぼそれに準ずるとみてよいのではないかと思う。

だから、「ムカツク」「キレる」が、「岩波にはないボキャブラリーだったので、それも意味があるんじゃないかと思った。」という前田氏の発言には、いったいどのような「意味がある」のだろうと疑問をもったのだが、ただ前田氏のこの発言からすると、これまで岩波書店が有してきたイメージとはガラリ異なったコピーを作る、という企画の方向性へのある程度の合意が岩波書店との間に(邪推すると、カタログハウスの斎藤氏との間にも)あらかじめ結ばれていたのではないかとも思う。前田氏と副田氏にとってはこの仕事は大変印象深いものだったようで、朝日新聞社発行の『広告月報』(2008年01月号)の『心に届く広告の決め手は言葉』というタイトルの二人の対談でも、岩波書店のこの広告について懐かしそうに触れている。

「副田 しかし、岩波の広告はコピーもすごいよね。僕は最初、本のタイトルだけでいいと思ってた。そしたらキャッチをよこしてきてびっくり。紙面ではコピーと本のタイトルを分けて配置したんだけど、広告審査で引っかかるかもしれないという話があったんだよね。でも岩波は、これを拒否する新聞なら載せないと言ってくれた。
前田 あれは感動しました。
副田 その迫力が届くんだよね。僕は、このコピーは「19人目のメッセージ」だと思ったんですよ。…」


   

金光翔さんの「岩波ブックレット『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』をめぐる一件 」に描かれているカタログハウス社の斎藤駿氏の言動や、ブックレット刊行までの岩波書店内部の動き、そして現実にブックレットの刊行直後にこの本がカタログハウスの雑誌『通販生活』の附録として定期購読者に配布されたらしいことを知ると、出版にかかった費用の全部かどうかは分からないが、大部分が斎藤駿氏から出ているのではないかと第三者に想像されても仕方ないだろうとは思う。また、著者の人選もさることながら、ブックレットのタイトルやキャッチコピーの内容がこれまでの岩波書店の刊行物とはまるで傾向を異にしていることは、もし資金が斎藤駿氏から出ているのだとしたら、斎藤氏の意向が本の内容にかなり反映されている結果ではないかという憶測をされても無理はないのではないかとも思う。

再販制度というものについて私は無知なので失礼なことを述べていたら申し訳ないのだが、このプロジェクトがこの制度に違反するというようなことはなかったのだろうか。「岩波書店と話し合い、裏表紙にある定価やバーコードは消した。」という朝日新聞の記事が金さんの本件エントリーで紹介されていたのでその点もちょっと気になったのだが…。おそらくそのようなことはなかったとは思うが、そうだとしてももしこのプロジェクトの資金が第三者から出ていたのだとしたら、金さんが指摘しているように、出版社の良識・外部からの独立の問題、また著者や読者に対しての道義的・社会的責任の問題については、岩波書店としてまず自己検証の必要があるのではないだろうか。さて斎藤駿氏について金さんは、

「カタログハウスの斎藤駿が『軍縮問題研究』2006年5月号に発表したエッセイ「そろそろ、信念から戦略へ――説得力のつくり方」を紹介し、検討しておこう。実は、私は今回の記事を書くにあたって、斎藤のエッセイを読み、このブックレット・プロジェクトとのあまりの符合ぶりに驚愕したのだが、これは、後述するように、このブックレット・プロジェクトとほぼ同時期に始まったリベラル・左派内の<佐藤優現象>を考える上でも示唆に富む内容である。」

と述べているが、ここで紹介されている斎藤氏のエッセイを読んでみて、金さんの上の指摘はブックレットのタイトルやコピーについて考えると確かに「符合ぶり」についても肯ける点があるように感じられたが、私は特に「ほぼ同時期に始まったリベラル・左派内の<佐藤優現象>を考える上でも示唆に富む内容」という指摘に関心をもった。エッセイは、「◇「北朝鮮の脅威」に正面から向き合わないと。」という節見出しから始められているそうだが、斎藤氏は、ここでまず、市民レベルでは護憲の考えをもつ人と、改憲を主張する人とは憲法に対する姿勢に「ちょっとの差異」しかないと述べている。そして、その「ちょっとの差異」とは、「言うまでもなく「北朝鮮の脅威」だ」という。以下に少し引用させていただこう。

「隣国が現実にテポドンを発射し、拉致事件をおこし、不審船うろうろ事件をおこし、核保有国願望を表明しているのだから、これを「脅威」=「不安」ととらえるのは当然の感情だ。

ところが、護憲派の多くの人たちはこの不安を一笑に付してしまう。

「アメリカの軍事力には依存しない、自衛隊は解消するでは無責任すぎない? 丸腰でいて、万一、北朝鮮が攻めてきたらどうするつもり?」

――どう考えても、攻めてくる理由がない。バカバカしい。

「でも、万一、攻めてきちゃったときはどうするわけ?」

――攻められない状況を外交(六ヵ国協議)の力でつくっていく。

「万一、その外交を無視して攻めてきたときは?」

――視聴率狙いのテレビ報道に踊らされないでよ。

「将軍様の抑えが効かなくなって、万一、軍部が暴発しちゃったら……もう、いいや、きみたちとは話が通じない」 」(強調はすべて引用者)

上記の文章の後、斎藤氏は、「こうして、かつての護憲派はどんどん改憲派へ転向していってしまう。私も身近かで何人もの転向事例を経験している。」と述べているのだが、「攻めてくる理由がない。」と述べた後、なぜ「バカバカしい。」と続けるのか、もしくはなぜその一言で話が終わってしまうのかが分からない。「攻めてくる理由がない」と考えているのであれば、この場面ではそのことを懇切丁寧に、少なくとも熱意をもって説明するのが普通の対応だと思うのだが…。「攻められない状況を外交(六ヵ国協議)の力でつくっていく。」「視聴率狙いのテレビ報道に踊らされないでよ。」との発言にも同様の感想をもった。日本が北朝鮮に感じている脅威などとは比較にならないほど深刻に、北朝鮮は米国あるいは米日韓連合に対する軍事的脅威を常に感じ続けてきただろうと思う。米国が北朝鮮と結んでいる朝鮮戦争の「休戦協定」を破棄して「平和条約」を締結することこそが、北朝鮮に核を放棄させる鍵であり道筋であることは、これまで多くの人が指摘してきているが(だから、「護憲派」かどうかはともかく、「多くの人たちはこの不安を一笑に付してしま」っているわけではない。)、これは論理的にも感情的にも人を納得させ、説得できうる解釈・説明だと思うのだが、斎藤氏はそうは考えなかったのだろうか。強調部分の返答には、初めから相手の言い分のほうがもっともなもので正しく、これに対する説得的な反論や批判はありえないことが前提になっているようで、これはこの対話を浅薄で意味のないものにしている、いやむしろ北朝鮮の脅威を主張する人々にとって都合のいいものにしてしまっているのではないかと思える。
2011.06.07 Tue l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
 岩波ブックレットに関して ①

   

金光翔さんの「岩波ブックレット『憲法を変えて戦争へ行こうという世の中にしないための18人の発言』をめぐる一件 」を読ませていただいてからもう二週間ほど経ったことになる。このエントリーについては、ブログ「全体通信」が「「岩波労組」はその構成員を即時「解放」せよ」とのユニークなタイトルの下、鋭い指摘が数多くふくまれた文章を書かれているが、そのなかに

「…金氏が控訴審(引用者注:対『週刊新潮』および佐藤優裁判の控訴審)についての告知に先立って、会社との対立の原点でもあるという、大変興味深く、また充実した内部告発を行っている。発行当時もそのタイトルと表紙デザインについて少なからぬ批判的反響があったように記憶している岩波ブックレット『憲法を変えて戦争へ行こう という世の中にしないための18人の発言』(以下 “ブックレット”)の出版経緯が、当時の自らの経験をもとに克明に開示されているのである。」

という記述がある。「大変興味深く、また充実した内部告発」であるという見解には共感したが、このブックレットが「発行当時もそのタイトルと表紙デザインについて少なからぬ批判的反響があったように記憶している」という点について、実は、私はこれまでこのブックレットは読んだことはもちろん見たこともなく、全然知らないことであった。大々的になされたという広告のことなども今回初めて知った。ただ、金さんがエントリー中で触れているように、論文「<佐藤優現象>批判」の「注」を読んだ記憶は残っていて、「ムカツク国」という表現については、「そういえば…」と思い出された。


   

遅ればせながら、今回図書館から借りだして読んでみたのだが、読後感は茫洋として自分でもうまく捉えがたいというかかなり複雑なものであった。これは上述の金さんの文章を読んだため、どうしてもこの企画の背景について考えてしまうせいなのだろう。何をどのように書いたらいいのかあれこれ迷ってしまうのだが、二点に分けて書いてみようと思う。① 一つはこのブックレットそのものについての感想。② もう一つは、この件が、読者にもはっきり分かる岩波書店のその後の顕著な変化――とりわけ佐藤優氏への異常としか思えない重用(いわゆる「佐藤優現象」の強力な推進)――とどのような関連性があるのかという点。この二点について考えながらぼちぼち書いていきたいと思うが、まず①から。

「全体通信」による、「発行当時もそのタイトルと表紙デザインについて少なからぬ批判的反響があったように記憶している」という指摘については、私も今回初めて表紙を目にして「それはそうであったろう」という感想をもった。「憲法を変えて戦争へ行こう」という文字が「という世の中にしないための18人の発言」という、意味においてより肝心の文字よりもはるかに大きなポイントで印字され、これだけで表紙全体のほぼ三分の二を占めている。残りの下三分の一に「という世の中にしないための18人の発言」という文字と18人の著者名が配置されている構成を見ると、胸に「なぜ?」という納得のいかなさがいつまでも残る。意図が見えすいているようでちょっとあざとい印象を受けるのだ。ましてや最初のタイトルだったという『憲法を変えて戦争に行こう――18人が語る、不戦・平和・憲法9条』どおりで刊行されていたとしたら、疑問や不快感は並大抵ではなかったように思う。変更の理由は吉永小百合の強硬な反対のためだったということだが、反対してくれて岩波書店は(本自体も)救われたのではないだろうか。

吉永小百合は昔から野球好きだったようで巨人のファンとして世間によく知られていたが、「江川事件」の後スパッと巨人ファンを辞めた。そのことについて後々、久米宏の「ニュースステーション」だったと思うが、経緯を訊かれて、「(あの事件以来)どうしてもダメなんですよねぇ。」とひどく生真面目に話していたのが印象に残っている。「自分の原稿は引き上げる」と言ったというのも分かるような気がしないこともない。それに十代前半から芸能界にいてアイドルスターとして飛びぬけた存在だった吉永小百合はよく似た性質の出来事をイヤというほど見聞きしたり経験させられたりしていたのかも知れない。読者の立場からすると、エッと驚かされた、あやうく騙されそうになった、という場合、その落差や意外性に解放感をおぼえるなど心地よさを感じる場合もあるが、この場合にはほとんどの読者はそういう気持ちにはなれなかったのではないかと思う。

本文についての私の感想をいうと、全体として内容は決して悪くはないのではないかと思った。前の戦争が侵略戦争であったという視点がどの人の文章にもほぼ皆無なので深さや洞察力という点では弱点や物足りなさは感じるが、人選上(スポンサーなどからかかる圧力がつよいと思われる芸能界の人が多い)、また紙幅の関係上、書き手の人々にそうそういろんな注文をつけるのも気の毒な気がする。全体として書き手の真面目さはよく伝わってくるように思った。これはあるいは、岩波書店の『世界』誌上で佐藤優氏の世にも珍妙な、そして読者の読解力を頭からバカにし切っているとしか思えない護憲論と称する文章を読んだときの不快感の記憶があまりにも強いせいもあるのかも知れない。佐藤氏はこんなことを書いていた。(引用者注:/はすべて改行部分)

「 本連載で、筆者は具体的な政治的提言を行うことをできるだけ控えた。それは最後に一つだけどうしても強調したいことがあるからだ。その強調したいこととは、日本国憲法の擁護である。/ 憲法第9条の改正は共和制に向けた露払いとなる危険がある。憲法第9条を改正して交戦権を認めよと主張する論者がいる。その場合、宣戦の布告は誰が行うのであろうか。論理連関からすれば天皇の国事行為になるはずだ。戦争を行った場合、日本が絶対に勝つという保証はどこにもない。事実、61年前にわれわれは敗北したではないか。敗戦した場合、宣戦を布告した者の責任が追及される蓋然性は高い。ここから天皇制が外圧によって崩れる危険が生じる。天皇制が崩壊すると権威と権力を分離するという日本の伝統が崩れる。共和政体になった場合、権威と権力を一身に集めようとする煽動政治家の詐術によって日本国家がファッショ化する危険性が高まると思う。」(『民族の罠 最終回』佐藤優(『世界』2006年4月号)

日本国憲法の第4条「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」、第7条の「この憲法の定める国事に関する行為」の内容、および自衛隊法の第7条「内閣総理大臣は、内閣を代表して自衛隊の最高の指揮監督権を有する。」との各条文を見れば、「宣戦の布告」が「論理連関からすれば天皇の国事行為になるはず」がないことは分かり切っているはずだから、この発言も詭弁としか言いようがないと思う。このような重要な問題に関する欺瞞的記述についても『世界』編集部は筆者に意味や意図を問いただそうともしていないのだからあきれてしまう。「共和政体になった場合、日本国家がファッショ化する危険性が高まる」については当時何人もの人がその矛盾を例を挙げて具体的に指摘していたと記憶する。


   

こういう意味不明の護憲論に比べれば、あのブックレットのほうが内容的にずっといいと私は思うが、さてあの本の出版当時の一般的な評価はどうだったのだろうと、アマゾンのブックレビューを覗いてみたところ、69件のレビューが寄せられていて、好意的な評価もずいぶんあった。「各界の著名人が自分の言葉で語った平和のためのメッセージ集です。読み易いブックレットであるという点も好感がもてます。」とか、「様々な世代・分野の人々が文を寄せていますが、やはり実際に戦争を体験している人の話は説得力があります。」。また、タイトルについても岩波書店の意図を好意的に解釈している心やさしい読者もいた。「書店に並んでいるのを見たら、「憲法を変えて戦争へ行こう」!という右寄り?の本ではないかと勘違いされないかと心配したのは私だけかもしれませんが、続く「~という世の中にしないための18人の発言」でほっとして、逆にこのアンバランスなタイトルに魅かれたのかもしれません。とにかく読んで見てください。読みやすくわかりやすい憲法の話です。」

しかし、「私も護憲の立場に立つものである。しかしながら、本書のタイトルに典型的に見られるような「平和国家か、戦争国家か?」といった問いかけ方が、運動論的にどこまで有効なのか少し疑問に思わざるを得ない。」「“著名人”が18人もいて「憲法が変わる」→「戦争に行く」という論理飛躍を誰も追及しない、意思統率のとれた本です。」という痛いところを衝いたと思われるきびしい評価も相当数見られた。また、「…本のタイトルは『戦争は嫌なので戦争をしないためにしなければいけないことは何かを考えたい人のための18人の発言』‥‥ということに。/いや、私はコピーライターじゃないので‥‥。」というやんわりとしたタイトル批判(?)も見られたが、「あれっ?」とタイトルがついた次の批判には、岩波書店は心して耳を傾けるべきだし、それだけにとどまらず版元としての見解をきちんと述べる責任もあるのではないだろうか?

「これって雑誌のフロクについてませんでしたか? 通信販売の。/そうと知っていてブックレットとして販売しているのなら、通信販売雑誌かった人のほうが得したことになります。 /つまり、雑誌のフロクなわけです。この商品は。みっともないことしているなあ。」
2011.06.01 Wed l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
最初に、岩波書店の金光翔さんに対する解雇通告(等)に関連して、ウェブ上で目に入ってきた文章を紹介しておきたい。

○片山貴夫のブログ 急報 岩波書店が金光翔さんに「解雇せざるをえない」と通告
○media debugger 岩波書店へのメール3
○全体通信 金光翔氏の解雇を許してはならない
lmnopqrstuの日記
○アンチナショナリズム宣言 モラル無き企業ー東京電力と岩波書店 
○一撃筆殺仕事人:佐高信先生追っかけブログ 信州岩波講座9月に佐高さん講演会、対談。
○こころなきみにも 金光翔への集合暴力(1) 
○横板に雨垂れ 岩波書店へのメール文    等々。

○金光翔さんの「首都圏労働組合特設ブログ」の最新記事はこちらの「岩波書店、「解雇せざるをえない」通知撤回を拒否」


さて、本年4月1日金光翔さんに突如解雇通知を送ってきた岩波書店から刊行されている労働問題関連の本にはどのようなことが描かれ、どのような見解・主張が述べられているのだろう。今回の岩波書店の解雇通知を考える上で、図書館から借りてきた下記の一、二冊の本も参考資料になるのではないかと思うので、一部引用してみる。

まず、笹山尚人著「労働法はぼくらの味方!」(岩波ジュニア新書2009年)。印象に残った箇所をいくつか挙げるが、最初は、解雇について。この本は金光翔さんが解雇の理由として会社から告げられたユニオンショップ制については触れていないが、一般論としては大いに参考になるだろうと思う。解雇について下記のようなことが述べられている。


① 解雇について

「…おじさん(引用者注:職業は弁護士。アルバイトをしている高校生の甥や派遣で働いている姪の悩みに答えて労働法について説明している。)は、それでは、と言ってから、「解雇」の問題について『六法全書』を開きながら説明をしていった。

 「解雇」とは、使用者が労働者に対し労働契約を解約したいと通告することなんだ。本来、期間の定めのない労働契約を解約する場合は、労働者からでも、使用者からでも、一方的に解約通告ができるんだ(民法627条)。この場合、通告から二週間を経過することで、契約関係は自動的に解消されることになる。
 しかし、これをそのまま認めてしまうと、使用者からの解雇の場合、労働者は突然生活の糧を失い、路頭に迷うことになる。これでは不都合なので、解雇については判例上、「解雇権濫用法理」という理論が発達して、規制することになったんだ。つまり、客観的に合理的理由が存在し、それが社会通念上相当として是認できる場合でなければ、解雇は権利の濫用として無効なんだ。
 この場合の「解雇に合理的な理由がある」ことは、使用者の側で主張し、立証しなければならない。


●労働契約法 第16条
 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。

つまり「解雇」をするには、合理的な理由、もっと平たく言えば、世間一般の目から見て、「なるほどそれならクビになっても仕方ない」と考えられるような、それ相応の理由が必要となる、というルールが確立しているんだよ 」
「…法の定める「合理的な理由」というのは、たとえば、会社のお金を使い込むとか、その人が責められて職を追われても仕方ないぐらいの非難されるべき行為を言うんだよ。(略) 」


② 次は、職場の「セクハラ・パワハラ・いじめ」に関して。

「 頼子サンは、C社という派遣会社に登録し、D社を紹介され、そこの営業部に派遣されて働いている。主要な仕事は、パソコン入力だが、実際はお茶くみから電話受け、来客対応まで雑務全般を受け持っている。フルタイムだが、「ハケン」なので、定時には仕事を止めて帰ることが許されている。(略)

 ところで、頼子サンは、かねがね、この職場のパワハラに悩まされてきた。川田という直属の上司に当たる営業課長が、頼子サンを「おい、ハケン!」と言って、きちんと名前で呼ばない。そして、「ハケンは気楽でいいよな。俺たちは定時にあがるなんて夢のまた夢だよ」とか「ちゃらちゃらした指輪をつけやがって」といった発言を繰り返す。はては、「ハケンのくせに、こんなこともできないのかよ! 何のために高い派遣料払ってるのかわかりゃしねえ! お前みたいな無能な奴が、社会にいるのは信じられねえよ!」と罵倒する。また、ほかの社員に向かって、「このハケンは、人格的に問題あるからな」と大声で言ったりする。

尚平おじさんがセクハラ・パワハラ・いじめについて説明してくれた。
(略)
 社会的には、たとえばセクハラは「意に反する性的言動」と定義されている。パワハラは、「職場において、地位や人間関係で弱い立場の労働者に対して、精神的又は身体的な苦痛を与えることにより、結果的に労働者の働く権利を侵害し、職場環境を悪化させる行為」であると定義されている。法の考え方では、セクハラ・パワハラ・いじめは、「人格権侵害」と考えられているんだ。これらの行為は結局、法律上は、ある種の法益を侵害する場合に、許されないということになる。では、どのような法益を侵害するのかといえば、それは、「人格権」と言われているものだ。
 人格権とは、名誉とか、自由とか、人格と切り離すことができない利益のことだ。人格権については、例えば、肖像権やプライバシー権といった形で、裁判所の判例でも認められているんだ。
 つまり、職場においては、人格への攻撃を行い、相手の人格に傷を負わせた状態にすることが、法的には許されないんだ。これに対しては、攻撃を行う本人に対して、そのような攻撃を行うことは許さないと中止を求めること、傷を負った点について、不法行為だからということで損害賠償を求めることができる(民法709条)。この加害行為が、刑法に定める犯罪行為に該当する場合は、加害者に刑事責任が発生する。
 また、企業は、労働者の心身を健全に保つことができるように、職場環境をそれにふさわしいように整える義務があると考えられている。裁判では、使用者には、「労務を遂行するに当たり、人格的尊厳を侵し、その労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、またはこれに適切に対処して、職場が労働者にとって働きやすい環境を保つように配慮する注意義務」があるとされた例もあるんだ。就業環境整備義務とか、就業環境調整保持義務とか言われている。これは、仮に使用者が個々の労働者との労働契約においてとくに約束していなくても、労働契約を締結した以上、使用者が労働者に対して当然に負う義務であると考えられているんだ。したがって使用者が、いじめやパワハラが起こっている環境を知りながら放置しているような場合は、企業そのものに、職場環境整備義務違反で賠償責任が発生することになるんだ。
 更にそのことは、労働契約法の定めにも反映しているんだ。平成20(2008)年3月1日施行の労働契約法では、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」との条文が定められたんだ(第5条)。
 企業には労働者の心身の健康を保全するため最善を尽くす義務があるという安全配慮義務の考え方は、判例の集積によって、当然視されてはいたのだが、今回、法律でも明文化されたことになる。この条文は、就業環境整備義務については明確に定めたものではないが、この義務が安全配慮義務の考え方のいわば延長線上にある義務であり、男女雇用機会均等法第2条が、使用者に、労働者がセクハラによる不利益を受けることなどがないよう、働きやすい環境を作るよう必要な措置を講ずる義務を定めていることから、就業環境整備義務についても、法律上は存在することが当然視されているんだ。
 したがって、労働契約法に言う「生命、身体等の安全を確保」するということの内容には、人格権が含まれると解釈すべきであり、この条文によって、職場環境整備義務が使用者に課されたと考えるべきだと私は思っている。
 おじさんはその説明に更に付け加えた。
 「この考え方からすれば、先ほど、頼子が説明してくれた言葉の数々は、仕事の内容と無関係に人格を侮蔑する内容だから、人格権侵害と言って差し支えない。発言した川田課長は、率先して職場環境整備義務を遵守すべき立場にある管理職だね。この人の発言を会社は中止させ、また、そのような発言を行わせないような措置を取る義務がD社にはある。だから、頼子は、川田課長個人に対し、慰謝料請求という形で損害賠償を請求することもできるし、職場環境整備義務違反があったということでD社に損害賠償を請求することもできるんだ


③ 労働組合の活動の意味

 「法は、労働組合の活動を強力に保護しているんだよ。まず、憲法だ。憲法は、労働者に働く権利を認める(27 条)と共に、団結権、団体交渉権、団体行動権を保障している(28条)。その基礎に立って、労働組合の活動と発展を保護する見地で、労働組合法が定められている。
 労働組合法では、通常なら民事上、刑事上の責任が発生する場合でも、労働組合の正当な行為(例えば、ストライキ)であればそれは免責するとしている(第8条)。また、使用者は、労働組合の活動の阻害となる不当な行為を禁止されている(同7条)。この中には、「団体交渉の拒否」というのがあって、会社は、労働組合の話し合いの申し入れ、つまり、団体交渉の申し入れについては、拒否してはならないんだ(2号)。
(略)
 法が、このように労働組合の活動を手厚く保障するのはなぜか。労基法第一条二項は次のように定めているんだ。「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、……その向上を図るように努めなければならない」。
 労基法は、自らは労働条件の最低限を定めたにすぎないから、あとは「労働関係の当事者」、つまり労働者側でいえば、労働者とその団結体である労働組合に、がんばってくれよ、というエールを、その第一条で送っているんだね。」

「……労働組合って会社の中にあるものじゃないの?」
「たしかに、日本の労働組合は、そのようなタイプのものが多いな。でも、法律上、労働組合は企業ごとに作られなければならないというルールはないんだ。欧米では、むしろ、企業を超えて、産業全体で労働組合を作る、「産業別労働組合」というのが主流で、日本のように、企業ごとに労働組合を組織するのはイレギュラーなんだよ。だって、そうじゃないか。労働組合が企業ごとに作られていたら、労働組合はその企業の浮沈にどうしても依存することになるだろ。だから、そんなやり方は克服されなければいけないんだ。日本でも、産業だとか、地域だとか、そういったまとまりで、誰でも、どんな雇用形態でも、加入できる、「個人加盟型ユニオン」が近時勢力を伸ばしているんだよ。
 私が言っているのは、真吾も、頼子も、そうした個人加盟型ユニオンにまず加入して、会社に団体交渉を申し入れてもらって、そのユニオンと一緒に会社と話し合う道を進みながら解決を探ったらどうか、ということなんだ。
 真吾は、小林さんはもちろん、職場のほかのみんなにも話してみたらいい。みんなの問題なんだからな。労働組合は、団結が大事。つまり、一人でも多く仲間がいて、会社にそのことで圧力をかけ、話し合いで解決を探るのが一番なんだ。
 頼子も、前沢さんを誘って、入ってみるといい。お前の受けたパワハラや、派遣制度を悪用して雇用のチャンスを奪ったことを、きっちり償わせることを目指すといい。前沢さんの雇用問題も解決できると思うよ。

 法律界の格言に、こういう言葉がある。「法は自ら助くる者を助く」。助けてもらおうと考えるだけではだめなんだ。自分の権利を、自分の手で勝ち取るために、組合に手助けしてもらうんだ。自分で動いてこそ、組合の仲間も助けてくれるし、多くの仲間が増えていくし、世間の人も支持してくれる。法はそういうときに、強大な力を発揮して君たちを守る最強の武器になるんだ」 」

「権利の上に長く眠っている者は民法の保護に値しない」とは、これも岩波書店から出ている「日本の思想」(丸山真男)に引用されていた言葉だったと思う。例としては、お金の貸し借りに関連して述べられていたと記憶するが、この格言も「法は自ら助くる者を助く」と同様決してそれだけにとどまらず、私たちに保障されているあらゆる権利について言えることで、実践によって強固な権利にしていかなければならないと思う。


④ 次に、「岩波講座 基本法学 2 団体」

1983 年刊行のこの本には、「三 労働組合」山口浩一郎著の項にユニオン・ショップ協定と脱退の問題(脱退の自由と制限)についての記述があるので該当箇所を引用する。「内部関係の原則」において、(a)組合員資格、(b)均等待遇、の原則に続いて、(c)脱退の制限 についての原則は以下のように述べられている。

自由意思にもとづく脱退を制限することは、組合員の固有権を侵害し公序良俗(民法90条)に反するものとして許されない。このような組合規約の条項は無効であり、それにもとづく行為は違法である。」(p135)

次に、現状の問題点の指摘だが、「(3)組織強制」の項目で、ユニオン・ショップ協定の問題点が取り上げられている。

「 労働組合が他の社団と異なるのは、加入について組合の側から一定の強制が許されていることである。このような加入促進の仕組みを組織強制といい、それは非組合員に一定の不利益を与える形でおこなわれる。わが国で広くみられるのはユニオン・ショップ協定とよばれるもので、組合員であることを従業員たる地位の維持条件とするものである。それは、通常「会社は組合に加入しない者、組合から除名された者および脱退した者は解雇する」というような表現で労働協約に定められる。
 このような組織強制が適法とされるのは、団結権の保障下においても必ずしも自明のことではない。ユニオン・ショップ協定は従業員でありたいと望むものには組合員であることを要求するものであるから、組合組織の維持・拡大に資することは明白であるが、労働者の方からいえば、特定組合への加入を強制されることになるからである。現に、アメリカではユニオン・ショップ協定は個々の労働者の勤労権を侵害すると考えられ、これを違法とする勤労権立法が制定されており、西欧諸国でもこのような協定は労働者の消極的団結権(組合に加入しない自由)を侵害するものと考えられる傾向が強い。わが国では、勤労権の保障(憲法27条1項)は雇用機会を保障するための国の政治的貴務を定めたものといわれ、団結権の保障(同28条)には消極的団結権は含まれていないと解されているために、このような問題は生じないが、ユニオン・ショップ協定は積極的団結権(組合選択の自由)を侵害するものとして違法ではないかとの疑問が提起されている。 確かに、近時は、少数派組合員を除名して企業外に放逐するなど組合民主主義の観点からみて思わしくない方向にこの協定が利用される例が少なくないが、一般的には組織維持・拡大の機能を否定することができず、労働協約の大多数(90%近く)がこのような協定をおいている現状からみて、一応これを有効とし、適用場面を限定することによって解決がはかられようとしている。判例による実際の取扱いをみても、複数組合併存下の他組合員や組合分裂時の脱退者あるいは一方の組合から脱退して別組合に加入した者などには適用を否定する態度がとられ、ユニオン・ショップ協定の適用場面は著しく限局されている。」(p137)

続いて、「(4)脱 退」の問題点。
「 脱退については公的介入が顕著である。脱退は自由であるというのが通説の立場であり、この自由は社員たる組合員の固有権であるから組合規約をもっても制限できないものとされている。判例も、組合規約に定めがなくとも脱退は自由であり、脱退を制限する旨の規定(例えば、「脱退には執行委員会の承認を要する」)は無効であるとしている。ただし、脱退届の方式、提出先、予告の要・不要等脱退の手続については、組合規約に定めがあればそれに従わなければならない。」(p138)


笹山尚人氏の「労働法はぼくらの味方!」一つ読んでも、岩波書店および岩波労組による金光翔さんへのいじめがどれほど悪質か明らかであろう。組合アンケートの文書のなかには、金光翔さんが労基署の助言・援助も受けて会社に残業代を請求し、勝ち取ったことについて嫌味たっぷりに揶揄している文章もあった。これでは、岩波書店労働組合とはいったい何のための、何を目的として存在する組織なのだろうと疑いをもたないわけにはいかないだろう。

笹山尚人氏が本書で述べている「解雇については判例上、「解雇権濫用法理」という理論が発達して、規制することになったんだ。つまり、客観的に合理的理由が存在し、それが社会通念上相当として是認できる場合でなければ、解雇は権利の濫用として無効なんだ。/ この場合の「解雇に合理的な理由がある」ことは、使用者の側で主張し、立証しなければならない。」という見解は、岩波書店の金光翔さんへの解雇通知についてもそのまま該当するだろう。岩波書店が「首都圏労働組合の実体を自分たちは知らない」という場合、何を指して「実体」と述べているのかを金光翔さんの前に明らかにしなければならない。それも早急に。一人の社員に対し、その待遇を宙ぶらりんにして真綿でじわじわと頸を絞めるようにして苦しめる権利など会社がもっているはずがない。笹山尚人氏にも「労働法はぼくらの味方!」の著者としての発言を期待したい。また、岩波書店の著者の人々にはそれぞれに「さわらぬ神にたたりなし」(?)の状態を脱して言論人、著述家としての真価を発揮してほしいとお願いしたい。
2011.05.12 Thu l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
   

金光翔さんは5月4日付で「首都圏労働組合特設ブログ」に、「「岩波原理主義者」たちとの闘い――「解雇せざるをえない」との通知について」という記事をアップされている。岩波書店が金さんに突如「解雇せざるを得ない」という通知を送ってきたというのだ。この遣り口はともかく酷過ぎるので、批判記事を書かねばと思い、あらためて「首都圏労働組合特設ブログ」の過去記事をいくつか読み返してみたところ、そこに記されている一つひとつの出来事がこれまでにもましてリアリティをもって感じられ、重苦しい気持ちになった。

ただ気分が重くなった理由はそれだけではなく「「岩波原理主義者」たちとの闘い――「解雇せざるをえない」との通知について」に引用されている岩波労組および岩波書店役員の人々の最近の発言を知ったせいもあるように思う。この人々は一方で一社員におそらくは誰がどこからみても非常識、理不尽としか言いようのない解雇通告(岩波書店の人たちに、御社のこれまでの刊行物でこのような解雇のあり方を肯定的に描いたり評したりしている書物が一冊でもあるのかとぜひお尋ねしたい。)を行なっていながら、もう一方では「本来、人が人として生き生きと活動できる社会の在り方を直接的あるいは間接的に問題提起しているのが、私たちの働いている岩波書店」「文化の配達夫たる岩波書店」「100年この先も続かなければ」(以上、岩波労組員)、「岩波書店として社会的発信を強めていくことを方針としていきたい」「岩波書店ここにありという存在感を未来へつなぐ」「最悪の事態を超えた事態がいま進行している。悪夢といってもよい事態です。我々の力が足りなかったのではと、怒りとともに忸怩たる思いを禁じ得ません。岩波茂雄が敗戦のときに感じたのとまさに同じような気持ちです。」「今、社会にむけて発信しなくて何のための編集者、何のための出版社、何のための岩波書店かと思います。」「人々を励まし、前を向いてもらえるようなことを考えなくてはならない。」「岩波書店がこうした出版を続けていかなければ、どこが出せるのかと、この1年間何度も感じてきました。」(以上、岩波書店役員)などと述べている。

自分たちは「岩波書店」という偉大な(?)老舗出版社の一員であるという自負心にお互いどうし酔っているような発言の数々である。随所で「岩波書店の社会的責務」とか「皆が一丸となってがんばりたい」「会社と社員の信頼関係を築いていかなくては」などの発言が混じっているが、なんとこれは労使交渉の場(「2011春闘団交ニュース」3月16日付より)における発言だという。金光翔さんが記事のタイトルに用いている「岩波原理主義」という形容は確かにこれ以上はないほど適切だというしかないように思われる。

特に異様に感じたのは、「人々を励まし、前を向いてもらえるようなことを考えなくてはならない。」という発言である。大勢でたった一人の社員に対し散々嫌がらせを続けてきて(金光翔さんが提示したきわめて重要な問題と思われる<佐藤優現象>の有害性についてただの一度として答えもせず、誠意ある対応を示すこともなく)、その挙句、ネット検索をしても、手近の本を見てみても、ただの一つとして有効であるという見解の見られない解雇通告をして苦しめておきながら、そういう自分たちが「人々を励まし」たり、「前を向いてもらえるようなことを考え」だしたりできると思っているらしいことである。「文化の配達夫たる岩波書店」「100年この先も続かなければ」という発言もすごい。100年といわず、どうせならこの際、「1000年王国を目指さなければ」と言ったほうがこの場に相応しかったかも知れない。


   

岩波書店は「首都圏労働組合」の実体が分からないと言っていたようだが、労働組合は同一企業の人間であるか否かにかかわらず、二人以上の労働者によって結成可能である。岩波書店は金光翔さん以外に首都圏労働組合員は皆無だと言いたいのだろうか。しかし、金光翔さんは「岩波書店は首都圏労働組合とのやりとりにおいて、「委員長」「住所」は認識しているはずである。」と述べている。会社に知らせる必要があるのはそれで十分であり、後は金光翔さんの会社における組合活動が「首都圏労働組合」の実体のはずである。金光翔さんの「岩波書店労働組合員、会社に対して私への弾圧を扇動 」によると、「首都圏労働組合は、岩波書店労働組合とは別途、春闘・秋年闘の一時金を要求している」そうであり、また過去にさかのぼって残業代の請求も行ない、後述するが「東京都労働相談情報センター」に労働環境改善のために「あっせん」の依頼をするなどの努力をしている。これだけ組合としての活動をして残業代については相応の実績を上げているのだから、これらの活動こそが首都圏労働組合の実体であるといえるのではないだろうか。

そもそも、岩波書店は、金光翔さんによると「実体があると判断する」基準を示そうともしなかったのだという。「岩波書店代表取締役社長・山口昭男氏と佐藤優」から該当箇所を引用する。

「私は以前、「岩波書店による私への攻撃� 「首都圏労働組合 特設ブログ」を閉鎖させようとする圧力」の「(注1)」で、岩波書店の首都圏労働組合に関する主張について、以下のように述べた。

会社(注・岩波書店)は、首都圏労働組合に実体があると判断する、規約などの材料を自分たちは持ち合わせていないと言っているが、では規約を渡せばいいのか聞くと、それはあくまで検討材料の一つだ、とのことである。組合に実体があると認める客観的な基準を示さず、実体があるかを判断する主体はあくまでも会社側、という論理なのだ。労使対等という、労働法の基本原則から乖離していることは言うまでもない。こんな論理ならばいくらでも「実体があると判断する」ことを先延ばしできるから、実際には、会社が、首都圏労働組合が労働委員会による資格審査に通って、法人として不当労働行為の救済申立ができるようになるまで、「実体があると見なさない」ということだろう。
(略)
だが、岩波書店のここでの主張は、団交拒否の、典型的な不当労働行為である。例えば、手元にある労働組合関係の入門書(ミドルネット『ひとりでも闘える労働組合読本』緑風出版、1998年)にも、「組合結成の通告に対して、会社は、「組合員全員の名簿を提出しなければ組合としてみとめない」、「法律のみとめる組合ではない」(管理職組合の場合など)など、組合否認の姿勢でのぞんでくることが往々にしてあります。こうした会社の主張にしたがう必要はありませんし、団交拒否は不当労働行為になります」(27頁)とある。」

以上、金光翔さんの文章を引用した。いったいこれでどうしてユニオンショップ制による解雇が可能と考えることができたのかと不思議に思えるが、岩波書店の周辺には解雇可能とそそのかすような人々も存在するのかも知れない。


   

この記事の初めに私は「「首都圏労働組合特設ブログ」のいくつかを読み返してみたところ、そこに記されている一つひとつの出来事がこれまでにもましてリアリティをもって感じられ、重苦しさに気持ちが、云々」と書いたが、それはたとえば「あっせん」という件一つとってもそうであった。岩波労組の嫌がらせを止めさせるために金光翔さんがこのあっせん問題に費やした労力も相当なものである。これは、2007年の出来事だが、簡単に記しておきたい。金さんが岩波書店労働組合に内容証明郵便で岩波労組脱退届を出して以後のことだという。

「私は、…… 既に岩波労組に内容証明郵便で脱退届を出している。組織への「脱退の自由」の観点から、労働組合からの脱退は労働組合の承認を待つことなく、脱退届を出すだけで成立することは、判例上、確定していることである。ところが、岩波労組は、私の脱退を認めず、毎月、給与支払日前後に、私の職場まで執行委員が押しかけてきて、組合費を支払うよう要求してくる。」(「首都圏労働組合特設ブログ」『週刊新潮』の記事について�より)

同僚社員が大勢働いている職場に岩波労組の執行委員に毎月組合費を払え、払えと押しかけて来られることは精神的苦痛であり、迷惑以外の何物でもないので、今後組合費を払う意思はないので徴収行為を止めてくれと言っても止めない。仕方なく、この「嫌がらせ」行為について、「東京都労働相談情報センター(東京都産業労働局の出先機関。以下、センター)に相談したところ、会社には、労働基準法上、職場環境配慮義務があり、労働者(すなわち私)が精神的苦痛を受けている今回の件に関し、会社が、状況を是正するための何らかの措置を講じる必要があるだろう」と言われた。
   ↓
そこで、金さんは(2007年)10月19日、会社に文書を提出し、職場環境配慮義務の観点から、岩波労組による社内での組合費徴収行為を、止めさせるよう会社(窓口は、総務部長(取締役))に要請した。
   ↓
その後、会社との何度かのやりとりを経たが、11月9日、会社から、「金からの要請の件について、岩波書店労働組合に、金との「話し合い」で解決してほしい旨申し入れた」との回答を得た。
   ↓
11月15日、金さんは、岩波労組委員長・副委員長と、「話し合い」を行なった。岩波労組の回答は、「会社からの申し入れはあったが、岩波書店労働組合としては、これまでの徴収行為に関する方針を改めるつもりはない、社内での徴収行為は引き続き続ける」とのことであった。
   ↓
同日、金光翔さんは会社に対し、岩波労組との「話し合い」は不調に終ったので、10月19日の金さんの要請について、会社はどのような措置を執るか、改めて見解を伺いたい旨を述べた。
   ↓
11月19日、会社(総務部長)は、センターから、会社・センター間で相互で確認された事実関係を踏まえた上で、今回の件について、会社が職場環境配慮義務の観点から、状況を是正する義務がある旨を伝えられた。
   ↓
11月22日、会社から金さんに対して、「検討した結果、この件は、会社としては、岩波労組に対してこれ(注・11月9日に金さんに伝えられた岩波労組への申し入れ)以上の対応はしない。岩波労組と金の「話し合い」で解決すべき問題であると考える」旨の回答があった。
   ↓
同日、金さんは、会社のこの回答をセンターに伝え、センターに、「あっせん」(センターの業務内容の一つ。センターのホームページには、「労使間のトラブルで、当事者が話し合っても解決しない場合、労働者(又は使用者)の依頼と相手方の了解があれば、当センターが解決のお手伝い(あっせん)をします」とある)を依頼した。
   ↓
11月28日、センターは、会社(総務部長)に対して、センターが、会社と金さんとの間で「あっせん」を行うことを提案したが、会社は拒否した。」(『週刊新潮』の記事について�より)

上述の経過を見れば分かるように、11月19日、東京都労働相談情報センターは岩波書店に対し、「職場環境配慮義務の観点から、状況を是正する義務がある旨を伝え」、11月28日には、都労働相談情報センター自ら、会社と金光翔さんとの間で「あっせん」を行うことを提案し、岩波書店はこれを拒否している。センターの人はかの有名な岩波書店のこの実態にどのような印象・感想をもっただろうか。

この後、金さんがこの件に関する顛末を「首都圏労働組合特設ブログ」に書くと、以後岩波労組は金さんが職場に不在のときに組合費請求書を置いていくようになったとのことだが、正式な脱退届を提出し、すでに「首都圏労働組合」という別の組合に所属して活動している人物に対し執拗に組合費を請求するという行為が常軌を逸している、違法行為でさえあるかも知れないとは組合執行委員の人々はついぞ考えなかったようだ。

この「あっせん」の一件は、岩波書店および岩波書店労働組合が金光翔さんに行なった厖大な質量の理不尽な嫌がらせ・いじめのほんの一例に過ぎない。
2011.05.10 Tue l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
   

今日は残りの項目(6)の岩波労組役員の金光翔さんへの対応ぶりを取り上げる。組合執行部は組合文書の「無断引用」をしたという理由で(2010年)9月9日金光翔さんに「抗議文」を渡しているが、この間の事実経過はこれまでに何度も書いているので、今日はごく簡単に記す。

8月31日松岡秀幸氏執筆の、名指しこそしていないもののそれが金光翔さんを指していることが想定読者の万人に明らかな(そう断言してよいだろう)中傷記事の載った組合文書が社内中に配布される。→これに対する反論文が9月2日「首都圏労働組合特設ブログ」に掲載される。執筆者はもちろん金光翔さん。→この日から一週間後の9月9日、上述のように岩波労組は金光翔さんに「抗議文」を渡す。→ところがそれから約二週間後の9月22日に「岩波書店労働組合2010秋年末闘争アンケート集計結果」がまたも社内中に配布され、そのなかの「会社に言いたいことは何ですか」という設問に対する回答として松岡氏の記事内容と同種の、金さんを非難し、会社への金さんに対するさらなる強硬姿勢を要求する文章が相当数入っていた。そしてこの「アンケート集計結果」は、組合役員によると「無断引用するから」という理由で金さんには配布されなかった。

「無断引用するから」配布しなかった、とはよくぞ言ったものだと思う。この人たちはたった一人の個人を何十人(あるいは、百数十人?)の人間で包囲し、言いたい放題、やりたい放題の、精神的にはほとんどリンチにひとしい行動を起こす一方、あらかじめ「無断引用」という一見もっともらしい理屈をつけて、実は自分たちの行動に対する一切の反論・批判を封じ込める策、外部に自分たちの行動の実態が漏れ出る事態を防ぐ策をねっていたようである。

しかし、岩波書店およびその労働組合のような集団を相手にして身を護り、なおかつその集団に一人で対抗していくには、外部社会に実態を報告し、自分の置かれた立場や考えを発信していくこと以外に有効な方法が他に何か一つでもあるだろうか? その答えは岩波書店労働組合委員長の渡辺尚人氏や執行委員の田村真理氏の次の発言から読み取れると思う。渡辺委員長らは、組合文書の無断引用の件で金光翔さんに二度目の呼び出しをかけて注意したが、それは「アンケート集計結果」配布二日後の9月24日だったという。そこで金さんが、「松岡の文章やアンケート結果にある、私および首都圏労働組合への弾圧要請の件について執行委員会はどう考えているのか尋ねた」ところ、渡辺委員長らは、下記のような返答をしたとのこと。(太字による強調はすべて引用者による。)

松岡氏の文章の該当箇所は、そもそも何を言っているのか自分たちは分からない。松岡氏は特定の個人や団体を挙げているわけではないし、これを読んだ岩波労組員が、松岡氏が金や首都圏労働組合について語っていると受け取るとは思えない。」「「ヤクザみたいな男」という表現も、金を指しているとは自分たちは思わなかったし、これを読む岩波労組員もそうは思わないだろう。」「○氏のブログに毅然とした態度で対処してほしい。」という回答は、確かにこれは金のブログについて言及したものだが(略)、金や首都圏労働組合のブログの制限や閉鎖等を会社に求めたものではないし、これを読んだ岩波労組員もそのように受け取ることはないだろう。「毅然とした態度で対処してほしい」としか言っていないのであって、会社に対して具体的にどうこうせよと言っているのではない。」 等々。

どれも何とも白々しいかぎりの言い分である。組合が作成・配布した文書の責任は100パーセント組合が負うべきもののはずである。この文書も誰かに強制されて無理やり作らされたり、配布させられたりしたわけではないだろう。この対応をみると、渡辺氏らは自分たちの意思で掲載し配布した文書について、その責任を一切負いたくないし、負うつもりもないのだ。

中傷文について、これは「金を指しているとは自分たちは思わなかったし、これを読む岩波労組員もそうは思わないだろう。」と述べたそうだが、事実は「金を指していると自分たちはすぐ分かったし、これを読む岩波労組員も当然そう思うだろう。」というのが渡辺氏らの本心であることは万人が認めるだろう。組合はこの文書を無断引用するからという理由で金さんにだけ配布していないが、「金を指しているとは自分たちは思わなかったし、これを読む岩波労組員もそうは思わないだろう。」と真実そう考えたのなら、無断引用を怖れて配布しなかったという主張はおかしくないか? また、金さんはこの文書の存在をある組合員に教えられて知ったそうだが、金さんに教えたその人物はこの文書の中傷が金さんを指していることが明らかだからこそ当人に教えたと考えるのが普通だろう。「金を指しているとは自分たちは思わなかった」、「これを読む岩波労組員もそうは思わないだろう。」という渡辺氏らの発言は初めから明白な嘘っぱちなのだ。このことは、次の問答にもよく現れている。

金さんが「組合文書を私に配布しないといっても、私個人に対して批判している文章については一部渡すべきでしょう」というと、渡辺氏は「いや、渡す必要はない」と応じたそうで、金さんの「私個人に対して批判している文章」という発言を否定していない。「金を指しているとは自分たちは思わなかったし、これを読む岩波労組員もそうは思わないだろう。」というさっきの主張はどこへ行ったのだろう。さらに「批判の相手から請求があれば、渡すのは出版界の常識ですよね?ましてやこれは無料で社内中に配布しているわけでしょう」と言われると、渡辺氏は「岩波労組は出版社ではないので、それに従う必要はない」と答えたそうである。この返答は、「金を指しているとは自分たちは思わなかったし、…」という言い訳とも「無断引用」云々の問題ともおよそ関係のない別次元の発言、居直りとかやけっぱちとかを想像させる支離滅裂な発言である。初めに嘘やその場かぎりのいい加減な発言をするなど不誠実な対応をしていると、真面目な追求に対してしだいに矛盾だらけの支離滅裂なことしか言えなくなることは世間によくあることだが、これはその典型のような応答ぶりである。

金光翔さんは「ここまで言われては返す言葉もないが、もう岩波労組は、「出版労働者として」とか「岩波書店という出版社の組合員として」といった言葉を使うのはやめるべきであろう。」と述べているが、この批判に対する渡辺委員長を初めとした組合役員の人々の返答をぜひ聞かせてほしいものである。あのようなどこかの中学校内のイジメによる中傷コメントかと見紛うようなレベルの文章を掲載して会社中に配布する組合に応答責任なんぞを求めるのは土台無理なのだろうが、普通ならそのくらいの自覚はもっているのが当然のことなのだ。


   

以前岩波労組役員の一員だった永沼浩一という人物は、2007年3月2日、金光翔さんが『世界』編集部における「思想・良心の自由」を問題にした際、「そんな法律関係のことは労働問題とは関係がない」と発言したそうである。金光翔さんは「言うまでもないが、「思想・良心の自由」は人間の基本的権利であり、労働の前提たるべきものである。「良心的」で「権威」ある出版社の社員という自意識があまりにも肥大化しており、自分たちが間違えっているはずがないのだから、その独善性に異議を唱える人間は自動的に「敵」かつ「殲滅」すべき対象で、これが「思想・良心の自由」の問題であるはずもない、ということになるのだろう。」(http://shutoken2007.blog88.fc2.com/blog-entry-28.html)と冷静な解釈をしているが、永沼氏の発言内容やもの言う態度は、文書不配について問われて「いや、渡す必要はない」「岩波労組は出版社ではないので、それに従う必要はない」と言い切った渡辺氏の応答と何とよく似ていることだろう、とそのことに驚かされる。

また、「首都圏労働組合特設ブログ」(2010年12月12日付)のこの記事に描かれている吉田浩一という人物の金光翔さんへの対応もひどかったと思う。この人は、『週刊新潮』の記事が出た直後に組合役員として金さんへの攻撃で活躍した人の一人だったらしい。金さんは、このことについて次のように書いている。

「私は、かねてから、当時の執行委員に、2008年1月21日の私に関する集会(引用者注:組合員みんなで金光翔さんについての情報を共有するためと称する集会)の内容や、『週刊新潮』の記事が出た直後に、たかだか組合報から、それも業務とは何の関係もない箇所を引用しただけで、個人攻撃したことにおかしさを感じなかったのか等について聞いてみたかった。当時の執行委員12人の誰でもよかったのだが、上で述べたような点(引用者注:この人物が『岩波講座 アジア・太平洋戦争』や日本近現代史、中東関係の本などを数多く担当していることなど)から、特に吉田には見解を聞きたいと思っていた。そこで、社内で吉田を見かけたので、この件について聞くことにした。2010年11月11日17時すぎのことである。

まず私が、上述の、2008年1月21日の私に関する集会についてどのような話がなされたのかを教えてほしいと述べたところ、吉田は、「なぜ今さらそんなことを聞くのか。なぜ僕に聞くのか。自分は答えたくないし、答える義務もない」などと答えてきた。」

という話から始まり、その後「吉田さんは当時、執行委員だったのだから、そういう集会を開催した責任があるでしょう」「責任なんてないよ。何回も言うけど、答えたくないし、答える義務もない。組合に直接聞いて下さい。僕はもう関係ない」「それはおかしいでしょう。吉田さんは当時の執行委員で、その時点での行為に責任があるでしょう」「関係ないよ!組合の立場と個人の立場はそれぞれ別に決まってるでしょう!」などと押し問答になったそうだが、そこまではまぁ予測範囲内の経過である。ところが、「やりあっているのを聞きつけたのか、5階にいた部長(役員)が止めに入ってきた」ら、この人はその役員に「何とかしてくださいよー」と言ったそうである。加害者が被害者に責任を問われると、あたかも自分が理不尽な仕打ちをされたかのように、自分のほうが被害者であるかのように振舞う、そしてその証明を他人に求めようとするのかしなだれかかる。甘ったれ根性と傲慢さが目に余るように感じた。


   

岩波書店労組執行部に言っておきたいことが他にもあるのでこの際きちんと書いておこう。2011年4月27日現在、組合役員が渡辺尚人委員長以下昨年と同じメンバーかどうか知らないが、組合執行部は2007年11月に金光翔さんの件で『週刊新潮』に取材協力した「組合関係者」とは誰か、その人物が『週刊新潮』にどのような経過で何をどのような意図をもって話したのか、その全体を組合の名において金光翔さんに伝えるべきだと思う。

そもそも『週刊新潮』とはどんな週刊誌なのか。松岡秀幸氏は会社に金光翔さんへの弾圧強化を要請する文章のなかで何を思ったか「高遠菜穂子さんらが拉致されたとき、日本国内で自己責任論がヒステリックに叫ばれたが、その手の自己責任論の愚劣さを誰よりも先に岩波書店の刊行物が正しく断罪したではないか。」と述べている。金光翔さん弾圧を煽動する人物が、イラク人質事件の被害者に向けられた当時の「自己責任論」を愚劣だと評していることも不思議であり、意外に感じるが、あの時、先頭に立って最も激しく高遠菜穂子さんらを非難したのは、言うまでもなく『週刊新潮』であった。この件だけでなく、『週刊新潮』の場合、同種の事例に事欠かないことは周知の事実である。そういう週刊誌だからこそ、金光翔さんに関するあのあくどい(けれど記事にする必然性は別になかったと思われるが)記事もありえたのだと思われる。

岩波書店の人たちは『週刊新潮』に関するこれらの事情をよく知っていながら、あえて情報提供のための電話通報をしたり(『週刊新潮』の記者は法廷でそう証言している。)、積極的に取材協力したりしているのだ。組合執行部にはそのうちの一人である「組合関係者」の行動について詳らかにする責任があるだろう。私は今回、岩波書店労働組合が金光翔さんを「除名」にし、それを受けて会社が「解雇通告」したということには、『週刊新潮』の記事の件が大いに関係していると思う。組合は金光翔さんを排除することで自分たちのこれまでの行動をなかったことにするつもりなのだろうが、そんな身勝手が許されてはならないし、それはこの人たち自身のためにもならないだろう。岩波書店労働組合はまず、金光翔さんに対し「除名」処分を謝罪して撤回し、それから『週刊新潮』事件に関与した「組合関係者」についての真相をも明らかにすべきと思う。

岩波労組の人々は、一人の人間に対し、大勢でよってたかって集中攻撃して恬として恥じていないようであるが、誰か一人にそういう仕打ちをして平然としているということは、別の機会にはまた必ず同じことをやるだろう。元来、理由のあるなしにかかわらず、集団で一人または少数の人間にイジメ・嫌がらせをする、それを続けるということほど恥ずかしい行ないは世の中にそうはないだろう。まして金光翔さんの場合、『世界』における問題提起の初めから周囲の十分な考慮・協力をうけて当然の根拠ある内容をもっていたと思う。それに対し岩波労組が会社と一体化して一切聞く耳をもたず、あれだけの攻撃ができるということは、この人たちは他のどんな自分の行為に対しても恥じることはないのではないかという疑いさえ起こさせる。自分たちのメンツを保つための行動だったのかも知れないが、失ったものはメンツなんてちゃちなものだけではなかっただろう。だからこそ、組合による『週刊新潮』事件の検証はいっそう必要だと考える。
2011.04.28 Thu l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
   

岩波書店労働組合の金光翔さんへの攻撃的対応であるが、今回は残りの項目のうち(5)を取り上げる。(5)は、2010年9月22日、組合によって社内中に配布された「岩波書店労働組合2010秋年末闘争アンケート集計結果」の件。「岩波書店労働組合の特異性(2)」で記述したことだが、アンケートの回答総数は47件だったという。組合員総数が200人近いにしては47件という回答数は少ないように思うが、問題は、アンケートの「1.いま会社に言いたいことは何ですか。自由にお書きください。」という設問の回答欄に金光翔さんに対する会社の対応は手ぬるい、もっと断固とした処置をとれという趣旨の記述が見たところ6件あり(回答はすべて匿名)、それがそのまま「アンケート集計結果」に掲載されていたことである。

回答をあらためて記すと、「① ○氏のブログに毅然とした態度で対処してほしい。」「② 残業代が出る人がいるの?はぁ!?社長の指導力がみじんも感じられない。(大丈夫?)」「③ 社長を変えて下さい。こんな決断力のない、ヤクザみたいな男に弱い社長では、私たちは信頼してついていくことができません!」「④ この間の社内の混乱の責任をとるべき。(略)法務担当役員は即刻退任しろ。」「⑤ 会社については、別個の組合を主張している個人と、話し合いを進めているといったことに、強く不信感をもちました。」「⑥ ○氏への時間外手当支払いについて会社が合意したことは(お上に過剰に従順な経営についてはここでは触れない)、○氏がブログで書くまで組合は2ヶ月も知りえなかった。」等々。

どれをとっても、前年10月の「アンケート文書」掲載の「組合費を払わず、組合に敵対する行動をしている人は、除名すべきです。そのような人に、春闘・秋年闘の果実である一時金を与えるのは、公平を欠きます。」という文章や三週間前の8月31日に配布された松岡秀幸氏の文章と、あるいは同一人物のものがあるのかも知れないが、主張内容はどれもほぼ同じといいたいほどよく似た煽動的文章である。金光翔さんは「首都圏労働組合特設ブログ」の9月27付記事「岩波労組、会社に対する金への弾圧扇動をエスカレートさせる 」においてこれらの発言について、

「こうした人々の陋劣さは度を超えているので、何から言っていいか迷うが、まず、労働組合(員)が、社員の言論活動や他の労働組合の活動に対して、弾圧を会社に要請するということ自体が異常である。」(太字による強調はすべて引用者による。)

と述べている。まったく同感、そのとおりだと思うが、このような「陋劣さ」を直に浴びせかけられる金さんの精神的苦痛と負担はどれほど深いものだろうか。そういうことをほとんど語っていないだけになおさらそう思う。①の発言主は、金さんのブログに「毅然とした態度で対処」することを、その必要性についての理由を一つも述べずに会社に要請しているが、ブログの内容に異論があるのなら、金さんの主張のどこがどのように誤っているのかを自分自身の責任で主張すべきだろう。掲載場所がないのなら、金さんは反論を書けば原則的にそのまま「首都圏労働組合特設ブログ」に掲載すると言っているのだから、まずは書いた反論の掲載を要請してみる。そういったことがものごとの手続き上の当たり前の筋道だろう。反論を書けば当然議論になるだろうが、議論をするだけの熱意も自信もないままにこのようにいとも気軽に一人の人間の言論活動弾圧を他者(経営者)に要請しているのなら、これこそ卑怯ということの最たる行為だろう。


   

②、③、④の発言は、会社の金光翔さんへの対応が弱腰すぎる、社長と法務担当役員は職責としてもっと強硬な態度に出ることによってこの問題に片をつけろと主張していると読める。しかし、これより半年ほど前の同年3月18日、金光翔さんの「対『週刊新潮』・佐藤優裁判」で、『週刊新潮』の荻原信也記者は「本件記事(引用者注:「「佐藤優」批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」とのタイトルの記事)の取材は、被告週刊新潮編集部の記者が平成19年11月に、岩波書店の関係者から、電話で雑誌「IMPACTION」に掲載された、被告佐藤優を批判する論文の著者が岩波書店の社員であり、それを知った被告佐藤が立腹している旨聞いたことがきっかけである。」と述べている。つまり、『週刊新潮』の問題の記事は「岩波書店関係者」からの電話による情報提供がきっかけだった、とこの記者は証言しているのだ。

荻原記者によると、この「岩波書店関係者」とは「「世界」編集部に非常に近い関係者」とのことであるが、「岩波書店社員」であると断言してはいない。しかし、この人物による金さんについての証言は虚偽混じりで悪意の篭もったものだが、まず内部の人間にしか語りえないであろうと思われるほど微にいり細にいり非常に具体的で詳細な内容のものである。また荻原記者によるとこの「岩波関係者」は『週刊新潮』の取材中、事実関係についてはその都度「世界」編集部員に電話をかけて確認してもらっていたそうであり、その上荻原氏はこの人物から岩波書店労働組合関係者を紹介してもらい、その人物に後日電話取材を行なってその談話を記事に取り入れているのであり、これらを勘案すると、この「岩波関係者」とは「岩波社員」と断言して差し支えないと思われる。

荻原記者の上の証言が事実であるならば、『週刊新潮』のあの記事は、佐藤優氏を別にすると、「岩波関係者」「「世界」編集部員」「岩波労組関係者」という、岩波社員三人の証言によって作られたということができる。このことが判明した3月18日、金さんは会社に対して「申入書」を提出しているが、そこでは次のような要請がなされていた。

「 したがって、私は株式会社岩波書店に対し、以下の措置を執ることを求めます。

一、上記証言者二名(引用者注:「岩波関係者」と「岩波労組関係者」)は誰か、調査し、その結果を私に伝えること。

一、岩波書店社員二名が、金の名誉を毀損する発言および個人情報を漏らす発言を『週刊新潮』編集部に対して行っている事実、およびそうした事実に対して会社が遺憾の意を持っていることを岩波書店社内に周知徹底させること。 」 等々。

これに対する会社の返事は下記のとおりに実に素気ないものであった。

「 金光翔 殿

2010年3月18日付の申入書について以下のように回答します。
今回の申し入れの内容は、現在、民事訴訟で係争中であるので、会社としては申入書にお答えすることは適当でないと判断します。

 2010年3月25日 」


しかし、2007年11月末『週刊新潮』にくだんの記事が載った後、12月5日に岩波書店は『週刊新潮』記事を理由として、社長自ら金さんに対し「口頭による厳重注意」を行なっている。また金さんに「厳重注意」を行なったことを社内で各部署ごとに役員立会いのもと周知徹底させてもいる。ところが、荻原記者の証言により、普通なら週刊誌の記事になどなりようのない出来事(岩波書店の社員であろうがなかろうが、無名の書き手がマイナー雑誌に佐藤優氏批判の論文を書いたなんてことが、『週刊新潮』の読者の興味を惹くはずがないのだ。)が記事になったそもそもの発端は「岩波関係者」(上述のように「岩波社員」と考えてよいと思う。)からの情報提供だったと知らされたので、金さんは会社に「申入書」を提出したわけである。会社は上記のように「申入書」に「現在、民事訴訟で係争中であるので、会社としては申入書にお答えすることは適当でないと判断します。」などと木で鼻をくくったような官僚答弁をしているが、会社そして山口社長は2007年に「厳重注意」の対象を誤ったことになるのではないだろうか。その責任もふくめてあの「厳重注意」を現在どう考えているのだろう。


   

組合の「アンケート調査」の回答で会社は金光翔さんに対してもっと強硬な対応をせよと主張している人たちは、上述した『週刊新潮』記事に関するこれまでの経過についてはすべて知っているだろう。会社の金さんに対する態度がどれほど不公平かつ冷酷であったかも承知しているはずである。それにもかかわらず、会社が金さんに弱腰すぎるといい、なおいっそうの強攻策を!と叫ぶのはどういう心理なのか、あまりにも異様である。この人たちは『週刊新潮』に密告の電話をかけて中傷記事を書くよう示唆したり、熱心に取材協力をした人々に対しては不信感をもたないのだろうか? あるいはこの『週刊新潮』事件には意外と大勢の人間が関わっていることも考えられるので、この人たちも何らかのかたちで関わっていて内心不安を抱え、金さんを排除することで安心感を得たいという心理が働いているというようなこともありえるのかも知れないとも思う。

「ブログの運営」「会社への残業代の請求」「首都圏労働組合への加盟」など、アンケートの回答者たちが口をきわめて非難し、それを理由として会社に弾圧を要求している事柄はすべて人間として、また働く者として誰もがもっている正当な権利ばかりである。上のアンケートの回答者たちは他人に関して不当な言いがかりをつけたり、会社に他の社員の弾圧を要求するという人権侵害を行なう前に、はたして自分の考えは基本的に正当なものかどうか(⑥の回答者にいたっては、会社が金さんによる残業代支払い要求を呑んだことについて、「お上に過剰に従順な経営」などと述べている。「お上」が金さんを指しているのか、それとも会社に指導を行なった労基署を指しているのか不明だが、この交渉と妥結における会社の姿勢を「お上に過剰に従順」と受け止める感覚は理解を絶している。また「残業代請求」に対するこのような考え方・主張は一般の働く人々の利益に真っ向から反するものであり、金さんのみならず、世の労働者一般にも悪影響・不利益をもたらすものであろう。「ヤクザみたいな男」という表現は悪質な言いがかりとしか言いようはない。)少しは自己検証をしたがいいかと思う。

もう一つ、アンケートの回答には、「社内の一体感」の必要性を強調するものが多かったようだが、このような社員の意識の下では「一体感」の強調は単に異分子や少数派の排除意識をいっそう強めることにしかならないだろう。「いい企画を生み出すためにも、売上を少しでも上げるためにも、編集・営業他全職場で一丸となった努力・創意工夫が必要である。」という意見など読むと、かつてテレビなどで見たり聞いたりした保険会社の営業社員の朝礼風景が思い浮かぶ。本は著者が一人で書き、読者も一人静かに味わい考えつつ読むものである。出版社では大勢の人たちの手を必要とするのに違いないとしても「いい企画を生み出すためにも、売上を少しでも上げるためにも、編集・営業他全職場で一丸となった努力、云々」というような発想とはまるで異なる発想が切実に必要とされているのではないかという気がする。
2011.04.24 Sun l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
   

前回記した岩波書店労働組合の金光翔さんに対するイジメ・嫌がらせ攻撃のうち、今回は、(3)と(4)の項目を取り上げる。時系列を見ると、(3)~(6)までの出来事のすべては、(3)2010年8月31日の松岡秀幸氏執筆の文章の件から始まって、(6)2010年9月24日の岩波労組役員(渡辺尚人委員長・山田まり執行委員)と金光翔さんとの話し合いの件まで1ヶ月足らずの期間に起きたことである。これには自分で日時を書いておきながら今回初めて気づいて、今さらのように驚いてしまった。一つひとつの事件の中身があまりにも濃厚かつ刺激的であるため、何となく半年とか1年とかのかなり長い期間に起きた出来事のように感じていた。

あらためて概略を示しながら、感想を述べていきたい。(3)は、「岩波書店労働組合営業局職場委員会」発行・配布の文書に、松岡秀幸氏の‘誰にも迷惑をかけていない、それどころかみんなから信頼されている組合員(図書室員)を「有期間雇用」を理由に切ろうとするくせに、一方で会社は大きな問題を放置している’ ‘残業問題は、これまで組合との信義のなかで業務が成り立ってきたというのに、会社はその信義を踏みにじった’‘全社員に関わる社員の安全や信義に基づく情報の安全の不安がある’ ‘こんな強気に易し、弱い者に不利益を与えるというような会社の仕打ちを、絶対に許すことはできない’という趣旨の文章が載り、これは社内中に配布された。

松岡氏の文章内容は気になるといえば全部気になる。正直に言えば、「これが出版社の(それも良識ある出版社として世間に知られてきた)社員の、またそこで労働組合の役員を務めたこともある人物の発言だろうか?」と呆気にとられない主張は一つとしてないほどなのだが、なかでも問題だと感じたのは、「有期間雇用」の組合員を解雇しようとする会社に抗議している、その遣り方である。松岡氏は金光翔さん(名前は出されていないが間違いないだろう)を全面的に否定することで、「有期間雇用」の組合員を擁護しようとしているが、こういうことはどんなことがあっても決してやってはならない人品卑しい行為ではないかと思う。「有期間雇用」の人がごく普通の良識をもった人だったら、別の人物を貶めることによるこのような擁護のされ方をしても困惑したり不快に感じたりするだけだろう。

そもそも金さんは、松岡氏の文章が配布される3日前の8月28日、「首都圏労働組合特設ブログ」に「岩波書店、非正規社員を雇い止め 」という題で「雇い止め」の通告をした会社をきびしく批判する記事をアップしている。記事は「現状の「労使一体」の体制の下では、編集業務は「岩波らしさ」を担保するために正社員に限り、フリー編集者との契約や外部出版社への委託を認めない(だから同じ書き手やそのグループの本ばかりが出る)」、「60歳定年退職者については希望者全員が65歳まで月額25万円で再雇用され」ているなどの岩波書店の現状を分析した上で、この「雇い止め」が不当であることを指摘した説得的な内容の文章だったと思う。むしろ、松岡氏の文章こそ、ある別の人物を徹底的・全面的に否定し、排除したい(会社にそのようにさせたい)という自己の欲望・執心があるために、本人の主観はどうあれ、結果的には「雇い止め」にされかけている人物を利用しているという面が出てはいないだろうか。


   

その「岩波書店労働組合営業局職場委員会」発行の文書が社内中に配布されて9日後、9月9日に組合執行部は、金光翔さんに組合文書を「無断引用」したという理由で「抗議文」を渡している。これが(4)。実は、金光翔さんは上記の松岡秀幸氏の文章が社内に配布されてから2日後の9月2日に「首都圏労働組合特設ブログ」において「岩波書店労働組合員、会社に対して私への弾圧を扇動 」という記事をアップし、松岡氏の主張に逐一反論。おそらく完膚なきまでに論破している。「抗議文」は金さんがその記事をアップした一週間後に渡されているので、組合のいう「無断引用」とは金さんが松岡氏の主張に反論するために記事中で松岡氏の文章を引用したことを指しているのであろうと思われる。

しかしそれにしては、「抗議文」のなかの「岩波書店労働組合に結集する組合員が団結し団体交渉その他の団体行動をすることの妨げとなります」との組合の主張は、意味不明だと思う。金光翔さんは自分に関するきわめて不当だと思った言説にやむを得ず反論しただけのはずだが…? そして反論に限らず、誰かの主張や見解を批評する際には、その人物の主張なり見解なりを引用することは不可欠である。そうしなければ批評は成立しないだろう。なぜ、こんな当然のことを出版社の労組の人々に言わなければならないのか分からないが、この種の引用は当然誰でも「無断」でやっていいことである。まして、この場合、自分の人格を不当に傷つけられ、基本的人権を踏みにじられる誹謗中傷文を会社中にばら撒かれたのだ。少なくとも金さんはそのように受けとめた。「抗議文」を渡した組合執行部は、そういう金さんに対し、あらかじめ文章の執筆者である松岡氏や配布責任者である自分たち組合役員に「反論を書いて、自分の所属している「首都圏労働組合」の特設ブログに掲載してもよろしゅうございますか?」という許可申請をせよ、とでも言いたいのだろうか。

金さんは松岡氏の文章をそのまま放置しておくわけにはいかないと思い(当然であろう)、松岡氏の主張の不当性を指摘した反論文を「首都圏労働組合特設ブログ」に掲載した。先に金光翔さんへの攻撃をした「岩波書店労働組合営業局職場委員会」と松岡氏がここでなすべきことは、金さんの反論にどのように応えるかしかないはずである。ところがそれはしないで(頬かむりして)、松岡氏は奥に引っ込んだまま、組合役員が複数で表に出てきて、金光翔さんの正当な権利である反撃に対し「無断引用」という言いがかりをつけた上に、「岩波書店労働組合に結集する組合員が団結し団体交渉その他の団体行動をすることの妨げとなります」などという陳腐かつ訳のわからない文章を盛り込んだ「抗議文」を相手に突きつけているのだ。一般社会のどこで誰にこのような行動が正当なこととして受け容れられ、理解されるだろう。こういう最低限の論理も道義も弁えない支離滅裂な行為を世間では普通「盗人猛々しい」とか「いけずうずうしい」などと表現するのではないかと思うのだが? 
2011.04.20 Wed l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
   

前回、2009年10月時点における岩波書店労働組合による金光翔さんへのイジメ・嫌がらせについて、当時、労組委員長であった渡辺尚人氏の言動を中心に思うところを書いた。今日もその続きということになるのだが、これは主に「首都圏労働組合特設ブログ」の記事を基にすることになる。以前にも書いたことだが、金光翔さん執筆の文章は、「首都圏労働組合特設ブログ」に限らず、勘違いや認識違いによる間違いを除けば、事実をありのままに正確に記述したものであることには疑いの余地はないと思われる。これから取り上げる予定の2010年度の組合執行部作成・配布のアンケートの回答用紙(前回取り上げたアンケートの件は2009年度分)には、金さんに対する数々の非難が書かれているが、ただしそこに事実の誤りを指摘したものは一つもない。そもそも、金光翔さんは組合に対し、自分の記事に異論があれば、反論を書いたらいい。そうすれば原則としてそのまま同ブログに掲載する、と何度も伝えているのだという。それにもかかわらず、反論が来ないということは、これも「首都圏労働組合特設ブログ」掲載の記事が事実を述べていると判断してよいことの証左になるだろう。


   

そのことをあらためてことわっておいて、ここで、2009~2010年における岩波書店労組執行部および組合員の行動で私が特に異様、あるいは印象深く感じた出来事を時系列で示すと、前回の文章と重複する箇所もあるが、次のようになる。

(1) 2009年10月1日 岩波書店労働組合(委員長:渡辺尚人)は、「組合費を払わず、組合に敵対する行動をしている人は、除名すべきです。そのような人に、春闘・秋年闘の果実である一時金を与えるのは、公平を欠きます。」という、金光翔さんをあてこすったデマ(デマであることは前回述べた。)発言が載った「アンケート文書」を全社中に配布した。
 ↓
(2) 2009年10月23日 岩波書店労働組合委員長・渡辺尚人氏は「判例タイムズ社パワーハラスメント争議」の支援に行き、「会社(注:判例タイムズ社)にはまっとうな対応を期待するとの言葉を添え,気持ちのこもったシュプレヒコール。力強い復唱に,帰宅途中の人々の注目を集め」た。また「判例タイムズ社は悪質なパワーハラスメント行為があったことを認めてお二人に謝罪し、早急に問題の解決をはかってください。」などの発言を行なった。
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(3) 2010年8月31日 宣伝部職場委員である松岡秀幸氏は、「岩波書店労働組合営業局職場委員会」発行・配布の文書のなかで、「何の罪もない、誰にも迷惑をかけていない、それどころかみんなから信頼されている組合員(図書室員)を「有期間雇用」を理由に切ろうとするくせに、一方で会社は大きな問題を放置しているのではないか。残業問題にしても、これまでいわば組合との信義のなかで業務が成り立ってきたというのに、その信義を尊重して、これを機に労使で丁寧に協議してよりよい体制を作ろうという姿勢はまるで見えなかった。全社員に関わる社員の安全や信義に基づく情報の安全の不安には、穏便路線で対応し、非正規雇用の組合員には、「期間雇用のカベ」を行使する。こんな強気(金注・ママ)に易し、弱い者に不利益を与えるという岩波書店の理念を踏みにじる、あるいは労使慣行的にも変則的な仕打ちをすることを、絶対に許すことはできない。」などという、会社の金光翔氏攻撃はまだ手ぬるい。もっと激しく徹底的に攻撃するよう煽動する文章を寄稿した。
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(4) 2010年9月9日 組合執行部は金光翔さんに抗議文を渡す。そこでは金光翔さんによる組合文書の「無断引用」が「岩波書店労働組合に結集する組合員が団結し団体交渉その他の団体行動をすることの妨げとなります」との主張が述べられていた。
 ↓
(5) 2010年9月22日 「岩波書店労働組合2010秋年末闘争アンケート集計結果」が社内中に配布された。ただし、金さんには「無断引用するから」との理由で配布されなかった。そのため、金さんがこのアンケートの件を知ったのは、ある組合員に教えられたからであって、そうでなければ、自分に対する中傷記事が満載されて会社中に配布された文書について本人のみが知らないという状態のまま終わっていた可能性もあった。アンケートの回答総数は47件。アンケートの設問には、「1.いま会社に言いたいことは何ですか。自由にお書きください。」という項目があり、組合員の回答が掲載されている(すべて匿名)。このなかで目につくのは、一つは、会社全体の一体感の必要性を強調するもの。たとえば、次のような意見。

 ① 会社組織としての求心力、一体感といったものを感じさせてほしい。と言うより、そういった取り組みが必要だという意識が欠落していないか?
 ② 社員、現場の状況と気持ち(意欲、疑問、不満、アイデアetc)を汲みとった、真の全社一丸をめざしてほしい。図書室員雇い止め提案の件で、これほどに、皆が結集したことをきちんと受けとめ、正しい、納得のできることならば、これほどに集中力のある社員の集まりであることを踏まえて、正しい、納得のできるリーダーシップを発揮してほしい。
 ③ これからますます経営財政がきびしくなると思われる。いい企画を生み出すためにも、売上を少しでも上げるためにも、編集・営業他全職場で一丸となった努力・創意工夫が必要である。そのためにも、働いている人を大切にする、職場環境を悪くしないことを会社に強く望みたい。

もう一つは、金光翔さんに関連するもの。そのなかには、次のような意見が見られる。

 ① ○氏のブログに毅然とした態度で対処してほしい。
 ② 残業代が出る人がいるの?はぁ!?社長の指導力がみじんも感じられない。(大丈夫?)(こまかいことを書いている時間がない)
 ③ 社長を変えて下さい。こんな決断力のない、ヤクザみたいな男に弱い社長では、私たちは信頼してついていくことができません!
 ④ この間の社内の混乱の責任をとるべき。人数が多すぎる。この社の性格の理解がない。法務担当役員は即刻退任しろ。
 ⑤ 会社については、別個の組合を主張している個人と、話し合いを進めているといったことに、強く不信感をもちました。会社側が複数の組合の存在を認めていると考えざるをえませんが、当組合がそれを会社に正式に確認しないのも疑問に思います。会社が複数の組合の存在を認めているのならば、たなざらしになっている脱退問題にも大きく関わると思います。
 ⑥ ○氏への時間外手当支払いについて会社が合意したことは(お上に過剰に従順な経営についてはここでは触れない)、○氏がブログで書くまで組合は2ヶ月も知りえなかった。
 ↓
(6) 2010年9月24日 岩波書店労働組合は組合発行の文書を金光翔さんがブログに無断引用したとしてこの日金さんに2度目の呼び出しをかけていた。そこで、金さんは、松岡氏の文章や上記のアンケート結果にある、金さんおよび首都圏労働組合への弾圧要請の件について執行委員会はどう考えているのかを渡辺尚人岩波労組委員長および山田まり執行委員に尋ねた。この「弾圧要請」とはもちろん「会社への金光翔さん弾圧要請」の意である。すると二人は、下記のように回答した。

 ① 金が「弾圧を扇動している」などと言っている松岡氏の文章の該当箇所は、そもそも何を言っているのか自分たちは分からない。松岡氏は特定の個人や団体を挙げているわけではないし、これを読んだ岩波労組員が、松岡氏が金や首都圏労働組合について語っていると受け取るとは思えない。
 ② 「ヤクザみたいな男」という表現も、金を指しているとは自分たちは思わなかったし、これを読む岩波労組員もそうは思わないだろう。誰を指して言っているかは全く分からない。
 ③ ○氏のブログに毅然とした態度で対処してほしい。」という回答は、確かにこれは金のブログについて言及したものだが(注・原文では「K氏」となっていたとのこと)、金が言うように、金や首都圏労働組合のブログの制限や閉鎖等を会社に求めたものではないし、これを読んだ岩波労組員もそのように受け取ることはないだろう。「毅然とした態度で対処してほしい」としか言っていないのであって、会社に対して具体的にどうこうせよと言っているのではない。弾圧を会社に要請しているものであるはずもない。

渡辺委員長・山田執行委員の二人は、アンケート回答用紙の内容は一つを除いて金さんを指したものとは自分たちには思えなかったし、読んだ人もそうは受け取らないだろう。だからこの文書の作成・配布に関して自分たちが責任を問われるいわれはない、と主張しているわけである。岩波労組が、金光翔さんには一切知らせないまま、このような文書を社内中に配布したことについて、金さんは渡辺委員長に問いただし、概略以下のようなやりとりを行なった。

 「組合文書を私に配布しないといっても、私個人に対して批判している文章については一部渡すべきでしょう」
渡辺 「いや、渡す必要はない」
 「批判の相手から請求があれば、渡すのは出版界の常識ですよね?ましてやこれは無料で社内中に配布しているわけでしょう」
渡辺 「岩波労組は出版社ではないので、それに従う必要はない」

渡辺委員長らのこの対応について、金さんは次のように記している。

「ここまで言われては返す言葉もないが、もう岩波労組は、「出版労働者として」とか「岩波書店という出版社の組合員として」といった言葉を使うのはやめるべきであろう。

岩波労組は、自分たちが私に対して行なっている組合文書での批判・中傷に関して、同等の媒体および配布形態で私の反論掲載を保証する(私は岩波労組に対して、異論があれば、反論を送ってくれば原則としてそのままブログ上に掲載することはこれまで何度も述べてきている)どころか、「金から反論を送ってこられても、組合文書にそれを掲載するかは執行委員会でその都度検討するのであって、掲載は保証できない」(渡辺委員長)という態度を崩していない。それでいて、ウェブ上で私が反論することに関しては「無断引用」などと抗議してくるのであるから、言論封殺以外の何物でもあるまい。 」


   

以上、私が理解した範囲で、2009年から2010年にかけて金光翔さんと首都圏労働組合をめぐって岩波書店労働組合が起こした行動、組合員の反応、また岩波労組と金光翔さんの間で交わされた会話の遣りとりなどを記した。未読の方にはぜひ「首都圏労働組合特設ブログ」のこの記事本文に直接あたっていただきたいのだが、ここではこれからこの問題に関して私が感じたことを項目ごとに述べることにする。

まず、(1)と(2)について。この件は前回取り上げたが、佐藤優氏はもちろんだが、「世界」編集長の岡本厚氏も岩波労組の委員長だった渡辺尚人氏も「二枚舌」を別に悪質とも醜い行為とも思っていないのだろう。ただ右と左、内と外とで主張を使い分けている(つまり、二枚舌を使っている)といって他人から批判されたり、軽蔑されたりして自分自身や会社のメンツが潰されることのみを気にしているのではないか。岩波書店自体がいつからかは知らないが、そういう傾向の顕著な集団に変質してしまっているように思える。

興味があったので面白半分「二枚舌」についてネット検索してみたら、こういうものがあった。

「うそつきのことを「二枚舌を使う」といいますが、「二枚舌」の由来を教えてください 」

「ベストアンサーに選ばれた回答」には「イソップ物語の中の1つとして森で動物と鳥が戦争をしたとき、コウモリは動物の陣営に行って、「私は鋭い牙とフサフサとした毛が生えていますから、私はあなた方の仲間です。」と言っておきながら、鳥の陣営では「私にはこんなに立派な羽が生えており、飛べますから皆さんの仲間です。」と典型的な二枚舌を使っています。/二枚舌とは、矛盾したことを言う、一つのことを二通りに言う、Aに言ったことと、Bに言ったことが食い違うということを意味します。」と書かれていたが、妥当な回答だろうと思う。いずれにせよ二枚舌を使うことが徹底して自他に不正直・不誠実な行為であることは間違いないことで、ここからは人間同士の信頼関係構築の希望も生まれなければ、個人の思索の深まりもありえないので、個人にしろ集団にしろ成長の展望はピシャリと閉ざされることにしかならないだろう。日本の著名人のなかでこういう二枚舌の嘘をもっともつよく嫌悪し、憎んだ人物のひとりが小説家の夏目漱石だったように思う。前にもどこかで引用した記憶があるので再度ということになると思うが、漱石唯一の自伝的小説といわれる「道草」から主人公健三の養母についての次の叙述を引用する。

「 彼の弱点が御常の弱点とまともに相搏つ事も少なくはなかった。
 御常は非常に嘘を吐く事の巧い女であった。それからどんな場合でも、自分に利益があるとさえ見れば、すぐ涙を流す事の出来る重宝な女であった。健三をほんの子供だと思って気を許していた彼女は、その裏面をすっかり彼に暴露して自から知らなかった。
 或日一人の客と相対して坐っていた御常は、その席で話題に上った甲という女を、傍で聴いていても聴きづらい程罵った、ところがその客が帰ったあとで、甲が又偶然彼女を訪ねて来た。すると御常は甲に向って、そらぞらしいお世辞を使い始めた。遂に、今誰さんとあなたの事を大変誉めていたところだというような不必要な嘘まで吐いた。健三は腹を立てた。
「あんな嘘を吐いてらあ」
 彼は一徹な子供の正直をそのまま甲の前に披瀝した。甲の帰ったあとで御常は大変に怒った。
「御前と一所にいると顔から火の出るような思をしなくっちゃならない」
 健三は御常の顔から早く火が出れば好い位に感じた。
 彼の胸の底には彼女を忌み嫌う心が我知らず常に何処かに働いていた。いくら御常から可愛がられても、それに報いるだけの情合が此方に出て来得ないような醜いものを、彼女は彼女の人格の中に蔵していたのである。そうしてその醜いものを一番能く知っていたのは、彼女の懐に温められて育った駄々っ子に外ならなかったのである。 」

漱石はまた「私の個人主義」のなかでだったと思うが、「正直という全世界共通の美徳」(少し語順は違うかもしれない。)と述べている。前述の二枚舌に関する質問の「ベストアンサー」にも、二枚舌という単語の英語、ドイツ語のスペルが記述されていた。やはり、二枚舌は「不正直という全世界共通の悪徳」なのだ。岩波書店の人々を小説中の登場人物と別に同一視しているわけではない。性格も境遇も異質だろうとは思う。でもこの人たちが公的に「人権」「平和」などの旗標を掲げながら、同時に、国家主義者・右翼であると自認し、右派雑誌では民族差別や戦争を煽る主張を展開する佐藤優氏を他のどの執筆者よりも優先して重用しつづける姿勢、そしてその姿勢を批判する金光翔さんに対する徹底した迫害(岩波書店のそのような姿勢が厳しく批判されるのは当然であろう!もし批判も異論も出なかったとしたら、日本社会は文学も哲学も思想も根を涸らし、ますます無残な状況になるしかないだろう。岩波書店の行動・態度は人が正確にものを見る力、深く思考する力などを奪おうとしていることに他ならないのだから。)を見ると、漱石の上述の文章が思い浮かんでくることは事実である。驚き呆れ、落胆し、腹を立てながらも、自分も心しなければとしばしば痛感させられる。
2011.04.17 Sun l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
片山貴夫氏は4月11日付で、「メモ14 外ではパワーハラスメントを弾劾する一方で、内ではパワーハラスメントを行なっている岩波労組委員長]という記事をアップされている。

この記事によると、2009年10月23日、当時、岩波書店労働組合委員長であった渡辺尚人氏はパワーハラスメントが問題になっていた「判例タイムズ争議」に参加し、そこでパワハラを告発する側に立って連帯の言葉を述べていたとのことである。

出版情報関連ユニオンのホームページより、当日の渡辺氏の発言関連部分を引用させていただく。(「対策会議ニュース[2009.11.6 No.11]」)(太字による強調は引用者による)

「10月23日午後5時40分,麹町の判例タイムズ社前には,17単組・分会から100名を超える支援の仲間が集まり,判例タイムズ社前の歩道をうめつくした。」「岩波労組の渡辺委員長が,会社にはまっとうな対応を期待するとの言葉を添え,気持ちのこもったシュプレヒコール。力強い復唱に,帰宅途中の人々の注目を集め,宣伝行動は締めくくられた。」「これまで会社勤めをしてきた経験のなかには,パワハラの疑いがあるものが幾つかあったように思えますから,パワハラは意外と身近なものだと言えそうです。しかし,判例タイムズ社で行われたパワハラの数々は決定的なものでした。」「判例タイムズ社は悪質なパワーハラスメント行為があったことを認めてお二人に謝罪し,早急に問題の解決をはかってください。」[岩波書店労働組合委員長/渡辺尚人] 」

片山貴夫氏は「一方で、渡辺委員長率いる岩波書店労組による金光翔(キム・ガンサン)さんへのパワハラが、延々と継続されていたわけです。渡辺委員長にとっても「パワハラは意外と身近なもの」であったわけです。」と皮肉を籠めて述べているが、2009年といえば、その翌年にかけて、金光翔氏への岩波書店労働組合によるイジメ攻撃が、「私にも話させて」「首都圏労働組合特設ブログ」の関連記事を読んでいて空恐ろしくなるほど凄まじい時期であったはず。渡辺尚人氏は、まさに「外ではパワーハラスメントを弾劾する一方で、内ではパワーハラスメントを行なっている岩波労組委員長」だったのだ。岩波書店は労使ともに皆さん特別に二枚舌が得意のようだ。「世界」編集長の岡本厚氏も同年の2009年に自身の行動はさておいて、「週刊金曜日」が募っている旅行添乗員解雇に反対する抗議文に署名していられる。この点、佐藤優氏の行動様式とよく似ているから、お互い気が合うのだろう。これでは、金光翔さんのようにできるかぎり論理的に、正確に思考しようとする姿勢の人物のことなど理解の外にあるのも無理はないのかも知れない。

今回、岩波書店が「ユニオンショップ制の労働協約があるので「解雇せざるをえない」」という理由をもって金さんに解雇通告を行なったということは、岩波書店労働組合が金光翔さんの「除名」を決めたことが前提条件になっているわけである。何年も前に脱退届を提出している社員に対し、今になって「除名」を言い渡すという行為も常軌を逸していて気味が悪いが、しかもこの解雇は前回の記事に書いたように、対象の労働者が別の組合に加盟している以上、不可能なのだ。そのことはネットで最高裁の判例を見てみて、2007年の東芝の例などであらためて確認することができた。

そのくらいのことは、岩波書店上層部といい、岩波書店労働組合といい、当然承知のことだろうに、このようになりふり構わぬかたちで金光翔さんに解雇攻撃をしてくるのはなぜなのか。一人の個人を集団が束になって不当に苦しめ、自分たちも恥晒しをするだけではないかと思え、私などにはまるで理解しがたいのだが、ただし、組合による除名→会社による解雇通告という構図を見ると、もう岩波書店労働組合も会社と同罪とみていいように思われる。経営者とは違う、労組だという理由での配慮はここまでくると不要だろう。おかしいと思われる点は遠慮なく指摘させてもらうことにする。

渡辺尚人氏が余所の争議の支援に行って「判例タイムズ社は悪質なパワーハラスメント行為があったことを認めてお二人に謝罪し,早急に問題の解決をはかってください。」などと立派なことを述べていたちょうどその時期、その渡辺委員長を初めとする岩波書店労働組合執行部および組合員が集団で金光翔さんにどのような性質のイジメ、嫌がらせを行なっていたかについて少し振り返ってみたい。組織のなかの人間というものの探求の一つの学習材料にもなるかも知れない。(?)


金光翔さんは、ブログ「私にも話させて」における2010年6月5日付の「マスコミ界隈の在日朝鮮人と日本人リベラル・左派の「共生」、または共犯関係(下)」というタイトルの記事で、下記のように書いている。

「「執行委員会(委員長:渡辺尚人)は、私について、以下のような組合員の発言が掲載された「アンケート文書」を昨年10月1日に、全社中に配布している。

「組合費を払わず、組合に敵対する行動をしている人は、除名すべきです。そのような人に、春闘・秋年闘の果実である一時金を与えるのは、公平を欠きます。」 」

上の文章が金光翔さんにあてつけたものであることは下記に金さんが述べるごとく明らかだろう。この時点で「昨年10月1日」ということは、「2009年10月1日」ということである。渡辺尚人氏が「判例タイムズ争議」で当該会社を糾弾していたのは上述したように「2009年10月23日」である。まさに同時期である。「アンケート文書」の内容とともにそれを無批判に掲載して会社中に配布した組合執行部を金光翔さんは同じ記事中で次のように批判し反論している。

「私の岩波書店労働組合による人権侵害への批判を、自分たちの行為については一言も触れないまま、「組合に敵対する行動」呼ばわりしている。除名しようがしまいが勝手だが、より問題なのは、「そのような人に、春闘・秋年闘の果実である一時金を与えるのは、公平を欠きます。」なる一文である。これは明白なデマである。「首都圏労働組合特設ブログ」でも何度も書いてきているように、首都圏労働組合は、岩波書店労働組合とは別途、春闘・秋年闘の一時金を要求しているのであるから、事実としても完全に間違っている。また、さらに笑うべきことに、春闘・秋年闘の結果として支払われる一時金は、組合員ではない部課長にも、全く同様に(組合員と同基準で)支払われるのであるから、この書き手の論理に従えば、私の件とは無関係にそもそも「公平」を欠いている状態ではない。支離滅裂である。

岩波書店労働組合執行委員会にとって、この書き手の記述がデマであり、悪質な私への中傷であることは認識できていたはずである(岩波書店労働組合執行委員会は、以前、「首都圏労働組合特設ブログ」を読んでいる旨を私に表明している)。にもかかわらず、執行委員会は、あたかも私が岩波書店労働組合の活動にタダ乗りしているかのように描く、デマであることが明らかな特定個人に関する中傷記事を、全社中に配布しているのである。当然であるが、仮にそれがアンケートの発言であったとしても、執行委員会は掲載・配布責任を有する。 」

繰り返しになるが、渡辺尚人氏は2009年10月という同年同月に社外ではパワハラを指弾し、社内ではパワハラを容認・推進するという相反する役目を遂行していたことになるのである。二枚舌もここまでくれば立派といいたいくらいだが、やはりそうは言えない。醜悪だと思う。また問題の本質とはあまり関係ないことだろうが、「そのような人に、春闘・秋年闘の果実である一時金を与えるのは、公平を欠きます。」という主張の書き手が使用している「果実」という言葉は、このようなケチくさい狭量な内容の文章には相応しくないと感じる。「果実」という可憐なおもむきの言葉が可哀想に思える。翌年、2010年の同労組の金さんへの人権侵害はさらに露骨になっていくのだが、長くなるので次回に譲る。
2011.04.15 Fri l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
先ほど、岩波書店に下記のメールをお送りしました。



4月11日

岩波書店
代表取締役社長 山口昭男 様
役員各位

前略にて失礼いたします。
貴社はこの度社員の金光翔氏に「ユニオンショップ制の労働協約があるので「解雇せざるをえない」」という理由により金氏への解雇通告を行なった、と4月9日付の片山貴夫氏のブログに記されています。この件に関して当事者である金氏への確認を私自身はまだとれていませんが、これまでの経緯から推測するにこの解雇通告の存在は事実ではないかと思われ、危惧しています。そこでこの件が事実であると想定しての私見を以下に書かせていただきます。

私は「首都圏労働組合特設ブログ」掲載の記事はほとんど欠かさずに読んでいるつもりの者ですが、金氏が岩波書店労働組合に脱退の意志を伝えてから、もうかれこれ4、5年は経過している、組合にはとうの昔に脱退届も提出済みと理解しています。組合はその後も「脱退は認めない。組合費を払え」という執拗な催促を行なってきたようですが、それに対して金氏は一切応じることなく、自らの意志で社外のご友人とともに「首都圏労働組合」を結成し、独自の組合活動を行なってきたはずです。

前述の片山氏は、「ユニオンショップ制は、これまでも、執行部の路線に反対する組合員を職場から排除する為に悪用されてきました。」と当該記事において述べています。残念ながら、私は「ユニオンショップ制」という制度についてまるで知識がありませんので、本日、在住地域の労働基準監督署に電話をかけて、事の経過と現在の実情を話し(御社および金氏の名前は出していません。)、一般論としてこのような解雇が成立することがありえるのかどうかを尋ねてみました。電話に出られた人は、自分はそもそもユニオンショップ制というものが、何らかのかたちで労働者を解雇する、しないの理由に用いられたという話は一度も聞いたことがない。だから判例もまったく知らないということで、これは「○○○(メール文では実名。以下同様)労働センター」という所に訊いたほうがいいと言われ、電話番号を教えられました。電話だけの印象ではありますが、労基署の人が意外な話を聞いた、驚いたという雰囲気だったことは確かであったと思います。

○○○労働センターに電話をかけますと、幸いこういう問題の担当であるという人に出ていただくことができ、労基署に話した内容をそのまま繰り返して話し、このような環境下で「ユニオンショップ制の労働協約があるので「解雇せざるをえない」」という理由による労働者の解雇ができるものかどうかを訊きますと、いともあっさりと「出来ません。」と言われました。日本の法律(労働組合法)では、たとえユニオンショップ制の労働協約があろうとも、対象の労働者がすでに別の組合に加盟している場合はその時点で労働者の権利保護が優先されると定められているので、ですから「解雇は無理ですね。」とのことでした。曖昧なところのまったくない明解な説明を受けましたが、この説明は私たち一般市民の常識とも完全に合致しています。どんな酷い御用組合であろうとユニオンショップ制の存在により組合脱退は不可能、どうしても脱退すると主張すれば即クビ、というのでは私たちはオチオチ生きてもいられません。実際御社が使っていられる解雇に関するこのたびの理屈は私たち一般市民の安らかな社会生活や生存の権利を脅かす暴力に他ならないのではないでしょうか。

実を言えば、このように労基署などへの質問を急ぐのも、これまでの御社や岩波書店労働組合の遣り方から見て、少し油断していると、金氏にどんな仕打ちをしてくるか分からないという危惧を感じるからです。突然、会社への入門を阻止する、出勤しても机がなくなっている、そこまで行かなくても仕事を一切回さない、などの陰湿な暴力を振るう、言葉は悪いですが、「ゴロツキ」のようなことをする会社もあると聞きます。一人、金氏のためだけではなく、御社の名誉のためにも、また読者のためにも、決してそのような卑劣な振る舞いをなさいませぬよう、お願いいたします。

そもそもこの問題の本質は、片山貴夫氏が明確に指摘しているように、

「“平和と人権を尊重する”ことを社会に向けて掲げている岩波書店が、メディアで排外主義・国家主義そのものの主張を公然と行っている論客・佐藤優を厚遇して使っていることに対する、金さんの(当然の)批判を、岩波書店が労使一体となってリンチそのものの弾圧を行っていることです。貴重な内部告発者に御用組合が会社といっしょになってイジメを行っているのです。」

というところにあると私も考えています。3月11日以降、佐藤優氏がネットの【佐藤優の眼光紙背】で主張している「国家翼賛体制の確立を!」「大和魂で菅直人首相を支えよ」「福島原発に関する報道協定を結べ」「頑張れ東京電力!」などの各記事を御社はどのように見ていられるでしょうか。あれでも、金氏の「<佐藤優現象>批判」に問題があったとお考えでしょうか。ぜひとも熟考を重ね、「解雇通告」を取り消し、金氏に謝罪してくださるよう要請いたします。

なおこのメール文は、拙ブログ「横板に雨垂れ」に掲載することをおことわりしておきます。 」
2011.04.11 Mon l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
このエントリー(以下の全文)は昨日(4月9日)片山貴夫さんのブログに掲載された記事の転載です。ぜひご一読いただければと思います。

    ………………………………………………………………………………

2011.04/09 [Sat]

急報 岩波書店が金光翔さんに「解雇せざるをえない」と通告

 岩波書店労組は、金光翔(キム・ガンサン)さんの「除名」を愚かしくも決め(金さんは以前から脱退の意思を表明していたのに!)、岩波書店は、(岩波書店労組との)ユニオンショップ制の労働協約があるので「解雇せざるをえない」と、金さんに通告してきました。

 ユニオンショップ制は、これまでも、執行部の路線に反対する組合員を職場から排除する為に悪用されてきました。
 金さんの所属する首都圏労働組合が、岩波書店の職場に1人しか組合員のいない労働組合であっても、その団結権は、何者によっても否定することのできない権利です。ユニオンショップ制もしくはそれに類する労働協約が、岩波書店労働組合と岩波書店との間に締結されていたとしても、それに基づいて金さんを解雇する義務も権利も、岩波書店側には無いのです。金さんに対して「解雇せざるをえない」との通告書類を送ってきたことは、きわめて不当なことであり、絶対に許されることではありません(なお、使用者との関係において、労働組合であるか否かという資格の問題は、労働組合が労働者自身によって自主的に運営されているということだけが必要なのであって、使用者の側には、労働組合としての資格審査の「資料」の提出を求める権利はありません)。

 そもそも問題の本質は、“平和と人権を尊重する”ことを社会に向けて掲げている岩波書店が、メディアで排外主義・国家主義そのものの主張を公然と行っている論客・佐藤優を厚遇して使っていることに対する、金さんの(当然の)批判を、岩波書店が労使一体となってリンチそのものの弾圧を行っていることです。貴重な内部告発者に御用組合が会社といっしょになってイジメを行っているのです。
 しかも、岩波書店労組は出版労連に加盟している(共産党員が指導部に居る)“左派”的労組です―それにも関らず、こういう卑劣なことをしているのです!―[岩波書店などの出版・メディア業界の問題だけに限らず]私は、(今の)日本のこれほどまでひどい現状には、[体制側からの改憲攻撃だけでなく]日本左翼の底知れぬ堕落と腐敗も大いに関係していると思っています。

 岩波書店に強く抗議するとともに、私たちの仲間である金さんに「解雇」および一切の不利益な処分を行うことのないように強く要求します。

 岩波書店に抗議の声を集中させましょう!


電話
岩波書店総務部(03-5210-4145)

メール
voice@iwanami.co.jp
「愛読者の声」http://www.iwanami.co.jp/aidoku/form1.html

あと、
岩波書店のツイッター( http://twitter.com/Iwanamishoten )に公表されているメールにも送れるのではないでしょうか。
twitter_ad@iwanami.co.jp



追記:日本の「リベラル」、「左翼」の内的崩壊が、韓国では知られ始めているようです。

日本‘リベラル’にだまされるな、もっと危険だ

ハンギョレ・サランバン、2011年04月03日
http://blog.livedoor.jp/hangyoreh/archives/1456224.html

「徐教授は去る20年余りの間、日本リベラル知識人たちは思想的にどこまでも崩れ落ちてきたと見る。それが日本の悲劇だ。中間を自任するリベラルは右派の超党派的国粋主義や攻撃的国家主義を拒否するが、彼らと同じ日本‘国民’として享有する既得権に執着しつつ、自己中心的‘国民主義’へと崩れ落ちていった。この国民主義はある局面では右派の国粋・国家主義と対立関係を形成するが、植民支配を通じた略奪と労働搾取を通じて蓄積された日本国民の潤沢な経済生活や文化生活、すなわち 日本国民として享有する自分たちの既得権が外部の他者(または、内部の他者である在日外国人、すなわち‘非国民’)から脅威を受けていると感じる瞬間に右派との補完関係、共犯関係に切り替わる。その時、リベラルの多数はいつも両非難論を前面に出し傍観的で冷笑的な態度で一貫する。それが去る数十年間にわたり日本右派の台頭を決定的に助けてきた。外部の人々の目にはこのことがよく見えない。 そのためにはっきり見える右派よりリベラルの方がはるかに危険なこともあると徐教授は語る。」
2011.04.10 Sun l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
訂正とお詫び  前回、ガバン・マコーマック氏の論文の翻訳を今後も追加掲載すると記しましたが、その後、配信先「Japan Focus」にこのことをお伝えしたところ、ガバン・マコーマック氏ご自身からご連絡をいただきました。翻訳した者が、何度かマコーマック氏とメールでお話しした結果、著作権をはじめとした問題もあり、ここで一旦訳文をこのブログにアップすることを中止することにしました。マコーマック氏には大変丁寧かつ率直な対応をしていただき、訳した当人は感銘を受けていました。訳文を読んでくださっている方には中止をお詫びいたします。(12月1日)


ご連絡-今日、新たにできた訳文を初回分につづいて追加掲載しました。今後もこのように少しずつですが、このエントリーに追加していきます。細切れのようで読みにくいかとも思いますが、時間のあるときに覗いてみていただければ幸いです。(11月22日)


金光翔さんの「対週刊新潮・佐藤優」裁判も大詰めに近づいたようで、結果が大変気になる今日この頃なのだが、「私にも話させて」のこちらの記事も注目! ガバン・マコーマック氏の著書を私はこれまで一冊も読んだことがなくて、名前もそういえばどこかで聞いたことがあるかな…と、かすかな記憶があるくらい。それでもこの「現代日本の思考」(?)という論文はすぐにもぜひ読んでみたかったのだが、残念至極なことに英語力がないので自力で読むのは無理。ただ、身内に英語が読める者がいるので、翻訳を頼みこんで、仕事のかたわらボチボチやってもらっています。まだ初めの方しかできてないけど、金さんが登場したところは、いきなり興味深い。英語が読めるといっても、この種の論文などは苦手かも知れないので、もしかすると間違いもあるかも知れないけれど、一応掲載してみます。誤訳がありましたら、気づいた方、教えてください。出だしの佐藤優氏が外務省で鈴木宗男氏と仕事を共にした結果、逮捕・拘禁されたこと、その後の経過などは皆さんご存知のことだから最初のその部分は省いて、それ以降をほんの一部ですが、記事の翻訳を。(太字による強調は引用者による)


  現代日本の思考
 ガバン・マコーマック
2009年の時点で佐藤は、19の様々な政治的立場を持つ新聞や雑誌にコラムを書き、それは一般的に「左派」もしくは「社会民主主義」とみられる‘世界’と‘週刊金曜日’から、右よりの‘正論’や‘諸君’、‘サピオ’、‘産経新聞’までおよび、そして‘福音と世界’、‘アサヒ芸能’、‘中央公論’や‘週刊プレイボーイ’といった宗教、芸術、文化に関する総合誌をも含むといった、独自のやり方で保守と社会民主主義の隔たりを繋ぐ存在になっていた。*10
しかしながら、佐藤の立場はこれら膨大な執筆を通じて現れる所では、はっきりと保守的かつ国粋主義者であり、彼自身の称する「保守陣営に属する右派」という言葉にふさわしいものである。
ある種の欧州共同体の先駆けとしての大東亜共栄圏構想の擁護や、西洋帝国主義と、中国における蒋介石のような、その操り人形への米国の支援からのアジアの解放へ対する日本の努力の放棄という米国の徹底的な要求からくる、必然的な成り行きとしての西洋諸国との戦争の擁護。
日本に、「国益」を増大させ「自国愛」を養うことを重要視し、それが北朝鮮とアルカイダによって晒されている脅威に、より上手に対処できるよう図られた「現実的平和主義」を採用しろと呼びかけること。
日本・イスラエル間の結びつきの構築に対する非常に精力的な努力と、日本への模範としてのイスラエル愛国主義の勧め、イスラエルの行う戦争の擁護。
戦術的な柔軟性(ロシアが定期的に返還の用意を示唆してきた北方二島の確実な返還を優先すること)と、然るべくして全四島の返還が実現されなければならないという戦略的な決意という立場に基づいた、日ロ関係正常化の強力な勧め。
憲法改正、またはその文面の再解釈のいずれかを通じて、自衛隊を通常の軍隊として「正規軍化」し、地域に対する役割を果たさせ、(台湾が日本の防衛圏の中にあるという考えに立った)集団安全保障への参加のための法制度整備の推奨。
「北朝鮮の脅威」と、それがどの様にして解消されなければならないかという日本の要求を受け入れることへの、北朝鮮にとっての必要性により注力することを説くこと。佐藤は賞賛を以てイスラエルが(2007年の戦争の際の)レバノンでの同様な拉致問題に対してとったやり方を引き合いに出し、日本は北朝鮮に対し、もし日本の要求をのまなければ、ロシアと日本が半島の掌握権をかけて争った1905年当時のような状態に半島を逆戻りさせる危険を冒しているのだと、はっきりと示す必要があると説く。彼はまた、有事の際には、日本に核兵器を導入する権利を容認することも必要であるとしている。
北朝鮮政府へ圧力をかける方法として、在日朝鮮人の北朝鮮と提携する団体である朝鮮総連への、より強い圧力の正当化。
中国、韓国と米国(の下院議会)は靖国問題や「従軍慰安婦」問題で日本を批判する権利はなく、日本はこれらの批判を無視するべきだという強い主張。
中国と韓国にまつわる「反日性」は日本にとって脅威となっており、それに対して日本は団結し、強くあらねばならないという(2007年の時点での)考え方。
間違いなく、ありきたりのプロフィールではない:佐藤は、有罪判決を受けた元外務相職員でありロシア専門家で、保守派で、護憲派であり*11、キリスト教徒で(もともとは神学部生であった)、イスラエル擁護者であり、同時代でもっとも広く著作が出版されている知識人であり、左派-右派の隔たりをしょっちゅうなんなく跨いで越してしまう唯一の存在であるのだ。
これまで誰も、若い(1976年生まれ)在日朝鮮人(在日)の出版社社員であるキム・グワンサン以上に、彼が「佐藤優現象」と呼ぶものを解明しようとより多く努めた者はいない。キムの初めのその題材に関する小論文は(その中で彼は最初にその言い方を作り出したのだが)、「<佐藤優現象>批判」と題され、日本の隔月刊誌インパクションに現れた。*12 それ以来、佐藤が彼自身の著作を拡大させるためと殆ど同じだけの勤勉さと情熱をもって、佐藤現象についての批判的分析に注力してきた。違う点は、キムが最初の論文以後生み出した数千ページにわたる物のどれも、彼のブログを除いてはどこにも載せられていないことである。
キムは、何故佐藤の右翼的な見解のことを知っているはずの、「左派」または「リベラル」に属する出版業界の傑出した存在までが、それにも拘わらず彼に言い寄り、彼の原稿を競って出版しようとするのかについて疑問を呈している。佐藤現象を説明するために、キムは、日本は今(特に2001-2007の小泉政権と安部政権時代の)国粋主義者の波に晒されており、その中で伝統的なリベラル・左派陣営は、国威と国家のグローバルな影響力への右派の集団的な大望に飲み込まれてしまうことによる「転向」の最中にあるのだと述べる。キムが信じるところでは、「護憲」を求める人々さえも、日本の国家と社会の連続性と、強さ、一体性が優先されるという命題のもと、改憲派の反対者とも連帯をする傾向にあると言う。別の言い方をすれば、正に彼の姿勢が冷戦時代の「左派-右派」の隔たりを超えるという理由で、佐藤は多くの編集者と出版社を呼び寄せるのだ。
佐藤は非常に広範な主題について、印象的な多才さでもって著述をするが、それら著作を全体として捉える時に初めて、――彼の寄稿は国粋主義的な、右翼的な雑誌から、「左派」で「リベラル」な雑誌への両者に及ぶ――キムの、日本の「普通の国」としての未来を支持する、左派-右派にまたがる国粋主義的な枢軸の構築についての主張の意味が分かってくる。キムは、彼が「佐藤優現象」として言及するものを、「集団転向(shudan tenko)」の現代版として解釈をする――転向とは、1930-40年代の現象を呼ぶ際に使われる用語で、その中では、多くの左派と共産主義者たちが彼らの信条を、共産主義者の国際主義から、天皇を中心に据えた日本の国粋主義に変えていった。キムによれば佐藤は、「大政翼賛」制度として知られる、団結した(またはファシスト的な)国家体制を構築するのに、かつて近衛(文麿)によってなされた役割を現在果たしている。
2009年6月、キムは、彼自身によると、彼の評判を傷つけ、それと共に誤りであるとする、2007月12月の“週刊新潮”で発表された記事中の彼に対する言及について、佐藤と二人の出版社の人間に対して名誉毀損の訴えを起こした。*13 この訴訟は現在も続いている。この出来事自体、まったく注目に値するものではあるのだが、この短文中で説明するにはとても込み入りすぎて、また激しく争われすぎている。これを取り巻く状況は、キムが岩波書店という(とりわけ“世界”を出版する)出版会社の社員であるという事実により、さらに複雑になっている。彼の雇い主が発行する、影響力のある雑誌へ対する彼の批判的な注視は、殆ど雇い主からの好意などは起こさず、キムは彼が職場で岩波書店の労働組合もが連座した、脅しやいじめと同等な圧力に晒されていると言う。キムの職場での追いこまれた状態は、彼が、2007年に岩波書店の企業内組合を脱退し、その代わりとなる、独立した組合を展開し始めた時によりいっそう深まった。*14
 」


ネット検索をしてみたところ、まだ翻訳は出ていないようなので、つづきを訳してもらったら、また当ブログに載せるつもりでいます(どなたかが全訳を発表してくだされば別)。上の文章中「違う点は、キムが最初の論文以後生み出した数千ページにわたる物のどれも、彼のブログを除いてはどこにも載せられていないこと」という叙述にはハッとさせられる。こういうなりゆき・事態に現代日本の政治・社会、文化水準が象徴的に現れているのではないかと思う。何度でも言ってしまうのだけど、少し前まではまさかこんなことになるとは予想していなかった。


11月22日 読者の方から‘福音と世界’という雑誌があることを教えていただき、福音の世界→‘福音と世界’に訂正いたしました。
2010.11.18 Thu l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
10月4日付の岩波書店に送信されたm_debugger氏のメール文には今回も返信はなかったようで…。私も岩波書店から何らかの返事らしきものをいただいたことはなく、完全に無視されている。もっとも、昨年6月にブログを始めてからは一度も記事を先方に送信したことはないので当然といえば当然だが。でもおそらく、岩波書店はどなたかが一通りネットの巡回はされていて、自社への批判もそれなりに把握はしているのではないかと思う。

今回、m_debugger氏が文中に引用されている岩波書店の現社長と『世界』編集長執筆の文章を読んで、事態は本当に深刻だといまさらのようだが、痛感した。(ちなみに、m_debugger氏の「…礼儀正しいyokoitaさんのお問い合わせ」という文中の「礼儀正しい」には、穴があったら入りたい気分になった。m_debuggerさん、そんなことはまったくなく、むしろ逆です。)

岡本氏の発言には何か悪い夢でもみてるような儚い気持ちになった。彼(ら)は何もかも自分に都合のいいようにしか考えられなくなっているように思う。「もしかすると自分(たち)のほうにこそ問題(病巣)があるのではないか」というような、自分に都合の悪い考えは、おそらく「自分たちはこんなに忙しく一生懸命働き、雑誌を作っているのに」などと考えて、心中からきれいに追い出してしまうのだろう。金光翔さんがこれまで何度も述べているように「時分たちは良心的な本を作っている、良心的な人間である」という一途な確信に凝り固まっているせいではないだろうか。「弁証法」という言葉はあまりにもよく見聞きするので、哲学とは縁のない私でも「弁証法とは何だろう」と時々思い出したように考えたりするのだが、頭脳が緻密でない故だろう、なかなか理解できないのだが、ただ現在見えるそのような姿勢、現象をぴったし「反弁証法」というのではあるまいか? とは思う。

場合が場合だけに、社長が口にしている「良心」という言葉にも目が吸いよせられた。金光翔さんが佐藤優氏の『世界』重用に異議を唱えたことは「編集者の良心」に深く関わる問題だったと私は思うのだが、現社長とはいえども長く編集者でもあった山口氏はその点についてはどのように考えておられるのだろうか。これは、問題の性質からいって、社長として、また元編集者としてぜひとも答える必要性をもつことであろう。むしろ、率先して公にすべきことではないだろうか。「良心」を意識していると述べる以上は。

私はわりあいに広津和郎の文章が好きで(松川事件関連のものだけではなく)、時々、棚から本を引っ張りだしてきては目についたものを行き当たりばったり読んだりするのだが(年々歳々、その文章が現実感をもって迫ってくるようになってきている。はるかに過ぎ去った遠い昔の話を聞いているというような感じではないのだ。「わが心を語る」「散文精神について」「心臓の問題」「歴史を逆転させるもの」など戦前・戦中(主に1930年代)に書かれたものが、今、ここで-同時代に起きた出来事を聞いているかのように身に沁みて感じられる。)、ちょうど、日本がハワイ真珠湾を攻撃して全面戦争に突入する少し前に発表された「派閥なし」という文章を読み了えたところだったので、岩波書店社長の「良心」という言葉は特に「派閥なし」の文章と内容的に重なって感じられた。1941年、時流に流されたり乗ったりして行く傾向の見える文筆家や文壇ジャーナリズムの、これまで保持してきた長所・美点を今あらためて表に出し、これを喪失してしまうことのないようにとそれとなく文壇(論壇もふくめていいのではないかと思う)やジャーナリズムや読者に呼びかけた文章のように思えたからである。呼びかけた対象には漱石の作品をはじめとして学術書など良書を出版しつづけてきた岩波書店も当然入っていたことだろう。

広津和郎は、文壇人が反省しなければならない事はいくらでもあるとして、「時局に対する認識も足りないし、科学に対する知識も不用意だし、いろいろな社会現象に対する理解も深くない」といって、自省と奮闘の必要を説きながら、しかし、手前味噌とことわりながらも、「今の世の中で、文壇がそう腐っているものとは凡そ思えないし、寧ろ文壇などはその性質上、今の世の中で清潔の部類に属する事が出来るものではないかとさえ思えるのである。」と述べている。そして、その長所は、何といっても派閥がないことだというのである。「派閥なし」から以下の文章を引用する。(下線による強調は引用者による)

「 その第一には文壇には派閥がない。といったら人々は信用しないかも知れない。勿論派閥らしいものが時々起らない事はない。併しその派閥は他の社会のように政治性をそう強く発揮する事が出来なくなるのである。というのは、この社会は実力が物をいい、実力がなければ、いかに策略をもって世に出ても、凡そ長続きがせず、直ぐ化けの皮をひん剥かれるからである。
 親の威光も利かなければ、師の威光も利きはしないし、そして叉仲間賞めの威光も大して功を奏するものではない。現に私などは父が明治文壇の作家であった。それだから文壇というものをよく知らない人々からは、親の威光によって文壇に出たろうなどという人がある。近頃はそんな事をいう人はなくなったが、若い頃はよくいわれたものである。併し私が世に出た頃は、私の父の時代は去り、文壇は自然主義の天下であった。
 そして大体文壇の新時代というものは、前の時代に反抗して立つものである。それだから自然主義時代には、私の父には当時の文壇への手がかりなかった。――もっともこうはいうものの、ジャーナリズムの上で、父の子であるという事が多少の好奇心を惹いたかも知れない。併しそんな事は一つ物を書けば、それで終りである。父の子であるという事が、続けて物を書かせて貰う資格には凡そこの世界ではなるものではない。
 それと共に、又自然主義が反抗して立った前の時代の作家で私の父があったという事で、その子である私に、自然主義時代が別段何の妨害もするわけではない。出るのも情実ではないと共に、叉情実で叩きつけられるような事も凡そあるわけではない。」(『中外商業新聞』1941(昭和16)年4月)

広津和郎が「父の子」と言っているのは、彼が、明治の一時期盛名をひびかせた硯友社の小説家・広津柳浪の息子だったからだが、これは立場上一応言ってみただけのことで、ここで広津和郎が言いたかったことは勿論そんなことではないと思う。次を引用する。

「 このように文壇はいつも公明正大である。それは実力本位という文壇の暗黙の規律が厳として存在しているためであるが、それと同時にジャーナリストというものが又案外公明正大である事をも見逃してはならない。平穏を嫌うジャーナリズムが、時によって平地に波瀾を捲き起そうとする事もあるし、作家達に一時的流行的の注文をつける事もあるが、それだから「ジャーナリズムの弊害」などという言葉が叫ばれたりするようにもなるのであるが、併し作家達の策略とか、仲間賞めとかいうもので、決してジャーナリスト達は動かされるものではない。一時動かされるような事もない事はないが決してそれは長続きはしない。それは実際面白い現象というべきであろう。
 作家達の性質によって、多くの読者に受ける側の人とそうでない人とかある。日本の純文学というものは、例外もあるが、所謂俗受けしない側の作家達によって主として続けられて来た。そしてそれを守り立てて来たのは、つまり日本の綜合雑誌のジャーナリスト達の感覚と良心となのである。――日本の綜合雑誌のジャーナリスト達は、大体においてそう恵まれた生活を送ってはいない。彼等の純文学を守り立てて来た功績も常に忘れられ勝である。併し彼等がいつも公明正大で、文壇の公明正大を助長させて来た手柄というものは決して忘れられてなるものではない。そしてジャーナリスト達の公明正大さに信頼を持っているからこそ、作家達はいつでもフランクな気持で、めいめいの道を進んで来る事が出来たのである。 私は今の日本の他の社会と文壇とを一々比較して見た訳ではないし、又そういう事に別段興味も持たないが、併し私が触れた程度のどの社会よりも、文壇が公平であるという事は、自信をもっていって差支ないものだと思っている。どの社会よりも政略や策略がいらず、どの社会よりも正直というものがほんとうに買われていると思う。本人の地金をこの位安心して出せる世界は又とないと思っている。所謂お上手に立ち廻って、僅かな利益にありつく事があるかも知れないが、それでもって欺き通せるという事は、文壇――殊に純文学の世界ではあり得ない。
 少々正直過ぎ、従って長所をも欠点をもさらけ出すので、そういう所から文士達は一般から誤解を受けるが、人間性の正直さを尊ぶ事、凡そ彼等の如きはないと私は思っている。
ポリシイを憎む事彼等の如きはない。それだから、ポリティックというものは、本来彼等の性に合わない――目的のために手段をえらばずという事が、近頃は時代のモラルの如く是認されているが、それを是認しない最後のものは、文壇だろうと思う。

 それが嘘だと思うなら、文壇人とつきあって見るが好い。彼等はわがまま者で、粗野で、自分の気の向かない事にはふり返りもしないが、併し彼等は正直な事は他の社会から見ると無類であるし、凡そ嘘や見せかけを、自他共にゆるさないという事が解るだろう。
 そこで私が正直で、気が弱くて、他の社会から何とかいわれれば、それに怯んだ気色をも見せかねない作家達に、此処で改めていいたいと思うのは、どんな時代が来ても、諸君の嘘嫌いな気質は決して間違っていないという事を、はっきり自信しても好いという事である。決して今の世の中で諸君は怯む必要は少しもないのである。日本人全体文壇人の如く正直であれと、あべこべに諸君は主張したとしても、それは決して思い上りではないのである。――唯勉強はわれ人ともに足りない。これはほんとうである。それはあらゆる意味で勉強しなければならないだろう。併し他の社会に倣って、ポリシイなどを学ぶ必要は少しもない。余りのポリシイのない莫迦正直を、世の中から嗤われたら、それは嗤う方が悪いのである。それだから勝手に嗤わせて置いて然るべきである。
 私は散文作家が政治に関心を持つべきだという事を度々いった事がある。併しそれは作家がポリシイを是認する政治家にならなければならないなどという意味では凡そない。そういう卑近な解釈をされるのが一番迷惑する。そうではなく、民衆の生活に刻々に影響する政治というものを、作家精神によって見まもらなければならないというのである。
 余りに正直なるが故に、作家達はその正直さを持て余すというような現象も時に生じない事はない。それで反撥から、それの反対のものへの憧れを無邪気に示したりする事も往々ある。――偽悪家や露悪家の絶えないのもその消息を語っている。
 又「逞しさ」などという言葉によって、その憧憬を示す事もある。無論逞しさその事に反対するものではないが、中にはその「逞しさ」の追求の方向を間違えて、実業家や政治家達に取っては陳腐である「手段を選ばず」的のふてぶてしさと解釈し、そうしたふてぶてしさに新たなモラルでも探し当てたような顔附をしているものもある。
 併しそれは間違いである。そんなところに新しいモラルがあるわけではない。そんなものはよその世界では陳腐なものなのである。それが文壇人の或者に新鮮味と間違えられたりするのは、それ程にわれ等の先輩たる代々の文壇人が、そういう濁りに染む事を警戒して来たという事実からの逆作用なのである。
 そういう意味の現実主義を軽蔑すればこそ、作家達は身分保障令もなく、恩給もなく、書かなければどんな大家でも直ぐ食えなくなるというような、小利口者や臆病者の到底やって行けないような道を選んで、文学をやって行くのである。それは決勝点というもののないトラックの上を走っているようなものである。何処まで走ったら息を吐いていいというようなものではない。私の五歳の時から小説を書き出した徳田秋声氏が私が五十一歳になった今日でも、尚私達と同じトラックの上を、肩を並べながら走っているのである。いや、私よりも更に十歳、二十歳年下の作家とも亦肩を並べて、この老大家が走って行くのである。
 そして又このトラックの上の事になると、七十幾つの老大家も三十歳の新進作家も、同じく無遠慮な峻烈な批評を受ける。その間に情実の区別はない。実力勝負で争っているのである。
私は実力勝負という事で、土俵上の力士を思い出したが、併し力士にはいつか年寄になる株がある。ところが、作家にはそんな気やすめはない。―― 一生決勝点のないトラックの上を、倒れるまで走りつづけて行かなければならないのである。そしてそのように走りつづける唯一つのコツはその作家の正直な地金をみがく事の外にはない。誤魔化さずに、正直にみがく事の外にはない。それ以外の粉飾は、このような遠道を駈けて行く中にはみな剥げてしまう。
 文壇というところはこういうところである。そしてこういうところである事を怯むような傾向が近頃はほの見えて来たが、他の社会の何処にこういうところがあるかを、寧ろ誇ってやるべきだと思う。 」(同 上)


私は、上の文章には広津和郎の本心、そして基本的・原則的な考え方がそのまま叙述されていると捉えていいと思う。そして、この文章を読むと、例外も物足りなさもいろいろあるにしろ、自分が長い間なぜ大体において文学者一般を好きだったのか、信頼できると考えていたのか、その理由の一端が自分で理解・納得できるような気がする。ところが残念でならないのは、ここで広津和郎が文学者や文壇ジャーナリズムの長所としてあげている性格や傾向を最近はほとんど感じることができないことなのだ。そのことを如実に示しているのが、とりわけ佐藤優氏の文筆活動だと思える。

一例を上げれば、靖国問題を論じて、靖国を現状のままでよいという場合に、こともあろうに「悲しみを無理をしてでも喜びに変えるところから信仰が生まれ、文学も生まれるのだと思う」などという言葉をはくのは、信仰や文学に対する侮辱、人間に対する侮辱以外ではないと私には思えたし、今もまったく同様に感じられて思い出しても苦々しい。

もう一つ特に佐藤氏の不正直さを感じるのは、「仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」と述べていることである。)〈『地球を斬る』2007年「愛国心について」。

佐藤氏のこの発言について、金光翔さんは、「リベラル・左派に対して、戦争に反対の立場であっても、戦争が起こってしまったからには、自国の国防、「国益」を前提にして行動せよと要求しているのだ。佐藤を賞賛するような人間は、いざ開戦となれば、反戦運動を行う人間を異端者扱いするのが目に見えている。」と述べているが、これは一言で核心を衝いた見方だと思う。1945年8月に日本がポツダム宣言を受諾して敗戦を迎えた当時、戦争に協力し翼賛体制に乗った人物が上の佐藤氏のような発言をしたならば、それがどのような反響を呼んだか、想像してみればいいと思う。「悲しみを無理をしてでも喜びに変えるところから信仰が生まれ、文学も生まれるのだと思う」という発言にしても同様だと思う。

このような発言は広津和郎が文学者や文壇について述べている内容とはまったく逆の、実に不正直きわまるものであることは、少しでも(普通一般に)ものの分かる人ならば一目瞭然のことだと思うのだが、これを胸の悪くなるような不快かつ危険な発言にまで高めているのは、佐藤氏のこういう愚かな発言を許容して何やかやと賞賛し、当然出るべくして出てきたとしかいえない金光翔さんのような鋭い批判が出ると、寄ってたかって暴力的な排除の姿勢をとる岩波書店や岩波労組や多くの言論人たちの姿であるように思える。
2010.10.18 Mon l 言論・表現の自由 l コメント (5) トラックバック (0) l top
「首都圏労働組合特設ブログ」における前回の「岩波書店労働組合員、会社に対して私への弾圧を扇動 (09/02)」 と、今回の「岩波労組、会社に対する金への弾圧扇動をエスカレートさせる (09/27)」を読んだ感想を書いてみる。とはいえ、一体何から、誰に向かってどう書いていいのやら、途方にくれる心持ちがするのだが、そして外部の者が余計なことを書いて金光翔さんが社内でさらに困った事態になるかもしれないと危惧する面もあるのだが、そうそう黙ってもいられない。「岩波労組」はあまりにも酷すぎる。その行為の程度はもはや「残忍」という言葉を使ってもいいレベルにあるようにも思える。

まず頭に入れておくべきは、岩波労組員は全部で200人前後、対する金光翔さんはただ1人だということである(松岡氏は会社を批判する文中で、「強気に易し、云々」と、まるで金さんが強者であるかのように書いていたが、実はあれは自分たちが大勢でたった一人の人物をいじめていることを内心ちゃんと知っていて、そのことを自分自身にもまた外部に対しても打ち消し、否定するためにあのようなことを書いたのではないだろうか? そうでないとしたらあまりにも怖いことだ)。前回のエントリーの「岩波書店労働組合員、会社に対して私への弾圧を扇動」のことで、金さんは岩波労組委員長と執行委員の二人に呼び出されて組合文書の「無断引用」をしているということで注意を受けたそうである。そこで金さんは当然、松岡という人物が書いた文章のなかの

「全社員に関わる社員の安全や信義に基づく情報の安全の不安には、穏便路線で対応し、非正規雇用の組合員には、「期間雇用のカベ」を行使する。こんな強気(金注・ママ)に易し、弱い者に不利益を与えるという岩波書店の理念を踏みにじる、あるいは労使慣行的にも変則的な仕打ちをすることを、絶対に許すことはできない。」

という言葉や、新たに催した組合アンケート(このアンケートも金さんを中傷し、いやがらせをするためにわざわざ企画したのではないかと疑いたくなる面もあるのだが…)の中に出てくる金さんへの中傷と思われる「ヤクザみたいな男」などの発言について、執行委員としてこれらのことをどう考えているのかと訊ねたところ、委員長と執行委員は

「金が「弾圧を扇動している」などと言っている松岡氏の文章の該当箇所は、そもそも何を言っているのか自分たちは分からない。松岡氏は特定の個人や団体を挙げているわけではないし、これを読んだ岩波労組員が、松岡氏が金や首都圏労働組合について語っていると受け取るとは思えない。>」「「ヤクザみたいな男」という表現も、金を指しているとは自分たちは思わなかったし、これを読む岩波労組員もそうは思わないだろう。誰を指して言っているかは全く分からない。」(強調の下線は引用者による)

などと答えたそうだが、不思議な応答である。松岡氏が会社に対して「情報の安全の不安には穏便路線で対応し」とか「こんな強気(金注・ママ)に易し、弱い者に不利益を与える……仕打ち」などと述べている発言内容は誰の目にもまったく尋常ならざるものだが、労組委員長と執行委員のお二人がこの発言について金さんを指していると思わなかったのだとしたら、あるいは松岡氏が錯乱や狂気に陥っているとでも考えたのだろうか? アンケート調査の結果についても同じことが言えると思う。これらの発言が「誰を指して言っているかは全く分からない」という二人の発言が事実なら、こういう調子ではお二人は物事に対して小学生以下の判断能力しか有していないと考えられるので、出版社の仕事は勤まらないのではなかろうか。否、仕事以前に社会生活を営むのも困難なのではないかと思えるのだが、どうだろう。そもそも、松岡氏は金さんが自分を名指しで批判した前回の記事を読んで何と言っているのだろうか。「自分は金さんを指してあんなことを言ったわけではない」、「これは完全な濡れ衣だ。事実はこうだったんだ」とつよく抗議・反論しているのだろうか? もし前回の金さんの記事が的外れなものだったとしたら、松岡氏は当然そうしているはずだろう。

それよりも私はここで委員長と執行委員のお二人に聞きたいことがある。訴訟の問題に関連するので微妙な問題かも知れないが…。「岩波関係者」とともに『週刊新潮』の取材に応じた「岩波組合関係者」とは一体誰なのか? 食堂に張り出しているくらいなのだから「公開の文書」と思われる組合文書をブログに引用したとして金さんに抗議をするより、組合執行委員がまずやるべきことは、一社員をスキャンダル週刊誌に売るという破廉恥な行為をしている組合員が誰なのか、執行部一丸となって真摯に話し合い、調査し、その結果を金さんに報告し、陳謝することであろう。それが普通一般の人間のとるべき態度である。

もう一つ。岩波労組は、昨年の10月1日に、「組合費を払わず、組合に敵対する行動をしている人は、除名すべきです。そのような人に、春闘・秋年闘の果実である一時金を与えるのは、公平を欠きます。」などというコメントを載せた文書を全組合員に配布したそうだが、金さんによると、自身が加盟している「首都圏労働組合は、岩波書店労働組合とは別途、春闘・秋年闘の一時金を要求している」とのことである。この時点でこの人物は金さんに謝罪するのが当然であろう。その上、一時金は、「組合員ではない部課長にも全く同様に(組合員と同基準で)支払われるのである」そうだから、組合としての一時金の位置づけは「給料の後払い」ということではないのだろうか。だとしたら、二重にも三重にも人を侮辱した、どうにも始末に終えない発言の主だと思う。

このような体制では、岩波労組は一風変わった「チンピラ集団」にしか見えない。そもそも私はこれほど酷い組合の話をほとんど聞いた記憶がない。

これは岩波労組だけのことではないが、前々から私はそう感じていたのだが、佐藤優氏を中核にした周辺一帯はまるでジョージ・オーウェルの「1984年」の世界のようである。実によく似ている。話していること、書いていることが、即そのまま信じられることはほとんどなく、これは本当のことか、とか、あるいは何らかの裏の思惑があるのではないかと常に疑心暗鬼を感じさせるところが。

もし2007年暮れに金さんの「<佐藤優現象>批判」が出ていなかったとしたら、どうだっただろう。これでも佐藤氏周辺は多少は自分たちへの批判の目を意識してはいるだろうから、もしあの論文の発表がなかったならば、状況はますます酷くなっていただろうと私は感じる。当時、私はかりに金さんが今批判文を書かなかったとしても、そのうち他の人がどのような形式にしろ厳しい批判文を書くことになっただろうと思っていたが、その後の事態を見ると、あのように体系だった洞察の行き届いた批判は出なかったおそれがある。不信の内容は金さんと少し異なっていたかも知れないが、同じように佐藤氏の書くもの(二枚舌そのものの文筆活動。一体、このように公然と媒体によって主張を使い分け、読者をごまかしつつ文章を書きつづけた人物が戦前・戦後を通して一人でも存在したのだろうか? これは本来スパイだけがやることである。しかしスパイならば両極端の考え・思想を双方ともに堂々と公衆の目に曝すことはできない。常に緊張の中にいるはずである。佐藤氏はあちこちの出版社やライター仲間などの協力・支援によってちょこまかと筆先を操作し、ごまかし、騙すことで文筆活動をしているのである。本心を言えば、私は国家権力の強制もなしに、まともな出版社がこのような行為に手を染めたり、手を貸したりしたことは国際的にもないのではないかと思っている。ここ数年もしやそういう話がどこかに出てないか本を読む時など気をつけているが、少なくとも公的には見当たらないようである。このような問題について岩波書店上層部、および岩波書店労働組合の見解を聞きたいものである。)に不信感をもっていた私は金さんがあの論文を書いてくれたことに読者の一人として感謝している。

そのような事情も作用しているのかも知れないが、私は金さんが『世界』編集部に佐藤優氏の起用に異議を唱えたこと、それが受け入れられなかったことで『世界』編集部を離れたこと、組合を見切って離れたこと、自らの観察したことを論文として雑誌に発表したこと、またその後も労使一体となったいじめ・いやがらせにもかかわらず職場としての岩波書店からは離れなかったこと。それらの一連の言動に、2つの文章を重ねることがある。一つはある小説の一場面なので引用するのはやめておくが、もう一つは藤田省三の次の文章である。この際だから、引用しておきたい。題名は「離脱の精神」、初出は1978年の(『アサヒグラフ』11月3日号である。(わりと難解な文章かも知れないので改行の部分は引用者の判断で行を空けることにした。)



  離脱の精神 ――戦後経験の一断章―― 

 「俺たちは公務員であって軍人ではない。だから戦争には参加すべきではない」という決議を、海上保安庁の掃海艇の乗組員が、連れて行かれた戦争の現場で行なって、断然たる戦線離脱の挙に出たことがあったようである。一と月ぐらい前になろうか、テレビの第一チャンネルで映された「朝鮮戦争秘史」という記録がその事実を伝えてくれた。

1950年(昭和25年)10月のことであった。米軍は三八度線の遥か北に位置する元山に上陸作戦をやろうとして、その辺りの海域の機雷を一掃するために日本の掃海艇を動員したのであった。たくらんだ者はもちろんマッカーサーたちであったが、そのたくらみに応じたのは吉田茂と初代海上保安庁長官大久保武雄であった。そこで、太平洋戦争中に日本の海一円にバラ撒かれていた機雷を取り除く作業に従事していた掃海艇が、行先も漠然としか知らされないで下関の唐戸桟橋に呼び集められた。そして、怪し気な雲行きを察知して船出を嫌がった乗組貞を、無理やりに急き立てて元山沖まで直行させ、米海軍と一緒に掃海作戦に参加させた。一隻の日本の掃海艇が機雷に触れて爆沈し一人が死んだ。それを機会に「能勢隊」という一隊の人達は現場で会議を開いた。冒頭の一句はその時に発せられた。それは事実上、戦線離脱の宣言であった。現地の米軍司令官は激怒して荒れ狂ったが、能勢隊は平静にそれに抗って一隊だけさっさと帰国し、能勢隊長は帰国後、職を奪われた、という。

 これを伝えたテレビの記録は、当事者の各種の人々のナマの声を集めているために、一層の迫真力を持っていた。例えば、マッカーサーや吉田茂とともに事の決定に参画した大久保長官は、さも誇らしげにその動員経過を喋っていた。(何と阿呆らしい誇りであろうか。)能勢隊長は、隊員一同の意向を尊重した、あの決断について、いくらか沈痛な面持ちで語っていた。(真面目な人柄がうかがわれるようであった。)一般の乗組員は当時の不安や当惑を正直に話していた。(国際的権力関係のコストや国家の重荷などを無理やりに背負わされる者の感慨がそこに現われていた。)その光景だけで、もう、大久保長官などの司令部連中と、戦争の現場を突然押し付けられた人達との間のコントラストは歴然としていた。その脈絡の中で発せられた「我々は公務員であって軍人ではないから戦争には参加すべきではない」という言葉は鮮かに生きていた。

 恐らく能勢隊の人達の中には旧海軍軍人がかなりいたことであろう。そして戦後も生活手段を求めて保安庁に属し危険を伴う掃海艇に乗っていたところから推測すると、この人達の生活問題の逼迫もさることながら、考え方の点では、旧海軍的な物の見方に対して甚しく批判的な地点に立っていた人達とは思えない。占領軍や日本の当局も多少はそこの点を見込んで命令したのでもあろう。そういう人達から断乎たる文民宣言が出たのである。戦後五年間の激動の中で獲得された歴史的経験がその宣言を無意識の裡に彼らの精神的身体の中に用意していたのに間違いない。現に「公務員」という単語からして戦前の日本にはなかった。いわんや、上からの命令を拒否して戦線離脱を積極的に主張させるような「公務員」概念は五年前までは想像することさえ出来なかった筈である。この事件の起こつた時点においても、そして民主主義が「定着」したなどと言われる今日においても、日本の役人の世界でこういう「公務員」概念は一般的には無かったし今もない筈である。戦後日本の精神革命は、この比較的に「保守的」な人々が否応なしに決断を迫られた此の時におのずと口にした一句の中に、その小さなしかし奥深い結晶物を人知れず表出していたのである。

 戦後の占領の制度的帰結の一つである「法律革命」が、「ザ・パブリック・サービス」という英語の直訳としての「公務員」を、戦前の「官」(それも元々は矢張り古代律令国家の行なった法律革命に際して中国帝国から直輸入したものであったのだが)に換えて使用するよう命じて以来、今日まで続いている単なる名称革命がこの時にだけ(と言っても過言ではないであろう)その名にふさわしい精神史的結実を自発的に産み出していた。しかもその精神の表現が、その「名称革命」を強制的に推進して来た当の権力である米軍に向かって対抗的に提出されている点に注目するならば、如何にその場合に能勢隊の示した文民としての「公務員」精神が自主的で本物で内面的確信に裏づけられたものであったかが分る筈である。名称としての「公務員」の出自が英語の直訳であることなどは此処ではもうどうでも良いことである。文民であることを普遍的価値に基く義務だと考えている精神と、そういう者に軍事行動を強制している権力との対抗だけが現実の問題状況だったのである。その問題状況において文民精神を貫徹する者こそが平和の戦士なのであり反軍国主義者なのであり、在るべき姿における「公務員」なのである。こうして戦後精神は此処に輝かしい一頂点を産み出していたのであった。

 むろん、この能勢隊の人達の内面には戦前から連続して勇気という徳が生き続けていた。そしてその勇気は戦後5年間の経験によって鍛えられて本来あるべき姿へと形態変化を遂げ、団体と権力とから加えられる「卑怯者」という罵声に耐えながら、決然として離脱を通告できる程にまで精神的に成熟したのであった。その成熟過程には、制度や組織によって強制されるままに唯唯諾諾として虚偽の「己が罪」を「告白」する悲惨な「自己批判」とは全く逆の、社会の精神を自己と共に再生させ復活させる本来の自己批判――歴史によって貫かれながら、そのことを通して、却て歴史そのものを変えていく相互主体的な自己批判――が明かに伏在していた。戦後革命の光栄ある核の一つは其処に在った、と言ってよいであろう。

 そうして、本当の精神的な勇気とは、それが精神である以上、組織的戦闘行為に加わって人一倍の勇敢さを示す場合よりも、むしろ団体権力の圧迫と衆を恃んだ便乗的批難とに抗して敢えてそこから離脱する決心をする場合にこそしばしば現われ出るものである。古代以来の歴史においてすでに、その精神的勇気は或は「ストア的退却」と呼ばれたり或は「エピクロス的撤退」と名づけられたり又或は「世界の断念」と言われたりした。しかしそう呼ばれた人たちこそが、堕落したポリスからの厳しい離脱によって、人間に、考えることの意味――「哲学」――を教えた。私たちは、必要とあらば、いつでも、どんな団体からでも離脱することが出来なければならないであろう。そうする時、その団体は、批難・中傷・罵声などのような言論的表面においてではなく字義通り身を以て行なわれた批判に曝されるのであり、そこに生まれる団体の危機の自覚を通してだけ、団体の構成の在り方は内側から変えられることになるであろう。

 私たちが例えば国家から離脱したからといって、それは私たちが日本人であることを否定することではなく、むしろ逆に、団体意識の過剰な日本を改めて、公平な感覚を備えた日本へと変えることにつながる筈である。その他の政治団体についても文化団体についても、職場であろうと地域体であろうと、事情は同じである。離脱の精神を含まぬ単純な「参加」主義は、「翼賛」という名に代表される左右大小さまざまの追随主義を産む。そのことは既に歴史が痛烈に教えている。

 「離婚」の自由という原則的危機を絶えず包蔵する時にだけ、「結婚」における結合の積極性は存在しうる。分離と結合、離脱と所属、等々の弁証法はかくの如くである。民族問題についてであろうと諸組織についてであろうとこの真理に変わりはない。そうしてその真理の実現態を支える精神的基礎の鍵は離脱の精神の存否に他ならないのである。理想的に言えば、全成員の脱出と亡命の可能性が常に考慮に入れられている時、始めて、国家を含む全ての組織団体は健康でありうる。 」(「精神史的考察」所収・平凡社ライブラリー1993年)


金光翔さんは、今回の記事の最後に、「岩波労組は、私や首都圏労働組合に関する陋劣としか言いようがない弾圧要請を即刻やめ、弾圧要請と誹謗中傷の文書を社内中に配布していることを私に謝罪すべきである。」と当然のことを書いているが、また、「岩波労組が本心から経営状況に危機感を持っているならば、「社内一丸」やら「会社としての真の一体感」といった無内容なスローガンを唱えたり私の弾圧を会社に扇動したりするのではなく、上のようなごく当然の(最低限でしかないが)現実認識のもとで、再出発すべきであろう。」とも述べている。耳を傾けるべき言葉ではないだろうか。
2010.09.27 Mon l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
金光翔さんの「対『週刊新潮』・佐藤優裁判まとめ」がこちらのサイトに出ている。原告と被告がこれまで法廷で争い、陳述してきた書面がすべて揃っているので、読者は双方の主張を公平に知ることができる。論点も多く、理解しづらい箇所もあるが(被告側が、「人民戦線」と「反ファッショ統一戦線」の意味の違いや、編集長による「原告のもて余し」にわき目もふらず(?)ひたすら執着している様子は可笑しい。つい笑ってしまう。自分のほうから「曲解していること」という争点をもちだしておきながら、原告に反論されると、「新たな反論を繰り返すことにより、争点から次第に離れて行く危険性がある」のでさらなる反論は控えるという趣旨のことを述べていることも。原告側一人に対して被告側は専門家が三人も四人も揃っているというのに。)、ゆっくり読めば出来事の全体が十分把握できるのではないかと思う。

原告の金光翔さんを支持し、被告に対して批判的立場に立つ者としては、金さん自身によってすでに周到な主張がなされ、また被告の主張に対してもほぼ完璧とも思える鋭い批判・反論がなされているように感じるので、これ以上私などが付け加えるべきことはほとんどないような気がするのだが、それでもいろいろ感じたこともあるので書いてみたい。今日は、「岩波関係者」の不思議な行動についての感想である。

『週刊新潮』の記事が数多くの名誉毀損裁判を引き起こしていることは今ではもう世間一般周知のことだし、またそれは傍目にももっとものことだと思われるのだが(ちなみに、『週刊新潮』は2006年か2007年だったと思うが、光市事件弁護団に対し、見出しに「人間失格」という表現を用いて一方的な非難記事を載せていた。私の記憶では、『週刊新潮』にはこの表現を使って弁護団を非難する特集記事が一度ではなく二度載ったように思う)、それにしてもこの裁判には特異な点がいろいろある。特に異様なのは、原告・金さんの勤務先である岩波書店の「関係者」という人物が『週刊新潮』の当該記事の成り立ちにふかく関与していた――それどころかそもそもこの記事作成の発端になったのはこの「関係者」からの第一報だったことを、他ならぬ被告側が主張していることである。

2010年3月10日付の「被告準備書面(4)」の「第1 取材の経過について」によると、『週刊新潮』が件の記事を作る発端になったのは、

「週刊新潮編集部の記者が平成19年11月に、岩波書店の関係者から、電話で雑誌「IMPACTION」に掲載された、被告佐藤優を批判する論文の著者が岩波書店の社員であり、それを知った被告佐藤が立腹している旨聞いた」

ことだったというのである。そして、被告側は、

「荻原記者は、当初週刊新潮編集部に電話で連絡をしてきた岩波書店関係者に面談した上で2時間前後取材を行った。」

とも述べている。「当初週刊新潮編集部に電話で連絡をしてきた岩波書店関係者」という表現がなされているところを見ると、これは紛れもなく「岩波関係者」が自分のほうから『週刊新潮』編集部に電話をかけて、金光翔さんに関する情報をもたらしたということである。まさに「密告」であり、この「岩波関係者」は、『週刊新潮』誌上で金光翔さんを非難する記事を書くように『週刊新潮』を唆したことになる。

まるで悪夢のような出来事だが、これをそのまま事実として受けとっていいかというとそうもいかない。金さん自身もこちらで、被告側のこの主張により、「岩波書店社員がこの記事に積極的に関与していることは証明された」と言いつつも、「この記事の「きっかけ」に関する被告の主張は極めて疑わしい」と述べているように、「岩波関係者」がわざわざ『週刊新潮』に電話をかけ、編集部記者に上述のような内容の情報を伝えるなんぞ、にわかには信じがたいことではある。この「岩波関係者」の話しぶりをみると、金さんとの私的な関わりは特にもっていなかったようだし、このようないかがわしいだけでなく危険でもあることをあえてして一体どんな利益があるのかが疑問なのだ。

被告側の「取材の経過について」のなかに「岩波関係者」からの電話を受けた「週刊新潮編集部の記者」の名前が記されていないのはなぜだろう。金光翔さんは『週刊新潮』の法務担当の佐貫という記者から、『週刊新潮』の編輯部には佐藤優氏と大変親しく「毎日のようにやりとりしている」人物がいると聞かされたとのことである。この人物は実は当該記事を書いた塩見洋記者だそうだが、「岩波関係者」と電話で話したのはこの塩見記者ではないのだろうか。それとも別の記者なのだろうか。被告側はこの点はっきりすべきであろう。もし塩見記者だったとしたら、それでなくても信じがたい「岩波関係者」から先に情報をもたらす電話がかかってきたという被告側の主張は、二重、三重に疑わしくなる。佐藤氏と「毎日のようにやりとり」するほど親しい塩見氏なら、金さんが岩波書店の社員であることや佐藤氏の怒りの程度は十分に知っていたに違いないと思えるからである。「岩波関係者」に電話で教えてもらう必要は全然ない。

「岩波関係者」が『週刊新潮』に電話をかけたということを事実だと仮定して考えてみると、おそらく「岩波関係者」の電話を受けたのは塩見記者だったのだろう。これがもし別の人物だったのなら、被告側は、準備書面にその旨をちゃんと記しただろうと想像される。塩見記者だったからこそ、明記を避けたのではないだろうか。そもそも、「岩波関係者」のほうから『週刊新潮』に電話をかけたというのなら、その際、この「岩波関係者」は特定の人物を名指しして、その相手を電話口に呼び出さなかったのだろうか。それとも、編輯部に電話をかけるや自分が話している相手を確認もせず、いきなり、インパクションの論文の著者が岩波書店の社員であるだの、それを知った佐藤氏が立腹しているだの、という情報をしゃべり立てたのだろうか。この「岩波関係者」がどんなに非常識な人間だとしてもそんなことをするはずはないだろうし、電話を受けた相手も知らされた情報をそのまま信じ、これによって企画を立てる(被告側の準備書面を見ると、この記者は実際そのように動いたようである)ようなことはしないだろう。「岩波関係者」は『週刊新潮』編集部に佐藤優氏やインパクションの論文やその著者に対する関心なり知識なりを有している人物が存在することを承知していたからこそ、電話をかけたに違いないと思われる。それは『週刊新潮』編集部の同僚が、「毎日のようにやりとりしている」と証言するほどに佐藤氏と親しいらしい塩見記者以外には考えられない。

『週刊新潮』に電話がかかった日付も「11月」というだけで、明瞭でない。これらは文書作成上の基本に関することであり、正確に記すべきことのはずである。この問題が発生したそもそもの初めから、つまり裁判になる前から、被告側につきまとう「事実を隠そう」「曖昧にして逃げよう」という不正直な印象がここでも如実に感じられ、読んでいて大変歯がゆく、不快である。ここには個人のプライバシーに関係するものなどは何もなく、どれも事件を構成する純然たる要件の問題なのだから、被告側は正直であるべきだ。

被告側の「取材の経緯について」によると、「岩波関係者」から電話で話を聞いた『週刊新潮』の記者は、11月22日(木)にこの内容を『週刊新潮』の記事にする企画を会社に提出し、翌23日の会議で、特集記事の一本として取材を行なうことが決まったとのことである。上述したように電話がかかってきた日付が明らかにされていないので、情報を得てから22日に企画を提出するまでの間に、どのくらいの日数があったのか、その間、幾らかでも関係者への取材を行なったのかどうかも分からないが、この書面全体の様子から推察すると、電話を受けてから企画提出までの間は非常に短く、その間『週刊新潮』は特に何もしていないようである。企画の取材が決まった23日以降に、取材担当の荻原信也記者があわただしく取材活動に勤しんだようである。そして25日に記事掲載が最終的に決定されている。

「午後1時からの全体会議で、上記取材に基づく内容が、ワイド特集記事の1本として掲載の方向性で取材を進めることが確認された。」

この25日までに荻原記者が取材しているのは、24日(土)に直接面談して話を聞いた「岩波関係者」と佐藤優氏の二人だけである。確かに、金さんには「取材のお願い」というメールを送っており、また岩波書店「学術編集部」の馬場公彦氏にも取材依頼の電話をかけたとのことだが、そのどちらとも連絡はとれていない。岩波書店の「組合関係者」や世界編集長の岡本氏や総務部などへの取材がなされるのは、25日の記事掲載決定後のことである。すると、「上記取材に基づく内容が……」における「上記取材」とは、「岩波関係者」と佐藤優氏という、この二人への取材のことであり、記事内容の方向性はこれによって決定されたということになる。これらの事実を見ると、自分への『週刊新潮』からの取材依頼のメール内容を分析して、これは「単にアリバイ的に「取材のお願い」を送ったに過ぎないことを示している。」(原告準備書面(3))とする金さんの見解は正しいように思われる。金さんはまた、

「佐貫によれば、塩見は、私が本件記事の虚偽の記述に対して、ブログを開設して反論を行ったことを理由として、私のことを「異常」な人間であり、相手にする必要はない、などと言っているとのことです。しかも、その見解を『週刊新潮』編集部としても是認しているとのことです。一体、この塩見をはじめとした『週刊新潮』編集部というものは、どれほど破廉恥なのでしょうか。杜撰極まりない取材による虚偽の記事で、私の名誉を大きく傷つけておき、それに微力ながらも抵抗しようという行為を「異常」などと嘲笑しているのです。」(金光翔陳述書)

と述べている。『週刊新潮』によると、自分たちに記事を書かれた側はそれがどんな内容のものであれ黙って受け入れないといけない。反論したり抵抗するものは「異常者」なのだそうである。実際、この発言に顕われている『週刊新潮』という雑誌は、普通の常識ももたなければ、善悪に関する倫理観も一般とは遠くかけ離れた、いわば暴力を旨とする「ならず者」のごとき心性や信条をもった集団ではないかと疑いたくなる。

『週刊新潮』はもともとそういう週刊誌なのだと思えば、そのように考えることもできなくはない。しかしそれで済ますことができないのは、「岩波関係者」の行動・言動である。

「岩波関係者」が『週刊新潮』編輯部にどこから電話をかけたのかということも気になる。自宅、会社、あるいはそのいずれでもない第三の場所。どうも私は会社からかけたのではないかという気がするのだが、どうだろうか。というのも、反人権雑誌、スキャンダル雑誌として名高い『週刊新潮』に、岩波書店の社員が、たとえその人物がどんな性格、どんな考え方の持ち主であるにせよ、自分の意志で「岩波関係者」と名乗って他の社員の個人情報を流すというようなことはさすがにしえないのではないかと思うからだ。24日に『週刊新潮』がこの「岩波関係者」から取材できたという内容は以下のようなものである。

①原告が、入社した際には通名であったが、いつの間にか本名の「金光翔」を名乗るようになっていたこと、②原告は、(略)他の部員の些細な発言を取り上げて、「差別だ!」と大袈裟に批判したことがあったこと、③原告が、編集会議で、佐藤優氏の文章を掲載することに激しく反対し、「佐藤は○○主義者」とレッテルを貼った上で、「反総連の記事はけしからん!」「何故、佐藤を連載に使うのか!」などと言って編集長が一度決めた方針にまで激しく抗議をしていたこと、④岡本厚編集長も原告を持て余し、会社もそのような状況を把握して、平成19年に校正部に異動になったこと、

上記の発言内容は、どれをとっても、これが事実であるか、歪曲や虚偽であるかを判断する以前の問題として、「岩波関係者」が、個人の判断で他雑誌に話せる性質の情報であるとは私にはどうしても思えない。特に、④の「岡本厚編集長も原告を持て余し、会社もそのような状況を把握して、平成19年に校正部に異動になったこと」という人事に関する情報は、一つ間違えれば社内外に大波紋を惹起しかねない内容である。この発言主が誰の目にも岩波書店の社員であることはミエミエであると考えれば、解せないのは岩波書店上層部の反応である。社員が『週刊新潮』に対しこれほど踏み込んだ内容の発言をしているというのに、この点に関する金光翔さんの問いに対する岩波書店の上層部の応答を見ると、役員の誰一人としてこれにまともな関心や注意を払おうとしていない。心配もしなければ苦にもしていないように見えるのだが、これは不思議なことである。そして、この「岩波関係者」の発言が『週刊新潮』に載ったことの責任をも金さんに負わせようとしている。「首都圏労働組合特設ブログ」の「岩波書店による私への「厳重注意」について① 」には、

「会社によれば、『週刊新潮』の記事によって生じた会社への不利益も、私が論文を発表したことに責任があるとのことである」

と書かれている。また、

「社員が社員を外で公然と批判するのは会社が困るということです」

という金さんの論文に対する編集部長の発言も掲載されている。けれども、この「岩波関係者」が『週刊新潮』で行なっていることは、「社員が社員を外で公然と批判」どころか、「社員が社員を他雑誌で大々的に誹謗・中傷」、その上、人事情報の漏洩さえ疑われるのだが、岩波書店上層部の言動にはそういうことに注意を払う気配が露ほどもないように感じられる。これはなんともおかしなことである。
2010.05.30 Sun l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
岩波書店の『世界』5月号の岡本厚編集長による「編集後記」を読んだので、その感想を述べてみるつもりだが、その前に岡本氏と同じくやはり岩波書店の役員である小島潔氏の「カッコ良いひと」という柄谷行人氏を評した文章の印象を書いておきたい。これを「Web版新刊ニューストップ」で読んで私はかなり驚いた。今からもう10年ほども前の出来事のようだが、小島氏は知り合ったばかりの柄谷氏から活動の舞台をニューヨークに移すという話をすきやきをつつきながら聞いたそうだが、そのときのことを次のように記している。

「柄谷さんは野望に燃える青年のようだった。「でも、アメリカでは誰にも相手にされないかもしれないじゃないですか」と、私が茶々をいれると、「それならそれでいいんだ」と、何のてらいもなく言った。日本にいればいくらでも「威張って」いられるのに、そして日本での威を着たまま海外に出れば苦労なんかしないのに、わざわざ一個人として自分を試しにいく柄谷さんは、やはりカッコ良かった。」

なんだか不思議な話ではないだろうか。小島氏がここで述べているのは、このような場合私たちが普通に想像するような、文筆家がアメリカへどんな目的や抱負や意欲をもって行くのか、行った先で何を研究したいのか、というような職業や生き方に関連したことではなく、「日本にいればいくらでも「威張って」いられるのに」、「アメリカでは誰にも相手にされないかもしれない」のに、それを振り切って渡米しようとする柄谷氏のその決断(心意気?)がすばらしいとそのことに小島氏はいたく感心しているようなのである。

これを読んで私はタレントの吉田栄作の渡米にまつわる出来事を思い出した。柄谷氏よりは4、5年ほど早い時期だったと思うが、彼も芸能界を一時休業、役者修業のためということで渡米したことがあったのだ。そのとき、芸能レポーターは栄作を追いかけ回してあれこれしつこく質問したり、本人のいないところで盛んに揶揄したりしたものである。レポート内容はきまりきっていた。小島氏が柄谷行人に述べた内容と瓜二つで、「日本にいればアイドルとして仕事もあるし、固定ファンもいる。でもアメリカに行ったら、誰にも相手にされないにきまっている。きっと寂しいよ~」。吉田栄作に対する芸能レポーターの口調はかなり意地悪だったと記憶するので、その点小島氏の柄谷氏に対するそれとは異なるが、それでも、述べている内容自体はほぼ同じである。小島氏にとって、柄谷行人は芸能人のようなものなのか? まあ、小島氏は肩のこらない、柄谷氏に対して読者が親しみをもてるようなエピソードを披露しようと考えたのではあるだろうが……。

さて、『世界』(2010年5月号)の「編集後記」を読んで、これにも私は大変驚いた。岡本氏は授業料無償化対象からの朝鮮学校の排除問題に関して下記のようなことを述べている。

「 ある意味で、朝鮮学校の存続は、同化、排除、差別政策によって民族性を喪失させようとし続けてきた日本政府、日本社会に対する、民族性を守る闘いそのものであった。」

朝鮮学校が被ってきたこれまでの迫害や日本政府の差別政策などについてこのような認識をもっているのならば、『世界』は、なぜ今日まで、5年も6年もの長期にわたって佐藤優氏をああまで熱心に起用しつづけてきたのだろう。佐藤氏が『世界』をはじめとした雑誌に登場しはじめた当初から、北朝鮮をはじめ韓国や中国、また日本国内では朝鮮総連に対して差別・敵対意識に満ち満ちた内容の言説を発しつづけていたことは歴然としていた。この人は、自らの逮捕は国策捜査によるものであるとして、有罪判決に対する上訴をつづけながら、一方、「国策捜査は必要」と言い(『世界』にしろ『金曜日』にしろ、周囲のライター達にしろ、この発言の矛盾の重大さに疑問を呈さないのは信じられないことである。)、その一例として、朝鮮総連への国策捜査を煽動してきた。たとえば次のとおりである。

「緒方元公安調査庁長官の事件でも、結局は朝鮮総連が被害者になるような筋立てになってしまっていますが、そんな体たらくでどうするんだといいたいですよね。ああいう事件は当然、政治的に利用すべきですし、ここはしっかり国策捜査すべき局面でしょう。総連に対して圧力をかければ、拉致問題を巡る交渉も有利になるからです。それは先の段階で総連に対する圧力を緩めるということが、外交カードになるからです」(『軍事研究別冊』2007年9月号)

となんだか空恐ろしいことを述べているが、岡本氏は佐藤氏のこのような発言についてよく知っているはずである。橋下大阪府知事などは朝鮮学校を視察して「援助を受けたいならば朝鮮総連の関係を切れ」と脅迫しているが、私には佐藤優氏がこれまで述べてきたことも橋下氏が現在主張していることも根本的にはそうちがわないように思える。岡本氏は佐藤氏の朝鮮総連弾圧煽動を容認してきたこれまでの自分たちの姿勢をどのように考えて、上記の発言をしているのだろうか。

私は、佐藤氏の朝鮮総連に対する積極的な団質煽動発言、そしてそういう発言の主を他のどこにもまして重用しつづけてきた『世界』の姿勢は今回の朝鮮学校排除に関する政府判断にも社会全体の空気にも相当な影響をおよぼしていることは間違いないと思う。岡本氏はこのような発言をする前に、まずこれまで佐藤氏の排外的な言説を容認しつづけてきた自分たちの姿勢に対する説明や現段階での自己批評があってしかるべきだろう。<佐藤優現象>推進者としての『世界』に向けられた批判など存在しないかのような今回の岡本氏の発言内容には唖然とさせられる。まさか、奇妙奇天烈な理由であろうとも、佐藤氏が「朝鮮学校排除」に反対しているから、自分たちも安心して反対できると考えてはいないだろうと思うが。

「 いかなる社会にあっても、少数派の人権、尊厳は守られなければならない。 」

「うーん」と考えこんでしまう。文句のない立派な考え方だと思うのだが、でもそれならば、会社と組合総がかりで金光翔さんになしてきた「表現の自由」なんぞ眼中にないとしか思えないこれまでの「いやがらせ」「いじめ」の数々を何と説明するのだろう。「少数派の人権、尊厳」に対する配慮の一片もないかのようだったが。

「在日韓国・朝鮮人は、日本の植民地主義の結果、日本に居住せざるを得なくなった人々の子孫である。日本に特別の責任があり、その少数派としての教育には、むしろ特別の配慮があってしかるべきなのである。」

これにも上述の場合と同じ感想をもつ。この立派な発言と、岡本編集長らが社内で行なってきたらしい言動とがあまりに食い違っているのに唖然としてしまう。こういうところにも佐藤優氏の影響、もしくは共通点を感じてしまう。

「 高校授業料無償化の「朝鮮高校除外」は、普遍的人権の問題であり、子どもの学習権の問題であると同時に、歴史認識の問題でもある。もしこのようなことが行なわれれば、日本は政府が少数派を公然と差別すると国際社会に向けて宣言するに等しい。あまりに恥ずかしいことではないか。」

広範に「進歩的・良心的」という社会的イメージをもち、自らもそのことを誇っていると思われる『世界』が『金曜日』とともに他のどんな雑誌にもまして、差別的・排外的言辞をまき散らす国家主義者である佐藤優氏を重用してきた。このような事態に対しては、社員であれ読者であれ気づいた者はそのおかしさをきちんと指摘し、しっかり批判しなければならない。このような批判は、表現、思想、言論の自由に基づいた私たち一人一人の権利(同時に岡本氏の言う「歴史認識の問題」を考えることでもあると思う。)である。これに対し岩波書店はどのような形でもいまだ一切答えていない。岩波は日本で有数の言論機関だというのに。私は岡本氏の発言をもじって次のように言いたい。「岩波書店および労組の一体となった一個人への攻撃は、岩波書店は少数派を公然と差別すると社会に向けて宣伝しているに等しい。あまりに恥ずかしいことではないか。」

「 「新しい公共」などと口で言いながら、人権感覚も、歴史への見識も、多元社会へ向かう寛容さも感じられない。深い失望を感じる。」

人権感覚、歴史への見識、寛容さ。これらが民主党政権に感じられないのは確かだが、それにしても、何度も繰り返すようだが、佐藤優氏をあれほど大事にしてきた『世界』編集部の、それも編集長の口からこのような発言を聞くとなんとも腑に落ちない気分になる。私なども無意識のうちに二重基準の発言をしてしまうことは生活の上である。今適切な例を思い出せないのだが、たとえば食べものや趣味などで以前キライだと言っていたものをスキだと言ってそのことを傍から指摘されたこともある。また、こちらで引用したことだが、詩人の萩原朔太郎にも往々にしてそんなことがあったことを中野重治は書いている。

「彼がいろんな意見を述べたが、その意見は本や何かで読んだことと自分の気質とをむすびつけたもので、歴史的に真実でなかつたから、そのまま伸ばして行くと、彼の主観的に大きらいな俗流ブルジョアの見地を弁護することとなるのだつたけれども、そんなことと全く気がつかずにしきりに彼はそれを主張した。」

しかしそのことを中野重治から指摘され、自分のあやまりに気づきそれを認めると、生真面目に自分の主張を撤回した丁重な手紙を寄こしたりしたそうである。それは中野重治が言うとおり、

「しかしまたそこに、一種の愛敬のようなものがあり、ことにその論理の勝手な処理が、何か自分の損得を考えてのことでないことが初手から明瞭だつたから、わが田へ利得のために水を引くものの醜さというものが微塵もなかつた。」

だからこそ朔太郎はこだわりなく訂正や謝罪行為ができたのだろう。しかし、佐藤優氏や<佐藤優現象>を形成している人たちの場合はどうか。言論・出版界を一空間としてみて、そのなかで寄稿媒体によってまったく相反する主張を繰り広げている人物が存在し、その言論活動が社会において支障なく通用しているというような異様な事態がこれまでの日本に、また世界の歴史においてもどこかでありえたのだろうか。大変に疑問である。これでは言論内容とは究極的には低俗な性質の政治的・社会的処世術の道具でしかなく、個人の思考の成熟や発展や深化なぞ望めないばかりか、問題でさえないことになる。誠実や正直や真理の探求などの徳とも一切無縁になる。もちろん岩波書店が自社の紹介文で言う「物事を筋道を立てて理解し,問題を深く的確にとらえる――このようないわば科学的思考」とも無関係になる。突飛な感じ方だとは思うが、私は佐藤優氏や<佐藤優現象>を見ると、『道草』という小説で夏目漱石が主人公健三の養母について叙述している下記の場面を連想することがある。

「 彼の弱点が御常の弱点とまともに相搏つ事も少なくはなかった。
 御常は非常に嘘を吐く事の巧い女であった。それからどんな場合でも、自分に利益があるとさえ見れば、すぐ涙を流す事の出来る重宝な女であった。健三をほんの子供だと思って気を許していた彼女は、その裏面をすっかり彼に暴露して自から知らなかった。
 或日一人の客と相対して坐っていた御常は、その席で話題に上った甲という女を、傍で聴いていても聴きづらい程罵った、ところがその客が帰ったあとで、甲が又偶然彼女を訪ねて来た。すると御常は甲に向って、そらぞらしいお世辞を使い始めた。遂に、今誰さんとあなたの事を大変誉めていたところだというような不必要な嘘まで吐いた。健三は腹を立てた。
「あんな嘘を吐いてらあ」
 彼は一徹な子供の正直をそのまま甲の前に披瀝した。甲の帰ったあとで御常は大変に怒った。
「御前と一所にいると顔から火の出るような思をしなくっちゃならない」
 健三は御常の顔から早く火が出れば好い位に感じた。
 彼の胸の底には彼女を忌み嫌う心が我知らず常に何処かに働いていた。いくら御常から可愛がられても、それに報いるだけの情合が此方に出て来得ないような醜いものを、彼女は彼女の人格の中に蔵していたのである。そうしてその醜いものを一番能く知っていたのは、彼女の懐に温められて育った駄々っ子に外ならなかったのである。 」

漱石は、別の箇所で、この養父母によって「健三の気質も損われた」とも書いているが、上の短い文章からでも、漱石がまっ正直さにどんなに高い価値を置いているかが分かるように思う。この養母は無教養な市井の人だから言動があからさまだが、このような心性をもって現代性や教養の覆いをまとい政治的に振る舞えばどうなるか。必ずしも自分たちと無縁の存在とは言えない気がする。たまたまネット上の言説や刊行される新刊本の中身を見ると、一般読者のみならず著者のなかにも、佐藤優氏および<佐藤優現象>の影響を感じることがしばしばある。じわりじわりと社会の内部に、そして私たちの精神に浸透していっているのではないだろうか。


4月13日 一部に文意の通じにくい表現があり、訂正いたしました。
2010.04.13 Tue l 言論・表現の自由 l コメント (2) トラックバック (0) l top
前回の記事で、もう2年近くも前の2008年に阿佐ヶ谷ロフトの講演で佐藤優氏が述べたという小林多喜二(注1)およびその作品「蟹工船」に関する発言をとりあげた。ブログ「Key(きー)さんです」(http://blogs.yahoo.co.jp/hiroshikey66/55952790.html)によると、その日、佐藤氏は、多喜二について「ブルジョア」という発言もしていたようである。

「蟹工船などはインチキ小説だ。小林多喜二はブルジョアなんです。ただリアリティが随所にみられる。」

「カラマーゾフの兄弟」の誤訳博覧会とでもいうべき亀山郁夫氏の翻訳本を賞賛するために、よりによって先行訳にありもしない「誤訳」を自ら捏造して押しつけたり、どういう理由かは不明だが敵意をもっているらしい小林多喜二とその作品である「蟹工船」に対して聴衆を前に「ブルジョア」「盗作」などのデタラメおよび無根拠な決めつけを口にしたりと、佐藤氏は最低限の倫理観をもち、文学をふくめた言語表現活動にいささかでも尊敬の念をもっていたらとうていできるはずがないと思える行為を堂々実践している。

この日、誰かが思いきって手を挙げて質問をしたらよかった。「多喜二は貧しい家の出身だときいていますが?」と尋ねる。「小説の最初の部分は他の小説からの盗作」「当時の漁業労働者他からの取材もしないで「想像」だけで書いたような話」という発言に対しては、「盗作ということですが、どの作品から盗作したのですか?」、「取材なしで書いた、と断言できる根拠は何ですか?」というような質問をすべきであった。同席していたという佐高信氏は蟹工船ブームに乗って(?)、多喜二をテーマにした講演会で何度も講師を務めているのだから、その佐高氏に佐藤氏の発言が正しいかどうかを尋ねてみてもよかった。何も自分がそういうことをしなくてもそのうちたとえば専門家筋の誰かが批判したり訂正したりしてくれるはずだと思っても、もうそういう期待に応えてくれる人はメディアにはいないようである。これではデタラメがそのまま広範にまかり通り、文化の衰退状況はますます絶望的になる。何より怖いのは、このような異常な状態が私たちに当たり前のこととして感受されるようになることである。だから、おかしいと思ったことは、私たち一般市民が自ら立って納得がいくまで相手に問いただす。もうそれしかないかも知れない。

(1)
先日、ブログ「連絡船」を拝見していたところ、魚住昭氏との共著「ナショナリズムという迷宮」(朝日文庫)のなかの佐藤氏の文章が批判的に取り上げられていた(こちら)が、その批判と(直接的にではないが)間接的に関係する文脈で、次の文章も引用されていた。(下線は引用者による)

「 私は魚住さんの手法に、かつてロシアで私が深く影響を受けた二人と共通の要素を感じたので、この人と話を続けると私の中にあるナショナリズム、国家に対する混沌とした知識を整理することができると感じ、できるだけ頻繁に飲みに行くようにした。魚住さんとの出会いがなければ、私は書斎に引きこもり、社会に再び出て行くという選択をしなかったと思う。従って、本を書くことも、論考を発表することもなかったと思う。」

これは、「ナショナリズムという迷宮」の「まえがき」の一部分である。この本は私もだいぶ前だが読んだことがあり、この部分に関してそのとき感じたことを上記の「連絡船」の記事により思い出したので今回はこのことから書いてみたい。揚げ足をとるわけではないが(?)、まず佐藤氏が、「書斎に引きこも」ることと、「本を書くこと」や「論考を発表すること」を相対立する行為のように書いているのはおかしいのではないか。本や論考を書くのは、たえず実社会に出ている人よりも、むしろ書斎に引きこもりがちの人のほうが多いだろうと思う。現実的にも、書斎に引きこもりがちの生活では、本を出したり、論考を発表したりの執筆活動をしなければ経済生活も成り立たないのではないかと推測されるし、佐藤氏のこの記述については不思議なことを聞くように感じた。が、それよりも、魚住氏との出会いがなければ、「社会に再び出て行くという選択をしなかったと思う」や「本を書くことも、論考を発表することもなかったと思う」などの発言は、佐藤氏が以前述べていたことと矛盾するのではないか。この本の刊行より以前の、その文章が拘置所のなかで綴られていることが明記されている「獄中記」という本には、

「読書する大衆、すなわち活字メディア(月刊誌)の読者をターゲットとする。『世界』、『論座』あたりが狙い目か。」(p47)、「獄中生活1年を経た頃から博士号や大学への就職に対する熱意が失せてきた。その分、きちんとした本を作るという意欲が強まっている。」(p385)

などの文章が散見される。佐藤氏は「私には人生の転換点で決定的な影響を与えた(注2)人が数人いる。そのうちの一人が魚住昭さんだ。」とまで述べて魚住氏との出会いの大きさを強調しているが、「獄中記」における上記の文章を読むと、魚住氏との出獄後の出会いがなかったとしても、佐藤氏は現在と同じように本を書き、雑誌に論考を発表するという生活を選んでいたであろうことがほぼ確実と推測される。これでは、自分は魚住氏に決定的な影響を受けたという佐藤氏の言い分自体に疑問をもたざるをえないのだが、そうだとすると、この一文は魚住氏を評価し敬意を表するものではなく、逆に魚住氏を侮辱するものではないだろうか。

ちなみに、「読書する大衆」という言葉であるが、佐藤氏は2007年4月、自分について書かれた『AERA』の記事に不満をもち、執筆した大鹿靖明『AERA』記者に「公開質問状」を送っている(このことについては前回少し述べた)。これは現在でも、『週刊金曜日』のウェブサイトに掲載されているが、大鹿記者が『AERA』の記事に「獄中記」のなかにある「読書する大衆」という言葉を引用したことに関して、この「質問状」には下記の文面がある。

「質問19.「読書する大衆」という記述について
(1)《「思考するメディア」「読書する大衆」をターゲットとする戦略》(19頁)という記述がありますが、ここでいうターゲットの意味を説明してください。
(2)私が「読書する大衆」という言葉を用いたことがあるか、あるとするならばどこで用いたかについて明示してください。
(3)私は「読書する大衆」という認識をもっていません。従って、そのような言葉を用いた記憶がないのです。それにもかかわらず、カギ括弧つきであたかも私の発言であるかの如く「読書する大衆」という記述を大鹿さんがなされた真意について釈明を求めます。」

上の質問状の文章を素直に読むと、佐藤氏は、自らが「読書する大衆」という言葉を「獄中記」に記したことを忘れてしまっていたことになるが、はたしてそんなことがありえるのだろうか。「読書する大衆」という言葉はそれまであまり聞いたことのない特異な表現であり、目にした者にはつよく響いてくる印象的な言葉なのだが。もし本当に忘れていたとしても、結果的にこれが大鹿記者に対する非礼な言いがかりであったことには違いない。質問状には「ターゲットの意味を説明してください」ともあるが、佐藤氏自ら「活字メディア(月刊誌)の読者をターゲットとする」と本にちゃんと書いている。過っているのは大鹿氏ではなく、佐藤氏のほうである。『金曜日』のウェブサイトを見ると、この誤りは今も訂正されることなく、そのまま放置されている。大鹿氏へも釈明や謝罪などなされていないのではないか。なお、このことは金光翔さんがすでにこちらで取り上げて佐藤氏、『週刊金曜日』の双方をきびしく批判している。

(2)
「国家の罠」を読むと、佐藤氏は人間がもつ「嫉妬心」という感情が、鈴木宗男氏と自分の逮捕劇の一要因だったと考えていることがわかる。どうやら、「嫉妬心」はこの本をつらぬくキーワードの一つになっているように感じるのだが、しかし、ある出来事の発生の原因として「嫉妬心」のような強烈な感情を挙げる場合には特に繊細な注意が必要とされると思う。というのも、人の行動についてあらかじめ「原因は嫉妬である」と言い切ってしまえば、人をしてそれでもうすべてが解ったような気にさせてしまいがちなのがこの言葉の一大特徴だと思えるのだ。「嫉妬心」とは「言ったもの勝ち」の様相を呈することになる最右翼の表現ではないだろうか。だから、誠実な書き手、秀でた書き手は、この言葉を安易に用いるようなことはまずしない。事実でもって語らしめるという方法――ある言動を慎重に正確に客観的に描くことにより、その実体、真偽が浮き上がるのを待つという姿勢をとるように思う。

「国家の罠」はそうではない。鈴木宗男氏には嫉妬心が希薄であり、そのために他人の嫉妬心に気づかなかったというように、鈴木氏が他人の醜い感情(嫉妬心)などは察知もしない無垢で美しい心情の持ち主であることが本のあちこちで強調されている。

「政界が「男のやきもち」の世界であることを私はロシアでも日本でも嫌というほど見てきたが、鈴木氏には嫉妬心が希薄だ。/ 裏返して言えば、このことは他人がもつ嫉妬心に鈴木氏が鈍感であるということだ。この性格が他の政治家や官僚がもつ嫉妬心や恨みつらみの累積を鈴木氏が感知できなかった最大の理由だと私は考えている。(p39)」

「鈴木氏が田中(引用者注:田中真紀子氏のこと)更迭にあたって「鈴木氏からカードを切った」(「田中をやめさせて下さい。それならば私も引きましょう」と俺から総理に言ったんだ。総理から担保もとっている。田中をやめさせただけでも国益だよ」と淡々と電話口で述べた。)ことが恐らく裏目に出るだろうと私は思った。小泉氏にすれば、それは鈴木氏が閣僚人事にまで手を突っ込んできたことになる。/鈴木氏本人は、嫉妬心が希薄な人物だけに田中女史や小泉氏の嫉妬心に気がついていない点が致命的に思えた。2月1日の参議院予算委員会で小泉総理が「今後、鈴木議員の影響力は格段に少なくなる」と述べたことはレトリックではない。この時点で既に流れは決まっていたのである。(p116)」

という具合である。しかし田中真紀子氏や小泉純一郎氏は、個性の相違はあれども、どちらも「私が一番」「僕が一番」というように他者に対する自己の優位を信じて疑わない心性の持ち主であるように思える。彼らは格別に鈴木宗男氏に嫉妬しなければならない理由はもっていないのではなかろうか。佐藤氏は「小泉氏にすれば、それは鈴木氏が閣僚人事にまで手を突っ込んできたことになる。」と思わせぶりなことを書いているが、ここで何を言いたいのだろう。

上記の件は小泉・鈴木の両政治家による一つの取り引きであろう。このようなことは小泉純一郎のような人物にとっては何ら嫉妬心をかきたてられる理由にはならないのではないか。佐藤氏は自分のその判断の根拠を示していないので、これでは鈴木氏の存在感をきわ立たせるための強引な憶測のようにしか感じられない。ところが、鈴木宗男氏と面識もなく、特に鈴木氏についての知識ももっていないという佐藤氏の担当取調官である西村検事は内藤国夫著『悶死-中川一郎怪死事件』(草思社1985年)を一読した後、下記のように述べたことになっている。

「実に面白い本だったよ。/鈴木さんのパーソナリティーがよくでているね。要するに気配りをよくし、人の先回りをしていろいろ行動する。そして、鈴木さんなしに物事が動かなくなっちゃうんだな。それを周囲で嫉妬する人がでてくる。(略)/しかし、鈴木さんは自分自身に嫉妬心が希薄なので、他人の妬み、やっかみがわからない。(略)/中川夫人の鈴木氏に対する感情と田中真紀子の感情は瓜二つだ。本妻の妾に対する憎しみのような感情だ。嫉妬心に鈍感だということをキーワードにすれば鈴木宗男の行動様式がよくわかる」

これに対して、佐藤氏は次のように述べる。

「 私はこのときまでに「鈴木氏に嫉妬心が希薄で、それ故に他者の嫉妬心に鈍感だ」という見立てを西村検事に話したことはない。この検察官の洞察力を侮ってはならないと感じた。(p272~273)」

佐藤氏と担当検事とは「嫉妬心」をめぐる鈴木氏に関する見解がピッタリ一致したことになっている。おかしいと思わざるをえないのは、鈴木宗男氏と会ったこともないこの検事が上述の本一冊読んだだけで「鈴木氏に嫉妬心が希薄で、それ故に他者の嫉妬心に鈍感だ」と断言していることである。期せずして佐藤氏の鈴木観と一致したことになるわけだが、検事のこの態度は「洞察力」があるというより、あまりにも軽率、不自然過ぎると思う。「中川夫人の鈴木氏に対する感情と田中真紀子の感情は瓜二つだ」などという見解は一体どういう根拠の下で引き出されているのか、不可解である。この問題で佐藤氏は一貫して何ら具体的な事例を示さず、実証もしていない。それで人の内面的感情である「嫉妬心」について縷々断定的に述べ、それを事件発生・解明の鍵の一つとしている。これはずいぶんご都合主義的な乱暴な話ではないだろうか。

(3)
上の(2)で述べたことといくぶん関連することになるかと思うが、佐藤氏は初期のころの著書に「土下座」ということについてよく書いていた。土下座についての話をする人など珍しいと思い、興味ぶかかったので、よく記憶しているのだが、この件について少し考えてみたい。まず、こちらのブログに資料として掲載されている記事のなかから、佐藤氏が逮捕された当時に報道された土下座に関する「時事通信」の記事を引用する。

「外務省職員に土下座強要=鈴木氏の前で「謝るときはこうする」−佐藤容疑者
 外務省関連の国際機関「支援委員会」をめぐる背任事件で、逮捕された同省前国際情報局主任分析官佐藤優容疑者(42)が、鈴木宗男衆院議員(自民党離党)にしっ責された職員の前で「謝るときはこうするのだ」と土下座し、職員にも土下座を強要していたことが17日、関係者の話で分かった。」

佐藤氏自身による「土下座」に関する発言は次のとおりである。

① 「鈴木氏の前で土下座し、鈴木氏に「浮くも沈むも鈴木大臣といっしょです」という宣言をしたり、鈴木氏の海外出張で文字通り腰巾着、小判鮫のように擦り寄っていた外務省の幹部たちが、「鈴木の被害者」として、それこそ涙ながらに鈴木宗男の非道をなじっている姿が走馬灯のように浮かんだ。(「国家の罠」p352)
  「かつて外務省の幹部たちは「浮くも沈むも鈴木大臣と一緒」といつも言っていました。土下座して、無理なお願いを鈴木代議士に対して行う幹部たちの姿を私は何度も見ています。」(「獄中記」p111)

② 「東郷(和彦)さんは精神も行動様式も「貴族」なのであって、カネや人事に固執せずに、自らが国益と信じる価値を実現するためには、私のようなノンキャリアの若手官僚も活用するし、歴代総理や鈴木宗男さんの前で平気で土下座することができる。本質的なところでの矜持があるから、小さなプライドを捨てることができたのだと思うのです。」(「国家の自縛」p28)

①と②とでは、佐藤氏は「土下座」という行為についての価値判断を微妙に変えているように思える。①では、土下座までして忠誠を誓ったのに、外務省の幹部は鈴木氏を裏切った、と述べていて、土下座という行為に重い意味を見ているようである。しかし、②の東郷氏の土下座に対する佐藤氏の判断は①の場合とは異なるようだ。土下座は些細なプライドさえ捨てれば、誰の前でもやすやすと行なうことができる、表層的な行為に過ぎない。東郷氏は土下座などものともしないだけの本質的な矜持をもっているとのことで、ここでは土下座は「忠誠の誓い」という特殊な行為とは別種の、わりあい気軽な行為として扱われているようである。

どちらにせよ、当時外務省には土下座が日常茶飯のごとく横行していたらしい。私は土下座についてのこれらの文章を読んで、かつて田中真紀子氏が外務省を指していった「伏魔殿」という表現は実に卓抜だったのではないかという印象をもった。土下座をするほうの外務省幹部にも、される立場の鈴木宗男氏にも、また幾度となくその光景を見たと述べ、こうしてそのことを書いている佐藤氏にも、なんともやりきれない感じをもつ。土下座をする人物が大勢いたのなら、されるほうがそれを喜んだり望んだりしたからではないのだろうか。そこまで言わないにしても、少なくとも土下座を嫌悪したり拒絶したりして止めさせようとしなかったからこそなされたとは言えるだろう。外務省は一体どういう組織なのか(それとも土下座が行なわれていたのは佐藤氏の周辺だけだったのだろうか。)。土下座なぞ一般社会ではまず見られないし、話題としてもまず聞かれないことだ。私は土下座をテレビや本でしか見たことがない。上記の佐藤氏の文章を読むと、どことなく土下座をした人間に対して弱みを握っているぞと言わんばかりの調子も感じられ、また通常佐藤氏が見せる行動から判断しても、上述の「時事通信」の記事がかなりの信憑性をもって迫ってくるのは否めないことである。佐藤氏は、「国家の罠」で自分と鈴木氏の関係について、

「私と鈴木宗男代議士との関係についても、「私設秘書」と「恫喝政治家」というような関係ではなく、対露外交を推進する上での盟友でありかつ夏目漱石『こころ』の主人公と先生のような関係であることを検察側にどこまで正確に理解させるかということも、私にとっては重要なことです。(p76)」

と記している。「嫉妬心」が渦巻き「土下座」が横行しているという組織の実態を教えられた後で、「夏目漱石『こころ』の主人公と先生のような関係」という言葉を聞くと、これはひときわ異様に響いてくるが、このような側面こそ佐藤氏の真骨頂かも知れない。

     ──────────────────────────

(注1) そのころの文学青年の多くがそうだったようだが(梶井基次郎も面識はなかったが、志賀直哉の心酔者であった)、多喜二も終生志賀直哉を尊敬した。志賀直哉は、多喜二の死亡が新聞で報じられた日、日記に下記のメモを書き記している。

「小林多喜二 12月20日(余の誕生日)に捕へられ死す、警官に殺されたるらし、実に不愉快、一度きり会はぬが自分は小林よりよき印象をうけ好きなり アンタンたる気持になる、不図彼等の意図ものになるべしといふ気する」

また、2月24日には小林多喜二の母小林セキに次の文面の手紙を送っている。

「拝呈御令息御死去の趣き新聞にて承知誠に悲しく感じました。前途ある作家としても実に惜しく、又お会ひした事は一度でありますが人問として親しい感じを持って居ります。不自然なる御死去の様子を考えアンタンたる気持になりました。御面会の折にも同君帰られぬ夜などの場合貴女様御心配の事お話しあり、その事など憶ひ出し一層御心中察し申上げて居ります。同封のものにて御花お供へ頂きます。2月24日。志賀直哉。小林おせき様。」

小林多喜二は1933年、警察署で逮捕当日に殴り殺されたときまだ29歳の若さであった。あまりにも残忍な殺され方だったため、小林多喜二というと何か名前をきくだけで重苦しい気持ちがするが、いくらかホッとするような逸話の一つに、多喜二と志賀直哉との関係のことがある。

多喜二と志賀直哉の縁は、多喜二が小樽の高等商業学校に通っていた18、19のころにさかのぼる。そのころ多喜二はしきりに志賀直哉に手紙を書き送っていたそうであるが、その手紙のユニークさが、阿川弘之の『志賀直哉』(岩波書店1994年)に描かれていて、これには多喜二の若々しい姿が彷彿としていて楽しい。

「…志賀一家が我孫子住まひのころ、北海道からのべつ、気焔万丈の手紙を送りつけて来る文学青年がゐた。19世紀の末、北欧の文学が世界を風靡したやうに、日本では北海道で育った自分が北海道から文壇へ打って出て日本文学を席捲するのだなどと書いて来た。あまりの大気焔に、直哉は此の文学青年の名前を覚えこんでしまった。それが当時小樽高商在学中の、未だはたちにならぬ小林多喜二であった。
 奈良へあらはれた多喜二は、数への29歳、すでに一部で高く評価されてゐる新進作家だったが、(略)自分の信条を相手に強制するやうな態度はちっとも見せなかった。昔凄い手紙をくれたのを覚えてゐると話すと、まっ赤になったといふ。」

19世紀の末、世界を風靡した北欧の文学について、多喜二は具体的にどんな作家や作品を思い描いていたのだろう。それにしても、「日本では北海道で育った自分が北海道から文壇へ打って出て日本文学を席捲するのだ」などと意気のいい言葉を小林多喜二が他ならぬ心酔する人物に宛てて書き送ったというのは、ちょっと嬉しくなる話である。

(注2) ブログ「連絡船」では、佐藤氏のこの部分の文章の拙さを指摘している。詳しくは、「連絡船」を参照のこと。
2010.03.06 Sat l 言論・表現の自由 l コメント (2) トラックバック (0) l top
佐藤優氏の言論活動の最大の特徴は、その価値判断や主張が二重基準をもって展開されているということではないかと思う。これはそもそもの最初からそうだったのではないだろうか。佐藤氏の文章で私が最初に読んだのは氏を言論界で一躍重きをなすことにした本「国家の罠」だったが、ここでは、2002年9月17日に判明した北朝鮮による日本人拉致問題について、このことを獄中のラジオニュースで知ったという佐藤氏は、下記のように記していた。

「拉致問題で日本ナショナリズムという「パンドラの箱」が開いたのではないか。ナショナズムの世界では、より過激な見解がより正しいことになる。日本ナショナリズムが刺戟されれば、日露平和条約(北方領土)交渉も一層困難になる。ナショナリズムは経済が停滞した状況では昂揚しやすい。日朝首脳会談の成果が日露関係にもつながることを、何人の外交専門家が気付いているであろうか」(p14~15)

上記では特にこれといって具体的な見解が示されているわけではないが、その後の佐藤氏が見せるような北朝鮮へのあからさまな敵愾心は見えない。表現されているのは、慎重に事の本質を見極めようという抑制的な態度のように思う。同書の別の場所では、次のような記述も見られる。

「ナショナリズムには、いくつかの非合理的要因がある。例えば、「自国・自民族の受けた痛みは強く感じ、いつまでも忘れないが、他国・多民族に対して与えた痛みについてはあまり強く感じず、またすぐに忘れてしまう」という認識の非対称的構造だ。また、もうひとつ特筆すべきは、「より過激な主張がより正しい」という法則である。」(p295)

このような記述を見ると、佐藤氏の主張は、非道な侵略で他国を苦しめた日本の過去の歴史、加害の歴史を正確に見据えた上で日本人拉致事件をふくめた物事の判断を慎重に冷静にすべきである。そう主張しているのかと推測するのが自然であろう。

ところが、その次に私が読んだ佐藤氏の文章は、「とても同意できない高橋哲哉著『靖国問題』の罠」という『正論』誌に載った文章だったが、これには以前にも述べたことだが、心底驚かされた。「国家の罠」で見られたナショナリズムに対する抑制的な態度はどこへ行ったのやら、その後に読んだ「国家の自縛」ともども、排外的日本ナショナリズムの鼓吹、国益一辺倒の主張ばかりがアクのつよい調子で述べられていた。そしてその後は、金光翔さんが論文「<佐藤優現象>批判」で指摘したように、「「右」の雑誌では本音を明け透けに語り、「左」の雑誌では強調点をずらすなどして掲載されるよう小細工している」言論活動が展開されるようになった。媒体による読者の違いに合わせて、自己の主張を相手が抵抗なく受けとれるようなテクニカルな工夫をしているのだ。これは頽廃的・詐欺的手法ではないかと思うが、なんともう5年近くもこのやり方がつづけられ、それで立派に世に通用しているのである。なかには、亀山郁夫氏翻訳の「カラマーゾフの兄弟」に関連して見せたようにデタラメを完全に露呈している場合もある。これは明確に一個の文学作品を対象にしての言説だったので、読者の知りえない著者の個人的な経験などと称してうまく物語をつくったり、曖昧かつ適当な意見を述べたりするするわけにはいかず、そうならざるをえなかったのだと思われる。

佐藤優氏の文学作品や作家に関するデタラメ発言は何もドストエフスキーに限らない。2008年6月には、阿佐ヶ谷ロフトでの講演で、下記の内容の話をしゃべったらしい。「アジェンデの叫び」というブログから引用させていただく。

「今、小林多喜二の「蟹工船」が流行っているが、あの小説は、インチキ小説で、当時の小樽で偏差値高い一番「良い」学校卒業して、一番良い就職口である地元の信用金庫(だったか)に就職したインテリの小林多喜二が、底辺の漁業労働者の生活なんかを実体験として知っている筈もなく、小説の最初の部分は他の小説からの盗作で、それ以外の部分も、当時の漁業労働者他からの取材もしないで「想像」だけで書いたような話だからそこいら中矛盾だらけで、あの小説から、当時の漁業労働者の悲惨な生活を想像する事など出来はしない。と言っていた。」

当日の講演内容については、他にも下記のような感想のコメントがネット上にでている。

「佐藤 優氏は、蟹工船が今、流行っているが、実は、あれはインチキ小説であり、当時の小樽で、一番偏差値の高い学校出て、良い会社に就職した多喜二なんかに底辺漁業就労者の過酷な生活なんか理解出来るはずも無く、小説の最初の部分は他の小説の盗作であり、他の部分も全て取材もせんで書かれたものだ。と、言っていた。 その傍には安田好弘氏と佐高信氏がいたが、何も言わんで聴いていた。」

双方ともにほぼ同一の内容が述べられているので、上のブログに引用されている佐藤氏の発言内容がそのとおりであったことは確かだと思われるが、ここで佐藤氏が述べている小林多喜二の経歴内容は誤りである。多喜二の生家は父親が病弱だったために大変貧しく、多喜二が小樽商業学校から小樽高等商業学校へ進学できたのは、伯父からの学資援助がうけられたからである。学費を出してもらう代わりに、多喜二は就学中ずっと伯父の経営するパン製造工場で寝起きし、そこで朝と晩は工員として働いた。これはかなり厳しい労働だったらしく、多喜二の母親は伯父に対して「(息子を)何もあそこまで使わなくても」と不満に思ったこともあったと三浦綾子の「母」には記されている。彼の弟は、中学にも進学できず、高等小学校卒業後すぐに洋服屋の丁稚奉公に出ている。「蟹工船」を「他からの盗作」とまでいうのなら、根拠は何かを明言すべきである。佐藤氏のデタラメ話を、多喜二をテーマにあちこちで講演までしている佐高信氏は黙って聞いていたらしい。そもそもこの挿話は多喜二の経歴のなかで有名なものなのだから、佐藤氏もちゃんと知っていた可能性もある。知っていたにしろ、知らなかったにしろ、デマカセを大勢の人前で話しても自ら何ら痛痒も感じないし、また他から指弾されることもない、という絶大な自信があるのだろう。なんとも暗澹とする話である。

このような状況なので、当然のことに、佐藤氏の文章を読むと細部をふくめて何かとひっかかることがでてきて、「これは本当のことだろうか?」「デタラメではないか?」という疑いが兆すことが大変多い。これは何とも言えず不快な経験だが、二重基準を用いているということ、読者に合わせて自己の主張・内容の細工をしているということはそれ自体嘘をふくまないわけにはいかないので、実際の真偽はどうあれ、私はこのような疑いが生れるのは必然のことと考える。

『週刊金曜日』のサイトに公開されている文章に、「佐高信の現代を読む」という連載があるが、次の一文もその一つである。

「 2005年6月10日号の本誌「読んではいけない」欄で書いたこの本を挙げて、驚く読者もいるかもしれない。しかし、私は「読み方注意!」的に取り上げたのであり、官僚が動かす「国家」がどういう生理と病理を持つかを描いたこの本は10年に1冊出るかどうかと言う貴重なドキュメントである。私はこれについて、”外務省のラスプーチン”と呼ばれた著者が守ったのは「国益」ではなく、「省益」だったのではないかと指摘した。それは客観的に正しいというのが著者からの返事で、官僚は省益と国益が一致するとの擬制において行動するからであり、それをチェックするのは議会とマスメディアだという。
 それにしても、私が前記の欄でこの本を俎上にのせた時、著者のところに、「『金曜日』と何かトラブルがあったのか」と尋ねてきた友人がいたというのは嘆かわしい。すべて賛成。すべて否定でなければ気がすまない人たちにこそ、この本をすすめたい。」

上の佐高氏の文章によると、2005年(佐藤氏が『週刊金曜日』に連載をもつはるか以前の時期である)に、佐高氏が『週刊金曜日』で「国家の罠」を批判的にとリあげたところ、その文章を読んだ友人から佐藤氏は「『金曜日』と何かトラブルがあったのか」と尋ねられたというのである。まるで「国家の罠」は賞賛以外の批評はありえない本のはずだというように聞こえるが、これについて、「アンチナショナリズム宣言」というブログは、2008年5月14日の記事において下記のように記していた。

「「<それにしても、私が前記の欄でこの本を俎上にのせた時、著者のところに、「『金曜日』と何かトラブルがあったのか」と尋ねてきた友人がいたというのは嘆かわしい。>
(略)
 確かに、わざわざ週刊金曜日とトラブルでもあったのかと心配するのも「変」なのだが、その心配する友人がそんなに嘆かわしいのか? 佐高が嘆かわしいと言ったのは、「読んではいけない」で佐藤優の著書を批判したことに言い訳するためではないのか?

 それにしてもこの不自然さはなんだろう?
 この友人の話自体が佐高を懐柔するための佐藤がよくやる作り話ではないのか。佐高はこのインチキくさいエピソードを聞いてすっかり嵌められたと思う。いや、佐高は自分の書評を打ち消すために、この作り話にのったのかもしれない。」

私も佐高氏の文章を読んでこのブログ主の方と同じように、「それにしてもこの不自然さはなんだろう?」という感想をもったが、私自身が経験したこれによく似た類のことをいくつか以下に書いてみる。

(1)
佐藤氏は、2007年に角川学芸出版から「地球を斬る」という本を出している。これは産経新聞グループのウェブサイトに連載されたものを集めて一冊にまとめたもののようだが、この本に「思想犯としてのテロリズムとの戦い」というタイトルのもと、下記の文章が掲載されている。

「 最近、外国のテロ対策専門家が筆者を訪ねてきた。北朝鮮が行う可能性があるテロに対する日本の政治エリート、マスメディアの感覚が鈍いのに驚いていた。その専門家は、「日本警察のテロ対策部門は有能で、取るべき予防措置や広報についてもきちんとした問題意識を持っているのだが、世論の後押しがなく、政治家の理解がないところでは十分な対策をとることができない」との感想をもらしていたが、筆者もその通りだと思う。(略)
 思想戦としてのテロリズムとの戦いを軽視してはならない。この観点から見ると日本は対テロ思想戦の準備が全くできていない。外国のテロ対策専門家は、「日本の原子力発電所の多くが日本海に面しているが、北朝鮮の工作員が上陸して生物・化学兵器で攻撃をした場合の防御策は十分とられているか。原発の警備は民間会社が行っていると承知するが、北朝鮮情勢の緊張を考慮するならば自衛隊が警備するのが国際スタンダードではないか。それから貯水池に対するテロ対策は十分にできているのか」と言う。もちろん関係当局はそれなりの対応はとっているのであろうが、テロの脅威に対する認識は不十分だと思う。
 イスラエルの水資源公団幹部を務めた人物が水の安全保障についてこう述べていた。
「ハマス(パレスチナの原理主義過激派)が貯水池に毒物を混入させるという確度の高い情報が入ってきたのでイスラエルはユニークな対応をとった。エレフアントフィッシュをすべての貯水池で飼うようにしたのである。この魚は、人間にとって有害な物質が水に混入すると、直ちに反応する。貯水池には24時間体制で監視員を置いて、エレフアントフィッシュの動きに少しでも異常があれば、直ちに給水を中止して調査する」
 これがテロ対策の国際スタンダードなのである。北朝鮮が日本に対するテロ攻撃を仕掛ける場合、貯水池、原発、新幹線などが標的になるのは明白だ。十分な対策をとるべきだと思う。
 2007年1月25日から第166通常国会が始まるが、テロ対策については党派的利害や駆け引きを超えて、国家的見地から本気の議論を展開し、目に見える対策をとることを望む。」(2007.1.25)

日本の原子力発電所に対して、「北朝鮮の工作員が上陸して生物・化学兵器で攻撃」したり、「貯水池、原発、新幹線などが標的になる」テロ攻撃をしかけたりする可能性があると佐藤氏は述べているのであるが、一体、何のために北朝鮮がそんなことをする理由があるのだろう? 自国を絶対的危機に追い込むだけのそのような暴挙をあえてなす必然性があるというのなら、佐藤氏はその根拠を懇切丁寧に記すべきであるが、それは一切していない。上の文章は、単に悪質なデマを振りまいて北朝鮮の敵愾心を煽り、日本人の危機意識を煽情し、ひいては在日朝鮮人の生活と立場をますますの苦境に追い込むことにしかならないのではないだろうか。

「最近、外国のテロ対策専門家が筆者を訪ねてき」て、その人物は上記のように佐藤氏にむかって「北朝鮮の工作員が上陸して生物・化学兵器で攻撃をした場合の防御策は十分とられているか。原発の警備は民間会社が行っていると承知するが、北朝鮮情勢の緊張を考慮するならば自衛隊が警備するのが国際スタンダードではないか。それから貯水池に対するテロ対策は十分にできているのか」と問うたというのだが、この「外国のテロ対策専門家」とは一体どこの国のテロ専門家なのだろう。そもそもこの人物は本当に実在するのかという疑問も浮かぶ。専門家であればあるほど、北朝鮮が日本の原子力発電所や貯水池にテロ攻撃をしかけたりすることなど現実的にはまずありえないと考えるのではないだろうか。それでなくても、このようなことを他国にやってきて軽々しく口にする専門家がいるのだろうか。実話とすれば、あまりにも軽率すぎないだろうか。佐藤氏は元対露交渉の外交官だった人であり、今は休職中の一著述家である。そういう人になぜ外国の「テロ専門家」がこのような具体的に踏み込んだ発言をするのだろう。それとも、佐藤氏は表向きの顔とは異なり、過去「テロ」についての専門的関わりをもった実績でもあるのだろうか? また佐藤氏は、第166通常国会でこの問題を取り上げて議論しろというのだが、北朝鮮が日本海に上陸して生物・化学兵器を使ったテロ攻撃をする可能性について国会で侃々諤々の議論をせよというのだろうか? テロ専門家という人物の話も、これに対する佐藤氏の受け止め方も、信憑性に乏しい荒唐無稽な話であるように感じられるとともに、大変悪質な発言のように思えてならない。

(2)
前回の記事中に、「文章(注:メール文)には追加して具体的に述べてみたい点もあるが、いま現在、時間の余裕がないので、そのうちゆっくり書いてみたいと思う。」と記したが、以下に述べるのが、その件である。

佐藤氏は、2007年の10月、「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」の主催による「死刑廃止デー」にゲストとして招かれ、「日本の刑事司法は死刑制度に耐えられるか」という演題で、鈴木宗男氏・安田好弘弁護士とともに鼎談を行なっている。私は、その後送付してもらった「フォーラム90」の機関紙でその内容を知ったのだが、会の冒頭、佐藤氏は、「安田さんと付き合うな」という電話をもらった、と話していた。会および演題の趣旨からすると大変唐突な発言だとも、言わずもがなの発言だとも感じたが、同時に「これはホントのことかなァ?」とも思った。

とは言っても、この時点ではそのことに特に拘ることはなく、それで終わっていたのだが、この発言が気になるようになったのは、この会の2、3ヶ月後、金光翔さんがインパクションに発表した論文に関連して、著者を蚊帳の外に置いてインパクションの編集長・安田弁護士・佐藤優氏の「話し合い」が行なわれるという出来事があったからだ。佐藤氏は、2008年3月刊行の「正義の正体」(集英社)という田中森一氏との対談本でも、下記のように述べている。

佐藤 先日、安田さんの主催する死刑問題の討論会をしたが、前後に数人から電話があり、「安田みたいなのとだけは付き合わないほうがいい」と言われた。
 田中 世間の人はみんなそう言うだろう。」

「死刑廃止デー」の集会は、「死刑廃止国際条約の批准を求めるフォーラム90」の主催であり、安田弁護士はその有力な会員ではあっても、安田氏個人が集会を主催するわけではないはずだが、そのことはさておき、「正義の正体」によると、佐藤氏には集会の前だけではなく、終了後にも同じく「安田弁護士と付き合うな」という電話が入ったというのである。対談相手の田中氏も「世間の人はみんなそう言うだろう。」と素直に応じているが、さて、どうだろうか。

2006年早々、「光市事件」の裁判で急遽弁護人に就任した安田弁護士などが弁論の準備ができないということで最高裁の弁論を欠席したことに対し、世論の反発は凄まじかった。その後の裁判の経過においても、バッシングはつづき、光市弁護団は安田弁護士をはじめ大変な苦労をしたことと思う。だから一見佐藤氏が述べている話は辻褄が合うように思えるのだが、しかし少し細かに考えてみると、世論のバッシングと、佐藤氏の周辺の人が「死刑廃止デー」に出席する佐藤氏にわざわざ電話をかけて「安田弁護士と付き合うな」と忠告をすることとの間には乖離があるように思う。その理由の一つには、この集会のゲストとして佐藤氏とともに鈴木宗男氏が出ることがあらかじめ発表されていたことがある。鈴木・佐藤の師弟コンビ(?)が揃ってパネリストとして会に出ることが分かっているのに、この期におよんで佐藤氏に「安田と付き合うな」という電話をかけるというのはヘンではないか。その人物は、佐藤氏に欠席を勧めて鈴木氏に一人で会に出席せよと言っているのだろうか? それでは鈴木氏が困ることになることは分かるはずと思うのだが。

それから安田弁護士はマスコミやウェブ上で大変なバッシング攻撃を受けたが、これはあくまでも裁判における弁護士業務の過程に限って発生した非難であった。もし安田氏が実は暴力団員であるとか、怪しげな宗教団体の幹部であるとか、あるいは金銭面などでよからぬ噂が絶えないとかいうのなら、なるほど「付き合うな」という忠告も来るかも知れない。しかしそうではない。れっきとした一人前の弁護士であり、ましてこの会は「死刑廃止デー」という毎年行なわれている周知の集会であり、何ら怪しげなものでないことは佐藤氏の周辺の人々はちゃんと知っているのではないのだろうか。そして佐藤氏自身、それまでにマスコミのあちこちで「私の死刑廃止論」などという死刑廃止の弁をかなり書いたり話したりしていたはずである。周辺の人が佐藤氏にむかってあえて「安田と付き合うな」という必然性はほとんど感じられないのである。2006年10月に佐藤氏が「神保町フォーラム」をともに立ち上げた宮崎学氏とか魚住昭氏などという共通の知り合いも存在するようだし。

もう一つ、これも疑問の大きな理由になると思うのが、佐藤氏のパーソナリティである。ただでさえ、人は他人にむかって明確な根拠もあげずに「誰それと付き合うな」というような忠告はしにくいし、しないものである。相手がまだ学生だったり人生経験に乏しい年少者である、あるいはひどく気弱な性格であるとかいうならともかく、人はめったなことではそのようなことは口にしない。これは家族関係においてでさえ遠慮する性質の微妙な問題であるが、なかでも、佐藤氏はそのような忠告が最もしにくいパーソナリティの人ではないかと思う。前に書いた『AERA』の記者への対応に関してだが、佐藤氏はきびしく本人を責め立て、『週刊新潮』に怒りをぶちまけた上に、『AERA』とその記者に対し事柄からするとなんとも執拗な内容の「公開質問状」を送り、これを『週刊金曜日』のサイトにアップまでしている。このような剣幕、態度をみて、それでも佐藤氏に「安田氏と付き合うな」というような忠告をする人が会の前後を通じて複数名いたということはなかなか信じがたいことではある。

何かと金光翔さんの発言を引用させていただいて恐縮だが、金さんはこちらで、

「佐藤の文章には、(柄谷行人のように)根拠を示さない、または、(落合信彦のように)情報の出所が不明確な断定が非常に多い。佐藤の言明が事実であるかどうかは、佐藤を<信>じるしかないのである。」

と述べているが、 本当にこのとおりである。特に佐藤氏を信じる理由のない者としては、その文章を読むとデタラメ、嘘、偽りを騙られているという不快感につきまとわれることになる。この不快感は佐藤氏ひとりに対してのものではないこと、そのことこそが問題なのである。
2010.02.27 Sat l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2月1日付の金光翔さんのブログ「私にも話させて」の「第5回口頭弁論期日報告」で、安田好弘弁護士が佐藤優氏の専属弁護人に就任し、この日の法廷に出席していたことを知った。実は昨年12月15日の金さんの記事「第4回口頭弁論期日報告」のなかで、「なお、現在の被告代理人3名に加えて、佐藤氏が自らの代理人を追加したとのことで、新しい論点が提示されるため、次回口頭弁論期日の開催が少し遅れることになった。」という文章を読み、そのとき佐藤氏専属のこの代理人がもしかすると安田弁護士ではないか、という気がチラとしたのだった。しかし、まさか、と思い(注1)、その後もこの疑念を打ち消し打ち消ししてきたのだが…。

現代の言論や表現の自由にたいする侵害は、かつてのような公権力や右翼の攻撃のように誰の目にも分かりやすい形で行なわれるとは限らない。そのことをまざまざと示したのが金光翔さんの論文「<佐藤優現象>批判」をめぐる『週刊新潮』や岩波書店や掲載雑誌社の動向だったと思う。特に深刻だったのは、論文を掲載した雑誌社までもが一枚噛んだことではなかったかと思う。金さんは、論文中で勤め先の岩波書店をも批判の対象にしたことで、岩波からの攻撃の可能性はある程度予想していたのではないかと思う(佐藤優氏を問題視した論文を書く以上、岩波書店への批判は避けて通れないものだったろう。岩波が佐藤氏を「一流の思想家」のごとく扱い、盛り立てたことが一連の現象の起動力だったと思われる。そして佐藤優現象への批判はぜひとも誰かがしなければならないことだったはずである。)。しかし、掲載雑誌社が著者の意向を無視して佐藤優氏と「話し合い」をもち、佐藤氏の覚えをめでたくしようとするような行動をとるとは予想もしなかったのではないだろうか。もし自分が金さんの立場にたったとして考えてみると、最もふかく心を傷つけられたのは、おそらくインパクションの対応ではなかったかと思う。

論文の発表後、安田弁護士は、佐藤氏からインパクションと「話し合い」をしたいとの相談なり提言をうけたのなら、その時点で佐藤氏に反論文を書くことを勧めるべきだったろう。佐藤氏は金さんも述べているとおり、多くの雑誌に記事の連載をしており、いくらでも反論の場はもっていたはずである。掲載場所としてインパクションがいいのなら、佐藤氏の反論文を載せてくれるよう、インパクションに掛け合うことはもちろん賢明で正当な関わり合いの範囲であったろう。それをしなかったのはなぜなのだろう。またインパクションは安田氏から三者の話し合いを要望されたのなら、著者の意思に逆らって、あるいは著者に黙ってそんなことをしたら、雑誌社としての生命線を傷つけることになるから不可能の旨を伝えるべきだったろう。三者の話し合いは行なわれたようだが、このような方法が後々までふかい禍根を残すことになるのは素人でも分かることである。

さまざまな悪影響が考えられるが、ごく単純に考えて、たとえばこの次に同じような要望がインパクション誌で批判された側からまただされたら、今度はどうするのだろう。今回と同じく「話し合い」の場をもつのか、もたないのか。そしてそのうちのどちらの選択をするにせよ、判断の基準をどこにおくのか。またインパクションはもし著者が金さんのように無名の新人ではなく、実績のある著名人だったとしたら、著者を無視して佐藤氏と会合をもつというような行動をとったのだろうか? このことも私には疑問である。それから、何でも具体的な場面を想定して善悪、真偽を判断しようとするクセのある私はついつい下記のような発想をしてしまうのだが、深田氏や安田弁護士は、佐藤氏の立場にたったのがもし自分の子どもだったとして、子どもが佐藤氏のような行動をとろうとしたら、これをいさめないのだろうか? 裏から手をまわして対象論文を無価値なものにしようと画策したり、抹殺しようとするのではなく、堂々とした反論文を書きなさい。それこそが言論人のあかしではないか、そう言わないのだろうか? さらに、いろんな出版社や雑誌社がインパクションと同じ行動をとり始めたら、一体どうなるのだろう。出版界と著者や読者との信頼関係はゼロになるしかないと思うのだが。

私は当時-2年前から上記のような疑問をもっていた。先月、朝日新聞に載ったインパクションに関する記事に関連して金光翔さんはインパクションを批判していたが、この記事を読んだ私は、フォーラム90とインパクション宛てに下記に掲載するメールを送信した。インパクションはともかく、フォーラム90にこのような文面のメールを送ることが妥当かどうかは自分でもなかなか判断の難しいことではあったが、しかし、この件は多くの人が自分の問題として考えるべきことだと思う。私などはこのブログを始めるまであまり文章を書く機会もなかったが、そんなときであっても、自分の意見を言いたいときには誰に遠慮することなく(真に言いたいことを)言えるという自由をもっていることは生きる上で絶対的に必要不可欠のものであった。

メール文には、こまごまとした点では過誤や思い違いもあるかもしれないが、私自身の基本的な考え方は明示していると思う。文章には追加して具体的に述べてみたい点もあるが、いま現在、時間の余裕がないので、そのうちゆっくり書いてみたいと思う。なお、この問題を考える上で、藤田省三の「日本における二つの会議」は示唆的であると思うので、一部を別途引用掲載した。ぜひお読みいただければと思う。言論への侵害や弾圧に関する問題は秘密裏に処理しようとしたり、隠匿したりすることなく、読者をふくめて広く公的な問題とすることが何よりも大事であることは、藤田省三だけではなく、「風流夢譚事件」を経験した京谷秀夫氏などの編集者や「パルチザン伝説」の著者である桐山襲氏などが口を揃えて述べていることでもある。金光翔さんが実践していることはその手本のように思える。

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死刑廃止フォーラム90 様
インパクション 様

いつも「死刑廃止フォーラム90」の機関紙をお送りいただきありがとうございます。実は、講読を中止したいと思いまして、その旨のご連絡をさせていただきます。ここ2年ほど購読料を含めたカンパもお送りしていませんでしたので、近々、郵便局の払込取扱票で僅少でもお振込みをし、その通信欄にて講読中止の依頼をする心積もりでいましたところ、数日前に金光翔さんのブログで「佐藤優のいない〈佐藤優現象〉」という記事を読み、気持ちが変わりました。貴会にたとえ些少でもお振込み(注2)をすることは今気持ちの上でどうしてもわだかまりを感じます。失礼ですが、また残念でもありますが、このメールにて講読中止のお願いをさせていただきます。よろしくお願いします。

上記の件に関連して、下記に少し私見を述べさせていただきます。2008年早々だったと思いますが、かねてから愛読していた金光翔さんのブログで『インパクション』が自ら掲載した「〈佐藤優現象〉批判」の著者に対して驚くべく非人間的な対応をしていることを知り(内容が内容だったものですから、書かれていることが100%本当のことであるかどうかという疑問も当然なくはありませんでしたが、ただ公的に発表する文章にことさら偽りが書かれているとは思えませんでしたし、またその書き方から推察してまずそのまま信頼していいと思いました)、私はそれ以前にとある冊子に佐藤優さんを批判する文章を書いていたという経緯もありましたので、その年の3月に『インパクション』にメールをお送りしました。内容は、金さんが週刊新潮や勤め先の岩波書店およびその労組から手ひどいイジメ攻撃に遭っている最中でもあり、「掲載雑誌社として著者を守ってやってほしい。またそうすべきだと思う」というようなものでした。

私は出版業界とは何ら関係をもったことはありませんので、読者としての経験からのみ述べるのですが、掲載された文章に関して外部から批判や抗議をうけた場合に雑誌社が著者に対してこれほど(非礼をはるかに超えた)冷ややかな対応をとった例をそれまで知りませんでした。小説家の随筆などを読んだ経験から推測して、編集者というのは、何よりも著者にすぐれた原稿を書いてもらうことが生きがいの種族であるらしいと漠然とながらそう感じ、ずっとそのように受けとめてきました。金さんの論文の出来映えは出版・編集者のそのような期待に十分応える水準のものと思いましたし、また「パルチザン伝説事件」や「風流無譚事件」が発生した時、著者である桐山襲氏や深沢七郎氏に対する出版社および編集者の態度は、自分たちが追い詰められていたこともあり、大いに不十分ではあったと思いますが、それでも『インパクション』のような冷酷というような性質のものでは決してなかったはずです。そのため、『インパクション』の対応についての金さんのブログを読んだ私は大変驚き、深刻な懸念を感じたのですが、同時に、「これはきっと佐藤優という書き手が産経などでどんな内容の文章を書いているか、よく知らないのではないか」とも思いました(今考えると、そんなことはありえないことだったと思いますが)。

そういうわけで、『インパクション』にメールを送るに際しては真意をちゃんと受け取ってもらえるのではないかという期待をもっていました。というのも、イジメに加担もしくは黙認しておいて、「死刑廃止論」をはじめとしたどんな人権擁護の主張も成立しないでしょう。また、自らその原稿を採用しておいて、少し抗議がきたからといって、あっさり著者を放り出したのでは、その瞬間から出版雑誌社としての存在基盤を崩壊させ、その信用を地に落とすことは間違いないでしょう。そのくらいのことを雑誌の編集長たる人間が理解できないはずがないと思ったのです。でも何らお返事はいただけませんでした。

その後内心ではずっと気になってはいましたが、今回、金さんのアップされた文章を読んでみると、当時の『インパクション』の対応が想像していたよりもはるかに冷酷なものだったことを知り、あらためて驚きました。この記事によると、編集長の深田氏は、金さんが「「首都圏労働組合特設ブログ」で『週刊新潮』の記事による攻撃への反論をはじめた際、「ブログなんて意味がない。そんなにブログに価値を認めているのならば、論文も、『インパクション』ではなく、ブログで掲載すればよかったのではないか」とも言っていた。」とのことですが、「論文も、『インパクション』ではなく、ブログで掲載すればよかったのではないか」という発言には、その内容の不合理性と無情さに言葉が詰まります。深田氏は、ご自分の雑誌も人間の思想もかけがえのない貴重なものとは考えておられないのでしょうか。

安田弁護士が佐藤優氏と『インパクション』との会合の仲立ちをしたことも大いに問題だと思います。この件がどんなに深刻な問題であるかを私はお伝えしたつもりですが、なぜ深刻かというと、会合が成功するということは、金光翔さんを排除するということとイコールだからです。佐藤氏が会合をもちかけたことの目的がそこにあるということを感じとれない人間はいないでしょう。それでもなおかつ仲介をしたということは、週刊新潮や岩波書店、岩波書店労働組合のイジメを容認し、自らもそのイジメに加担するということになるのではないですか? 気に入らない言論、または自分たちの利害に反する言論は相手に確認もせず、公の場で議論する労もとらず、ひそかに抹殺しても構わないという意思表示にもなるでしょう。

思い出されるのは、安田弁護士の著書に書かれていた、名古屋の女子大生殺害事件を起こした被告人の著書刊行が裁判所によって妨害されたという出来事です。あの被告人への出版妨害は許されないけれども、金さんへのあのような形での言論弾圧は許されるということになるのでしょうか? また、今後検察や裁判所から新たに何らかの形で被告人や受刑者に関する外部への文書発表や出版に対する妨害などがあった場合に、皆さんはどのように対処なさるのでしょうか? それだけではありません。今後かりに『インパクション』や『フォーラム90』に出版妨害があった場合、金さんにあのような対応をとった以上、もう「言論弾圧だ」というようなまっとうな抗議をする資格を自分たちが喪失しているかも知れないという疑いをもってみてもいいのではないでしょうか。

だいたい、佐藤優氏は、イスラエルによるパレスチナ人民の殺戮を全面擁護している人物です。また死刑廃止論者のようなことを述べたりもしていますが、「国家情報戦略」(講談社+α新書 2007年)という本では、スパイ防止の法整備を進めることを提案した上で、「スパイ防止法」という名称では世論が騒ぎだして反対するので、「情報公務員法」という名称の法律を制定し、「情報公務員が情報漏洩をして国に危害を与えた場合の最高刑は死刑にする。つまり、ものすごくきびしい罰則規定を設けるわけです。」(注3)と述べています。死刑廃止どころか、これでは死刑の拡大を呼びかけているとしか思えません。こういう人だからこそ、言論弾圧に他人を巻き込んだりもできるのだと考えるべきでしょう。

『インパクション』へメールを送信した同時期に、私はもちろん岩波書店にも批判のメールをお送りしました。文面に「このようなイジメは個人が堪えうる限度を超えている」「もし何らかの不幸な出来事が起きた場合、あなた方はどのような責任をとるつもりなのか」というようなことを書きました。実際、不幸が生じた後では岩波書店やインパクションが廃業したって決して追いつかないでしょう。私にしてもそのようなことを現実的に考えているわけではありませんでしたが、しかし酷いイジメによってギリギリまで追い詰められている人間は数多く存在します。『インパクション』がそのようなことを気にかける様子もなく、掲載雑誌社としての責任を自覚した風もなく、「飼い犬に手を噛まれた」と言わんばかりの冷たい発言を連発していたことは驚嘆に値することです。

『インパクション』は、そして安田弁護士も、金さんに謝罪をするべきではないのでしょうか。もし金さんにも悪い点があったと思われるのなら、その旨伝えて意見を交換するなどの対応を積極的にとるべきでしょう。それが、世に「死刑廃止」を訴えたり、死刑執行に対する当局への抗議文の送信を呼びかけたり、署名やカンパの要請をする者としての最低限の務めになるはずです。『インパクション』の編集者にしても、『フォーラム90』の方々にしても、金光翔さんのブログをご覧の方もある程度存在するのではないかと思います。自分たちの身辺で発生しているこのような事態を深刻な問題としてうけとめた様子のないことは、私のような一般庶民の常識的立場からすると実に不可解なことです。

金光翔さんへの接触が行なわれるのであれば、このメール文はこのままにしますが、もしそのようなことが行なわれないのであれば、場合によって(たとえば1ケ月経過後)、私は自分のブログ(横板に雨垂れ)でこの文章をアップすることがあることをお伝えしておきます。『インパクション』にもこのメールを送信しますが、どちらにしろ、何らかのお返事をいただければ嬉しく思います。

それでは失礼いたします。

1月14日

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予想はしていたことだが、返事はいただけなかった。

注1)安田弁護士の「光市事件」をはじめとした刑事事件への弁護士としての取り組みにはずっと敬意をもってきた。2005年刊行の「生きるという権利」にも感銘をうけた。安田弁護士はあの本に最後の一章としてこの件を具体的に叙述した文章を追加してみてはいかがだろうか。双方に、同一人物の考え方、行動としてどのような一貫性、統一性があるのか、あの本を愛読したものとして知りたいと思う。

注2)フォーラム90の機関紙は、集会などに参加して氏名を記入するとその後送付してもらえるようである。私の場合もそのようにして送ってもらっていた。ここ2年ほど振込みをしていないが、ただそれ以前に購読料分くらいはカンパとして送付していると記憶するので、決して機関紙代を踏み倒したわけではない。その点、誤解なきよう。

注3)佐藤氏は、「国家情報戦略」で死刑に関連して下記のように述べている。

「①日本はスパイ防止のための法整備を進めるべきです。ただ、スパイ防止法の制定が適切であるとは、私は思いません。なぜなら、スパイ防止法という言葉は手垢がついているし、「そんなものはけしからん」とかいって、まちがいなく世論が騒ぎ出しますから、高い確率でまとまらないでしょう。/ 私は「情報公務員法」のようなものがいいんじゃないかと思っています。まず、軍でも外務省でも、これからできる対外インテリジェンス機関でも、情報を担当している人を「情報公務員」と規定します。そのうえで、国家公務員法の特別法にするわけです。/そして、情報公務員が情報漏洩をして国に危害を与えた場合の最高刑は死刑にする。つまり、ものすごくきびしい罰則規定を設けるわけです。②ただし、事前に自首し、捜査に協力した場合は刑を免除する。このような極端な落差をつけることがミソなのです。もちろん、共謀もしくは教唆した人間に対する罰則規定も設ける。共謀もしくは教唆した人間は、たとえ情報公務員以外の民間人であっても罰することができるようにするのです。そうした形をとることができれば、実質的にスパイ防止法と同じ中身になります。」

文章を①と②に分けたが、①はいろんなところで死刑廃止論者としての見解を述べている佐藤氏がこの問題でも二重基準を用いていることの証明になるだろう。しかし私はこの①以上に②における考え方が大変危うい、おそろしいと思う。ここに見られるのは、人が根源的にもっている死の恐怖、命を奪われることへの恐怖心を手玉にとってそれを振り回して人を支配しようとする発想の典型だと思う。まったく死刑廃止どころではない。ジョージ・オーウェルの「1984年」を連想せずにはいられない。またドストエフスキーの「悪霊」をも。

2010.02.20 Sat l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
「 小学校でも中学校でも、子供は授業時間が終って休憩時間になると、一斉に生き生きとして退屈な沈黙から快活な饒舌へと転換する。そうした光景は、しかし、学校だけではなく「正式の時間」とそれにはさまれた「間の時間」があるところには何処にでも発見される。おかみさん連中が食事時と食事時の間に行う井戸端会議の活発さもまた、こうした現象の一例である。ここにはむろん自由への原初的な欲求が露われている。そしてわが日本社会では、この原初的自由より以上のレベルの自由は、社会的現実として構成されるまでに強力とはなっていない。社会的制度の中で現われる自由はわずかに「間の無形式」を享受すること以上ではなく、フォーマルなルートの中に自由を生かすことはない。拘束されることと自由に主張することとが両立するものとなるには、拘束を内面化する以外にないのだが、そのことは社会的には実現されていない。
 日本の「議会」を見れば一目瞭然である。大淵和夫・藤田光一氏や杉浦明平氏の論文が教えてくれるように、市町村議会は休憩時間にだけ討論が行われるが、それは国会でもそうであって、自民党議員の討論は「料理屋」と「廊下」において行われる場合が多い。とすれば、この国では決定を作っていく「生きた会議」は実は「放課後」に行われているのであって、正式の「会議」は実はそうした「機能する会議」を作り出すための条件として設定されているに過ぎないということになる。日本議会主義はこうした特殊な構造をもって生きているのである。実定的な議会制度はそれ自身では実効性を持たないが、しかし制度の中に含まれた非制度的会議に実効性を与えるチャンスとしてのみ存在しているわけである。それは、まさに機(チャンス)であるからして法ではなく、仏教哲学の中で教義化されているように、むしろ法に対立するものである。どんなに法律制度を整えて国会法をつくっても、法の支配が実現しないのは、その法律制度自体が単なる「機」としてだけ社会的に機能しているからなのである。しかもまた法の支配に対する原理的な反対物であるところの命令の支配でもないのは、この「休み時間の話し合い」によって、決定が行われ、決定があらかじめ了解され、したがって決定は命令者の責任においてなされる「決断」とならなければ、留保条件をめいめいが保持した妥結ともならないで、それが始めて「公け」にされる瞬間には既に全体のものとされているか、少なくとも党派全体のものとなってしまっているからである。
 この「休み時間の話し合い」こそが日本社会を規定するもので、それは、本来的に象徴的な意昧での「日本語」によって行われる。つまり、そこでは「言霊音義解」の哲学がそのまま運営原理となっていて、「話し合い」はまさに「話し合い」であることによって、文字やその他の客観的記号によって公的に表現されてはならないのである。むろん速記はとらさないし、議事録などを残してはならないものなのである。議事録がないのは、面倒だからでもなくまた怠慢からでもなく、「話し合い」だからである。文字に残すのならそれは「話し合い」ではなくなってフォーマルな誌上討論になってしまう。言霊は、凡そすべての人に追思考できるような客観的形式によって縛られたりしてはならない。無形式に行うベきものである。「話し」は音であって形象化されてはならぬ。こうした「話し合い」で実質的な決定が行われるとしたら、正式の会議は単にそれの確認・公表の儀式となる。そこでは、国会なら制度上止むを得ず議事録をとるが、市町村会などになれば、面倒だから議事録はとらない。本当に必要ないからであり、討論の過程そのものがないからである。こういう構造は議会主義ではむろんない。むしろ反対である。対立する意見と立場を客観的なルートに載せるという理念は皆無だからである。ただ、こうした「話し合い」を客観化する技術手段(テープレコーダーやビデオテープ)はできているのだから、これをうまく活用することによって、客観化せざるを得ないように仕向けて行く可能性は開けて来るし、もし議会主義の理念を生かそうとするなら、開かねばならないだろう。日本の伝統的会議の方式からパブリック・オピニオンをつくって行く可能性はこのようにして技術的には可能な段階に達している。それができていないのは、「話し合い」哲学を固守して決定過程を当事者同士の「私」に属するものとして特殊化しようとする精神が強いからである。しかし何でも自分達のものを特殊化しようとするのなら、他の特殊者と比較し「つき合せ」をやって行かないと決して客観的に特殊なものとはならない。それを行わないから「話し合い」主義の社会には個別性が生れないで遂にどれも相似の平準化された「型」ばかりが出て来る。他方、それを行おうとするところに、「媒介」の論理を追求する中井正一の哲学が生れた。そこに会議と討論と交流の方法がつくられたのである。
 (略)われわれは最後にこうした「話し合い」主義が暗殺との間に持っている内的な関連に注意しておこう。「話し合い」主義が対立を客観的記号によって表現することを拒否し、完全相互了解を目ざすものである限り、それは絶えず了解のつかない相手を排除する傾向を内にもつ。もろもろの見解が対立する過程そのものの中に生産力を見出してそれを喜ばしいものとする考えが生れて来ない限り、抹殺衝動の発生は避けられない。(略)」

以上、「日本における二つの会議」(藤田省三著作集7「戦後精神の経験Ⅰ」初出は『思想の科学』1960.11月号)より抜粋。
2010.02.20 Sat l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
もう大分前のことになるが、本年6月25日に金光翔さんのブログ「私にも話させて」の「資料庫」に、「差別発言への注意は「非常識」――岡本厚『世界』編集長の私への怒り」という文章がアップされた。これを読んだ時から、この一文が指摘している特定の民族に対する差別発言の問題について一度自分の考え・意見を述べようと思ってきた。民族差別に関する問題は、日本人の誰にとってもそうかもしれないが、私もこうして記述するのに大変躊躇や困難を感じる。差別に関わる問題は、どんなことでも――障害者差別でも女性差別でも、それを語る者の基本的な考え方、また感覚や常日頃の意識も鋭く問われると思うが、中でも人種差別・民族差別の問題は特にそうだと思うからだ。

上記の記事を読んで、金さんが『世界』編集部を離れるにいたったそもそもの原因は、同僚の女性の差別発言を注意したことだったことを知り、『世界』の編集部を異様な職場だと思った。金さんは『世界』編集部に移るまで所属していた岩波書店の宣伝部もふくめて過去に働いた職場で特定の民族に対する悪口や差別発言を聞いたことはなかったと記しているが、私もかつての十数年間の勤めの経験では、記憶するかぎりの範囲でだが、職場で特定の民族への悪口がとびかうというような経験はしたことがなかった。もちろん、戦後の歴史と現状をみると、世の中全体がそうだったわけではないことは十分に推測できることだが、それにしても岩波書店はこれまで他のどんな出版社よりも、日本による戦前・戦中の侵略・植民地主義の歴史や民族差別の問題に高い意識をもった本づくりをしてきたはずであり、『世界』はその中核的存在ではなかったのだろうか。

かといって、『世界』の編集部を「異様」といって済ませられない、何とない後ろめたさを私自身も感じる。自衛のためだという身勝手な理屈で他国を侵略し、植民地にし、敗戦後、被害国や被害者個人からその責任を問われると、どこの国でもやっていた、に始まり、(侵略地・植民地で)少し悪いこともしたが、いいこともしてやった、などの延々とつづく政府閣僚の発言を聞くたびに、恥知らずな言動だと思い、憂鬱でもありやりきれない憤りを感じもした。こんなことをしていて将来どうなるのだろう、いつまでもこんなことで済まされるわけがないという漠とした不安もあった。そういう政府の姿勢は、小学校のころから当然のこととして聞かされ、こちらも納得し信頼して内心に育んできたはずの普遍的な価値観や倫理・道徳観とかけ離れた矛盾した言い分でしかないと感じないわけにはいかなかったからだが、それでもそのような矛盾を引き続きちゃんと考え、追求することはしてこなかった。難しすぎる問題だから、自分のようなちっぽけな人間の手の負える問題ではないから、と深く考えることを避け曖昧なままにやり過ごしてきたのだった。そのたまりにたまったツケが今このようにして回されてきているようにも感じるのである。

私は今現在の日本社会を政治的、社会的に、また文化的にも戦後60数年のうちで最悪の状態だと感じている。このような実感をもっている人は実は日本社会には潜在的に大変多いのではないかとも思っている。こうなった要因は沢山あるに違いない。天皇制をふくめた戦後処理の問題、その後の経済発展の方法の問題、国家と大小の組織や個人との関係の問題。いろいろあるにしろ、それでも根本原因は明治初年の侵略と植民地主義を是とした国家政策にまでさかのぼらなければつき止められないという説は大変説得的であり、私もこの説に賛同する。ただ、明確にそのように考えるようになったのは、私の場合せいぜいここ10年ほどのことで、特に北朝鮮による拉致問題が発生してからのことである。拉致問題を契機としてようやく日本が過去に行なってきた侵略と植民地戦略の残酷非道さが身に沁みて実感されるようになってきたということである。そのようなことは洞察力と実体を見ようとする姿勢があればもっと早くに気づいたはずなので、この点でも私はまったく鈍感な人間である。金光翔さんの上記の記事についての意見を書きたいと思いつつ、そのようなことをあれこれ考えては逡巡し、ついつい遅くなったのだが、これから思うところを少し書いてみる。なお、金光翔さんが記事において事実として述べていることについては、私はそれを事実と見てさしつかえないと考えている。前にも述べたのだが(「首都圏労働組合特設ブログ」の記事「読者からの岩波書店へのメール」参照のこと。あの一文は私が岩波書店に送ったもので、その後金さんにこのことを連絡したところ「首都圏労働組合特設ブログ」に掲載してくださった)、もし金さんの記事に事実でないことが事実として書かれているようなことがあったのなら、批判の対象にされた岩波書店や労働組合がこれまでそれを黙過したはずはないと思うからである。

金さんが、『世界』編集部に異動願いをだしたのは、2006年12月とのことである。そのような行動をとったのは、「基本的には佐藤優を使うという『世界』の編集方針を理由としたものだが、もう一つ、『世界』編集部内での、差別発言への私の批判をきっかけとした人間関係の極端な悪化の問題もあった。」とのことで、その「差別発言」の内容とは、下記のようなことだったという。

「『世界』編集部に2006年4月に異動して、私が驚いたのは、配偶者が中国人とのことであるA氏(もちろん日本人)が、中国人差別発言を大っぴらにしていることと、それを聞いている岡本氏を含めた編集部員たちが誰も注意しないことであった。「中国人は嘘つき」「中国人は腹黒い」「中国人は約束を守らない」といった発言を日常的に行い、会議中でも平気でそうした発言をしていた。日本社会の否定的な側面についても、「まるで中国みたい」といった表現を使っていた。」

「私はこうした発言を聞くたびに、非常に不快に思ったが、異動してきたばかりであり、部内では最も若輩という引け目から、黙っていた。そうした発言を注意できない自分の怯堕にも腹が立った。」

金さんが「職場で特定の民族についての差別発言を聞くのは不愉快であり、今後やめてほしいこと、自分が彼女の中国人に関する差別発言を不愉快に思っていたこと」を伝えるまでに、逡巡があったということ、特に「注意できない自分の怯堕にも腹が立った」という記述には十分に留意すべきだろう。自分の注意や批判が素直に受けとめられないのではないか、問題が大きくなるのではないかという懸念もあったのではないだろうか。人に注意されてすぐに納得して改めるのなら、初めからこのような発言はしないとも思われる。しかし、これは注意されて当然の発言であると思う。普通の職場ならば、早いうちに誰かが注意していたと思う。「中国人は嘘つき」「中国人は腹黒い」「中国人は約束を守らない」、日本社会の否定的な側面についても、「まるで中国みたい」といった表現は、発言者の意図がどうあろうと、第三者に中国への差別意識に貫かれていると判断されて仕方がないのではなかろうか。編集長の岡本氏は、

「A氏の夫は中国人なのだから、彼女が中国人に対して差別的認識や差別感情を持っているはずがない。だから、A氏の中国人に関する発言は、軽口の範囲として認識すべきであって、みんなそうしているし、金のように注意するのは非常識だ」

と述べたそうだが、A氏の配偶者が中国人であることは、職場にも、そこで働く他の人にも基本的には関係のないことである。A氏が岩波書店で働いているのはA氏の能力によってであり、夫が中国人だからではないだろう。もしA氏のそのような発言がうっかり外部の人に聞かれ(ありえないことではない)、呆れられ、批判されたとしたら、A氏や岡本氏は何と弁明するのだろう。「A氏の配偶者は中国人ですから、軽口として許されるはずです」とでも言うのだろうか。また、人間誰しも先のことは分からないから、Aさんも何らかの事情で離婚することだってあるかも知れない。その時にはA氏の同じ発言が今度は「差別発言」ということになるのだろうか。それとも以後ピタリとその種の発言をしなくなるのだろうか。どちらにしろ倫理的にも論理的にもおかしなことには違いないと思う。それから同僚はみな黙ってA氏の発言を聞いていたということだが、その中からもしA氏の発言につよく同意する人がでてきたとしたら、どうするのだろう。相手があることで話にいっそう弾みがつき、発言内容がより過激になっていったとしたら、岡本氏はどのような対処をするのだろうか。きっとそれもまた非常識というのではないだろうか。発言への注意も非常識、賛同もまた度を越せば非常識、結局、第三者は好意的に静かに話を聞いていることだけが唯一のとるべき途であって、それ以外の対応はすべて非常識ということになりそうに思われる。

日本人と結婚した在日朝鮮人の女性が、自分の生んだ子どもたちにまでそのことをひた隠しにして小さくなり心を抑圧して暮らしてきたという話なども聞くことがある。たしか徐京植さんの本にもそのような挿話が載っていたはずである。夫婦だからといってどちらかに民族的差別意識がないとはいえないのだ。親子の関係だって同じことだと思う。すべての差別は根本的に否定されなければならないのではないだろうか? 肯定してもよい差別などあるのだろうか。

そもそも特定の民族を指して「嘘つき」「腹黒い」などという発言を正しい指摘とは言えないだろう。どこの国にだって、「嘘つき」もいれば「腹黒い」人もいるだろうからだ。根拠を示せといわれても示せるはずのないことは明らかなのだから、このような発言は批評とは言えないだろう。注意を受けて当然の差別発言だと思う。またあえて言ってみるが、中国人でも日本人でもない第三者が双方を比べて、内心どちらをたとえば「腹黒い」と感じているだろうか。過去に相手国を侵略したのは日本であって、中国ではないことをどこの国の人だって知っているのだ。

昨年死去した加藤周一は「歴史としての20世紀」という本のなかで、これは戦争責任に関してだが、日本人の意識について、下記のように述べている。

「日本ではごまかす。「残念なことが過去にありました」「心が痛みます」。それは謝罪じゃない。自分の心が痛むか痛まないかが問題ではないのです。被害を受けた方からいえば、相手をはっきりさせて、朝鮮人に対してあるいは中国人に対して謝らなければ意味がない。中国と日本との間に戦争があったことに関して、こっちの心が痛もうと痛むまいと、そんなことに中国側では興味がないでしょう。謝罪というのは相手に対する行為であり、心が痛むのは当方の気分の問題です。それは全然別の二つのことですね。ヨーロッパ人は、そういうことを強く感じていて、日本の評判はあまりよくない。「どうもおかしい。戦争の時代からずっと続いているんじゃないか」という感じは、ヨーロッパ人のなかにもかなり深くある。もう少し詳しくいうと、ヨーロッパにおける一般大衆は、中国や韓国に対するようには日本に関心がない。しかし、国際的な問題に関心のあるヨーロッパ人の間では、日本の評判があまりよくないということです。国際的には一言でいうと「孤立した」状態になっています。」

『世界』でのこの出来事は2006年に起きたとのことだが、同じ年に、私はブログで酷い差別的内容の記事をみたことがある。その記事は、ちょうどその頃マスコミで話題になっていたある人物を徹底的に非難したものだったが、そのモチーフはその話題の人物が実は朝鮮人だということであった。その事実関係は知らないにせよ、その姓はよくある平凡なものだからおそらく事実は異なると思うが、要は、まだ若いと思われるその書き手にとって、相手を最大・最高に非難するための手段・道具は、その相手を朝鮮人だと決めつけることなのだった。これでは朝鮮人、とくに在日朝鮮人はたまったものではないだろうと思い、私も驚きとともにショックを感じたが、それ以降日本社会での民族的差別意識はますます酷い状態になってはいても、一向に改善されてはいないと思うのだが、A氏や岡本氏は現状をどのように見ているだろうか。

さらに遡って、これはもう7、8年前のことになると思うが、夜11時を過ぎたころ、何かちょっとした片づけものをしながら、テレビの音だけ聞くともなく聞いていたことがあった。NHKの番組で、ニュース解説員がどうやら「日本人論」とでもいうべき内容の話をしているらしかった。ふと「キッシンジャーの自伝には、日本人と韓国人と中国人が3人集まって話している場合、日本人だけはすぐに見分けられる。黙って肯いている人間がいれば、それが日本人だと思ってまちがいない。……そういう一節があるそうです。」というような声が聞こえてきた。ギョッとしてテレビを見ると、中年のその男性解説員は、微かに屈辱感をにじませたような苦い笑い顔をしているのが大変印象的であった。キッシンジャーが日本人の国民性について「黙って肯いている」ことをもって決して温良だと判断しているわけではないことをこのニュース解説者も感じとっていたのだと思う。この人はつづいて何か二言、三言しゃべったあと、「これからはそんなことを言われることのないようにしなければいけない」というようにまとめていたが、私はしばらく呆然としてしまった。これは日本人への偏見や差別発言だろうか、それとも核心をついた適切な批評だろうか。その後、この出来事を私は数人に話したが、誰もこの説に反対したり、怒ったりしなかった。つよい反応を示し、自分を省みてもそのとおりではないかと思う、と言った人もいた。『世界』編集部の人たちには失礼かも知れないが、金さんのこの記事を読んだ時も、私はキッシンジャーが述べたというこの日本人に関する説を思い出してしまった。といっても、キッシンジャーに特に関心があるわけでもないので、その後も当の自伝にこの逸話が実際に載っているかどうかを確かめたわけではないのだが。
2009.11.26 Thu l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
金光翔さんは誹謗中傷を含んだでたらめな記事(『週刊新潮』2007年12月6日号)で名誉を棄損されたとして『週刊新潮』と佐藤優氏を提訴したが、その金さんを支援するために有志の人々が呼びかけた「<佐藤優現象>に対抗する共同声明」の賛同者は、現在のところ106人(この中には私も入っている)を数えたようである。世の中の署名募集には何千、何万という数が集まることもあるのだから、この106という数を多いとは一般的には言えないかも知れないが、今の社会の趨勢、またこれまでの金さんの孤独な闘いを見れば(金さんのブログの過去の記事を読めばよく分かる)、このような内容の「共同声明」にしては大変よく健闘していると言えるだろうと思う。このことは、金さんの一貫性・統一性のある論理的な文章が高い批評力と説得力を持っていることと共に、『世界』や『週刊金曜日』を初め、良心的な雑誌として人権や言論・思想の自由のために力を尽くしてきた、今も尽くしていると社会一般もそう捉え、自らもそのように自負してきたはずの雑誌、また各執筆者などの予想もつかなかった変貌ぶりに多くの人が危機感を持っていることの現れではないかと思う。「共同声明」に寄せられた数々のコメントの内容にそのことがにじみ出ていると感じる。

金さんの「<佐藤優現象>批判」(『インパクション』第160号)が出たのは、2007年の11月だったが、この論文の内容は衝撃的なものだった。女性史研究者の鈴木裕子さんは、「私にも話させて」に「「<佐藤優現象>批判」を読んで」を寄稿されていて、そのなかで「1976年生まれ、という筆者の若さにまず驚いた。その読書力にも驚かされた。が、最も舌を巻いたのは、その分析力の鋭さである。日本の言論界ひいては思想界が溶解しはじめているのは、大分前から感じさせられていたものの、その「謎とき」に、金光翔氏の論稿は大きく示唆を与えてくれるものであった。」と書かれているが、私の場合これほど鮮明なとらえ方をしたのではなく、もっとぼんやりしていたが、それでも今思うとおおむね近いことを感じていたように思う。

岩波書店を初めとした、それなりに良識があるはずの出版社やライター達がなぜこれほどまでに佐藤優氏を賞賛するのかが当時皆目理解できなかった。後に金さんが論文で正しく述べているとおり、「取るにたらない「思想家」」としか思えない人物をあの人もこの人もこぞってほめ称えている状況は異常である、このようなことはかつて経験しない出来事だと感じずにいられなかった。

金さんの洞察力にあふれた論文とは比較にならない単純な内容の短い文ではあるが、下記に載せるのは、2006年春先に書き、半年ほど経った秋に当時唯一講読していた発行部数500~600のある冊子に投稿し掲載してもらった、佐藤氏の言説を批判したものである。そのうち、きっと佐藤氏の論説内容に対して、また佐藤氏を絶賛するメディアやライター陣に対して、厳しい批判を述べる人物がでてくるだろうという期待を持ってはいたが、それでもなかなか現れない。むしろ賞賛の声は高まるばかりのように思えたので、我慢ができず、おっかなびっくり内心気を遣いながらではあったが、投稿(誰でも載せてもらえる。当時は自分でブログを開設するなど考えたこともなかった)したのだった。何の反響もなかったが、それでも最低限言うべきことを言ったというある満足感はあったように思う。



 皆さんは、こんなことありませんか。そんなこと誰も気にかけてない、でも自分は気になる、忘れ切ることができないというようなことが。私には時々あります。自分でもしつこい気がして「ひょっとして、ヘンなのではないか?」と反省してみるものの、やっぱり納得がいかずについ思い浮かべては考えてしまうのですが、この問題もその一つなのです。

 佐藤優さんの書評「高橋哲哉著『靖国問題』の罠」(「正論」2005年9月号)。高橋氏の、政教分離を徹底することによって「国家機関」としての靖国神社を廃止すること、合祀取り下げを求める遺族の要求には応じること等の提言に対して、佐藤さんは、「靖国神社の信教、布教の自由を破壊する結果をもたらすものなので、反対だ。靖国神社は現行のままでよい。」と記しています。この姿勢は明快で率直です。内容も賛否とは別に興味深いものですが、私が大変驚かされ、茫然とし、今も納得できないのは、12頁におよぶ書評の結論部分です。佐藤氏はここで、高橋氏の「靖国信仰から逃れるためには、必ずしも複雑な論理を必要としない。悲しいのに嬉しいと言わないこと。それだけで十分なのだ」という文章をとりあげ、「悲しみを無理をしてでも喜びに変えるところから信仰が生まれ、文学も生まれるのだと思う」「悲しみをいつまでも持ち続け、耐えることができる人物は一握りの強者だけ」「この倫理基準に立つ限り、高橋教授には、宗教を必要とし、慰めや癒しを必要とし、そして文学を必要とする人々の内在的論理がつかめない」「『悲しみの罠』から人々を解放するのが宗教や文学、そして時には国家の機能と思う」と述べています。

 これらはみな私には初めてふれる驚くべき言葉と思えましたが、なかでもビックリしたのは、悲しみを無理をしてでも喜びに変えるところから信仰が生まれ、文学も生まれる、という一節です。しかし、原因が何であれ、肉親を失った遺族が、悲しみという自然のうちにある感情を意志によって喜びに変換させることが可能でしょうか。私はそれは不可能なこと、端的にいって虚偽だと思います。また人には悲しみを喜びに変換するという不自然な行為をあえて行う必要があるとも思えません。佐藤氏は、「悲しみをいつまでも持ち続け、耐えることができるのは強者だけ」といいますが、本当にそうでしょうか。現実には、悲しみに遭遇すれば、特別な強者でなくとも大抵の人はどうにか耐え抜くものです。時の力が苦しみを和らげてくれることを経験上承知しているせいもあると思いますが、たとえ悲しみに打ちひしがれてしまう人がいたとしても、自ら悲しみを喜びに変えようと意志する人など私はこれまで見聞きしたことがありません。戦死者の場合だけ「嬉しい」という言葉が使われるわけです。国家意志と密接な関係があることは明白でしょう。佐藤氏がそのことにふれることなく、感情の変換を人の当然の行為のようにみなす姿勢は疑問です。でも、もし、「悲しみを喜びに変える」ことができたと想定したら、どうでしょう。信仰の問題は今は別にします。ここから文学が本当に生まれるのでしょうか。佐藤氏はどんな文学を思い描いてそういうのか、せめてイメージだけでも示してほしかったと思いますが、私はこの問題と文学との関連性は、「人が不自然な心理操作を行うのはなぜか」という動機の解明になら求められると思います。なぜ悲しいはずの時に嬉しいというのか、悲しみを喜びに変えようとするのはなぜか、社会的諸条件と起伏や襞をふくめた人の心の動きが鋭敏に洞察されることにより、原因の追求がしっかりなされること。それなしにここから文学が生まれる可能性を考えることはできません。佐藤氏が「文学を必要とする人々の内在的論理がつかめない」と批判する高橋氏の、事態を直視しているからこそと思える「悲しいのに嬉しいと言わないこと」という提言の方が、文学を必要とする人の内心の欲求に応えていると思うゆえんです。私は佐藤氏が宗教や文学を国家の機能と同列に並べて事を論じていることも大変疑問なのですが、俳句の実作者である○○さんは如何でしょうか。
                                                    2006年9月 



佐藤氏の上述の発言について、見過ごしにできない、してはならない重大な発言だという実感を珍しいことに私は当時つよく持っていた。その一方、批判が非難として受け取られることのないように、できるだけもの柔らかな書き方をするようにと、たった3、4枚のものではあったが、これでも書くのにずいぶん骨を折った記憶がある。誰に言われたわけでもないのに、佐藤氏を批判することはタブーであるらしいと私のような言論・出版界とは何ら関係のない一市民であっても皮膚感覚的に理解できたのだった。金光翔さんの「<佐藤優現象>批判」の文章の徹底性、現象の核心をついた内容は、ともに勇気の賜物でもあったと思う。
2009.11.20 Fri l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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