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前回は主に、Kさん殺害当時、アフリカケンネルが資金繰りに苦慮していたという検察官の主張、およびその主張を全面的に受け入れた裁判所の認定に、実は根拠がないことを縷々記した。今後は、Kさん殺害のもう一つの原因であると裁判所が認定した、関根氏と風間さんの「車の両輪・運命共同体」説を検討していくつもりだが、その前に、前回アフリカケンネルの経営状態の件とともに検討した、風間さんが検察官の主張するような「金銭や財産への強い執着心」の持ち主か否かの問題に関連して、幾つか追加して述べておきたいことがあるので、以下に記す。


被告人の性格を捏造するために善意の第三者の証言をも歪曲して利用する検察とそれをそのまま認める裁判所の不公正

検察は論告で、風間さんについて、下記のように主張している。

「K殺害の動機は、同人がローデシアンの購入をキャンセルしてその代金を返還するよう要求したことに対する拒絶にあり、A、SD及びMAの各検面調書における供述(甲951ないし953号証)、 並びに被告人関根の公判における供述(第77回公判等)等々からも明らかなように、被告人風間には、自己の財産に対する執着心が強くあって、主に被告人風間が大きな利害関係を持っていることからしても、被告人風間がK殺害を言い出してその共謀のきっかけを作ったとみるのが自然かつ合理的で、被告人関根のこの点に関する右供述の信用性は極めて高い。(『一審論告』p132)

被告人風間の知人であるA・I(以下、「A」 という。) 及びSDの各検面調書における供述(甲951及び952号証)、 並びに証人KKの証言等からすると、被告人風間が単に金銭的な無駄遣いをしないだけでなく、いわば自分の懐に入った金銭に対しては、異常な執着心を持っていたことが認められるのである。」(同上 p231~232)

検察官は、A・SD・MA・KKという諸氏の風間さんに関するいかなる供述や証言が、殺人に至るような「自己の財産に対する執着心」「金銭への異常な執着心」を顕しているというのか、証言者の実名を出して上記のように主張する以上、各証言内容の該当個所を引用し、かくかくしかじかの言動が被告人風間の強い金銭への執着を顕している、と明示するのが当然のはずである。だが、論告はそれを一切していない。
そのため弁護人は、「検察官はおそらく証言中のこの部分を「金銭への執着心」と指摘しているのであろう」と推測し、上記の人々の証言内容から該当しそうな箇所を抜き出して分析をし、論告への反論・批判をしている。これはおそらくは、そのようにしないと、裁判所が検察官の主張をたとえ根拠のないものであっても、それをそのまま事実として認めてしまうのではないかという不安を感じるからではないだろうか。
検察官が具体的な実例を挙げていないのは、証言のなかに「金銭や財産への異常な執着」を示す具体的なエピソードが一つもないからであろう。
あえて上記の供述や証言のなかからそれらしき箇所を選べば、A氏から「執着心」という言葉が出てはいる。A氏は、その同じ供述調書のなかで、「風間は信用できる人間である」「風間が口に出したことは信用できる」という趣旨の言葉を何度も挿入しながら、次のように述べている。

「被告人関根は金銭管理の能力はなく、持たせておけばあるだけ全部使ってしまう性格で、被告人風間は決してけちだとは思わないが、一旦入った金は無駄遣いして減らすようなことはしない性格である。したがって関根には金をもうけるという面での金に対する執着心があり、風間には、生活や財産を守るという意識から、一旦懐に入った金に対する執着心が強かったように思った」(甲951号 平成11年9月5日)

この「一旦懐に入った金銭に対する執着心が強かったように思った」との供述について、弁護人は、

「右供述は被告人関根の金銭感覚について、持たせておけばあるだけ使ってしまうということを述べた上で述べられているのであって、このような夫を持った妻が生活の防衛のために、一旦懐に入った金について無駄遣いをしなくなるのはむしろ当然である。」(一審弁論要旨p284)

とごく常識的な見解を述べているが、風間さん自身も、公判(第58、88回)で会計処理の方法を尋問された際に、「特別に購入する物品等については、資金的に余裕ができるまで購入しないという方法を取っていた。」と、極力出費を抑えるやり方をしていたことを認めている。検察官にいわせると、あるいはこれも「金銭や自己の財産に対する異常な執着心」ということになるのだろうか? 上のA氏は、「被告人風間は決してけちだとは思わないが」、「生活や財産を守るという意識から」と断っているのに、検察官はその部分は無視し、あたかもA氏が風間さんを、殺人も辞さないほどの強い金銭への執着心をもつ人間であると述べているかのように装っているのだ。
従業員のMさんは、風間被告が温和であり、動物の仕事がしたいと思って入ってくる人間にとっては目標になるような動物への接し方、育て方をしていたことを述べるとともに、「従業員が病気になったとき、治療費を払ってくれたり、美容院の費用を払ってくれたりした」「(従業員の)面倒見はよかった」(甲275証 平成7年1月15日)と証言しており、その他、風間さんの「金銭への異常な執着心」をうかがわせるような事実なり挿話なりをこれまでのところ私は裁判記録のなかに何ひとつ見たことがない。にもかかわらず、検察官は「被告人風間には、自己の財産に対する執着心が強くあって、…(略)…被告人風間がK殺害を言い出してその共謀のきっかけを作ったとみるのが自然かつ合理的」とまで主張しているのだから、このような主張をする以上、自らその具体的実例をあげ、論証する責任を負っているのは言うまでもないことのはずである。

検察官のこのような姿勢に対し、一審の弁護人は、

「検察官の主張は、ことさらに証拠を歪曲して、被告人風間の性格を捏造しようとするものであって、不当極まりないものである。」(『一審弁論要旨』p283)

と述べているが、これは、それだけにとどまらず、殺人に至るほどの「金や財産への異常な執着心」を捏造するための補強証拠として名前を挙げられているA・SD・MA・KKといった証言者に対する検察、またそれをそのまま追認する裁判所の背信行為でもあるのだ。この主張を補強するために検察官によって実名を出されている人達は、調書において誰も風間さんの生活や人間性に対する批判をしてはいない。このうち「愛犬ジャーナル」の発行人KK氏は、アフリカケンネルと10数年の付き合いがあったとのことだが、第96回公判に証人として出廷し、関根氏については「誇大妄想狂」「触らぬ神に祟りなし」と評する一方、風間さんと事件との関わりについて尋ねられると、次のように答えている。

「最後になりますけど、今回のこの裁判というのは、関根被告人に対しては4人の被害者に対する殺人と死体損壊、遺棄、風間被告人については3人に対する殺人および死体損壊、遺棄として裁判になってるんですよ。証人の目から見て、風間被告人が、例えば、自ら手を下して人を殺したりとか、又は、人を殺すことを共謀して、人に頼んだりとか、そういうようなことをした、できたりするような人間に映りますか。
  「いや、全く、うそだろうと思ってます。こういう事件が起こったとき、逮捕されたと聞いたときに。」
なんで、そういうふうに思いましたか。
  「だって、あれだけ犬が好きで、あれだけ一生懸命やって、人間、やりますかと。」
要するに、そういう生き物や動物に対する接し方を証人なりに見ていて、そんな、ましてや人を殺すなんてことは考えられない、そういう意味ですか。
  「はい、そういう意味です。」」(第一審 96回公判 平成12.3.9日)

私見になるが、上記の「いや、全く、うそだろうと思ってます。」という証言者の語調には、“そんなことはおかしくって、想像もできない”というかのようなニュアンスがたたえられているように感じたことを述べておきたい。
それからKK氏が、「必要なものはちゃんと必要なもので出してたですけど、無駄なお金はほとんど使わなかったです、私の知る限りでは。」と証言していることは前回紹介したとおりだが、KK氏の公判における尋問調書にはこの発言以外に風間さんの金銭感覚について述べている箇所はないところを見ると、検察はこの証言をも自らが主張する風間さんの「強い金銭への執着心」の補強証拠としているのである。KK氏に限らず、上記の証言者にとってはさぞ不本意なことであろうと思われる。

こうして何の証拠もなく検察官が風間さんを「財産・金銭への異常な執着心」の持ち主だと主張し、裁判官がこれを全面的に認めたことは、前回述べた、4月20日の事件当日に風間さんが雄犬の購入代金をアメリカへ送金した事実を判決文が黙殺・隠匿したことと密接な関連をもつ。証拠のほとんどないこの事件において、この送金は、風間さんと事件との関係を解明するために、また事件全体の真相に迫るために、ぜひとも慎重な審理が必要とされていたし、裁判所は判決においてこの事実に対する判断を具体的に示さなければならなかった。これは、この裁判でこれを審理せずして、いったい他に審理すべき何が残るだろうというほどに重大な事実のはずである。しかし、裁判所はそうすることができなかった。というのも、もし送金の事実を取り上げたならば、その時点でこれまで作り上げてきた事件の全構図がガラガラと音立てて壊れてしまうことが明らかだからだ。4月20日の送金について、弁護人は、下記のように主張している。

「(二) なお平成5年4月20日付の送金分はKWが注文したバードの代金である。/ところで、犬の繁殖のためにはオス、メスのつがいが必要であるところ、メスは何頭手元にいても子を産むので価値があるが、オスは犬舎に複数頭いても売却しない限り、餌代がかかるだけであって、繁殖業者にとってはマイナスであることは常識である。/ところでKが注文したオス(トレッカー)の代金は既に平成5年3月25日に送金済みであり、平成5年4月20日にKを殺害することを事前に共謀していたとすれば、右トレッカーの引き取り手はなく、万吉犬舎にはローデシアンのオス二頭(グローバー、トレッカー)が残ることとなる。/検察官の主張によれば、被告人風間は金に執着心が強く、金銭に細かい人間ということである。
そうした性格の被告人風間が事前にK殺害を共謀、しかも殺人動機が「金への強い執着心」であったとすれば、トレッカーをKWに渡せば済むことであり、K殺害当日の平成5年4月20日にKWが注文したバードの犬代金をわざわざ送金することはあり得ないと言える。/この事実からも被告人風間はK殺害について事前共謀がなかったことを物語っている。」(『一審弁論要旨』p78~79)

裁判所は、風間さんの「金銭への異常な執着」がKさん殺害の重大な動機という検察官の主張を認めているのだから、死刑という極刑を言い渡す者としての責任上、それも最低限の責任上、自らのその判定とは矛盾する4月20日の送金についてどんなことがあっても明確な判断を示さなければならなかったと考える。死刑という極刑もやむを得なかった、これだけの残忍な犯罪に対する刑罰としては死刑しかなかったのだと被告人をふくめた万人の前に自らの判決の正しさを示すためには、それが絶対的に必要とされていることは誰の目にも明らかであろう。しかし、そのようにしたら、今度は、「金銭への異常な執着心の持ち主」とのこれまでの自己の認定への再検討を迫られる。場合によってはその認定を取り消さなければならなくなる。殺人の動機そのものを否定しなければならなくなるかも知れない。そのために、送金自体を事実上なかったことにしてしまったのではないだろうか。目下のところ私はこの他に合理的推論の可能性を思いつかないのだが、するとこの裁判にとって真相究明の社会的使命はどうなるのだろう。またこの裁判官にとって裁判の中核である被告人の存在とその生命はどのように映っているのだろう。


控訴審の判決文が示した巧妙かつ不可解な判定

この問題に対して、控訴審の判決文は下記のような認識を示した。

「⑦(風間の弁護人及び風間)風間は,K事件の当日に,KWの依頼に基づいて高額の犬の購入代金を送っているが,関根との間にKを殺害する事前共謀があったのであれば,K用に注文していた犬をKWに回せば足りる道理であって,KW用の犬の代金を送るような無駄になることをするはずがない。したがって,この事実は風間が関根と事前に共謀していなかったことの証左である,というのである。
しかしながら,その主張は,そのようなことも可能であるという理屈にすぎない。同じ理屈が当てはまる関根が現にK殺害を実行しているのである。所論は理由がない。」(『控訴審判決文』p29)

上記の判決文の「その主張は,そのようなことも可能であるという理屈にすぎない。」および「同じ理屈が当てはまる関根が現にK殺害を実行しているのである。」という判定は、それぞれ別個の検討が必要とされていると思う。
まず、最初の「その主張は、そのようなことも可能であるという理屈にすぎない。」という判定だが、ここで「理屈」という単語はどのような意味をもって用いられているのだろうか? 「理屈にすぎない。」という言い方をしているところを見ると、裁判官がこれを、「正しい筋道」や「道理」という意味ではなく、まともにとりあわなくてもよい「こじつけの論理」と判断していると見て間違いないだろう。というのも、裁判において、「筋道の正しさ」や「道理」を、このように「…にすぎない」として放擲するような裁判官が存在するとも思えないからだが、「理屈」という言葉をこのように理解して上記の判決文を読むと(そもそもこのような場合に「理屈」という言葉の定義を明らかにしないで使用することが不適切なことはいうまでもないと思われるが…)、裁判官のこの判定は何とも異様に映る。

検察ももちろんそうだが、1・2審ともに、裁判所は、当時アフリカケンネルが資金繰りに苦しんでいて、元来金銭に執着心の強い風間さんが「Kに返す金などない」「やるしかない」と、650万円のキャンセル料返還を惜しんでKさん殺害を決行した、と認定しているのである。ついでに述べておくと、関根氏はKさんにキャンセル料を650万円支払うと申し入れたようだが、キャンセル対象の雄犬は450万円だったのだから、アフリカケンネルが資金繰りに困っていたのであれば、交渉次第で450万円の返還で済んだはずなのである。現にKさんの奥さんは、夫から「(関根氏から)キャンセル料として650万円と車をもらえることになった」と聞いたとき、「なぜ450万円でなく、650万円なのだろうと訝しんだ」と証言している。風間さんが真実事情を知っていてキャンセル料の支払いを惜しんだのなら、「やるしかない」という前に、650万円ではなく450万円に、あるいはそれ以下の値段で済ませられるような交渉を考えるのではないかと思えるが、それにしても、650万円を惜しんで殺人を強行するような人が、よりによってその殺害当日になぜ12000ドルもの大金を惜しげもなく懐から出すのだろうか? その他、運賃や検疫費に40万円要ることはすでに述べた。その上、行き場所がなくなるに決まっている犬をわざわざ購入すれば、引続き飼育代に出費が重なることになるのも分かりきっているのに。
判決文の上述の部分を読んでこのような疑問をもたない人間はまずいないのではないかと思われるが、すると裁判官はこれらの人もみな、「そのようなことも可能であるという理屈」を述べているのに過ぎないというのだろうか? だがこのような疑問が「理屈にすぎない」として排除されるのであれば、そもそも裁判とは何か、裁判所とはいったい何を審議することによって結論を出す場所なのかという基本的・根本的な疑念をおぼえないわけにはいかない。

次に、「同じ理屈が当てはまる関根が現にK殺害を実行しているのである。」という判定である。これもまた何とも不思議な判定に思える。まず「同じ理屈」という語句中の「同じ」とは、何を指しているのだろうか? 「理屈」の意味は、上記で検討したように、「風間がキャンセル料を惜しんで殺人におよんだというのなら、同時期に大金を溝に捨てるような無駄な送金をするはずがない。この送金は風間が殺害の事前共謀をしていないことの証左である。」という被告人・弁護人の主張を指していると思われる。しかし「同じ」という意味は不明である。ただこの言葉から、裁判官には風間さんが関根氏と事前共謀をしていたか否かを検討する意思がないらしいこと、すなわち関根氏もこの送金の事実を知っていたにちがいないと決めてかかっているらしいことだけは推測できる。そうでなければ、ここで「同じ」という言葉が出てくるはずがないと思われるからだが、そうであるならば、裁判官はどのようにして関根氏がこの日の送金の事実を知っていたのかという判断を示すべきであろう。

「被告人関根と被告人風間は、平成5年1月25日離婚し、被告人関根は、平成5年1月25日から同年3月中旬頃まで寄居の桜澤のアパートに引っ越して居住し、さらに同年3月中旬から同年5月連休前頃までは片品のY宅に引っ越して生活しており、ペットショップや万吉犬舎にはあまり出入りがなく、犬の注文等の連絡はほとんど電話によるものであり、あまり会話をする時間もなかった。」(『一審弁論要旨』p75)

上記のように、Kさん殺害事件当時、関根氏は片品のY氏宅に同居し、ここを店舗として雑誌に広告も出し、Y氏宅には犬売買の件に関する電話がかかってくるなど、ここで商行為を行なっていたことはY氏も認めている。アフリカケンネルの従業員Mさんの供述調書にも、離婚後の関根氏と風間さんの関係について、「前と生活パターンが、すっかり変わっておりました。」「(関根氏は犬舎に)2週間も姿を見せないことがあり、2日と続けて来ませんでした。」(甲第275号証)とあるように、このころ関根氏と風間さんの関係が疎遠だったことがうかがえる証拠はいくつもあるのだが、裁判官はこのことをまったく考慮に入れようとせず、黙殺している。

送金事実に関しての被告・弁護人の主張に対する、「その主張は,そのようなことも可能であるという理屈にすぎない。」、「同じ理屈が当てはまる関根が現にK殺害を実行しているのである。」という判決文からは、そもそも殺人の要因であったはずの風間さんの金銭への執着心はどうなったのか、この問いに対する答えが得られないことはたしかである。死刑判決が言い渡されるような重大な裁判において、判決文のこのような文章を見ると、真相解明への真率な情熱を欠き、白を黒と言いくるめるための高度に洗練された技術だけを見せられているようで、索漠とした思いにかられる。
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2009.07.30 Thu l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
裁判所の認定-Kさん殺害の理由の1 「アフリカケンネルは資金難に陥っていた」 が事実か否かを検証する

「埼玉愛犬家殺人事件」の風間博子さんは、先月6月5日の上告棄却、6月22日の判決訂正申し立ての棄却により、1・2審で宣告された殺人罪、死体損壊・遺棄罪による死刑が確定した。だがそれでも判決に対する疑念は消えない。判決文に死刑判決を言い渡すに足る明白な理由、根拠が一つでも見当たるかというと、とうていそうは思えないのだ。だから、今後も判決文を主とした裁判記録・資料を具体的に検討することによって、風間さんが殺害に関与したかどうかの考察を続けていきたい。まず、一連の事件のうち最初に発生した平成5年(93年)4月20日の「Kさん殺害事件」から、詳細を見ていくことにする。
なお、風間・関根の両氏ともに死刑が確定したので、二人とも法的身分としてはこれまでの「被告人」から「確定死刑囚」ということになるが、当ブログとしては、今回から、呼称をこれまでの「風間被告」を「風間さん」へ、「関根被告」を「関根氏」へと変更して記述する。


Kさんが関根被告と知り合ってからの経緯

被害者のKさんが関根氏と知り合ったのは、殺害される前年の平成4年(92年)7月ころであった。それまで飼っていたアラスカン・マラミュートが死んだため、同じ種類の犬をまた飼いたいと考えて家族とともに万吉犬舎を訪れ、アラスカン・マラミュート雄犬一頭を購入したことがきっかけであった。その後Kさんは犬の餌や道具を買ったりするために度々万吉犬舎を訪れるようになり、関根氏との親交を深めていった。
そんななか、同年の12月ころ、関根氏からローデシアン・リッジバック(南アフリカ産のライオンの狩猟用の犬)の購入を勧められたKさんは、「繁殖をやれば、この犬は日本には一頭もいないから必ず儲かる。」という関根氏の説明を聞いて、乗り気になったのだが、その経緯は判決文によると次のような次第であった。

「Kは、被告人関根から「自分は車を10台も持っているし、外車やヘリコプターも持っている。ぱちんこ屋も何軒も経営している。金も2トンもあるし、お金も沢山持っている。」などと途方もない嘘を吹き込まれていたことや、兄達から前記CC(注:勤務先の会社)の業績が不振でいつ会社が人手に渡るか分からないなどと聞かされており、この際独立して商売をやりたいと考えていたことなどから、次第に被告人関根の勧める犬の利殖話を信用し、平成5年2月8日ころには、被告人関根の勧めに従い、妻N子の反対を押し切って、ローデシアン・リッジバックの雌犬一頭を650万円で購入することを決め、N子に定期預金を解約させたりして金を準備させ、同月中旬ころまでに右650万円を被告人関根に支払った。

2 また、Kは、その後、被告人関根から右利殖話の一環として、更にローデシアン・リッジバックの雄犬一頭を450万円で購入するよう勧められ、これを妻N子に内緒で承諾し、その代金については自分の車を売却した代金と実母S子から借り受けた金員で賄うこととして、同月下旬ころまでに右450万円を被告人関根に支払った。

3 一方、被告人関根は、アフリカケンネルが以前から外国犬を仕入れていたアメリカ在住のT(同人はM貿易の名称で犬等の輸出業を営んでいた。)からローデシアン・リッジバックを購入してKに渡すことにし、被告人風間に頼んで、平成5年2月15日ころ7000ドル(当時の為替レートは1ドルが約122円)をTに送金して、雌のチャンピオン犬一頭(名称ルナ。代金5000ドル。円に換算すると約61万円)及びその娘に当たる子犬1頭(名称モカ。代金2000ドル。円に換算すると24万円余)を購入し、ルナは同月下旬に成田空港に到着した。しかし、Kは、当時N子や兄達から犬の繁殖計画に強く反対されたり被告人関根の言っている内容に不審な点があるなどと指摘されたりしたことから、被告人関根の勧めに従って繁殖の仕事をしようという気持と、もうこの計画は中止して2頭目の代金は返してもらおうという気持で揺れ動いており、そのころK方に来た被告人関根らとの間でN子も交えて話をした際には、2頭目の購入話はキャンセルして繁殖の仕事もしないと言ったりしたこともあったが、被告人関根は、実際には右Tに依頼して雄犬の購入のための準備をしている段階で、具体的な購入契約などはしておらず、もとよりキャンセルは自由にできるような状態であったのに、もうキャンセルはできないなどと主張し、その後しばらくしてKは結局被告人関根に説得される形で、以前からの話のとおり2頭目も購入して繁殖事業をすることになった。そして、同年3月10日ころ、ペットショップに行って前記ルナを受け取り、自宅に連れ帰ったが、その後数日してルナはK方から逃げ出して行方不明になってしまった。

4 その後、Kは、同年3月21日ころに至って、かねてからの知人で警察犬訓練学校を営んでいるYOのもとを訪れて、「ローデシアン・リッジバックの雄雌2頭を1100万円で購入したが、雌に逃げられて困っているので相談に乗ってほしい。」旨の話をするとともにローデシアン・リッジバックの客観的な値段を教えてほしいなどと頼んだため、YOが知人に電話を掛けてローデシアン・リッジバックの値段等を聞き、その場でKに対して、「価額は50万円が限度で、普通は2、30万円位で輸入できるらしい。」という趣旨の話を伝えたところ、これを聞いたKは激しいショックを受けるとともに、被告人関根に完全に騙されたと感じるようになり、帰宅して妻N子に被告人関根に対する怒りの気持を打ち明けるとともに、夫婦で相談した結果、逃げてしまった雌犬(ルナ)については諦めるしかないが、2頭目の購入話はキャンセルすることなどを決めた。

5 そこで、Kは、これまで被告人関根から2頭の犬の売買代金(1100万円)の領収証も貰っていなかったことから、確かに右金員を支払ったことを明らかにしておこうと考え、同年3月24日ころ、被告人関根に電話を掛けて右代金を受領していることを認めさせ、その会話内容を録音したりするとともに、同月末ころ、YOから聞いた前記のような話を伝えたところ、これに動揺した被告人関根は、その話は他人に口外しないように言ってKに口止めするとともに、どこかで一対一で会って話をしたいなどと言い出した。そして、同年4月15日ころ、被告人関根は、Kに電話して、その日の夕方、熊谷市内の喫茶店で、Kと会い(なお、Kは、この会合の少し前に、右YOから、更に、逃げたローデシアン・リッジバックの雌(ルナ)は5歳で繁殖には既に歳を取り過ぎており、値段も5万円か10万円位のものだと告げられていた。)、Kに対して、「犬の代金は現金650万円と車で返す。」旨約束するとともに、同人から早急な返済を求められたため、返済期限についても、「4月19日か20日ころには返す。」旨約束した。このため、Kは、犬の売買代金を右のような形で返してもらえるものと信じ込むに至った。」(『一審判決文』p25~31)

関根氏とKさんとの交渉場面に同席したのは風間さんではなく、いつもY氏だった

上記判決文に述べられている事の経過は、Kさんの奥さんや弟さんの公判廷での供述と照合しても大きな相違点はなく、ほぼ事実とみて間違いないと思われる。ただし、上記判決文の「3」における「K方に来た被告人関根らとの間でN子も交えて話をした際には」の中の「被告人関根ら」の「ら」に風間さんは含まれず、これは、共犯のY氏のことである(第一審31・32回公判におけるKさんの妻の証言)。判決文にはこのように誰を指しているのかが判然としない「ら」の多用が見られるので注意を要する。後にも述べるが、風間さんはKさんと接触したことはほとんどなく、この時もKさん宅を訪れてはいない。関根氏とKさんの交渉・交流場面に同席したのは常にY氏だったのである。風間さんが登場することはまったくない。
売買代金の領収証も受け取っていなかったというKさんが次第に関根氏に不信感をもつようになるのは必然の経緯であると思われ、関根氏の口先三寸の不実な商売のやり方がKさんへの対応に露骨に現れているにちがいないのだが、それでも、犬の売買における関根氏の売値のつけ方自体は、業界内の相場からすると特別に悪辣であるというほどではなかったという声もある。ローデシアン・リッジバックの単価についてKさんが告げられた「ローデシアン・リッジバックの雌(ルナ)は5歳で繁殖には既に歳を取り過ぎており、値段も5万円か10万円位のもの」というYO氏の話は正確であるとは言えなかったようである。現に風間さんが関根氏からの依頼でT氏に送金した額は、送金手数料や運送費や税、検疫費などの諸経費を含めると100万円ほどはかかっていると思われる。以下に一審公判廷(第96回公判)における「愛犬ジャーナル」誌のKK氏の証言を引用する。

「関根被告人がどのような商売のやり方をしていたか、その辺、証人として何か感じたものはありましたか。
  「いや、商売としては、犬の売買にしては、ものすごく上手だと思いました。」
上手というのは、どういう意味ですか。
  「いや、仕入値の割には高く売るっていうのは、商売としてはなかなか素晴らしいと思います。」
要するに、証人の言う上手という意味は、より高く犬を売ることができる能力がある、そういう意味ですか。
  「はい、そういうことです。」
買うほうからしたら、安い犬を高く売りつけられたら、たまったもんじゃないですね。
  「いやいや、当時は、バブルの全盛期は、関根さんぐらいのやつはかわいらしいもんだったです。あのぐらいの値段は。500万や600万の犬はざらに置いてましたから。」
ただ、500万、600万で、末端の消費者に売られる犬の原価っていうのは、通常どのぐらいか、証人はある程度、分かってましたか。
  「ある程度は分かってます。」
大体どのぐらいのものなんですか。5、6百で関根氏人が売ったと言われるような犬のもともとの原価。
  「大体200万ぐらいじゃないかと思いますけど。輸入犬で。」
それを5、6百で売るなんていうのは、ある意味じゃ、そんなに特異なことじゃない、常識的なことだと。
  「いや、我々の犬の業界では別に、珍しくも何でもありません。」」

さて、上述のように風間さんはKさんとはほとんど交流はなかった。そのあたりの事情を弁論要旨から抜粋して紹介する。

「1 被告人風間がK・A(以下Kという)を知った事情
被告人風間がKを知るに至ったのは平成4年夏頃、被告人関根が万吉犬舎においてKにアラスカンマラミュートを売り、その後Kの妻である同N子が、被告人関根が主宰するアラスカンマラミュートクラブに入会したことから、同女の名も知るようになった。/しかし被告人風間がKと顔を合わせたのはKが本石のペットショップを訪れた3回程度であり、N子については面識はない。

2 ローデシアン・リッジバッグの注文
被告人関根は平成4年夏ころ、アメリカにおいてMトレーディングという名称で犬の輸出業を営むTに自ら電話をして、ローデシアンを仕入れたい旨告げており、被告人風間もこれを後に知ったが、平成5年1月下旬頃被告人風間は被告人開根から、Kがメスのローデシアン(ルナ)を注文してきたので、輸入手続きをするよう指示され、被告人風間は前記Tに連絡して輸入の依頼をした。/しかし被告人風間は、この犬の取引についてはKとは一切話をしておらず、全く関与していない。/さらに、2月初句頃、Kがローデシアンのオスの注文をしたとして、被告人関根から輸入手続の指示を受けた被告人風間は、右同様にTに連絡して輸入手続を依頼した。/右ローデシアンのメスは、平成5年2月16日に代金をTに送金し、同年3月10日に検疫手続きを終えてKに引き渡され、同日ころまでに被告人風間は被告人関根からその代金として450万円を受領した。/なお被告人風間は、被告人関根とKがいくらで犬の売買をしたのかは、一切知らされていない。/しかし右ローデシアンのメスは引き渡されて数日後に、K方から逃げ出し、被告人風間はN子から電話で右事実を知らされることになった。/被告人風間がN子と話をしたのはこの時が初めてである。

3 Kからの犬の代金の返金要求について
前述したKからの注文によるローデシアンのオス(トレッカー)については、被告人風間は平成5年3月15日にTに注文し、3月25日に仕入れ代金の送金を行っていたが、その後被告人関根からKがオスの注文のキャンセルとメスの代金返済を求められていると聞かされた。/これに対して被告人風間は、犬の引き渡し後にメスが逃げたのはKの責任であるから450万円の返金には応じられないが、オスについては他に売却すればよいので、そのキャンセルには応じてもよい旨返答し、被告人関根もこれに同意していた。/従ってその後にKと被告人関根の間で犬のキャンセル、その他のことでトラブルがあったことは全く知らなかった。

4 なお被告人関根と被告人風間は、平成5年1月25日離婚し、被告人関根は、平成5年1月25日から同年3月中旬頃まで寄居の桜澤のアパートに引っ越して居住し、さらに同年3月中旬から同年5月連休前頃までは片品のY宅に引っ越して生活しており、ペットショップや万吉犬舎にはあまり出入りがなく、犬の注文等の連絡はほとんど電話によるものであり、あまり会話をする時間もなかった。/そしてKとの右キャンセルに関する話しは、被告人風間を経由することなく、直接行っていたようであり、被告人風間は全く知らない。」(『一審弁論要旨』p72~75)

検察が主張し、裁判所が認定する、風間さんが殺害に関与したという2つの理由・根拠

弁護人は上記のように主張しているが、しかし検察は風間さんが関根氏と共謀してKさん殺害を計画し、実行したと主張。ではその主張の根拠はどのようなものだったのかというと、論告は大別して以下の2点をあげている。

(1) アフリカケンネルは江南犬舎の建築費が嵩み、加えて折からの景気低迷により売上が落ちたことなどで、月々のローン返済にも事欠くほどの資金難に陥っていた。そのため被告人風間は、「Kに返す金などない」とキャンセル料の返還を拒絶し、「やるしかない」とKさん殺害を率先して企てた。

(2) 被告人両名は、およそ9年ほど前、昭和59年2月ころ、M・E(以下、「M」という。)を殺害し、その死体を解体して、知人のS・R(当時はA・R)に手伝わせて、万吉犬舎にてその死体を焼却し、遺棄するという事件を起こした。被告人風間は、このMの殺害及び死体損壊・遺棄をきっかけにして、被告人関根との関係を運命共同体と感じるようになった。その絆を深めるため自己の体に入れ墨を彫るようになり、以後、平成2年ころまでの間、断続的に入れ墨を彫り続け、仕事及び家庭生活の両面でも、被告人関根と一体化した日常生活を送るようになった。Kさん殺害事件は、このような関根・風間の「車の両輪」「一心同体」「運命共同体」の緊密な結びつきによって引き起こされた。

この検察主張に対する判決文の認定は以下のとおりである。

「1 被告人関根は、前述のとおり、Kに対して犬の利殖話を種にしてローデシアン・リッジバックの雌雄各一頭を合計1100万円で売り付け、その代金を受領するとともに雌犬を引き渡したが、やがてK側から、YOの話などからするとローデシアン・リッジバックの実際の値段は右の売買価格より遥かに安いのではないか、自分達を騙したのではないかなどと強硬に文句を言われ、雄犬の売買はキャンセルするから既に支払ったその代金を返還してほしいなどと要求されたことから、K側のこのような強硬な態度に困惑し、この際右のキャンセルの要求に応じようとも考えた。しかし、当時アフリカケンネルには金銭的余裕がなかった上、アフリカケンネルの資金を全部掌握管理していた被告人風間がそのような解決策に難色を示したことからこれを行うことは困難な状況にあった。被告人関根は、このような状況下で、このままKに金員を返還しないでいるとKの要求行動が激しくなるのは必至であるから、これを防ぐためKを殺害することになるのではないかなどと思ったりもするようになったものの、なお、被告人風間が了承してくれさえすれば、支払を約束しながらそのとおりには実行せずある程度のものを払っただけで最後はうやむやにするようなことも含めて、金銭を支払う方向での解決を図ろうとの考えを抱いていた。そして、被告人関根は、Kの要求に辟易としていたことから、同月15日ころには、一時しのぎのため、被告人風間の了承を得ておらず、したがって約束してもそのとおり実行できる当てがあったわけではないものの、Kに対して「犬の代金は現金650万円と車で返す。」との返済案を提示してKを喜ばせるとともに、その際同人から早期返済方を要求されたことから、行きがかり上返済期限についても「4月19日か20日ころには返す。」旨約束した。

2 被告人関根は、かねてKのキャンセル要求に応じて同人に金を返すことについて被告人風間が難色を示しているのは同被告人にK殺害を容認する気があるからであると思っていたが、被告人関根がKに提示した右返済案について被告人風間に話した際も、被告人風間は「Kに返還する金などない。」などと反応した。そして、右返済案が日限を切ったものであったことから、その対処策について二人で話し合ううち、「M(M・E、被告人関根らの知人で昭和59年ころ突如姿を消した人物)だって、殺してから10年も経つけど警察は迎えにも来ていない。日本は法治国家だから証拠がなければ逮捕されない。」との認識を共有し、こうなればKを誘き出して密かに毒殺した上、Yに手伝わせてKの死体を片品村の前記Y方に運び込み、同所で解体するなどした上で遺棄し殺害の証拠を隠滅してしまおうとの謀議を遂げるに至った。」(『一審判決文』p30~33)

「Kに売った犬(2頭で1100万円位)の件で、Kからキャンセルを要求されるとともに既に支払った代金を返還するよう強く迫られ、自分としてはこれに応じるしかないと思って風間にその金を出してくれるように頼んだが、「Kに返す金などない。」などと言われて断られた。風間は「やるしかない。自分も手伝うから。」などと言って、Kを殺害することを提案した。それで自分としては、最愛の妻である風間がそのように言い出したことなのでこれを承諾し、また風間の発案で殺害後の死体は解体してしまうことにした。また、風間が、「Yに頼んでKを絞め殺させればいい。」などと言ったので、Yを仲間に引き入れることにし、…」(『一審判決文』p111)

判決文は、上述にみる関根氏の証言を、下記のように「その限りにおいては十分信用できる」と述べて、風間さんの殺人共謀を認定した。

「関根はその後まもなく売買代金の返還に藉口してKを誘き出して同人を殺害するに至っているのであって、このことは、風間が右のような犬の代金返還という形で解決を図ることに強く反対したことを示唆しているのであり、「風間に相談したが、(Kに)返す金などないと言われた。」とする関根供述は、その限りにおいては十分信用できるものと考えられるのである。」(『一審判決文』p191)

しかし殺人の動機、理由を述べるのに、(1)のように会社の資金繰りに苦慮しての結果というのならその真偽・適否は別にして言わんとすることは当然理解できるが、(2)のごとく、「Mだって、殺してから10年も経つけど警察は迎えにも来ていない」などの、誰一人として起訴もされていない、したがって法廷において何らの証拠も出されず、立証もされていない関根氏の供述を、あたかも疑いの余地のない確実な出来事、周知の殺人事件ででもあるかのように判決文のなかに書き入れる裁判官のこの行為は実に突飛であり異様であると言えよう。論告は「被告人両名は、およそ9年ほど前、昭和59年2月ころ、M・Eを殺害し、…」と主張しているが、59年2月といえば、風間さんが幼い男の子を連れて前年の10月に関根氏と結婚してやっと3、4ケ月が過ぎたころ、知り合った時期(前年8月)から数えても半年しか経っていないころなのである。それまでごく普通の社会生活を営んでいたやや内気な、若い母親でもある二十代の女性が「やるしかない」といきなりMなる人物を殺害したというのだから、これは実に異様な話、摩訶不思議な話に思えるが、ともかく裁判所はここで検察官の主張どおり、二人でM殺害を実行したのだと述べ、そしてその事件以降、関根氏との関係を運命共同体と感じるようになった風間さんが、今回も「返す金などない」「やるしかない」と言ってKさん殺害を率先して共謀・実行した、と認定したのである。

これから、この(1)と(2)に関してできるだけ多方面から照射をあて、丁寧に見ていくことにする。

アフリカケンネルが資金繰りに困っていたというのは事実かどうか?

まず(1)から検討していきたい。判決文は当時アフリカケンネルが資金難に陥っていたと認定したが、事実は、決してそうではなかった。このことは一審弁論要旨に記載されている詳細な財務資料を見れば一目瞭然である。

「七 被告人両名の資産及びアフリカケンネルの経営状況

1 被告人両名は江南犬舎の用地を購入し、更に江南犬舎の建設代金を支払って預貯金が枯渇し、それが原因でKに犬代金を返還できず、殺害したと検察官は主張するが、事実は全く異なる。
江南犬舎の土地は、平成4年7月30日に金9620万円で売買契約を締結し、熊谷商工信用組合から金4000万円をローンで借り入れ、5620万円は自己資金を充てて支払っている。
その支払明細は次のとおりである。
平成4年7月30日に支払った頭金1000万円は、被告人風間が先物取引をしていたDF(注:株取引先の会社)ヘの預け保証金の返戻金で支払っている。(甲第285号証ページ7)
そして平成4年9月30日の自己資金の支払い分4620万円は東京相和銀行熊谷支店の定期預金等を解約して調達したものである。(甲第285号証ページ9)

2 次に江南建設への建築代金の支払いであるが、平成4年11月30日支払いの1000万円はY子(母)所有の須賀広の土地の売買代金にSS(注:アフリカケンネル従業員)にアラスカン(カイザー、フジ)を販売した代金を加えて1000万円として、定期預金担保の手貸しを返済し、右定期預金を解約して支払っている。(甲第285号証ページ11)
また平成4年12月支払いの2000万円は富山県在住のUへの金900万円の貸金返済金と郵便局の定期貯金の解約金をもって支払っている。

3 平成5年3月31日に本工事残金1340万円と追加工事代金650万円、合計2000万円を支払っている。
本工事残金1340万円の根拠は、江南建設が提出した見積代金の端数を切り上げた6200万円についてEが3割引きでやらすとの約束に基づき、4340万円となり、既払い金3000万円を差し引いた残金である。
そして右2000万円の内、1000万円は東京相和銀行の預金600万円を降ろし、また熊谷商工信用組合から400万円の預金を降ろして1000万円を調達し、定期預金を担保に熊谷商工信用組合から1000万円を借り入れ、合計2000万円を用意したものである。(甲第285号証平成5年ページ3)

4 またアフリカケンネルは平成5年3月1日株式会社となっている(甲第327号証)が、その資本金1000万円は、平成5年2月18日東京相和銀行を取扱店とする大東京火災海上保険、年金保険を解約して調達した金855万3180円に郵便局の財形貯蓄約400万円を解約して1000万円として資本金として積み、法人登記完了後の3月10日に現金化し、熊谷商工信用組合に新規の1000万円の定期預金を作っている。(甲第285号証平成5年ページ2、甲第295号証丁数281丁、同284丁、同285丁、同286丁)

5 そして甲第285号証末尾添付の関根元・風間博子関係金融機関預貯金月末残高一覧表平成5年ページ1、2を見ると、
平成5年1月        1191万2625円
平成5年2月        1112万3065円
平成5年3月        1515万9234円
平成5年4月        1522万3466円
平成5年5月        1546万9421円
平成5年6月        1555万2625円
平成5年7月        2001万7273円
平成5年8月        1686万8595円
の預貯金が保有されていることは明らかである。

6 他方甲第287号証末尾添付の関根元・風間博子関係借入金別返済予定額一覧表平成5年を見ると、月別の返済合計額は次のとおりである。
平成5年1月        50万3554円
平成5年2月        50万3536円
平成5年3月        61万6523円
平成5年4月        3万9889円
平成5年5月        64万7084円
平成5年6月        1031万3611円
ここで平成5年3月31日付1000万円の借入金は返済完了となっている。
平成5年7月        31万3566円
平成5年8月        34万2428円

7 そして甲第288号証末尾添付の関根元・風間博子関係月別必要経費一覧表平成5年ナンバー1、2記載の経費が支出されたとしても前記のとおり預金残高が大幅に減少した事実はなく、万吉犬舎、ペットショップの売り上げ収入で、十分法人経営及び個人の生活が成り立っていることが証明されている。
従って江南犬舎の土地購入、建築費の支払いによって預貯金が枯渇した事実は存在しない。」(『一審弁論要旨』p69~72)

検察は「被告人両名は、右土地を9600万円余で購入したものであり、購入代金中、約4000万円を熊谷商工信用組合からの借入、残金は預貯金等の自己資金により工面した上、同年9月までにその支払を済ませたが、これにより、預貯金がほとんど枯渇した」(『一審論告』p20)と述べているが、上記の預貯金表の残高により検察主張の「預貯金がほとんど枯渇した」という主張がまったくの虚偽であることが分かる。建築費用や月々のローンの支払いを済ませても、なお預貯金は常時1500万円前後を保持していたのである。検察は上記の虚偽としか言いようのない記載のあと、わざわざ( )を付して、

「なお右熊谷商工信用組合からの借入は江南町の土地を担保として住宅ローンを組んだが、約3500万円が返済できず、後に同土地の競売によってその回収の一部に当てられた」(『一審論告』p20)

と主張しているが、これもまた実質的には虚偽記載なのである。これは一審弁論要旨によると、下記のような事情ということである。

「また住宅ローンの返済ができず、江南犬舎が競売になったのは、被告人らが平成7年1月5日に逮捕され、それによって返済できなくなったものであり、返済金が枯渇したからではない。/またこの時期まで、月々のローンを遅滞したことは一度もない。」(『一審弁論要旨』p69~72)

一方、この件に対する判決文の認定は以下のとおりである。

「2 被告人両名は、平成4年秋ころまではアフリカケンネルの売上も順調だったことから、前記のとおり、新しい犬舎や自宅を建設することを計画し、その用地を確保するため同年9月末には被告人関根名義で江南町内の土地及びその地上の中古家屋を代金約9600万円で購入し、その代金は手持ち資金と右土地等を担保にして熊谷商工信用組合から借り受けた4000万円で支払い、更に被告人関根の以前からの知人で暴力団T組代行であるEの仲介により、地元の建設業者である株式会社江南建設(同社の代表取締役社長であるMはT組組長の元妻の弟で、Eとも親しい関係にあった。)に犬舎や自宅の建築を代金6191万円で請け負わせて、その工事を進め、請負代金として、同年12月までに3000万円、更に翌5年3月末に2000万円を支払った。そして、新犬舎等も一応完成を見たのであるが、他方で、このように多額の資金投入をしたことなどの影響で、アフリカケンネルの資金状態は悪化し、資金繰りに円滑を欠くようになった。」(『一審判決文』p22~23)

判決文は何を根拠にして「資金繰りに円滑を欠くようになった」といっているのだろうか? 下記の認定を見てみよう。

「同(熊谷商工信用)組合は右融資後の平成5年3月31日にアフリカケンネル宛てに1000万円を風間名義の定期預金を担保として同年4月10日返済の約定で貸し付けたが、売上金の回収遅れということで返済が遅延して結局同年6月3日に入金があり、その後同年7月7日に再び1000万円の融資申込がなされたため、やはり風間名義の定期預金を担保としてアフリカケンネル宛てに1000万円を貸し付けたが、これも売上金の回収遅れと資金繰りの窮迫ということで返済が遅延して6回にわたって期限延長のための手形書換がなされ、結局この借入金は平成6年2月に右定期預金を解約して返済されているのであり、このような事実からしても、アフリカケンネルがその主力金融機関である熊谷商工信用組合からの借入金を約定どおり返済できないほどに、資金面で苦労していた状況が如実に看て取れるのであって、経営は順調で資金繰りには特に困っていなかったなどという風間の前記弁解は、極めて不自然で、到底信用し難いというほかはない。」(『一審判決文』p193~194)

裁判官は、Kさん殺害の理由に「資金繰りの苦しさ」をあげているが、その「苦しさ」の実例として、預金通帳の名義人変更手続きにより、一時的に通帳が使えなくなった際の返済遅延の例を記述している

判決文はアフリカケンネルが資金に困窮していた根拠として、平成5年3月31日付の熊谷商工信用組合から借りた1000万円の返済が遅れた件を持ち出しているが、これは上述の(『一審弁論要旨』p69~72)「3」を見れば分かるように、江南犬舎の建築本工事および追加工事代金2000万円を支払うために、風間さんの定期預金を担保に熊谷商工信用組合から1000万円を借り入れた件を述べているのである。だがこれがどうだというのだろう。商売や事業をしている以上、事情によって2ケ月やそこらの返済遅延が生じるのは一般によくあることだし、このことが即資金繰りに困っていたということにはならない。現に6月3日に熊谷商工信用組合にこの借入金1000万円を返済した時、風間さん名義のアフリカケンネルの預貯金高約1500万円は減少していない。それもそのはずで、実際はこの時の返済遅れは資金繰りに困ってのことではなく、離婚によりアフリカケンネルの預金通帳の名義人をそれまでの関根氏から風間さんに書き換え申請をし、その手続きにより一時的に通帳が使えなくなったためなのである。裁判官はこのことをよく知っているはずではないのだろうか? また同年7月7日の借入金の返済遅延の件だが、この認定も大変奇妙である。平成5年7月の熊谷商工信用組合からの借入金といえば、下記の件になるのだが、借入に至るまでの経緯を次の弁論要旨で見てみたい。

「(五) また平成5年7月5日頃、被告人関根は江南犬舎に塀、門を造り、敷地のアスファルト工事を計画し、金融機関から融資を受けられればやる予定にしたが、融資が受けられず、被告人関根はEの紹介で、中央興業のYHを紹介され、Y子(母)の万平町の土地を担保に金1000万円を借りる話をまとめてきた。
被告人風間は、右工事のことは予定していなかったが、被告人関根があまりにも熱心であったので、母Y子から担保提供の了解を得て、平成5年7月5日、F司法書士事務所にYH、E、被告人風間、被告人関根、Y子(母)が行き、金1000万円(利息50万円を天引)の融資を受けたが、知らぬ間に右土地に極度額3000万円の根抵当権を設定されてしまった。
ところが翌日Y子(母)が、EがヤクザであることとYHの悪評を身内から聞き、1000万円をすぐに返済するので根抵当権を抹消したいと言いだし、2、3日後にYHに会って1000万円を返そうとしたが、YHは「Eに1000万円貸したのだ。それに1000万円では足りない。Eが借主だからあんたからは受け取れない」と言った。
そこでEを2、3日探して、やっと会ったところ、「俺が話してみる」と言い、少しして「話がついた。俺がYHに1000万円を待っていく」と言うので、Eに1000万円を渡した。
そして被告人風間はYHに対し、1000万円を返済したので根抵当権を抹消してくれと要求したところ、YHは「1000万円は受け取っていない。またEへの貸金もこの根抵当権で返す話なので金1000万円ではダメだ」と言い、登記の抹消に応じてもらえず、やむを得ず平成5年7月12日被告人らはYH、Eの名前を出し熊谷警察に本件を相談した。(甲第925号証、同926号証)
その後被告人風間は、具体的経緯はわからないが、Eより7月17日に金1000万円を待ってF司法書士事務所に来るよう連絡があり、被告人風間は熊谷商工信用組合から金1000万円を借り、平成5年7月17日F司法書士事務所へYH、E、被告人風間、被告人関根、Y子(母)が行き、金1000万円を支払って根抵当権を抹消し、すべて解決している。(『一審弁論要旨』p89~90)

裁判官は、Kさん殺害の理由に「資金繰りの苦しさ」をあげているが、その「苦しさ」の実例として、Kさん事件の2、3ヶ月後に発生した借入金の話を記述している

裁判資料を読んでいると上記のようなトラブルがいくつも出てくるが、これらの原因はいつも関根氏である。関根氏の思いつきのような身勝手な発想や行動に風間さんが振り回されているように見えるのだが、ここではそれはさておき、呆れるのは上記の判決にみられる裁判官の行為である。この出来事が発生したのは7月であり、4月20日のKさん殺害後数ヶ月が経ってからのことなのである。裁判官はKさん殺害の理由としてアフリカケンネルの経営難を挙げ、その実態を述べるのに、なぜこのようなKさん殺害事件の後に生じた借入金の話を持ち出すのだろうか? これではKさん殺害の理由になどならないのは誰の目にも明らかではないか。
事件発生に至るまでの資金繰りの苦しさの内実を列挙しようにも、アフリカケンネルの預貯金額は一定の線で安定している、従業員の給与支払をはじめとしてローン返済や燃料費などの経費の支払いにも滞りがない。何ら経営難の実情を見出せないので、こうして素知らぬふうをして事件発生後の借入金返済遅延の話を書き記したのではないのだろうか? さらにいえば、このような突発的な事情で借入金が発生したような場合、「手形書換」による返済遅延があったからといって、これが即経営難に結びつくとは限らないだろう。裁判所が「資金繰りの苦しさ」の証として挙げているのは、上述の2例だけである。これでは裁判所は、「判決文」ではなく「詐術文」を作成している、といわれても仕方ないのではないだろうか。

そもそも風間さんは、Kさんに売ったローデシアン犬の代金が雄と雌とで1100万円だったことを自分は知らなかったと述べている。関根氏から渡されたのは450万円であり、これが雌の代金だと信じ込んでいた、公判が始まりKさんの遺族などの証言をきいて初めて650万円だと知ったのだと主張している。これに対して、判決文は、

「Kに売った2頭の犬の各販売代金(1頭目の雌犬ルナが650万円、2頭目の雄犬トレッカーが450万円。)について、関根がいずれもそれを受領した日に風間に渡したと明言しているのに対し、風間は、公判廷においては、そのうちの450万円しか受け取ってないと弁解している。しかし、風間は捜査段階においては関根がいつも客に犬等を売ったその日のうちに売上代金を渡してくれていたことを明確に認めていたのである(乙74、78)。」(『一審判決文』p188)

と述べているのだが、捜査段階において風間さんがその日のうちに売上代金を渡されていたと供述したのは、そのように、つまり、「その日のうちに売上代金を渡してくれている」と信じこんでいたからだろう。「450万円しか受け取ってないと弁解している」とか、「風間は捜査段階においては関根がいつも客に犬等を売ったその日のうちに売上代金を渡してくれていたことを明確に認めていた」との裁判官の認定は論理の体をなしていず、実に奇妙である。これも詐術の一つではないだろうか。
関根氏が犬の売上代金をその中から幾らかを抜いた上で風間さんに渡していたことは、以下のように関根氏自身を例外として、多くの第三者が供述調書や公判廷で証言している。

1 関根氏供述
「私は、Kさんの場合に限らず、犬を売って受け取った代金は全てをその日の内に博子に渡しており、私が一部でも使い込んだということは一回もありませんでした。これは、断言できます。」(第一審 乙第64号証 検面調書)

2 Y氏供述および証言
○ 「関根の方法は、実際は80万円で売った犬の代金を、博子には嘘を言って50万円で売った事にしてその額を渡し、差額の30万円を自分の金として、女遊びの金に使っていた、という事をしていたのです。」
○ 「犬の売上金額を博子に対して嘘をついて、その差額を握っていた事が何度もあった。」(第一審 甲第561号証 員面調書)
○ ――そうすると、関根被告人が、少なくとも、一度もごまかしたことなく全額渡しているなんてことはうそですか。 との尋問に対し、「そんなことはあり得ないです。」(第二審 第11回公判、平成16年9月1日)

3 Mさん(注:アフリカケンネル従業員)証言
「例えば、20万円の犬を売ったとして、逆にわざと15万円でしか売れなかったというふうに(風間に)言ってあるという話を(関根から)聞いたことはあります。」(第一審 第49回公判、平成10年4月16日)

風間さんは単にこれらの事実を知らなかったと述べているのだ。裁判官は風間さんの主張を「弁解」として斥け、また第三者の目撃証言をも黙殺し、関根氏の「私が一部でも使い込んだということは一回もありませんでした。」という発言を信用し、認定しているのだが、これは判決文における下記のような関根評を見ると、不思議なことに思える。判決文はこう述べているのである。

「四 アフリカケンネルの営業実態及び被告人関根の虚言癖等
1 被告人両名が経営するアフリカケンネルは外国犬を輸入して繁殖販売することを営業の主力としていたが、特にアラスカン・マラミュートの繁殖販売に力を入れており、各地で開催されるドッグショーに出陳して度々入賞したりして同業者らから注目を集めるようになるとともに被告人関根はアラスカン・マラミュートの第一人者とも評されるようになっていったが、被告人関根は、だれかれ構わず、「俺はヘリコプターやヨットも沢山持っている。」「ぱちんこ屋も10軒は持っている。」「群馬のサファリパークは娘に経営させている。」「金を2トンも持っている。」などと、自分が桁外れの大事業家であるかのような途方もない嘘を言い触らしていた。また、被告人関根は、事業の成功者としてマスコミにも登場するようになったが、昭和63年9月に放映されたテレビ番組(タイトル名は「男のBEタイム」。評論家の猪瀬直樹が著名人と対談するというもの)に著名人物として出演した際には、番組の中で、「群馬の猿ヶ京に山を買って、そこにライオンやヒョウ、トラなど猛獣を48頭も飼っている。(自分は)それに餌を食べさせるために生きているようなものだ。」「アフリカには11年ほどいて動物保護指導員をやっていた。アフリカでライオンと向かい合ったことも何度もある。」「その後はアラスカに行って8年間一人で滞在し、クマやオオカミなどを身近に見ながら生活していた。」などととてつもない嘘を振り撒き、更に月刊誌「ペット経営」からの取材に応じて自己の経歴やアフリカケンネルの事業内容等について説明した際にも、「自分はアフリカに11年、アラスカに8年、シベリヤに2年いた。青年期からの半生を炎熱、酷寒の地で過ごした。」「サファリを経営し、トラやオオカミ、ライオン、ワニなどを飼っている。」「ヘリコプター3機、2億円以上の高級クルーザー2隻も持っている。」「鹿、牛などの生肉を常食として第四婦人まで愛域を広げ、正月にはファミリーと一堂に会して新年を祝っている。」「シマウマの血を体に塗りたくり、ライオンの群の中に突進し、瞬く間に牛一頭を白骨化しつつある15万匹の凶暴なピラニアが群遊する沼に素足で入り、英国BBC放送をして『ジャパニーズ・ターザン』と呼ばしめた。」「自分は兄弟姉妹には医者や弁護士がいる中で旧制浦和高校から京都大学に進学した。」「全国11か所に遊技場を経営している。」などと口から出任せの虚言を並べ立て、右雑誌の平成4年2月号にその旨の記事を掲載させた。(『一審判決文』p15~19)

関根氏の虚言癖は、上記判決文で述べられているような途方もない大風呂敷を広げるにとどまらず、すぐにばれてしまうに決まっているような嘘でも平然とつくという特徴も併せ持っている。古い友人からも「天性の嘘つき」と評される関根氏のこの性向が事件の鍵だと思われるので公判調書から以下に幾つか引用する。

平然と、見てきたような嘘を並べる関根証言の危険性

風間さんが関根氏と知り合ったのは、昭和58年(83年)の8月であった。弁論要旨によると、Aという男友達から誘われて熊谷市榎町にあったアフリカケンネルの犬舎を訪ね、それが初対面だったとのことである。このA氏が関根氏と知り合ったのは、風間さんの妹と一緒に荒川に遊びに行き、そこに犬を連れて散歩に来ていた関根氏と偶然会い、その日のうちに犬舎に遊びに行って以後親しく出入りするようになったそうである。関根氏は、下記のように、初めて会った風間さんが、その日のうちに1000万円の犬を注文したのだとビックリするような法廷証言をしている。

あなたが今記憶しているのは、Aとの出会いはどの機会だったんですか。
   「一緒に犬を買いに見えたときに、Aという人間を風間から紹介されました。」
風間から紹介されたの。
  「ええ。そうでないとAは知りませんでした。――不自然も何然もありません。(風間は)犬を買いに来て大っぷろしきを広げたんです。1000万の犬を。――」
初めてあなたの犬舎を訪ねたときに、1000万円くらいのアフガンハウンドを、正式に風間被告人は注文したんですか。
  「しました。だから、驚いたんです。――いや、注文をいただきまして、非常に犬のことをよく知ってまして、アメリカチャンピオンで現役、ナンバーワンの犬、色はブラックタン、黒とタンがあるやつ、黄色のやつです。タンが欲しいと。予算は1000万円だと。初めはすぐ払うという話から、頭金を500もらって犬が来たら、それで取り替えると、それでよろしいでしょうか、という話でありました。」(第一審 第78回公判 平成11年7月19日)

上記の関根証言はまるっきりデタラメなのである。A氏は、自分が風間さんを関根氏の犬舎に連れていったことを証言、初訪問の時に風間被告人がアフガンハウンドという犬を注文したのかという尋問に対しては「いや、そんな話は全然聞いてもないし、なかったです。」、また当時風間さんが輸入犬であるとか、大型犬であるとか、チャンピオン犬であるとかの犬の知識を持っていたかと尋ねられると、「当時は、まったくなかったと思います。」と答えている。(第一審 第97回公判 平成12年3月16日)

平成4年(92年)の暮れ、アフリカケンネルに税務調査が入ったということで、関根被告は「愛犬ジャーナル」のKK氏に弁護士を紹介してほしいとの依頼の電話を入れたそうである。KK氏は、下記のように証言している。

だれから、その話を聞いたんですか。
  「それは関根元さんから聞き、電話ありました。」
その話を、関根被告人が証人にしたわけですか。
  「ええ、私に連絡がありましたんで。」
どういう連絡がありましたか。
  「いや、税務調査が入ったという連絡だったんです。それで私、それじゃっていうんで、S弁護士をと御紹介したんです。」
ところで、税務調査に関しては、関根被告人からの連絡ということですけども、風間被告人のほうからは証人に相談があったり、なんか話をされたりということはありますか。
  「全く、ありません。」
  (それ以降も)「一切ないです。」(第一審 第96回公判 平成12年3月9日)

しかし、この弁護士依頼の件に関する関根氏の証言は次のとおりである。

そのS弁護士さんですが、どなたからか紹介をされたんでしょうか。
  「いや、私は全然知らないです。ただ、風間が、東京のその先生のところへ行くという話だったもんですから。」
「愛犬の友」という雑誌の、何か社長さんか経営者から紹介されたわけじゃないんですか。
  「後で、行っちゃってから、行く途中、そこに寄って、初めて分かったんです。」
  「いや、(私は)全然、そのジャーナルさんからは、そのS先生のお話は、一言も聞いていません。」
  「弁護士さんを世話するって話は聞いてません。弁護士さんとこへ行くときに突然、博子から、博子がそのKKさんち寄って、そのときに初めて、KKさんが紹介したという話を、博子から聞いただけであります。」(第一審 第79回公判 平成11年7月29日)

次は、江南犬舎落成パーティーに関する話である。関根氏の証言を尋問調書から引用する。

江南犬舎が新しくできたときに、あなたは派手にオープニングパーティーをやろうというような計画を立てた記憶はありませんか。江南の犬舎ですよ。
  「はぁ、覚えてません。」
派手にパーティーをやるということで、そのKKさんに楽団連れて来てくれと、そこで音楽を演奏して派手なパーティーやろうと、KKさんに頼んだことありませんか。
  「ありません。」「絶対ないです。」
それで、やったと言ってるんじゃないですよ。あなたがKKさんに頼んだか頼まないか、そのことを聞いてるんです。
  「はい。」 「先ほども言ったとおりです。私は頼んだことありません。」
  「断じて。」(第一審 第79回公判 平成11年7月29日)

上記の件についてのKK氏の証言は以下のとおりである。

江南犬舎が完成した後に、アフリカケネルとして、いわゆる江南犬舎の落成レセプション的なものをやるという話を聞いたことありますか。
  「あります。」
だれから聞きました。
  「関根さんから聞きました。」
  「(関根の依頼は)芸能人、呼んでくれっていう。歌い手さんを呼ぶという。」(第一審 第96回公判 平成12年3月9日)

関根氏の証言とは以上のように非常に危ういものなのである。二審の裁判官でさえ「K事件に関する関根の捜査段階における供述は、その供述経過及び内容を子細に検討するとき、当初、風間の関与を一切述べていなかったのに、次第に風間の関与について述べ始め、終わりころには風間が主導してKを殺害したと言い始め…」と認めないわけにはいかなかったほどなのだ。
風間さんの殺害関与に結びつく具体的な関根証言に関して、裁判所が、「その限度において、十分首肯できる」「その限りにおいて信用できる」「ともかく」などと、何ら明確な根拠を示すことなく関根証言を事実認定しているのは、危険であり、不当なことだと思う。

風間さんは「金銭への強い執着心」の持ち主か?

ちなみに風間さんがアフリカケンネルの会計を担当していたのは事実だが、その処理の方法は、実のところ下記のように極めて大雑把かつズサンであったようである。

「アフリカケンネルの税務申告は、ペットショップを開店した翌年の昭和63年から、被告人風間がH会計事務所に依頼するようになったが、その会計処理の方法は、売上げについては1年分をまとめてレポート用紙様のものに記載して提出し、領収証は1カ月毎のノートに貼付して、これを同様に提出するという程度の態様で、他に帳簿はペットショップの売上げ帳くらいで他にはなく、必要経費についてはおおむね固定していたから予測でき、また特別に購入する物品等については、資金的に余裕ができるまで購入しないという方法を取っていたから、特段の支障はなく、納税については税務署からの納入通知書に応じて支払いを行なっていた」旨供述する(第58、88回公判等)。(『一審弁論要旨』p274~275)

なお論告は、いたるところで、風間さんが「金銭に対する強い執着心の持ち主」だと主張している。たとえば、風間さんが知人のSD氏に運転してもらった車に乗っているとき、「あちらの道を通れば料金所を通らないですむからあちらを走って。」と話したことがあるそうなのである。公判廷の証言台でSD氏は、単に、風間は関根と違って無駄遣いはしない堅実な性格だと述べていることが証言の前後の文脈から明らかであると見えるにもかかわらず、その証言内容を検察官は論告で「金銭への強い執着」を示す一例だと主張する。また、風間さんの経営していたペットショップでは犬のシャンプーやカットなどのトリミングも行なっていたそうだが、ショー用カットとかプードル犬とか、また大型犬のアフガンハウンドとかピレネーなどの場合、あるいは体中に毛玉ができていたりして時間と技術を要するような犬の場合は、通常価格に1000円増しの料金をもらうというようなこともあったそうである。そのことをSD氏は風間さんから聞いたことがあるそうで、これも風間さんが万事派手で金遣いの荒い関根被告とは異質の性格であることや、地道で着実な生活ぶりの一端について語っているに過ぎないのに、検察官にかかると、これもまた金銭への執着の顕れになってしまうのである。また「愛犬ジャーナル」誌のKK氏は毎月ペットショップに広告代金の集金に行っていたそうであり、ドッグショーの会場で顔を合わせることも多かったことで風間さんの仕事ぶりに触れる機会多々あったようだが、公判での尋問中、風間さんの金銭感覚に関して尋ねられ、「必要なものはちゃんと必要なもので出してたですけど、無駄なお金はほとんど使わなかったです、私の知る限りでは。」と答えているのだが、実にこれも「異様な金銭欲」の根拠とされてしまっている。
これに対して、弁護人が

「本件は殺人事件であって、検察官の主張する、自分の懐に入った金銭に対する異常な執着心は、まさに殺人の動機として述べられているのであるが、右に述べた供述や証言程度で殺人の動機に価する金銭に対する異常な執着心が認められるとすれば、1円でも安い品物を求めてスーパーを選別する家庭の主婦は全て、殺人の動機とされてもおかしくない金銭に対する異常な執着心を持っていることになると考えられる。」(『一審弁論要旨』p284~285)

と皮肉たっぷりの見解で反駁しているのは至極もっともなことと思われる。

上記のような検察官主張を裁判官は全面的に承認して風間さんの殺害謀議・実行を認定しているのだから、ここでぜひとも裁判官に尋ねたいことがある。それは以下の事実に関する問題である。

Kさん殺害の当日、風間さんがアメリカへローデシアン・リッジバックの雄の代金を送金したことが意味するもの

犬の繁殖のためには雄、雌のつがいが必要だが、かといって手元に雄と雌が同じ頭数いなければならないわけではない。繁殖のためには子を産む雌は何頭いても価値があるが、雄は一頭いれば十分なわけである。複数頭いても、餌代がかかり、飼育や管理に世話がやけるだけで、繁殖業者にとってメリットはない。そして当時アフリカケンネルの犬舎にはその数ヶ月前に購入したグローバーという名のローデシアン・リッジバックのオスがいたのである。だから犬舎にとって新たなローデシアン・リッジバックの雄などまったく必要としていない状態であった。このことをまず確認しておきたい。

風間さんが関根氏の依頼をうけて被害者のKさんが注文したローデシアン・リッジバックの雄(トレッカー)の代金をアメリカ在住の業者T氏に送金したのは(平成5年)3月25日だった。この犬は4月5日に日本に到着、4月23日には検疫明けで、Kさんに引き渡される予定であった。Kさんが殺害されたのはその3日前の4月20日の夜である。ところが、風間さんはまさにこの日、4月20日の午前中に別の顧客であるKW氏が注文した同じくローデシアン・リッジバックの雄(バード)の代金を新たにT氏あてに送金しているのだ。送金額は12000ドルであった。もしこの時、この夜のKさん殺害を風間さんが承知していたのなら、23日にKさんに渡すはずの雄犬(トレッカー)が飼い主であるKさんの死によって宙に浮くことは当然念頭にあったはずであり、その犬を新たな注文主のKW氏に渡せば万事合理的であることは認識していたはずである。したがってこの日に送金などするはずがないと思われる。まして「異常な金銭への執着をもつ」風間さんなのだとしたら、なおさらのはずである。
風間さんも弁護人も、このことを法廷や趣意書などで繰り返し述べている。だが、信じがたいことに、裁判所はこの重要な事実を判決文で一切取り上げていない。

風間さんは控訴審の『答弁書に対する反論』において、4月20日に送金したオス犬(バード)には、12000ドル(約135万円。代金と送金手数料)の他に運賃、税金、検疫代などがかかり、計175万円程を要したと述べている。その日のKさん殺害を知っていて、否、殺害を決意していてこのような送金をしたのなら、大金を溝に捨てるも同然ではないか。実際、Kさんが死亡したことにより行き場がなくなったこの犬は、被告人たちの逮捕までずっとアフリカケンネルの犬舎でただ飼育されていたことを風間さんは同上『答弁書に対する反論』で明らかにしている。

裁判官は、関根氏の勧誘でKさんが買ったローデシアン・リッジバックの雌犬の送金については、前に述べたことだが、判決文において

「平成5年2月15日ころ7000ドル(当時の為替レートは1ドルが約122円)をTに送金して、雌のチャンピオン犬一頭(名称ルナ。代金5000ドル。円に換算すると約61万円)及びその娘に当たる子犬1頭(名称モカ。代金2000ドル。円に換算すると24万円余)を購入し、ルナは同月下旬に成田空港に到着した。」 (『一審判決文』p26~27)

と犬の値段のみならず経過をも子細に記している(ただ、ここで判決文が犬代金以外の手数料や運賃や税などの必要経費について触れていないことには注意を払うべきだと思う。)。それなのに、事件の真相解明のためにはいっそう重大だと思われる4月20日、すなわちKさん殺害の日の送金については一切言及していないのである。

なぜだろうか。率直にいって私は下記の理由しか考えることができなかった。
すなわち、2月15日(ころ)の送金のケースは、犬の仕入値と売値の差が大きく、アフリカケンネルが阿漕な商売をしていたことだけでなく、そのことを送金行為を通して風間さんも明確に承知していたことを示唆し、強調できるのである。一方、4月20日の送金は、前の分より高額であることもさりながら、何より、風間さんが関根氏と謀議をなしてはいなかった、Kさん殺害計画を知らなかったことの証左になるかも知れないきわめて重要な事実なのである。裁判官ははたしてそのように考えなかったのだろうか? この件は判決にあたり少なくとも四方八方からの十全な吟味・検討が不可欠な問題のはずである。なのに、裁判官は隠匿してしまった。この行為は裁判官として、これだけは絶対にやってはならないというべき重大な不正ではないだろうか。これでは被告人は防御のしようがなく、救われる余地がどこにもなくなる。
2009.07.19 Sun l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (1) トラックバック (0) l top
被告人の父母の身上、経歴を自らの手で書き換え、被告人および事件の印象操作を行なう裁判官

一審判決文には、事件自体に関する事実認定の矛盾や疑問だけではなく、かりにも裁判官という職業に従事している以上、まず間違えるはずがないと思われる被告人の「身上、経歴等」の項目においてすでに見過ごすことのできない大きな誤りが見られる。
判決はまず「主文」で「被告人両名をそれぞれ死刑に処する。」と宣告し、次に「理由」と続くのだが、その第一章は、「背景事情」であり、「一 被告人の身上、経歴等」である。
関根・風間の二人の被告人のうち、関根被告の身上に関する記載は、単に出生地の県名・町名が記されているだけで、他には何の記載もない。だが、風間被告については、両親-特に父親の職歴などの経歴が以下のように述べられている。

「なお、被告人風間の父母は、昭和53年ころ土地家屋調査士をしていたMIの養子となってM姓となるとともに熊谷市万平町のM夫婦の自宅に同居し、父Hが養父の仕事を引き継ぐ形で土地家屋調査士として働くようになったが、その後しばらくしてM夫婦が相次いで病死したため、HとY子が右居宅およびその敷地、同市佐谷田の土地建物等を相続取得した。」(『一審判決文』p4)

判決文のなかで風間被告の父母の経歴が言及されたのには、たしかに相応の理由がある。風間被告の実家の土地・家屋が3件の事件のうち2度目に発生したE・W事件の遠因となったという事情が存在するからだ。だから判決文が、事件とは無関係の両親の経歴に言及したことは、もしその記述が正確であるならば、一応の理解はできる。ところが、上記の記載事実はことごとく誤りなのである。裁判所は法廷に証拠も証言も何ら提示されていない事柄をなぜか勝手に事実として認定しているのだ。
まず風間被告の父母の養子縁組の時期であるが、判決文はこれを「昭和53年ころ」と記載しているが、事実は「昭和52年1月26日」である。このことは、裁判で証拠採用されている登記簿ではっきりしている。また検察官も論告で「なお、被告人風間の両親は、同(昭和)52年1月にMI夫婦と養子縁組したことから、M姓となっている。」と正確に記している。裁判所はこんな簡単なことさえ正確に記述していないのだが、問題は、「昭和52年1月26日」を「昭和53年ころ」と判決文に書き記すということは、どういうことなのか、単なる記憶違い、単なる誤記、ということですませられることかどうかということである。養子縁組の日時だけではない。上記の一かたまりの認定全体が間違っているのだ。このような過失が現実に生じうるだろうか? 判決文作成にあたっては当然、登記簿、法廷証言などの証拠書類は身辺に揃えられているはずである。裁判官は3人もいる。事務官もいるだろう。このような記述においては、事の性質上、正確に記述することのほうが断然たやすく、誤ることははるかに難しいのではないだろうか。

この認定に関する養子縁組以外の過誤については、風間被告の母・Y子さんの一審法廷における証言を見ることで確認したい。以下に、第95回 平成12年(2000年)2月28日の速記録から転載する。

「(MIの夫婦養子をした)当時の健康状態はどうだったんでしょう。
  「病院に出たり入ったりの状態でした。」
他方、養母さんのUさんは、どういう状態だったんですか。
  「ぼけてました。痴呆症というんでしょうか、今の。」
養子になられて、生活状態というのはどうだったんですか。
  「前より苦しくなりました。」
どういうことで苦しくなったんですか。
  「おじいちゃんの入院費が高かったものですから。」
養子に入られた当時、もうIさんは、土地家屋調査士の仕事はやっていなかった状態ですか。
  「はい、やってません。もう体が弱くて、病院出たり入ったりでした。」
ちょっと質問もう一度しますね。消防署を辞めたのは突然で。
  「はい、商売始めたのもその引続きというか、商売始めたくて消防署を辞めたものですから、すぐもうその前に、自分で事務所借りてまして。」
自分で最初から独立してやった。
  「はい。」
養子縁組後に、証人御夫婦はどこに住まわれたんですか。
  「万平町というとこです。」
それから、養父母さんはどこに住まわれていたんですか。
  「佐谷田というとこです。」
(I死亡は)何年ごろか記憶にありますか。
  「(昭和)50…5年でしょうか。」
(養母死亡は)何年ぐらいか記憶ありますか。
  「はい、2年後ですから、57年だと思います。」
養父母さんが亡くなられて、当然相続という問題が起こったと思いますが、相続はされましたね。
  「はい。」
どういう相続財産があったか記憶にありますか。
  「その佐谷田に、土地と家屋がありました。」
佐谷田の土地と家屋、それが相続財産ですか。
  「はい。」
それだけですか。
  「はい。」
(大原の土地と建物)これは相続とは関係ないものですね。
  「はい、そうです。」
(万吉の土地と建物)これも、御主人が働いたお金で取得したものと。
  「はい、そうです。」
それから、須賀広という地名にある土地、最終的には処分されてるんですが、これも御主人が最初に取得したものなんですか。
  「はい、そうです。」
それを、御主人が亡くなった後、証人が相続したと。
 「はい」
これも(養父母の)相続と関係ないですね。
 「はい。」
それから、ちょっと地名、地番が分からないんですが、関係者の証言、供述の中に出てくる、産業廃棄物を不法投棄された土地というのがあるんですが、それは御存じですか。
  「はい。」
これも、もともとは、証人の夫のHさんが取得したものですか。
  「はい、そうです。」
 ところで、博子さんが生まれたころのことですが、どちらに住まわれていました。
  「熊谷市本町というとこにいました。」
当時は持家ですか、借家ですか。
  「借家でした。」
その後、その本町の借家はどうなりましたか。
  「後で一生懸命働いて、買い取りました。」
いつごろか記憶にありますか。
  「そうですね、K子(妹)が生まれる(昭和38年)少し前です。」
(夫Hが)どこかに通ってるというようなことはありませんでしたか。
  「はい、熊谷に立正大学というのができまして、大学ができたものですから、そこの夜間に通ってました。」
立正大学以外に、通ったところはありませんでしたか。
  「早稲田にも行きました。」
早稲田大学ですか。
 「はい。」
それも夜間部ですか。
 「はい、そうです。勤めながらですから。」
  「その当時は、何のためにこんなに勉強するのかなと思ってましたけど、後になりまして、土地家屋調査士という免許取りまして商売始めたものですから、そのために一生懸命勉強したんだなと思いました。

上記の証言および証拠採用された各種登記簿と照らし合わせると、下記の事実が確認できる。
① 夫婦養子になったのは昭和52年1月26日。
② 万平町に同居はしていない。
③ 父Hは養父の仕事を引き継ぐ形で土地家屋調査士として働くようになったのではない。苦学して独力で土地家屋調査士の資格を取り、養父とは無関係に独立して仕事をしていた。
④ 養父Iが死亡したのは昭和55年7月、養母Uの死亡は昭和57年7月であり、養子縁組後、すぐに養父母が死亡したわけではない。風間被告の両親にとっては養父母の介護に従事する日々が存在した。
⑤ 養父母が病死したため、佐谷田の土地建物等を相続取得したのではなく、その生前から父母の名義として登記されていた。
⑥ 大原の土地と建物、万吉の土地と建物、須賀広の土地、産業廃棄物を不法投棄されたという揚井の土地、熊谷市本町の家屋など、財産のほとんどは父親の働きによって取得したものである。

風間被告は控訴趣意書で「原判決が与えるイメージ」と題して、裁判所のこの認定に対して次のように反論・抗議している。

「証拠として採用しております、登記簿謄本や証言、そして論告といったものをきちんと検証していただき、判決書を作成していただけたなら、上記事実は誤りようのないもの、と思われます。
 又、被告人の身上経歴に何故父や母の身上経歴が必要なのでございましょうか。しかも、この様に捏造して判示いたしますのは、公正な裁判官の職務を甚だ逸脱した悪意に満ちた行為ではないでしょうか。
 この判示によって傍聴人達は、養父母達の死期間近になってから養子縁組し、入り込み、数々の土地・建物を乗っ取ってしまったごとく印象を持ったことでありましょう。
 これにより、本来、関根やEらによる数々の財産乗っ取り計画の事実により、被害者の立場である被告人の状態も、この判示を聞いた人から見れば、元々がただで手に入れたものだから、と思えることでありましょう。更には、ただで苦労をせず取得したものへの執着の為、本件殺害に及んだとのイメージを持たれるかも知れません。
 いや、亡き父が汗水流し取得してきた財産ではない、と故意に捏造作文したことは、被告人に対する被害者像を薄れさせ、同情が集まることを防ぐべく、不実の判示工作をしたのかもしれません。」(風間博子『控訴趣意書』p266)

「傍聴人達は、養父母達の死期間近になってから養子縁組し、入り込み、数々の土地・建物を乗っ取ってしまったごとく印象を持ったことでありましょう。」「ただで苦労をせず取得したものへの執着」「亡き父が汗水流し取得してきた財産ではない」というイメージをこの判決文が広く社会に、人々の意識に植え付けるであろうという風間被告の危惧も嘆きも現実のものになっていると思われる。たとえば、『埼玉愛犬家連続殺人事件』(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9F%BC%E7%8E%89%E6%84%9B%E7%8A%AC%E5%AE%B6%E9%80%A3%E7%B6%9A%E6%AE%BA%E4%BA%BA%E4%BA%8B%E4%BB%B6には、
「Y子(注・風間被告のこと。以下同)の実家が資産家[1]であることから、X(注・関根被告のこと。以下同)が財産目当てに結婚したとも言われている。」との文面があり、その脚注[1] には「正確には、Y子の両親が資産家夫婦と養子縁組していたことによる。XとY子が結婚した時には、資産家夫婦やY子の父親は既に他界しており、Y子の母親が遺産を相続していた」との誤情報が記載されている。

かりに裁判官が「単なる誤記である」とか「捏造の意図はなかった」と弁明したとしても、現実に判決文はこの記事のような現象、結果を生み出しているのである。そもそもこのような誤認定につながる情報を裁判官はどこから得たのだろう。法廷に提出された謄本などの公文書にも、証言にも現れていない、そして検察官でさえこのような主張はしていないのだから、裁判官が自らの頭脳で作り出した、即ち「捏造」したという以外に解釈のしようがないように思える。とりわけ、「昭和52年1月26日」をわざわざ「昭和53年ころ」と記述していることには、背筋が冷たくなるほどの思惑や悪意を感じないわけにはいかない。「父Hが養父の仕事を引き継ぐ形で土地家屋調査士として働くようになったが、その後しばらくしてM夫婦が相次いで病死した…」という事実認定が虚偽ならば、この自らの虚偽認定を糊塗して正当なものに見せるために、できるだけ養子縁組の日付を遅くして養父母の死去との間隔を縮めたかったのではないか。「養父母達の死期間近になってから養子縁組し」という風間被告が憤っていう、まさにそのイメージを作り出すために。…これが裁判官のやることだろうか? またこれが「裁判」といえるような代物だろうか?

裁判官のこのような行為は、対象の被告人が冤罪であろうと、または有実であろうと、そのことには一切関わりなく、その被告人に精神が破壊してもおかしくないほどの絶望的打撃を与えるのではないだろうか。どんな人間にとってもこのような悪意は耐えがたいものにちがいないが、まして被告人の場合、その多くは道に踏み迷ったからこそこの場にいるケースが多いのではないかと思われるから、なおさらそうではないかと想像し、推測する。

事件に関する事実認定ならば、第三者である法廷の傍聴人も、また外にいて判決文を読む者も、検察官の論告や弁護人の弁論などと照らし合わせた上で、判決文の検証は可能である。だが、事件とは無関係の被告人の身上、経歴については、裁判官の認定を信用するしかない。そのようなことに第三者の視線がどうしていくだろうか。そんな項目でまさか裁判官が虚偽を述べているとは誰も考えないのである。今回も、もし風間被告が「控訴趣意書」で強い抗議の意向を示さなかったならば、私なども全く気づかずに通りすぎていたに違いない。そして、『ウィキペディア』の、「実家は資産家、でもその資産は両親が資産家夫婦と養子縁組して得たもの」といわんばかりの記述をそのまま意識に刻みこんでいた可能性が高い。だが、納税者の税金によって禄を食む公務員である裁判官としては、このような行為は納税者・市民に対する重大な背信行為でもあるだろう。

何度も書いたことだが、風間被告が殺害に関与したという物的証拠は何もない。共犯者の供述調書だけが頼みの綱なのである。そのことを百も承知の裁判官は、それでもどうにかして風間被告が殺害に関与し、実行したという認定に持ち込むべく、この虚偽記載は、そのための周到な準備の一環だったのではないかということがどうしても疑われる。
2009.07.04 Sat l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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