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3.風間さんの長男への関根氏の暴力

検察や裁判所の主張する「車の両輪」説が強引さや筋違いの無理を感じさせる理由の一つに、結婚3年目ころから始まった風間さんの連れ子である長男に対する関根氏の日常的な暴力や暴言の存在がある。風間さんは控訴審の公判廷で関根氏と結婚した理由についてきかれ、「アフリカケンネルのこともあったが、明るくて力強く、当時4歳の、自分の子供のFくんにも優しかったから、いい父親になってくれると思った。」と答えている。昭和57年(82年)に長男をひきとって離婚した後、風間さんには息子によい父親を与えたいという思いがつよかったようで、そのことは「Fくん本人は父親がいなくて寂しいとは思わなかったようだが、自分がどうしても息子にいい父親をつけたかった」などの供述の端々から如実に感じられることである(「アフリカケンネルのこともあったが…」という上記の発言の真意は、もともと動物好きだった風間さんにはアフリカケンネルの仕事も魅力があったということだと思われる。)。そのような過程で結婚生活に入った風間さんにとって、関根氏の息子への暴言や暴力は、その乱脈な女性関係などへの違和感ともあいまって、次第に関根氏から気持ちを引き剥がしていくものであった。風間さんは第一審の公判廷で「(時がたつにつれ関根氏に対して)自分やFに対する関心が薄れてくれれば良いと思うようになっていった」(第58回公判)と述べている。
風間さんは平成4年(1992年)暮れ、アフリカケンネルに税務調査が入った際、弁護士から「離婚をして不動産名義を被告人風間に移し、被告人関根は県外へ一端出て、別居したほうがいい」(一審弁論要旨)との進言をうけ、これを奇貨として関根氏と離婚することができたのだが、このとき潜在的にもっていた「怒らせると何をされるか分からない」という関根氏への恐怖心(風間さんは日頃関根氏から「ただで別れられると思うな」と言われていたとも供述している。)を撥ねのけて、「離婚してください」と切り出せたのは、税務調査の直後の平成5年1月に長男への激しい暴力沙汰が発生したためで、この時「このままでは息子が殺される」「今のままでは息子をだめにしてしまう」(第一審第58回公判・控訴審第12回公判)とのつよい危機感をもったためだったという。


検察官のあきれた主張

この件について、論告文は次のように主張している。

「被告人風間は、被告人関根が、被告人風間のいわゆる連れ子であるFを疎んじ、特に、平成5年1月ころにFが自宅の現金を持ち出したことで激怒し、Fに対し重傷を負わせるほどの暴行を加えたことが離婚にふみきった原因である旨供述しているが(第58回公判における供述)、 Fは、右暴行について明確に記憶していないとのことであり(証人Fの証言、なお同証人は、被告人風間が主張している、階段から落とされたり玄関先で裸で正座させられたりコンクリートブロックを載せられたとの被告人関根による暴行の事実を明確に否定している)、 その暴行の一部を目撃したY子(注:風間さんの母。Fの祖母)も、さほどの暴行でなかった旨述べている(証人Y子の証言)。しかも、Fとしては、右現金持ち出しの際、被告人関根が加えた暴行よりも、被告人風間が怒ったことの方を良く記憶しているとのことであるから、被告人風間の前記供述は信用できない。」 (『一審論告』p271~272)

あきれた言い分であるとしかいいようがない。検察官は風間さんの母親や長男の証言を明白に歪曲している。「Fは、右暴行について明確に記憶していないとのことであり」、「階段から落とされたり玄関先で裸で正座させられたりコンクリートブロックを載せられたとの被告人関根による暴行の事実を明確に否定している」との検察の主張だが、長男(F)は、このような暴行を受けたのは事実だが、それはこの時ではなく、別の時だったと思う、と述べているのである。関根氏からどんな暴力を受けてきたかについて、彼は、控訴審の公判で下記のように証言している。

「関根に殴られたのは 何回?
  「分からないくらい多かった。(略)平手、げんこつ、木刀、いろいろ。」
橋から落とされそうになったのは 何回?
  「1回。押されたが手すりに掴まったので落ちなかった。」
刃物で手を切られそうになったのは いつ どこで?
  「中学の頃、万吉の犬舎で。(略)まな板に手をのせて、包丁で2、3回。なんとか手を引っ込めた。 」」

一審弁護人の主張

次に、上記の検察官論告に対する一審弁護人の反論を引用する。

「(1)まず、検察官が摘示する被告人風間のFの暴行後の状態についての供述は「一週間ぐらいは体を動かすのも大変なような感じでしたけど、そんなそぶりを見せれば、どう言われるか分かってた子ですから、見せませんでした」と供述し(第58回公判)、重傷とのことばは使っていない。
一方、Y子(注:風間さんの母)の証言では、被告人関根のFへの暴行について以下の通り証言されている。すなわち、「ぶったりけったり元さんがやっていました。その程度はひどかった。Fは廊下の上に倒れて縮こまり、手を顔に回して体を小さくしていた。Y子は止めにも入れなかったことから、ただおろおろしており、いたたまれずにお勝手の方に席を外した。殴ったり、けったりしていた時はドスンドスンと音がしていたので相当ひどかったと思う。/被告人関根の『ばかやろう』という声、被告人風間の『もうやめて』と言った声は聞いたと思うが、Fの声は余り聞こえなかった。」 検察官によれば、このように証言された被告人関根の暴行はさほどの暴行ではなかったということでまとめられている。
検察官の暴行の激しさの程度に対する基準は不明であるが、弁護人としては、右証言にある暴行は、優に激しい暴行、かなりひどい暴行ということができると考える。
ところで、検察官が全面的に信頼を寄せているY(注:共犯のY氏)の捜査段階の供述によれば「被告人関根は、博子の連れ子である男の子を異常なまでに嫌っていたのです。私がその事を感じましたのは、時期の記憶はありませんが、その男の子が家からお金を盗み出した事が被告人関根に判って、顔に傷が何ケ所もできる位メチャメチャに殴られた事があり、その事をドッグショーに集まった仲間に言い触らし、親子とは思えない言動をしていたのです。私にはその子は被告人関根のことを憎んでいると思うし、今回被告人関根が逮捕されて喜んでいるのではないかと真に思うのです」と述べている(甲第554号証)。
右Yの供述は、Fが被告人風間の連れ子であり、お金を盗み出したことを理由として被告人関根の暴行が行われていることから、右Y子の述べる被告人関根のFへの暴行と一致し、信用できると考えられるが、右に述べた通り、Yはメチャメチャに殴られていたFはそのような被告人関根を憎んでいると思う、被告人関根が逮捕されて喜んでいると思うと述べているのであって、右の暴行態様(激しさ)が被告人関根の逮捕を喜ぶまでの憎しみをFに生じさせているとYに感じさせていることは明らかである。
(2)証人Fは、「同人が現金を持ち出したことによって被告人関根から暴行を受けたことについて、殴られたとは思うが頻繁にやられていたんで、そのときもやられたかどうか詳しく覚えてない」旨証言している。(略)
ところで同人によれば頻繁にとは毎日のように殴られていたとのことであり、さらに同人によれば、当時通学していた塾の教師の面前で被告人関根に殴打されたことも覚えていないとのことである。
しかし、同塾の教師であるMSの答申書(甲第983号証)によれば、平成5年2月より前のこととして、Fが同塾をずる休みしていた事が被告人関根にわかり、被告人関根が凄い剣幕でFの顔を2~3回拳で殴り、殴られたFはふっとんでしまったとのことであり、このような暴行は通常では容易に忘れ去ることのできないできごとであるはずである。にもかかわらず、Fはこれを覚えていないというのである。
右事実から考えられるのは、暴行が毎日のようにあまりに頻繁に繰り返されるため、暴行される側であるFとしては、暴行態様が極めて特異なものでない限りはあまり記憶にとどめていないということである。(略)
(3)被告人風間にとってFは「やさしくて思いやりのある子で、被告人風間の人生が波立ってきたころからずっと一緒にいた子ですから、親子というよりも同士という感じ、むしろFの方が被告人風間にとって保護者のような感じもあった」旨供述している。
また、被告人風間はFの証人尋問の時には時折涙を流し、Fが証言している時は涙ぐみ、Y子もFが被告人関根からいじめられていることを証言した時は、声を詰まらせるなどしているのである。被告人風間において、Fはとりわけかわいい存在であって、被告人関根からの虐待を招いたのがほかならぬ自らの被告人関根との結婚にあったことが原因といえるのであるから、Fを不偶に思っており、その将来を心配していたことは母親として当然のことと考えられる。
右事実については、MR(注:平成3年末頃から2~3年、風間さんがひそかに付き合っていた男性)の「被告人風間がFをかわいがっていたことが印象に残っている」旨の供述(甲第953号証)、さらに前記MS(注:塾教師)が答中書の中でF評として、「言葉が少ない温和な性格である」旨述べていること(甲第983号証)とも合致するのである。
一方、現金持ち出し事件について、Fは「いつもは被告人風間にはあまり厳しく怒られなかったが、その時はすごく怒られ、いつもとは逆に被告人風間の方が怖く、夜ずっとお金のことで怒られて寝られなかったという記憶がある」旨証言する。
これについて被告人風間の第59回公判において、「これ以上の被告人関根によるFに対する暴行、虐待を止めさせなければならないという点並びにF自身が将来道を踏みはずすのではないかという不安を持ったこと」が供述され、第100回公判の供述では「一晩中Fと話をした、お金のことだけでなく、人間の生き方について泣きながら話した、これまでの教育がなっていなかったと痛感した」との供述がなされている。
これらの被告人風間の供述は、前述のFに対する感情からすれば、Fがお金を持ち出すという重大な事件を起こしてしまった、むしろ起こさせてしまったという反省、Fのことを考えれば、これ以上被告人関根とFとを一緒にいさせることはできないという被告人風間の素直な感情、考えが表明されていると言うことができ、それまで繰り返されてきた被告人関根のFに対する虐待、被告人風間のFへの思いを考えるならば、極めて自然なものと了解できる。(略)
Fは第96回公判で「関根を実の父と思ったことはない。小さい頃からお前は俺の子供じゃないと何回も言われ続け、また関根本人は寝ているのに、僕には家の廊下や犬小屋や風呂の掃除をさせ、班登校は一度もできなかったし、中学の時、寝坊して掃除をしないで学校へ行ったら、関根が学校まで来て家に連れ戻され、掃除をやらされた、風呂を入れるのは僕の役目で、関根は一番風呂に入り、僕たちが先に入ったらおこられ、関根が遅く帰宅した時は、僕たちが先に入って、湯を入れ替えたりした、関根が湯が汚いというからである、関根からはボールペンで腹を刺され、血が少し出たこともあるし、竹刀や木刀でぶたれたり、服を説がされて玄関の外に出され、正座させられて足の上にブロックを乗せられたこともある、機嫌が悪いと頻繁に殴られた、橋の上から飛び降りて自殺しろと言われ、橋の所に連れて行かれたこともあり、すごく怖い人で父親になろうとしている感じはなく、関根との楽しい思い出は何もない」と証言している。(略)
Fはこの現金を持ち出した際の被告人関根から受けた暴行について、「階段から突きおとされたり、玄関先で裸で正座させられた上、コンクリートブロックをのせられたりしたことはない」と証言し、「これらの暴行は加えられたことがあるが、それは別の機会であった」旨証言している点からするならば、被告人風間が供述する右暴行はFが現金を持ち出した際の暴行としては行われなかった可能性がある。
しかしながら、Fも述べる通り、そのような暴行は他の機会であるとはいえ、現に行われていること、既述した通りFは被告人関根から日常的な暴行を受けており、さらに橋の上で被告人関根から自殺しろ、ここから飛んでおりろなどと言われた上、同人から実際に押され、橋から落とされそうになって強い恐怖感を覚えたという、単なる殴打などよりもむしろ深刻な虐待がなされていることがFの証言から明らかにされていること、前述の通りY子の証言及びYの供述から現金持ち出しの際の暴行は激しいものであったと認められること、さらに同暴行は被告人風間において、これまでの虐待からFを守り、被告人関根を引き離さなければならず、そのためにはS弁護士から言われたことを利用して被告人関根と離婚しなければならないという被告人風間の決意のきっかけとなったにすぎないものであること等からすれば、仮りにFが現金を持ち出した際の暴行が被告人風間の供述通りのものでない可能性があるとしても、それによって右暴行により被告人関根との離婚を決意した旨の被告人風間の供述の信用性は損なわれないものである。
よって、検察官の主張は不当である。」 (『一審弁論要旨』p260~268)

弁護人が述べているように、長男が「階段から突きおとされたり、玄関先で裸で正座させられた上、コンクリートブロックをのせられたりした」のは、あるいはこの時ではなかったかも知れない。しかし、関根氏によるこのような暴力は実際に存在したのであり、また風間さんや風間さんの母親やY氏のこの出来事に関する証言を見れば、この時の暴力も周りに恐怖心を覚えさせるほどに凄惨なものだったことも間違いないようである。検察官の論告は、あわよくばこのような暴力の存在自体を全否定しようとかかっているように見える。息子に対する関根氏の暴力が日常化し、風間さんがそのことにはげしく心を痛めながらもどうしてもその暴力行為を止めさせることができなかったということが露わになると、この事実は、関根氏と風間さんが同等の力関係でアフリカケンネルを経営し、その延長線上で二人が相協力してK氏殺害を計画・実行したという、自分たちが作り出したストーリー――「運命共同体」説を保持しえなくなる怖れがあるからではないかとつよく疑われる。


関根氏の暴力に関する証言の一切を黙殺する判決文

長男への関根氏の暴力に関して、判決文は下記のようにほんのわずかに触れている。

「関根が自分と結婚したのは母Y子の財産目当てであり、自分に対する愛情などではない。関根は、長年にわたる結婚生活の中でも、自分に対して暴力を振るっただけでなく、自分の連れ子であるFを殺さんばかりに虐待するなど、横暴かつ冷酷な暴君として振る舞い続けており、自分にとっては関根との婚姻生活はただ隷従と忍耐の日々でしかなかった。自分は関根と被害者達を殺害する相談をしたことなど全くないし、E・W事件で死体の損壊遺棄を手伝ったのも横暴冷酷な関根に従うしかないと思ったからだ。」との趣旨の供述をして関根の右供述に強く反論し、両者の言い分は真っ向から対立している。」 (『第一審判決文』p134~135)

上記のように、判決文は、「(被告人関根は)自分の連れ子であるFを殺さんばかりに虐待するなど、横暴かつ冷酷な暴君として振る舞い続け」との風間さんの主張を記しているだけで、関根氏がふるい続けてきた暴力行為に対する自らの判断は示していない。この判決全体をつらぬく特徴がここでも遺憾なく発揮されているのであるが、すなわち、関根・風間の「車の両輪」説が成立しなくなる可能性のある出来事はあえて黙殺するということではないかと思われる。わが子に対するこれほどの陰惨な暴力を目の当たりにすれば、何としてもこの状態を変えなければならない、という必死な気持ちになるのはあらゆる母親に共通する自然な感情であろう。偶然のことながらちょうどその時まるであつらえたかのように税務署の調査が入っていた。そして弁護士は離婚を勧めてくれている。風間さんがこの機会を逃すまじと懸命になったのも当然であろう。この時の心境について、風間さんは公判廷で次のように述べている。

「離婚を切り出すときは命がけでした。」「暴行を受けるかもしれない。しかし、ここで切り出さなければと思い、離婚届にハンを押してもらうことだけを考え、「別れてください。子供の親権は私にください。」と言いました。」「離婚するときには、私、初めて一生懸命頑張ったんですけど、その後事件に巻き込まれてしまってから、頑張った分が無力感というか敗北感みたいなのを感じてしまって、気持ちがなえてしまったというか、考えることを放棄してしまったというか、そういう感じで、言われるままに何も言わないで生きてきてしまいました。」「もう、すごい自分で頑張って離婚できたと思っていたんですけど、それが一瞬で崩れちゃったという感じで、考えようがなくなってしまったという感じだったと思います。」(『控訴審第12回公判』)

裁判所が判決において関根氏の日常的な息子への暴力を取り上げないのも当然かも知れない。もし取り上げれば、離婚に対する裁判所の「税金逃れの離婚・偽装離婚」という認定も一からの再検討を余儀なくされるのである。もちろん、「車の両輪」「運命共同体」論も認定できなくなる可能性がきわめて高い。

なお、共犯のY氏は、上記の暴力事件の時、その場にいあわせたわけだが、息子が関根氏に殺されるのではないかという恐怖に襲われて止めに入った風間さんも興奮し切っている関根氏に殴られたそうであるが、その時Y氏は間に入って風間さんを引き離してくれたそうである。控訴趣意書のなかで風間さんはその時を振り返って「Yが間に入ってくれなければ、自分も殴られて酷い怪我をしていただろう」と記している。
Y氏は、風間さんへの死刑判決がなされて以来、証人として出廷した控訴審の公判廷で、風間さんについて「人を殺していない」「自分(注:Y氏)が外に出ている以上、博子さんも早く釈放すべきだ」と一貫して述べているのは、関根氏と風間さんとの力関係がどのようなものだったかを明瞭に見きわめていたにちがいないと思われるが、それには上記の出来事を目撃したことも影響しているのかも知れない。

法廷に出ている訴訟記録を見るかぎり、「明るくて力強く、当時4歳の、自分の子供のFくんにも優しかったから、いい父親になってくれると思った」として結婚に踏み切ったという風間さんのこの言葉には、何ら嘘はないと思う。風間さんの母親や長男、また知人などの第三者の証言を見ても、風間さんのこの供述を直接・間接的に肯定・是認する性質の証言は多数あるが、逆にこれに疑問を呈する証言は一つも見あたらない。また、長男への暴力が、他に事情はあるが、関根氏から気持ちが離れるようになった決定的理由だったという風間さんの発言も、人間の感情(母親である女性の場合は特に)の動き、変容に関する私たちの経験法則から推してしごく自然で妥当なことだと思う。検察官が風間さんと関根氏との関係を「車の両輪」「運命共同体」と結論づけながら、関根氏による長男への暴力をあたかもなかったかのように主張したり、判決文がそのことに一切触れていないのも、実はこのあたりの事情がよく分かっているからではないだろうか。
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2009.09.24 Thu l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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