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12月15日、最高裁により「布川事件」の再審開始が決定された。「足利事件」の菅谷利和さんにつづいて今年2件目の再審確定のニュースである。菅谷さんに対しても同じ思いだが、杉山卓男さん、桜井昌司さんのこれまでのご苦労と粘り強い闘いに慰謝と敬意を表したい。これから、再審の場で捜査段階の取調べもふくめた徹底した洗い出しがなされ、事件の真相究明が着実に遂行されることを切に願う。

それと共に、「足利事件」の菅谷利和さんの再審決定の報道に接した時もそうだったが、今回も、なぜもっと早くこの決定がなされなかったのかというやるせなさ、憤りを禁じえない。「足利事件」「布川事件」ともに、裁判開始当初から、巷では冤罪疑惑の指摘や囁きがなされていた事件だったからだ。裁判関係者がそのことを知らないはずはなかったと思う。また、このようなニュースに接すると、確定した有罪判決に疑いのある事件が他にも多数あることを改めて思い出さないわけにはいかない。「狭山事件」や「袴田事件」などがその典型と思われるが、私は、本年6月に死刑が確定した風間博子さんの判決もその一つだと思う。

杉山さん、桜井さんの記者会見の模様をテレビで見たが、杉山さんは、「警察や検察が分かってくれなくても、裁判所なら分かってくれると思っていたが、6回も負けた。裁判官が一番許せない」と話されていた。風間さんに対する判決文を読み、法廷に提出された供述調書や証言などの多数の証拠を見て、私が最も不可解にも不審にも思ったのはやはり裁判官であった。裁判所は、被告人にしてみれば最後の頼みの綱であり、残された唯一の救済機関である。その裁判所が、繰るページ、繰るページ、驚き呆れるしかないほどの不自然かつ矛盾にみちた判定を示しつづけているのだった。私は法制にはまったく無縁の素人だが、それでもこの事件の一・二審の判決文を読み、法廷の証拠と見くらべてみれば、あれでは誰の目にもその矛盾はあまりにも明らか。どうごまかしようも隠しようもないだろうと思う。

これまでまだ書いていなかった取調べおよび判決の不審な点を2、3点、下記に述べてみる。事の性質上、すでに以前述べたことと重複する面もでてくるが、どうぞご容赦いただきたい。


① 聞き込み捜査の写真一覧表にY氏の写真がないのはなぜか?

「埼玉愛犬家殺人事件」が発生したのは、平成5年(93年)であった。3件の事件が相次いで起こされ、被害者も4名にものぼる、殺害方法もきわめて残忍な、重大事件であった。風間さんが殺人罪で起訴されたのは、4月20日、7月21日に発生した2事件に対してである。3事件のすべてに関わったとされる共犯者のY氏は、関根・風間の両氏が逮捕される平成7年(95年)1月5日のおよそ1ケ月ほど前から警察の事情聴取をうけていた。その供述に沿ってかどうかは不明だが、警察は写真をもって近所の薬局やガソリンスタンドなど近辺の聞き込み捜査を行っている。その写真の一覧表には、関根氏、風間さんはもちろんのこと、被害者やアフリカケンネルの従業員や知人などの顔写真が十数名分掲載されている。が、そこに共犯者のY氏の写真はないのである。この事件で逮捕されたのは、後にも先にも関根・風間・Yの三氏だけであり、事件当時Y氏は関根氏と終始行動を共にしていたにもかかわらず、である。実に不思議なことだが、これを、Y氏の写真を持ち歩いて聞き込みをした結果、第三者からY氏に不利な目撃証言がでることを警察はあらかじめ避けたのだと判断しても不公平の誹りをうけることはないのではなかろうか。それを偏見や不公平な観方だというのであれば、では聞き込み捜査資料の写真一覧表にY氏の写真がないことの理由として考えられることが他に存在するだろうか? 

そもそも警察・検察は逮捕後のY氏に接見禁止の措置も講じていないのである。風間さんは逮捕後すぐに、結局5年余もの間続くことになった接見禁止を付され、その間じゅう家族との面会どころか郵便物の送受も、読書さえも許されなかったという。一方、以前書いたことだが、Y氏は逮捕後も外部との面会も自由に行なえるなど警察・検察から腫れ物にさわるかのような特別な処遇をうけていたのである。一審での風間さんの弁護人は、次のように述べている。

「殺人・死体損壊・遺棄事件、それも4名もの犠牲者が出ている重大事件において、それが共犯事件であれば接見禁止が付せちれるのが常識である。/とりわけ、本件の如く物証が少なく、一年余も経過し、さらに共謀関係、事件への関与の関係の捜査のために共犯者に接見禁止が付せられるのは、常識というよりも絶対に必要なことであると言わなければならない。/なぜなら、これらを解明するためには、共犯者各人と共犯者以外の関係者を取調べることにより、証拠物の発見や、犯行に関連する会話等がなされているか否かが判明し、右共犯者各自の関与についての客観的な証拠が収集されることになるからである。/このような場合、自由な接見が許されれば、これらの証拠の発見が不可能となるおそれがあるからである。/然るに、山崎には一切接見禁止は付せられなかった。まさにこれは捜査当局と山崎との間において取引と約束がなされていたことの証左であると共に約束の実現に他ならない。」(『一審弁論要旨』p26)

これに対して、裁判所は、

「Yは、浦和地裁で聞かれた自らの各死体損壊遺棄被告事件の公判において、起訴事実を全面的に認め、捜査段階の供述と同趣旨の供述を繰り返す一方で、「I検事には証拠さえ出してくれれば何でも言うことを聞いてやると言われていた。」などと、同検察官との間で取引又は密約があったかのような供述をなし、また当裁判所に証人として出廷した際にも、右のような取引があったことをひたすら強調するような供述をする一方で、検察官等に対して極度に挑発的な態度を取るとともに、検察官及び弁護人らから事件に直接関係する事項について質問を受けると、「忘れた。」、「覚えていない。」などと実質的に殆ど証言拒否に近い態度を取り続けた。/右に見たように、捜査段階でY供述が得られたことについては複雑な経緯があり、またY自身は本件についで詳細な告白をなしたことに対するいわば見返りとして捜査当局から様々な恩典を与えてもらいたいという思惑を抱き、妻の保釈、自己の保釈等を要求し、自己の保釈が容れられないと見るや、取調検察官に対して反抗的な態度を取ったり暴言を吐いたり、果ては取調べに応じることを拒否しようとするなど、功利的で厚かましい言動に出ていたのである。」(『一審判決文』p167)

と「捜査段階でY供述が得られたことについては複雑な経緯があり」と、Y氏の供述に関して、Y氏と検察との間に「司法取引」とも疑われかねない不公正な経緯があったことは暗に認めているようでもある。ところが、そのことが供述内容とどのような関連をもっているかについては、一切判断を示さず、下記のような頓珍漢ともいいえるような論理を展開している。

「しかし、その一方で、山崎は、検察官に説得されたりして結局取調べには応じており、またその本件各犯行についての供述内容自体は、任意出頭して供述を始めた当初から本人自身の裁判という最終的段階に至るまで終始変わっておらず、当裁判所に証人として出廷し、傲岸不遜極まりない態度で証言した際でさえ、自己の本件各犯行についてのこれまでの供述が虚偽であったなどとは遂に述べることがなかったのである。」(『一審判決文』p168)

上記の「これまでの供述が虚偽であったなどとは遂に述べることがなかったのである」という判示は、以前にも述べたことだが、実にナンセンスだと思う。Y氏が片品村の自宅を遺体解剖の場所に提供し、遺体焼却や遺棄に関わったことは証拠上明らかにされた客観的事実であり、「これまでの供述が虚偽であった」と述べることは、即ちY氏の罪は死体遺棄にとどまらず、殺害にまで関与したという事件へのより重大な罪責を示唆することにしかならないのではないだろうか。そのことは事件の推移・経過から見て明らかであろう。Y氏の身になってみれば「虚偽であったなどとは遂に述べることがなかった」のは当然のことだと思われる。


② 裁判官は、Y氏の供述には多くの「秘密の暴露」がある。だからY氏の供述は他の供述もふくめて基本的に信用できると認定しているが、この論理は奇妙ではないだろうか。裁判官は下記のように記している。

「ところで、右Y供述の信用性を判断するに当たって、最も注目されるべきことは、Y供述中には捜査官の知らなかった多数のしかも極めて重要な事項が含まれており、しかもそれがその後の裏付け捜査の進展に伴っていずれも真実であることが判明するに至っているということである。」

では、Y氏の供述にどのような重要な事項が含まれているのかについて、判決文は次の事例をあげている。

「Y供述によって、4名の被害者が各判示の日時ころに殺害された上、その死体はいずれも片品村のY方に運び込まれ、切り刻まれて完全に解体され焼却されて投棄されたことが初めて判明し、被告人両名においても後にこの事実自体は完全に認めるに至っているのである」(『一審判決文』p168)

おかしな判定である。Y氏宅で遺体の焼却・解体・投機されたことをY氏が認めたことは、関根氏が確かに殺人事件を起こし、これにY氏が関与したことが明らかになったということであり、「秘密の暴露」といいうる性質のことではないだろう。ましてこのことが風間さんの関与を示唆していることになるはずがない。「被告人両名においても後にこの事実自体は完全に認めるに至っている」にいたっては、明らかな虚偽である。「被告人両名」「被告人ら」という言葉の頻出はこの判決文の一大特色であるが、この事実は関根氏の行動に根拠を示すことなく風間さんを結びつけ、風間さんにその罪を押しつけるという不公正な役割を果たしている。そしてこの判示はその典型例だと思われる。なぜなら風間さんがKさんの殺害現場にいなかったことは証拠上明白であり、また4人目の被害者であるSさん殺害事件においては風間さんは起訴もされていないのだから、この殺害の事情も風間さんが知るはずがない。したがって、4名の被害者の焼却・解体・投機を認めるはずがないし、現に認めていない。さらに、裁判官はY氏が事件解明に果たした重要な役割を「秘密の暴露」として次のように認定する。

「Yが警察の実施した引き当たり捜査に同行して各被害者の骨や所持品等を焼却した灰を捨てたとして指示した場所(山の中や川の中)から、その供述に沿う焼けた骨片、歯牙片、時計の部品等、多数の遺留品が発見されており、しかもそれらについて詳細な鑑定等を経た結果、これらの遺留品の多くが各被害者の殺害あるいは損壊遺棄を裏付けるに足りる重要な証拠であることが判明するに至っているのである。」(『一審判決文』p170)

Y氏の自宅で遺体が解体され、その後関根氏とY氏が焼却・放棄に携わったのだから、Y氏が放棄場所を供述すれば当然指定された場所から「焼けた骨片、歯牙片、時計の部品等、多数の遺留品が発見され」るはずである。何ら不思議なことではないはずである。裁判官はこれも「秘密の暴露」と言いたいようであるが、不可解である。警察・検察がY氏に接見禁止措置も付さず、

「I検事は、接見施設のない検察庁内の部屋においてYがK子とS子に面会することを許し、むしろ自ら接見するか否かをYに尋ね、これを許しているのである。/また、検事は、YにK子への電話をすることを許し、さらにS子とYを会わせたときは調べ室で会わせ、検事自らと事務官は退席までしているのである。」(『一審弁論要旨』p27)

とのことだから、裁判官は、検察のY氏に対する異例の便宜供与、優遇措置とY氏の「各被害者の殺害あるいは損壊遺棄を裏付けるに足りる重要な証拠であることが判明するに至っ」たY氏の供述との関連性についての判断を示すべきではないのだろうか。「一般に検察庁においては、弁護人ですら接見施設のないことを理由に接見を拒否される」(p27)と弁護人は述べているが、なぜY氏は捜査当局からこれほどの優遇措置を受けるにいたったのだろうか。Y氏の供述どおりに「焼けた骨片、歯牙片、時計の部品等、多数の遺留品が発見され」た事情にはいろいろと疑わしいことが沢山ある。弁護人は

「Yは1月下句ころから、約束されていた筈の保釈申請が認められないために、いら立ち、検事に暴言を浴びせ、ふてくされた態度をとるようになり、検事の取調べ室のドアを蹴って「覚えてろ」などの捨てゼリフを言い、さらに保釈と調書への署名との取引を求めるなどしていた。/そして4月1日、保釈に関するやり取りから山崎は興奮し、署名したばかりの調書を取り上げ、 「保釈するつもりはないんだ、それならこの調書を破ってやる」などと言うという事態が発生し、M刑事の電話での説得により、Yの要求通りそれまでの調書のコピーを渡してようやく事をおさめるという一幕も生じたのである。」(『一審弁論要旨』p27)

と述べているのである。したがって、Y氏の供述によって「焼けた骨片、歯牙片、時計の部品等、多数の遺留品が発見され」たことは「秘密の暴露」であり、このような暴露を行なったY氏の供述はその他の供述も基本的にすべて信用できるという、裁判官が示唆するこの論拠はまったく筋が通っていない、あるいは完全に的を外しているのではないだろうか。また、捜査段階で風間さんの殺害関与を供述していたY氏は、その後その供述を一転、翻して、風間さんの殺害関与を否定した。そして以後その証言内容を変えていないのである。控訴審で証人として出廷したY氏は、風間さんについて「人を殺していない」「早く保釈されるべきである」と述べている。風間さんは、2件目の事件であるE氏、W氏の事件におけるW氏の殺害について、風間さんが運転している車内で関根氏とY氏がW氏の頸に巻き付けた紐を両方から引っ張り合って殺害した、と明白にY氏の殺害行為を証言しているにもかかわらず、Y氏は風間さんの無実を証言しているのである。この事実に関する判断も裁判官はまったく示していない。
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2009.12.16 Wed l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (2) トラックバック (0) l top
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