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 「チェッ、勝っちゃったのか。
  負ければよかったのに。
  夜中の三時過ぎに奇声で目が覚めたよ。
  うざいお祭り騒ぎが続くかと思うとウンザリ。
  サッカーなんて世の中からなくなればいいのに。」

ブログ「liber studiorum」の上の文章がちょっとした議論(?)の種になったようなのだが、私はこのエントリー、読んだ瞬間から好きだったなぁ。ブログ主のa-geminiさんの文章には、普段、読んでいて一箇所「わっ」と笑い出したくなるところがよくあるのだけど、この場合は暑いところに(実際ひどく暑かったのだ)、よく冷えた水を振る舞われてちょっと生き返ったような気持ちがした。以前似たようなことを感じたこともあり、ずばり言いきっている潔さが心地よかったのだろう。

最近は大分洗練されて様子が変わってきているようだけど、今から2、3回前のワールド杯のころ、サッカー関係者やサポーターの一部(大部?)には態度がいかにも「我がもの顔」って感じの雰囲気があって、あれはイヤだった。サッカーを観ること自体はキライじゃないのだけど、あのころは、勝つためには日本の試合日に学校を全国的に休みにしたらいいのだが、なんてことを真顔で言い出したOB 評論家(セルジオ越後氏)もいたなぁ。

これは思ったままの勝手な感想なのだが……。サッカーに興味のない者には自分の体調管理のほうが大事なのは当たり前なんだから、夜中に起こされてウンザリ半分、八つ当たり半分「負ければよかったのに」くらいのことは、実際にはだれでも胸のうちで思ったり、口に出したりしていることだ。「サッカーなんて世の中からなくなればいいのに」なんて言うのは、ゼーッタイ、完璧に100%、世の中からなくならないことを承知の上で(むしろ承知しているからこそ)言っていることなのだから、これは冗談にしかならないでしょう。a-geminiさんが述べているとおりだれかを侮辱する発言ではないので、傷つく人も皆無。サッカーファンが不快になるということもはたしてあるかなぁ。ある物事のファンということはそれだけで楽しみをもっているということなんだから、それを他人にそうそういたわってもらう必要はないはずだ。昔、私は熱狂的にプロ野球を観るのが好きで、物好き呼ばわりされることもよくあったが、それで特に不快になったり、傷ついたりした記憶はないなぁ。少なくとも覚えてはいない。そうすると上の発言は、私なんぞのような「W杯ちょっと辟易派」の溜飲が幾分下がるという効果をもつだけ。それにタブーをつくるのは何事でもよくないから、こういう発言が出るのは、ただでさえなにかと同調圧力のつよい日本社会には、風通しをよくする意味で世間的にもいいことではないか。

2002年のワールド杯のとき、ナンシー関は、これに絡む世の中の騒ぎっぷり、調子の乗り方に対して、たしか「気味悪いッス、怖いッス」と書いていた。文章を読むかぎり、本心から不愉快そうだった(この点、a-geminiさんとはずいぶん印象がちがう)。あの年のW杯開催はナンシー関が急死する直前だったように記憶するが、サッカーに関するストレスも多少影響したんじゃあないだろうか。まぁ、これはナンシー関の死を惜しむ者の一種の負け惜しみ、冗談のような感想だけど。
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2010.06.30 Wed l スポーツ l コメント (0) トラックバック (0) l top
前回から大分間が空いてしまったが、今日は、6月13日に朝日新聞の読書企画「ゼロ年代の50冊」に「亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』」とともに採り上げられていた佐藤優著「国家の罠」について、感じたことを書いてみたい。

  
朝日新聞は「国家の罠」に「不条理と戦い権力の本質に迫る」という見出しを付けている。記事によると、政治学者の山口二郎氏は「50冊を選定した識者」の一人ということだが、その山口氏は識者アンケートでこの本を「検察=正義という常識を変えた、権力の本質に迫る本」と称讃している。また、読者の投稿文章も「担当検事との会話を忠実に再現」「強靱な精神力」「歴史に対する謙虚さ」「読者にこびない」「マスコミ、司法、社会の不条理と戦う文学の力」という具合であり、紙面にはこの本に対する絶讃といってもよい言葉が並んでいる。

2005年にこのノンフィクション作品がよく売れ、社会的反響を呼んだことで、本に書かれていた「国策捜査」という言葉も広く世に知れ渡ることになったが、この言葉自体は「国家の罠」の出版以前から使用されていた。私は魚住昭氏の文章のなかに「国策捜査」という言葉を見た記憶があるし、保坂展人氏の「どこどこ日記」(2006年1月8日付)にも「国策捜査という言葉は、金融機関の破綻時や企業不祥事の後で、即座に始まる捜査を私たち捜査権力の外にいる者が「国策捜査」という言葉を使ってきた。しかし、被疑者を前にして、検察官が「これは国策捜査だ」と語ったという記述には驚いた。」と記されている。「検察官が「これは国策捜査だ」と語ったという記述」とはもちろん「国家の罠」における佐藤優氏の記述を指している。このように、「国家の罠」が「国策捜査」という言葉を流行らせ、大きな一種のブームを作り上げたことは事実だが、ただ、このような現象面の出来事を一切抜きにして本の内容だけに――そのなかの事実関係だけに焦点を絞って考察するとどうだろうか。

この作品が「ゼロ年代の50冊」が言うような「不条理と戦い」「検察=正義という常識を変え」「権力の本質に迫」った本であるかどうか。この点につき、私には大いに検討の余地があるように思える。上の諸氏による高い評価には、前提条件として、「国家の罠」には佐藤氏の経験した事実がありのまま正直に記されている、という認識が存在していると思われる。そうでないかぎり、「不条理と戦い権力の本質に迫る」などの言葉は出てこないだろうからだ。しかし私はこの点に疑問をもっているので、以下で検討してみたい。まずはじめに、朝日新聞の「国家の罠」に関する記事を引用しておく。

「 ■ 不条理と戦い権力の本質に迫る

 知もてロシアは理解し得ず
 並の尺では測り得ず
 そはおのれの丈を持てばなり
 ロシアはひたぶるに信ずるのみ

 19世紀ロシアの詩人チュッチェフによる有名な4行詩を、佐藤優氏は「ロシアや知恵や理性ではなく、経験によってもわからない」と解釈した。崩壊前夜のソ連でモスクワの日本大使館に勤務し、共産党幹部に深く食い込んでいた。腕利きの分析官にしてからが、「ロシアの闇」は分からない、という。それはまた、「国家の闇」に通じるものでもあったろうか。
 佐藤氏は、外務省関連機関に対する背任などの罪に問われ逮捕、有罪が確定した。筆者によれば、逮捕は「国策捜査=冤罪とは違うが、国家が自己保存の本能に基づき、ターゲットとした人物になんとしても犯罪を見つけだそうとする政治事件」によるもの。512日間にも及ぶ独房生活での思索から生まれたのが『国家の罠』だ。
 読者からは<拘留が500日を超えて、その間の担当検事と会話を忠実に再現できるとは、強靱な精神力はもちろんだが、歴史に対する謙虚さがある>(埼玉県の藤村敏さん・59)、<形容詞の少ない行政文書のような筆致は、読者にこびないという点で新鮮>(京都府の森原康仁さん・30)といった手紙が寄せられた。
 逮捕された当時、佐藤氏はテレビ、新聞を始めとして、世間の強烈なバッシングの下にあった。<佐藤氏は同志社大神学部の先輩>だという石川県・小坂直樹さん(44)はこう書いてきた。<逮捕直後に、同窓生らが設立した支援会への援助の手紙をわたしは黙殺した。マスコミ、司法、社会の不条理と戦う文学の力を見せつけてくれた作品。そしてわたしにとっては、生涯消えぬ後悔を心に刻むことになった本>
 50冊を選定した識者アンケートでも、山口二郎・北海道大学教授は「検察=正義という常識を変えた、権力の本質に迫る本」と高く評価していた。(近藤康太郎) 」

佐藤優氏の有罪判決(第一審2005.2.17日、第二審2007.1.31日、最高裁2009・7・2日)が出てから、この人を国策捜査の被害者であると断定的に発言している人物をこれまで何人も見ている。ライターの魚住昭氏や青木理氏、岩波書店『世界』編集長の岡本厚氏、それから上述の山口二郎氏など。2005年、「国家の罠」が出版された当時は魚住昭氏が先頭に立ってその主張をしていた記憶があるが、最近はあまり魚住氏のそういう声をきかない。もっとも「神保町フォーラム」という会で今も一緒に活動しているようだから依然その考えに変化はないのだろう。

青木理氏は、「背任罪」と「偽計業務妨害罪」に問われた佐藤氏の上告が棄却された最高裁の有罪判決(懲役2年6月、執行猶予4年)を受けて、「週刊金曜日」(2009.7.10)で下記のように述べている。

「しかし、この報を耳にして「佐藤氏はやはり犯罪者だった」などと受け止めた人は、ほとんど皆無だったろう。私も同様であり、(略)
 
 多くの人が既に周知の事実として認識しているように、これらはいずれも、政界やメディアなどを覆い尽くした鈴木宗男氏バッシングの中で「ムネオ逮捕ありき」の捜査に突き進んだ検察が無理矢理に描き出した「虚構の絵図」に過ぎない。いまさら語るまでもないが、佐藤氏は二〇〇五年に『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)を著し、「国策捜査」という言葉を人口に膾炙させるきっかけをつくった。その後の活発な言論活動を含め、佐藤氏の言説が広く受け入れられているのは、検察捜査の歪みを何よりも雄弁に物語る。 」

青木理氏の上の文章は、とてもジャーナリストの書いたものとは思えない。判決を聞いて、佐藤氏を犯罪者と受け止めた人は皆無だったろう、とか、「「国策捜査」という言葉を人口に膾炙させるきっかけをつくった」とか、「佐藤氏の言説が広く受け入れられているのは、検察捜査の歪みを何よりも雄弁に物語る」などという事情は、これは当たり前すぎて書くのも気がひけるくらいだが、何ら判決の不公正、佐藤氏の主張の正しさを物語るものではない。青木氏がここで述べるべきことは、佐藤氏を無実だと自身が信じ、このように社会に訴えているその根拠についてである。かりにもジャーナリストを名乗るのなら、最高裁判決のどこがどのように誤っているのかを根拠を示した上で指摘するべきだろう。これまで裁判に異論を述べた人はほぼ例外なくそのような方法をとってきたはずだ(最も著名な例として広津和郎の「松川裁判」)。ところが青木氏は、事件に関する客観的な証拠や論証の代わりに、「佐藤氏の言説が広く受け入れられているのは、検察捜査の歪みを何よりも雄弁に物語る」などと、佐藤氏が言論人としてマスコミで活躍し、その本が売れていることがあたかも無罪の証拠であるかのように述べている。これは詐術ではないだろうか。青木氏は、「この報を耳にして「佐藤氏はやはり犯罪者だった」などと受け止めた人は、ほとんど皆無だったろう。」と述べているが、必ずしも「皆無だった」とは言えないのではないかと思う。たとえば、こちらのブログのコメント欄には、次のような文章が寄せられている。

「なお、同氏(注:佐藤氏)が自著の中で、有罪判決を批判していますが、実際に判決文を読んでみると、随分変な批判だと思われます。/(自著では、公費を外国人派遣等に用いる省内決済に上司が押印しているので、無罪だとしていますが、判決文では、押印は認めた上で、それは国会議員の圧力によるもので、背任の成立を妨げないとしています。概略なので正確ではありませんが。)/ここでは有罪無罪を論じるつもりはなく、自著で判決文の内容をきちんと説明しているかに疑問があるということです。

著書の中で、私が真偽がチェックできるのはそこだけですが、そこが信用できないとなると、他も・・・と思われます。」

佐藤氏の主張および判決についてこのような疑問や感想をもっているのはこの人物だけではなく、多数存在すると思う。私も同様の疑問をもっている。魚住氏や青木氏や岡本厚氏らが佐藤氏の無実(国策捜査の被害者)を主張するのなら、これらの人々はみなジャーナリスト界に棲息している人たちなのだから、なおさら具体的な根拠を示す責任があると思う。判決を検証し、それを書く場所は、『世界』や『週刊金曜日』などいくらでもあるはずである。なぜそれをしなかったのだろうか。佐藤氏が逮捕されたとき、新聞に「 外務省関連の国際機関「支援委員会」をめぐる背任事件で、逮捕された同省前国際情報局主任分析官佐藤優容疑者(42)が、鈴木宗男衆院議員(自民党離党)にしっ責された職員の前で「謝るときはこうするのだ」と土下座し、職員にも土下座を強要していたことが17日、関係者の話で分かった。(時事通信)[2002年5月17日16時1分更新]という記事が出たり、その後も、外務省出身の今は国会議員になっている人物のブログに

「 某国会議員と密接につながり、某国会議員にすべての情報を流し、気に入らない相手は某国会議員が介入してくるシステムを作っていました。佐藤氏全盛期の時代、彼は自分のスクールを作り、どんどんお仲間を増やし、そのお仲間が省内をゲシュタポのように闊歩していました。ロシア外交に関わる人たちの間では疑心暗鬼が増大し、その圧力に耐え兼ねて多くの有為な外務省員が辞めていきました。その損失は大きいです。私自身、ある案件で某国会議員に説明に行ったら、同氏が横に聳えていて強権的にご託宣を垂れていたのを思い出します。「おい、おまえ外務省のお役人じゃないのかよ?」と思ったのが懐かしいです。」

という記事が載ったりしていた(現在は削除されている)。私がこれらの記事の証言内容にかなりの信憑性を感じてしまう原因は、ひとえに言論活動を始めてからの佐藤氏の不審な言動にある。雑誌の媒体によって主張内容を平然と変えて使い分ける、信じがたいようなデタラメ(嘘)をあちこちで書き散らす、そしてそのような行動が批判の対象にされると(これは当然あるべき批判であり、むしろないほうが異様である)、反論文は書かず、掲載雑誌社に内密の会合をもちかけたり、批判した人物(金光翔さん)の勤務先に抗議したりという、およそ言論人にあるまじき卑怯な行動をとる(私は現実にこういう行動がなされるのをはじめて見聞した。右翼の街宣車を使っての言論の自由に対する妨害・脅迫活動とどちらが悪質か、その判断はなかなか微妙だと思う。)、その上、週刊誌に「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど、目茶苦茶な内容です」などと、批判者の言論内容についてデタラメ(例のごとく!と言っていいのではないかと思う)を述べる、そして週刊誌のほうではその発言に沿った記事が作られ、全国の書店で売り出される。と、このようなしだいだが、これは正しく言論の自由、表現の自由を侵害し、破壊しようとする行為である。このような行為をなす人物が具体的な根拠も示さずに主張する「国策捜査の被害者」説をどうしてそのまま信じることができるだろうか(最も素朴な基本的な疑問なのだが、同じ言論人である青木氏や魚住氏らはなぜ佐藤氏のこれほど明らかな言論侵害行動に注意をしたり、問題にして話し合ったりしないのだろうか? これを腐敗とは感じないのだろうか。それとも内部では活発な意見交換や相互批判なども行なわれているのだろうか?)。それから、佐藤氏が自らを国策捜査の被害者と訴えながら、一方でしきりに国策捜査の必要性を説いていることは、私などには、これは恥知らずの極みの行為のように映るのだが、青木氏らはどう考えるのだろうか。

  
朝日新聞も「国家の罠」に「不条理と戦い権力の本質に迫る」という見出しを付けるのなら、当然そのような判断をなした根拠を示すべきであった。山口二郎氏は「検察=正義という常識を変えた、権力の本質に迫る本」と述べているが、「国家の罠」が出版されるまでは「検察=正義」という常識が本当に存在したのかどうか、また、「国家の罠」が出版されたことで実際にそれまで存在した「検察=正義という常識を変えた」のなら、なおさら「国家の罠」が事実(真実)を述べているという根拠を示すべきであろう。山口氏にはぜひ「国家の罠」を「権力の本質に迫る本」と断言する理由は何なのか、これからでも遅くないから立証してほしいと思う。読者の投稿を見ると、「歴史に対する謙虚さ」や「マスコミ、司法、社会の不条理と戦う文学の力」というコメントが出ている。これには私は明確に異論があると言わないわけにはいかない。佐藤氏は、歴史や文学について実に多弁に発言しているが、その内容を見ると、歴史にしろ、文学にしろ、この人はこれらを自己の私欲のために利用していると疑わざるをえない。佐藤氏がこれまで如何に歴史や文学をないがしろにするデタラメを書いてきたか、その結果としてどんなに歴史や文学を汚しつづけているかについては、拙文「佐藤優氏の「亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』批評」を読む」や「佐藤優氏のドストエフスキー読解」に書いているので、よかったら読んでいただきたい。(注)

私も「国家の罠」を読んでしばらくの間は、自分は国策捜査の被害者であるという佐藤氏の主張に特に疑問をいだかず、少なくとも当人の主観においてはありのままの事実が記述されているのであろうと単純な受け止め方をしていた。理由の一つには、これは凄い本ですよ、という魚住昭氏の発言が影響していたように思う。私は魚住氏のこの言葉について、書きたいことを停滞なくどんどん書けそうな感じの佐藤氏の筆力に対する感嘆であると同時に、魚住氏が事件についてそれ相応に調べた結果、国策捜査による逮捕・拘留という佐藤氏の主張を裏付ける何らかの根拠をもっているのだろうと漠然とながらそのような想像をしていた。「特捜検察の闇」(文藝春秋2001年)や「差別と権力」(講談社2004年)などの著書を読み、魚住氏に一定の信頼感をもっていたのだ。「国家の罠」を読んだ際の私の感想について述べると、珍しい経験をきかせてもらっているというおもしろさは十分に感じた。いまひとつ分からない、論理的にすっきりしないと感じる記述もあったが、でもそれも反感や疑念などの否定的感情に結びつくというほどのものではなかった。

ところが、そのうち、佐藤氏が右派の雑誌や新聞紙上で、「国家の罠」で述べていた内容と明確に相反する主張を述べている文章を次々に見ることになる。このことについて述べるのは繰り返しになるのでもう止めたいのだが、一例だけ挙げると、佐藤氏は「国家の罠」で、

「 田中女史が国民の潜在意識に働きかけ、国民の大多数が「何かに対して怒っている状態」が続くようになった。怒りの対象は100パーセント悪く、それを攻撃する世論は100パーセント正しいという二項図式が確立した。ある時は怒りの対象が鈴木宗男氏であり、ある時は「軟弱な」対露外交、対北朝鮮外交である。
このような状況で、日本人の排外主義的ナショナリズムが急速に強まった。私が見るところ、ナショナリズムには二つの特徴がある。第一は、「より過激な主張が正しい」という特徴で、もう一つは「自国・自国民が他国・多民族から受けた痛みはいつまでも覚えているが、他国・他国民に対して与えた痛みは忘れてしまう」という非対称的な認識構造である。ナショナリズムが行きすぎると国益を毀損することになる。私には、現在の日本が危険なナショナリズム・スパイラルに入りつつあるように思える。

排外主義的ナショナリズムを野放しにするとそれは旧ユーゴやアルメニア・アゼルバイジンャ紛争のような「民族浄化」に行き着く。東西冷戦という「大きな物語」が終焉した後、ナショナリズムの危険性をどう制御するかということは、責任感をもった政治家、知識人にとっては最重要課題と思う。(略)
橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗の三総理、鈴木宗男氏は排外主義的ナショナリズムが日本の国益を毀損することをよく理解していた。それだからこれらの政治家は、第二章で説明した「地政学論」を採用し、推進したのである。 」

と記している。「橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗の三総理、鈴木宗男氏は排外主義的ナショナリズムが日本の国益を毀損することをよく理解していた。」という記述には首をひねった。特に「神の国」発言でアジア諸国のみならず国際的にも批判を浴びた森元総理についての認識には理解しがたいものをおぼえた。こういう記述が本のあちこちに見られる点が前述したような「いまひとつ分からない」部分だったのだが、それでも、上の文章中の「「自国・自国民が他国・多民族から受けた痛みはいつまでも覚えているが、他国・他国民に対して与えた痛みは忘れてしまう」という非対称的な認識構造」や「危険なナショナリズム・スパイラルに入りつつある」現在の日本をひどく危惧している様子の記述を読んで、この人は、台湾や朝鮮の植民地支配や関東大震災時の朝鮮人虐殺や侵略戦争など過去における日本の加害の歴史に否定的な考えをもち、昨今の「排外主義的ナショナリズムが急速に強」まりつつある日本社会につよい危機感をもっているのだと理解することは読者として当然だろう。それ以外の読み取り方はなかなか困難だと思われる。ところが、佐藤氏は、その舌の根も乾かないそのすぐ後に、北朝鮮や朝鮮総連はもちろん、中国や韓国を敵視した発言を連発する。北朝鮮について、武力行使を含めた恫喝外交を盛んに煽る発言を繰り返してきたことは金光翔さんが詳細に指摘しているとおりである。また、韓国について「国家の自縛」(産経新聞社2005年)では、前に書いたことだが、

「その韓国ですが、歴史・教科書問題での執拗さ、謝罪要求のしつこさには本当に閉口させられますね。」というインタビュアーの質問に答えていわく、

「 そう思いますよね。ですから「斎藤さん、確かに斎藤さんと手切れの約束をしてあのとき百万円いただきました。しかし、斎藤さんとの子供が今度中学に入るんです。私立にも入れたいんであと二百万円ください」そんなふうに言ってくるような女性と一緒ですよね。(略)これは国際社会のゲームのルールと合致しません。だから実はそんなに怖くない。/ 理不尽なことやったらそれは国際社会の中で受けいれられないから、そこは淡々と「いろいろとおっしゃられるんですけども、賠償の問題についてはすでにけりがついております。日韓基本条約に即した形で私たちやっておりますので。何かあります?」こういうふうに言えばいいと思うんですよね。日韓共通の教科書で歴史認識の問題を片付けようというのであれば、「まず北朝鮮と韓国の間で共通の歴史認識を作ってから日本に持ってきてください」と、こう対応をした方がいいんですよ。」

と述べている。「手切れの約束をしてあのとき百万円いただきました。しかし、(略)子供が今度中学に入るんです。私立にも入れたいんであと二百万円ください」というような話の持ちかけ方をする女性が世の中にそうそう存在するのかどうかが第一に疑問だが、上述の発言の全体がひどく低劣であることには間違いないだろう。もちろん、この主張内容は「国家の罠」で述べていた内容とはまるで別人のもののようである。「自国・自国民が他国・多民族から受けた痛みはいつまでも覚えているが、他国・他国民に対して与えた痛みは忘れてしまう」というナショナリズムについての認識はどこに行ってしまったのだろうか。「国家の自縛」が出版されたのは、「国家の罠」と同じく2005年のことである。

  3
今日は読書企画「ゼロ年代の50冊」の佐藤優氏に関する記事について異議を述べたが、佐藤氏と朝日新聞社との関連では、他にひとつ述べておきたいことがある。これは朝日新聞の労働組合に関することなのだが、昨年5月3日、朝日新聞労働組合は、「言論の自由を考える5・3集会」で佐藤優氏をゲストに招いて講演を依頼している。asahi.comから記事を引用すると、

「朝日新聞労働組合は5月3日、「第22回言論の自由を考える5・3集会」を兵庫県尼崎市の市総合文化センター(アルカイックホール・オクト)で開く。小尻知博記者(当時29)が殺され、記者1人が重傷を負った1987年5月3日の朝日新聞阪神支局襲撃事件を機に始まった。
 テーマは「閉塞(へいそく)社会とメディア――萎縮(いしゅく)せず伝えるために」。第1部は作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が講演。第2部は政治学者で東大教授の御厨(みくりや)貴氏を進行役に、佐藤氏と京大大学院准教授(メディア史・大衆文化論)の佐藤卓己氏、危機管理コンサルタントの田中辰巳氏がメディアのあり方などを議論する。総合司会は朝日放送の浦川泰幸アナウンサー。 」

このような企画は端的に小尻記者を冒涜するものではないかと思う。自分が批判されると、堂々と反論文も書けず、出版社に圧力をかけるしかなす術をもたない言論人に、一体どんな「言論の自由」が語れるというのだろう。また当時、小尻記者について「週刊新潮」はデタラメの記事を連続掲載していたが、佐藤氏はその「週刊新潮」と組んで(少なくとも佐藤氏は事前に「週刊新潮」のインタビューを受けているのだから、「週刊新潮」から批判者に関する記事が出ることは承知していたはずである)、自分への批判者をおとしめるスキャンダル記事を作成していたのである。このような人物に、よりによって「言論の自由」に関する講演を依頼するなど、救いようのない悲劇的な腐敗というべきか、それとも笑うしかない喜劇というべきか、なんともたとえる言葉がないように感じさせられる出来事であった。佐藤優氏と「週刊新潮」が金光翔氏に「名誉毀損罪」で提訴され、いまその裁判が進行中であることをマスコミが一切報じないのは、朝日新聞労組の事例が示すように、言論の自由を自ら侵害する(他人の言論の自由を侵害せざるをえない言論活動を自ら行なっているのだとも言えるだろう)言論人を重用している自分たちの矛盾が白日の下に晒されることを恐れているからではないのだろうか。


(注)「JanJan」という市民メディアの記者・西山健一氏は、朝日新聞労働組合主催のこの集会について記事を書いている。「「言論と自由を考える5・3集会」に参加して」というこの記事によると、佐藤氏は講演で次のようなことを述べたそうだ。

「 基調講演した佐藤優さんは、「株式会社である新聞社を認識すること。そのためには、マルクス経済を学ぶことだ。また新聞は、読者に読まれるおもしろさが必要で、夏目漱石の『それから』『三四郎』などを記者は読み勉強してほしい」と要望し、情報操作、週刊新潮の誤報、メディアの可能性、朝日新聞への期待などについてふれた。その中で、一連の週刊新潮の朝日新聞阪神支局襲撃事件で、新潮からの軽率なインタビューに応じてしまったことを謝罪した。」

「一連の週刊新潮の朝日新聞阪神支局襲撃事件で、新潮からの軽率なインタビューに応じてしまったこと」は大変大きな問題だろう。あの記事の事実関係について本気で信じ込んだのなら物書きとしての基本的な洞察力が問われることだし、佐藤氏の数々の普段の行動から推測すると、あるいは確信犯だった可能性もなしとは言えないのではないだろうか。

夏目漱石についても自分は漱石の作品を非常によく読んでいる、すべて知悉しているというかのような高みに立った話しぶりだが、率直に言って私はこれも不思議なことに感じる。なにしろ佐藤氏は、「ナショナリズムという迷宮」(朝日新聞社2006年)において、下記のような漱石に関する発言をしている。

佐藤 夏目漱石は政府留学生でしたね。期待を背負っての留学だったでしょう。ところがロンドン大学での授業についていけない。そこで見たイギリス人はエリートですよね。彼らはもともと個が確立しているんです。確かにエリート問の議論や外交の場面では、ヨーロッパの知識人、ロシアの知識人、日本の知識人、それぞれの思考に型があるという程度のことは言えます。そんな一部を見て、西欧社会全体が個の確立した人間で構成されているというふうに不当拡張してしまったのではないでしょうか。」(下線は引用者による)

下線部分について私は初耳である。「ロンドン大学での授業についていけない」というのは、おそらくロンドンの下町言葉であるコックニーをロンドン到着直後の漱石が聞き分けられなかったという逸話を佐藤氏は何らかの誤解でこのように思い込んでしまったのではないかと思われる。それにしても、留学当時の漱石の英語力、英文学に関する実力の程を把握していれば、もし誰かにそのように聞かされたとしても、「それはおかしい、ありえないことだ」とすぐに感じとったはずだと思う。それほど漱石の英語および英文学に関する実力が傑出していたことは周知の事実である。ロンドン大学の授業についていけないなどということはどう転んでもあるはずはないのだ(事実漱石はロンドン大学の聴講を止めてしまったのだが、その理由について授業を受ける意味がない、期待外れだという趣旨のことを自ら述べている)。また、明治時代の大学を初めとした上級学校の授業方法や学生の実力の高さを思えば、佐藤氏の上述の発言は不思議なことに思われる。当時、漱石のような学生は大学予備門の時から、数学や物理などについても英語をはじめとした外国語で授業を受けていた。佐藤氏はメディア上で日本史に関して最も多くを語る人のように思えるが、このような発言を見ると、実は漱石についてだけではなく、明治の教育制度についてもどの程度知悉し理解しているのか大変疑問である。

また「(西欧の)一部を見て、西欧社会全体が個の確立した人間で構成されているというふうに不当拡張してしまったのではないでしょうか」などという発言には、私ははなはだ鼻白む思いがした。一体漱石は、どこで「西欧社会は個が確立している」などと述べたことがあるのだろうか? そのような話を私は聞いた記憶がないのだが、漱石という人には、良し悪しではなく、おそらく明治初期に精神の形成期をむかえた人の常として、このようないかにも近代風を絵に描いたような発想はなかったように思う。それに加えて「不当拡張し」た、などという発言には、確か「獄中記」に書かれていたと思うが、自分と鈴木宗男氏の関係を「こころ」の先生と主人公の関係にみなしているのを読んだ時と同じく、思い上がりや無恥を感じてなんだか大変不快であった。
2010.06.27 Sun l 文芸・読書 l コメント (3) トラックバック (1) l top
6月13日の日曜日、朝日新聞の読書企画「ゼロ年代の50冊」に『国家の罠』(佐藤優著)と『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー著、亀山郁夫訳)がそろって取り上げられていた。太文字の見出しは、下記のとおりで、

【国家の罠】 不条理と戦い権力の本質に迫る 
【カラマーゾフの兄弟】 視界開けた、古典は新しい

執筆者は近藤康太郎記者である。私は現在朝日を講読していないので、こういう企画が立てられていると知ったのも、13日にブログ「連絡船」がこの件を取り上げていたのを読んだからだった。ブログ主の木下和郎氏は、選ばれた「50冊」のなかに亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』が入っていることを知り、「感想募集」に応じて投稿をされたそうである。2年にわたって今もブログに書き続けておられる労作「亀山郁夫批判」(四百字詰め原稿用紙にして1000枚以上)を添付した上で。詳しくはぜひ「連絡船」でこの件についての記事を読んでいただきたいと思う。

近くのコンビニで新聞を買ってきて読んでみると、なんとも気がめいるだけの記事であった。亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』には、ブログ「こころなきみにも」の萩原俊治氏の投稿原稿も「厳しい指摘」として採り上げられているが(萩原氏も木下氏同様、労を惜しまずわざわざ投稿されたのだ。)、紙面に載っているのは「文学作品の翻訳は日本語として条理の立った読みやすいものであると同時に、緻密なものでなければならない」という言葉だけである。これでは、「厳しい指摘」というより、単に翻訳についての一般論を述べているようにしか思えない。ヘンだと思っていたのだが、やはりこれは下記に引用させていただく投稿原稿(ブログに公開されている)とは相当に異なっていたのである。

上述の萩原氏のコメントのすぐあとに近藤記者は、「指摘の成否はおくとして」と記し、誤訳問題に自分は関知しない、中立の立場に立つかのように装う。すでにほうぼうで指摘されているように、今後の出版文化を占う上において決定的に重要だと思われるこの誤訳問題(さまざまな指摘があるが、その内容を見れば、重要さの度合いは誰にも分かることと思う)に、中立的立場などというものが誰かにありえるのかも非常に疑問であるところに、まして「指摘の成否はおくとして」というような姿勢は単に無責任なだけなのだが、近藤記者はそう言っておいてすぐさま、「以下のような感想は、本と文化にたずさわるだれにとっても、重いのではないか」とつづける。この「以下のような感想」というのは「重厚で難解な印象のロシア文学が、驚くほど明快だった」という亀山訳を称讃する読者の感想である。これが記事の結論部分なのだった。

萩原氏の投稿原稿の全文は以下のとおりである。

「「超訳」にすぎない亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』がベストセラーになったのは、メディア(朝日新聞、毎日新聞、NHK、集英社など)の強力な後押しがあったためだ。このことは、たとえば太平洋戦争の頃と同様、今も、メディアがスクラムを組んで大衆を操作すれば、大衆はコロッと欺されるという事実を私たちに示している。戦慄すべきことだ。それに、メディアの宣伝文句に踊らされ、その超訳をつかまされた大衆の何割が全巻を読みとおしただろう。このような疑問を抱くのは、その超訳は読者による緻密な読みを拒否するものでもあるからだ。ドストエフスキーの作品だけではなく、文学作品は筋を追うだけでは面白くない。緻密に読んで初めてその面白さが分かる。従って、文学作品の翻訳は日本語として条理の立った読みやすいものであると同時に、緻密なものでなければならない。超訳『カラマーゾフの兄弟』はこの二条件のいずれも満たしていない。」

ブログを読ませていただくと分かるように、萩原氏はドストエフスキーの研究者で、大学でドストエフスキー作品の講義をされている方だが、投稿原稿は、①亀山訳の『カラマーゾフの兄弟』のベストセラーは多くのメディアの後押しで生まれたもの、②文学作品の翻訳には日本語として条理の立った読みやすさが必要だが、亀山訳にはこれが欠けている、また緻密に読んで初めておもしろさが分かるというのが文学作品であり、したがって当然翻訳にも緻密さが求められるが、亀山訳にはこれもない。つまり翻訳に必要不可欠の二点を亀山訳は欠いている、というように要約できるのではないかと思う。ところが、朝日の記事を見ると、萩原氏のコメントの前に、「新訳で読みやすくなり、視界がさあっと開けた」(作家の高山文彦さん)とか、近藤記者自身の「飛躍的に分かりやすくなった同書」という記述があるため、萩原氏のコメントは亀山訳の「読みやすさ」を全面否定しているにもかかわらず、「読みやすくはなったが、緻密さに欠ける」というように、読者に全然別の意味に解されかねない文脈に変化させられている。これは「さして重大な批判ではない」と読者に思わせるための意図的な語句の選択・配置・操作ではないだろうか。

……と、悲しいことに、私は最近メディアの姿勢に狡猾な策略(本来の思考力のほうは正直に言ってひどく衰退しているように感じるが)のようなものを折々に感じるもので、ついこうして疑心暗鬼におちいってしまうのである。けれども実際、近藤記者は「同書には、しかし「誤訳」という批判もつきまとう。」と述べていながら、すぐ「指摘の正否はおくとして、」と平然と誤訳問題を打ち捨てているのだから、こちらが疑いふかくなるのもあながち無理はないのではあるまいか。もちろん「ベストセラーは、メディアの強力な後押し」という指摘についてはおくびにも出さず、触れていないのだし。近藤記者にかぎらず、私は新聞記者や編集者や出版者の、批判(文化や学芸にとって死活的に大事な問題に関してさえ)を決して謙虚に真剣に受け止めることのできないこういう姿勢は文学の本質に反している、むしろ文学が分析・批評の対象にするべき現象の一つのように感じる。

亀山訳『カラマーゾフの兄弟』を読むのは、小沼文彦訳、原卓也訳などを読んでいた私には苛立たしくも奇妙奇天烈な経験だった。ブログに感想を書いておこうと思ったので、なんとか全体の三分の一余りを努力して読んだ。そして優れた文学作品の翻訳としてある水準に達していると信じることができる、そのため心安んじて繙くことのできる訳本を他にもっていることをつくつく有り難いと思った。推測するに、もし『カラマーゾフの兄弟』を亀山訳によってはじめて読み、そうして感動したという読者が確かにいるのなら(たとえば「ゼロ年代の50冊」にコメントを寄せた読者のように)、それも原作の力に負っているのではないだろうか。亀山訳はどのページも呆れ返るしかないような稚拙な日本語で充ちあふれているように私には思えたが、そしてその原因は、「連絡船」が

「亀山の誤訳を、どんな翻訳作品にもつきものの表層的な誤訳として考えてはいけない。読みやすい日本語を心がけたために生じた誤訳などという亀山の弁解にごまかされてはならない。そもそも亀山に原作をまったく読めていないことこそが、夥しい誤訳として現われているのだ。これは深層的・構造的なものだ。どんな読者も亀山より作品を深く理解するだろう。亀山ほど狂った、素っ頓狂な読解はありえない。」

と述べているとおりだと私も思うのだが、それでも原作がもっている底力はどんなにお粗末な翻訳をも突き破り、断片の一つひとつであってもなお読者の心にひびくところがあった、ということではないかと考えたりもする。亀山訳(だけ)を読まれた人にはぜひ先行訳のうちのいずれかの『カラマーゾフの兄弟』を新たに読まれることをお勧めしたい。それを実行さえすれば、大方の人は翻訳の出来映えの歴然とした差異に気がつくと思う。その上でなお亀山訳を称讃するという人はそうはいないはずだ。

しかしこれは、亀山訳を称讃する既存の作家や書評家や編集者・出版人には当てはまらない。彼らは彼らなりの意図や思惑で発言し動いているのであり、本来自分たちが負っているはずの文学作品と読者と文学の世界への責任を放棄していると思う。そうではない、心底亀山訳を優れていると信じて称讃しているのだというのならば、その人は普通当たり前の読解力さえもっていないことになり、どちらにしろ、このようなことでは将来はかぎりなく暗い(注)。朝日新聞の文化部は、せめて、この企画を機会にこの件について真剣な検証を行ってみてはどうだろうか。

「ゼロ年代の50冊」選出のもう一つの話題作「国家の罠」については、次回に書きたい。



(注) 先日、とあるブログで沼野充義という人の次の文章が引用されているのを読んだ。

「 最後に、翻訳論となると誰もが引用するベンヤミンの「翻訳者の使命」を少し引き合いに出してみよう。(中略)

 そう考えた場合、私なりの見方では、翻訳には3種類の基本的なストラテジーがありうる。第一に翻訳先言語に焦点を合わせ、異質な要素を翻訳者の文化の文脈に「適応」させてしまうもの(これをアメリカの翻訳理論家ローレンス・ヴェヌティは「馴化」と呼んでいる)、第二に、あくまでも言語への忠実さを目指すもの、第三にいわばその両者の間にあって、両者を媒介するもの。第一のタイプは「カラマーゾフの兄弟」の新訳に代表されるような、いわゆる「こなれた」翻訳で、「同化的」と呼ぶことができる。第二のタイプは学者やある種の文体的実験を目指す翻訳家によって実践されるもので、「異化的」な作用をもたらす。第三の「媒介的」なタイプは、翻訳者の母語と外国語の間を媒介し、そこにいわば第三の言語を作ろうとするものだ。無論、この第三の言語とはユートピア的なもので、現実にはベンヤミンのいう「純粋言語」同様、存在しないのかも知れないが、私はその媒介的な場で展開するものこそが「世界文学」と呼ばれるに相応しいと考えている。」

亀山訳を「こなれた」翻訳と言っておられる。どういうところがそうなのか、沼野氏にはぜひ教えを乞いたい。とても関心がある。
ベンヤミンの「翻訳者の使命」が亀山訳を肯定的に語るのに引用されているのはちょっと…。


6月18日 「上述の萩原氏のコメントのすぐあとに 云々」の段落には、やや強引な表現がありましたので、訂正しました。
2010.06.17 Thu l 文芸・読書 l コメント (2) トラックバック (0) l top
金光翔さんの裁判の争点の一つは、論文「<佐藤優現象>批判」に佐藤優氏が言ってもいないことが書かれているかどうかという点だと思われる。この点につき、被告側の主張は、論文に言ってもいないことが書かれているのは事実である。それは何かというと、「人民戦線」という言葉である。この言葉を被告自身はこれまで一度も使ったことはなく、また「人民戦線」に該当する内容の主張をしたこともない、ということのようであるが、この他にも、被告側は、九項目の「曲解していること」という争点を出している。この「曲解していること」という主張は、「被告準備書面(4)」に、「(論文には)被告佐藤が言っていないこと、あるいは曲解された事実が多数記載されている……云々」とあるように、「曲解」は「言ってもいないこと」と並んだ形で出されているので、これは「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど滅茶苦茶な内容です」のなかの「など」に相当するということになるのだろう。佐藤氏は、「目茶苦茶な内容です」の発言の後、「絶対に許せません」とも発言しているが、「曲解していること」も、「言ってもいないこと」同様、「目茶苦茶な内容であり、絶対に許せない」ということになるのだろうか。

けれども、『週刊新潮』の記事中に「曲解」云々はまったく出ていないのだから、金さんがブログで述べているように、唐突の感は拭えないし、実際に書面の「曲解していること」を読んでみると、説得力はほとんど感じられないようである。「人民戦線」云々の主張だけでは自らの正当性の主張として如何にも弱いので、一応言ってみようということで裁判用に急遽付け足したのではないかという推測も案外当たっているのかも知れない。被告側は、「曲解していること」の実例として九項目をあげているが、このなかで私が驚きもし呆れもしたのは、七項目目の例とその主張であった。この部分を被告側の書面から以下に引用する。

「(7)「論文」149頁上段5行目~12行目

 《ところで、佐藤は、「仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。

 日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」と述べている。佐藤は、リベラル・左派に対して、戦争に反対の立場であっても、戦争が起こってしまったからには、自国の防衛、「国益」を前提にして行動せよと要求しているのだ。》との記述がある。

 しかしながら、これも曲解である。

 被告佐藤は、フジサンケイビジネスアイ「地球を斬る」2007年7月4日「愛国心について」(乙7号証)において、 「日本の現状に対して、怒りや嘆きは当然ある。しかし、愛国心とはそれの別の位相から出てくる感情である。かつてイギリスの作家ジョージ・オーウェルが「右であれ左であれわが祖国」と言ったが(注1)、筆者もそう思う。 一部の有識者からおしかりを受けることを覚悟した上で書くが、仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」と述べており、右派・左派を問わない、愛国心という感情についで述べた箇所であって、自らの政治信条について述べている訳ではない。」(「被告準備書面(2)」)(下線は被告側によるもの、(注1)は管理人によるもの。)

被告側は、あえてこの主張をすることによって自ら墓穴を掘っているのではないだろうか。「曲解していること」のなかにこの箇所があがっているのを見て、私はこれをはじめて読んだ際の不快な印象を思い出し、あらためてイヤ~な気分になった。上の文章を読んで、これを「右派・左派を問わない、愛国心という感情について述べた箇所であって、自らの政治信条について述べている訳ではない。」という被告側の言い分を素直に得心できる人が何人いるだろうか。だいたい、「右派・左派を問わない、愛国心という感情」とはどんな感情なのか、丁寧に具体的に説明してみよ、と言いたいところだが、

「仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」(「地球を斬る」2007年7月4日)

という佐藤氏の発言についての論文の分析は、被告側の引用にもあるように、

「佐藤は、リベラル・左派に対して、戦争に反対の立場であっても、戦争が起こってしまったからには、自国の防衛、「国益」を前提にして行動せよと要求しているのだ。」

というものである。これは、論文のなかで秀逸な分析の一つだと私は思っている。金さんは「原告陳述書」のなかで<佐藤優原書>成立の事情について次のように述べている。

「 ……過去数年間のリベラル・左派の論調や、同時代の、当時の『世界』編集部内部でのやりとり、知人とのやりとり、市民運動やリベラル・左派系の雑誌の論調、各種団体や言論人の主張等を見るにつけて、被告佐藤の主張がリベラル・左派の一部に強く好まれ、また、起用が表立っては批判されないことは、単なる一過性のものではなく、極めて根が深いものであると考えるようになりました。そして、その背景には、リベラル・左派による、改憲(解釈改憲も含む)後に備えて「現実的」な勢力となっておきたいという動機が強く存在し、そのために、リベラル・左派の一種の「改変」という現象が、なし崩しの形で進展していると考えるに至りました。」(原告陳述書)

おそらく論文の主題だと思われる、<佐藤優現象>の背景に、「リベラル・左派による、改憲(解釈改憲も含む)後に備えて「現実的」な勢力となっておきたいという動機」が存在している、という判断については、今と違って、当時私はあまりピンとこなかった。雑誌の傾向や市民運動や言論人の主張などを含めた全体の流れやその変化が見えていなかったのだろう。しかし、佐藤氏の「仮に日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっても、筆者は自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩む中で、自分が「正しい」と考える事柄の実現を図りたい」という言葉については、私も金さんと似た受け取り方をしていた。

私は1930年代から敗戦までの十数年間の日本の状況に佐藤氏の発言を置いて考えていた。アジアに対する侵略戦争や、米国に対する悲惨な結末が最初から見えているような無茶な先制攻撃に対し、大衆が喜んで参戦しているのなら、かりに自分にはその行き着く先が見えていたとしても、止めたりはしない、皆と一緒に誤った道を歩むと述べているのだが(信じがたいことだが、どう考えてみてもこの発言にその他の読みとりをさせるものはないだろう)、これは良識の通じるまともな神経をもった人から出る言葉ではないだろう。

「日本国家と国民が正しくない道を歩んでいると筆者に見えるような事態が生じることがあっ」た時、その正しくなさを指摘しないで、「自分ひとりだけが「正しい」道を歩むという選択はしたくない。日本国家、同胞の日本人とともに同じ「正しくない」道を歩」みだしてしまったら、その後どうやって「自分が「正しい」と考える事柄の実現を図」ることができるというのだろう。佐藤氏はそのような行為が「愛国心」だと述べ、「正しい」道を指摘しないことに対する良心の呵責について述べるどころか、なにやら得々としているのである。これは単に虚偽であり、愚劣で浅薄な言葉の羅列に過ぎない。戦争に反対して、あるいはそのように見なされて、拷問されたり、獄死させられたり、官憲に付け狙われて苦しめられた人のことなどは頭の片隅にもないようである。危険なのは、この人のこういう明白な詐術、それによる煽動が見過ごされ、なんだかわけも分からないままに褒めそやされ、その言説が人心に浸透していっているように見えることである。もしかすると、このような性質のレトリックも人を惹きつける要因の一つになっているのかも知れないとさえ思えるのだが、被告・弁護側がこのようなタチの悪い例をもちだして「曲解」と主張するのは、鈍感過ぎるとしか言いようがないと思う。

この発言は、こちらこちらで書いたことだが、高橋哲哉氏の「靖国問題」を批判して『正論』誌に記されていた

「「悲しいのに嬉しいと言わない」、「十分に悲しむこと」、この倫理基準を守ることができるのは真に意志強固な人間だけだ。悲しみを無理をしてでも喜びに変えるところから信仰は生まれるのであるし、文学も生まれるのだと思う」

という発言と、発想の根が同じではないかと思う(同一人物のものだから、当たり前か)。戦争や靖国の肯定の主張を持って回った小利口な(あるいは深遠な考えのありげな)言い方で述べ、本人がさも得意然としているところがよく似ているように感じる。

上述の件は佐藤優氏の言説に関する問題点のほんの一例、氷山の一角(注2)に過ぎない。私は金さんが『世界』編集部で佐藤氏の起用について問題提起をしたのは、真面目に現実的にものを考える編集者として、当然のことだと思う。そうしなければ後々までずっと現在とは別の苦しい事情をかかえることになっていたのではないだろうか。たとえば、読者の存在にしてもそうである。岩波書店は、佐藤氏が書いている文章の内容、また雑誌によって主張を微妙にあるいは露骨に操作し、使い分けている姿勢などを恐るべきことだとは思っていないらしいが、佐藤氏自身だけではなく、これを許容する出版社の姿勢も読者を欺く恐るべきことだと考える人間もいるのだ(注3)。金さんが編集部で問題を提起したとき、編集部の人たちにそういう読者の存在(私もその一人なのだが)は頭になかったのだろうか。読者からもし質問や強硬な批判が出てきたらどう対処するつもりだったのだろうか。これは、編集長だけではなく、編集者一人一人も問われることになる問題だろうと思うのだが、完全に無視・黙殺するつもりだったのだろうか。読者から自発的にそういう声が起こるとは考えなかったのかも知れないが、これは今も大きな疑問である。
 
     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

(注1)ジョージ・オーウェルは「右であれ左であれわが祖国」と言ったことがあるそうである。この言葉がどこに書かれているのか私は知らないのだが、佐藤氏はこの言葉を自分の主張の補強として用いている。が、肝心なのはそれがどんな文脈で言われたかであろう。佐藤氏のこの文章を見るかぎり、ジョージ・オーウェルだろうと他の作家だろうと、一定の敬意を評すべき作家のうちいったい誰が佐藤氏のこのような主張を肯ったり、評価したりするだろうか。2003年に、イラク派兵を前に小泉首相が、日本国憲法の前文の一部を読み上げ、これによって派兵の正当性を主張するという呆れた行動をとったが、私は佐藤氏のこの引用もあの場合と同類のことではないかと疑う。何しろ、佐藤氏は、亀山郁夫氏の翻訳(ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」)を褒めあげるために、いくつもの先行訳にありもしない誤訳を押しつけているのだ(これは出版社・編集者の責任のほうがより大きいと思うが)。畏れを知らないというべきで、世の中にこういうことができる人はそうはいないと思う。ここからして、佐藤氏の倫理観は普通一般とは大きく異なっていると判断しないわけにはいかない。

(注2)佐藤氏が媒体によって、主張の使い分けをしているという例には、たとえば次のようなことがある。拉致問題や北朝鮮などについて佐藤氏は下記のように大変抑制的な態度をとっている場合もある。

「拉致問題で日本ナショナリズムという「パンドラの箱」が開いたのではないか。ナショナズムの世界では、より過激な見解がより正しいことになる。日本ナショナリズムが刺戟されれば、日露平和条約(北方領土)交渉も一層困難になる。ナショナリズムは経済が停滞した状況では昂揚しやすい。」(「国家の罠」2005年)

「既存のメディアが、インターネットの言説に引っ張られているということの象徴でしょう。メディアを覆う一連の反中国、反北朝鮮の排外的な言説なんかまさにそうではないかと思いますよ。」(「ナショナリズムという迷宮」2006年)

上記で特に何らかの具体的な意見が述べられているわけではないが、態度は見るからに冷静である。この態度が次のような文脈に飛躍するとは誰しもなかなか考えつかないのではないだろうか。

「なぜわれわれが北朝鮮と取り組まなくてはならないかというと、朝鮮半島に平和をもたらす必要があるからではなく、拉致問題が存在するからでしょう。拉致事件は日本人の人権が侵害されたのみならず、日本国家の領域内で平和に暮していた日本人が北朝鮮の国家機関によって拉致されたという、日本国の国権が侵害された事件です。日本人の人権侵害と日本国家の国権侵害を原状回復できない国家というのは、国家として存在する意味がない。」(「インテリジェンス武器なき戦争」2006年)

「国家の自縛」(2005年)では、版元が産経新聞社であることを意識し、またインタビュアーの期待にこたえようとするせいか、下記のごとき発言までしている。

斎藤 その韓国ですが、歴史・教科書問題での執拗さ、謝罪要求のしつこさには本当に閉口させられますね。

佐藤 そう思いますよね。ですから「斎藤さん、確かに斎藤さんと手切れの約束をしてあのとき百万円いただきました。しかし、斎藤さんとの子供が今度中学に入るんです。私立にも入れたいんであと二百万円ください」そんなふうに言ってくるような女性と一緒ですよね。(略)これは国際社会のゲームのルールと合致しません。だから実はそんなに怖くない。
 理不尽なことやったらそれは国際社会の中で受けいれられないから、そこは淡々と「いろいろとおっしゃられるんですけども、賠償の問題についてはすでにけりがついております。日韓基本条約に即した形で私たちやっておりますので。何かあります?」こういうふうに言えばいいと思うんですよね。日韓共通の教科書で歴史認識の問題を片付けようというのであれば、「まず北朝鮮と韓国の間で共通の歴史認識を作ってから日本に持ってきてください」と、こう対応をした方がいいんですよ。」

これらの発言はみな2005年、2006年頃、同時期のものである。

(注3)「だから文章はたいへん下手でも、嘘だけは書かないように気を附ける事だ。」と太宰治も言っている(「十二月八日」)。が、実は太宰治に限らず、私の知るかぎりこのように虚偽・ごまかしを忌避する内容のことを述べたり示唆したりしていない文学者も思想家も存在しないように思う。佐藤優氏は、よくマルクスについて書いたり話したりしているが、友人のリープクネヒトという人によると、マルクスは「彼は自分の思想と感情を完全に腹蔵なく語り」「マルクスほど正直な人間はいなかった-彼は真実の権化であった」「けっしていつわったことはなかった」(「世界の名著」中央公論社)というようにまっ正直な人物だったようである。マルクスをあまり読んだことのない私のようなものでも、これはまったく「そうであろう」とふかく納得のいく証言である。

また、岩波書店の創業者の岩波茂雄氏も、岩波文庫発刊にあたって、「読書子に寄す」として、「真理は万人によって求められることを自ら欲し、芸術は万人によって愛されることを自ら望む。かつては民を愚昧ならしめるために学芸が最も狭き堂宇に閉鎖されたことがあった。今や知識と美とを特権階級の独占より奪い返すことはつねに進取的なる民衆の切実なる要求である。岩波文庫はこの要求に応じそれに励まされて生まれた。」と述べている。こういう文言は読者の胸にうっすらとではあってもイメージとしていつまでも残っているものである。中野重治も、戦後、どこかでこの文章について、いいことを言っている、と述べたあと、岩波書店は大体この言葉どおりにやってきたと思う、との評価をしていた。「大体この言葉どおりにやってきた」という部分こそが貴重だと思う。もちろん、誰もそんなに立派なことばかりできないのだし、望みもしないのだが、ただ最低限どうしてもやってはいけないということがあると思うのである。
2010.06.13 Sun l 裁判 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2007年12月5日、金光翔さんは、論文「<佐藤優現象>批判」を雑誌に発表したことにつき岩波書店(社長)から、

「社員でありながら、あの論文を公表したことは、岩波書店の社会的な信用を傷つけた。今後はこのような行為は慎んでほしい」

という理由で「口頭による厳重注意」を受けたとのことである。また、この処分に先立つ11月28日には、下記の見解をも伝えられていたそうである。

「著者・読者・職場の信頼関係を損なうものであり、岩波書店を成り立たせる存立基盤を掘り崩すものだと考える」

「厳重注意」には、「社員でありながら」という一言が入っている。岩波書店も著者や読者に対しては、佐藤優氏の言説の問題点を指摘したり、そういう佐藤氏を重用するリベラル・左派系メディアの姿勢を批判することは許されない、などとはまさか言えないわけで、その自覚が「社員でありながら」という表現をとらせたのだろう。しかし「社員でありながら」あの論文を発表したことが「著者・読者・職場の信頼関係を損なう」ことになったのかどうかについてはよくよく検討する必要がある。たとえば、もし論文に記載されている事実関係に虚偽があったり、根拠のない非難や攻撃が見られたり、あるいは的外れの分析・批判がなされているなど、論文が一般常識上の品位を欠いたものだったのなら、岩波書店も論文公表のせいで「著者・読者・職場の信頼関係」が損なわれたと言っていいかも知れない。しかしあの論文がそのような性質のものとは私には思えない。また、岩波書店も「厳重注意」のなかでそのような指摘はしていない。それから、金さんは論文発表に際して自分が岩波書店の社員であることを公表していなかった。論文発表は個人としての行為であり、また読者には論文の内容にだけ注視して読んでほしいという願望の下でそのようにしたのだと述べている。論文の著者が岩波書店の社員であることが公になったきっかけは、裁判の被告側書面によると、「岩波関係者」の『週刊新潮』への働きかけだった。

岩波書店のいう「著者・読者・職場」のうち、「著者」とは具体的に誰を指すのだろう。論文で批判されている佐藤優氏やその周辺の人たちのことだろうか。それとも岩波書店から本を出したり、岩波書店発行の雑誌に文章を寄稿したりする執筆者全体のことを指しているのだろうか。この点も曖昧だが、この問題に無関係の執筆者も「著者」のうちに含まれるとしたら、その人たちに対し、論文がそれ自体で「著者・読者・職場の信頼関係」を損なうことなどありえないし、またできるはずもないと思う。物書きは誰でも文章を読めば、善悪美醜などについて各自がもっている価値観に基づいて独自の評価・判断をくだすはずである。この場合も同じであろう。岩波書店のこのような言い分はそれこそ執筆者に対して礼を失しているのではないだろうか。

これを見ても、どうも近頃の岩波書店は執筆者に対してもさほど敬意を払っていないのではないかと感じられるのだが、これは私の錯覚だろうか。戦前・戦中から戦後にかけて抵抗精神や批判精神をもって書きつづけ、文壇や論壇をリードしてきた作家・知識人はもう大方姿を消した。その視線や発言を恐れなければならないような人物はもういない。自分たちには好き勝手な振る舞いが許されている。岩波書店の役員の人々は、無意識にせよ、そんなふうに思っているのではないだろうか。そんな邪推をしたくなるほど言動がなんだかあまりにも場当たり的、無節操、無軌道に見える。

これらのことは著者に関してだけではなく、読者に関しても同様のことが言えるように思う。多くは文庫本ではあるが、私もある程度岩波書店刊行の本を読んできている。一応、読者と称してもいいのではないかと思うのだが、そういう読者としての私は、「<佐藤優現象>批判」が、「著者・読者・職場の信頼関係を損な」った、などという判断が岩波書店によってなされているのはまったく納得できないばかりか、迷惑でもあり心外でもある。

その理由は、①論文「<佐藤優現象>批判」が事態の核心をついている、少なくとも真実の一端を明らかにしていると思えること、②もう一つは佐藤優氏を『世界』が起用することに異を唱えたり、雑誌に論文を発表した金さんの行動に対する岩波書店の態度・姿勢にはきわめて大きな問題があると思えること。大まかに言うと、この二つによってである。

今回は②に関連して、文章を一つ引用したいと思う。藤田省三が1990年に『世界』のインタビューで述べたもので、この問題について考えるとき、下記のこの文章がよく私の頭に浮かんでくるのである。(強調は引用者による。)

「 先年亡くなった西ドイツのカール・レービットは戦争中日本にいて軟禁状態におかれていた。かれは戦後間もなくこう書いています。日本人の精神的特徴は自己批判を知らないということである。あるのは自己愛、つまりナルシシズムだけである、と。その指摘はいまいよいよ実証されてきたと思います。

〇個人としての自己愛であればエゴイズムになり、したがって自覚がありますが、日本社会の特徴は、自分の自己愛を自分が所属する集団への献身という形で表す。だから本人の自覚されたレベルでは、自分は自己犠牲をはらって献身していると思っている。その献身の対象が国家であれば国家主義が生まれ、会社であれば会社人間が生まれて、それがものすごいエネルギーを発揮する。しかしこれはほんとうはナルシシズムであって、自己批判の正反対のものなのです。錯覚された自己愛、ナルシシズムの集団的形態であって、所属集団なしに自己愛を人の前に出すほどの倫理的度胸はない。ほんとうに奇妙な状態です。

〇よく外国の批評家が、日本人は集団主義だというけれども、それは一応はあたっている。ただし、日本人の集団主義は、相互関係体としての集団、つまり社会を愛するというのではなくて、自分が所属している集団を極度に愛し、過剰に愛することによって自己愛を満足させているのですから、そこに根本的な自己欺瞞がある。

〇自分では自己犠牲をはらっている、自分は献身的であると思っていて、人にもそういって自分を正当化しながら、実は国家主義であり、会社主義なのです。」(「現代日本の精神」初出は『世界』1990年。現在、みすず書房「全体主義の時代経験」収載)

以上であるが、この文のインタビュアーは、実は『世界』現編集長の岡本厚氏である。もう十年ほど前に、私はこのインタビューを日本人論として実に的を射た見方だと思って自分自身痛痒いような気持ちで読んだ記憶があるのだが、金さんの論文が発表されて後の岩波書店や岩波書店労働組合の動向を見ていると、この人たちは藤田省三のこの文章を意識し、ここで批判されている日本人をあえて真似てみせているのではないかとすら思えたりする。あまりにもそのままではないだろうか。岡本氏はそう思われないだろうか。ひょっとすると岡本氏には藤田省三に何か含むところでもあるのではないだろうか? 裁判所に提出されている被告側書面における「岩波関係者」や「岩波書店組合関係者」の発言や行動といい、先日「私にも話させて」で金さんが述べていた

「組合費を払わず、組合に敵対する行動をしている人は、除名すべきです。そのような人に、春闘・秋年闘の果実である一時金を与えるのは、公平を欠きます。」

という組合員の投書といい、またこれを文書に掲載して全社に配布した労働組合の行動といい、本当に凄いものである。これほど底意地の悪い卑劣な仕打ちは、会社の暗黙の容認がなければできないのではないだろうか。私にはそう思える。まさに、藤田省三が述べているところの

「その献身の対象が国家であれば国家主義が生まれ、会社であれば会社人間が生まれて、それがものすごいエネルギーを発揮する。しかしこれはほんとうはナルシシズムであって、自己批判の正反対のものなのです。錯覚された自己愛、ナルシシズムの集団的形態であって、所属集団なしに自己愛を人の前に出すほどの倫理的度胸はない。」

を絵に描いたような、いやむしろその究極の姿ではないだろうか。金さんは会社に異動願を提出した理由について、次のように述べている。

「 私は、被告佐藤を起用することや、今後、川人を起用することによって、人権や平和に対する大きな脅威を与えることに、強い精神的苦痛を感じていました。これは、そのような書き手を起用する編集方針に従事することへの苦痛と、そのような書き手を起用すること、また、私の名前が誌面に出る以上、在日朝鮮人である私が『世界』編集部員として、そのような編集方針を容認しているかのような印象を読者に対して与えることが、社会に悪影響を与えることへの苦痛です。」(「原告陳述書」より)

「異動願」の提出理由についての上述の金さんの発言に誤解の余地はないと思う。他に推定できる理由は考えられそうもないからである。このような編集社員の複雑な心情や思考や判断に対して、編集長が当然なすべきことは熟考であろう。「被告準備書面(4)」によると、岡本編集長は金さんの異動に際して「これからの職場もね、やっぱり人間関係ってさ、どこの職場でもあるから。」と述べているが、現在の「編集方針を容認しているかのような印象を読者に対して与えることが、社会に悪影響を与えることへの苦痛」を感じている在日朝鮮人社員の心情についていくらかでも思いを巡らせたのであれば、このような説教はできないだろう。同僚社員の差別発言を注意したことについての『世界』編集部の反応も、同じ実態の別の表われに過ぎないと思う。同じ在日朝鮮人や社会全体へのふかい視野を含んだこのような判断、理由をもっていたからこそ、金さんはあれだけの嫌がらせやいじめにも対抗できたのだと思う。そうでなければ決してできることではない。その点に私はかねがね敬意をもっている。自分だったらとてもこのような粘り、堪え性はもてないのではないかと思うのである。しかし一昔前にはいくらでも見聞きすることができたこのような視点や心情や価値観は今や希有なことのようになってしまっている。中野重治なら、これは文学の問題だと間違いなく言うと思うのだが…。若い人にはそのような試みも望みたい気もする。それにしても岩波書店のこのような現実のなかから、はたして読者の心に活き活きと訴える力をもった書籍、時代を正確に力づよく映しだす雑誌が生まれでる可能性や希望の余地があるのだろうか?
2010.06.10 Thu l 裁判 l コメント (0) トラックバック (0) l top
前回、『週刊新潮』に電話をかけて金光翔さんに関する情報を告げたという「岩波関係者」が、自分だけの判断と意志でそのような行動をとったとは思えないという趣旨のことを書いた。言いにくいことだが、はっきり言うと、これは「「佐藤優」批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」と題された『週刊新潮』の記事作りに岩波書店上層部が関与しているのではないかということである。実のところ、だいぶ前のことだが、金光翔さんが一度自分自身のそのような疑いについて書いているのを読んで、私は驚くとともに、かなりのショックを受けたことがあった(自分では意識していなかったが、岩波書店の伝統に対する相応の信頼感が心のどこかにあったのだろう)。それ以降、その疑いをそのままもっていたのだが、今回、被告の準備書面を読んで、岩波書店の上層部の関与の事実について確信めいた感触をもった。

理由は前回書いたことにとどまらない。あの「岩波関係者」は、『週刊新潮』に自分のほうから電話をかけて第一報を伝えたかどうかの事実関係の真偽はさておくとしても、『週刊新潮』記者の取材を受けて徹底的に金さんに不利な、名誉を傷つける証言をしているが、その上、その記者に対し、取材対象として「岩波書店組合関係者」を紹介している。これが異様である。「岩波関係者」の『週刊新潮』への対応は自分一人の、内密な行動ではなかったということである。そして紹介されたこの「岩波書店組合関係者」も『週刊新潮』の取材に対し何ら不審や警戒心を見せる様子もなく、「岩波関係者」と同一傾向の発言をしている。これは二人が『週刊新潮』の記事作りに全面的協力をしているという理解をされて当然の行動であり、到底、一社員および一組合員が自分たちの判断でなせる行動と考えることはできがたい。前述の「被告準備書面(4)」には、

「11月25日(日)の午後1時からの全体会議で、上記取材に基づく内容が、ワイド特集記事の1本として掲載の方向性で取材を進めることが確認された。/ 荻原記者は、その後、上記の岩波関係者から紹介された岩波書店組合関係者に対し、30分前後電話で取材を行った。/ この取材により、①原告の「IMPACTION」への組合報の無断引用が、組合の中で大問題になっていること、②岩波労組では、組合報である「壁新聞」は、内部文書で外部への公表を前提としていない「社外秘」扱いになっていること等を取材できた(乙13号証)。」

と記述されていて、「岩波書店組合関係者」への取材も「岩波関係者」に対すると同様、何の障害もなく、きわめてスムーズに進行した様子がうかがえる。発言内容の重大さに比して、二人の警戒心のなさは驚くべきものに思える。直接の指示によるものか、それとも暗黙の了解や容認によるものなのかは分からないが、岩波書店上層部と「岩波関係者」・「岩波書店組合関係者」との間には、了解事項があっただろうと思う。というより、今のところ私には他の可能性が何も浮かんでこないのである。

戦前、「治安維持法」が猛威をふるっていたころには、雑誌や新聞業界に密告のようなことも皆無ではなかったとは聞く。「横浜事件」にも背景にその種の暗い影が存在しているという話を聞いたこともある。残念ながら、この出来事は戦前の日本のその種の歴史を思い起こさせるものがあるのだ。宮部信明常務取締役は、『週刊新潮』に載った「岩波関係者」の虚偽的発言や個人情報漏洩の事実に対し会社はどういう対応をとるのかという金光翔さんの質問に対して、

「仮に岩波書店社員であったとしても、社員が取材に応じるのは自由である。」

とも述べたとのことだが、金さんの論文発表に対する対応とのこの極端な落差、不公平を宮部氏自身はどのように理解しているのだろうか。

岩波書店は、金光翔さんが今年3月25日に会社に対して求めた、

「 私は株式会社岩波書店に対し、以下の措置を執ることを求めます。
一、上記証言者二名は誰か、調査し、その結果を私に伝えること。
一、岩波書店社員二名が、金の名誉を毀損する発言および個人情報を漏らす発言を『週刊新潮』編集部に対して行っている事実、およびそうした事実に対して会社が遺憾の意を持っていることを岩波書店社内に周知徹底させること。
一、社員が、別の社員の名誉を毀損する発言および個人情報を暴露する発言を、週刊誌等の外部のメディアに行うことへの具体的な再発防止措置を執ること。」

この問いかけに早急に応答する義務と責任があると思う。実はこの問題において負うべき責任の重さは、岩波書店と『週刊新潮』を較べると、私は社会的信頼を得ている分だけ岩波書店のほうにあると思っている。これが偽らざる実感である。
2010.06.01 Tue l 裁判 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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