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前回から大分間が空いてしまったが、今日は、6月13日に朝日新聞の読書企画「ゼロ年代の50冊」に「亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』」とともに採り上げられていた佐藤優著「国家の罠」について、感じたことを書いてみたい。

  
朝日新聞は「国家の罠」に「不条理と戦い権力の本質に迫る」という見出しを付けている。記事によると、政治学者の山口二郎氏は「50冊を選定した識者」の一人ということだが、その山口氏は識者アンケートでこの本を「検察=正義という常識を変えた、権力の本質に迫る本」と称讃している。また、読者の投稿文章も「担当検事との会話を忠実に再現」「強靱な精神力」「歴史に対する謙虚さ」「読者にこびない」「マスコミ、司法、社会の不条理と戦う文学の力」という具合であり、紙面にはこの本に対する絶讃といってもよい言葉が並んでいる。

2005年にこのノンフィクション作品がよく売れ、社会的反響を呼んだことで、本に書かれていた「国策捜査」という言葉も広く世に知れ渡ることになったが、この言葉自体は「国家の罠」の出版以前から使用されていた。私は魚住昭氏の文章のなかに「国策捜査」という言葉を見た記憶があるし、保坂展人氏の「どこどこ日記」(2006年1月8日付)にも「国策捜査という言葉は、金融機関の破綻時や企業不祥事の後で、即座に始まる捜査を私たち捜査権力の外にいる者が「国策捜査」という言葉を使ってきた。しかし、被疑者を前にして、検察官が「これは国策捜査だ」と語ったという記述には驚いた。」と記されている。「検察官が「これは国策捜査だ」と語ったという記述」とはもちろん「国家の罠」における佐藤優氏の記述を指している。このように、「国家の罠」が「国策捜査」という言葉を流行らせ、大きな一種のブームを作り上げたことは事実だが、ただ、このような現象面の出来事を一切抜きにして本の内容だけに――そのなかの事実関係だけに焦点を絞って考察するとどうだろうか。

この作品が「ゼロ年代の50冊」が言うような「不条理と戦い」「検察=正義という常識を変え」「権力の本質に迫」った本であるかどうか。この点につき、私には大いに検討の余地があるように思える。上の諸氏による高い評価には、前提条件として、「国家の罠」には佐藤氏の経験した事実がありのまま正直に記されている、という認識が存在していると思われる。そうでないかぎり、「不条理と戦い権力の本質に迫る」などの言葉は出てこないだろうからだ。しかし私はこの点に疑問をもっているので、以下で検討してみたい。まずはじめに、朝日新聞の「国家の罠」に関する記事を引用しておく。

「 ■ 不条理と戦い権力の本質に迫る

 知もてロシアは理解し得ず
 並の尺では測り得ず
 そはおのれの丈を持てばなり
 ロシアはひたぶるに信ずるのみ

 19世紀ロシアの詩人チュッチェフによる有名な4行詩を、佐藤優氏は「ロシアや知恵や理性ではなく、経験によってもわからない」と解釈した。崩壊前夜のソ連でモスクワの日本大使館に勤務し、共産党幹部に深く食い込んでいた。腕利きの分析官にしてからが、「ロシアの闇」は分からない、という。それはまた、「国家の闇」に通じるものでもあったろうか。
 佐藤氏は、外務省関連機関に対する背任などの罪に問われ逮捕、有罪が確定した。筆者によれば、逮捕は「国策捜査=冤罪とは違うが、国家が自己保存の本能に基づき、ターゲットとした人物になんとしても犯罪を見つけだそうとする政治事件」によるもの。512日間にも及ぶ独房生活での思索から生まれたのが『国家の罠』だ。
 読者からは<拘留が500日を超えて、その間の担当検事と会話を忠実に再現できるとは、強靱な精神力はもちろんだが、歴史に対する謙虚さがある>(埼玉県の藤村敏さん・59)、<形容詞の少ない行政文書のような筆致は、読者にこびないという点で新鮮>(京都府の森原康仁さん・30)といった手紙が寄せられた。
 逮捕された当時、佐藤氏はテレビ、新聞を始めとして、世間の強烈なバッシングの下にあった。<佐藤氏は同志社大神学部の先輩>だという石川県・小坂直樹さん(44)はこう書いてきた。<逮捕直後に、同窓生らが設立した支援会への援助の手紙をわたしは黙殺した。マスコミ、司法、社会の不条理と戦う文学の力を見せつけてくれた作品。そしてわたしにとっては、生涯消えぬ後悔を心に刻むことになった本>
 50冊を選定した識者アンケートでも、山口二郎・北海道大学教授は「検察=正義という常識を変えた、権力の本質に迫る本」と高く評価していた。(近藤康太郎) 」

佐藤優氏の有罪判決(第一審2005.2.17日、第二審2007.1.31日、最高裁2009・7・2日)が出てから、この人を国策捜査の被害者であると断定的に発言している人物をこれまで何人も見ている。ライターの魚住昭氏や青木理氏、岩波書店『世界』編集長の岡本厚氏、それから上述の山口二郎氏など。2005年、「国家の罠」が出版された当時は魚住昭氏が先頭に立ってその主張をしていた記憶があるが、最近はあまり魚住氏のそういう声をきかない。もっとも「神保町フォーラム」という会で今も一緒に活動しているようだから依然その考えに変化はないのだろう。

青木理氏は、「背任罪」と「偽計業務妨害罪」に問われた佐藤氏の上告が棄却された最高裁の有罪判決(懲役2年6月、執行猶予4年)を受けて、「週刊金曜日」(2009.7.10)で下記のように述べている。

「しかし、この報を耳にして「佐藤氏はやはり犯罪者だった」などと受け止めた人は、ほとんど皆無だったろう。私も同様であり、(略)
 
 多くの人が既に周知の事実として認識しているように、これらはいずれも、政界やメディアなどを覆い尽くした鈴木宗男氏バッシングの中で「ムネオ逮捕ありき」の捜査に突き進んだ検察が無理矢理に描き出した「虚構の絵図」に過ぎない。いまさら語るまでもないが、佐藤氏は二〇〇五年に『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)を著し、「国策捜査」という言葉を人口に膾炙させるきっかけをつくった。その後の活発な言論活動を含め、佐藤氏の言説が広く受け入れられているのは、検察捜査の歪みを何よりも雄弁に物語る。 」

青木理氏の上の文章は、とてもジャーナリストの書いたものとは思えない。判決を聞いて、佐藤氏を犯罪者と受け止めた人は皆無だったろう、とか、「「国策捜査」という言葉を人口に膾炙させるきっかけをつくった」とか、「佐藤氏の言説が広く受け入れられているのは、検察捜査の歪みを何よりも雄弁に物語る」などという事情は、これは当たり前すぎて書くのも気がひけるくらいだが、何ら判決の不公正、佐藤氏の主張の正しさを物語るものではない。青木氏がここで述べるべきことは、佐藤氏を無実だと自身が信じ、このように社会に訴えているその根拠についてである。かりにもジャーナリストを名乗るのなら、最高裁判決のどこがどのように誤っているのかを根拠を示した上で指摘するべきだろう。これまで裁判に異論を述べた人はほぼ例外なくそのような方法をとってきたはずだ(最も著名な例として広津和郎の「松川裁判」)。ところが青木氏は、事件に関する客観的な証拠や論証の代わりに、「佐藤氏の言説が広く受け入れられているのは、検察捜査の歪みを何よりも雄弁に物語る」などと、佐藤氏が言論人としてマスコミで活躍し、その本が売れていることがあたかも無罪の証拠であるかのように述べている。これは詐術ではないだろうか。青木氏は、「この報を耳にして「佐藤氏はやはり犯罪者だった」などと受け止めた人は、ほとんど皆無だったろう。」と述べているが、必ずしも「皆無だった」とは言えないのではないかと思う。たとえば、こちらのブログのコメント欄には、次のような文章が寄せられている。

「なお、同氏(注:佐藤氏)が自著の中で、有罪判決を批判していますが、実際に判決文を読んでみると、随分変な批判だと思われます。/(自著では、公費を外国人派遣等に用いる省内決済に上司が押印しているので、無罪だとしていますが、判決文では、押印は認めた上で、それは国会議員の圧力によるもので、背任の成立を妨げないとしています。概略なので正確ではありませんが。)/ここでは有罪無罪を論じるつもりはなく、自著で判決文の内容をきちんと説明しているかに疑問があるということです。

著書の中で、私が真偽がチェックできるのはそこだけですが、そこが信用できないとなると、他も・・・と思われます。」

佐藤氏の主張および判決についてこのような疑問や感想をもっているのはこの人物だけではなく、多数存在すると思う。私も同様の疑問をもっている。魚住氏や青木氏や岡本厚氏らが佐藤氏の無実(国策捜査の被害者)を主張するのなら、これらの人々はみなジャーナリスト界に棲息している人たちなのだから、なおさら具体的な根拠を示す責任があると思う。判決を検証し、それを書く場所は、『世界』や『週刊金曜日』などいくらでもあるはずである。なぜそれをしなかったのだろうか。佐藤氏が逮捕されたとき、新聞に「 外務省関連の国際機関「支援委員会」をめぐる背任事件で、逮捕された同省前国際情報局主任分析官佐藤優容疑者(42)が、鈴木宗男衆院議員(自民党離党)にしっ責された職員の前で「謝るときはこうするのだ」と土下座し、職員にも土下座を強要していたことが17日、関係者の話で分かった。(時事通信)[2002年5月17日16時1分更新]という記事が出たり、その後も、外務省出身の今は国会議員になっている人物のブログに

「 某国会議員と密接につながり、某国会議員にすべての情報を流し、気に入らない相手は某国会議員が介入してくるシステムを作っていました。佐藤氏全盛期の時代、彼は自分のスクールを作り、どんどんお仲間を増やし、そのお仲間が省内をゲシュタポのように闊歩していました。ロシア外交に関わる人たちの間では疑心暗鬼が増大し、その圧力に耐え兼ねて多くの有為な外務省員が辞めていきました。その損失は大きいです。私自身、ある案件で某国会議員に説明に行ったら、同氏が横に聳えていて強権的にご託宣を垂れていたのを思い出します。「おい、おまえ外務省のお役人じゃないのかよ?」と思ったのが懐かしいです。」

という記事が載ったりしていた(現在は削除されている)。私がこれらの記事の証言内容にかなりの信憑性を感じてしまう原因は、ひとえに言論活動を始めてからの佐藤氏の不審な言動にある。雑誌の媒体によって主張内容を平然と変えて使い分ける、信じがたいようなデタラメ(嘘)をあちこちで書き散らす、そしてそのような行動が批判の対象にされると(これは当然あるべき批判であり、むしろないほうが異様である)、反論文は書かず、掲載雑誌社に内密の会合をもちかけたり、批判した人物(金光翔さん)の勤務先に抗議したりという、およそ言論人にあるまじき卑怯な行動をとる(私は現実にこういう行動がなされるのをはじめて見聞した。右翼の街宣車を使っての言論の自由に対する妨害・脅迫活動とどちらが悪質か、その判断はなかなか微妙だと思う。)、その上、週刊誌に「私が言ってもいないことを、さも私の主張のように書くなど、目茶苦茶な内容です」などと、批判者の言論内容についてデタラメ(例のごとく!と言っていいのではないかと思う)を述べる、そして週刊誌のほうではその発言に沿った記事が作られ、全国の書店で売り出される。と、このようなしだいだが、これは正しく言論の自由、表現の自由を侵害し、破壊しようとする行為である。このような行為をなす人物が具体的な根拠も示さずに主張する「国策捜査の被害者」説をどうしてそのまま信じることができるだろうか(最も素朴な基本的な疑問なのだが、同じ言論人である青木氏や魚住氏らはなぜ佐藤氏のこれほど明らかな言論侵害行動に注意をしたり、問題にして話し合ったりしないのだろうか? これを腐敗とは感じないのだろうか。それとも内部では活発な意見交換や相互批判なども行なわれているのだろうか?)。それから、佐藤氏が自らを国策捜査の被害者と訴えながら、一方でしきりに国策捜査の必要性を説いていることは、私などには、これは恥知らずの極みの行為のように映るのだが、青木氏らはどう考えるのだろうか。

  
朝日新聞も「国家の罠」に「不条理と戦い権力の本質に迫る」という見出しを付けるのなら、当然そのような判断をなした根拠を示すべきであった。山口二郎氏は「検察=正義という常識を変えた、権力の本質に迫る本」と述べているが、「国家の罠」が出版されるまでは「検察=正義」という常識が本当に存在したのかどうか、また、「国家の罠」が出版されたことで実際にそれまで存在した「検察=正義という常識を変えた」のなら、なおさら「国家の罠」が事実(真実)を述べているという根拠を示すべきであろう。山口氏にはぜひ「国家の罠」を「権力の本質に迫る本」と断言する理由は何なのか、これからでも遅くないから立証してほしいと思う。読者の投稿を見ると、「歴史に対する謙虚さ」や「マスコミ、司法、社会の不条理と戦う文学の力」というコメントが出ている。これには私は明確に異論があると言わないわけにはいかない。佐藤氏は、歴史や文学について実に多弁に発言しているが、その内容を見ると、歴史にしろ、文学にしろ、この人はこれらを自己の私欲のために利用していると疑わざるをえない。佐藤氏がこれまで如何に歴史や文学をないがしろにするデタラメを書いてきたか、その結果としてどんなに歴史や文学を汚しつづけているかについては、拙文「佐藤優氏の「亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』批評」を読む」や「佐藤優氏のドストエフスキー読解」に書いているので、よかったら読んでいただきたい。(注)

私も「国家の罠」を読んでしばらくの間は、自分は国策捜査の被害者であるという佐藤氏の主張に特に疑問をいだかず、少なくとも当人の主観においてはありのままの事実が記述されているのであろうと単純な受け止め方をしていた。理由の一つには、これは凄い本ですよ、という魚住昭氏の発言が影響していたように思う。私は魚住氏のこの言葉について、書きたいことを停滞なくどんどん書けそうな感じの佐藤氏の筆力に対する感嘆であると同時に、魚住氏が事件についてそれ相応に調べた結果、国策捜査による逮捕・拘留という佐藤氏の主張を裏付ける何らかの根拠をもっているのだろうと漠然とながらそのような想像をしていた。「特捜検察の闇」(文藝春秋2001年)や「差別と権力」(講談社2004年)などの著書を読み、魚住氏に一定の信頼感をもっていたのだ。「国家の罠」を読んだ際の私の感想について述べると、珍しい経験をきかせてもらっているというおもしろさは十分に感じた。いまひとつ分からない、論理的にすっきりしないと感じる記述もあったが、でもそれも反感や疑念などの否定的感情に結びつくというほどのものではなかった。

ところが、そのうち、佐藤氏が右派の雑誌や新聞紙上で、「国家の罠」で述べていた内容と明確に相反する主張を述べている文章を次々に見ることになる。このことについて述べるのは繰り返しになるのでもう止めたいのだが、一例だけ挙げると、佐藤氏は「国家の罠」で、

「 田中女史が国民の潜在意識に働きかけ、国民の大多数が「何かに対して怒っている状態」が続くようになった。怒りの対象は100パーセント悪く、それを攻撃する世論は100パーセント正しいという二項図式が確立した。ある時は怒りの対象が鈴木宗男氏であり、ある時は「軟弱な」対露外交、対北朝鮮外交である。
このような状況で、日本人の排外主義的ナショナリズムが急速に強まった。私が見るところ、ナショナリズムには二つの特徴がある。第一は、「より過激な主張が正しい」という特徴で、もう一つは「自国・自国民が他国・多民族から受けた痛みはいつまでも覚えているが、他国・他国民に対して与えた痛みは忘れてしまう」という非対称的な認識構造である。ナショナリズムが行きすぎると国益を毀損することになる。私には、現在の日本が危険なナショナリズム・スパイラルに入りつつあるように思える。

排外主義的ナショナリズムを野放しにするとそれは旧ユーゴやアルメニア・アゼルバイジンャ紛争のような「民族浄化」に行き着く。東西冷戦という「大きな物語」が終焉した後、ナショナリズムの危険性をどう制御するかということは、責任感をもった政治家、知識人にとっては最重要課題と思う。(略)
橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗の三総理、鈴木宗男氏は排外主義的ナショナリズムが日本の国益を毀損することをよく理解していた。それだからこれらの政治家は、第二章で説明した「地政学論」を採用し、推進したのである。 」

と記している。「橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗の三総理、鈴木宗男氏は排外主義的ナショナリズムが日本の国益を毀損することをよく理解していた。」という記述には首をひねった。特に「神の国」発言でアジア諸国のみならず国際的にも批判を浴びた森元総理についての認識には理解しがたいものをおぼえた。こういう記述が本のあちこちに見られる点が前述したような「いまひとつ分からない」部分だったのだが、それでも、上の文章中の「「自国・自国民が他国・多民族から受けた痛みはいつまでも覚えているが、他国・他国民に対して与えた痛みは忘れてしまう」という非対称的な認識構造」や「危険なナショナリズム・スパイラルに入りつつある」現在の日本をひどく危惧している様子の記述を読んで、この人は、台湾や朝鮮の植民地支配や関東大震災時の朝鮮人虐殺や侵略戦争など過去における日本の加害の歴史に否定的な考えをもち、昨今の「排外主義的ナショナリズムが急速に強」まりつつある日本社会につよい危機感をもっているのだと理解することは読者として当然だろう。それ以外の読み取り方はなかなか困難だと思われる。ところが、佐藤氏は、その舌の根も乾かないそのすぐ後に、北朝鮮や朝鮮総連はもちろん、中国や韓国を敵視した発言を連発する。北朝鮮について、武力行使を含めた恫喝外交を盛んに煽る発言を繰り返してきたことは金光翔さんが詳細に指摘しているとおりである。また、韓国について「国家の自縛」(産経新聞社2005年)では、前に書いたことだが、

「その韓国ですが、歴史・教科書問題での執拗さ、謝罪要求のしつこさには本当に閉口させられますね。」というインタビュアーの質問に答えていわく、

「 そう思いますよね。ですから「斎藤さん、確かに斎藤さんと手切れの約束をしてあのとき百万円いただきました。しかし、斎藤さんとの子供が今度中学に入るんです。私立にも入れたいんであと二百万円ください」そんなふうに言ってくるような女性と一緒ですよね。(略)これは国際社会のゲームのルールと合致しません。だから実はそんなに怖くない。/ 理不尽なことやったらそれは国際社会の中で受けいれられないから、そこは淡々と「いろいろとおっしゃられるんですけども、賠償の問題についてはすでにけりがついております。日韓基本条約に即した形で私たちやっておりますので。何かあります?」こういうふうに言えばいいと思うんですよね。日韓共通の教科書で歴史認識の問題を片付けようというのであれば、「まず北朝鮮と韓国の間で共通の歴史認識を作ってから日本に持ってきてください」と、こう対応をした方がいいんですよ。」

と述べている。「手切れの約束をしてあのとき百万円いただきました。しかし、(略)子供が今度中学に入るんです。私立にも入れたいんであと二百万円ください」というような話の持ちかけ方をする女性が世の中にそうそう存在するのかどうかが第一に疑問だが、上述の発言の全体がひどく低劣であることには間違いないだろう。もちろん、この主張内容は「国家の罠」で述べていた内容とはまるで別人のもののようである。「自国・自国民が他国・多民族から受けた痛みはいつまでも覚えているが、他国・他国民に対して与えた痛みは忘れてしまう」というナショナリズムについての認識はどこに行ってしまったのだろうか。「国家の自縛」が出版されたのは、「国家の罠」と同じく2005年のことである。

  3
今日は読書企画「ゼロ年代の50冊」の佐藤優氏に関する記事について異議を述べたが、佐藤氏と朝日新聞社との関連では、他にひとつ述べておきたいことがある。これは朝日新聞の労働組合に関することなのだが、昨年5月3日、朝日新聞労働組合は、「言論の自由を考える5・3集会」で佐藤優氏をゲストに招いて講演を依頼している。asahi.comから記事を引用すると、

「朝日新聞労働組合は5月3日、「第22回言論の自由を考える5・3集会」を兵庫県尼崎市の市総合文化センター(アルカイックホール・オクト)で開く。小尻知博記者(当時29)が殺され、記者1人が重傷を負った1987年5月3日の朝日新聞阪神支局襲撃事件を機に始まった。
 テーマは「閉塞(へいそく)社会とメディア――萎縮(いしゅく)せず伝えるために」。第1部は作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏が講演。第2部は政治学者で東大教授の御厨(みくりや)貴氏を進行役に、佐藤氏と京大大学院准教授(メディア史・大衆文化論)の佐藤卓己氏、危機管理コンサルタントの田中辰巳氏がメディアのあり方などを議論する。総合司会は朝日放送の浦川泰幸アナウンサー。 」

このような企画は端的に小尻記者を冒涜するものではないかと思う。自分が批判されると、堂々と反論文も書けず、出版社に圧力をかけるしかなす術をもたない言論人に、一体どんな「言論の自由」が語れるというのだろう。また当時、小尻記者について「週刊新潮」はデタラメの記事を連続掲載していたが、佐藤氏はその「週刊新潮」と組んで(少なくとも佐藤氏は事前に「週刊新潮」のインタビューを受けているのだから、「週刊新潮」から批判者に関する記事が出ることは承知していたはずである)、自分への批判者をおとしめるスキャンダル記事を作成していたのである。このような人物に、よりによって「言論の自由」に関する講演を依頼するなど、救いようのない悲劇的な腐敗というべきか、それとも笑うしかない喜劇というべきか、なんともたとえる言葉がないように感じさせられる出来事であった。佐藤優氏と「週刊新潮」が金光翔氏に「名誉毀損罪」で提訴され、いまその裁判が進行中であることをマスコミが一切報じないのは、朝日新聞労組の事例が示すように、言論の自由を自ら侵害する(他人の言論の自由を侵害せざるをえない言論活動を自ら行なっているのだとも言えるだろう)言論人を重用している自分たちの矛盾が白日の下に晒されることを恐れているからではないのだろうか。


(注)「JanJan」という市民メディアの記者・西山健一氏は、朝日新聞労働組合主催のこの集会について記事を書いている。「「言論と自由を考える5・3集会」に参加して」というこの記事によると、佐藤氏は講演で次のようなことを述べたそうだ。

「 基調講演した佐藤優さんは、「株式会社である新聞社を認識すること。そのためには、マルクス経済を学ぶことだ。また新聞は、読者に読まれるおもしろさが必要で、夏目漱石の『それから』『三四郎』などを記者は読み勉強してほしい」と要望し、情報操作、週刊新潮の誤報、メディアの可能性、朝日新聞への期待などについてふれた。その中で、一連の週刊新潮の朝日新聞阪神支局襲撃事件で、新潮からの軽率なインタビューに応じてしまったことを謝罪した。」

「一連の週刊新潮の朝日新聞阪神支局襲撃事件で、新潮からの軽率なインタビューに応じてしまったこと」は大変大きな問題だろう。あの記事の事実関係について本気で信じ込んだのなら物書きとしての基本的な洞察力が問われることだし、佐藤氏の数々の普段の行動から推測すると、あるいは確信犯だった可能性もなしとは言えないのではないだろうか。

夏目漱石についても自分は漱石の作品を非常によく読んでいる、すべて知悉しているというかのような高みに立った話しぶりだが、率直に言って私はこれも不思議なことに感じる。なにしろ佐藤氏は、「ナショナリズムという迷宮」(朝日新聞社2006年)において、下記のような漱石に関する発言をしている。

佐藤 夏目漱石は政府留学生でしたね。期待を背負っての留学だったでしょう。ところがロンドン大学での授業についていけない。そこで見たイギリス人はエリートですよね。彼らはもともと個が確立しているんです。確かにエリート問の議論や外交の場面では、ヨーロッパの知識人、ロシアの知識人、日本の知識人、それぞれの思考に型があるという程度のことは言えます。そんな一部を見て、西欧社会全体が個の確立した人間で構成されているというふうに不当拡張してしまったのではないでしょうか。」(下線は引用者による)

下線部分について私は初耳である。「ロンドン大学での授業についていけない」というのは、おそらくロンドンの下町言葉であるコックニーをロンドン到着直後の漱石が聞き分けられなかったという逸話を佐藤氏は何らかの誤解でこのように思い込んでしまったのではないかと思われる。それにしても、留学当時の漱石の英語力、英文学に関する実力の程を把握していれば、もし誰かにそのように聞かされたとしても、「それはおかしい、ありえないことだ」とすぐに感じとったはずだと思う。それほど漱石の英語および英文学に関する実力が傑出していたことは周知の事実である。ロンドン大学の授業についていけないなどということはどう転んでもあるはずはないのだ(事実漱石はロンドン大学の聴講を止めてしまったのだが、その理由について授業を受ける意味がない、期待外れだという趣旨のことを自ら述べている)。また、明治時代の大学を初めとした上級学校の授業方法や学生の実力の高さを思えば、佐藤氏の上述の発言は不思議なことに思われる。当時、漱石のような学生は大学予備門の時から、数学や物理などについても英語をはじめとした外国語で授業を受けていた。佐藤氏はメディア上で日本史に関して最も多くを語る人のように思えるが、このような発言を見ると、実は漱石についてだけではなく、明治の教育制度についてもどの程度知悉し理解しているのか大変疑問である。

また「(西欧の)一部を見て、西欧社会全体が個の確立した人間で構成されているというふうに不当拡張してしまったのではないでしょうか」などという発言には、私ははなはだ鼻白む思いがした。一体漱石は、どこで「西欧社会は個が確立している」などと述べたことがあるのだろうか? そのような話を私は聞いた記憶がないのだが、漱石という人には、良し悪しではなく、おそらく明治初期に精神の形成期をむかえた人の常として、このようないかにも近代風を絵に描いたような発想はなかったように思う。それに加えて「不当拡張し」た、などという発言には、確か「獄中記」に書かれていたと思うが、自分と鈴木宗男氏の関係を「こころ」の先生と主人公の関係にみなしているのを読んだ時と同じく、思い上がりや無恥を感じてなんだか大変不快であった。
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2010.06.27 Sun l 文芸・読書 l コメント (3) トラックバック (1) l top
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