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ネット上に出ている映画『冷たい熱帯魚』の批評や感想文の類を読んでみると、必ずといっていいほど、第二の事件における遺体解体の場面に言及がなされている。主犯男性と風間さんらしき女性は喜々として殺害した二人の男性の解体作業にいそしみ(風間さんは歌まで口ずさんで)、気弱な主人公(事件の共犯者であり、『愛犬家連続殺人』の著者であるY氏)だけはその場の凄惨な光景に怖れおののいて震え上がっているという設定になっているようである。それならば、この場面は志麻永幸著『愛犬家連続殺人』における描写を忠実に採り入れているということになるのだが、では現実の事件の実態はどうだっただろう。

前回、風間さんがこの二件目の事件について法廷で「関根(主犯男性)とYの二人が車内でWさんの頸を紐で絞めて殺すのを目撃した」と、Y氏を名指しで殺人実行犯であると証言していることを紹介した。実はY氏を絶体絶命の窮地に陥れるだけの重みをもった風間さんの証言はこれだけではない。この事件が起きたのは1993年(平成5年)7月21日だが、その3日後の24日、風間さんは身体の診察のためにY氏、関根氏との三人で埼玉医科大学附属病院に行っている。病院からの帰途、風間さんは車の後部座席で横になっていたのだが、そのとき車内で生じた出来事について次のように述べている。

運転中のY氏が隣の関根氏に対し、

「手伝えばくれるといったじゃないか。100万円まだもらっていないよ」

と言い、それを聞いた関根氏はすぐ風間さんに対し、

「おい金もっているか」

と言った。風間さんは自分のハンドバックを関根氏に渡した。ハンドバックには前日か前々日にIという顧客に販売したアラスカン・マラミュートの代金70万円が在中しており、関根氏はそれをY氏に渡した。風間さんはこの時初めて関根氏とY氏の間で、最初のKさん殺害か、あるいは今回のE・Wさん殺害か、いずれの事件に関してかは分からないが、報酬を支払う約束があったことを知った、と述べている。

Y氏は著書に自分を如何にも気の弱い消極的な人物のように描き、検察官もY氏をそのような性格の人物だと述べているが,最初の被害者であるKさん殺害事件に関して、Kさんの行方を関根・Y氏に問い詰める家族(Kさんの妻や兄弟)に対してみせた態度にしても、法廷での各尋問に対する応答ぶりにしても、Y氏の言動は終始一貫、実に挑戦的、攻撃的であって、一般的にいう気弱な面などはまったく見られない。特に早期釈放の約束が破られたという担当検察官に対する憎悪の異様なほどの激しさは前回述べた通りである。そういうY氏が自分にきわめて不利な証言を一貫して述べ続けている風間さんに対して一切攻撃的言動をとらないのは、そしてついには「風間を早く釈放すべきである」とまで言っているのはなぜか。実は風間さんの主張・証言こそが本当のことであって、風間さんは殺人の共謀・実行に何ら関与していないということをY氏が明瞭に知っているからという以外に他の理由が存在する余地があるだろうか。

先ほど、風間さんが埼玉医科大学附属病院に行ったことを述べたが、風間さんは事件の翌日(7月22日)夜頃から、頭痛、吐き気、耳鳴り、咽喉の詰まり等に襲われ、7月23、24日と地元の飯田耳鼻咽喉科に行っている(甲第730号証~733号証)。埼玉医科大学附属病院へ行ったのは、24日、飯田耳鼻咽喉科の医者から紹介状を書くから今日すぐ埼玉医科大学附属病院へ行くように言われたからであった。埼玉医科大学附属病院では医師より「最近すごいショックを受けたとか、心配事とか悩みはなかったか」と聞かれている(甲第734号証~739号証、弁第25号証)。しかし、本件を医師に言うこともできず、右症状が本件による精神的ショックが原因であるとはっきりしたので、薬を貰っただけで、以降は同病院へ行くことをやめた(第一審「弁論要旨」より)。

検察官は風間さんが病院に行ったのは将来殺人罪で逮捕されたときの弁解のためだと主張している。しかし、通院が逮捕された場合の弁解になると考えて体調も悪くないのに病院に二日続けて通う人間がはたしているだろうか。絶対にいないとまでは断言できないにしろ、通院がいったい殺人のどんな弁解の具として使えるのかということもふくめてこれはかなり驚くべき発想であり、行動であろう。また、飯田耳鼻咽喉科といい、埼玉医科大学附属病院といい、専門の医師がそろって患者の病状の訴えが事実か虚偽(仮病)かの判別もつかないということがあるだろうか? それに将来の逮捕に備えての通院というのなら、埼玉医科大学附属病院にも共犯者である二人と一緒に行くようなことはしないだろう。それから風間さん自身は飯田耳鼻咽喉科に行ったのは7月23日のみだと思い、そのように供述していた。24日の通院が判ったのは飯田耳鼻咽喉科のカルテによってであった。

このエントリーの最初に触れた、風間さんが歌を歌いながら喜々として遺体解体作業にいそしんでいたという件だが、これは率直にいうとまったくの作り話としか思えない。アフリカケンネルの顧客などと一緒にY氏もカラオケ店に同行したことがあり、そんなとき風間さんが演歌を歌うことはあったようである。しかし、遺体解体中に歌とは…。風間さんはこれまで殺人どころか犯罪の経験もまったくないのだ。最初のKさん殺害事件では、風間さんは現場にいない。殺害場面も遺体も実際に見てはいないのだ。生まれて初めて無残な遺体を見る女性がどうして、「喜々として遺体解体」などできるのだろう? 奇怪としか言いようがない。

検察もY氏から上のような調書を取ったものの、風間さんの世にも突飛なそのような行動の理由付けに苦慮したのだろう。風間さんが関根氏と結婚する前後の時期、今から10年ほど前、関根氏の周辺のMという人物が姿を消しているのだが、その失踪への風間さんの関与を引き出そうとして警察は昔から関根氏やM氏と親しいある人物を呼んで厳しく取り調べたようである。検察は、風間さんが以前にも関根氏と共に人を殺したり、遺体の解体をやったことがあるので、今回も作業中に鼻歌が出たのだ、それほど彼女は遺体解体に慣れ切っていたのだというような話にもって行きたかったのだろうし、実際そのように主張している。しかしM氏失踪当時の風間さんは20代の若い母親であり、関根氏と知り合ってさして日も経っていないのだ。風間さんは関根氏を磊落な人柄であると思い込み、5歳になる長男にも優しく接してくれていたこと、また風間さん自身ひどく動物好きだったこともあって犬のブリーダーである関根氏との結婚に踏み切ったのだと述べている。そういう心境の女性が新婚早々何のためによく知りもしない無関係の人物を殺す必要や理由があるだろうか。警察で取り調べられた人物も法廷でM氏失踪に関して「風間さんは何も知らなかったと思います。」と証言している。それにも拘わらず、判決文はこの失踪事件にあたかも風間さんが関係しているかのような仄めかしや暗示をしている。殺人の共謀、実行、そして「喜々としての遺体解体」を事実と認定し、死刑を宣告する以上、せめてそうとでも書かなければどうにも辻褄の合わせようがなかったのではないだろうか。

それから第一のKさん事件の後、Kさん失踪に関して初めから関根氏を疑っていたKさんの親族との会合(風間さんは会合が行なわれたこと自体を知らなかったと述べている。もちろん出席もしていない)に際し、風間さんがY氏に前もって「こうするのよ」「ああ言うのよ」と対応の方法を教え、指図するという場面がY氏の著書同様、そして判決文同様、映画にもあるようだが、風間さんがY氏に犯罪やその後始末の手ほどきをするなどまったく笑止千万な話だと思う。これではまるで風間さんは多くの経験を積んだ犯罪のプロのようだが、このような風間さんの姿は、風間さんの日常を知っている知人たちの供述書や法廷におけるどの証言とも完全に相反している。Y氏も判決の基となる調書が出来上がる前、二件目の事件に関する警察の取調べに対し、当初は、「仮に関根からE殺害を持ちかけられても、博子という人間は、間違いなく反対するし、絶対に加担しないと思う。実際、E殺害計画は知らなかっただろう。」と供述していたのだ。自分の刑期を終えた後のY氏は二審の公判廷に証人として出廷した際、風間さんについて「人を殺せる人間かどうか顔を見れば分かるでしょう」とまで述べている。

遺体解体に関するY氏の調書や著書の不自然さと矛盾はこの記事「派手なスパッツ・ラメ入りのサンダル・演歌-証言は真実か?」でも指摘しているので、合わせてお読みいただければ幸いに思う。また、Y氏を「気弱な性格」の人物という検察官の主張の妥当性は、第一の事件における被害者家族・親族に対するY氏の態度をみれば判断できると思うので、この記事「被害者Kさんの肉親による捜索活動と3人の対応」も紹介しておきたい。それから、映画について触れる以上、実際に当の映画を観た方が良いことは分かっているのだが、今体調の関係で映画館の椅子に座り続けることがやや苦痛な状態なので、DVDの発売を待って観る予定でいることを一言おことわりしておきたい。
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2011.02.10 Thu l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (9) トラックバック (0) l top
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