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前回、2009年10月時点における岩波書店労働組合による金光翔さんへのイジメ・嫌がらせについて、当時、労組委員長であった渡辺尚人氏の言動を中心に思うところを書いた。今日もその続きということになるのだが、これは主に「首都圏労働組合特設ブログ」の記事を基にすることになる。以前にも書いたことだが、金光翔さん執筆の文章は、「首都圏労働組合特設ブログ」に限らず、勘違いや認識違いによる間違いを除けば、事実をありのままに正確に記述したものであることには疑いの余地はないと思われる。これから取り上げる予定の2010年度の組合執行部作成・配布のアンケートの回答用紙(前回取り上げたアンケートの件は2009年度分)には、金さんに対する数々の非難が書かれているが、ただしそこに事実の誤りを指摘したものは一つもない。そもそも、金光翔さんは組合に対し、自分の記事に異論があれば、反論を書いたらいい。そうすれば原則としてそのまま同ブログに掲載する、と何度も伝えているのだという。それにもかかわらず、反論が来ないということは、これも「首都圏労働組合特設ブログ」掲載の記事が事実を述べていると判断してよいことの証左になるだろう。


   

そのことをあらためてことわっておいて、ここで、2009~2010年における岩波書店労組執行部および組合員の行動で私が特に異様、あるいは印象深く感じた出来事を時系列で示すと、前回の文章と重複する箇所もあるが、次のようになる。

(1) 2009年10月1日 岩波書店労働組合(委員長:渡辺尚人)は、「組合費を払わず、組合に敵対する行動をしている人は、除名すべきです。そのような人に、春闘・秋年闘の果実である一時金を与えるのは、公平を欠きます。」という、金光翔さんをあてこすったデマ(デマであることは前回述べた。)発言が載った「アンケート文書」を全社中に配布した。
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(2) 2009年10月23日 岩波書店労働組合委員長・渡辺尚人氏は「判例タイムズ社パワーハラスメント争議」の支援に行き、「会社(注:判例タイムズ社)にはまっとうな対応を期待するとの言葉を添え,気持ちのこもったシュプレヒコール。力強い復唱に,帰宅途中の人々の注目を集め」た。また「判例タイムズ社は悪質なパワーハラスメント行為があったことを認めてお二人に謝罪し、早急に問題の解決をはかってください。」などの発言を行なった。
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(3) 2010年8月31日 宣伝部職場委員である松岡秀幸氏は、「岩波書店労働組合営業局職場委員会」発行・配布の文書のなかで、「何の罪もない、誰にも迷惑をかけていない、それどころかみんなから信頼されている組合員(図書室員)を「有期間雇用」を理由に切ろうとするくせに、一方で会社は大きな問題を放置しているのではないか。残業問題にしても、これまでいわば組合との信義のなかで業務が成り立ってきたというのに、その信義を尊重して、これを機に労使で丁寧に協議してよりよい体制を作ろうという姿勢はまるで見えなかった。全社員に関わる社員の安全や信義に基づく情報の安全の不安には、穏便路線で対応し、非正規雇用の組合員には、「期間雇用のカベ」を行使する。こんな強気(金注・ママ)に易し、弱い者に不利益を与えるという岩波書店の理念を踏みにじる、あるいは労使慣行的にも変則的な仕打ちをすることを、絶対に許すことはできない。」などという、会社の金光翔氏攻撃はまだ手ぬるい。もっと激しく徹底的に攻撃するよう煽動する文章を寄稿した。
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(4) 2010年9月9日 組合執行部は金光翔さんに抗議文を渡す。そこでは金光翔さんによる組合文書の「無断引用」が「岩波書店労働組合に結集する組合員が団結し団体交渉その他の団体行動をすることの妨げとなります」との主張が述べられていた。
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(5) 2010年9月22日 「岩波書店労働組合2010秋年末闘争アンケート集計結果」が社内中に配布された。ただし、金さんには「無断引用するから」との理由で配布されなかった。そのため、金さんがこのアンケートの件を知ったのは、ある組合員に教えられたからであって、そうでなければ、自分に対する中傷記事が満載されて会社中に配布された文書について本人のみが知らないという状態のまま終わっていた可能性もあった。アンケートの回答総数は47件。アンケートの設問には、「1.いま会社に言いたいことは何ですか。自由にお書きください。」という項目があり、組合員の回答が掲載されている(すべて匿名)。このなかで目につくのは、一つは、会社全体の一体感の必要性を強調するもの。たとえば、次のような意見。

 ① 会社組織としての求心力、一体感といったものを感じさせてほしい。と言うより、そういった取り組みが必要だという意識が欠落していないか?
 ② 社員、現場の状況と気持ち(意欲、疑問、不満、アイデアetc)を汲みとった、真の全社一丸をめざしてほしい。図書室員雇い止め提案の件で、これほどに、皆が結集したことをきちんと受けとめ、正しい、納得のできることならば、これほどに集中力のある社員の集まりであることを踏まえて、正しい、納得のできるリーダーシップを発揮してほしい。
 ③ これからますます経営財政がきびしくなると思われる。いい企画を生み出すためにも、売上を少しでも上げるためにも、編集・営業他全職場で一丸となった努力・創意工夫が必要である。そのためにも、働いている人を大切にする、職場環境を悪くしないことを会社に強く望みたい。

もう一つは、金光翔さんに関連するもの。そのなかには、次のような意見が見られる。

 ① ○氏のブログに毅然とした態度で対処してほしい。
 ② 残業代が出る人がいるの?はぁ!?社長の指導力がみじんも感じられない。(大丈夫?)(こまかいことを書いている時間がない)
 ③ 社長を変えて下さい。こんな決断力のない、ヤクザみたいな男に弱い社長では、私たちは信頼してついていくことができません!
 ④ この間の社内の混乱の責任をとるべき。人数が多すぎる。この社の性格の理解がない。法務担当役員は即刻退任しろ。
 ⑤ 会社については、別個の組合を主張している個人と、話し合いを進めているといったことに、強く不信感をもちました。会社側が複数の組合の存在を認めていると考えざるをえませんが、当組合がそれを会社に正式に確認しないのも疑問に思います。会社が複数の組合の存在を認めているのならば、たなざらしになっている脱退問題にも大きく関わると思います。
 ⑥ ○氏への時間外手当支払いについて会社が合意したことは(お上に過剰に従順な経営についてはここでは触れない)、○氏がブログで書くまで組合は2ヶ月も知りえなかった。
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(6) 2010年9月24日 岩波書店労働組合は組合発行の文書を金光翔さんがブログに無断引用したとしてこの日金さんに2度目の呼び出しをかけていた。そこで、金さんは、松岡氏の文章や上記のアンケート結果にある、金さんおよび首都圏労働組合への弾圧要請の件について執行委員会はどう考えているのかを渡辺尚人岩波労組委員長および山田まり執行委員に尋ねた。この「弾圧要請」とはもちろん「会社への金光翔さん弾圧要請」の意である。すると二人は、下記のように回答した。

 ① 金が「弾圧を扇動している」などと言っている松岡氏の文章の該当箇所は、そもそも何を言っているのか自分たちは分からない。松岡氏は特定の個人や団体を挙げているわけではないし、これを読んだ岩波労組員が、松岡氏が金や首都圏労働組合について語っていると受け取るとは思えない。
 ② 「ヤクザみたいな男」という表現も、金を指しているとは自分たちは思わなかったし、これを読む岩波労組員もそうは思わないだろう。誰を指して言っているかは全く分からない。
 ③ ○氏のブログに毅然とした態度で対処してほしい。」という回答は、確かにこれは金のブログについて言及したものだが(注・原文では「K氏」となっていたとのこと)、金が言うように、金や首都圏労働組合のブログの制限や閉鎖等を会社に求めたものではないし、これを読んだ岩波労組員もそのように受け取ることはないだろう。「毅然とした態度で対処してほしい」としか言っていないのであって、会社に対して具体的にどうこうせよと言っているのではない。弾圧を会社に要請しているものであるはずもない。

渡辺委員長・山田執行委員の二人は、アンケート回答用紙の内容は一つを除いて金さんを指したものとは自分たちには思えなかったし、読んだ人もそうは受け取らないだろう。だからこの文書の作成・配布に関して自分たちが責任を問われるいわれはない、と主張しているわけである。岩波労組が、金光翔さんには一切知らせないまま、このような文書を社内中に配布したことについて、金さんは渡辺委員長に問いただし、概略以下のようなやりとりを行なった。

 「組合文書を私に配布しないといっても、私個人に対して批判している文章については一部渡すべきでしょう」
渡辺 「いや、渡す必要はない」
 「批判の相手から請求があれば、渡すのは出版界の常識ですよね?ましてやこれは無料で社内中に配布しているわけでしょう」
渡辺 「岩波労組は出版社ではないので、それに従う必要はない」

渡辺委員長らのこの対応について、金さんは次のように記している。

「ここまで言われては返す言葉もないが、もう岩波労組は、「出版労働者として」とか「岩波書店という出版社の組合員として」といった言葉を使うのはやめるべきであろう。

岩波労組は、自分たちが私に対して行なっている組合文書での批判・中傷に関して、同等の媒体および配布形態で私の反論掲載を保証する(私は岩波労組に対して、異論があれば、反論を送ってくれば原則としてそのままブログ上に掲載することはこれまで何度も述べてきている)どころか、「金から反論を送ってこられても、組合文書にそれを掲載するかは執行委員会でその都度検討するのであって、掲載は保証できない」(渡辺委員長)という態度を崩していない。それでいて、ウェブ上で私が反論することに関しては「無断引用」などと抗議してくるのであるから、言論封殺以外の何物でもあるまい。 」


   

以上、私が理解した範囲で、2009年から2010年にかけて金光翔さんと首都圏労働組合をめぐって岩波書店労働組合が起こした行動、組合員の反応、また岩波労組と金光翔さんの間で交わされた会話の遣りとりなどを記した。未読の方にはぜひ「首都圏労働組合特設ブログ」のこの記事本文に直接あたっていただきたいのだが、ここではこれからこの問題に関して私が感じたことを項目ごとに述べることにする。

まず、(1)と(2)について。この件は前回取り上げたが、佐藤優氏はもちろんだが、「世界」編集長の岡本厚氏も岩波労組の委員長だった渡辺尚人氏も「二枚舌」を別に悪質とも醜い行為とも思っていないのだろう。ただ右と左、内と外とで主張を使い分けている(つまり、二枚舌を使っている)といって他人から批判されたり、軽蔑されたりして自分自身や会社のメンツが潰されることのみを気にしているのではないか。岩波書店自体がいつからかは知らないが、そういう傾向の顕著な集団に変質してしまっているように思える。

興味があったので面白半分「二枚舌」についてネット検索してみたら、こういうものがあった。

「うそつきのことを「二枚舌を使う」といいますが、「二枚舌」の由来を教えてください 」

「ベストアンサーに選ばれた回答」には「イソップ物語の中の1つとして森で動物と鳥が戦争をしたとき、コウモリは動物の陣営に行って、「私は鋭い牙とフサフサとした毛が生えていますから、私はあなた方の仲間です。」と言っておきながら、鳥の陣営では「私にはこんなに立派な羽が生えており、飛べますから皆さんの仲間です。」と典型的な二枚舌を使っています。/二枚舌とは、矛盾したことを言う、一つのことを二通りに言う、Aに言ったことと、Bに言ったことが食い違うということを意味します。」と書かれていたが、妥当な回答だろうと思う。いずれにせよ二枚舌を使うことが徹底して自他に不正直・不誠実な行為であることは間違いないことで、ここからは人間同士の信頼関係構築の希望も生まれなければ、個人の思索の深まりもありえないので、個人にしろ集団にしろ成長の展望はピシャリと閉ざされることにしかならないだろう。日本の著名人のなかでこういう二枚舌の嘘をもっともつよく嫌悪し、憎んだ人物のひとりが小説家の夏目漱石だったように思う。前にもどこかで引用した記憶があるので再度ということになると思うが、漱石唯一の自伝的小説といわれる「道草」から主人公健三の養母についての次の叙述を引用する。

「 彼の弱点が御常の弱点とまともに相搏つ事も少なくはなかった。
 御常は非常に嘘を吐く事の巧い女であった。それからどんな場合でも、自分に利益があるとさえ見れば、すぐ涙を流す事の出来る重宝な女であった。健三をほんの子供だと思って気を許していた彼女は、その裏面をすっかり彼に暴露して自から知らなかった。
 或日一人の客と相対して坐っていた御常は、その席で話題に上った甲という女を、傍で聴いていても聴きづらい程罵った、ところがその客が帰ったあとで、甲が又偶然彼女を訪ねて来た。すると御常は甲に向って、そらぞらしいお世辞を使い始めた。遂に、今誰さんとあなたの事を大変誉めていたところだというような不必要な嘘まで吐いた。健三は腹を立てた。
「あんな嘘を吐いてらあ」
 彼は一徹な子供の正直をそのまま甲の前に披瀝した。甲の帰ったあとで御常は大変に怒った。
「御前と一所にいると顔から火の出るような思をしなくっちゃならない」
 健三は御常の顔から早く火が出れば好い位に感じた。
 彼の胸の底には彼女を忌み嫌う心が我知らず常に何処かに働いていた。いくら御常から可愛がられても、それに報いるだけの情合が此方に出て来得ないような醜いものを、彼女は彼女の人格の中に蔵していたのである。そうしてその醜いものを一番能く知っていたのは、彼女の懐に温められて育った駄々っ子に外ならなかったのである。 」

漱石はまた「私の個人主義」のなかでだったと思うが、「正直という全世界共通の美徳」(少し語順は違うかもしれない。)と述べている。前述の二枚舌に関する質問の「ベストアンサー」にも、二枚舌という単語の英語、ドイツ語のスペルが記述されていた。やはり、二枚舌は「不正直という全世界共通の悪徳」なのだ。岩波書店の人々を小説中の登場人物と別に同一視しているわけではない。性格も境遇も異質だろうとは思う。でもこの人たちが公的に「人権」「平和」などの旗標を掲げながら、同時に、国家主義者・右翼であると自認し、右派雑誌では民族差別や戦争を煽る主張を展開する佐藤優氏を他のどの執筆者よりも優先して重用しつづける姿勢、そしてその姿勢を批判する金光翔さんに対する徹底した迫害(岩波書店のそのような姿勢が厳しく批判されるのは当然であろう!もし批判も異論も出なかったとしたら、日本社会は文学も哲学も思想も根を涸らし、ますます無残な状況になるしかないだろう。岩波書店の行動・態度は人が正確にものを見る力、深く思考する力などを奪おうとしていることに他ならないのだから。)を見ると、漱石の上述の文章が思い浮かんでくることは事実である。驚き呆れ、落胆し、腹を立てながらも、自分も心しなければとしばしば痛感させられる。
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2011.04.17 Sun l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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