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岩波書店労働組合の金光翔さんへの攻撃的対応であるが、今回は残りの項目のうち(5)を取り上げる。(5)は、2010年9月22日、組合によって社内中に配布された「岩波書店労働組合2010秋年末闘争アンケート集計結果」の件。「岩波書店労働組合の特異性(2)」で記述したことだが、アンケートの回答総数は47件だったという。組合員総数が200人近いにしては47件という回答数は少ないように思うが、問題は、アンケートの「1.いま会社に言いたいことは何ですか。自由にお書きください。」という設問の回答欄に金光翔さんに対する会社の対応は手ぬるい、もっと断固とした処置をとれという趣旨の記述が見たところ6件あり(回答はすべて匿名)、それがそのまま「アンケート集計結果」に掲載されていたことである。

回答をあらためて記すと、「① ○氏のブログに毅然とした態度で対処してほしい。」「② 残業代が出る人がいるの?はぁ!?社長の指導力がみじんも感じられない。(大丈夫?)」「③ 社長を変えて下さい。こんな決断力のない、ヤクザみたいな男に弱い社長では、私たちは信頼してついていくことができません!」「④ この間の社内の混乱の責任をとるべき。(略)法務担当役員は即刻退任しろ。」「⑤ 会社については、別個の組合を主張している個人と、話し合いを進めているといったことに、強く不信感をもちました。」「⑥ ○氏への時間外手当支払いについて会社が合意したことは(お上に過剰に従順な経営についてはここでは触れない)、○氏がブログで書くまで組合は2ヶ月も知りえなかった。」等々。

どれをとっても、前年10月の「アンケート文書」掲載の「組合費を払わず、組合に敵対する行動をしている人は、除名すべきです。そのような人に、春闘・秋年闘の果実である一時金を与えるのは、公平を欠きます。」という文章や三週間前の8月31日に配布された松岡秀幸氏の文章と、あるいは同一人物のものがあるのかも知れないが、主張内容はどれもほぼ同じといいたいほどよく似た煽動的文章である。金光翔さんは「首都圏労働組合特設ブログ」の9月27付記事「岩波労組、会社に対する金への弾圧扇動をエスカレートさせる 」においてこれらの発言について、

「こうした人々の陋劣さは度を超えているので、何から言っていいか迷うが、まず、労働組合(員)が、社員の言論活動や他の労働組合の活動に対して、弾圧を会社に要請するということ自体が異常である。」(太字による強調はすべて引用者による。)

と述べている。まったく同感、そのとおりだと思うが、このような「陋劣さ」を直に浴びせかけられる金さんの精神的苦痛と負担はどれほど深いものだろうか。そういうことをほとんど語っていないだけになおさらそう思う。①の発言主は、金さんのブログに「毅然とした態度で対処」することを、その必要性についての理由を一つも述べずに会社に要請しているが、ブログの内容に異論があるのなら、金さんの主張のどこがどのように誤っているのかを自分自身の責任で主張すべきだろう。掲載場所がないのなら、金さんは反論を書けば原則的にそのまま「首都圏労働組合特設ブログ」に掲載すると言っているのだから、まずは書いた反論の掲載を要請してみる。そういったことがものごとの手続き上の当たり前の筋道だろう。反論を書けば当然議論になるだろうが、議論をするだけの熱意も自信もないままにこのようにいとも気軽に一人の人間の言論活動弾圧を他者(経営者)に要請しているのなら、これこそ卑怯ということの最たる行為だろう。


   

②、③、④の発言は、会社の金光翔さんへの対応が弱腰すぎる、社長と法務担当役員は職責としてもっと強硬な態度に出ることによってこの問題に片をつけろと主張していると読める。しかし、これより半年ほど前の同年3月18日、金光翔さんの「対『週刊新潮』・佐藤優裁判」で、『週刊新潮』の荻原信也記者は「本件記事(引用者注:「「佐藤優」批判論文の筆者は「岩波書店」社員だった」とのタイトルの記事)の取材は、被告週刊新潮編集部の記者が平成19年11月に、岩波書店の関係者から、電話で雑誌「IMPACTION」に掲載された、被告佐藤優を批判する論文の著者が岩波書店の社員であり、それを知った被告佐藤が立腹している旨聞いたことがきっかけである。」と述べている。つまり、『週刊新潮』の問題の記事は「岩波書店関係者」からの電話による情報提供がきっかけだった、とこの記者は証言しているのだ。

荻原記者によると、この「岩波書店関係者」とは「「世界」編集部に非常に近い関係者」とのことであるが、「岩波書店社員」であると断言してはいない。しかし、この人物による金さんについての証言は虚偽混じりで悪意の篭もったものだが、まず内部の人間にしか語りえないであろうと思われるほど微にいり細にいり非常に具体的で詳細な内容のものである。また荻原記者によるとこの「岩波関係者」は『週刊新潮』の取材中、事実関係についてはその都度「世界」編集部員に電話をかけて確認してもらっていたそうであり、その上荻原氏はこの人物から岩波書店労働組合関係者を紹介してもらい、その人物に後日電話取材を行なってその談話を記事に取り入れているのであり、これらを勘案すると、この「岩波関係者」とは「岩波社員」と断言して差し支えないと思われる。

荻原記者の上の証言が事実であるならば、『週刊新潮』のあの記事は、佐藤優氏を別にすると、「岩波関係者」「「世界」編集部員」「岩波労組関係者」という、岩波社員三人の証言によって作られたということができる。このことが判明した3月18日、金さんは会社に対して「申入書」を提出しているが、そこでは次のような要請がなされていた。

「 したがって、私は株式会社岩波書店に対し、以下の措置を執ることを求めます。

一、上記証言者二名(引用者注:「岩波関係者」と「岩波労組関係者」)は誰か、調査し、その結果を私に伝えること。

一、岩波書店社員二名が、金の名誉を毀損する発言および個人情報を漏らす発言を『週刊新潮』編集部に対して行っている事実、およびそうした事実に対して会社が遺憾の意を持っていることを岩波書店社内に周知徹底させること。 」 等々。

これに対する会社の返事は下記のとおりに実に素気ないものであった。

「 金光翔 殿

2010年3月18日付の申入書について以下のように回答します。
今回の申し入れの内容は、現在、民事訴訟で係争中であるので、会社としては申入書にお答えすることは適当でないと判断します。

 2010年3月25日 」


しかし、2007年11月末『週刊新潮』にくだんの記事が載った後、12月5日に岩波書店は『週刊新潮』記事を理由として、社長自ら金さんに対し「口頭による厳重注意」を行なっている。また金さんに「厳重注意」を行なったことを社内で各部署ごとに役員立会いのもと周知徹底させてもいる。ところが、荻原記者の証言により、普通なら週刊誌の記事になどなりようのない出来事(岩波書店の社員であろうがなかろうが、無名の書き手がマイナー雑誌に佐藤優氏批判の論文を書いたなんてことが、『週刊新潮』の読者の興味を惹くはずがないのだ。)が記事になったそもそもの発端は「岩波関係者」(上述のように「岩波社員」と考えてよいと思う。)からの情報提供だったと知らされたので、金さんは会社に「申入書」を提出したわけである。会社は上記のように「申入書」に「現在、民事訴訟で係争中であるので、会社としては申入書にお答えすることは適当でないと判断します。」などと木で鼻をくくったような官僚答弁をしているが、会社そして山口社長は2007年に「厳重注意」の対象を誤ったことになるのではないだろうか。その責任もふくめてあの「厳重注意」を現在どう考えているのだろう。


   

組合の「アンケート調査」の回答で会社は金光翔さんに対してもっと強硬な対応をせよと主張している人たちは、上述した『週刊新潮』記事に関するこれまでの経過についてはすべて知っているだろう。会社の金さんに対する態度がどれほど不公平かつ冷酷であったかも承知しているはずである。それにもかかわらず、会社が金さんに弱腰すぎるといい、なおいっそうの強攻策を!と叫ぶのはどういう心理なのか、あまりにも異様である。この人たちは『週刊新潮』に密告の電話をかけて中傷記事を書くよう示唆したり、熱心に取材協力をした人々に対しては不信感をもたないのだろうか? あるいはこの『週刊新潮』事件には意外と大勢の人間が関わっていることも考えられるので、この人たちも何らかのかたちで関わっていて内心不安を抱え、金さんを排除することで安心感を得たいという心理が働いているというようなこともありえるのかも知れないとも思う。

「ブログの運営」「会社への残業代の請求」「首都圏労働組合への加盟」など、アンケートの回答者たちが口をきわめて非難し、それを理由として会社に弾圧を要求している事柄はすべて人間として、また働く者として誰もがもっている正当な権利ばかりである。上のアンケートの回答者たちは他人に関して不当な言いがかりをつけたり、会社に他の社員の弾圧を要求するという人権侵害を行なう前に、はたして自分の考えは基本的に正当なものかどうか(⑥の回答者にいたっては、会社が金さんによる残業代支払い要求を呑んだことについて、「お上に過剰に従順な経営」などと述べている。「お上」が金さんを指しているのか、それとも会社に指導を行なった労基署を指しているのか不明だが、この交渉と妥結における会社の姿勢を「お上に過剰に従順」と受け止める感覚は理解を絶している。また「残業代請求」に対するこのような考え方・主張は一般の働く人々の利益に真っ向から反するものであり、金さんのみならず、世の労働者一般にも悪影響・不利益をもたらすものであろう。「ヤクザみたいな男」という表現は悪質な言いがかりとしか言いようはない。)少しは自己検証をしたがいいかと思う。

もう一つ、アンケートの回答には、「社内の一体感」の必要性を強調するものが多かったようだが、このような社員の意識の下では「一体感」の強調は単に異分子や少数派の排除意識をいっそう強めることにしかならないだろう。「いい企画を生み出すためにも、売上を少しでも上げるためにも、編集・営業他全職場で一丸となった努力・創意工夫が必要である。」という意見など読むと、かつてテレビなどで見たり聞いたりした保険会社の営業社員の朝礼風景が思い浮かぶ。本は著者が一人で書き、読者も一人静かに味わい考えつつ読むものである。出版社では大勢の人たちの手を必要とするのに違いないとしても「いい企画を生み出すためにも、売上を少しでも上げるためにも、編集・営業他全職場で一丸となった努力、云々」というような発想とはまるで異なる発想が切実に必要とされているのではないかという気がする。
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2011.04.24 Sun l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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