QLOOKアクセス解析
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
今日はまず前回の記事「岩波書店と首都圏労働組合の団体交渉 (上)」の訂正をしておきたい。岩波書店労働組合は金光翔さんを組合から除名したが、その際、岩波労組は「会社に解雇を求めない」としたそうである。この行為について、私は「どういう理由かは分からないが」と記したのだが、後でもう一度金さんの記事を読み直してみたところ、実はこの理由ははっきり記されていることに気づいた。「ユニオンショップ組合であった岩波書店労働組合は、私を除名するとしながらも同時に、ユニオンショップ組合からの除名を理由とした解雇は最近の判例では解雇権の濫用にあたると見なされているから、会社に対しては金の解雇は求めない、としているのである。」と記述されているのを私は読み落としていたのだった。当該記事も後ほど訂正しなければと思っているが、まずここでお詫びして訂正させていただく。

さて、5月24日の岩波書店と首都圏労働組合の団交における最重要の課題は、金さん自身が述べているように、間違いなく「「解雇せざるをえない」通知の撤回問題」である。岩波書店は、4月1日の「解雇せざるをえない」通知では、同時に「貴殿が他の労働組合に加入しているか否かを確認の上、最終判断をします」とも述べていたそうである。この言い分にも相手の生殺与奪の権は我が手中にありと言わんばかりの尊大さがにじみ出ているが、それは別にして、その時から団交にいたるまでの間に岩波書店は、「首都圏労組とのやりとりの過程で、首都圏労組が「労働組合法上の労働組合」であることを確認した」と述べて、首都圏労働組合についてそれまでの認識を改めたことを表明している。団交の要請に応じたのもその結果のはずなのだから、この経過をみれば、解雇通知の撤回は当然のことと思う。というより、論理の必然としてそれ以外の結論は導きだせないのではないかと思われる。ところがさすがに岩波書店の経営陣である。そのような一般常識は通じないようである。

これまでの岩波書店の遣り方からすると、いきなり解雇通知を送りつけてきて苦痛を与えたことへの謝罪の言葉が期待できるなどとは私ももはや想像しないが、それでも、「金に対する解雇は現時点では見合わせるが、通知を出した4月1日時点では首都圏労組が「労働組合法上の労働組合」であるか確認できなかったのだから、通知を出したこと自体は問題がないし撤回する必要もない」という発言はひどすぎると思う。「解雇は現時点では見合わせるが」との自分勝手かつ不遜な言い草は何事だろうか。さらに、「金を現時点では解雇しない、というのは「現時点での最終判断」であり、状況が変化すればまた異なる「最終判断」に基づいて金を解雇する可能性もありえるので、通知の撤回には応じられない」とも述べているが、それでは、4月1日の通知で自ら表明していた「貴殿が他の労働組合に加入しているか否かを確認の上、最終判断をします」という文中の「最終判断」とは何だったのか。解雇か否かの最終判断のための条件、すなわち「金さんが他の労働組合に加入している」ことを確認したと述べていながら、最終判断は最終判断でも、これは「現時点での最終判断」である。だから「解雇撤回」はしないというような変わった主張にはなかなかお目にかかれるものではないだろう(とは言っても、最近はそうでもないことをこうして書きながら痛感するのだが…。)。これでは、自分たちは自分に都合の悪い場合には、最低限の論理も無視するし、自ら書面に明記した約束事でも一方的に破るに躊躇しない人間集団だと公的に宣言しているようなものである。

岩波書店が用いている論理(理屈)はあまりにもめずらしく興味深いものだから、これが行き着く先をもうすこし追いかけてみたい。一番問題になるのは、「状況が変化すればまた異なる「最終判断」に基づいて金を解雇する可能性もありえるので、通知の撤回には応じられない」という発言だと思うが、「状況が変化すれば」という言葉は文章を読んでいる私にはまったく思いがけないものに感じられた。岩波書店は「状況の変化」という以上、そういう場面を何か具体的に思い描いたり、想定したりしているに違いないだろう。そうでなければ、ここで「状況の変化」などという言葉が出てくることはないと思われるのだが、そうだとしたら、それはどういう場面だろう。

ここでは金さんが岩波労組以外の労働組合に現状加盟しているか否かだけが問題である。なぜなら、岩波書店が金さんに「解雇せざるをえない」通告をしたのは、かねてより金さんが所属していると主張していた首都圏労働組合が実体のないもの、いわばユウレイ組合ではないかと疑っていたからであると岩波書店自ら述べているのだから。そして金さんが確かに首都圏労働組合に所属していることが判明した。すると、ここで岩波書店のいう「状況の変化」とは、将来、金さんが首都圏労働組合を脱退したり、あるいは首都圏労働組合が解散した場合のことなどを想定した上で、その場合はまた「異なる「最終判断」に基づいて金を解雇する可能性もありえる」とでも主張しているのだろうか? それ以外には、この文脈で「状況が変化すれば」が意味するものは思いつかないのだが…。

結局推測になるしかないが、「状況が変化すればまた異なる「最終判断」に基づいて金を解雇する可能性もありえるので、通知の撤回には応じられない」という岩波書店の発言を上述のように理解すると、それでは会社は全従業員に対して個別に金さんに述べたのと同様の通告をするべきだろう、と言いたくなる。実質的にも形式上でもすでに解決したことを解決したと認めず、どこまでも引きずっていこうとするのならば、こういう言い分もありなのではないだろうか。もしこれが金さんを苦しめて排除するための嫌がらせでないのなら、社員に対する公平性のためにぜひそうしてほしいものである。先のことは誰にも分からないのだから、金さんが首都圏労働組合を脱退することはありえないとは断言できないごとく、現在岩波書店労働組合に加盟している人のなかから脱退する人が出ないとも限らない。この際、一人一人呼んで、「状況が変化すれば、あなたの解雇もありえる」と告げたらどうか。それが非常識だというのなら、自分たちが金さんに向かって発している「状況が変化すればまた異なる「最終判断」に…」云々の発言が非常識でないかどうか自ら省みてほしい。そうすれば、金さんへのこの対応が支離滅裂で非道で、また差別的でさえあるということが岩波の役員の人々にも理解できるのではないだろうか。

金さんが自分は首都圏労働組合の組合員だと述べているにも関わらず、岩波書店は自分たちで勝手に首都圏労働組合を疑わしいと決め付け、何年にもわたって非礼な対応をとり続けてきた。そもそも架空の労働組合をこしらえ上げてそこに自分が加盟しているなどとデタラメをいう必要などどこにあるのだろう。わざわざそんな面倒なことをしても自己の立場を不利にするだけで、何一つメリットはないのだ。それに以前金さんがブログに書いていたように、労働組合は「ユウレイ組合でい続けることの方が難しい」というのは事実だとちょっと考えれば分かることだ。岩波書店はこんな単純で簡単なことの判断も容易につかないらしいのに、それでいて、佐藤優氏が国策捜査の犠牲者だということはどういうわけか社内一丸となって信じ込んでいるようだ。そうでなければ、いくらなんでも佐藤氏の機嫌を損ねまいとして、週刊新潮の記事にあんなふうにデタラメ交じりの話をすることはないだろう。役員の一人は、社員が週刊新潮の取材に応じるのは自由だと述べたそうだが、会社の人事や社員に関して他の報道機関に虚偽の話をしてもいいということのようである。それならば、金さんの論文が「厳重注意」を受けたのは何故なのか。論文で波岩書店の著者を批判したから? しかし今回、岩波書店は、金さんに解雇せざるをえない通知を送ったことで岩波書店に抗議をした岩波書店の著者たちを「著者たちは間違っている」と批判し、その一言で自分たちへの抗議をにべもなく退けているが、これはどういうわけだろう。

それから、団交の後、金さんが6月以降の育児休暇の延長を申し出たところ、岩波書店は、「認めるから正式に書類申請してほしい」との回答をしたそうである。その際、「ところで、一つ確認したいのですが、育児休暇中の私は校正部配属なのでしょうか?よく産後休暇の女性社員が、総務部付となっている例を聞きますが、私も現在は総務部付なのでしょうか。」と質問したところ、5月27日のメールでの回答において、「金さんは現在も、校正部の所属です。」(桑原正雄校正部長・取締役)との答があったそうだ。そういう経過で正式な延長申請書類を提出したところ、それを受理した後の6月9日、会社は「新規に申請された休暇延長期間が1年以上にあたり、1年以上の休暇については慣例上、総務部付にしているから」として総務部付への異動を命じてきたそうである。

しかし、金さんによると、「育児休暇の延長申請によって異動になった前例は、岩波書店においてはない」そうである。それならば、会社が述べている「1年以上の休暇については慣例上、総務部付にしている」という言い分は虚偽ではないのだろうか。金さんは、

「このような一連の流れは、会社が、延長申請したとしても校正部付のままであると私に思わせておいた上で、延長申請させ、それを口実に異動を行う意図を持っていた、との疑念を強く持たせるものである。会社の行為は、育児休業の申出・取得を理由とした不利益な取扱いを禁じた、育児・介護休業法の規定を明白に侵すものである。」

と述べているが、これはまったくそのとおりではないかと思う。育児・介護休業法の「復職後の勤務」には次の条文がある。(強調は引用者による)

「(復職後の勤務)
第20条
1 育児・介護休業後の勤務は、原則として、休業直前の部署及び職務とする。
2 1にかかわらず、本人の希望がある場合及び組織の変更等やむを得ない事情がある場合には、部署及び職務の変更を行うことがある。この場合は、育児休業終了予定日の1か月前又は介護休業終了予定日の2週間前までに正式に決定し通知する。」

このように労働者の権利が法律によって保証されていても、岩波書店のように法の恣意的・差別的な運用を平然と行なうような会社が存在すれば、すべては画に描いた餅、それでなくても不安でいっぱいの現在の日本社会で働く者は安心して子どもを生み、育てられるはずもない。それにしても岩波書店は一方で労働問題に関する良識的といわれる書物を出版してきていながら、内なる姿がこれでは読者をバカにしていることになるのではないだろうか。読者の人々に対してはもちろんだが、岩波書店から労働関係の書物を出版している著者の人たちにもこの問題に関する意見をどしどし述べてほしいと切に願う。
スポンサーサイト
2011.07.16 Sat l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
    

「首都圏労働組合特設ブログ」で金光翔さんの「岩波書店、「解雇せざるをえない」通知の継続を宣言(5月24日 対岩波書店団交記録)」を読んで、岩波書店が相変わらず道理の通らない不合理な主張をしていることを知った。その主張・行動は不合理であるとともに冷酷でもあり、せこくみみっちいものでもあるように思う。岩波書店の刊行物は雑誌『世界』をふくめてかねてより自分たちが現在行なっているこのような言動をこそ批判してきたのではなかったのだろうか。ともかく日本を代表する良心的出版社と自認している「大岩波」の実態がこのような有り様かと思うと、怒りとともにやりきれなさ、情けなさの感情が込み上げてくるのを抑えられなかった。

首都圏労働組合が、5月24日にようやく開かれた団体交渉の場で、岩波書店に対し、金さんに送られてきた4月1日付文書の「会社は岩波書店労働組合との間で締結している「労働協約書」に基づいて貴殿を解雇せざるを得ない」という主張を撤回するよう要求したところ、岩波書店は、「応じられない」と答えたそうである。その理由は、金さんに「解雇」通知を発送した後、「4月11日までにB(注・原文では実名)らによる組合員名義の抗議文を受け取った」り、「何度かやり取りする中で、組合員が確かに複数存在するらしいことが確認できたため、首都圏労組を労組法上の労働組合であると判断し」たが、「4月1日時点では首都圏労働組合が労働組合法上の労働組合であることが確認できなかったので、その時点で「解雇」通知を出したことは、首都圏労組が主張する不当労働行為には当たらない。」から、撤回する必要はないとのことだったそうである。

岩波書店は上記のように、「4月1日時点では首都圏労働組合が労働組合法上の労働組合であることが確認できなかった」と述べているが、本当にそうなのだろうか?「確認できなかった」のではなく、「確認する気がなかった」「確認したくなかった」というのが岩波書店の本心ではないのだろうか。

2008年12月「首都圏労働組合特設ブログ」に掲載された「岩波書店代表取締役社長・山口昭男氏と佐藤優」というタイトルの記事によると、金光翔さんに対して会社は「首都圏労働組合に実体があると判断する、規約などの材料を自分たちは持ち合わせていない」と言ったそうである。そこで金さんが、では規約を渡せばいいのかと聞くと、会社は「それはあくまで検討材料の一つだ」と述べたそうである。これに対して金さんは「組合に実体があると認める客観的な基準を示さず、実体があるかを判断する主体はあくまでも会社側、という論理なのだ。労使対等という、労働法の基本原則から乖離していることは言うまでもない。こんな論理ならばいくらでも「実体があると判断する」ことを先延ばしできるから、実際には、会社が、首都圏労働組合が労働委員会による資格審査に通って、法人として不当労働行為の救済申立ができるようになるまで、「実体があると見なさない」ということだろう。」と批判すると同時に、「岩波書店は首都圏労働組合とのやりとりにおいて、「委員長」「住所」は認識しているはずである。」とも述べている。

金さんの指摘のように岩波書店が首都圏労働組合の「委員長」と「住所」を認識しているというのが事実ならば、この時点(2008年)で組合員が複数存在することを会社は承知していたわけである。その上、金さんは「規約を渡せばいいのですか」と訊いているが、この時岩波書店が「それはあくまで検討材料の一つだ」などとまったく消極的な返答をしたのはどういうわけだろうか。ここで誠実な応答の形として岩波書店に求められていたのは、「実体があると認める客観的な基準を示」すことだったはずである。

この「岩波書店代表取締役社長・山口昭男氏と佐藤優」という記事は、佐藤優氏が、これはおそらく首都圏労働組合を当てこすってのことだろう、雑誌である労働組合を「ユウレイ組合」と書いたことへの反論文だったと思うが、ここで金さんは憲法28条や菅野和夫『労働法 第八版』弘文堂、2008年)やその他の資料を提示して、岩波書店や佐藤優氏の首都圏労働組合に対する「ユウレイ組合」視が如何に大きな誤りであるかを説得的に述べていた。私も今回少しウェブ上で労働組合について調べてみたが、金さんの記述の正しさを保証する文章はいくらでも存在するようである。たとえば、下記の「★組合作り相談サイト(NU東京)」の「労働組合の作り方」の記事。

「最近、労働組合結成にあたって「労働組合は法人にする必要があるのか?」とか「労働委員会の資格審査を受ける必要があるのか?」という相談を受けることがありますが、労働組合を結成することと、法人化すること、労働委員会の資格審査を受けることは全く別の次元の事柄です。とくに「法人化」は労働組合の結成とはなんら関係がありません。労働委員会による資格審査は、労働組合活動の中で必要に応じて受ければよいのです(このときのポイントは、運営について経営者から自立していること、運営が民主的であるということ、労働組合法第五条に示された規約を持っているということです)。一番大事なことは、労働者が労働者間の差別を認めずに経営者から自立して集まり(団結して)、自分達の経営に対する要求をまとめ、交渉を申し入れるということです。」

また、Wikipediaにおける労働組合の作り方についての記述も上の場合とほぼ同様の内容である。

「日本の場合、複数の労働者が組合結成に合意することにより労働組合を結成できる。結成についていかなる届け出も認証も許可も必要ではない。ただし、法人登記を行うためには、地域の労働委員会に規約その他必要書類を提出し、労働組合法上の規定を満たしている証明を得る必要がある。」

これらの文章を読むと、労働組合の結成は、法人化や労働委員会の資格審査を受けることなどとはまったく別の次元の事柄のようである。要は、二人以上の労働者が経営者から自立して集まり、労働環境や労働条件の維持・改善のために、経営側と交渉を行なうことこそが労働組合の存在意義であり、また労働組合運動として決定的に大事だという点については、労働組合というものについて述べるどの論者の意見も見事に一致しているようである。またこれらは金さんが実際に会社を相手に実践していることそのもののように思われるが、これとは反対に、岩波書店の言い分を肯定的に補足してくれる文章は見当たらないようである。少なくとも私は見つけることはできなかった。組合結成にあたっては、複数(二人以上)の労働者が結集することや規約をもっていることの必要性は述べられていても、労働組合は組合員名簿を経営者に見せて許可を得る義務などないのである。首都圏労働組合の規約は首都圏労働組合特設ブログにもう一年以上も前から掲載されているので、岩波書店は知らないはずはないと思われる。

ところが岩波書店は、4月1日付で「首都圏労働組合」は存在しないものとして(そのように決めつけているのでなければ解雇通知は送れないだろう)、また岩波書店労働組合は金さんを除名するに際して(金さんはすでに5年も前に脱退届を提出しているというのに岩波労組は「脱退届受理」とするのではなく、あえて「除名」にしている)、どういう理由かは分からないが会社に対して金さんの「解雇は求めない」と述べている。しかし、会社、すなわち岩波書店はそれを無視して金さんに「岩波労組の除名により、解雇せざるを得ない」という通知を送りつけている。このような遣り方を見ると、第三者としては労使ともに本当に変わっているな、行動が奇矯だなと思うが、勤務先の会社からいきなりこういう解雇通告文書を自宅に送りつけられた金さんの方はたまったものではないだろう。しかもこの時、金さんは会社を休業中だった、それも3月から育児休業を取得していた最中での「解雇せざるをえない」通知だったという。(強調は引用者による。)


    

さて、5月24日の団交の場で、「解雇せざるをえない」通知を撤回するようにという首都圏労働組合の要求に対し、岩波書店が「4月1日時点では首都圏労働組合が労働組合法上の労働組合であることが確認できなかった」と言う理由をつけて「応じられない」と答えたことは、最初に述べた。

しかし、百歩譲って、4月1日時点では「確認できなかった」という岩波書店の言い分を認めたとしても、4月11日以降、首都圏労働組合の他の組合員からの抗議文を受け取ったり、何度かやり取りする中で、首都圏労働組合には組合員が確かに複数存在するらしいことが確認できたと岩波書店は自ら述べているのだから、「確認できた」というその時点で、「解雇せざるをえない」通知を撤回する通知を謝罪とともに大急ぎで送付するのが良識的な対応であろう。「解雇」ということは、その人の生活の糧を一方的に奪うこと、人生を大きく狂わせることである。まして、金さんは育児休業中だったというのだから、なおさらそうであろう。

むしろ私は、岩波書店は金さんが育児休業中であることをこれ幸いと利用して「解雇せざるをえない」通知を送ったのではないかという疑いさえもつのだが、どちらにせよ岩波書店のこの行為はどこから見ても卑劣に過ぎるのではないだろうか。東日本大震災とそれに伴う原発事故のために嘗めさせられている被災地の人々の筆舌に尽くしがたい苦しみとは比較はできないとしても、関東近辺にも原発事故による悩みや苦しみを現実に味わっている人々が数多くいる。そのなかで小さな子どもをかかえた親たちの心配・不安も大変なものだろう。乳幼児をもつ親はなおさらであろう。水や食料(特に母乳の場合)から放射性物質を摂取することによる危険性は子どもが幼ければ幼いほど大きいというのは周知のことだが、金さんは育児休業の延長を申請したそうである。理由について記事には「諸事情のため」としか書かれていなかったが、もしかすると原発事故の子どもにあたえる影響に対する懸念も理由の一つではないのかとも思う。そのようなことは誰でもふと想像することだろうと思うが、岩波書店の人々は違うようである。しかし一方、岩波書店役員は、大震災および原発事故に関連して、「「岩波原理主義者」たちとの闘い――「解雇せざるをえない」との通知について」によると、下記のように述べているようだ。

「来期は……岩波書店として社会的発信を強めていくことを方針としていきたいと考えています。いかなる状況であろうとも岩波書店ここにありという存在感を未来へつなぐ、持続可能な経営のために役員全員でとりくんでいきたい。」(「2011春闘団交ニュース」3月16日付より)

「岩波書店では早くから原発批判を続けてきました。1970年代から都留先生などを中心にやってきましたが、そういった中で言っていた最悪の事態を超えた事態がいま進行している。悪夢といってもよい事態です。我々の力が足りなかったのではと、怒りとともに忸怩たる思いを禁じ得ません。岩波茂雄が敗戦のときに感じたのとまさに同じような気持ちです。今、社会にむけて発信しなくて何のための編集者、何のための出版社、何のための岩波書店かと思います。人々を励まし、前を向いてもらえるようなことを考えなくてはならない。今がまさにその時。皆が一丸となってがんばりたい、がんばっていこう」(同上)

上の発言の他に、組合員の発言として「人々を励まし、前を向いてもらえるようなことを考えなくてはならない。今がまさにその時。」という言葉も同記事には引用されているが、震災や原発に関連して「人々を励ます」ことができるためには、まずその原発の影響についてあれこれ考えざるをえないのではないか、苦に病んでいるのではないかと想像される育児休業中の身近の人物のことに配慮がおよぶことであろう。育児休業中の人物に対し、客観的に見れば何ら正当な理由もないのに、「除名」「解雇通告」などできる人々がどうして他の苦しんでいる人々を励ますことができるのだろうか。
2011.07.12 Tue l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。