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吉本隆明が強力に原発の継続・推進を唱えている談話をいくつかの新聞で読んで、吉本隆明は発言の中身の善し悪しはともかく名前だけはいまだ相応の磁力をもっているようだから、この発言は社会的にかなり影響力をもつのではないか、特にマスコミ関係の人間には、という気がしていた。勘繰り過ぎかもしれないが、去る8月10日の「田原総一朗の政財界「ここだけの話」」の「脱原発の風潮は60年安保闘争に似ている」を読んで、ひょっとするとこれもその一つかもしれないと思った。

「 確かに原発は危険なものだと思う。しかしながら、科学技術というものは常に危険を伴うものであり、いかにそのリスクを抑えて使いこなすかが文明というものだ。/ 福島第一原子力発電所で起きた原発事故は、大きな失敗である。車の衝突事故や中国で起きた高速鉄道の追突・脱線事故も同様に失敗だ。なぜ事故が起きたのか、どこに問題があったのかを究明し、そのうえで事故の再発を防ぐにはどうすればよいかを考える。これが私たちの歩んできた文明の歴史ではないか。/ ところが、ただちに「原発は危険だからやめよう」ではその歴史に反する。」(「ここだけの話」)(/は改行部分)

という文章は、「車の衝突事故や中国で起きた高速鉄道の追突・脱線事故」云々の発言をはじめとして、吉本隆明の言説に瓜二つ、といって悪ければ、大変よく似ている。放射能汚染事故を車や鉄道や航空機事故と較べるような詭弁(と私は思う)は、このまま原発をなんとしても推進しようという意図・魂胆がなければ出てこないのではないだろうか。田原氏は今更のごとく、「私たちは原発について十分に議論を重ねてきたのだろうか。」とも述べているが、何十年もマスコミの世界で活躍しつづけてきた氏は、福島第一原発事故が起きるまで、小規模、中規模の事故があちこちの原子力発電所や原子力関連施設で多発してきたこと、電力会社も政府も事故の隠蔽にこれ努めてきたことなどを知らないはずはないだろう。それを思うと、未曾有の大事故の後になって、代表的マスコミ人に「私たちは原発について十分に議論を重ねてきたのだろうか。」と言われても、ただただ「?」と思う。

それから、「脱原発の風潮は60年安保闘争に似ている」というタイトルの下、田原氏は、

「 当時、東大の安保闘争のリーダーは西部邁氏であった。私は西部さんに「吉田安保と岸安保はどこが違うのか。それぞれを読んだか」と聞いてみた。西部さんは「読むわけないだろう。岸がやることはろくなものではない。日本を戦争に導くだけだ」と言っていた。/ 60年安保闘争に参加していた者はほとんど安保条約の中身など読んだこともなく、ただ反対していただけなのである。科学的・技術的な議論が行われない脱原発の動きは、この安保闘争とよく似ていると感じる。」(同上)

とも述べている。この発言内容は、石原慎太郎が60年安保について述べていたこととそっくりである。彼も、自分は安保の条文など一切読まずに闘争に参加していたと言い、そしてほぼ誰もがそうだったと述べていた。けれども、私は60年安保闘争について真剣に向かい合って、それがその後の自己の人生に大きな影響を与えているという人々の話をずいぶん多く聞いたり、読んだりしている。当時デモに出ることもなく遠くから見ていただけの大岡昇平のような人でも、エッセイなどを読むと、その頃おぼえた外国の軍隊が戦後15年も経ってまだ駐留していることに対する反感はその後の生涯を通してつづいたようだし、60年代半ばから「レイテ戦記」という作品に5年もの間かかりきりになって完成度の高い作品に結晶させることができたのには60年安保闘争の影響もあったようである。「60年安保闘争に参加していた者はほとんど安保条約の中身など読んだこともなく、ただ反対していただけ」などと、自分がそうだったからといってこんなふうに他人の内面のことまで断言する資格が田原氏にあるとは思えない。

田原氏は、また今回の事故原因について、「非常用発電装置やポンプなどが津波の被害にあい、冷却機能が失われて事故につながった。/ つまり、原発そのものの事故というよりも、「管理不行き届き」による事故だったと言えないか。」とも述べているが、管理不行き届きであれ「人災による原発そのものの事故」に違いないだろう。いったい何を言いたいのだろうか。それから、「東京電力は公式見解で事故原因は未曽有の大津波だとしているが、4月27日の衆議院経済産業委員会で吉井英勝議員(共産党)の質問に答えて、原子力安全・保安院長は、倒壊した受電鉄塔は津波が及ばなかった場所にあったことを認めた」(wikipedia)こともよく知られていると思うのだが?

「 もう一つ懸念していることがある。菅首相は8日の衆院予算委員会で、高速増殖炉「もんじゅ」について廃炉を含めて検討し、核燃料サイクル政策についても抜本的に見直すと言及したことである。」(同上)

この件についても、事故を契機にぜひとも「抜本的に見直」してほしいと思う。青森県出身の秋元健治氏は、労作「原子力事業に正義はあるか-六ヶ所核燃料サイクルの真実」(現代書館2011年6月)において、「もんじゅ」にもかなり詳しく触れている。一部を引用する。

「 日本の高速増殖炉開発は、日本原子力研究開発機構が福井県敦賀市の「もんじゅ」でおこなってきた。「もんじゅ」は、71.4万キロワットの原型炉で1991年に性能試験を始めた。しかし1995年12月にナトリウム漏出火災事故が発生し、その後の虚偽報告もあり信頼を失った。
 (略)
 諸外国においても高速増殖炉の研究開発は、公的資金を投じて長年続けられた。しかしイギリスのドーレイのPFRは1994年に、フランスの「スーパーフェニックス」は1998年に、いずれも完成をみないまま開発が中止された。現在、高速増殖炉計画をもっているのは、世界で日本だけだ。
 使用済み核燃料の再処理は本来、プルトニウムを抽出するのが目的だった。プルトニウムが必要だという根拠とされた高速増殖炉開発計画は、日本でも実質的に破綻している。しかし核兵器の原料であるプルトニウムの余剰を抱え込むことはまずい。プルトニウムを消費するため、プルトニウム・ウラン混合酸化物のMOX燃料を通常の軽水炉で燃やす方法が考えられた。
 1963年から2003年まで、400トン以上のMOX燃料が、ヨーロッパの30あまりの原発に装填された。日本ではプルサーマル計画と呼ばれるそれは、高い燃料費と原発の安全性の低下、処理の困難な放射性廃棄物を増やす結果にしかならない。MOX燃料利用は、余剰プルトニウムになんとか使用方法を見つけ、その保有量を減らす苦肉の策という以上の意味はない。」(「原子力事業に正義はあるか」)

と断言されているが、遠くから漠然としたものではあるがもんじゅについて不安な気持ちで眺めずにいられなかったこれまでの経緯、また福島原発事故後の政府、官僚、電力業界、産業界の、内省の欠如した無責任な言動を見ていると、素人目にも上述の見解に磐石の説得力を感じずにいられない。このままでは原子力業界は、われわれ国民・市民の税金を莫大にそして好き勝手に浪費しつづけるだけではないのかと思う。

今回は田原総一朗氏の文章について感想を書いてみたが、私は何も吉本隆明の文章を読んで田原氏の考えが変えられたと思っているのではない。事故以来の反原発、脱原発の世論を慮ってなかなか原発推進の本心をさらけだせなかった人物が、思想者として一定の権威をもっている吉本隆明の原発推進の発言により、こうして本音を述べる程度には吉本隆明の影響力はあるのではないかと思ったのだった。他にも、乗り物事故や文明の進歩に譬えてブログで原発推進の弁を述べている人が二、三いた。

そろそろ、締めくくりに入ることにして…。1989年2月発行の『試行』には、テレビ朝日の「朝まで生テレビ」における原発特集「徹底討論「原発問題是か非か」」について見解を述べ合う「主」と「客」の対話が掲載されている。この番組を私は観ていないが、おそらくこのときの司会も田原氏だったのではないだろうか。司会ぶりはどうだったのだろう? 「「情況への発言」全集成3」(洋泉社2008年)から該当箇所の一部を引用する。(下線は原文の傍点。強調は引用者による)


 きみ(吉本)は、(引用者注:1988年)7月29日10チャンネル(テレビ朝日)の深夜番組「朝まで生テレビ」を視てたか? 徹底討論「原発問題是か非か」というので、反原発派と原子力発電所関係の専門家とをめぐる討論をやってたぜ。
 視たよ。全部でないが朝の5時40分頃まで付き合ったよ。
 きみ(吉本)はどうおもったかね。おれは予め予想してたよりも、ずっと双方の主張の対立点が煮つめられた気がして、面白かったよ。この種の主題のテレビ討論では出色のできだったんではないかな。もちろん煮つめられた結果、反原発派の論議は誇張とウソと恐怖感を煽るだけで、すこしも科学技術的にしっかりした根拠などないことがはっきり露呈された。だがこういうことははじめからわかりきったことで、それが討論を契機に煮つめられてあらわれただけだ。市民運動はとうとう民衆の日常生活にまで踏み込んで、恐怖と脅迫で生活の身辺に危機と危険を煽りたてる精神の地上げ運動になってしまった。すでに社会ファシズムの運動以外の何ものでもないよ。もともと戦前の日本マルクス主義の運動はスターリン主義の直接影響と指導下に行われ、戦争中に社会ファシズムに転化した。スターリンのマルクス主義は、第二次大戦中じぶんも社会ファシズムと政策上で敵対し、戦争しても、理念的には連続曲線をたどって社会ファシズムと相互移行しても当然だという根拠しかありはしないんだ。そして戦後もなぜスターリンのマルクス主義(その裏がえしとしてのトロッキー主義)、いいかえれば半アジア的な社会でのマルクス主義が社会ファシズムに連続的に移行してしまうのかを根底から検討したことなんかないんだ。おれは、深夜のテレビ討論を視ながら反原発とエコロジーと農本主義とが融着している反原発派に、きっぱりとした否定の意見が出てこない理念のレベルを知って、たいへんな危機感をおぼえたな。西部邁や栗本慎一郎でもあいまいな対向意見にすぎないものな。
 きみのいうとおりだよ。西部や栗本は反原発には賛成だが(すくなくとも反対ではないが)、原発の問題を賛成か反対かの二者択一として提示するやり方に異論があるといっているだけだ。もちろんおれの意見も結果だけはそれとおなじことになる。しかしおれは反原発ということ自体に反対なんだ。もっといえば第一に反原発などと、簡単に、つまり人類の文明の歴史にたいして一個の見識もないくせに、やすやすとほざくことに反村だ。第二に、反原発を反核やエコロチズムに癒着させることに反対だ。第三に経済的にたいした利益にならないから無意味だという論議の立て方に反対だ。第四に原発が安全でないという論議は科学技術的にまったくの嘘と誇張だから反対だ。すくなくとも現存する科学技術と実際化したどの装置や動力構築物(たとえば航空機、列車、乗用車、レース・カー)よりも原発は安全だ。だから安全性がないという煽動に反対だ。第五に安全性に不安があれば新しい試み、新しい構築、新しい未知の課題にとりつこうとしないという考え方に反対だ。そして安全でないなどというケチを社会運動にしようという心情と理念の退嬰性に反対だ。
 おれが反原発にシンパッシィを示せるのは、原子力公団や政府と地域住民の経済社会的な利害が(安全性がでない)対立したとき住民の利益を第一義とすべきだという点においてだけだ。反原発運動の利益などどうでもいいのだが、地域住民の利益は何よりも第一義とすべきだし、反原発連中は地域住民の利益を第一義とするかぎりにおいてしか、意味などありはしない。
 テレビの徹夜の原発論議を視ていて石川迪夫(原子力東海研究所)や近藤達男(東海研究所)や渡辺昌介(動力炉・核燃料開発事業団)の科学技術的な安全性の説明がいちばん妥当なものだという印象を与えて、得るところがあったな。強いて安全性を誇張するのではなく炉芯部の材料の耐脆性や亀裂の安全性の技術的な説明をしながら、それがひとりでに安全性の説明にもなっていた。また装置の配管の強度や安全チェックや幾重もの防護装置を施している技術的な配慮の説明も冷静で説得力があった。広瀬隆や槌田敦(理化学研究所員)や平井孝治(九大助手)の安全性についての危倶の表明は、技術的な論議の水準にはとうていなっていなくて、心情的な恐怖感をあとから理窟づけようとしている程度のものだったな。きみ(吉本)がいうとおりはじめからそれはわかりきっていたことだけどな。 」


いつ、どの地域においても、原発や関連施設の誘致・受け入れに関する住民の考えは一様ではない。「おれが反原発にシンパッシィを示せるのは、原子力公団や政府と地域住民の経済社会的な利害が(安全性がでない)対立したとき住民の利益を第一義とすべきだという点においてだけだ。」という発言をみると、特にわざわざ(安全性がでない)と念を押しているところをみると、前々から感じていたことだが、原発事故が生じた場合に被ることになる健康や生命への住民の潜在的不安や恐怖、その理由による誘致・立地反対の意思や運動などについては政府・電力業界・社会は問題にするには及ばないと吉本隆明は述べているように思える。彼が放射能とか被爆という言葉をまずつかわないのもなぜなのかちょっと気になることである。
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2011.08.15 Mon l 吉本隆明 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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