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吉本隆明の「「反核」異論」(深夜叢書社)という単行本が出版されたのは1982年。文学者たちの反核声明(大江健三郎や中野孝次など36人の発起人の署名入り)や署名依頼の文章が発表されたのは81年末~82年初頭にかけてのことだったので、吉本隆明はこの動きに対してたった1年足らずの間に1冊の本を刊行できるほど精力的に異論や批判や罵倒の文章を書いたわけである。私にも下記に引用するこの「文学者の声明」文をどこかで読んだ記憶がうっすらと残っている。(以下の強調はすべて引用者による)

「  核戦争の危機を訴える文学者の声明
 地球上には現在、全生物をくりかえし何度も殺戮するに足る核兵器が蓄えられています。ひとたび核戦争が起これば、それはもはや一国、一地域、一大陸の破壊にとどまらず、地球そのものの破滅を意味します。にもかかわらず、最近、中性子爆弾、新型ロケット、巡航ミサイルなどの開発によって、限定核戦争は可能であるという恐るべき考えが公然と発表され、実行されようとしています。
 私たちはかかる考えと動きに反対する。核兵器による限定戦争などはありえないのです。核兵器がひとたび使用されれば、それはただちにエスカレートして全面核戦争に発展し、全世界を破滅せしめるにいたることはあまりにも明らかです。
 人類の生存のために、私たちはここに、すべての国家、人種、社会体制の違い、あらゆる思想信条の相違をこえて、核兵器の廃絶をめざし、この新たな軍拡競争をただちに中止せよ、と各国の指導者、責任者に求める。同時に、非核三原則の厳守を日本政府に要求する。
「ヒロシマ」、「ナガサキ」を体験した私たちは、地球がふたたび新な、しかも最後の核戦争の戦場となることを防ぐために全力をつくすことが人類への義務と考えるものです。私たちはこの地球上のすべての人人にむかって、ただちに平和のために行動するよう訴えます。決して断念することなく、いっそう力をこめて。 1982年1月 」 (『文藝』1982年3月号)

下記は署名を依頼する文章だが、最終的には500人余の署名が集まったそうである。

「  署名についてのお願い
拝啓 年の瀬を迎え、寒さもー段と探まって参りましたが、お元気にお過ごしのことと存じます。
 さて今春、アメリカでレーガン政権が発足して以来、軍備増強論がにわかに高まり、限定核戦略が唱えられ、中性子爆弾の製造が決定されて、核戦争の脅威が人類の生存にとっていっそう切実に感じられるようになってきました。
 ご承知の通りヨーロッパでは、1983年末にアメリカの新しい戦域核兵器が配備されれば、核戦争への歯止めが失なわれるという危機感から、歴史に例を見ないほどの巾広い反核、平和の運動が拡がっております。
 いうまでもなく核戦争の危機は、ヨーロッパに限られるものではありません。新聞報道によれば、1984年には巡航ミサイルなどの新しい戦域核兵器が日本をふくむアジア地域にも配備されると伝えられながら、アジアではその配備を防ぐための軍縮交渉が問題にさえもなっておりません。
 世界最初で唯一の悲惨な被爆体験を持つ私たちは、いまこそ核戦争の惨状を全世界に訴え、日本政府および東西の核大国に対して、日本の非核三原則を厳守してこれを全世界に拡大し、核兵器の全廃のための措置をとるように文学者として主張すべきではないかと存じます。
 こうした考えから、私たち有志で、とりあえず別紙のような声明文を用意しました。私たちはいかなる党派、組織、団体からも独立した文学者個人として、それぞれに手弁当で、日本の文学者の核戦争に反対する声を集め、核兵器全廃への私たちの強い願いを表明したいと思います。
 つきましては別紙の声明文について賛成のご署名をお寄せ頂きたいと存じます。なおご意見があれば声明文と合せて発表したいと思いますのでおつけ加え下さい。また、このご趣旨にご賛同頂ける方をご紹介、ご推薦頂ければ幸に存じます。
 声明は新年に発表したいと存じますので、ご多用のところを恐縮ですが、折り返しぜひご返事を頂きたく、よろしくお願い申し上げます。 1981年12月 」

吉本隆明は、上の文章を読んで、ただちに次のようなことを感じたと述べている。「「反核」異論」に収められている「「反核」運動の思想批判」から引用する。


 特定の文学者(!?)に反核署名の「お願い」と「声明」が配送され、それに300人もの文学者(!?)が署名した事実を知ったのは、中野孝次の「『文学者の声明』について」(「文藝」3月号)という文章を読んだときだ。一読して直ぐ、幾つかのことを感じた。いま思い出すまま列挙してみる。カッコにくくった部分は後になってからの感想だ。

 (1) このなかに公開してある「署名についてのお願い」の文章は、米国のレーガン政権のヨーロッパにおける限定戦略の決定について危倶が表明してあるが、ソ連の対ヨーロッパ限定核戦争用のミサイルの配置にひとつも言及してない。背景にうまく匿してるが特定の「党派」的なものだ。(略)

 (2) ここに公開してある「核戦争の危機を訴える文学者の声明」は「地球上には現在、全生物をくりかえし何度も殺戮するに足る核兵器が蓄えられて」いるとか、「ひとたび核戦争が起れば」「地球の破滅を意味」するとかいう、おおよそSFアニメーション的恐怖心の所産としかいいようがない。それに目標も定かでない自慰的なものだ。(以前「海燕」連載の「停滞論」で「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」になぞらえた。ここでは西部劇になぞらえてみる。二人のガンマンがピストルのなかに一発弾丸をいれて、交互に引き金を引き合ってゆく。主人公のガンマンは平然としているのに、気の弱い悪党の方は、しだいに油汗を流して蒼ざめていく。六連発ならば六回引き金を引くうちに、かならず一方が死ぬことになる。この声明の文章をおおう想像力は、このばあいの気の弱い、しだいに蒼ざめてゆく悪党の方か、そういう場面を観ながら手に汗をにぎる観客の想像力である。)

 (3) 中野孝次の「『文学者の声明』について」という文章は、不必要に揉み手をしているくせに傲慢な嫌らしい文章だ。わたしは最後の「強制はまったくなし。一枚岩の運動ではないのです。」という結びの文句を読みおわって、即座に〈ふざけやがるな。お前なんかには「強制」する資格もなければ、「強制はまったくなし」などと断り書きをいう資格もないのだ。何を勘ちがいしてるんだ〉というものだった。いまも鮮やかにおぼえている。(大岡昇平や吉行淳之介は、中野孝次が「好人物」だから参加したとか、「好人物」だから「大政翼賛会」など作れるはずがないと述べている。だがわたしの人間洞察力からするとそうじゃない。こういう文体の主調音をもつ書き手は、(根暗い〉人物だ。しかもじぶんの(根暗さ)をあくまで客体化することを、どこかで放棄してじぶんを許してしまった人物のようにおもえる。わたしはじぶんもそうだから(根暗い)人物を嫌いでない。だがじぶんの(根暗さ)への自己省察をやめてしまった人物は、どこか嫌らしい。中野孝次の文体のいやらしさと慇懃無礼さもまた、わたしを駆って批判におもむかせたいくらかの衝迫力になった。これをいっておかないと嘘になる。中野孝次が「好人物」だという大岡昇平や吉行淳之介の人間洞察に、わたしは疑義を呈しておく。そしてまた、「好人物」かどうかなどは、その人物が政治的に何を仕出かすかとは関係がない。)

 (4) 中野孝次の「『文学者の声明』について」という特定の「党派的」宣伝の文章をのせた「文藝」編集部の態度を、許せぬものと感じた。たとえこの「党派」性が、わたしの政治的思想に一致しても、この感じ方は変らない。商業文芸誌や商業新聞の編集部局が、じぶんたちの政治的な立場をもちたいのなら、執筆者の選択と依頼するテーマの選択によって紙面におのずから投影させるべきだ。特定の「党派」性をもった政治的宣伝文書をそのまま掲載するのは自殺行為である。(略)平穏な日常生活のなかで脳卒中の後遺症に苦しむ人も、老衰による自然死も、「ヒロシマ・ナガサキ」の被爆者の後遺症や、その死とまったく同等であり、「世界の反核運動に立ちあがった民衆」も、そんなものにいっこう立ちあがらずに平穏な日常生活をその日その日なんとなくすごしている民衆も同等である、と。「反核運動に立ちあがった民衆に挑戦」するのが不当ならば、そんなものにいっこう立ちあがらないその日ぐらしの民衆に「挑戦」するのも不当なのだ。(略)
 わたしは中野孝次の「『文学者の声明』について」という文章が、商業文芸誌にのらなかったら、批判する契機もなかったかもしれない。その意味では、これを掲載した「文藝」編集部にそのとき感じた批判も忘れずに書いておく。

 (5) 中野孝次が「文藝」の文章で挙げている発起人の名前を見ていて、直ぐに気づいたことがある。36人の発起人中、小田切秀雄らの雑誌「文学的立場」の常連的執筆者が、わたしにもすぐわかる範囲で5人から6人いる。つまり発起人の6分の1を占める。小田切秀雄が、かつてわたしに使用した用語をそのまま使っていえば、(なんだ、小田切秀雄とそのお茶坊主たち(これは小田切の使用語である)が、中野孝次と組んでやった陰惨な猿芝居か。)そういう感想をもった。ほぼわたしはこのとき文学者の反核運動の理念的性格を把握することができた。その理念の行方も、ほぼ見通せるとおもった。こういう私的感想も記しておかないと不正直になるから、書きとめておく。 」


「自立の思想的拠点」「芸術的抵抗と挫折」「擬制の終焉」など、60年前後までの吉本隆明の思想的問いかけは刺激的で大変すぐれていたという人は数多く存在する。埴谷雄高もその一人ではないかと思う。ところが私は80年代以降のことだが、時折り雑誌などで読む吉本隆明の言説に特に魅力を感じなかったので、その著作をわざわざ読んでみようという気持ちにはなれなかった。ただ、95年のオウム事件が起きた時、麻原彰晃著「生死を超える」という著作について、「僕はきっちり読んだつもりですが、宗教的修行者として麻原さんは、現在の世界で有数の人だと思います。」と堂々と述べていたのが印象的で、その後どのような話の展開をし、締めくくりをつけてくれるのか期待していたのだが、裁判が始まった時点でもう何も言わなくなったので、失望をおぼえた。自説に自信の持ちようがなくなったので、沈黙したのではないかと思ったからだった。まぁ、それは分からないが、上述の5点の批判のうち、私がいくらか納得できるのは、声明文についての批判である。たしかに、「「ヒロシマ」、「ナガサキ」を体験した私たちは、地球がふたたび新な、しかも最後の核戦争の戦場となることを防ぐために全力をつくすことが人類への義務と考えるものです。私たちはこの地球上のすべての人人にむかって、ただちに平和のために行動するよう訴えます。決して断念することなく、いっそう力をこめて。」という文章は何だかあまりによそ行きで、実感のない、それでいて筆者の思いとは裏腹になったのだと思うが、やや押しつけがましい文章のように思える。

吉本隆明の上の批判のうち、特にこの部分はあちこちで批判されたようだが、老衰による自然死も「ヒロシマ・ナガサキ」の被爆者の死もまったく同等である、という発言は批判されるのが当然だと思う。老衰による自然死と被爆による死、脳卒中の後遺症と被爆者の後遺症が「同等」というのなら、戦争を批判し、反対する理由もなくなるのではないか。米国のレーガン政権は名指しで批判しながら、ソ連の名をあげていないので、この反核運動はソ連製だというが、このような揚げ足とりのような論理による批判ならば、もしソ連の名が声明文に書かれていたとしても、吉本隆明の怒りに変わりはなかっただろう。そもそも日本が米国に徹底的に追随している国であることや、その理由として日本政府やメディアが長年ソ連の脅威ということをいいつのってきた経緯を考えれば、声明にソ連の名を明記するのを控えるのは内省をふくんだ配慮としてありえるのではないかとも思う。悪名高い「コム・デ・ギャルソン論争」のなかで、埴谷雄高は吉本隆明の理解について「そこに、アメリカの巡航ミサイルについての記述があっても、ロシアのミサイルSS20について記してないから、「容共」だという推断です。双方の文章の論旨の核心は、「核兵器の全廃」とか「核兵器の廃絶」とかいう一行にこそあって、巡航ミサイルとか、或いはミサイルSS20をとりいれても、それらは単なる修飾語にしかすぎません。」と述べているが、これが常識的な見方と言えるのではないだろうか。
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2011.08.19 Fri l 吉本隆明 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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