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4月27日付「日刊ゲンダイ」にその前日(4月26日)の小沢一郎氏の無罪判決をうけて「小沢無罪判決を多くの人々はどう評したか」というタイトルの記事が掲載されている。ゲンダイがここで言っている「多くの人々」とは、 作家の三好徹氏他、郷原信郎、内田樹、碓井広義、佐高信という諸氏のことで、この人々は一様に今回の無罪判決を寿いでいる。裁判の過程で小沢氏の有罪を決定付ける証拠は出なかったようだから、この判決は妥当なものだったように私も思う。これで有罪判決が出ていたとしたら、さまざまなシコリが残っただろう。この裁判でも検察当局の劣化がきわ立ったようである。取り調べの全面可視化、証拠の全面開示化は避けられない。一刻も早く法制化に着手してもらいたいと思う。これは警察・検察の捜査能力向上に結びつくにちがいないのだから、結局は捜査当局のためにもなるはずだ。

一方小沢氏の立場について触れると、 小沢氏の元秘書3人は一審で有罪判決を受けており、現在までの報道で知るかぎりではこの判決も妥当であるようにみえる。これに関して政治家・小沢氏の政治責任、道義責任が問われるのは当然のことだと思うが、氏のこれまでの態度・振る舞いは終始一貫他人事のようで決して誉められたものではなかったと思う。

日刊ゲンダイは90年代には小沢氏を金権政治家、自衛隊の海外派兵を企む危険な政治家だと指弾していたと記憶するのだが、現在のように小沢一郎応援筆頭メディアに路線変換した時期やきっかけは何だったのだろう。民主党に合流した後の小沢氏の例のスローガン「国民の生活が第一」に参ったということだったのだろうか。

さて日刊ゲンダイの上記5人の発言者のうち意気盛んなのは、碓井広義、佐高信の両氏である。まず碓井氏の発言から。

今回の判決の結果、既存メディアが小沢報道の検証を怠れば、間違いなく崩壊に向かいます。小沢氏を一方的に攻撃した大政翼賛的な報道は、検察のリーク情報や反小沢派の意向に流されたように見える。こうした疑念にメディアがどう答えるのか。視聴者や読者は目を光らせています。自らの非を認めず、従来の報道を正当化するような小沢叩きを続ければ、いよいよ、既存のメディアは信用を失う。 ただでさえ、若年層を中心にメディア離れは加速している。ネットやソーシャルメディアの方が、真実が混じっているだけマシだという価値観が広がっています。今回の小沢判決で既存メディアは存立の危機に立たされています」(上智大教授・碓井広義氏=メディア論) (強調のための下線はすべて引用者による。)

この発言をうけて、ゲンダイは「だからこそ、既存メディアは小沢を亡き者にしようと必死だったのだが、案の定と言うか、正義のカケラもない魔女狩りは失敗した。 小沢はもちろん、「落とし前をつけろ!」とは言わないだろうが、世間はそういう目で見ているのだ。」と述べている。

長期にわたって権力中枢に座を占め剛腕を振るってきたはずの政治家小沢氏をまるでいたいけな被害者扱い、悲劇のヒーロー扱いだが、既存メディアが視聴者や読者の信用を失ってきているのは明らかな事実にちがいない。でもそれは小沢叩きを行なってきたからではない。大手メディアの信用失墜はこの問題とは無関係で、小沢問題に関するかぎり、「視聴者や読者」が「目を光らせてい」るのは、むしろ小沢氏がその長い政治生活のなかでカネに関して全体どんな行動をとってきたのか、ということに対してだろう。 碓井氏とゲンダイは、小沢氏に無罪判決が出たことで、「あぁ、そうだったのか。小沢氏は本当は潔白だったのに、大手メディアのせいでとんだ濡れ衣を着せられ悪者にされてきたのか!」などと思った一般大衆がどれだけ存在すると思っているのだろう。一部の熱烈な信者のような人々を除けば、世のなかにそんなおめでたい人間は皆無に近いと思ったほうがいい。そのくらいのことはメディアが行なう各種の世論調査でとうに明らかになっているはずなのに、碓井氏もゲンダイも知らぬ顔の半兵衛を決めこんでいる。この点に迂闊に踏み込んだらかえって人々の小沢氏への疑念・不信をつよめたり、生活苦に喘ぐ層の怒りを買う結果になったりして、自分たちの立場を危うくしかねない、少なくとも得策ではないと感じてそうしているのではないだろうか。

小沢氏は新進党、自由党、民主党の党首時代に、税金で賄われている政党交付金をどのように使っていたのかが不明、それから莫大な額の組織対策費が小沢氏の腹心と言われる数名の議員にのみ支出され、その使途もまた不明であることなどが松田賢也氏の著書には克明に記されており、上脇博之氏のブログではこの件もふくめて小沢氏のカネの問題(もちろん、問題はカネの件にとどまるものではないが。)について丁寧な調査・検証がなされている。小沢氏が問題なのは、これらについてこれまで一度もまともな説明をしたことがない、ということだ。少なくとも私には小沢氏の説明が腑に落ちたという経験の記憶はない。

年収200万、300万、あるいはそれ以下の低額所得者でも納めなければならない税金は当事者にとってかなりの額、きびしい割り当てになるのであり、多くの者は身を削る思いで納税の務めを果たしている。税金の大半はそのように人々のなけなしの財布から出ているのが実状だと思うが、そのなかの決して少なくないカネの使途を小沢氏は不明にしている。その一方当人は数々の不動産を買っているとか選挙に際してグループの議員たちに総額数億円にも上る多額の寄付配分をしているなどの実態を知らされれば、有権者の脳裏にその政治家に対する「なぜそんなにお金があるの? 打ち出の小鎚でも持ってるの?」という疑問が浮かぶのは当然のことである。 これは税金と関係あるかないかは判らないが、前述した松田氏の著書には小沢氏の不正な金銭強奪についての野中広務氏による生々しい証言さえ記されている。日刊ゲンダイが小沢氏を潔白と断言するのならダンマリを決めこむ小沢氏に代わってこれらの件についての全体を紙上で懇切に説明したらいいのではないか。まさか根拠もなく一政治家の擁護・太鼓持ちを務めているのではないのだろうから、 ぜひ紙上で一大展開してもらいたい。私もそうだが、有権者は本当のことを知りたいと思っている。

次に佐高信氏のコメントを取り上げる。佐高氏は下記のように発言している。

松下未熟塾の政治家による子供の政治が終わりを告げ、大人の政治が、ようやく始まる。そんな期待が持てます。民主党における小沢一郎氏は、子供の中にひとり、大人が交じっているようなもの。小沢氏が真っ白かどうかは分かりませんが、極端な話、悪いこともできない子供には良い政治もできないのですよ。子供集団の民主党政権は、官界、財界にナメられている。だから、消費税引き上げや原発再稼働などという考えられない話が出てくるのです。政治がダメだから官が暴走し、消費税引き上げに反対する文化人を狙い撃ちにするような嫌がらせも起こっている。こうした政治を是正しなければならない。小沢氏が無罪を勝ち取ったことで、状況は確実に変わってくると思います

思わず全文に下線を付けてしまったが、これは一体全体何という情けなくもバチ当たりな発言であることだろう。こういうものを読むと、この人は途中で変質したというより、もともとろくにモノを考えることをしない・できない人物だったのではないか。時流に乗ってまんまと自分を良識派、憲法擁護派の立場に置くことに成功したものの、当初から他人の弱点を突いた攻撃を得意とするだけの鉄砲玉のように軽~い人物だったのではないか、と思いたくなる。言うにこと欠いて、「小沢氏が真っ白かどうかは分かりませんが、極端な話、悪いこともできない子供には良い政治もできないのですよ。」はあんまりだ。こういう発想・発言を指して一般社会では長らく「永田町の論理」と評してきたはずだが、この人にはどうやらその永田町の論理が完璧に染み込んでいるらしい。そうでなければこういう音は出ないだろう。

昨日5月3日は憲法記念日だったが、佐高氏は例年どおりどこかの会場で日本国憲法を擁護し、賛美する講演を行なったのだろう、きっと。そういう言動と「小沢氏が真っ白かどうかは分かりませんが、極端な話、悪いこともできない子供には良い政治もできないのですよ。」という発言が同一人物のなかに並存可能であるとして世間に通用し、怪しまれないところに絶望的な日本の現状が明示されているとは言えるだろう。佐高氏の論理でいいのなら、政治家はいっそのこと、犯罪者集団のようなところから引っ張ってきたほうが育成の手間も省けて好都合なのではないか。ここには「悪」や「善」についていくらかでも考察した気配は露ほどもない。単に、悪(狡)賢い人間、どんな手を使っても自己の勢力拡大のために剛腕を振るうことのできる人間、ふてぶてしい人間ーー要するに「つよい人間」ーーに対するこの人のつよい憧れの念が感じられる。それまで散々悪口を書いていた石原慎太郎にいざ会うと異様なまでにへりくだった哀れというしかない態度をとったことなども思い出される。佐藤優現象の強烈な推進役になったのもむべなるかなである。

小沢氏について「悪いこともできない子供には良い政治もできない」と言って擁護の主張をするのなら、小沢氏の「悪いこと」と「良い政治」とは何を指してそう言っているのか、佐高氏には事例を挙げて懇切丁寧に説明・釈明してもらいたい。このような重大な発言は思い付きの言いっぱなしで通用させてならないことは今ではもうあまりにも明らかだ。佐高氏は「 子供集団の民主党政権は、官界、財界にナメられている。だから、消費税引き上げや原発再稼働などという考えられない話が出てくるのです。」と言う。ところが、政治が「官界、財界にナメられ」る元凶の一つである「企業・団体献金」について、2009年の衆院選挙で民主党はその全面廃止をマニフェストに掲げていたにもかかわらず、政権奪取後はこの問題を21世紀臨調に諮問することで反故にした。この施策を行なったのは、政権交代後の鳩山政権下における小沢幹事長であった。何のことはない、民主党議員のなかで「財界に」政治を「 ナメ 」るスキをあたえている筆頭は佐高氏ご推奨の小沢氏だったのだ。

実は小沢氏が企業・団体献金の全面廃止を国会に上程せず、21世紀臨調に諮問したのをうけて、上脇博之氏は自身のブログでつよい懸念を示されていた。財界の資金援助をうけていてその影響下にあることが明白なこの団体が企業・団体献金の全面廃止を打ち出すはずがないと予想されたからで、結果は案の定であった。今回の小沢氏無罪判決に際しても上脇氏は下記の発言をされている。

「 政治資金規正法等も改正されるべきである。/ その主要な第一は、企業・団体献金を全面禁止すること。 民主党はマニフェストでこれを公約しながら、小沢氏が幹事長時代にこれを反故にしてしまった。 企業・団体献金は政治腐敗の温床であり株主や労働組合員の人権を侵害しているから、 即刻法律改正して全面禁止すべきである。 」(/は改行部分)

さて先に引用した佐高氏の発言中の「だから、消費税引き上げや原発再稼働などという考えられない話が出てくるのです」という部分についての感想は、あぁ、佐高信という人はこんなにまで小狡い人物だったのか! の一言である。小沢氏が現在野田政権の消費税増税方針に反対していることは多くの人が知っている。佐高氏はそのことを利用して、小沢氏は消費税のみならず原発再稼働にも反対しているという虚偽の宣伝をしているのだ。明白に人々(私たち)を騙しにかかっているのである。

小沢氏が昨年3.11の後1週間近く公衆の面前に姿を現さず、姿を現したと思ったら、当時の菅首相を引きずり降ろすことに一大精力を傾けたことは周知の事実である。小沢氏は、この難しい時期に菅さんに代わって指揮をとれる人物がいるのかというどこかのインタビューに答えて「いくらでもいますよ」「菅さんでなければ誰でもいい」と宣っていた。この事実について佐高氏はどのように解釈しているのか聞かせてもらいたい。91年の青森県知事選における小沢氏の活躍についての感想も聞きたい。六ヶ所核燃料サイクル基地建設が選挙の争点だったこの年の青森県知事選について、鎌田慧氏のルポルタージュ「六ヶ所村の記録 上下」(岩波書店1991年) には下記の叙述がある。

「…「地方自治体の選挙に政府が干渉するのはおかしい。準公共企業体の独占企業の団体である電事連が選挙を請け負って、カネをふんだんにだしている」 これが「核燃選挙」といわれる知事選の実態である。やってきた自民党の小沢幹事長は遊説にまわらず、青森市内のホテルに陣取って土建業者を呼びつけ、ひとり3分ずつ面会した、とのエピソードは、よく知られている。現職候補と自民党は、県財界、農漁業団体はおろか、保育園のはてまで締めつけていた。」

このような事情をみると、東日本大震災発生後姿が見えなかった間の小沢氏はあるいは東京電力などの電力業界関係者と連絡をとって対応を協議していたのではないかという推測が浮かんでもあながち無理はないだろう。むしろ一番自然な推測のようにも私には思えるのだが、これについて佐高氏はどう考えるだろうか?

それから佐高氏は昨年の原発事故の後、それまで原発推進の旗振り役を務めてきたような文化人を俎上にのせた本を出版したそうである。その本を私は読んでいないし、今後も読むつもりはないが、あるブログはその本についてブラックリストの人選がフェアではない、親しい関係にある人物は原発推進者であってもリストから除外している、という趣旨の指摘をされていた(こちらこちら)。リストから除外されているなかに佐藤優氏が入っているだろうということは、佐高氏の普段の言動をみていれば聞くまでもなく判ることである。しかしあからさまにこういう不公正・不公平な言動をみせる佐高氏のような人物に、対象が原発であれ、改憲であれ、本心から反対するというようなことが可能なのだろうか。私には疑わしく思える。

佐高氏は「消費税引き上げに反対する文化人を狙い撃ちにするような嫌がらせも起こっている。 こうした政治を是正しなければならない。小沢氏が無罪を勝ち取ったことで、状況は確実に変わってくると思います」とも述べているが、この発言には、この人の近年の文章に特有の何とも言いようのない気持ち悪さがにじみ出ているように思う。自分は消費税引き上げに反対して嫌がらせをうけている(が、それに負けずに自分は頑張っている、闘っている)という自画自賛の含意もあるのだろうが、狙い撃ちにされているという嫌がらせの内容については何も記さず、おまけに「小沢氏が無罪を勝ち取ったことで、状況は確実に変わってくると思います」などと意味不明の発言がつづいている。そのせいか、あるいは率直さに欠けるせいか、この文章にはとりわけイヤな後味をおぼえた。
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2012.05.04 Fri l 週刊金曜日 l コメント (4) トラックバック (0) l top
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