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小説家の芥川龍之介が薬を飲んで自死したのは1927年(昭和2年)の8月で、今から85年前のことになるが、その死は、当時の社会に一方ならぬ大きな衝撃をあたえたようである。そのなかでも、特別に重い衝撃で心を揺さぶられたのは同時代の文学者たちであったことは間違いないだろう。当時文学活動をしていた作家たちが芥川の死について語っている文章のあれこれを読むと、その人が芥川の親しい知友であったかなかったかにかかわらず、個人個人がその死の報から受けた驚愕や衝撃の深さ、強さがはっきり分かるように思う。広津和郎も「年月のあしおと」に「芥川君の死は、何か實に悲しい。これは私ばかりでなく、多くの人々の感じたことらしかつた。」と記し、つづいて、その頃のある日、銀座でたまたま会った吉井勇が「そうだよ。芥川の死は悲しいよ。他の連中のは悲しくもあるが可笑しくもある。(略)併し芥川の死は、あれは可笑しいところが少しもなく、ただただ悲しいよ」と語ったということを書きとめている。

中野重治も芥川の死に大きなショックをうけた一人だったようである。その理由の一つには、芥川の死の1ヶ月ほど前、中野は芥川の自宅を訪ねて二人だけで数時間話をしたという事情があったことも大きかったのではないかと思う。中野の小説「むらぎも」や随筆「小さな回想」などによると、中野は、同人雑誌「驢馬」の仲間であり前々から芥川に私淑していた堀辰雄を通じて、「一度ぜひ会いたい」という芥川の言伝てをきいていて、それでその年の7月のある夕方、思い切って芥川家を訪問したのであった。その日、中野は異様なほどに痩せて憔悴しきった様子の芥川と対面することになったそうだが、芥川は中野に向かって「君が、文学をやめるとかやらんとか言つてるつてのはあれやほんとうですか」と訊いたそうである。芥川には中野重治が政治活動をやるために文学をやめる、断念する、というような話が噂として耳に入ってきていたらしい。中野は「いえ、そんなことありません」と応えたそうだが、すると芥川は「そう、そんなら安心だけれど……」とか「人は、持つて生まれてきたものを大事にしなければならぬだろう」というようなことを言ったそうである。そのような芥川の言葉に対して、「むらぎも」によると、主人公(片口安吉)は、必ずしも共感も賛同もしていない。むしろ反発しているといってもいいくらいの思いをいだくのだが、やがてその家を出た後の安吉の心情は、「あの痩せて背の高い人に、全く道理に合わぬ愛がどつとばかりに湧いてくるのが我ながら安吉として受けとめかねた。」と表現されている。(詳しくは「むらぎも」をご参照のこと。)

そのときまでに中野重治が芥川と会ったのは、雑誌「驢馬」の後見人のような存在であった室生犀星の家の門の前で偶然行き合って短い挨拶をかわしたことが一度あったというだけの関係だったらしい。しかし「驢馬」に発表される中野重治の詩に芥川はつよい印象を受けていたらしい。室生犀星宛ての芥川の手紙には、「中野君ノ詩モ大抵ヨンダ、アレモ活キ活キシテヰル。中野君ヲシテオモムロニ小説ヲ書カシメヨ。今日ノプロレタリア作家ヲ抜クコト数等ナラン」(1926年12月5日)と書かれている。

中村真一郎は、芥川龍之介について、「今日、芥川の全作品を通して、ぼくらが感じるのは、実にこの懐しいばかりの人間的な優しさである。作者の機智や逆説は、忽ち古くなってしまった。しかし、ひとりの生きた人間としての彼が、心の奥に一生抱(いだ)きつづけてゐた、無垢な少年のやうな、育ちのいい素直さは、今尚、ぼくらを郷愁に誘ふのである」と述べているそうである。中野重治はこの一節を引いて、「中村が、芥川の『人間的』にふれて書いている言葉に私は賛成する」(「三つのこと」1954年)と述べているが、「中野重治全集」の編集を一手に引き受けられた松下裕氏に向って中野は、「芥川については、中村真一郎の言っていることが一番よくあたっている」と、何度も語ったそうである。そういうときの中野の胸のなかには、芥川が自殺を決意しながら、それを決行する前に、特に知り合いでもない自分のような若いもの書きに「文学をつづけてほしい」と言い残しておきたい、と考え、それを実行にうつしたことなども、芥川の「実にこの懐しいばかりの人間的な優しさ」や「無垢な少年のやうな、育ちのいい素直さ」の一つとして印象に残っていたのかも知れないと思う。

次に引用するのは、1956年、その年石原慎太郎の「太陽の季節」に芥川賞が授賞されたことに対して、またその出来事が一つの事件として社会に引き起こした反響に対して、中野重治がきびしい批判を持っていることがありありと分かる一文である。標題は「芥川賞について思い出」。56年当時中野のこの文章が世の中にどのような受けとめ方をされたのかはもう分からないが、ほとんどならず者と違わないような昨今の石原慎太郎の言動をみていると、中野重治のこの文章の内容が私には現在格別の重みを持って感じられる。長くなるが、以下に引いておきたい。

「 
 安部公房が昨日夕方プラーグヘ立った。そのとき彼の持って行った挨拶に、安部という作家はこれこれの人間だということを書いた短い紹介文章がついていたが、これは翻訳者が気をきかせてつけてくれたもので、なかに、安部は芥川賞を受けたものだという意味の言葉があって私は「なるほどナ……」と思った。また自然今度の芥川賞さわぎのことが私の頭に浮んだ。
 これこれのとはっきりしたことが思いうかんだわけではない。ただ、もしこんどの芥川賞のことをあっちに知つているものがいて、ことに今度のことだけを知っていた場合、紹介の紙きれをつまんだその男が、安部の顔を見なおしはすまいかというようなことがちらっと頭の隅をとおったのだった。むろん、安部の責任ではない。
 つまり、どこの国にもいろいろと文学賞といったものがある。受賞者の決定ということでもいろいろと出来不出来があるだろうと思う。ノーベル文学賞とかスターリン文学賞とかいつたものにもそれはあつた。それでも、日本の芥川賞の、それも今度のようなことはないしなかつたのではないか。選をする委員たちが、文学作品として誰ひとり感動しなかつた作品、感動とは行かぬまでも、どこか本質的なところで心をひかれる点があつたというのならまだしも、それの全くなかつた作品、それのないということで委員たちに一致のあつた作品、それが受賞作品ときまつたというようなことはほかになかつたのではないか。芥川賞というものが出来たときからのことを見てきたものは、芥川賞が変ったという思いにどうしても取りつかれる。
「故芥川龍之介を記念するために、文藝春秋社によって設けられた文学賞であって、昭和10年上半期より毎半歳ごとの新聞雑誌に発表された新進乃至無名の作家の小説、及び特にこの賞のために応募した作品中より、毎回一篇(時には二篇)を択んで授賞し、その作品は『文藝春秋』に再掲載した。文学賞としては最も成功したものであつて、授賞も概ね妥当に、反響大きく、有能な新入を文壇に送り出す功績があった。第一回の受賞作は石川達三の『蒼氓』であったが、次席の太宰治は『ダス・ゲマイネ』を、高見順は『起承転々』を同誌に発表し、受賞作に劣らぬ評価を得て、三者共に、はなばなしく文壇に登場したのをはじめに……」と山室静が『現代日本文学辞典』で説明しているが、なるほど、「太陽の季節」は「無名の作家の小説」ではあつた。しかし、「故芥川龍之介を記念するために……設けられた文学賞」というのにはまる作品かどうか。「反響大き」かつたかどうか。これで「有能な新人を文壇に送り出す功績」になつたかどうか。この決定で、「文学賞としては最も成功したもの」という芥川賞がもう一つの成功を重ねたかどうか。「授賞も概ね妥当に」があたるかどうか。「反響大き」かつたことを別にすれば、どれ一つもあたらなかつたと私は思う。委員たち全部が、いろいろ差別はあつても、すぐれた作でないと意見一致した作をそれにしたのだからこれは自然な決着だつただろう。
(略)
 いつか桑原武夫が、日本の政治世界のことで、「日本ではインテリの間でほぼ意見の一致がえられた正にその瞬間に、その意見と正反対のことが事実となつて現われる」「ユウウツ」のことを書いた。それなら、こんどは文学の世界にそれが出てきたのだったろうか。そうでもある。しかしそれ以上でもある。桑原の書いた話では、「インテリ」と実際政治(家)の世界とが別になつていた。こつちの「インテリ」が意見一致したとき、あつちの政治家が反対を実行してしまうという形に話がなつていたが、こんどは、すぐれた作でないという意見で一致した機関(?)本人の手で「その意見と正反対のことが事実となつて現われ」たのだから病は一歩すすんだとみるのが実際的で穏当だと思う。
(略)
 芥川賞を、よってたかって愚劣な作にあたえるということにしてしまえば話は消えてしまう。しかしそれでは、芥川賞というものの、また何賞のであれ、本来の趣旨に直接にそむくことになる。本来の趣旨にそむくための芥川賞銓衡委員会、そんなものは頽廃として以外には考えられまい。今度の芥川賞は、結果を全体としてみれば正にそれだった。
 それだけに、「反響大き」かったことを別にすればといったその「反響」だけは大きかった。この、「反響」だけ大きいということがそれだけで腐敗につながっている。作品が愚劣で、反響がすばらしく大きい。作品が愚劣で、本になってたちまち10万部売れる。
(略)
「太陽の季節」さわぎはそのへんのところへきている。『週刊朝日』か何かが書いて、本の広告に使ってある文句にこんな意味のがあつたが――つまり、あの作で、人間が描けていないだの、葬式の場面がおかしいだのいうのはノンセンスに近いので、そうであろうとなかろうと、これはもう「社会現象」になつているのだといつた文句があつたがある意味であたつている。問題は「社会現象」の側から押してきている。文学であろうとなかろうと、文学的なよそおいで文学作品として事を押しつけてしまう。「社会現象」としての既成事実をつくつてしまって、「事実の世紀」として文学と読者との正規の関係の上へローラーをかけてしまう。『学生生活』の創刊号が、「新しい恋愛と友情の発見」という題目で、「石原慎太郎と東大、早大、理大、お茶大等男女学生」の座談会をやるという広告(『わだつみのこえ』)を読めば事は順調に運ばれているといっていいのかも知れぬ。しかしそれを、芥川賞の決定というそもそもの仕事がつくりだしていたのだった。芥川賞決定ということがなかったとすれば、この青年が、「自分の実感を大切に――私の文学観」というようなチンプンカンを『朝日』に書くということは生じなかった。
「若造が何を生意気なと言われるだろうが、その『生意気』を大切にしたい。大人(といって僕らを無理に子供と見たてるつもりはないが)の気にさわるこのホウラツ(放埓)は大事にしよう。」「この年代の、大人の眼から見た悲壮さとコツケイさはそれを未だつかみ切れぬまま、けとばして来たはずのものに足を引かれる、いわば過渡的状態にある者の弱さだろう。が決して引き戻されてはならないのだ。少くともそれは観念を越えた別の世界にしかないはずだ。何を、どうしてするかということよりも、どれだけやれるかということを念願に『生き』たい。何故という決定を下す他の何ものをも僕らは信用しまい。」
「このむやみに積極的な行為の体系の中に生れた情操こそ初めて現代に通用するものではあるまいか。」
「この、いわば、狂暴な思い上りをなくすことなく動きながらぎらぎら生きて行きたい。」
「何を、どうして」から逃げてでなければ「生き」られぬ青年が、「大人」から「生意気」と見られているだろうと自分で空想している阿呆らしさ。するとたちまち、「要するに石原さんがいいたいことは、現代の若い人たちはポーズも周囲に対する自意識もなく、いわば純粋に行為をするのであって、一世代前の人達のごとく既成道徳破壊というような価値判断的な行為をするのではない、そして、このような若い人たちの何ものにも拘束されない『自然さ』の中に、新しいものが出てくる可能性がみられる、ということだと思う。(中略)私たちは粗雑な観念だけには頼れない」という註釈者が出てくる(『中央公論』林敦)という阿呆らしい「粗雑」さ。それを引きだしたのがほかならぬあの決定だったのだから、結果にあわてて事柄に釣りあいを取りもどそうとすれば、いきおい無理を重ねねばならなくなる。いくらかは見当ちがいに、しかし十返肇にむかってまで、「彼らが今になって急に開きなおり、倫理的だの文学性だのという方がおかしい。また彼は批評家が『新人のよさを賞讃し才能を伸ばすのが使命だ』といっているが、現在は彼のいう通りもちろんのこと、過去でもその批評家たちに賞讃されたことによって才能の伸びた作家がいたであろうか。日本の批評家たちがそれ程小説家達にとって影響力があつたろうか、このことは批評家がそれほど不勉強だということを意味する。」(同、御葦出雄)といった、文学史の事実にかなりに無知な、それほど「不勉強」な「日本の批評家たち」の大きな「不勉強」、その実行としてのこんどの芥川賞決定ということからの「影響」に完全に乗せられて発言していることに自分で気のつかぬ、しかしそれだけに、一面の理がないでもない反駁も投げかえされることになる。
 じつさい、釣りあいを取りもどそうとする働きは無理になり、残酷になり、没義道にさえなりかねぬところまで来ているだろう。
「いち早く新人の才能をああいうところで擦り減らすのはどうかなんていうのはずいぶんセンチメンタルだと思う。ああいうことで出てきたんだもの、すべからくああいうことで利用すればいいし、利用されればいい。場所を得たものじゃないかね。」「やっぱり社会現象としては無慚だよ。」「無慚だって、その無慚ということで出てきたんだもの、当然背負うべきものでね。」「それはわかるけど……」「つまり文壇ジャーナリズムというものが段段藝能化してくるんだよ。その犠牲者なんだ。その藝能化してくるのは何も文藝春秋が悪いのでもなければ、芥川賞銓衡委員会が悪いのでもないけれど、何かそういう藝能化してくるときに彼はいいカモだつたんだ。」「「犠牲者になること以外にないのだからしようがない。」「そんなことはない。就職してコツコツやっていけばよい。」「会社員になったって、銀行へ行ったってちゃんとやるよ。不良少年なんてとんでもないことだ。文学の犠牲といったって本当の意味の犠牲にはなれっこないよ。犠牲というにはあまりちゃんとしてるよ。心配することないね。」(『新潮』「批評家有用」のうち)
 座談会の言葉だから、論文のなかの言葉とはちがうだろう。賞決定に直接あずかった人びとの言葉というのでもない。けれども、鴨としてとらえたものがあったから石原は「いいカモ」にされたので、話をそこから外して、鴨としてとらえた方をば「悪いのでもなければ……悪いのでもないけれど……」としてしまっては石原に気の毒でないか。中村光夫の、「やっぱり社会現象としては無慚だよ。」というのが正直な感想と取れるだけに、推してはならぬものを推してしまったあやまち、そこに「無慚」を社会現象にまでひろげてしまった芥川賞銓衡委員会への批判に話を持って行くのでなければ理不尽で没義道な話になってしまうだろう。むかし中村武羅夫が、「原稿を書くことは、必ずしも特別な精神的仕事でも何でもなく、出版業者の原料の生産であるにすぎない。また、それでいいのである。いい悪いを絶して、これが現代の大勢なのである。この大勢に順応するものが栄え、これに反逆する者は、没落する。即ち、現実の力なのである。」と書いた。芥川賞銓衡委員会が、昭和31年になってそれを追う必要はない。それはなかったし、元来あってはならなかったことだろう。こんどの芥川賞は、芥川賞として頽廃方向での変化だった。」(「中野重治全集第13巻」収載)
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2012.07.30 Mon l 中野重治 l コメント (0) トラックバック (0) l top
工藤美代子氏の「関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実」のでたらめぶりを取り上げた当ブログのこの記事に対して、最近いくつかコメントの投稿があった。この人たちはどうやら工藤氏のあの本を熱烈に支持しているらしく、初めから話が噛み合いそうもなかったが、投稿がつづいたので、一応返事を書いた。そのなかで、「 工藤氏があの本で述べていることは、たとえば、「広島と長崎に原爆を落したのは、じつは米国ではなかった。別の○○という国だった」などという主張レベルの、全編これまったく根も葉もないデマゴギーだと思います」と書いたところ、 次のコメントが反ってきた。

「この本全部読みましたが、この文章一寸覚えが有りません。こんな酷い文章は、何ページに書いてあるのでしょうか?」

原爆うんぬん、の箇所が工藤氏の文章に対する一つの比喩と受けとられずに、工藤氏の地の文章の記述と受けとめられたらしいことには唖然としてしまった。当方の書き方がいくらまずかったとしても、さすがにこれはないのではないか。工藤氏は、「関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実」のなかで、震災時における朝鮮人についての流言蜚語を皮肉った芥川龍之介の言葉を、故意かどうかは分からないが、直線的に大真面目に受けとめてとんちんかんな感想を書きつづり、結果としては著書本人の無知や鈍感や滑稽さを晒していた。あの本には同種のこと(常識外れの特異な受けとめ方)が他にもいろいろあったと思うが、そういう点でこのコメント主と工藤氏は感覚がよく似ているのではないだろうか? 「あの著者にしてこの読者あり」…なんて言ったら、さすがに言い過ぎかな? 言い過ぎですね、すみません。さてこの方のコメントには次の文句もあった。

「次にあの本には当時の新聞記事の画像が載っていませんが、ググれば多くの不逞を働いた朝鮮人の新聞記事が見つかります。そこには工藤美代子氏の主張することが書かれています。あなたがデマゴギーと主張することと矛盾しませんか?」

工藤氏の著書が盲目的に依拠した「当時の新聞記事」「多くの不逞を働いた朝鮮人の新聞記事」が、いかに官憲におもねった、でたらめのかぎりをつくした犯罪的なものであったかは、当ブログ(ここここ)で、山田昭次氏の著書を参考にするなどしてわりあい詳細に書いている。どうもこのコメント主はろくろく当のブログ記事も読まずに(一方、「当時の新聞記事」や工藤氏が書いていることには何の疑いも持たずに頭から信じこんでいる様子である。)、当該コメント欄に文句のコメントを書きこんでいるように思われる。その上、今日は下記のコメントが来ている。

「その他にも突っ込みたいところ満載ですので、
 そろそろ、この休み中に返事が頂きたい。 」

どうやらこの方は、前述したご自分のコメントの突っ込みが大変鋭くすばらしいので、ブログ主(すなわち当方)は返事ができなくて困っていると思われたようでもある。そういう心境でいるらしきところに水をさすようで申しわけないのだが、これでは意思の疎通のとりようもなく、またこの方には意見のやりとりに最低限必要な論理性も欠けているように思われる。したがってこれ以上のコメントのやりとりは不毛と思われるので、今後この方のコメントは削除させていただくことにしたいと思う。また、この場合と同種のコメントと当方が判断したコメントについても同様の措置をとらせていただくことにする。はなはだ一方的な措置とは思いますが、この点、ご了承のほどどうぞよろしくお願いいたします。
2012.07.28 Sat l 関東大震災と朝鮮人虐殺 l コメント (5) トラックバック (0) l top
前回の記事では、目取真俊氏のブログ「海鳴りの島」の「NOと言えない政治家たち」からオスプレイ配備に対する野田首相の姿勢を批判した箇所を引用させてもらったが、目取真氏の記事ではこの他に、タイトルから薄々察知できるかと思うが、石原慎太郎東京都知事に対する批判もなされていた。

「…かつて『NOと小さい文字言える日本』を共著で出した政治家がいる。石原慎太郎東京都知事だが、4月に米国ワシントンのヘリテージ財団で、東京都が尖閣諸島を購入する意向であることを発表した。わざわざワシントンで発表する姿には、俺の後ろには米国があるんだぞ、という虎の威を借る狐ぶりが見え見えだった。」

「虎の威を借る狐ぶり」…。たしかにそのとおりだと思う。この現東京都知事も『NOと言える日本』を刊行したころは日本政府や財界の「従米一辺倒」に反発するという一点に本人なりの矜恃があるのだろう、まぁそれが救いといえば救いなのだろうと思えないこともなかったが、ここまであからさまにアメリカの「虎の威を借る狐」と化してしまってはもうどうしようもないと感じる。米国から帰国後の4月27日の定例会見においては、「日本はアメリカとも協力して、 しっかりと守りを、場合によっては安保発動を踏まえて、ものを言ったらいい。」とまで述べていた。そんなことになった場合、沖縄が被ることになる被害のことなどはこの人の念頭には露ほども浮かばないらしい。

この日の会見での石原都知事の口はいつにもましてブレーキ踏まずで、言いたい放題。都民から尖閣諸島(釣魚島)購入のための寄付の申し出が多数あるというので、「 こうした志を受け止めるための口座を開設する」、また「 中国が持っている航空母艦、あんなちゃちなものは世界中の笑いものだ。(略)あいつらがあれを持っている目的は、東南アジアに行って、フィリピンやタイやインドネシアとか、比較的軍事力の弱いところで威嚇になるかもしれないけど、そんなもの通用しませんな。私は、彼らが日本の実効支配をぶっ壊すためにどういう行動取るか分からないが、それに備えるために、国が頼りにならないから東京がイニシアチブとってあそこを領有しようと思っている。 これ間違ってると思っている日本人が居たらお目にかかりたいね」、「これだけ多くの国民が共感してくださるというのは、東日本大震災で国土がああやって荒廃した。私たちが住んでいる国の国土がいかに大切かということを、 潜在意識が呼び起こされて、国民がこの問題に強い関心持ってきたんじゃないか」、「たとえば、自分の家族を犯そうと思って強盗が入ってきたら、素手でもそこの主人は戦わないといけないんじゃないですか。甘んじて、奥さんや娘が強姦されて、ものを盗られて、暴力沙汰に及ぶからと、あえてすべてを譲ったところで済むんですか」、等々。(強調の下線は引用者による。)

凄まじい発言の数々に改めて唖然とさせられる。まず一存で勝手に募った尖閣諸島購入のための寄付金の件だが、7月20日現在集まった金高は13億円を優に超えているという。いったいこれに対する始末をこの都知事は今後どうつけるつもりなのだろう! 中国に対する「あいつらがあれを持っている目的は 」うんぬんの発言だが、一主権国家、その政府に対するこの汚ない口のききかたと、一片の礼儀も備えていない発言内容を見ただけで、とても安心して外交の場に出すことのできる一人前の政治家でもなければ、確固とした信頼を寄せるに相応しい人物でないことも明瞭だろう。東京都が尖閣諸島を購入することを「間違ってると思っている日本人が居たらお目にかかりたいね」という発言については、「間違ってると思っている日本人」はいくらでもいる、と断言できる。現に私はこの人物の行動にも、またこの「お目にかかりたいね」発言にも驚きあきれ、かぎりない不快感をおぼえている。そもそも、日本の全メディアは口を揃えて尖閣諸島を「日本の固有の領土」と言っているようであり、また読売新聞の世論調査によると、65%の人が政府の目指す国有化に賛成しているのだというが、私はこれらの人々が心底尖閣諸島は日本の領土であると思っているのか疑問に感じる。日本の言い分、中国の言い分を聞き、また学者の研究調査などをごく大雑把に眺めた程度では、尖閣諸島は日本の固有の領土である、と言い切れる根拠を見つけ出すのはなかなかに困難のように思えるからである。私は領土問題に深い関心があるわけではないのでさして各種の文献などを調べたり追求したりしているわけではないが、管見の範囲では、中国の領土であるとする主張、たとえば井上清氏の主張のほうに、日本外務省や産経新聞の「尖閣は日本の領土」という主張よりは格段に客観性と説得力があるように感じる。日本のメディアが言う「尖閣諸島は日本の固有の領土」発言や、読売新聞の世論調査結果に対し、「どのような根拠の下での意見?」との疑問をおぼえるのは、そのためである。まして、都の尖閣諸島購入を「間違ってると思っている日本人が居たらお目にかかりたいね」などという石原発言は、デマの拡散を意図したものか、そうでなければ、国民への恫喝以外の何ものでもないだろう。実際私などは強引な姿勢とは裏腹に根拠の曖昧な石原氏その他の尖閣諸島発言に恫喝されているように感じて、うっとうしいことこの上ない。

この他、石原氏は「東日本大震災で国土がああやって荒廃した」 ために、「潜在意識が呼び起こされて、国民がこの問題に強い関心持ってきたんじゃない 」とも述べている。しかし、昨年、震災直後、苦しむ被災者をよそ目に、まるで他人事のように、「天罰だ」と言い放ったのは誰だったっけ? 一昔前だったら、ああいう発言をしたこの人は今ごろこのように偉そうに振る舞ってはいられなかっただろうと思う。

しかし、この会見で目を覆うばかりに非道かつ支離滅裂なのは、何といっても「自分の家族を犯そうと思って強盗が入ってきたら、素手でもそこの主人は戦わないといけないんじゃないですか。 甘んじて、奥さんや娘が強姦されて、ものを盗られて、暴力沙汰に及ぶからと、あえてすべてを譲ったところで済むんですか 」という発言だろう。これは、「強盗」というのは当然日本であり、「奥さんや娘が強姦されて、ものを盗られて、暴力沙汰に及 」ばれるのは、中国である、と理解して初めて意味が通る。もちろん、これで初めて世界の常識にも歴史的事実にも叶うことになる。

この「強盗」うんぬん説は、工藤美代子著「関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実」と、内容のデマゴギー性において、好一対ではないだろうか。岩波書店の口ぐせを真似れば (笑)、2人とも「さすがに産経新聞の著者!」とでもいうところだろうか。このように見てくると、中国政府が石原都知事の一連の言動に対する以上に、これを批判もたしなめもしないで黙認し、そればかりか、都知事発言に乗ずるかたちで尖閣諸島の国有化を口にしはじめた日本政府に対してはるかに強い不満ないしは怒りを見せたのは当然のことだったのだろう。中国には、ほとんど「ゴロツキ」並みの精神性しか持たない一地方政治家を相手にまともに怒っても仕方がない、徒労であるとの判断があっただろうから。石原都知事に関連して中国のある記事は次のように述べている。

「 1945年に調印した「無条件降伏文書」および文書中で承認した「カイロ宣言」「ポツダム宣言」などの国際文書について学び直すことを日本の政治家達に提案する。まさか無条件降伏を無効とみなすことにしたわけではあるまい。まさかあの軍国主義の時代にまた戻りたいわけではあるまい。

 もし中国が当時の戦争賠償を改めて請求すれば、日本は優に数十年間苦しむことになる。1945年の民国政府の概算統計によると、日本の中国侵略戦争は少なくとも1兆 8400億ドルの損害を中国にもたらした。これは508億オンスの金に相当する。67年間の利息を加えれば約137兆4300億ドルになると筆者は推定する。これには日本が直接奪い去った金、銀、賠償金は含まれていない。日本が平和友好を重んじている間は、 賠償は請求せずともいい。だが中国の金でー中国の領土を「購入」し、武器・装備を開発して戦争を再び発動する準備をしているのに、賠償を請求しないわけがあるまい。 島を購入する金はあるのに、なぜ賠償する金はないのだ?計算のできる日本国民は考えてみるべきだ。石原の狂犬が中国に咬みつく代償に137兆ドルを支払う価値があるのか?中日間に再び戦争を起こすというのか?

 石原をしっかりとしつけるよう日本政府と日本人民に勧める。石原をしっかりと監視し、好き勝手に人を咬むのを放置しないこと。ましてや故意にけしかけて人を咬ませてはならない。現在の中国人はみな、石原が正真正銘の狂った輩であることを知っている。だが日本側が狂った輩が無闇に咬み続けるのを傍観するだけで、力強い制止の声に耳を傾けないのなら、中日間の感情の冷え込みは避けられない。そしてその結果損害を被るのは、民主党政権と日本の民衆全体なのだ。」(「人民網日本語版」2012年6月18日 」

4月27日の石原都知事発言を見れば、中国側の見解のこのくらいのきびしさは当然のもの、むしろこれはまだ相当に抑制的な態度であり発言内容だろうと思う。

参考になるブログー 「コラム|21世紀の日本と国際社会」
2012.07.26 Thu l 社会・政治一般 l コメント (2) トラックバック (0) l top
昨日、23日、とうとうアメリカ軍の新型輸送機オスプレイ12機が山口県の岩国基地に搬入されたとのこと。何とも恐ろしいことで、この出来事をどう言えばいいのかちょっと言葉が出てこない思いがする。 野田佳彦首相はこの日、首相官邸で「きちんと安全性が確認されるまで、日本での飛行は行わないという方針で臨む」と記者団に語ったそうだが、先月の6月にも墜落事故を起こした機体の「安全性」がどうやって「きちんと確認」できるというのだろう。一方で、米国は10月からのオスプレイの運航計画に変更はないと宣言しているのだから、野田氏ら日本政府も米軍も沖縄に対する一時凌ぎのごまかしのために言葉をもてあそんでいるにすぎない。何と不誠実なことだろう。

これは少し前の話になるが、野田首相はテレビに出演して沖縄普天間基地へのオスプレイ配備について、「配備自体は米政府の方針で、どうしろ、こうしろという話ではない」と述べ、日本政府として配備を拒否できないとの認識を示したそうである。これに対しては多くの反論や批判がなされたようだが、ブログ「海鳴りの島」の目取真俊氏は「NOと言えない政治家たち」と題された一文で、「一国の首相が情けない発言をよくもやったものだ」ときびしい批判をされていた。「沖縄県民の声に耳を傾ける姿勢があれば、そういう形式論では片付けられないはずだ」「沖縄ではオスプレイ配備反対の県民大会にむけて準備が進んでいる。野田首相の発言はそれを最初から切って捨てるものだ」「テレビで「拒否できない」と公言するのは、日本は米国の属国でございます、と世界に自己暴露したに等しい」「しょせん野田首相にとっては、オスプレイ配備も原発再稼働と同じく、米国や財界の意向がすべてであり、地域住民の安全など二の次というわけだ」、等々。これらの指摘は私たち大多数の国民が日頃から野田首相およびその政権について内心で感じとっていることをどんぴしゃり適切な言葉で表現されたものだと思う。野田発言にはオスプレイが引き起こしてきたたび重なる墜落事故を見てきた沖縄住民がそれを押し付けられる事態にどれほど深い懸念や恐怖などの苦痛をおぼえているかについて感情や考えを集めることのできる人物ではないことがはっきり出ている。現防衛相と瓜二つで、そういう問題は心の表皮をつるつるすべっていってしまうのだろう。オスプレイのみならず基地問題に悩まされる沖縄住民に向けた人間性の感じられる言葉がこの人の口から出るのを聞いた記憶は一度もない。東日本大震災と福島第一原発事故の被災者に対する態度、姿勢についてもまったく同じ印象がある。

思えば、何事においてもたしかに野田氏は首相就任以来今日まで一貫して上記のような姿勢でやってきたように思う。昨年10月の首相就任所信表明演説では消費税増税についてただの一言も触れずにおきながら、 その直後の財界人の集まりで挨拶に立った野田氏は、唐突に、私は消費増税をやります、と述べた。その次に野田氏が消費税に触れたのは、なんとカンヌで開かれたG20の場であった。「2010年代半ばまでに段階的に消費税率を10%まで引き上げる」と宣言し、関連法案を「11年度内に提出する」とまで国際公約したのだった。その後の原発再稼働についても、またTPPについても同様の行動経緯を辿っているという印象がつよい。22日、野田首相は母校の早稲田大学で講演をしたそうだが、そこでは当たり前のようにTPPの必要性を語っていたそうだ。野田首相という人は外国人や財界や母校の大学など、要するに自分の意見を歓迎してくれる、もしくは決して文句を言わずに黙って聞いてくれることが確実な相手にだけ言いたいことや本心を語ることができる政治家のようである。そして言いたいことを語っていると思われるその発言内容はあきれるほどに貧しく興ざめのすることばかりのように思われる。

早稲田大学の講演では、消費増税もTPPもやる気満々、「経済再生も政治改革も行政改革もやる。決める政治を果敢にやり遂げていく決意だ。」(時事通信)と学生らを前に話したそうである。「決める政治を果敢にやり遂げていく」などという発言は、自分がやろうとする政策ーー「決める政治」というものの中身ーーに本質的に自信がない者、むしろ後ろめたさを持つ者が行なう有権者に対する居直り発言以外の何ものでもないだろう。実際、政治家が「決める政治」などという愚昧な発言を堂々と行ない、それが一定程度の賛同を得るかたちで論議の対象になっているという事態こそ低次元な日本の政治と政治家のありのままの姿を、またそれにとどまらない日本の文化の劣化を雄弁に語っているものに他ならないだろう。詭弁は詭弁でも、さすがに、これほど子どもっぽいレベルの詭弁が政治家によって(「決める政治」という文句を最初に口にしたのは橋下大阪市長ではなかったか?)大真面目に口にされ、通用している国がそうそうあるとは思えないし、また現実に見聞きしたこともない。

このように思いをめぐらせていくと、「 日本は米国の属国でございます、と世界に自己暴露したに等しい」事実も、それへの指摘も、野田首相や森本防衛相にとっては別段恥ずかしいことではないのかもしれない。以前、野田氏と出身高校が同じで、その街頭演説を何度も聞き、選挙ではいつも野田氏に投票してきたという人が野田氏の首相就任に際して書いていたブログ記事を当ブログで紹介したことがあるが、その内容が思い出される。

「 ずっと野田に投票してきた私だが、実は野田の政策はほとんど知らない。 野田は政策は全く語らないからである。/野田の駅頭挨拶の特徴はまったく演説をしないことにある。/「いってらっしゃいませ。野田佳彦です。よろしくお願いします」/支持者が 言うのはそれだけであり、 野田はそれすらも言わない。微笑みながら何度も何度もお辞儀をするだけである。」「早大の政経を出て、松下政経塾を出た彼に政策や見解がないわけではないと思う。ただ、主張は必ず敵を作る。選挙活動家としての野田は、「 とにかく船橋市は野田」というイメージを市民に与えることのみを留意して、政策はまったく語らなかった。」

やはり野田氏の姿勢は当時から今にいたるまで何も変わっていないようである。
2012.07.24 Tue l 社会・政治一般 l コメント (0) トラックバック (0) l top
オスプレイは9日にも機体に不具合があり、 米ノースカロライナ州で緊急着陸したとのこと。しかし、野田政権は問題視せず米国のオスプレイ配備計画をこのまま容認する方針だそうである。これだけあからさまに国が自国民の安全に対して負っている責任を放擲する姿勢をとって恥じない無責任な政府も世に珍しいだろう。これで主権国家と言えるのだろうか。受け入れ先の自治体が反対姿勢を強めているのは当たり前のことである。これでおとなしくオスプレイを受け容れる自虐的な自治体など世界中捜したっているわけがない。
http://www.asahi.com/politics/update/0711/TKY201207110614.html

さて沖縄・普天間基地へのオスプレイ配備をめぐるニュース報道では、とりわけ森本敏防衛相が訪沖した6月30日前後の時期には、あちこちで「理解」という言葉が多用されていて、これにはそれを見たり聞いたりするたびに多大な違和感と怒りを感じずにいられなかった。それらは今さらながら例外なく沖縄県民に対して一方的に「理解」を要求するものだったからだ。

「 森本防衛相、宜野湾市長にオスプレイ配備への理解求める(産経新聞 6月30日)
 森本敏防衛相は30日、米政府が垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)への配備を正式通告したのを受け沖縄県を訪問。宜野湾市の佐喜真淳市長と会談し「トータルで米海兵隊の能力を向上しようとするものだ」と理解を求めたが、佐喜真氏は「誠に遺憾で許し難い。阻止してもらいたい」と配備に強く反対した。」

「 沖縄県知事 オスプレイ配備“拒否”(NHK 7月1日)
 森本防衛大臣は、沖縄説明県を訪れて仲井真知事と会談し、 アメリカ軍の最新型輸送機「オスプレイ」を、予定どおり普天間基地に配備することに理解を求めましたが、仲井真知事は「安全性に疑問があり、拒否するしかない」と述べ、配備の中止も含め日米両政府で再検討するよう求めました。」

「 官房長官「地元理解へ努力」 オスプレイ配備(朝日新聞7月2日)
 藤村修官房長官は2日の記者会見で、米軍の新型輸送機オスプレイの沖縄配備計画に対し、沖縄県の仲井真弘多(ひろかず)知事が「事件事故が起きたら(基地の)即時閉鎖撤去」と強く反発していることについて、「日米間で調整し、安全性が確認されるまでは日本における飛行訓練を控える。米側からさらなる事故調査の結果の情報が得られ次第、説明させていただき、配備への理解が得られるように努力する」と述べた。」

「デジタル大辞泉」によると、「理解」の意味は、「 1 物事の道理や筋道が正しくわかること。意味・内容をのみこむこと。2 他人の気持ちや立場を察すること。」である。次にウキィペディアを見てみると、「物事の理由、原因、意味を正しく知ること」とある。ここにはさらに、「(認知心理学においては)理解は独立した現象ではなく、記憶や学習と密接な関係にあると考えられる。 」との記述もあり、沖縄の歴史を顧みればこれは実に正確な「理解」という言葉の説明であるように思う。官房長官の藤村氏、防衛相の森本氏、そしてメディアは、どのような考えのもとで沖縄に対して「理解」「理解」と口にしているのだろう。オスプレイが開発当初にとどまらず、この3カ月の間にも2度の墜落事故を起していることは誰知らぬ者はない。一方、森本防衛相が「理解」を求めて沖縄を訪問した6月30日は、1959年に米軍機が沖縄の小学校校庭に墜落し、17人(その後事故の後遺症によりもう1人が亡くなったという。)の生命が無惨に奪われた日で、森本防衛相訪沖のちょうどその日その時間には、事故発生時に当該小学校の教員だった人や遺族たちによる被害者追悼の儀式が予定どおりしめやかに営まれていたという。こういう歴史的現実を前にして、「アメリカ軍の最新型輸送機「オスプレイ」を、予定どおり普天間基地に配備することに理解を求めました」とはいったいどういうことだろう。普通に口にできる言葉ではないと思うのだが?

日本政府と日本のメディア(特に産経新聞や読売新聞など)は、 米国の機嫌を損なうことに比べたら、一部日本国民の生命、身の安全を犠牲にしてもかまわない、仕方がないとでも考えているのではないか。沖縄にオスプレイ配備の「理解」を一直線に求めて恥じない姿勢をみてそう疑いたくなるのは、たとえば、次のような事実が厳然とあるからだ。

これは2007年にアップされた記事のようだが、「驚異の兵器か未亡人製造機か」という記事がウェブ上に出ている。あるいはすでに多くの人が目にしているのではないかと思われるが、これは米国の世界安全保障研究所の国防情報センターというNPO法人が同年(2007年)に出したオスプレイについての報告書の紹介文(それも全50頁のうちの冒頭3頁分のみの邦訳だという。)である。その一部を以下に引用する。

「(オスプレイは)開発段階で4回もの事故を起こし、30人の関係者を死亡させ、いったんは開発中止になった。にもかかわら ず、いつの間にかよみがえり、設計上、運用上の多くの欠陥をかかえながら実用化されようとしている。 」「オスプレイは2007年イラク戦線への派遣が想定されている。しかし、この航空機が正常で、 こんなに手間取ることもなく完成していれば、1995年のボスニア紛争、2001年のアフガニスタン戦争、2003年のイラク戦争にも参加できたはずだ。なにしろ初飛行は1989年3月19日だったのだから。」「 V-22は2000年12月に死亡事故を起こしたが、それに先だって油圧系統の故障を170回も起こしていた。事故のあとは飛行停止となったが、やがて再開されたときはプロペラの部品数が減っていた。また2006年3月、V-22はアイドル運転中に勝手に飛び上がり、尻餅をつくような恰好で地面に叩きつけられた。」「こんな航空機が1機7,000万ドルというのだから、オスプレイは税金を無限に呑みこんでゆく空井戸のようなものである。それというのもアメリカ議会の議員276人の地元で、オスプレイのさまざまな部品を製造しているからだ。軍と議会と産業界の3者癒着の構造であり、その強力なることはオスプレイに如何なる問題があろうと、とにかく予定通りに計画を進めて、中止などは全く考えられない。」「オスプレイは試験飛行も不十分である。たとえばVRSによる事故のあと、その試験をすることになっていたが、やがてこれはキャンセルされた。また恐らくV-22は1発停止しても垂直離着陸が可能のはずだが、過去17年間一度も試みたことがないという。」「また夜間飛行は29回のテストが行なわれたが、最後まで完了したのはわずか12回だけであった。またダウンウォッシュが強いにもかかわらず、土ぼこりを舞い上げるブラウンアウトのテストもしたことがない。 」

オスプレイについてのこの報告書を読んでそら恐ろしくならない人はいないだろうと思われる内容の連続だが、このように恐怖をかき立てられる話がこの他にもまだ延々とつづいているのである。 この「驚異の兵器か未亡人製造機か」という報告書の存在については、この内容からして、米国はもちろんだが、日本政府も大手メディアも当然ちゃんと知っているだろう。ここに書かれていることは事実なのか、それとも誤っているのか、指摘されていることの全項目について一つひとつ詳しく知りたいと一読後は当然そう思うのだが、日本政府はこのことについて米国政府に問い質さなかったのだろうか? それをやるのは一つの国の政府として最低限の義務にちがいないと思うのだが、どうなっているのだろう。また沖縄のメディアを除いて、日本の大手メディアがこのオスプレイの危険性、上記の報告書に記述されている性質の問題点について独自に取材し、具体的に調査・検証をしたという話も聞かないのだが、これはどうしてなのか。本当に不可解きわまりないことである。

2003年のイラク侵攻の最中だったと思うが、当時のラムズフェルド米国防長官が、最新鋭の兵器を前にしてそれがどんなに優れた兵器であるかを自慢気に語っている場面をテレビで見て、その臆面のなさに呆気にとられ、異様な気持ちになったことがあった。米国は絶えまなく他国に侵略を仕掛けているうちに、いつしか殺戮兵器の有能さを誇ることの異様さについての自覚も失ってしまっているのだろう。しかしながらそのラムズフェルド元国防相にして、空から普天間基地を見てその危険度の高さに驚きの声を洩らしていたというのだから、後は推して知るべし。最近になって、オスプレイは沖縄だけではなく、東北、関東、四国、九州などの日本全域で飛行訓練を行なうという話も出てきている。これについては別の機会に書きたいと思うが、ここでは、前述した「理解は独立した現象ではなく、記憶や学習と密接な関係にあると考えられる。 」とのウィキペディアの解釈を参考にして「理解」についてもう少し述べておきたい。簡単明瞭なことで、オスプレイ配備について事を「理解」すべきなのは米国と日本政府であって、決して沖縄の人々ではないということである。沖縄戦では沖縄住民の4人に1人が亡くなったという。その現実からすると戦後日本国内で最も労られてよいはずの沖縄がひきつづき米軍の基地として日本から棄てられたに等しく過酷に扱われてきたこと、67年にわたる米軍駐留による航空機事故、犯罪、騒音被害、等々によって沖縄人々の忍耐はもう限界を超えつつあること。オスプレイ配備はそのような現状のなかにさらに降ってわいた災厄のような話だったと思う。最近の仲井真知事の発言にもそのことが滲み出ているように思われる。政府は沖縄へのオスプレイ配備を中止すべく早速米国と交渉を始めるべきである。
2012.07.12 Thu l 社会・政治一般 l コメント (0) トラックバック (0) l top
去る7月1日、産経新聞は、「オスプレイ、平均より低い事故率(産経ニュース2012.7.1)」という記事を配信していた。産経は、沖縄県民の深刻な不安や懸念や怒りはどこ吹く風、一心不乱に米国および日本政府の提灯持ちを務めるべく、それら当事者よりさらに一歩前面に出てきて、沖縄へのオスプレイ配備を現実のものにしようと躍起になっている。いわく、「 普天間飛行場への配備通告目前にはモロッコと米フロリダ州でも事故を起こした。ただ、モロッコで墜落したのはMV22だが、フロリダ州の事故は空軍仕様のCV22。両機の機体は9割方は同じだが、運用はMV22が人員・物資輸送、CV22は特殊作戦という大きな違いがある。フロリダ州での事故後にまとめた10万飛行時間あたりの事故件数を示す「事故率」はCV22で13・47。一方、MV22は1・93にとどまり、海兵隊所属のヘリを含む航空機の平均事故率2・45より低い」。

このように産経はMV22とCV22を比べて「両機の機体は9割方は同じ」との認識を示した上で、CV22の事故率は13・47にものぼると述べている。それでいながら、MV22の事故率は「1・93にとどま」るのだからMV22を安心して沖縄に配備せよ、と迫っているわけで、ここにみられる論理の支離滅裂さにはちょっと言葉を失う。過去3ケ月の間に、「両機の機体は9割方は同じ」であるオスプレイMV22とCV22はモロッコとフロリダで双方ともに墜落事故を起しているのだ。そして、この相次いだ事故は沖縄の人々にとってのみではなく、日本中の誰にとっても決して予想外の出来事ではなかった。この機体が開発当初から死傷事故を多発して米国内でも「未亡人製造機」と言われるほど危険視されてきたことを皆知っていたからだ。だからこそ、昨年、米国と日本政府からオスプレイ配備を正式に通達されて以後、沖縄では強烈な拒絶反応が渦巻いていたのであり、これは人間が人間であるかぎり古今東西100%共通するであろう当たり前の反応である。それとも日本の政権担当者や防衛省官僚や産経・読売新聞などのメディアに属する人々は、このオスプレイが空を飛び回る下で自分たちならば悠然と仕事に従事することができるし、家庭生活にあっては何の心配もなく子どもを学校に送り出したり外で遊ばせたりの安心・安全な日常生活を送ることができると自信満々なのだろうか? 私には分からない。モロッコ、フロリダの事故の報せは、危険な機体をまたもや沖縄に押し込もうとする米国とその米国の言うがままに追従する以外に方策を持たない自国政府に対して沖縄県民が一丸となって抗議・反対の声を上げていたちょうどそのただなかに届いたのであった。産経はこの事実を熟知した上で上記のごとき主張をしているのだから、もはや奴隷根性とそれへの居直りもきわまれりということではないだろうか。

産経はまた「(一般論として、機体は)配備当初は事故が多発するが、その後低下し、老朽化して再び多発するU字となるというもの。要するにMV22の事故率は今後低下する見通しだが、逆に普天間飛行場に配備中のCH46には老朽化による事故が多発しかねない危険もあるのだ。」とも述べている。これもまた凄まじい発言である。つい先般の連続重大事故を知っていながら「 MV22の事故率は今後低下する見通し」と述べているわけだが、この「見通し」はどのような根拠のもとでの主張なのだろうか? まともな論拠も示さず、自国の一般住民の生死に直結しかねない重大な事柄に関して一方的に完全に外国の軍隊の側に立ち、その安全説に太鼓判をおすような主張を、一応は日本の新聞社を名乗る団体の人物が述べるとは! 沖縄与世田兼稔副知事は、「ニューメキシコ州のキャノン空軍基地ではオスプレイの低空飛行訓練が地元住民の反対で中断された。キャノン基地は非常に広大で、普天間とは比べものにならないほど住民との関係では危険性が少ない場所だ。世界一危険とされる飛行場に(オスプレイ配備は)最もふさわしくない。」(「沖縄タイムス」7月1日)と述べている。すると米国は自国民のオスプレイに対する嫌厭の声や訴えは寛容に聞き容れて、日本(人)に対しては聞く耳持たずと強引に押し付けていることになる。これに対する産経の見解や如何に?

「逆に普天間飛行場に配備中のCH46には老朽化による事故が多発しかねない」という発言も聞くに耐えないものだ。 産経が現存のCH46を危険だと認識しているのなら、オスプレイと無関係に米国と日本政府に対してその旨の助言なり主張なりをするべきだ。それが普通一般の行動だし、メディアにとっては特にそれが要求されているだろう。ところが、この記事の書き手はそうはしないのだ。CH46はここではオスプレイ導入のための取引(交換)材料に使われているだけなのだ。親切を装った猫なで声で、その実、沖縄県民にオスプレイとCH46のうちのどちら(の危険)を選ぶのかと厚顔にも究極の選択を迫っている、つまりは一般市民を恫喝している、と言っても過言ではないように思う。
2012.07.05 Thu l 社会・政治一般 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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