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尖角諸島(釣魚島)をめぐる日中間の紛争に対して、韓国の「朝鮮日報」(2012/09/20)に「「野田首相の歴史認識の甘さが日中関係を危機に」との記事が出ていた。

「 尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐる日中の対立が深まっている中、野田佳彦首相(写真)の歴史に対する認識の甘さ、現実に対する判断ミスが、日中関係を最悪の危機に追い込んだとの分析が出ている。野田首相は「日本には戦犯はいない」として日本の侵略戦争が周辺国に与えた苦痛を否定し、そうした極右的な姿勢で周辺国と絶えず摩擦を引き起こしてきた。野田首相は、選挙を意識して尖閣諸島の国有化を急いだ揚げ句、中国国内の反日デモに火を付けただけでなく、尖閣の実効支配さえも危うくしている。
■歴史に対する認識の甘さ
 NHKは、野田首相がまるで意図したかのように「反日記念日」を選んで中国を刺激した、と報じた。尖閣の国有化方針を発表した7月7日は、日中戦争の発端となった両国軍の衝突事件、盧溝橋事件(1937年)が起こった日だ。また、国有化を正式決定した今月10日は、中国で「国恥の日」とされる柳条湖事件(1931年9月18日)が起きた日に近い。柳条湖事件は、日本が南満州鉄道の線路を爆破し、中国軍による犯行と発表した謀略事件で、満州事変の発端となった。
■胡錦濤主席の警告をあからさまに無視
 中国の胡錦濤国家主席は9日、アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議での野田首相との立ち話で「領土主権を守るため、中国政府は決然とした態度で臨む」と警告した。だが、野田首相は翌日の関係閣僚会合で尖閣の国有化を決定した。東京福祉大学の遠藤誉教授は「野田首相に露骨に無視されたことが、中国を強硬策に向かわせた」と分析している。
■中国の内部崩壊論に執着
 日本政府は防衛白書などで「中国が貧富の差や民族対立などで内部崩壊する可能性がある」と主張してきた。そのため、反日デモは社会への不満を発散する事実上の反政府デモであり、中国当局は反日デモを認めないと誤った判断をしてしまった。
■中国も韓国のような国だと錯覚
 李明博(イ・ミョンバク)大統領の独島(日本名:竹島)訪問と関連し、韓日通貨スワップの見直しを示唆するといった超強硬姿勢で支持率が上がると、野田首相は中国に対しても強硬発言を繰り返した。ある専門家は「野田首相は中国も、声明で争うなど外交戦で対応した民主主義国の韓国と同じだと思い込んだようだ」と話している。だが中国は違った。軍部が戦争も辞さないと叫ぶ中、反日デモが暴徒化した。中国が「力」で 押してくるや、野田首相らは糾弾声明さえ出せないほどの低姿勢に転じた。
■日米同盟に頼った日本
 野田首相は、日米同盟を根拠に米国が日本を守ってくれるものと期待した。日本政府はことあるごとに、尖閣が日米安保条約の適用対象だということを確約するよう、米国側に要求した。しかし、米国は原則的に他国の領土紛争には介入しない姿勢を取っている。」(東京= 車学峰(チャ・ハクポン)特派員)

野田首相の判断の過ちを指摘した上の記事には賛同できるものもあればできないものもあるのだが、それでも私たちが日々接している日本のメディアの尖閣報道ではこの程度の分析もなされることはない。そもそも私たちが尖閣諸問題について正確な知識を数多く蓄積した上で事態に対する的確な判断をしようと思っても、その参考になる情報の提示さえ日本のメディアには望めないように感じる。中国のメディアが、釣魚島が中国の領土であるゆえんを繰り返し説得的に語っている実態とはまるで正反対である。メディアもそうだが、日本政府の野田・前原氏らの態度がそもそもおかしい。中国の論説にも言及があるし、井上清氏の論文にも出てくることだが、この島を日本の領有地と宣言する標識を設置するか否かをめぐって1985年(明治18年)、沖縄県令 西村捨三、内務卿 山県有朋、外務卿 井上馨という3人の人物が書簡を交わしている。山県有朋、井上馨の2人は誰もが知るように明治政府の中枢に位置した人たちである。山県有朋に宛てた井上馨の書簡は特に重要だと思われる。

「 沖縄県ト清国福州トノ間ニ散在セル無人島、久米赤島外二島、沖縄県ニ於テ実地踏査ノ上国標建設ノ儀、本月九日付甲第八十三号ヲ以テ御協議ノ趣、熟考致シ候処、右島嶼ノ儀ハ清国国境ニモ接近致候。サキニ踏査ヲ遂ゲ候大東島ニ比スレバ、周回モ小サキ趣ニ相見ヘ、殊ニ清国ニハ其島名モ附シコレ有リ候ニ就テハ、近時、清国新聞紙等ニモ、我政府ニ於テ台湾近傍清国所属ノ島嶼ヲ占拠セシ等ノ風説ヲ掲載シ、我国ニ対シテ猜疑ヲ抱キ、シキリニ清政府ノ注意ヲ促ガシ候モノコレ有ル際ニ付、此際ニワカニ公然国標ヲ建設スル等ノ処置コレ有リ候テハ清国ノ疑惑ヲ招キ候間、サシムキ実地ヲ踏査セシメ、港湾ノ形状并ニ土地物産開拓見込ノ有無ヲ詳細報告セシムルノミニ止メ、国標ヲ建テ開拓等ニ着手スルハ、他日ノ機会ニ譲リ候方然ルベシト存ジ候。
 且ツサキニ踏査セシ大東島ノ事并ニ今回踏査ノ事トモ、官報并ニ新聞紙ニ掲載相成ラザル方、然ルベシト存ジ候間、ソレゾレ御注意相成リ置キ候様致シタク候。
 右回答カタガタ拙官意見申進ゼ候也。」(井上清「釣魚諸島の史的解明」

日本政府も日本のメディアも、当時の日本政府は85年から10年近くかけて現地調査して尖閣諸島が無主地であることを確認したというのだが、確認過程の実体、つまり西村ー山県ー井上の書簡の具体的なやりとりには一切ふれないのである。こういう見え透いた態度では広い世界に向かって日本の領土主権を主張したとして誰に納得してもらえるだろうか。中国の民衆の反日デモにかりに一色ではない他のいろいろな理由があるにしても、彼らは日頃から自国メディアの領土問題に関する具体的な説明や主張にふれてその歴史的経緯についてよく知っているということを忘れては話にならないだろう。ところで朝鮮日報の上記5点の指摘のうち、「■歴史に対する認識の甘さ」「■胡錦濤主席の警告をあからさまに無視」「■日米同盟に頼った日本」、この3点はまったく的確な指摘と言えるのではないだろうか。 しかし、「■中国の内部崩壊論に執着」との説はどうだろうか。いくら外交政治センスに乏しい日本政府でも現在の中国が内部から崩壊する芽があるなどと本気で考えていたとは思えないのだが。それから野田首相が「■中国も韓国のような国だと錯覚」したという指摘もヘンだろう。この記事を書いた記者は、ある専門家の話として、「野田首相は中国も、声明で争うなど外交戦で対応した民主主義国の韓国と同じだと思い込んだようだ」と述べるが、先に「自衛隊導入も考える」と2度も発言して挑発したのは野田首相であった。また「民主主義国の韓国」という表現は興味深い。「ロシアの声」によると、8月韓国は米軍と組んで北朝鮮に対する侵略・占領・治安維持を想定した軍事演習を行なったという。

「 「先例のない挑発」( 12.09.2012 )
 「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、韓国を占領することを想定した軍事演習を行う」もしも平壌がそうした発表を行えば、世界に一大センセーションが巻き起こるだろう。国連安保理の紛糾も避けられまいし、侵略を説得する怒号にも似た依願が寄せられるだろう。さてここで、韓国紙「ドナ・イリボ」を覗いてみよう。ここに、最近行われた韓米共同軍事演習についての記事がある。演習は、韓国軍による北朝鮮の占領を想定したものだったという。しか しこの記事は、ほとんど耳目を引くことなく看過されてしまった。
 朝鮮半島情勢に関するダブルスタンダードは全く露骨だと、ロシア科学アカデミー極東研究所のコンスタンチン・アスモロフ研究員は考えている。
 ― 北朝鮮が人工衛星を打ち上げると、あたかもミサイルが発射されたかのように騒ぎが持ち上がり、紙面に「標的はソウル」「東京に向けたもの」といった大きな活字が並ぶ。しかし韓国が、北朝鮮占領という具体的目的に基づく具体的な軍事演習をしても、世界は何の反応も示さないのだ。
 韓米共同軍事演習が行われたのは8月のことだったが、演習が北朝鮮占領およびそれに続く治安維持を想定したものであったと明らかになったのは最近のことだ。このような課題をもった軍事演習は始めてのものだとコンスタンチン・アスモロフは指摘し、さらに次のように続けている。
 ― これまで演習では、北朝鮮から攻撃が加えられた場合の行動が訓練されていた。韓国はこれら軍事演習を、外国の侵略に対する防衛的意味のものだと正当化することが出来た。翻って今度の演習は、本質においてほとんど挑発である。韓国と米国は、北朝鮮の神経を逆なでしただけではない。本質において演習は、アジア太平洋地域全体の利益を損ねかねない侵略的傾向のデモンストレーションだったのだ。
 韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は、南北両朝鮮の統一を南による北の吸収という形でしか考えていない。平壌にとって、これは宣戦布告と同義である。ソウルが南北両朝鮮統一基金に増資すると決定した直後、北朝鮮の金正恩第一書記が軍備の増強を指示したことは偶然ではない。金第一書記はまた、韓米サイドから挑発行為があった際、応分の報復攻撃を行う計画へも署名した。
 韓米共同軍事演習は、米国および韓国が地域の緊張緩和に関心を持っていないということを示した。戦争ゲームは明らかに、朝鮮半島における軍事的な衝突の蓋然性を高めた。あらゆることから判断して、対抗の意味で平壌の軍事ドクトリンは修正を余儀なくされ、 北朝鮮プロパガンダはおそらく、南に陣取る民族の敵に対する新たなキャンペーンを喧伝するだろう。
 北京も同様に、ソウルとワシントンが公然と隣国吸収を念頭においた演習を行っていることを、黙って見ていることは出来ない。朝鮮半島の北部は、伝統的に中国の影響圏である。北京は、国益を損ねないために、すべてのことをするだろう。最悪の場合には、従順な北朝鮮に代わって米軍基地もろとも、中国自身が半島を自国国境のうちに収めてしまうかもしれない。 」

8月に実施された韓米共同軍事演習が「 北朝鮮占領およびそれに続く治安維持を想定したもの 」だったというこの記事の内容は事実そのままなのだろうか? もし事実なら(おそらくそうにちがいないように思えるのだが)、「 これまで演習では、北朝鮮から攻撃が加えられた場合の行動が訓練されていた。韓国はこれら軍事演習を、外国の侵略に対する防衛的意味のものだと正当化することが出来た。翻って今度の演習は、本質においてほとんど挑発であ」り、「アジア太平洋地域全体の利益を損ねかねない侵略的傾向のデモンストレーションだったのだ。 」「 韓米共同軍事演習は、米国および韓国が地域の緊張緩和に関心を持っていないということを示した。戦争ゲームは明らかに、朝鮮半島における軍事的な衝突の蓋然性を高めた。 」ことも事実だろう。今年の国際原子力機関(IAEA)の年次総会は最終日の9月21日、「北朝鮮による軽水炉の建設を「非常に厄介な問題だ」と非難し、核計画の全面的な放棄を求める北朝鮮核問題の決議案を全会一致で採択した」とのことだが、今回の決議案は「日本や韓国、米国などが共同で提出した」そうである。これでは、武器をちらつかせて(しかも集団で)人を散々殺してやるぞ、破滅させてやるぞと脅迫しておいて、震え上がった相手が防御のために大急ぎで武装に励んでいるのを見ると、今度は警察に行って「アイツは拳銃を持ってますよ、刀も持ってます。違法行為なんだから逮捕して処罰するべきです。」と訴えて出るようなもので、あまりといえばあまりの行動に何ともかとも言いようのない思いがする。
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2012.09.23 Sun l 社会・政治一般 l コメント (1) トラックバック (0) l top
石原慎太郎東京都知事は4月米国で尖角諸島(釣魚島)を東京都が買い上げると宣言し、その後一般から寄付を募って寄付金額がやれ10億円を超した、13億円になった、日本人もまだまだ捨てたものではない、などと勇ましかったが、その後中国側がこれではだめだと本気で怒って両国間に緊張と危険性が増し、また自分に対しても中国各紙が「石原」と呼び捨てにするかたちで論理的で実証的な、かつ徹底的な個人批判をするようになったら、すっかりおとなしくなってしまった。重大な騒ぎを引き起こした張本人であり、しかも当人自身文筆業者を名乗るのなら、このようなときこそ本領発揮、中国側の批判(こちらこちらなど多数)に堂々と反論し、外部に向かって自分の計画の正当性を訴えるのが公人であり一人前の確かな人間である者のとるべき態度だろう。しかし当初からおそらく多くの人が薄々想像したことと思うが、この人は安全地帯にいて(右翼や産経新聞などの仲間に囲まれたなかで)、後先深くは考えずに調子に乗って一方的な悪態をつく以上のことはできないのだ。

14日、尖閣諸島周辺に中国の海洋監視船6隻がやって来ると、「人の家にずかずかと土足で踏み込んできた。追っ払えばいい。まさに気がくるっているのではないかと思う」とか、「かつてはいろんな教養や文化を持ち、孔子や孟子など日本に価値体系を教えるような先人がいた」が、「それをまったく喪失し、中国共産党の教導の下にああいうことを起こして平然としている国家は信じられないし、軽蔑する」と強い言葉で非難したそうだが、もはや精一杯はった虚勢、強がりにしか聞こえない。特に「軽蔑する」という発言は、相手側からの反響をそのまま口にしているだけのように聞こえる。「 かつてはいろんな教養や文化を持ち、孔子や孟子など日本に価値体系を教えるような先人がいたが、うんぬん」との発言にしても、中国側にしてみれば、「アンタにだけは言われたくない」で終るだろう。実際、言っちゃあ何だが、領土問題に関して石原氏(日本政府と日本のメディアも同様)の発言と中国側が繰り出す発言内容とでは、歴史認識の深さといい論理の確かさといい視野の広さといい、 双方の見識には目がくらむほどの差異があるように思う。もちろん中国側にもなかには感心できない論述もあるが、そんなことは当たり前のことであって、いつか浅井基文氏は自身のコラムで中国の論者には弁証法的思考法が身に沁みついていると評されていた。また別のところでは彼らには古典の素養が身に備わっているとも述べていたと記憶するが、確かに領土問題、日中関係を論評、分析した中国各紙の文章を読んでいると、その評価は適切だと思わないわけにはいかない。

それから民主党の前原誠司氏はTBS( 9月13日)によると、12日、アメリカ・ワシントンで講演し、南シナ海において東南アジア諸国と領有権をめぐり対立している中国について、「理解しがたい論理や主張に基づき行動している」「国際秩序への挑戦を恐れなくなってきている」と述べたそうだ。私は最初これを読んだとき、日本の与党政治家が中国の領土問題について発言したというのだから、当然日中間の紛争の種である尖角諸島について語ったのだと思い、 これまでに積み重ねられてきた中国側の尖角諸島に関する発言に対して前原氏は「理解しがたい論理や主張」と述べているのかと、私はそう受けとめてびっくりした。虚心に耳を傾けさえすれば、誰にとっても尖角諸島に関する中国側の論理や主張が「理解しがたい」なんてことはないはずと思うからである。そう思ってもう一度読んでみると、前原氏は尖角諸島についてではなく、中国がフィリピンやベトナムとの間に抱えている領土問題について語り、その件で中国を非難しているのだ。しかし私もその一人だが、日本人の大多数はよその国の領土紛争について事情を何にも知らない。そういうところにいきなり「理解しがたい論理や主調」「国際秩序への挑戦」などと中国に対する最大限の非難の言葉を投げかける前原氏の行動は浅薄であり品位に欠けるものだろう。もし中国のイメージを悪化させたいというような思惑があったのだとしたら、みみっちい卑怯な行動とさえ言えるだろう。領土問題は日本の例を見て解るように理解するになかなか厄介な事柄を数多く含みもつことが明らかだが、そもそも前原氏は他国の領土問題に対してそのように一刀両断するに足るどの程度の豊富かつ正確な知識を持っているのだろう。


2008年暮れに死去した文芸評論家の加藤周一は、文学者のなかで戦後の早い時期から中国との友好関係の重要性を指摘してきたうちの一人だったが、1972年に日中国交正常化が成るその10年以上も前の1959年に「中立と安保条約と中国承認」という題の文章において次の一節を書いていた。

「 私はアジア・アフリカ作家会議準備委員会で、中国の作家と同じ屋根の下に暮していたとき、もし私が中国を訪ねたら、中国の町や村の人々は私に対してどういう態度をとるだろうか、ときいたことがある。われわれは歓迎するだろう、と私の話相手の作家はいった。いやそういう意味じゃない。君たち作家は歓迎してくれるかもしれないが、大衆のなかには日本人に敵意をもっている人も多いだろう、と私はいった。相手は笑いながら――その笑いが何とあたたかく、人間的で、しかも誇りにみちていたことか!――中国のどんなところを旅行しても、どんな町、どんな村でも、君が敵意のある態度に出会うことは決してないだろう、と答えた。私はそういう保証を俄に信じる気にはなれなかった。町にも村にも、日本人に親や兄弟を殺された人々は少くないはずだが、その人々はわれわれに石を投じないのだろうか。投じたとしても、抗議する資格がわれわれにないという考えが私にあった。しかし中国の作家は、そんなことは決してないだろう、と繰り返し、中国の大衆は日本帝国主義と日本の人民とを区別することを知っているといったのである。事実戦後中国を訪ねた日本人から私のきいた話は、すべて彼のいうところに一致していた。日本の天皇の軍隊は――それはそう呼ばれていた、「皇軍」という言葉もあった――中国に侵入して、中国人大衆を掠奪し、拷問し、凌辱し、虐殺した。そのあとで、つまり大がかりな犯罪のあとで、日本人がその中国へ行って、石を投じられぬとすれば、それは人間の歴史に例の少いおどろくべき事態ではないだろうか。もし中国革命が六億の大衆の民族的自覚と共に倫理的自覚を意味していないとすれば、どうしてそういうことが可能であろうか。われわれは史上にいくつかの革命の過程を知っているし、また旧植民地または半植民地の独立と国民的統一の多くの例を知っている。しかしその倫理的きびしさにおいて、これほどの例は知らない。アグネス・スメドレー Agnes Smedley が中国革命軍の倫理的高さについて語ったときに、彼女はまちがってはいなかったのである。中国の作家と話しながら、私は一種の衝撃をうけた。衝撃は直接には、われわれ日本国民に対する中国側の態度から来ていた。しかしそれはただちに、中国に対する日本側の態度にもつながらざるをえない性質のものであった。日本人から被害をうけたにも拘らず、日本人に石を投じない六億の国民がある。その国民を代表する政府をわれわれの政府が正式に認めないという事態に、われわれが倫理的な抵抗を感じないわけにはゆかないだろう。中国の承認は、政治問題であり、損得利害の問題であるよりまえに、われわれにとっては倫理の問題であり、国民としての品位の問題である。
 しかし損得利害の問題もないことはない。経済的観点からみれば、……中国市場は、現在はもとより将来も、アメリカにとって致命的に大切なものではないかもしれない。また経済的にみてアメリカよりもはるかに小さな資本主義国であるイギリスや西ドイツにおくれて中国市場に乗り出しても、アメリカにとっておくれをとり返すことは困難ではないかもしれない。しかしイギリスや西ドイツよりももっと小さい日本にとっては、当然困難であろう。しかも将来の中国市場は、おそらく日本にとって致命的に大切なものになるにちがいないのである。要するにアメリカの実業家が中国との経済的関係の緊密化に不熱心なのは少しも不思議ではないが、日本の実業家が不熱心で、中国承認を躊躇う政府をだまってみすごしているのは、全く不思議である! もちろんすべての資本家は共産主義を嫌うだろう。それほどあたりまえのことはない。しかし中国承認の故に共産主義化した国はどこにもなく、将来共産主義化しそうな国さえどこにもない。そのことは中立主義政策に関連して先にも触れたとおりである。」(「世界」1959年4月号・著作集第8巻)
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「 中国のどんなところを旅行しても、どんな町、どんな村でも、君が敵意のある態度に出会うことは決してないだろう」、なぜなら「中国の大衆は日本帝国主義と日本の人民とを区別することを知っている」から、と中国人作家は笑いながら言ったそうだが、その笑いについて、加藤周一は「何とあたたかく、人間的で、しかも誇りにみちていたことか! 」と書いているが、確かに当時中国人が日本人に対してそのような見解を自信をもって言えたのなら、そのときその人の表情が誇りある美しさにかがやきわたるのは当然のことだったろう。加藤周一は「事実戦後中国を訪ねた日本人から私のきいた話は、すべて彼のいうところに一致していた。」とも述べているが、これもものすごいことだ。

少し前のことになるが、8月19日付東京新聞に日中国交回復が成立した72年当時の日中の政治家の言動に関する記事が「日中正常化の原風景」という題名で掲載されていた。「正常化前後の中国を取材して印象に残ったエピソードを紹介しておきます。」との記者の前置きで中国の毛沢東、周恩来、日本の田中角栄、大平正芳などの各政治家が叙述されていたが、そのなかで私には周恩来の言動がとりわけ印象深く、感銘を受けた。記事の内容は下記のとおりであった。

「1972年9月、田中訪中に先立ち自民党訪中団と会見した周恩来首相は、随員の中に外務省の橋本恕中国課長(後の中国大使)がいるのを見て「田中訪中の準備は順調に進んでいますか」とたずねました。同課長は「中国側の配慮で順調です」と感謝しました。ところが周首相は即座にこう返しました。「配慮しているからといって、行き届いているかは別問題です。行き届かない点があれば遠慮なくいってください」」

周恩来のこういう態度は中国の一人の作家から加藤周一が聞かされた「中国の大衆は日本帝国主義と日本の人民とを区別することを知っている」という言葉の、その中国の大衆の姿勢と同じ根から出ているもののように思える。あるいは周恩来は自国民に向って折にふれそのようなものの見方を説くことがあったのかも知れない。中野重治は1957年に「第2回中国訪問日本文学代表団」の一員として中国に招かれ、山本健吉、本多秋五、堀田善衛などとともに総勢7人で40日間の旅をし、帰国後「中国の旅」という一冊の本を刊行している。この本はとてもおもしろく興味深い内容で他の人にも一読をお薦めしたいほどなのだが、ここには周恩来のことなど出てこない。いや正確に言えば、一ヵ所出てくることは出てくるのだが、それは中国旅行の「中国の旅」執筆の前年に読んだという日本の新聞記事における周恩来の発言の引用なのだった。

「……けれども、去年夏の周恩来の言葉がある。アジアをまわつてアメリカヘ行ったときの日本の岸の言動について、周恩来は三項目をあげ、特に第三項については六つの点をあげて具体的に目本民間放送使節団に語つている。それは日本のすべての新聞が書いていた。そこにはこうあつた。
「吉田内閣は中国を敵視していた。鳩山内閣と石橋内閣とは中国と仲よくしようとする希望を持っていた。ところが、岸内閣は前進するよりも後退している。アジア諸国はみなバンドン会議の一員だから、岸首相がアジア諸国を訪問したのはよい。また日本の首相が当分のあいだ中国にこられない事情もわかる。しかし岸首相がわざわざ、鳩山も石橋も、そして吉田さえ行かなかつた台湾に行き、中国人民の反感を買っていることは私のとくに遺憾とするところである。つぎに岸首相が台湾で発表した談話である。岸首相は、『もし蒋介石政権が大陸反攻を実行できれば私にとってまことに結構なことだ』と言つている。これは中国人民を敵視している言葉である。」「第三に、岸首相がインドを訪問したとき、新聞記者に『日本は中国を承認しない。なぜなら中国は侵略国家であるからだ』と語つたことである。インドは中国を承認し、中国の国連加盟を支持している。そのインドに対してこのようなことを言うのは挑発的態度としか思えない。私は東南アジアの八つの国を回ったが、日本の悪口なんかは少しも言つていない。毛沢東主席も、日本をふくめたアジア諸国と仲よくしたいと希望している。日本の首相が外国に行って、中国をののしる必要がどこにあるか。」
 中国の人民が、あげて台湾解放を問題にしているのは伊達でも酔狂でもない。(略)」(「中国の旅」全集第23巻)

ところが、1978年刊行の同書の「著者うしろ書」によると、中野らは旅行中偶然のことながら周恩来に会って挨拶を交わしていたのだという。

「……私は、山本健吉、井上靖、十返肇、堀田善衛、多田裕計、本多秋五といつしょに中国へ行った。第二回中国訪問日本文学代表団というので、北京では中島健蔵とも一緒になつた。私たちはかなりの距離を動いた。私たちはいろいろのものを見、いろいろの話を聞き、いろいろの場面に出くわし、またいろいろのものを飲み食いした。帰り、重慶から船でくだろうとするとき、送りに来てくれた中国の作家とのあいだで、私でも知っている名高い孔子の言葉について、私などが通俗にいつてペシミスティックに取つているところを、相手がオプティミスティックに取つているらしいのに不思議なような、あるいはそれが正しいのかなと迷うような思いをしたりなどもした。この旅行で、偶然私は周恩来を見た。そこに人が集まつている。いろんな外国人たちがまじつていて、踊つているものもいる。そこを縫つて、周恩来がいろいろの人と挨拶しながらこつちへやって来る。堀田(善衛)が私を押しだすようにして私たちは挨拶することになつた。何とか言えと堀田が私に言う。私は何ひとこと言うことができなかつた。その印象は今に続いている。いまにつづいているこの印象について、私はいつかは一人の人間として書きたいと思つている。」(「全集第23巻「著者うしろ書」」1978年2月27日)

中野重治が周恩来から異様なほどに深い印象を受けていたことがありありと分かる文章である。しかし中野重治はこの翌年に死去し、「いつかは一人の人間として書きたいと思っている」と言った周恩来の印象について書く機会は残念ながらとうとうなかったわけである。

現在の中国は貧富の差の拡大や軍事力の急速な膨張など懸念材料が多いことも事実と思うが、しかし私は4月の尖角諸島購入問題発生後、中国の新聞の日本語版サイトをのぞいたり、浅井基文氏のサイトで浅井氏が翻訳されている中国の論文や新聞記事などを読ませてもらったりしているうちに、中国の人々には今も50・60年代のころの品位高い感情や姿勢が未だに残っているのではないかと思うようになった。中国各紙では「中日両国は和すれば共に利し、闘えば共に傷つく。」というような言葉も繰り返しつかわれている。現在の中国の日本に対する反感はほぼすべて私たち日本人の側に原因があるのではないかと今さらのことではあるがそう思わないわけにはいかない。加藤周一の死が2008年だったことは先に述べたが、その2、3年前に加藤周一は澤地久枝さんとの対談で、澤地さんに中国との関係改善の大切さを言われると、その大切さをもちろん重々認めた上で、「でももう無理でしょう」と言った。加藤周一が言外にその原因をほぼ全面的に日本のこれまでの中国・アジアに対する態度においていることは聞くまでもなく明瞭だったと思う。
2012.09.20 Thu l 社会・政治一般 l コメント (0) トラックバック (0) l top
2003年、米英によるイラク侵攻が始まったときからブッシュとブレアを国際刑事裁判所で裁こうという呼びかけは一部に聞かれたが、米国が国際刑事裁判所規程を批准していないという事情のせいだろう、そういう声はいつしか立ち消えになっていたと思うが、先日、思いがけなく下記のニュースに接した。

「 ツツ元大主教 英元首相との同席拒否
 南アフリカのノーベル平和賞受賞者のツツ元大主教は、アメリカのブッシュ前大統領やイギリスのブレア元首相がイラク戦争を引き起こしたことで、現在の中東の混乱の原因をつくったと批判し、ブレア元首相と共に出席する予定だった国際会議を欠席しました。
 南アフリカのツツ元大主教は、かつて人種隔離政策=アパルトヘイトの撤廃に取り組み、1984年にノーベル平和賞を受賞した平和運動家です。 ツツ元大主教は、先月30日、ヨハネスブルクで世界の各界のリーダーを集めた会議に出席する予定でしたが、イギリスのブレア元首相との同席を拒否して欠席しました。 ツツ元大主教は、2日付けのイギリスの新聞「オブザーバー」に寄稿し、「イラクが大量破壊兵器を保有するといううそに基づいたイラクへの侵攻が、世界を不安定にし分裂させた」と指摘し、アメリカのブッシュ前大統領やイギリスのブレア元首相がイラク戦争を引き起こしたことで現在の中東の混乱の原因をつくり、結果としてシリアやイランを巡る緊張も招いたと批判しました。 これを受けて、ブレア元首相は声明を出し、ツツ元大主教の姿勢を「残念だ」としたうえで、イラク戦争に踏み切った経緯について、「道徳的にも政治的にも容易でない決断だった」と改めて釈明しました。」 (「NHK」9月2日 23時14分)

「 米英両元首脳の訴追求める=イラク開戦の罪で国際刑事裁へ −ツツ元大主教
 1984年にノーベル平和賞を受賞した南アフリカのツツ元大主教は2日付の英紙オブザーバー(電子版)に寄稿し、2003年のイラク戦争開戦の責任を問い、ブレア元英首相とブッシュ前米大統領をオランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)に訴追するよう呼び掛けた。「イラクで失われた人命への責任を負う者は、ハーグで現在、責任を問われているアフリカやアジアの指導者らと同じ道を歩むべきだ」と訴えている。 ツツ元大主教は、ブレア、ブッシュ両氏が「大量破壊兵器が存在する」と世界を欺いて開始したイラク戦争が現在の中東不安定化の遠因だと主張。「シリアもイランも今の窮地に世界を追い込んだのはこの二人だ」と批判した。 」(「時事通信」2012/09/03)


「ツツ元大司教」については、藤永茂氏のブログ「私の闇の奥」の『 AK-47 as WMD 』( 2007/02/07 )という記事にも「 南アフリカの大司教デスモンド・トゥトゥ 」との名でその発言が記述されている。アフリカ大陸には1億以上もの小型銃火器が分布し、とりわけコンゴにはそれが溢れていて、その中で数的にダントツなのがAK-47という小銃だそうで、この小銃は「 砂や泥水にまみれても簡単な手入れで直ぐに使え、少年少女にも容易に取り扱えるのだそうです。その「長所」がアフリカの少年少女に大きな悲劇をもたらしています。アフリカでは30万以上の少年少女たちがいたいけな「兵士」に仕立てられて内戦に狩り出され、その結果、4百万人の子供たちが殺され、8百万人が不具者となり、千五百万人が家を失ったというユニセフの報告があります。 」、「 アフリカから何が持ち出され、何がアフリカに持ち込まれているか。このトータルなマクロな収支構造にこそ私たちの視線が凝集されなければなりません。アフリカに関する世界の列強諸国のソロバン勘定は、この200年間、構造的には何も変わってはいないのです。2006年10月のロンドンのタイムズ紙に、南アフリカの大司教デスモンド・トゥトゥ(ノーベル平和賞受賞者)は、アフィリカでの小型銃火器交易の現状を“the modern day slave trade which is out of control”と書いています。彼にすれば、200年ではなく、過去500年間同じことが続いていると言いたいのでしょう。 」

NHKの記事には、ツツ氏がブッシュとブレアを国際司法裁判所に訴追する呼びかけを行なったとは出ていないが、「ロシアの声」にも「 デズモンド・ムピロ・ツツ元大主教は、 英国のブレア元首相と米国のブッシュ前大統領をイラク戦争に対する責任で法廷で裁くことを支持する意向を示唆した」とあるので、「 国際司法裁判所に訴追するよう呼び掛けた 」との時事通信の記事内容に誤りはないと思われる。実際、イラク侵攻の唯一の理由であったはずの「イラクの大量破壊兵器保有」が嘘であったにもかかわらず、攻撃の首謀者たちがその後公的に何の責任も負わず、問われず、平気で平穏な日常生活を送っていられるという法はない。イラクでは彼らの無法な決断によって何万、何十万もの人々がいわれもなく殺され、死んでいかなければならなかった 。現在イラクの街々は上下水道を始めとした各種インフラが破壊され尽くし、清潔な水を手に入れることのできる人は限られているという。その「失われた人命」や平和の破壊に対してブッシュやラムズフェルドやブレアらが実質的に具体的に罪を問われなかったことは、昨年来のリビアやシリア攻撃を見ていると感じずにいられないのだが、米英に一片の反省を促すどころか、「これで通る」という、味を占めさせる結果になっているように思える。リビア、シリアときて、その後にはイラン攻撃が米国の既定路線だという声も聞こえてくる。ツツ氏の「「大量破壊兵器が存在する」と世界を欺いて開始したイラク戦争が現在の中東不安定化の遠因」「シリアもイランも今の窮地に世界を追い込んだのはこの二人」であり、したがって「 ブレア元英首相とブッシュ前米大統領をオランダ・ハーグの国際刑事裁判所(ICC)に訴追する」べきとの今回の主張は時宜にも道理にも叶っているように思う。

米国が国際刑事裁判所規程を批准しなかった理由は、イラク攻撃に至る経緯とその結果を見れば一目瞭然だ。国連憲章などの国際法の規程は米国にとって軍事行動の基準にはならず、たまたまある法が自国の行動を正当化できる場合はその権威を利用するというに過ぎないのだ。イラク攻撃は一方的な言いがかりによる完全に不法、不公正な侵略行為で、その結果、イラクの普通の人々が無惨に殺戮され、国中の何もかもが取り返しのつかないほどに痛めつけられた。そもそも2003年当時、湾岸戦争以降の米国の経済制裁によって、イラクの乳幼児死亡者数は百万人を超え、軍事力はイラクよりはるかに小国であるカタールの十分の一にまで落ちていたという。マデレーン・オルブライトがテレビ出演で、イラク経済制裁ではこれまでに50万人の子どもが死んだと聞いている。それだけの犠牲を払う価値がある行為なのか、と問われて「思うに、それだけの価値はあるのです」と答えたのは、この間の2006年であった。こういう発言をするオルブライトという女性には子どもがいないのかと思ったら、3人の子持ちなのだという。こういう有り様では、英米のイラク攻撃が絶望的な憎悪による新たな多数のテロリストをつくり出し、テロ攻撃をそれ以前の十倍に増やしたという結果に不思議はないだろう。 もっともこのことは開戦前から多くの人が予測、懸命に警告を発していたことだったと記憶するが…。

昨年米欧の空軍はリビアで一万回近く出動し、国内のすべてのインフラを滅茶苦茶に破壊することでカダフィ政権を倒したが、その中核を担った米国と英国はそれぞれ現在自国民に対してリビア訪問を止めるように通達を出しているのだという。「リビヤのカダフィ政権が転覆させられて以来、リビヤは「民主国家」になるどころか、無秩序と暴力が蔓延する国になりつつある。このカダフィ政権転覆を主導した当のアメリカでさえ、国務省がアメリカ人の旅行者に、「リビヤには行くな」と警告を発するほどになっている。」(米国のこの警告はリビア駐在の米国大使および職員が殺害された9月11日の事件の大分前のものである。)、 「英国の外務省の公式な旅行アドバイスを見ても「余程の必要がない限り、リビアは危険だから行くな」と書いてあります。」。リビアをそういう危険きわまりない国にしたのは、一体どこの誰なのだろう?

イラク攻撃の理由、攻撃に至る経緯、攻撃の実態、結果、等々を詳細に徹底的に掘り下げて米国の戦略の実態、その本質を明らかにすることは人類の今後の健全な生存のために不可欠なことではないかと思う。これは米国に理不尽な言いがかりを付けられて攻撃の対象とされる国と人々の救いとなるだけではないと思う。米国と同盟関係を持つ国の政府は米国の思惑に沿うことが何より優先、日本政府などは米国の機嫌を損ねることを怖れて自国民を犠牲の山羊として米国に差し出して恬として恥じないことは沖縄の現状を見れば分かる。その結果、政治家の責任感と良心の磨滅はもとより、思考力、判断力、交渉力、何をとっても時とともにいよいよ低下し、稚拙・低劣になっていく。韓国にも同じことがいえるように思える。ブッシュとブレアを国際刑事裁判所で裁くべきというツツ元大司教の提言がもし国際刑事裁判所の一世一代の英断によって受け容れられるようなことになれば、おそらく世界中のあちらこちらで希望が生まれでるように思う。
2012.09.14 Fri l 社会・政治一般 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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