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当ブログは、1993年に発生した「埼玉愛犬家連続殺人事件」で主犯の一人として1995年1月に逮捕され、2006年に死刑が確定した風間博子さんの判決には重大な矛盾があると見て検証と批判を行なってきました。今日は、確定死刑囚として現在東京拘置所に収監されている風間さんが自身の潔白を訴えた文章を掲載します。これは、「無実ながら獄中にある風間博子さんと社会をつなぐ交流誌」として支援の人々によって発行されている季刊誌「ふうりん通信」の13号(2012年10月発行)および14号(2013年2月発行)に掲載されたものです。この事件は1993年の4月から8月にかけて連続して発生した3件の殺人事件ですが、裁判所はこのうち風間さんが1件目と2件目の2事件を元夫と共謀して計三人(最初の事件では一人、次の事件では二人)を殺害したと認定しました。今回風間さんが取り上げているのはその2件のうちの最初の事件である「Kさん殺害事件」です(このブログでは、ここここなどで詳しく書いています)。当事者である風間さんの以下の文章における説明・主張にぜひよく耳を傾けていただければと思います。


 「冤罪を訴える」 ~まやかしの判決書~2 《K事件共謀認定の虚偽》(「ふうりん」№13)
 1993年(平成5年)に起きた本件は、4/20のK事件、7/21のE・W事件、8/26のS事件の3件4人の殺人事件です。
 ただし、私は、三件目のS事件では、訴追されていません。

偽りの「運命共同体」事前謀議成立認定
 私は、K事件が起きた夜、事件のことはもとより、アウディの所有者や搬送の真の目的を知らぬまま、東京八重洲地下駐車場までアウディを放置しに行くYの帰り足のため、Yと行動を共にしました。アウディはK氏の車でした。
 このことは、取調べの時から(公判でも)認めています。

 当時、主犯Sと共犯Yは、群馬県片品村のY宅で共同生活をしており、この日私は、SとYとは一度も顔を合わせていません。ですから、殺害の事前共謀も、準備行動も、していません。因みにSとは、電話での話もしていません。
 そこで、裁判所は、Sの指示でアウディを放置しに行くことになったYが、私の所に依頼の電話を掛けていた時には既に、Sと私の間の共謀が成立していたと認定しました。
 確定判決は、
① 深夜にもかかわらず、私が直ちに電話口に出たこと。それについて私が『すぐに出られたのは「偶々(たまたま)、電話機の傍らにいただけである」』と不自然な供述をしていること。
② 私が、その理由も聞かないまま、Yと行動を共にすることを承認したこと。
③ Yが、深夜の車放置という異常かつその裏に何らかの重大な犯罪が起きていることを窺知させる行動に及んでいるのに、最後迄、その理由すら一切聞こうともしないまま、行動を共にしていること、
を理由に、私が事前共謀をしていたと認定しています。

裁判所のまやかし
①の件  まず、裁判所は「深夜」と言いますが、電話が掛かって来たのは、午後11時頃です。人それぞれでしょうが、私には深夜ではありませんでした。それよりも、裁判所は、私が、偶々、電話機の傍らにいたのだと供述したと判示していますが、私は、そんな供述は、一度もしていません。
  私は、「ベッドの上でテレビを見ていた時、Yから電話があった。ベッドの枕元に置いてある本棚に電話の子機を設置してあるので、電話があればベッドの中でも、いつでもすぐに電話機を取れる様になっていた」と供述しています。裁判所が勝手に供述を歪め、不自然にしているのです。
②の件 ここでも裁判所は、私が「何が何だか分からないまま、それをその場で了承し、Yと合流した」と供述したと、嘘の判示をしています。
  私は、『前日Sから「Yには俺の仕事で色々動いてもらっているので、Yに用を言われたら出来るだけ動いてくれ」と言われていた。Yは電話で「車を東京に置きに行きたいんだけど、帰りの足のため一緒に行ってくれるか?」と言った。私が「どうしたの」と聞くと、Yは「社長(S)から聞いてる?」と言ったので、Sが言ってた話はこれかとわかったので了承した』と供述しています。裁判所はわざと私の供述を疑わしい物に作り変えているのです。
③の件  Yの元妻や愛人は東京に住んでおり、当時Yは彼女らと車の貸し借りをよくしていました。
  また、その様な事実がなかった場合でも、私が自分の車で東京迄往復するだけのことで「異常かつその裏に何らかの重大な犯罪が起きていることを窺知する」でしょうか? 裁判所は故意に、胡散(うさん)くさい話にしているのです。
  裁判所は「犯跡隠蔽のためにYが動いていることは明瞭」なのに「Yの行動に特段の違和感も危機感も持っていなかった」という私の供述は、真実味に欠けているというほかない、と言います。
  アウディは血がついていたわけでもヘコんだりしてたわけでもありません。普通の生活を営んでいる人間がどこで「異常」とか「犯跡隠蔽」と思えるのか私には判りません。

供述を意図的に悪意のでっち上げをする悪辣さ 
 この他にも裁判所は、上記②の私の供述を、Yから言われた言葉を「東京に車を置きに」ではなく、「車を捨てに行く」と言いかえたりして、私の供述の信用性を減失させ、世間の目を欺こうとしています。
 アウディ搬送に係わる数々の状況は、私の共犯度数を下げ、Yの共犯度数を上げるものであるのに、裁判所は「運命共同体論」を持ち出して、「M事件の共通認識」があるからSと私の間では特別な話し合いがなくても事が足り、共謀が成立するのだと、信じられぬ程の無責任な認定で死刑判決を下しています。
 アウディ放置のためにYが私と合流する迄にとった行動は、極めて不自然かつ不合理なのですが、裁判所は問題にもしません。この件については、次回にでも書きたいと思います。
 公平中正であるべき裁判所は、私の供述を故意と思われる虚偽内容に変え、詭弁の認定をしており卑劣すぎます。応援よろしくお願いします。(風間博子)


 「冤罪を訴える」 ~まやかしの判決書~2 《川崎事件共謀認定の虚偽 その2》(「ふうりん」№14)
 埼玉愛犬家連続殺人事件一件目の川崎事件で、私が関わったのは、Yの電話をうけて、Yの帰り足のために、その意味を知らぬままアウディ(K氏の車)の放置に同行してしまったことのみです。

偽りの「アウディ放置」事前共謀認定
 1993年(平成5年)4月20日、K氏を殺害した主犯Sと共犯者Yは、川崎氏の車をシャッター付の佐谷田車庫(埼玉・熊谷市)に隠し、その遺体をY車ミラージュにのせて群馬県片品村のY宅(当時のSとYの居住地)へ行きました。
 Y宅に遺体を運び込むと、解体の準備を終えたYにSは、アウディを放置するため出発する様、指示しました。
 Yは関越自動車道に沼田I.Cから入り、途中の上里SAで私に電話を入れ、Yと私は、東松山I.Cを出た所(熊谷寄り)で合流しました。
 確定判決では、
① 私が「何が何だか分からないまま、これをその場で了承し、Yと待ち合わせ場所を決めて合流した」と、不合理な嘘の供述をしていること。
② 私が「暗くて車種は分からなかった、アウディがK氏の車とは知らない」と単なる言い逃れの虚偽弁解をしていること。
③ 合流した時に私がYに「東京へ放置しに行こう」と指示していること。
④ Yの供述内容を仔細に検討しても、その内容は極めて具体的で迫真性に富んでいるばかりでなく、何ら不自然・不合理な点も存在せず、待ち合わせ場所へ向かったYの行動は誠に自然なものである。これに相反し、共謀を否定している私の供述は、極めて不自然かつ虚偽に満ちており、全く信用することができないこと、
等を理由として、Sと私が事前共謀をしていて、私がK氏殺害を知った上でアウディ放置に行ったと認定しました。

㊟ 確定判決で言う「Y供述」とは、法廷でY自身が、数々の便宜供与の司法取引で作成された検事の作文調書である、とその信用性を否定している取調べ段階の調書内容のことです。

裁判所のまやかし
①の件  前回の②で説明していますので、省略いたします。
②の件  私は『その時はYとはぐれてはいけないと思い、Yの運転する車を後ろからよく見て走っていた。Yの車の形・色・ナンバー等も頭に入れて走っていた。エンブレムも読んでいたので、その時は分かっていたが、車種は今は忘れてしまった。』旨、取調べでも公判でも供述しています。
  裁判所は、嘘の話でワザと私の供述をいぶかしい物にしているのです。
  また、関係各証拠から、K氏は前月迄、別の車(日産サファリ)に乗っていた事が明らかであり、交流のなかった私が、アウディがK氏の車だと知らなかった事は言い逃れでも何でもなく、何ら不思議はありません。
③の件  裁判所がこちらの異議申立てを棄却して採用したY自身の公判調書には、「放置場所はSから東京と指示された」とあり、また、東京八重洲地下駐車場と決めたのは自分(Y)である、と明確に理由付きで認めています。
④の件  裁判所は、Yは殺害には一切関与しておらず、K氏を殺害したSにその遺体の前で脅かされ、死体損壊遺棄を手伝わされただけである、としています。
  そして、Yの行動には、誠に自然で、何ら不自然・不合理な点は存在しない、と判示しています。
《疑問1》 裁判所は、YはSに命じられて片品から待ち合わせ場所へ向ったのだから、その行動は誠に自然だと言います。
  また裁判所は、YがSに従ったのはSの脅しによるとも認定しています。とするとSは、Yが裏切ったり協力を拒否する事態が起きぬ様気をつけていたと考えねば不合理です。警察にかけこまれればSは遺体解体中である状態であるのに、Yをアウディ放置の為に解き放すのは、はたして自然でしょうか。
  Yに対しての絶対的な信用があったからこそSは自分の看視下にYを置かずに、解体を進められたのです。
《疑問2》 片品を出発し東松山I.Cを下りたYは、合流地点を通り過ぎ、熊谷市内の佐谷田車庫でアウディに乗り換え、合流地点へ戻り、合流後東京へ向っています。
  右図で判る通り、私の自宅と佐谷田車庫はごく近くです。仮に判決の様に、私が共謀していてYの連絡を寝ずに待ちすぐに電話に出たという状態でしたら、私が佐谷田車庫でアウディに乗りYと合流した方がずっと合理的で自然であるはずです。真の共謀者は誰でしょうか?
  更に、私が真の共謀者であったなら、帰路は鉄道等でどうにでもなるのですから、一人で搬出できてたのです。
  なぜYはこの様な無駄な動きをしたのでしょうか? SもなぜYにそうさせたのでしょうか?
  それは、私が車庫にアウディがあった事を知らず、事件の共謀がなかったという裏づけと思いませんか? (風間博子) 
 」


以上、風間さんの直筆による訴えです。読んでくださった方はどのように感じられたでしょうか。なお、「ふうりん」№13の風間さんの文章を読んだ後、私も次回の“№14”に以下の文章を投稿しましたので載せておきます。


 またしても不可解な裁判官の判示あり!
 「ふうりん通信 №13」の「冤罪を訴える」を拝読しました。私は一審以降の判決文・弁論要旨・論告などの裁判資料をいくらか詳細に読んでいますが、ここで当事者である風間さんがKさん殺害事件についてされている説明は、私たちの日常生活の経験則からいっても、またこの場合の具体的な事情・事実関連からいっても、まったく整合的で自然なものであると感じます。1993年(平成5年)4月20日、Y氏から夜の11時前後にかかってきた電話の依頼に応じて、車を東京の駐車場まで運ぶ手伝いをしたのは、その前日、ペットショップにやってきたS氏から「Yには日頃から世話になっているので、用事を頼まれたらできるだけ応じてやってくれ」と言われていたので、電話でY氏が「東京まで一緒に行ってくれる?」「社長から聞いてる?」と言った時、風間さんが、「昨日のSの話はこのことだったのだな」と思って「いいよ。」と返事をしたという流れはごく自然なものと言えるのではないでしょうか。当時の風間さんはS氏と離婚・別居してホッとした心境だったものの爆発しがちな性格のS氏の依頼や指示にはできるだけ逆らうまいとしていたと述べています。そのことは法廷でも、弁論要旨においても明確に述べているにもかかわらず、これを裁判所は一蹴し、「深夜の車放置という異常かつその裏に何らかの重大な犯罪が起きていることを窺知させる行動に及んでいるのに、最後迄、その理由すら一切聞こうともしないまま、行動を共にしている」と断定しています。じつに不可解なことです。判決中の「放置」という言葉も不正確な用い方ではないでしょうか。駐車場に車を置くことは、一般的には「預ける」行為であって、「放置」行為ではないでしょう。勝手にそのへんの道ばたや山野などに置き捨てにする行為とは全然異質の行為のはずで、風間さんが「(車を)置きに行く」と思ったというのは当然のことだと思います。また、夜の11時に電話をかけて車の移動の手伝いを依頼したY氏の行動を「重大な犯罪が起きていることを窺知させる行動」という判断も、こちらのほうこそ「異常」ではないかと思います。現に、「愛犬ジャーナル」誌の発行者であり、ベテランのブリーダーでもあるKK氏は、一審の法廷において風間さんのこの時間における外出について尋ねられると、「犬のブリーダーは(犬の)出産などで深夜に動くことが多いので、何ら異常を感じない」と証言しています。しかし、判決は風間さんに有利なこのような証言は一切黙殺した上で、上記のように「異常」とか「重大な犯罪が起きていることを窺知させる行動」などと決めつけているわけです。

このように、判決には不可解なことがほとんど無数といっていいほどあるのですが、最近、判決文を見ているうちにまた新たな疑問点に出くわしました。これはKさん殺害事件につづく第二の事件であるE・Wさん殺害事件に関してのことです。風間さん側は、EさんとWさんが殺害されるうちわ祭りの日(7月21日)は、「犬の治療のために昼間万吉犬舎に行ったが、(渋滞を避けて)クレフはペットショップに置いてバイクで行った」と主張しています。下記のとおりです。

「被告人風間は、平成5年7月21日午前9時頃起床し、クレフに乗って長女Nと午前11時頃、八木橋のペットショップに行き、…(略)…午後3時頃、被告人風間の母が店にやって来て、Nの相手をしてくれたことから、被告人風間は午後4時頃、バイクで万吉犬舎へ行き、…」(第一審弁論要旨)

ところが、判決文は、風間さん側のこの主張に対して次のような判断を示しています。

「…風間は、「自分は、(本件犯行当日である)7月21日はうちわ祭りで熊谷市内が混雑していたため、バイクを運転して万吉犬舎に行ったりしており、クレフは終日大原の自宅に置いてあったので、それを運転してE方に行った。」旨弁解し、その弁護人らは、これを前提として、警察が実施していた被告人らを視認対象とする行動確認結果を記した甲628添付の行動確認日誌写しに現れている万吉犬舎への人車の出入状況からすると、クレフが本件当日に万吉犬舎あるいはその付近に来ていないことは明白であり、したがって、風間を含む三人でカリーナバンに乗って遠藤方に向かい、E、W殺害後三人で二人の死体を乗せた右カリーナバンで万吉犬舎に立ち寄り、同所に置いてあったクレフをYが運転し、風間がカリーナバンを運転して片品村に向かったとのY供述も、三人がカリーナバンで万吉犬舎に立ち寄り、同所に置いてあったクレフを加えた二台の車に分乗してE方に向かい、本件犯行に及んだとするS供述も虚偽であり、一人遅れてクレフでE方に赴いたとする風間の供述こそが真実であると主張する。しかしながら…」(第一審判決文)

お分かりのように、風間さんは「クレフに乗って長女Nと午前11時頃、八木橋のペットショップに行き」、「(クレフはペットショップに置いて)バイクで万吉犬舎へ行」った、と述べているのであり、裁判官が言うような「クレフは終日大原の自宅に置いてあった」などとは述べていません。はたして裁判官のこの記述はどのような意味をもっているのでしょうか? 単にミスをおかしたのでしょうか? それも考えられなくはありませんし、そうだとしたら死刑事案に対してのこういう気の緩みは許しがたいことです。けれども裁判官は三名います。判決に重大な影響を及ぼすことが明白なこの一件に関して、裁判官三人が三人そろって自分たちの過ちに気づかないなどということがはたしてあるのかどうか。私にもいまだ正確な判断はできていませんが、ただもし裁判所の上の記述が故意によるものであるとしたら、この日ペットショップに風間さんの娘さんとお母さんがいたこと、犬舎から帰ってきた風間さんともども親子三代でうちわ祭りの見物に行ったことなどに照明があたることを裁判所が忌避したということも考えられるだろうと思います。風間さんや「ふうりん」読者の皆さんはどのように考えられますか? 」

風間さんと弁護人がこの日「クレフに乗って長女Nと午前11時頃、八木橋のペットショップに行」ったと述べていることに私が気づいたのは、実はこの文章を書く少し前のことで、第一審の弁論要旨をあらためて読み直してみたからでした。それまで私も判決文の記述を信じて風間さんのクレフはこの日終日自宅に置かれていたと思っていました。まさかこういうまったくの客観的事実において判決文が明白な過ちをおかしているとは思ってもいなかったので、このことについては何ら疑問をもたずに、弁論要旨のこの記述もあっさり読み流し、見逃していたのでした。
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2013.03.23 Sat l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top
去る1月に国連安全保障理事会が北朝鮮の衛星ロケット打ち上げ(昨年12月)に対して2087号制裁決議を採択したと知ったとき、胸のうちに多大なストレスを感じた。これは今も消えていない。何のための宇宙条約なのだ? と思うからだ。米国や韓国、日本などにとってそれがどんなに堪えがたく業腹であろうとも、宇宙条約の加盟国がその規約に則って行動を起こした以上、それを罰するなどということがあってよいはずがない。「悪法も無法に勝る」という言葉があるが、この考え方でいくと、宇宙条約は「悪法」以下の価値と権威しかもっていないことを決議に賛成した国々はそろって認めたことになるのではないだろうか。そもそもこういう恣意的運営をしていたのでは、安保理のみならず国連自体への人々の信頼もいよいよ失われていくことだろう。

北朝鮮の言動はその後エスカレートしているが、このような緊張状態に北朝鮮の政治家と一般市民はいつまで耐えられるだろうか。米国を初めとした大国・強国が北朝鮮のような弱小国に対して、むしろエスカレートさせるように、させるようにと嘲弄的に事を運んでいく姿は本当に残忍さを感じさせる。安倍晋三首相はNHK番組出演の際、「このままだと北朝鮮は間違いなく滅亡への道に進んでいく。金正恩第1書記は政策転換をして繁栄の道に進む英断をすべきだ」、「北朝鮮による事実上の長距離弾道ミサイル発射に関し、「米国も射程に入り、(米国は)『脅威』と初めて非難した。北朝鮮は米国の発信を甘く見ない方がいい」と述べた」(3月15日)そうである。北朝鮮に対してひたすら強硬姿勢で、自ら制裁、制裁と突っ走ってきた人の発言にしては他人事のような言い方だが、「北朝鮮は米国の発信を甘く見ない方がいい」という発言には、米国に追従する方向でしか政治というものを考えることのできない人の本心がよくあらわれているように思う。安倍氏にとっては、米国の思惑だけが重大関心事なのであり、北朝鮮の苦衷などはまったく問題外なのである。

2003年に加藤周一と大江健三郎が雑誌の対談をしており、そこでは核をめぐって北朝鮮の話題も出ていた。最近その内容を思い出して再読してみたのだが、大江健三郎が提言し、加藤周一も賛成しているその会話の内容には私もつくづく共感した。以下に引用する。

「  核の傘から出ること
 加藤 大江さんがいまおっしゃった中に、「帝国」という言葉があります。この言葉は、少なくとも第一次大戦以後は、いい意味では使われないですね。「帝国主義」といえば悪いし、「帝国主義的支配」といえば悪い。私は第一次大戦後に生まれた人間だけれども、私の生涯の中で「帝国」という言葉をいい意味で使った例は知らない。ところが、今年になってから、米国では、真面目な新聞や雑誌の論文などに、「帝国」という言葉がいい意味で出てきている。これは意味論的に言えば画期的だ。「悪いやつはみんなアメリカが征伐してやるから安心しろ」という意識が、デメリカ人の中に出てきている。
 私は、核拡散防止体制が限界に来るのは時間の問題だと思います。なぜなら、合理的な理由づけのない不平等性があまりに激しい。だから、それを固定しようとしても、無理がある。フランスは核を持っている。イタリアは持っていない。「なぜですか?」と言われると困るでしょう。中国は核武装していて安全保障理事会の常任理事国。「どうしてインドの核兵器はいけないのか?」とインド人に言われたら、答える言葉がない。現にインドにも拡散する傾向が出てきている。持つと持たないとの間に、正当化されない合理的な理由なしの不平等があるというのが、不拡散条約風化の理由の一つ。
 もう一つは、核保有国の間での格差がまた大きすぎる。核弾頭の数だけから言っても、10のオーダーと、100のオーダーと、さらに何千発というゼロの三乗の数を持つ国がある。これだけ極端な違いがあると、包括的核実験禁止条約(CTBT)などといっても簡単にいかない。それが現存する極端な不平等を強化するように作用するからです。こういう体制は長くもたない。長期的安定のための唯一の方法は、核廃絶、つまり目標がゼロで、それに向かって何千発も持っている国が具体的なプログラムを示して、それを実行することだけです。現状維持は空想的だ。
日本の場合、核兵器を拡散させたほうがいいという立場ではないけれど、「現状維持で日本は核開発しません」では駄目なのです。世界が減少のほうに向かわない限り不拡散体制が崩れるのは時間の問題ですから、周りの国が核武装した時に日本だけしないのかどうかという問題が出てきてしまう。その問題は解決するのが非常に困難だから、何より日本はそういう問題をつくらないようにすべきなんです。それには世界全体が減少の方向に行くしか道はない。日本は核兵器反対、情勢がおかしくなったら非核三原則を手直しするというのではなくて、逆に徹底させると言えば、合理的に筋が通る。核問題には、ほかに出口はない。
 大江 私も、核兵器を廃絶するには、核兵器を持っている国が、核廃絶に向かって本気で取り組むほかないと思います。実際、「核の冬」の恐怖の認識から、その方向に進みかけたこともあった。そして、冷たい戦争が終わってアメリカとロシアが、核兵器を大幅に削減してゆこうという条約(START)を結んだ。あのとき核廃絶は可能だという気持ちを、私ははじめて持ちました。ところがその勢いが、9.11以後、すっかり背後に退いてしまい、暗い気持ちでいます。
 いまおっしゃった非核三原則を日本が徹底するということはその通りですが、私はあらためて日本は核兵器の被害を被った国として、その被害をよく知っている国として、核兵器に反対する権利があるということをいいたいのです。そして、本当に日本が核兵器反対ということを、特に東北アジアの中国や北朝鮮に対して表明しようとすれば、アメリカの核の傘の中にいるのは、やめなければいけない。
 加藤 もちろんそうです。
 大江 非核三原則を強調する人も、日本がアメリカの核の傘の中にいることへの異議は申し立てません。日本人は、戦後アメリカの核の傘から出て核廃絶に向かう方向を主張しようとはしなかった。日本が北朝鮮を説得できる唯一の道は、日本はこれからすぐ始めて、アメリカの核の傘から脱退する方向に、まず5年間なら5年間、全力を尽くすという約束をすることしかないと思います。
 加藤 核保有の根本的な前提は、国の安全を保つためには核兵器が必要だという考えですね。北朝鮮に「核兵器をつくるのをおやめなさい」と言えば、向こうは「核兵器は自国の安全のために必要だ」と言うでしよう。核兵器は安全のためにあるということを前提にすると、北朝鮮は核の傘に入るか、安全を犠牲にするか、どちらかしかない。それは要求できないと思います。日本の安全のためには核兵器が必要だということを前提にしながら、核兵器の放棄を他国に求めても、意味をなさない。
 大江 その通りです。それはアメリカの核の傘から出てからいうことです。」(「私はなぜ憲法を守りたいのか」『世界』2003年1月号・加藤周一対話集「歴史の分岐点に立って」収載)

「本当に日本が核兵器反対ということを、特に東北アジアの中国や北朝鮮に対して表明しようとすれば、アメリカの核の傘の中にいるのは、やめなければいけない。」という大江健三郎の発言はまったくの正論だと思う。現状で、いくら北朝鮮の核実験非難を繰り返しても、相手が聞く耳を持つはずがない。客観的に見ても無意味で耳障りな雑音にしかならないことは明白だ。 また「核拡散防止体制が限界に来るのは時間の問題だと思」うと語っている加藤周一の言葉はこのときから10年後の現在現実のものになりつつあるのではないか。これは初めて知って驚いたのだが、こちらのブログによると、キューバのフィデル・カストロは、2010年9月24日、カストロを訪ねて会談した北朝鮮の政治家に対して、北朝鮮の核開発を支持すると述べたそうである。

「 気になるニュースがある。9月27日付の朝鮮中央通信(KCNA)によると、キューバ訪問中の北朝鮮のキム・ヒョン・ジュン外務次官が、24日フィデルと会談し、その席上、フィデルが次にように述べたと報道されていることである。
「キューバは、キム・ジョン・イルの先軍政治を、米国の核脅迫から国家主権と社会主義を守るために核兵器を含む強力な戦争抑止力を持つにいたったことを、全面的に支持すると、フィデル・カストロ、キューバ共産党第一書記は述べた」
なお、奇妙なことに、9月22日の朝鮮代表団のキューバ訪問については、キューバ国内で報道されているが、この件については、会談の事実さえ報道されていない。もちろん、朝鮮中央通信の虚偽の報道と考えることはできない。」

上記カストロ発言が事実ならば、カストロ発言の真意として考えられるのは、北朝鮮に対する米国の脅迫が言葉だけでは終わらない可能性が高いと見ていること以外にはないのではないだろうか。同じ年、カストロには韓国の哨戒艦沈没事件に関するこういう発言もあった。

それでは、以前途中まで引用した李泳禧氏の講演の最終部分を以下に引用しておきたい。

「 まず、北朝鮮に対する国家承認をしてほしいとのことでした。米国のキッシンジャー国務長官が1976年に国連安保理で、朝鮮半島の軍事危機は停戦協定体制であるから、これを政治的に解決すれば軍事的脅威が解消できる。ソ連と中国が大韓民国を国家承認すれば、米国が日本と共に朝鮮民主主義共和国を承認し、それと同時に南北朝鮮を共に国連に加入させると公式提案をしたことがあります。
 そうなれば朝鮮半島から軍事的な威嚇が去り、平和が定着するはずだということでした。その政策が即ち「クロス承認・国連同時加入」であります。そうすれば軍事的な要素は消え、政治的な平和構造が定着するとみて世界の国家がみな同意しました。ところがこの1976年に米国が公式的に世界の政治の場である国連総会で提案した南北朝鮮クロス承認が、今はどうなりました? ソ連と中国は韓国を国家承認してすでに数年になります。それどころかソ連は、北朝鮮と締結した軍事防衛同盟を廃棄し、1991年に韓国と国交正常化をしました。中国も同様に大韓民国との友好関係・国家承認・外交関係樹立・国連加入支持などの公約を守りました。ならばクロス承認を提議した米国と日本はどうでしょう? 25年が過ぎた今でも色々な口実、すなわち「核問題がある」、「金倉里地下施設が疑わしいので現場検証をさせろ」、「ミサイル問題がある」などのあらゆる口実を付け、北朝鮮に対する国家承認を拒否しています。ですから北朝鮮が国家承認をしてくれ、ソ連(ロシア)と中共(中国)は韓国を承認したではないかと要求することは、実際問題としても論理的にも正当な要求だといえるでしょう。
 次に、米国の核戦略から北朝鮮に対する核先制攻撃原則を廃棄してほしいという要求です。何の話かよく分からないでしょう? 米国は地球上で40ヵ国以上と軍事同盟を締結しています。日本、韓国、タイ、中南米国家……現在はNATO国家がさらに増えて45ヵ国になりました。その米国が保護しようとする下位同盟国家を攻撃しうる過去のソ連や東欧共産国家に対して、米国がどんな核戦略を維持していたのかというと、相手の在来式軍事力の攻撃に対しては在来式軍事力で対し、核兵器に対しては核兵器で対応するという、いわゆる相互原則でした。ソ連やワルシャワ同盟国家に対しては、在来式武器で軍事行動をしてくる時に米国は核兵器で攻撃するという戦略原則はなかったのです。すなわちソ連と東欧国家には「核先制攻撃」をしないという原則でした。それはみな白人国家を相手にしたものであります。相手が共産主義者であれ何であれ、白色人種国家に対しては厳格に相応して対応する核戦争原理でした。ところが米国は唯一北朝鮮に対してだけは、「核先制攻撃」原則を極めて公開的に宣言していました。すなわち北朝鮮が在来式武器で軍事行動を行っても、米国は即、核で攻撃するという戦略原則を堅持しているのです。これが米国の韓国駐屯軍とその核兵器の用途だったのです。北朝鮮は、常時的な米国の核攻撃脅威を感じている模様です。北朝鮮は米国との核協定に同意する交換条件の一つとして、米国の北朝鮮に対するこの「核先制攻撃」戦略原則の修正を要求しました。
 三つ目は、北朝鮮の社会体制を認めてほしいという要請です。これは、北朝鮮が社会主義国家として生きていく権利を認めてほしいという要求なのです。一国家の体制とは、その国民と政府が選択する権利を持っているのです。にもかかわらず米国がその主権的選択権まで脅かすので、そんなふうに「哀願」したのです。
 四つ目は、米国がこれまで50年間堅持している、北朝鮮に対するあらゆる経済・金融・通商などの禁輸・禁止・包囲政策を解いてほしいというものです。貿易もしなければならず、また北朝鮮に投資したり工場を建てたりするといっているドイツ、英国、フランス……などの国家の企業が、米国が強要している禁止制度と条約のため全く身動きできずにいるため、これを解いてほしいというものです。
 朝米核交渉において北朝鮮が米国に要求したこの四つの条件を見ると、それらは少しも攻撃的な性格ではなく、むしろ生き残るために米国の北朝鮮圧殺政策を解いてほしいと「哀願」するものでありました。北朝鮮と米国間の核交渉は、ざっとこのように進行してきました。結局、北朝鮮の基本的な核凍結受諾の代価として米国が北朝鮮の要求をおおむね承認したものが、1994年10月に締結された「朝米核(ジュネーブ)協定」です。
 ところがこの核協定の内容を、どちらが守り遵守していて、どちらが守らず違反しているかという問題があります。それより前に、皆さんも思い出してみて下さい。米国が途方もない攻撃艦隊を北朝鮮周辺に配置し、われわれに対して、アパッチヘリコプターを買え、地対空ミサイルを買え、このように強要したことがありましたね。それは全て北朝鮮に対する戦争のための準備であり、日本の軍隊にも出動を命じた計画書がありました。朝鮮半島の周辺状況を予想する米国と日本の軍事共同作戦・戦略という「ガイドライン」が、実際には1994年のその時、全て成立したのです。米国が戦争威嚇で核協定条件の受諾を強要するや、北朝鮮は国家的危機を甘受せよという圧力に対しては屈服できないと、核拡散禁止条約脱退意志を表明しました。皆さんが聞かれたのは、核拡散禁止条約から「脱退した」ということでしたね? その度ごとに米国と韓国の報道機関は、アカどもには条約も信義もなく、無条件に全部廃棄してしまうやつらだ、という非難をしました。しかし事実は、脱退したのではありませんでしたね。脱退したのではなく、「脱退する」「脱退する用意がある」と宣言したのです。韓国国民は、その言葉の違いを知らずに米国が主張するまま、北朝鮮が核拡散禁止条約から脱退した、悪い奴だ、条約違反だ、核兵器を勝手に作るという意味だ、このように論理を飛躍させ、途方もない恐怖の雰囲気を作ったのです。
 核拡散禁止条約第10条は、このように明らかに規定しています。「この条約の会員国として、この条約と関連した状況の進展が自国の国家的存立に致命的な危害となる状態であると認定される時には、この条約から脱退しうる権利を持つ。ただし脱退しようとする時には、3ヵ月前に条約当局に事前通告をしなければならない」というものです。北朝鮮は先ほど申し上げたように、1991年末に朝鮮半島で米国の地上核兵器が撤収されたと公式発表があった(12月18日)直後(12月22日)に、即刻国際原子力機構(IAEA)の核査察を受諾すると署名しました。それでIAEAに加入したのですが、米国がイラクに対して行ったように北朝鮮を攻撃する事態になったため、それを「自国の国家的存立に対する致命的な危害」とみなして、核拡散禁止条約第10条の権利により脱退すると、3ヵ月前に公開的に意志表示をしたのです。言い換えれば、北朝鮮はその10条に基づいて3ヵ月後に脱退すると通告したに過ぎないのです。その時米国が行おうとした対北朝鮮軍事攻撃が、その10条に該当する程度であったか否か、これについての解釈は、北朝鮮と米国が互いに異なることは考えられます。しかしながらその判断の主体は北朝鮮であり、米国ではありません。
 このように、戦争の一歩手前まで行った迂余曲折の末、1994年11月に北朝鮮と米国が締結した核協約においては、6ヵ月ごとに双方が守らなければならない具体的措置が規定されています。北朝鮮が一年間、原子炉2基を閉鎖し、そうすると電力がなくなるので、電力を生産しうる油が欲しいと言って、年間50万トンの油を米国が提供することになっているのは、皆さんご存知のはずです。ところが実際は、初年度に50万トン欲しいといったのに一年半、二年近くなっても渡さないので、北朝鮮がこのままでは原子炉を再稼働すると言ったのです。われわれは、このことについて「あいつらアカどもは、あんなふうだ」と言っていましたが、実際は米国が油を2年近く与えていなかったものでした。約束違反を指摘して米国を非難する声は、韓国では一度も聞くことはできませんでした。どちらが協定違反をしているのでしょうか? わが国では、極右反共・反統一・反平和的勢力が前に立ち、『朝鮮日報』をはじめとして、50万トンの油が人民軍戦車、戦闘機燃料として入っていくと反対の声を上げました。事実はそのようなことが可能な状態ではないでしょう。ロシアは北朝鮮に対し、それまでソ連時代に年間100万トンずつ、非常に安価で提供していた油類を、5万トンに減らしました。中国も20万トン程度を、金を受け取って提供していました。戦闘機用燃料は、オクタン98以上の精油でなければなりません。極端に言うと、自動車を動かすガソリンでもオクタン90程度は必要です。協定により北朝鮮に提供する油は、そのようなものではなくナフタです。言わば、どろどろの油です。北朝鮮はこれを燃料の代わりにして、火力発電所を稼動し、電力を生産しようとしているのです。もちろんこれを発電所に使えば、発電所で使われていた別の油を戦車に使うことができるのではないかと言われる方もおられるでしょうが、とにかくそのような供給基準では全くないことを、知る必要があります。
 朝米核協定調印後4年が過ぎて5年目に入ろうとしている今、1999年6月から7月になって協定上の合意通り履行されたとするなら、どの程度にならなければならないか? 北朝鮮は原子炉二基を完全に閉じて、その代わりに米国の代替エネルギーが完全に稼動し、また国際原子力機構の査察が進んであらゆる危険なウラニウムなどは全部なくなり、容れ物だけ残るようになる状態です。これに対応して米国がどのような措置をとるべきであったかというと、前に北朝鮮が要求して米国が同意した経済封鎖、金融・技術封鎖を、既に解いていなければならないのです。また北朝鮮が海外に持っている資産に対しても(米国にあるものはおおむね2200万ドルと把握しているのですが)、封鎖、または禁止を解除しなければなりません。
 協定を締結した3ヵ月後の1995年初めには、大使館の初歩的形態である「連絡事務所」を、それぞれワシントンと平壌に設置することに合意しました。つまり1994年10月に合意をしたのですから、1995年1月には、米国の代表部が即平壌に行っているべきでしょう。そして今頃には、代表部が格上げされて大使関係に移れる政治交渉となっていなければなりません。ところが不幸にも米国では、交渉に調印したところの翌年の総選挙において、共和党が議会を支配するようになりました。行政府はクリントン民主党行政府なのですが、議会は反共・反北朝鮮・反ロシア的な共和党が支配するようになりました。その議会が朝米核協定で決定された合意項目全部に対して、共和党支配の上院の同意を得てはじめて執行できるという付帯条件をつけた決議案を通過させてしまいました。
 そのように米国側の様々な義務は、ほとんど執行されないでいる状況です。昨日新聞を注意深く読まれた方がおられましたら、米国議会で北朝鮮に対するこのような条件を緩和しようという兆しが見られるという小さな記事があったことを見られたでしょう。北朝鮮との核条約執行のための行政府の手が、北朝鮮との関係正常化を絶対に願わない共和党支配の議会によって、がんじがらめにされてしまいました。米国の国務省は北朝鮮側の朝米核協定を「履行している」と言っていますが、議会は頑として北朝鮮の息の根を止めようとする政策を改めようとはしません。日本・韓国・英国が北朝鮮市場に入っていく前に、米国の企業と財閥が入っていかなければならないのに、議会がそのようにすれば米国の損害が大きいとするクリントン政府の説得工作も効果がありません。結局、核心的な問題は北朝鮮側にだけあるのではないという事実、北朝鮮の核問題において、協定締結6年が近づいてもいまだに紛糾が絶えない大きな原因が、米国側にあるという事実です。この事実だけ知っていればいいのです。」(「朝鮮半島の新ミレニアム 分断時代の神話を超えて」社会評論社・2000年)

なお書き遅れましたが、この本の監訳は徐勝氏、訳は南裕忠・広瀬貴子氏のお二人です。
2013.03.20 Wed l 社会・政治一般 l コメント (2) トラックバック (0) l top
文末に追加があります。(3月10日)

ベネズエラのウゴ・チャベス大統領の早過ぎる死を残念とも悲しいとも感じた。訃報を知った多くのベネズエラ市民の心のうちは、このサイトに「チャベス大統領死去 ベネズエラ首都で市民が哀悼」と題して掲載されている7枚の写真にもよく現れているように思った。敬愛してやまない人物を突然奪われた事態への深い悲しみ、嘆き、苦痛が表れていない顔は一つもないように感じる。チリのピネラ大統領は、「 病状が悪化し、彼が治療のためキューバに戻った時、私は彼に電話した。思い出すのはその時に、死が避けられないのなら、愛してやまないベネズエラで迎えたいと彼が語っていたことだ。」(朝日新聞デジタル)と述べているので、チャベス大統領は大分前から自分の死期を覚っていたようでその無念さを思うと胸が痛む。エルサルバドルのフネス大統領は、強力なリーダーシップをもったチャベスの死は中南米に政治的空白を生むだろうと述べつつ、「しかし何よりも、ベネズエラ国民の心にむなしさをもたらすに違いない。」と述べているが、この発言は米国の今後の動向を想像すると気がかりにはなる。

ところで、米国のオバマ大統領はこの度の訃報について、「チャベス大統領死去というこの厳しい時期にあって、米国はベネズエラ国民を支援するとともに、同国政府との建設的な関係の構築に関心があるということを再確認する。ベネズエラが新たな時代に入るに当たり、米国は、民主主義、法による統治、人権尊重を促進する政策に引き続き取り組んでいく」(ロイター・3月6日)と述べている。哀悼の意を表するどころか、邪魔者が死んでくれてやれやれ一安心と言わんばかりに聞える発言だが、それにしても「米国は、民主主義、法による統治、人権尊重を促進する」という言葉が今では何と虚しくひびくことだろう。いったい現在米国のどこに、どの政策にそういうものが欠片でも存在するというのだろう? こういうツッコミやつぶやきはおそらくオバマの発言を耳にするやいなや世界のあちこちで即何万、何十万回もなされたことだろう。

さらに毒々しく底意地の悪い言葉をこれでもかと言わんばかりに並べ立てていたのは、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(3月7日)の「【社説】チャベス氏が残した教訓―カリスマ扇動政治家には要注意」(3月 07日)という記事であった。いわく、「同氏の死により、チャベス時代がようやく終わるが、ベネズエラ国民の生活はこれまで悪くなる一方だった。」「1998年時点で、ソビエト連邦はとっくに崩壊し、メキシコからチリまでさまざまな南米諸国は自由市場政策の導入に成功し、チャベス氏が手本としていた友人――キューバのフィデル・カストロ議長――はすっかり信用を落とした時代遅れの人物となっていた。」「ベネズエラ国民、特に貧しい人々の生活は悪くなる一方だった。裕福な国民は海外へ逃げることもできるが、より恵まれない立場にある人々は今、物価統制と資本統制のおかげで日常的に食料・医薬品不足に苦しんでいる。」「首都カラカスの殺人発生率は世界有数となっている。橋や道路は修理が必要な状態にあり、停電も多く、未処理の下水が飲料水を汚染している。」「 チャベス氏は、シリアのアサド大統領やイランのアフマディネジャド大統領と同盟を結んだり、麻薬テロ組織コロンビア革命軍をかくまったり、キューバのカストロ政権に石油を無償供与したり、米国を大声でののしることで国際的に名を上げた。エクアドルやボリビアで政治的な模倣者を生み出すことにも成功した。」等々。

死者を足蹴にするこれらの特異な言葉の羅列のなかでもとりわけ目を引くのは、「ベネズエラ国民、特に貧しい人々の生活は悪くなる一方だった。…より恵まれない立場にある人々は今、物価統制と資本統制のおかげで日常的に食料・医薬品不足に苦しんでいる。」という言葉だろう。悪質な嘘がシャーシャーと発せられているが、これは嘘も百ぺん繰り返せば本当のことになる、という過去のサンプルを忠実に実践しているのだろうか? 大統領の死に際してベネズエラのある市民は「貧しい私たちのために尽くしてくれた大統領に感謝の気持ちでいっぱいです」(NHK7日)と声を詰まらせた。「同国北東部プエルトラクルス(Puerto La Cruz)から駆け付けた女性(62)は、大統領が石油収入を元手に制定した低所得者向け社会福祉制度の1つに触れ、「大統領がキューバから連れてきてくれた医者のおかげで、自分は元気でいられている」と語った」(AFPBB News・2013年 03月07日)。貧しい人たちこそが誰にもまして深くチャベスの死を悼み、悲しんだことは誰でもが感じとっていることだ。

社説記事はまた1998年チャベス大統領が誕生した当時、自由市場政策の導入に成功した南米諸国のなかで、キューバのフィデル・カストロは「すっかり信用を落とした時代遅れの人物となっていた。」とも述べているが、それならば2002年オリバー・ストーン監督がカストロにインタビュー取材したドキュメンタリー映画『コマンデント』を米国はなぜ国内非公開にしたのだろう? 信用を失った時代遅れの人物の映画などあえて公開禁止にする必要などないのではないか? 何より過去数十年にわたり「六百余回の暗殺」という卑劣な試みをつづけたのはいったいどこの国だったのだろう。米国は現在も過酷な経済制裁によって貧しい小国キューバを苦しめつづけているが、その理由も教えてもらいたいものである。第一、「自由市場政策」の残忍な本質を指摘しつづけてきたカストロの洞察、立場が「時代遅れ」などではなかったことは厳然たる事実として今や世界中で確実に証明されつつあるというのが紛れもない現実ではないかと思うのだが?

上記社説はまた「3月5日、ベネズエラ政府は2人の米大使館付空軍武官を強制退去させた。」と非難しているが、2002年のクーデター騒擾時や2004年の選挙時における米国の悪辣な関与を考えれば(こちらの記事参照)、ベネズエラには米国の武官を退去させるに十分な理由があっての措置だったのだろうと見るのは常識の範囲内のことだろう。「後継者と目されているニコラス・マドゥロ副大統領はがんになる毒をチャベス氏に盛ったとして米国を非難している」。確かに荒唐無稽な説のように聞えるが、何しろ無人飛行機を飛ばして敵とみなす数多くの人物を市民もろとも殺害して恥じない米国のこと、その卑劣さこそがこのような憶測を生むのだ。まずは自らを顧みることから始めたらどうかと言いたい。

それからベネズエラの「首都カラカスの殺人発生率は世界有数となっている。橋や道路は修理が必要な状態にあ」るとのことだが、これはおそらく事実だろう。しかし、ベネズエラにおいて50年前、100年前から継続してきた危険な治安や環境を98年以後のたった10数年間を統治したに過ぎない一人の大統領の責に帰することなど不可能であることはあまりに明白で、チャベスへのこの非難は記事執筆者の歪んだ意識の反映以外の何ものでもないだろう。(94年~99年までベネズエラに住んでいたという人のサイト参照。)

日本経済新聞が「時代の終わりを象徴するチャベス氏の死」という題の記事を掲載しているのでクリックしてみたところ、これは「英フィナンシャル・タイムズ紙」のものだった。私はこの言葉をあまりにも的外れ(つまり「時代遅れ」)のように感じて思わずクリックしたのだが、内容は、上記ウォールストリートジャーナルのものとほとんど瓜二つといっていいものであった。こちらがチャベスの死を「時代の終りを象徴する」出来事としている点は、カストロを「時代遅れの人物」とした「ウォール…」の見方に相通じるし、末尾を飾る「 彼は貧しい人たちのことを思い、テレビ伝道師のような華々しさで彼らへの愛を見せ付けた。感動的ではある。だが、彼の死はこの地域にとってよかったとしかいいようがない。」とチャベスの死を言祝ぐ言葉も「ウォール…」の記事にそっくりである。しかし彼らはこういう記事を書くことによって自分たちが「特に貧しい人々」、「より恵まれない立場にある人々」、「この地域」の人たちに対して侮辱の限りをつくしていることに気づいていないのだろうか。それともすべてを計算し尽くした上でこういう非人間的文句を吐き散らかしているのだろうか。それにしても、2001年の9.11以後の米国の度重なる侵略戦争とそれに伴う破壊と大量殺戮、そして米国先導の市場主義経済の拡大により、この国の冷酷な本性が普通の一般市民にも確実に察知されてしまっていることは、今回のウゴ・チャベス大統領の死去に際しても折りにふれてかいま見られたように思える。


追記
藤永茂氏のブログ「私の闇の奥」に「驚くべき映像の数々を見つけましたのでお知らせします。」との言葉とともに下記のサイトが紹介されている。

libia360

藤永氏は「 とにかくチャベスの柩とともに流れる人間たちの巨大な大河をご覧下さい。」と書かれている。皆様ぜひご覧になってみて下さい。

2013.03.09 Sat l 社会・政治一般 l コメント (4) トラックバック (0) l top
先程NHKテレビで次のニュースが流されているのを見た。

「 北朝鮮軍の最高司令部は5日夜、アメリカ軍と韓国軍の合同軍事演習に反発して、「今月11日以降、朝鮮戦争の休戦協定を白紙とする」と一方的に宣言するとともに、「追加の対抗措置を連続して取る」と警告し、再び核実験などに踏み切る構えを示しました。

 これは、北朝鮮軍の最高司令部の幹部が、5日午後8時から国営テレビを通じて声明を読み上げたものです。
 声明は、アメリカ軍と韓国軍が今月1日から2か月間の日程で行っている定例の大規模な合同軍事演習について、「最も露骨な軍事的挑発だ」などと厳しく非難したうえで、「より強力で実質的な対抗措置を連続して取ることになる」と警告し、先月に続いて、再び核実験などに踏み切る構えを示しました。
 さらに北朝鮮軍は声明で、朝鮮戦争の休戦協定を、米韓の合同演習が本格化する今月11日以降、完全に白紙とし、軍事境界線にあるパンムンジョムの北朝鮮側代表部の活動を全面的に中止するとしています。
 北朝鮮軍は先月も、韓国に駐留するアメリカ軍の司令官に対して、「演習を強行して戦争の導火線に火をつけるなら、その瞬間からあなたたちにとって最もつらい時間が流れることになる」とけん制しています。


先日、毎年行なわれる米韓の強力な共同軍事演習が長年北朝鮮にどれほど深い脅威をあたえてきたかについての李泳禧氏による韓国国内での講演(1998年)の内容を「北朝鮮の核と米国」で一部紹介した。このような実態について日本国内ではほとんど知られていないと思われるが、「ロシアの声」によると、昨年8月米韓は、「北朝鮮に対する侵略・占領・治安維持を想定した」軍事演習を敢行したという。この記事には、 「先例のない挑発」という題が付けられていた。

「「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は、韓国を占領することを想定した軍事演習を行う」もしも平壌がそうした発表を行えば、世界に一大センセーションが巻き起こるだろう。国連安保理の紛糾も避けられまいし、侵略を説得する怒号にも似た依願が寄せられるだろう。さてここで、韓国紙「ドナ・イリボ」を覗いてみよう。ここに、最近行われた韓米共同軍事演習についての記事がある。演習は、韓国軍による北朝鮮の占領を想定したものだったという。しか しこの記事は、ほとんど耳目を引くことなく看過されてしまった。
 朝鮮半島情勢に関するダブルスタンダードは全く露骨だと、ロシア科学アカデミー極東研究所のコンスタンチン・アスモロフ研究員は考えている。
 ― 北朝鮮が人工衛星を打ち上げると、あたかもミサイルが発射されたかのように騒ぎが持ち上がり、紙面に「標的はソウル」「東京に向けたもの」といった大きな活字が並ぶ。しかし韓国が、北朝鮮占領という具体的目的に基づく具体的な軍事演習をしても、世界は何の反応も示さないのだ。
 韓米共同軍事演習が行われたのは8月のことだったが、演習が北朝鮮占領およびそれに続く治安維持を想定したものであったと明らかになったのは最近のことだ。このような課題をもった軍事演習は始めてのものだとコンスタンチン・アスモロフは指摘し、さらに次のように続けている。
 ― これまで演習では、北朝鮮から攻撃が加えられた場合の行動が訓練されていた。韓国はこれら軍事演習を、外国の侵略に対する防衛的意味のものだと正当化することが出来た。翻って今度の演習は、本質においてほとんど挑発である。韓国と米国は、北朝鮮の神経を逆なでしただけではない。本質において演習は、アジア太平洋地域全体の利益を損ねかねない侵略的傾向のデモンストレーションだったのだ。(略) 」

軍事衝突は一度始まってしまえば、もう誰の手にも負えなくなってしまうことがこれまでの歴史的経験から明らかだろう。そんなことには決してならないと思ってはいるが、ただもうこれまでのように北朝鮮に対して一方的に轟々たる非難を浴びせてそれで済む問題ではなくなっているだろうと思う。北朝鮮に対する米(韓日)の行動と姿勢はここまではたして北朝鮮側よりもいくらかでもマシだったといえるのか、ほんの少しでも相手より道義に優り、いくらかでも誠実に行動したと判断されるのかが問われなければならないように思う。問題の考察のために前回につづいて李泳禧氏の講演の後半部分を以下に紹介する。


 朝鮮半島の核危機――北朝鮮よりさらに大きな米国の責任
 北朝鮮の核と米国の核問題については長々と説明する余裕はないのですが、概して北朝鮮の責任が三分の一、韓国の責任三分の一、米国の責任三分一と、これほど責任の分布が複雑です。むしろ事実は米国の責任が圧倒的と言うのが真実に近いのです。われわれは北朝鮮だけの責任と犯罪行為であると言っていますが、実際は違うのです。1989年度末から北朝鮮が核原子炉を建設し始めた時期の北朝鮮の経済力、GNPは、韓国の15分の1、20分の1です。駐韓米軍を除外しても韓国の軍事力がすでに北朝鮮軍事力を圧倒する状態でした。駐韓米軍と核兵器を併せた韓米共同軍事力は、北朝鮮にとっては常に脅威的な存在でした。戦争の能力がこのように偏ることになります。だから北朝鮮としては、そのような論理から始まったのだと見ることができます。
 なぜ米国がそのように北朝鮮に対してだけ執拗に戦争を強要するのか、これを考える必要があります。おもしろい事実は、1991年、1992年現在、核拡散禁止条約に加入しなかっただけでなく、国際原子力機構の原子炉査察を拒否している国が世界に28ヵ国あったということです。核施設を作っている国は10余ヵ国もありました。この28ヵ国に対して、米国が北朝鮮に対して行っているように、戦争で屈服させると脅迫しているのを見たことがありますか? もちろんないでしょう。事実、ありませんでした。ご存知のように、一昨年末にパキスタンとインドがついに最終的な実験をしましたが、特に重要なのはイスラエルと南アフリカ共和国です。イスラエルは1980年代半ばに既に核弾頭約100個、そしてそれを装着してソ連のウラル山脈まで飛ばすことができるミサイル約200基を保有していました。ところでどうしてイスラエルがこのように恐るべき核軍事力を作ったのでしょうか? 皆さんは米国がアラブ国家に、核兵器や化学・生物兵器、大量殺傷武器を持てないよう圧力を加えていることはよくご存知ですね? ところがイスラエルは、既に核兵器保有国家になったということなのです。だからアラブ国家は米国に対して、「米国はわれわれには圧力を加えるのに、なぜイスラエルに対しては言わないのか、米国はイスラエルが核兵器国家であることを充分承知しているではないか?」こう反駁してきました。それで1991年、米国のイラク攻撃戦争後に、アラブ国家が米国に対してこのような問題を強力に提起したのです。「われわれが持っている情報によれば、イスラエルの核弾頭に使われたウラニウム原料は、米国政府が管理している倉庫から出てきたことは確かである。われわれはその証拠を提示することもできる。イスラエルの核武装は米国が支援していると理解する。証拠もある」と、このように言ってきました。ウラニウム、プルトニウムなどの購入、貯蔵、開発などの責任機構は米国政府の子不ルギー省ですが、何日か後にエネルギー省のスポークスマンが公式的に釈明をしました。「アラブ国家が提示している問題のため調査を行ったところ、エネルギー省のウラニウム倉庫からウラニウムがわれわれも知らない間に盗難にあった事実を確認した」ということでした。なんと見え透いた弁解でしょうか? 中東アラブ地域においてイスラエルは、米国の事実上の代理人でありますからね。
 南アフリカ共和国(過去は連邦)は、少数白色人種による多数黒人種隔離政策で悪名高い国家・体制でした。人類史上その残忍性は、ナチのヒトラーのユダヤ人・共産主義者・社会主義者・ジプシー・労働運動家・知識人600万人の大虐殺に次ぐ反人類的政権でした。その南ア共和国で1992年8月に、米国の核技術者とCIA要員が南ア共和国に協力して、南ア共和国が生産した核爆弾6個半を解体しました。
 なぜそんなことをしたのでしょうか? 皆さんご存知の通り、米国は南部アフリカの20余ヵ国家を制圧する南ア共和国を強化するため、南ア共和国の核武装を支援したのです。ところがその2年後には、黒人指導者マンデラが率いる黒人多数勢力政権が執権するようになりました。マンデラは、米国が煙たがる社会主義的思想傾向の指導者でした。米国は、南アフリカの国家に対する覇権確立のために、人類史上ヒトラーに次ぐ極悪な政権と国家と体制の核武装化に協力したのですが、米国の覇権主義に反対する黒人政権にその核兵器を引継がせるわけにはいかなかったのです。イスラエルと南ア共和国に対する米国の核政策は、世界における米国の核政策の偽善性と欺瞞性を立証する代表的な事例です。北朝鮮と米国の核対決の真意を理解するのに、役に立つことでしょう。

 朝鮮半島核危機の本質とその責任の分布
 1990年代初め、核拡散禁止条約にも加入せず、核査察も拒否する国家が28ヵ国もあったのに、なぜ唯一北朝鮮に対してだけ、そのように意地悪くしたのかを考えてみるべきです。ソ連が崩壊した後、米国が唱えた「世界新秩序」というものが、米国だけで全世界を支配する秩序であることは皆さんもご存知のはずです。すなわちそれまでのソ連と米国の「両国支配秩序」を、米国の単独支配秩序にするという決意の表示でした。その見本として、圧倒的軍事力でいくつかの国の軍隊を無理矢理引き込み、あたかも国際的合意であるようにイラクを叩き潰しました。米国の「世界新秩序」とは、「(一)米国は、今後旧ソ連の領土に、過去のソ連のように米国に対して競争者的な力を持つ国家や軍事力が生まれることを絶対に容認しない、(二)地球上どこにおいても、米国の指示に従わない国家や政権は容認しない、(三)そのような群小国家は早急に低廉な費用で打倒してしまう、(四)その目的のために可能ならば国連を利用するが、国連が軍事行動に反対するときには米国単独で処理する、(五)そのために米国は、全世界国家の軍事力を合わせたものより強大な軍事力を常時維持する」というものでした。ロシアは既に米国の核の敵ではありません。二等国家程度にもなりません。実際にソ連の核ミサイルは、今、米国が金を与えて解体しています。ただ、今解体しているものを全部解体しても、二国合わせて一万個は残るでしょうが。ロシアは、米国が現在さかんに行っている最中のユーゴスラビア連邦コソボに対する戦争が気に喰わないので、ロシア艦隊を送るだとか何だとか言っていますが、ロシアにそのようなことができる力はありません。経済や金融や軍事力全て、米国に依存していますから。そうなると、それ以外の二等国家、三等国家は米国の要求や米国の利益に挑戦することは想像すらできません。世界は米国単一支配の下に置かれる、これが米国の構想したいわゆる「世界新秩序」の内容であり、目標です。
 米国は力の行使に国連の力を借りたり国連の権威を利用しようとするものの、国連が協力してくれなければ国連を度外視し、単独行動し、国連であれ何であれ米国独断で世界秩序、すなわち米国の覇権を確立し進むというものです。これが1991年のソ連崩壊後に、米国のブッシュ大統領政権が世界に公表した「世界新秩序」という国家目標と理念の中身です。それでイラクを攻撃した1991年から常にそのようにしてきました。米国の国防長官と連合参謀部長が、それぞれその年の米国軍隊の軍事力の用途、そして米国軍隊が今年何を目標として動くかという計画書を、議会の上院軍事委員会に提出します。1992年の計画書を見ると、米国が今後「攻撃する」国として5力国を列挙しているのですが、イラン、イラク、リビア、キューバ、そして北朝鮮の5力国です。ところが1993年度にはイランが抜けます。それで4力国が、イラクは現在も続けている状態なので別個にすれば、3ヵ国(政権)だけが残ることになります。リビアのカダフィ大統領、キューバのカストロ、北朝鮮の全日成主席、ところが1994年になり、リビアも抜け、キューバも抜けて北朝鮮一つだけが残ります。そして何と言っているかというと、今年(1998年)、米国の軍事力は北朝鮮を一気にぶっつぶしてしまうというのです。それで先ほど申し上げたように、1994年夏には3年前イラクを攻撃したような規模と最先端の軍事力が北朝鮮を包囲して、ただ攻撃日と時間だけを検討していました。
 ところが米国大統領や軍部強硬派にとってツイていなかったのは、カーターという前大統領が平壌に行ったことです。カーターが行って金日成主席と協議をしたのですが、金日成は核協定に同意すると言い、南北首脳会談もする用意がある、国際原子力機構の査察も受けると言ったのです。核原子炉を除去はするが、ならば米国がなすべき義務事項があると言って次のように提議しました。 」

つづく
2013.03.06 Wed l 社会・政治一般 l コメント (0) トラックバック (0) l top
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