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最近はそうでもないが、2003、4年頃は一日に何度かパソコンのニュース覧(「Yahoo! JAPAN」など)を見ることが多かった。ワープロに変えてパソコンを導入(最初はイヤイヤだった。でも仕事の都合上仕方なく)して2,3年、苦労の甲斐あって(?)少しは使い方を覚えた時期で、この機器がひどくもの珍しく感じられた頃だった。しかしニュース画面をみると、「検察は……容疑者に死刑を求刑」「…死刑が言い渡された」「これで死刑確定」というように、「死刑」という言葉がやたらと目についた。求刑に始まって判決となると一審から最高裁まであるのだから、時にはほとんど毎日死刑宣告報道に接しているような気がしたものだ。

大勢の被告人が出たオウム裁判が進行している時期であり、その影響があったとは思う。しかし具体例を見ると、決してオウムのせいとばかりは言えなかったので、こうまで頻々とに死刑判決が出なければならないほどに治安が悪化し、陰惨な犯罪が発生しているのかと思って記録を見てみると、まったくそんなことはなかった。日本における殺人事件の件数は20数年前から今に至るまで殆ど変動はない。否、むしろ減少傾向にある。たとえば、こちらのサイトによると2007年度の記録は、

「2/1に警察庁が去年の犯罪統計を発表したんですが、殺人の認知件数は1,199件で平成3年の1,215件を下回って戦後最低を記録しました。」

ということである。神奈川県横須賀市が発表している「犯罪発生件数の分布」における2009年度までの「▼ 図3 凶悪犯罪件数と殺人及び強盗件数(全国) 」(この図表はサイトの一番下に掲載されている)を見ても、認知された殺人件数は増加どころか年々減少傾向であることがわかる。

となると、理由を単純に考えれば、これまでは死刑にされず、無期や有期刑になっていた事件に死刑判決がくだされているということになるだろう。死刑について、「死刑執行・判決推移」というサイトを見せていただくと、70年以降、国際的な死刑制度廃止および減少の流れによる影響もあったのだろうか、日本の死刑確定数は毎年単数、それも5名以下という年が多い。ぐんと増えたのは2004年からで、これ以降まるで「死刑ラッシュ」とでもいうしかない死刑確定者の急増である。その結果、ここ数年は死刑確定が常時100名を超えているので、法務省は確定者が100名を超えないように按配して死刑執行を実施しているのではないかと新聞などメディアが書いているのも当然のころであろう。しかし、80年代の確定死刑囚は全国で20数名だった。これはほぼ一貫していた。

ところで、無期刑がどんな状態なのかを見てみると、こちらも異常なばかりの上昇ぶりである。こちらのサイトで上から二番目の表「年末在所無期刑受刑者の推移」を見れば分かるように、1998年の968名(これ以前はもっと少なく、今回はどうしてもその資料を探し出すことができなかったが、数年前に私は無期刑の収容者数400~600名程度という数字を見た記憶がある。おそらく70~80年代の記録だったかと思う)から2008年は1,711名に増えている。十年間で被収容者はほぼ倍になっているのだ。これは仮出所がほとんど皆無である(2008年の仮釈放者は1,711名のうち、3名。よく、無期になると7年で出てくるとか、10年で出てくるとかという話をする人がいるが完全なデマであり、今、無期刑の実情は終身刑の扱いとほとんど同じである。)ことと同時に、以前は有期刑が下されていた犯罪に無期判決が下されるようになっているためであることが、このサイトの冒頭の表グラフ「新規無期懲役刑確定者の推移」によって読み取れると思う。それまで年間40数件だった無期刑が21世紀に入る頃から、二倍、三倍に増えている。

私は内心ではもともと死刑に反対ではあったが、特に死刑廃止運動に関わったこともなく、個人的に死刑関連の本を読んだり、新聞やニュースで死刑に関する報道を見たり聞いたりする程度だったので、それまでは日常的にそうそう死刑について気にかけているわけではなかった。が、国際的潮流からいっても、日本もそろそろ死刑廃止に向かうのではないかと予測される時期であるにもかかわらず、この傾向は完全な逆行状態である。

2004年頃から厳罰傾向が顕著になっていったといっても、前兆というか、あらかじめの準備・計画は当然行なわれていたはずで、1995年のオウム事件も一つの契機・要因になったことには違いないだろう。地下鉄サリン事件以後、オウムやオウム信者に対してならば、どんな違法な取締リも許されるという暗黙の了解(土壌)が社会的にできてしまっていたから。ただそれよりも、この死刑判決の急増は1999年頃からとみに動きが活発になってきた日本政府の軍国化への傾き、有事法制の成立、イラク特措法、テロ対策措置法成立の動きと歩調を合わせていたのではないだろうか。特に2002年に閣議決定され、2003年に成立をみた有事法制関連3法(武力攻撃事態法、自衛隊法改正、安保会議設置法改正)と密接な関係があるように、どちらかというと政治感覚が鈍いと自認している私にもなにか切迫感をもってそのように感じられたのである。また2002年9月に朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)による日本人拉致事件が明るみに出たこと、この事件をめぐるその後の日本国内の動向も影響をおよぼしたかも知れない。その他には腑に落ちるような理由が思い浮かばなかったし、平和を謳った憲法の精神を蹴飛ばして敵を想定し、武装に力を入れていけばいくほど、懲罰精神が高揚していくのは当然のことのように感じる。弱い立場にある者や、粗雑に扱っても誰にも文句は言われない者に対して取り扱いが過酷になるのも必然の成り行きではないだろうか。しかし、裁判所の恣意的な判断によりこの間まで有期刑だった者を無期にし、無期だった者を死刑にするのは不公正なこと、自分勝手なことであり、許されることではないと私は思う。そのような驕り昂ぶりは必然的に誤審を生みやすくするだろうとも思う。

あるいはこの急激な死刑急増をはじめとした厳罰化の潮流には、私たち一般市民には分からないもっと別の確固とした意図が何か隠されているということもありえるのだろうか。

気になるのは、前回も触れたコメント覧における無空氏の発言である。私は80年代に入った頃からそれまでに比べて日本の刑事裁判から緻密さ、丁寧さが失われていると感じることが多いと書いたのだが、すると、無空氏は、この意見を肯定し、次のような返事を書いてくださった。

「……裁判所が捜査・検察側言い分を99.9%鵜呑みにし、弁護人側の言い分を0.1%氏か聞こうとしない結果です。/即ち、捜査側はいい加減な捜査と証拠の提示をしても裁判所が救ってくれるので、いい加減な仕事しかしません。どんどん変な判例がふえて、どんどん捜査能力は落ちていきます。村木局長無罪判決はその0.1%に与することのできる勇気ある裁判官の事例であり、奇跡ですね。 /今回の大阪地検特捜部の証拠偽造などは、「何をしても裁判所は救ってくれるに決まっている」という甘ったれた思い上がりの仕業です。裁判所の捜査側に甘い姿勢が、捜査機関のモラルの低下を引き起こし、それが非常に明確に出てしまったということだと思います。しかし、検察庁は「自分達が全面的に悪い、反省して出直す」という姿勢を打ち出して、ことが裁判所に及ぶことを阻止すると思います。

他方弁護士は、どんなに努力しても0.1%しか報われませんので、ほとんど無駄だと「無意識的」に思い込み、尻込みしている状態です。 /裁判員制度はこのような裁判所のあり方を変えてくれる可能性がありますが、無罪判決が多くなると法務省や裁判所はこれを潰してしまうでしょうね。その時の口実は「国民に負担を掛けすぎる」です。国民の多くはやりたくないと思っていますので、あまり反対なく終止符を打つことが出来るでしょう。 」


上記の文章のうち、裁判員制度については、私は今のところ被告側に不利な状況が出るのではないかと懸念のほうを多く感じているのだが、それ他についてはまったく同感である。特に、「捜査側はいい加減な捜査と証拠の提示をしても裁判所が救ってくれるので、いい加減な仕事しかしません。どんどん変な判例がふえて、どんどん捜査能力は落ちていきます。村木局長無罪判決はその0.1%に与することのできる勇気ある裁判官の事例であり、奇跡ですね。」という発言については、内心薄々疑っていたことをズバリと言い切ってもらったような気がしたものである。知っている範囲で言うと、風間博子さんに死刑を宣告した判決文は、私にはどうしても不合理きわまりない検察の言い分をすべて鵜呑みにして無理に無理を重ねて書いたものとしか思えない。もし被告側と検察側、両者の全言い分、全主張を知った上で、判決の正当性について合理的な説明ができる人がいるならばぜひ教えを乞いたいと思うくらいである。

これは1990年のことだが、藤田省三は「現代日本の精神」という文章のなかで文部省をきびしく批判しているが、そのなかで、司法についても戦後一度解体するべきであった、と次のように述べている。 

「戦後内務省はつぶされたけれども、本来文部省もつぶすべきだったのです。思想統制を暴力的にやったのは内務省警保局特高警察だけれども、思想的に日常的にやっていたのは文部省教学局と司法省の思想課です。司法省もほんとうは一度解体しなければいけなかったのですが、文部省は全廃すべきだった。いまでも全廃すべきです。」(強調のための下線は引用者)

藤田省三のこの発言がなされた1990年と言えば今から15年前のことである。文部省についての発言もそのとおりだとつくづく思うが、法務省も戦後そのままの形式で存続してはならなかった、シンからの責任をとる意味で解体すべきであったことが、発言の時点より今はいっそう「そのとおり」としみじみうなずける思いがする。池田克などという人は戦前治安維持法の立案者の一人であり、思想犯取締りの検事だったそうだが、戦後公職追放されたもののすぐに復活を許されて最高裁判事となり、松川裁判にも参加して被告人たちを有罪とするほうに加担している。幸いにもこの時事件は危うくも高裁に差戻しになったから事なきを得たものの、これを見ても、司法は戦前から本質的・根源的には変わらなかったのだろう。だから刑事裁判においても、事実の認定が厳密な証拠によるのではなく、時代の風潮や官僚間の人間的しがらみに応じて右に左に揺らぐことになるのではないだろうか。厚労省の村木局長の事件で顕在化した大阪地検特捜部の検事による事実の改竄が氷山の一角でなければ幸いだと思う。
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2010.10.02 Sat l 死刑 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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