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広津和郎編・著の「松川事件のうちそと」という小型本(新書サイズ)は、1959年8月10日の最高裁判決を前にした同年3月に光書房から出版されている。

控訴審の有罪判決直後から『中央公論』誌に4年半連載された「松川裁判」について、広津和郎は、自分はこの裁判を巷でよく言われている政治事件として見るのではなく、普通の刑事事件と見て真相がどうであるかを検討する、と何度か述べている。実際、「松川裁判」では具体的な諸事実と判決文とを一つひとつ丁寧に照合し、詳細な検討を重ねていき、そうすることによって判決文がいかに不合理な判断をしているか、裁判官がいかに意識的な証拠の歪曲と捏造をつらねていって被告人たちに故意に罪を負わせているかということが浮き彫りになっているように思う。

「松川事件のうちそと」において、広津和郎は、「一つの捏造は次の捏造を作り出す」と述べている。一つ証拠の捏造をすると、それにツジツマを合わせるために、さらに新たな捏造を作り出さないわけにはいかなくなるというのである。そのことは、私たちが松川事件だけではなく、他の冤罪事件を見ていく場合、まったくそのとおりであるとふかく実感することである。不合理を押し通せば必ず別の不合理を呼ぶのだ。そうなると物事の当たり前の論理はそっちのけになり、自然に反した奇妙奇天烈な結論が導き出されることになる。論理性、合理性は本当に大事。とりわけ裁判には必要不可欠であり、これなくして裁判の公正は保たれないとつくづく感じる。

その点で、最近落胆したのは、かねてから信頼感をもっていた保坂展人氏のブログ「どこどこ日記」9月9日付の「鈴木宗男氏「失職・収監」で国策捜査の検証を」という記事であった。保坂氏は次のように書いている。

「2002年当時、私は鈴木氏を「疑惑の人」と見て追及してきた立場だったが、その後の『国家の罠』(佐藤優著)に出てくる「国策捜査」をめぐる構図を見て、私たちの追及も、メディアスクラムと呼応した「予断と偏見」を前提にしていたことを強く感じるようになった。」

保坂氏は、「『国家の罠』(佐藤優著)に出てくる「国策捜査」をめぐる構図を見て、私たちの追及も、メディアスクラムと呼応した「予断と偏見」を前提にしていた」と、佐藤氏の言い分を全面的に信用し、佐藤氏も鈴木氏も「国策捜査」の犠牲者のように描いているが、その根拠は一つも示されていない。このような重大なことを述べる時に根拠を提示しないことには疑問を感じる。まして保坂氏はこの間まで国会議員だったのだから。

『国家の罠』が出版されてからもう5年は経ったと思うが、その間、佐藤氏は自分と鈴木宗男氏が「国策捜査」の罠にかかったと言って、「国策捜査」「国策捜査」と繰り返しているが、自分たちが潔白であるか否かを第三者(読者・市民)が公平に判断できるような情報の提示を一切していないように思う。私は、ウェブ上で随分検索してみたが、法廷で誰がどのような具体的証言をしたのかなど、裁判の実際的な経過を知ることはできなかった。あれだけ本を書いていながら、佐藤氏にこの点に関する本はないようである。これは裁判をめぐる話題では珍しいことで、私たちがあの事件はおかしい、とか、冤罪ではないか、と感じるようになるのは、主体の側から、その事件の最も肝心な点、不審な点について、客観的な判断材料をあれこれ提示されるからなのだ。保坂氏が鈴木氏を「国策捜査の被害者」だというのなら、当然その根拠を示すことが必要とされている。こちらのブログでは、鈴木氏に対する最高裁の決定について、

「…話を鈴木宗男氏の刑事事件に対する最高裁決定に戻しますと、私はこの決定は極めて妥当であり、決定理由も丁寧に示され、的確なものであると考えています」

という前書きの下、執筆者の見解が明確に述べられている。私などは鈴木氏の裁判の経過の詳細を知らないのだから、判決文について正確な判断はできないが(ただし、佐藤氏ともどもイスラエルとの関係など不審に感じる点はある)、保坂氏が鈴木氏を国策捜査の被害者と考えているのなら、タイトルのように「鈴木宗男氏「失職・収監」で国策捜査の検証を」などと人ごとのようにも感じられる主張をするのではなく、まず最高裁判決を妥当としている上記のブログの主張に反論するなりして、鈴木宗男氏が「国策捜査」の被害者である根拠を示してほしい。これでは本末転倒ではないかと思うし、このような没論理(少し言い過ぎかも知れないが)の現状は、根拠を示してせつせつと冤罪を訴えている他の人たちのためにも、また今後の司法のためにも、かなり深刻に不安な要因、傾向ではないかと思う。


話が脱線してしまったが、広津和郎はこのように20人の被告人が列車を顛覆させたのではないということの立証に全精力を注ぎこんでいて、では真犯人は誰なのか、というような話題にはほとんど言及していない。以前引用した講演で、その点に少し立ち入って占領軍の「シャグノン」という人物の名前を出しているが、この「松川事件のうちそと」でもやはり「シャグノン」という軍人の名が出ている。「シャグノン」の名は、松川事件の前に起きた国鉄の下山総裁事件で必ず引用される有名な名前だが、この名は実は松川事件が発生する直前に福島で起きた「福管事件」でも出てくるのだ。朝鮮戦争が始まる前年のその当時、国鉄を牛耳って95,000人もの国鉄労働者の馘首を目論んでいたシャグノンの名は、鉄道関係では東京のみならず、福島にまで轟いていたというのである。当時の世相や事件の背景を知る上では参考になるかも知れないので、広津和郎の発言を一部引用しておくが、その前に、同時期に発生した他の不思議な事件、下山事件、三鷹事件の時系列も簡単に記しておく。

7月5日  国鉄の下山総裁が行方不明になる。翌6日、0時25分ころ、遺体が国鉄常磐線北千住・綾瀬間で発見される。
7月15日 国鉄中央線三鷹駅で無人電車が暴走、死者6名、負傷者20名。
8月17日 国鉄東北本線松川・金谷間でレールが外され列車が転覆。機関士など3人が死亡。


  巻頭に (広津和郎)

「われわれはあの松川被告諸君が真犯人ではないと言うと、「それでは真犯人は誰なのだ?」という質問をよく受ける。
われわれとしては、松川被告の諸君が真犯人でないという事を証明できれば、それで充分なのだと考える。併し「それなは真犯人は誰なのだ?」という質問をする人達の気持も分からないことはない。
あの被告諸君が列車顛覆の真犯人でないということの証拠を示すよりも、若し出来るならば「真犯人を探し出して見せる方が松川被告諸告が真犯人でないと言うことを一層手っ取り早く質問者に理解させるには違いないと思う。
併し残念ながら、「それでは誰が真犯人だ」と確言する程のキメ手を、われわれはまだ持合わしていないのである。私達は此処で松川第一審、第二審の裁判官のような、キメ手のないものを、推察によって認定すると言う態度は、極力排撃しなければならない。
 併し参考にすべき資料が全然ないわけでもない。
 あの事件はアメリカの占領軍の指示によって、吉田内閣が人員整理のためにあの年(引用者注:1949(昭和24)年)6月に定員法を制定して間もなく起ったものである。その定員法によって、国鉄が大量クビキリをしたことは、本文の「歪曲と捏造による第二審判決」の中でも少し触れているが、その大量クビキリについて三つの事件が起った。下山事件、三鷹事件、松川事件がそれである。国鉄が第一回のクビキリを発表する二日前の夜中に当時国鉄を牛耳っていたアメリカのシャグノン中佐が、下山総裁の家に自動車を乗りつけて、テーブルの上にピストルを置いてクビキリ断行を迫ったという事実のあったことも、「歪曲と捏造による第二審判決」の中に述べて置いた。
 そのシャグノン中佐の名は、東京ばかりでなく福島にも現れているのである。
 松川事件の前に、福島には福管事件というのがあった。それはクビキリ反対に立上った国鉄労組福島支部の幹部連中(この中には松川被告も数人いる)が、管理部長と団体交渉をしていた。その途中、管理部長が団体交渉を一方的に打切って労組幹部達に面会を拒絶したので、それを憤った組合の人達が管理部に押しかけて行った。管理部ではそれを警察に通知したので、警官隊がやって来て組合員に解散を命じた。その解散を命ずる時、「シャグノンの命令だ」と警管隊は言ったのである。
 これがいわゆる「福管事件」と称せられるものである。
 シャグノン中佐が、国鉄総裁をピストルで威嚇してクビキリを迫ったばかりでなく、福島でまでシャグノン中佐の名が如何に大きな響を持っていたかが、これで分るであろう。
 それから間もなく松川事件が起り、福管事件の中心的幹部が、松川の被告として逮捕されたのである。
 無論シャグノン中佐と松川事件とを関連させて考えるべき証拠はない。併し松川事件が起った当時の時代的背景を考える上では、これは一資料たるを失わない。」(広津和郎「松川事件のうちそと」)

上記のように語った後、広津和郎は、「消えた人」という題の熊谷達雄氏という人が書いた文章を紹介し、これを収載している。政治的大事件、大陰謀事件では、その周辺の脇役のような位置の人が不審な死を遂げるというような不可解なことが起こりがちだが、この本も松川事件におけるそのような不審な出来事を描いたものである。8月17日早朝、東北の一鉄道で列車が顛覆したことは事実であり、20人の被告人たちがそれを実行していなければ、他の何者かが実行したことになるので、松川関係者は当然のことながら広津和郎も含めてこのようなことにも関心を向けたようである。「消えた人」というのは、実は松川在住の斎藤金作という人物のことで、事件を詳しく紹介している「松川事件」というサイトに【トピックス 斎藤金作怪死事件】としてその詳細が載っている。

(上記で付した太線はすべて引用者によるもの)

10月15日 タイトルに追加を入れました。
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2010.10.07 Thu l 裁判 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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