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工藤美代子著「関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実」。出版社をみると、やはり産経新聞出版。2008年から1年以上『SAPIO』に連載されていたそうで(『SAPIO』は立ち読みもしたことがないので、連載自体を知らなかった)、それを加筆・訂正してまとめた本だとのこと。ざざっと一読したところ、朝鮮人虐殺は一切なかった、とまでは主張していないようだ(もっとも、そんな見え透いた虚偽を書けば、著者も出版社も編集者もいよいよ恥を晒すだけであろう)。震災を機に朝鮮人が徒党を組んで日本人を襲撃してきたり、放火したり、井戸に毒を入れたりしたので、住民たちはやむを得ず、自分たちを守るために自警団をつくって立ち上がっただけであった、というのが一巻をつらぬくモチーフのようである。しかし、本の中身はあまり類を見ないほど無責任でお粗末きわまりないものに思える。著者はこう言っている。(下線による強調は引用者による)

「「朝鮮人が襲撃する」という説はまず横浜から始まったとされる。それは九月一日の夜が一番早い情報で、翌二日の昼過ぎから夜にかけて一挙に広まったという。
 発端は「朝鮮人がこの震災に乗じて、殺人、強姦の上、井戸に毒を入れるらしい」という情報が流れてきたことによる。東京市内にそうした「流言」とされる情報が入ってきたのはおおむね二日の夕刻以降だった。果たしてそれは今日まで伝えられているように「流言輩語」だったのか。/無数の目撃談は幻を見たに過ぎないとでもいうのだろうか。 横浜における目撃者の談話からその一端をみておきたい。」

そう言って著者が持ち出してくる目撃情報とは下記のようなものである。

「一日の大地震に続く大火災に辛ふじて身を以て免れた私は何等かの方法でこの悲惨極まる状況を知らしめたいと焦慮したが大崩壊に続く猛火には如何ともすることが出来ず、二日まで絶食のままで諸所を彷徨した(略)交通機関の全滅は元より徒歩さへも危険極まりない。況んや不逞の鮮人約二千は腕を組んで市中を横行し、掠奪を擅にするは元より、婦女子二三十人宛を拉し来たり随所に強姦するが如き非人道の所行を白昼に行ふてゐる。これに対する官憲の警備は東京市と異り、軍隊の出動もないので行届かざること甚だしく、遂には監獄囚人全部を開放し看守の指揮によりてこれが掃蕩に当らしめたので大戦闘となり、鮮人百余人を斃したが警備隊にも十余人の負傷を生じた模様である。以上の如き有り様なので食糧飲料水の欠乏は極に達し、然も救援の何ものもないので生き残った市民の全部は天を仰いで死を待つばかりである」(大日本石鹼株式会社専務・細田勝一郎談「河北新報」大正12年9月5日)
                                          
この細田という人物は、9月1日の震災から2日間絶食のまま諸所を彷徨していたというが、二千人の朝鮮人が腕を組んで街中を横行し、暴れ回っているのをどこで見たのだろうか。世にも珍しい話、まったくの初耳である。そんな話は数多い関東大震災体験記・目撃記にもただの一つも出てこないようである。朝鮮人が地震の予知能力をもっているはずもなく、日本人だろうと、朝鮮人だろうと、個人個人は突然の大地震に驚愕し、恐怖し、自分や家族や親族などの身の安全および家屋が倒壊したり火災で燃え尽きたりしないか、誰もが大きな不安を抱えて事態に対処することで精一杯だっただろう。火は燃えつづけているのだ。軍隊も警察も総力をあげて警護や警戒に当たっている。その最中になぜ二千人もの朝鮮人がいったいどこからやって来て、どのように肩を組んで横浜市内をねり歩くことができたのだろうか? 発言主だという細田氏が河北新報の記者に上の談話どおりの話をしたのかどうかも分からないし、また事実そのように話したのだとしても細田氏がどういう人物なのか知りようがないので、記事掲載までの経過は不明だが、前述したごとく朝鮮人に地震の予知能力が備わっているとか、すでに地震兵器でも開発していてそれを使って地震を起こしたとかいうのならいざ知らず、「鮮人約二千は腕を組んで市中を横行し、掠奪を擅にするは元より、婦女子二三十人宛を拉し来たり随所に強姦するが如き非人道の所行を白昼に行ふてゐる」などは常識上、経験則上、とうてい信じられる話ではないだろう。略奪、強姦などの被害者数十名の人々はその後どうしたのだろう。どのような事後処置、保障を受けたのだろう。何よりも、地震当日かその翌日にこのように白昼堂々横浜市中を横行し、掠奪や強姦をほしいままにしているというこの二千名の朝鮮人とは、井戸に毒を入れたり爆弾を投下して回ったという朝鮮人と同一集団なのだろうか? それとも毒投入・爆弾・放火犯はまた全然別の集団だったのだろうか? 大量の毒薬や爆弾は地震発生までどこに貯蔵されていたのだろう。それらは地震の被害を一切受けなかったのだろうか。いずれにせよ奇怪千万な話の連続としか思えない。この他にも著者は目撃談として2つの例を挙げているが、それらも最初のものと同じく信憑性をつよく疑わせるものである。一つは横浜港でパリー丸に救助された判事の遭難記録というものである。

「(二日朝)岡検事、内田検事は東京から通勤して居たので東京も不安だとの話を聞いてから自宅を心配し初めた。私も早く東京との連絡を執らうと欲つて居たので若し出来ることなら両検事と一緒に上京し司法省及東京控訴院に報告しやうと思ひ、事務長に向ひランチの便あらば税関附近に上陸し裁判所の焼跡を見て司法省に報告したい、と話したが事務長は『陸上は危険ですから御上陸なさることは出来ない』といふ。なぜ危険かと問へば『鮮人の暴動です。昨夜来鮮人が暴動を起し市内各所に出没して強盗、強姦、殺人等をやっておる。(略)(「横浜地方裁判所震災略記録」パリー丸船内、部長判事長岡熊雄)

この「鮮人の暴動」とは、前記の二千人の朝鮮人の行動を指しているのだろうか。それともまた別口のことなのだろうか。パリー丸の事務長は、朝鮮人の暴動を自分の目で見たのかどうかもはっきりしていない。「やっておる」と言い、「見た」とは述べていない。「昨夜来鮮人が暴動を起し市内各所に出没して強盗、強姦、殺人等をやつておる。」と言うだけでは、どんな風采・出で立ちの朝鮮人にどのような人物がどこでどんな被害を受けたのか、現実的・具体的な実態は皆目不明である。「河北新報」の細田という人物の目撃談といい、パリー丸の事務長の話といい、どうも当時渦巻いていたはずの「流言・蜚語」をそのまま述べているだけのように感じられて仕方がないのだが、著者が述べる朝鮮人暴動のもう一例は、品川での事件である。

品川は三日に横浜方面から三百人位の朝鮮人が押寄せ掠奪したり爆弾を投じたりするので近所の住民は獲物を以て戦ひました。鮮人は鉄砲や日本刀で掛るので危険でした。其中に第三連隊がやつてきて鮮人は大分殺されましたが日本人が鮮人に間違はれて殺された者が沢山ありました」(「北海タイムス」大正十二年九月六日)

三日は、戒厳令の下、横浜と東京の間には、びっしりと憲兵や警官隊がそれこそ蟻の這い出る隙間もないほどの重警戒をしていたはずである。通行人が少しでも怪しいと見られれば執拗な訊問を受けたことは多くの経験者が語っている。空を飛んできたのでなければ、なぜ三百人もの朝鮮人が横浜から東京まで爆弾や鉄砲や日本刀をもって押し寄せ、それらを投下できたのだろうか。いったい、持参した爆弾やら鉄砲やらをどこで、どんなふうに、誰に向かって投げたり撃ったりしたのだろうか?

このように世にも不可解な3件の例を裏付けもないままに挙げた上で、著者は「こうした証言はあげれば際限がないほど多くを数える。」という。私には、根拠不明のこのような証言こそ「流言・蜚語」と呼んでしかるべきことのように思えるので、こういう証言をいくら聞かせて貰っても仕方がないと思うのだが、著者は、次のように言う。

「だが、これ(引用者注:上記3例における新聞記事などの目撃談)に反し逆に日本人によって多数の「無実の朝鮮人」が虐殺されたのだと主張する説が長い間歴史観の主流を占めてきた。/ 本書の主題はその真実に迫ることにあるが、その前提としてまず時間の推移に従って事件の背景を検証しなければならない。「虐殺」説の解剖は後の章で行うことにして、ここはしばらく地震発生当時の、それぞれの体験記録を繰りながら話を進めたい。」

その体験記録の冒頭に掲載されているのが、小説家の芥川龍之介が震災直後に書いた「大震雑記」という文章なのだが、工藤氏はその中から次の文を引いている。

「  5 
 僕は善良なる市民である。しかし僕の所見によれば、菊池寛はこの資格に乏しい。
 戒厳令の布かれた後、僕は巻煙草を銜へたまま、菊池と雑談を交換してゐた。尤も雑談とは云うものの、地震以外の話の出た訳ではない。その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「嘘だよ、君」と一喝した。僕は勿論さう云はれて見れば、「ぢや嘘だらう」と云ふ外はなかつた。しかし次手にもう一度、何でも○○○○(不逞鮮人)はポルシェヴィッキの手先ださうだと云つた。菊池は今度は眉も挙げると、「嘘さ、君、そんなことは」と叱りつけた。僕は又「へええ、それも嘘か」と忽ち自説(?)を撤回した。
 再びぼくの所見によれば、善良なる市民と云ふものはポルシェヴィッキと○○○○(不逞鮮人)との陰謀の存在を信ずるものである。もし万一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬものである。けれども野蛮なる菊池寛は信じもしなければ信じる真似もしない。これは完全に善良なる市民の資格を放棄したと見るべきである。善良なる市民たると同時に勇敢なる自警団の一員たる僕は菊池の為に惜まざるを得ない。
 尤も善良なる市民になることは、――兎に角苦心を要するものである。」(ドキュメント関東大震災(草風館1983年))

皆さんはこの文章をどのように読まれるだろうか。おそらく大多数の人は、菊池寛は常識外れの荒唐無稽な噂話などには惑わされないだけの知性をもつ人物であることを知り、またそれを堂々と(友人芥川相手だからこそかも知れないが)口にする菊池寛に見識を感じるのではないだろうか。芥川はここで菊池寛をそのような人物として描いていると思う。しかるに、著者の工藤氏は、「芥川の憤怒」と小見出しを付けて次のように述べている。

「芥川龍之介は大火の原因を一部朝鮮人の犯行と見ていたようである。」「芥川龍之介は菊池寛に対する激憤の行方として、自死を選んだように思えてならない。死因は時代への絶望だとされるのが一般的な解釈だが、それは決して軽いものではないことがうかがえる。(略)」

まぁ、物凄い伝記作家もいればいるものである。呆れてものも言えないとはこんな場合にこそ使われるべき言葉ではないだろうか。著者によると、芥川は菊池寛の発言を聞いて憤怒し、そればかりか、この時の菊池寛の反応が芥川を絶望させ、それが後の芥川の自殺に結びついたかのようにさえ述べている。芥川の小説を二、三でも読んだことがあれば、あるいは読んでいなくても、この文章の内容、全体の雰囲気、気配から、菊池寛がこのときに見せた態度・振る舞いに芥川が全幅の信頼感を持っていること、またこうして菊地寛の言動を叙述することによってパラデキシカルに自分の思い、考えを語り、表現していることは明白ではないかと思う。

労作「朝鮮人大虐殺に関する知識人の反応1・2」(緑蔭書房1996年)を編集・出版された琴秉洞(クム ビヨンドン)氏は、芥川龍之介の上の文章について下記のような解説をされている。

「史料144~147の四篇は芥川龍之介の文である。芥川は当時(今もだが)並ぶものなき人気作家で、大震に関しては幾つかのエッセーがある。その中で流言や朝鮮人問題にも触れたものを抜いたのだが、これらの小文の中でも彼はいささか韜晦めいた独特の文体に潜ませているが、云わば彼の人間的本質といったようなものが、ゆくりなくもほの見えるようである。ことに144中の菊池寛との対話のうちにそれがよく出ていると思う。一般的には菊池寛と云えば、日本支配層、軍部のアジア侵略戦争にきわめて積極的だった印象が強いのだが、この芥川の文に出てくる菊池は、朝鮮人の放火も、ポルシェヴイキと「不逞鮮人」との連携も一言の下に、断乎として「ウソだ」という、透徹した眼識の持主である。「ぼくの所見によれば、善良なる市民と云うものはボルシェヴイキと○○○○との陰謀の存在を信ずるものである。もし万一信じられぬ場合は少なくとも信じているらしい顔つきを装わねばならぬものである。(中略)尤も善良なる市民になることは、兎に角苦心を要するものである」とある所は、権力が幅を利かす社会に対する皮肉でもあり、彼の人生に対する云わば冷笑的態度をよく現していることでもあろうか。」

芥川に関する琴秉洞氏の判読を前にして、工藤氏はご自分の見方の浅薄さ、不見識を恥ずかしく感じないだろうかと思うが、あるいは芥川の文章の意図、意味をちゃんと読み取った上で、あえて上記のような書き方をしたのかも知れないとも思う。というのも、工藤氏は、「参考文献」のなかに、「姜徳相、琴秉洞編「現代史資料6-関東大震災と朝鮮人」」を挙げているのに、その後に出版された大部の「朝鮮人大虐殺に関する知識人の反応1・2」は入れていないのだ。この本には、震災当時の小説家、詩人、学者、法曹関係者、宗教者、ジャーナリスト、政治家、運動家、教育者、学生といった、およそ考えうるかぎりの知識人の文章(雑誌などへの寄稿文、日記、知人への手紙など)、談話が網羅されて出ている。それも執筆者・談話者自身の直接体験、目撃談話がほとんどなのだ。当然そこには執筆者・発言者が接触する市井の人々や官憲側の人間など、多様な人々のおびただしい行動や発言が収載されている。それほど貴重なこの2冊の記録を、なぜ、この重大な問題を取り扱うというのに、「参考文献」としなかったのか。この点についても私は少々疑いをもつ。 
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2010.10.26 Tue l 関東大震災と朝鮮人虐殺 l コメント (32) トラックバック (0) l top

コメント

たんなる感情論
でたらめと言っているが、あなたの主張も単なる感情論ですね。何の証拠もありません。実際に取材してからブログ書いたらどうでしょう。はずかしいブログ。
大岡昇平の関東大震災
《われわれはこの後、二週間ぐらい自警団を続けたが、何も起らなかった。母たちは三日の晩からは、家で寝た。
横浜からの朝鮮人来襲がまったくの事実無根のうわさであったことは、今日ではよく知られている。》
(大岡昇平集11巻『少年』第九章震災 岩波書店)

14歳の大岡が当時住んでいた渋谷で遭った関東大震災の様子は、彼の自伝的作品『少年』のなかでも語られていますが、それはわざわざ一章を設けるほどに少年大岡の記憶にも大きなものだったようです。

《大正十二年(一九二三)九月一日の関東大震災について、すでに多くの記録や回想が書かれている。
地震の到来が予知されていたことについては、吉村昭のドキュメンタリー『関東大震災』(一九七三)に記載がある。十六歳でこれを経験した高見順も清水幾太郎もそれぞれその体験に重大な意味を認めている。私は十四年五ヶ月で経験した。多くの人が地震によるショックよりは震災に伴う社会情勢の変化、極限状況における人間性崩壊の認識が大きかったといっている。》(同上)

このように大岡が記憶する視線はその社会情勢と人間性のほうへと向かっていき、

《私にとって二日目から始まった朝鮮人虐殺と甘粕大尉が大杉栄をその愛人伊藤野枝、親戚の子供といっしょに殺したことのショックが大きかった。》(同上)

そして朝鮮人による襲撃の流言飛語についての、大岡が体験したことの詳細に入っていきます。

《(二日目の)午すぎ横浜の朝鮮人が群れをなして東京へ上がってくるという流言が伝わって来た。二子玉川まで来ているということだった。》(同上)

周りの大人たちがこのうわさに脅え、てんでに隠れたり逃げたりする様子が具体的に書かれていますが、そのうち

《まもなく朝鮮人が三軒茶屋まで来たといううわさが入った。それから弘法湯まで来たということになるまでに、五分とかからなかった。
ラジオもない頃で、情報がどうして入ったのか、覚えはない。誰かそんなことを表を怒鳴って歩く人がいたような気がする。もう少し北の富ヶ谷の方では騎兵が馬を乗り廻して、朝鮮人が来るから警戒せよ、とふれ廻っていたという。
弘法湯とは今日の神泉の位置で、私の家とは五00メートルぐらいしか離れていない。家中で逃げ出し、やはり鍋島公園へ行った。家の横の通りで、母が宝石をハンカチに包んで、胸の前にぶら下げたおかしな格好を覚えている。》(同上)

このように、震災で大変な被害を被った上にこの流言が重なり、住民をパニックに駆り立てるなかで(大岡の近所だとその晩か次の日の晩に)自警団も結成されたようです。

《われわれはこの後、二週間ぐらい自警団を続けたが、何も起らなかった。母たちは三日の晩からは、家で寝た。
横浜からの朝鮮人来襲がまったくの事実無根のうわさであったことは、今日ではよく知られている。一日の夜、横浜で起った集団的火事場泥棒が、朝鮮人に仮託されて東京へ伝わったのである。吉村氏の『関東大震災』によれば、流言は六郷、丸子、二子の三つの経路によって東京へ伝わったようである。渋谷は二子玉川経由のうわさの道に当たっていたので、比較的早く来たのである。それだけにうわさは小規模のまま通過してしまい、殺害事件は起っていない。》(同上)

と、書いた後に落ちを一つ付けています。

《十日すぎ代官山に居住する某の雇人が、朝鮮人に殺されたといううわさが出たが、これは騒ぎに乗じて朝鮮人にかこつけて殺したもので、犯人は届け出た主人自身だった。》(同上)
 
一般に歴史を改ざんする手法としては、もっぱら「それは、なかったことにしよう」というのが主なもので、これらの論調は「決して組織的なものではなかった」とか「実は強制ではなかった」などと言い訳に終始する傾向があり、我慢して聞いているだけでもウンザリしてしまいますが、ノンフィクション作家工藤美代子氏が試みたのは、大胆にも「なかったことを、あったことにしよう」とするもので、これは新手の改ざん事例として、このように大きく取り上げられても仕方がありません。

従来の「なかったことにしよう」式改ざんでさえも、なかなかそのハードルは高く、消しても消しても新しい証言やら資料が出て来て、追っ付かないのが現状です。工藤式「あったことにしよう」改ざんとなると、なにしろ無から有を作り上げるわけですから、その分ハードルも更に高くなるのは想像に難くはありませんね。特に彼女が芥川龍之介を持ち出したあたりから、歴史をねつ造するという困難性も超越してしまうほどに、そのあまりにも都合のいい解釈ぶりには思わず笑ってしまいましたが、笑ってばかりでは済まされないので、新手の改ざんに大岡の少年の記憶を対置してみた次第です。
2012.05.02 Wed l elnest. URL l 編集
Re: 大岡昇平の関東大震災
elnest様
コメントありがとうございます。
自分では大岡昇平の『少年』は『幼年』と一緒に読んでいると思っていましたので、いただいたコメントの内容にちょっとショックをうけました。大岡昇平が関東大震災について詳細に記述している文章を読んだ記憶が皆無でしたので。それで本箱を引っくり返して探してみたところ『幼年』は文春文庫で見つかりましたが、『少年』は見つけることができませんでした。願望を込めてのことですが、おそらく読んでいないのだと思います。

大岡昇平が関東大震災の朝鮮人虐殺について「大人に絶望した」と発言しているのを2度ほど読んだことがあります。一度は埴谷雄高との対談で、もう一度は70年前後、9月1日の防災記念日に当たっての短いコラムでした。李珍宇事件で新聞に死刑判決は重過ぎると思う(これはごく普通、当然の見方だと思いますが)と書き、その後拘置所に面会に出向いたりしているのも関東大震災のときの衝撃が影響しているのではないかと勝手に想像していましたが、ただその経験と事実を追跡したような文章を書いているとはまったく思っていませんでした。アマゾンに中古本を依頼しましたので、明日あたり届くと思います。読み終えましたら、また感想を書かせていただきます。(遅くなると思いますが)

2012.05.06 Sun l yokoita. URL l 編集
elnest様
『少年』読了しました。やはりこの本は未読でした。工藤氏のようにデタラメを書き散らす人が出てきますので、重大事件の経験者は経験した事実をありのままに書き残しておくことは、後世のために不可欠と言いたいくらい貴重なことですね。大岡昇平のあの文章を読んで、そこに書かれている事実の信頼性を疑う人は普通ならまずいないと思います。ただですねぇ。あの9章は他の章に比較してあまり良いものには思えませんでした。というよりも、大岡昇平の弱点 (個人的な不満と言ったほうがいいかも知れないのですが) が現れているように思いました。他の章は、大岡昇平のいつもながらの探究的、分析的な目が光っているのに、朝鮮人虐殺の問題についてはどうも原因や経過についての追究が今一つ中途半端で緩い印象をうけました。これにはちゃんと理由があると思うのですが、一つには、台湾や朝鮮を侵略し植民地にした明治政府の政策批判をしたくないという気持ちが大岡昇平にはつよかったのではないかという気がこの本を読んでしました。ただあと20年ばかり生きていたら、あまりの現実に見解を変えたかもしれないとも思いますが。
2012.05.15 Tue l yokoita. URL l 編集
yokoita 様
yokoitaさんは読むのも、早いですね。
私の場合は実に遅く、少なくとも1ヶ月はかかったはずです。それだけ時間をかけて読んでいながら、しかも今回、問題の9章を再読しても、ご指摘の「作品全体の中の9章の水準」という立体的な見方もできず、せいぜい《私自身を渋谷という環境に埋没させて語》るという少年大岡の記憶と回想を、今の渋谷の街に当てはめてみながらそのまんまなぞってみたにすぎません。

ところが、そんな読み方でもたまには僥倖に恵まれるようで、こんなこともありました。この中に出て来る宮益坂上の、今もなお営業中の古書店らしきものを発見する幸運に出会ったのです。見つけた時はうろ覚えながら『少年』の記述とは場所と名前が少しズレたり違ってたりしているような気がしたので、店の奥でデーンとかまえている老主人に恐る恐る聞いてみることに。このご主人、客が入って来ても迷惑そうな憮然とした表情を崩さない怖そうな人なのです。

elnest「あのう、ちょっとだけお聞きしてもいいでしょうか?」
老主人「いいですよ」
elnest「あのう、ここって大岡昇平の『少年』にも登場する巽堂さんですよね?」
老主人「そうですよ」
elnest「そうすると、ご主人があの中に出て来る若旦那で?」
老主人「んな訳ないでしょ。あれはあなた、大正末から昭和の頃ですよ!」
(と、いつの間にか、老主人の横に立っていた奥様らしき方も)
奥様らしき方「そうよねえ。そんなことないわよねえ」
elnest「・・・・・」

と言う訳で、本は買わずにヒンシュクだけを買って、そこを逃げるように後にしたという苦い幸運だったのですが。
なお私の名誉のために一言だけ補足すると、私は年代の計算がさっぱりできない訳ではなく、その「若旦那」が文中に登場するのは、少年時代ではなく、連載中の作家大岡の取材時(つまり1970年代)だとばっかり思っていたからなのです。

そこで、ご指摘の「期待以下の9章」についてですが、これは読む人の想像力に余計な先入観を与えてしまうかのような、私のコメントの書き方にも原因があったのかもしれません。コメントを読み返してみると、そこでの少年大岡があたかも徹底的に不義を撃ち、自らの正義を獲得したかのように示唆している感も拭えません。まったく調子に乗って書くものではありませんね。

最後に、これもご指摘の《大岡昇平の弱点》について。これはyokoitaさんの個人的な不満だけには収まらず、大岡の読者であれば多かれ少なかれ誰もが感じ、時どき困惑してしまうような問題なのかも知れません。

が、この《大岡昇平の弱点》は最も興味深い話題の一つである上に、いろいろと考えも分かれるところのようです。これについては改めて、簡潔にまとめられるかどうか疑問ですが、もし機会があれば投稿させてください。
2012.05.16 Wed l elnest. URL l 編集
突然失礼ですが・・・
間もなく関東大震災の89回の紀念日が来ます。横教委の担当者が副読本を捏造した問題が記事に成っていますが、あなたは大きなエネルギー(労力)を使ってまで工藤美代子氏の労作を批判される心は何なのでしょうか?あなたは、在日朝鮮人ですか?プロフィールを見ると完全なる反日左翼ですね。
2012.06.27 Wed l ググって来ました. URL l 編集
もう一つ教えてください
反日左翼は、必ず中国人、韓国朝鮮人の主張を支持しますが、これはどういう事からそう成るのでしょうか?自分はいい人ですからでしょうか?それともお金が絡んでいるのでしょうか?冗句では無く本当に前から知りたかったのです。
2012.06.27 Wed l ググって来ました. URL l 編集
>ググってきました(笑い)
この記事は工藤美代子著「関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実」が如何に「出鱈目か」を論理的且つ具体的に示した論考です。
これに対し、何か反論があるなら、同じように論理的且つ具体的にするべき。

コメント内容の「救いのないおバカふり」を読む限り、逆立ちしても無理でしょうが(笑い)

「便所の落書き」の類しか書けないのなら、2Chにでも帰りなさい。
2012.07.04 Wed l やす. URL l 編集
この投稿は、日本人では無かろうと思いました。(笑)
関東大震災での朝鮮人虐殺のデマをこれほどまでに追求した力作は今まであったでしょうか?

普通の日本人なら、先ず批判からでは無く事実を知りたい興味から入る筈ですが、最初から強い批判的態度で入っています。

読んでも、この管理人の疑問に思っている事が、当時の新聞に載っている事を知らずに自分の感情だけで批判しているのです。

同胞を擁護するには、このような研究本を出版されては困る気持ちが、この投稿の端端に見受けられます。

まともな日本語が書けるから日本人だと思ったら大間違いな事も近頃知りました。ハングルは書け無い読めない、朝鮮語は喋れない、しかし、日本語には堪能な人間が日本にはいるからです。

朝鮮人は、「従軍慰安婦」「三・一独立事件」「日帝36年間に日本から七奪された」等も全て事実を語っていない事を知りました。

良く言われる表現ですが、あなたのようなお方は、半島に帰るべきです。何故あなたの先祖は、終戦時に日本政府が用意した無料半島帰還船に乗らなかったのですか?

ハラボジ・ハルモニに聞かれて下さい。多分自分たちを正当化する捏造された答しか聞けないでしょうが。悲しいかな、それが朝鮮人の民族性です。
2012.07.23 Mon l 私もググって来ました. URL l 編集
結局、エントリー記事本文に対する具体的、論理的反論が「何一つ」出来ないネトウヨは、今日も「バカの一つ覚え」の在日認定しか出来ませんでした(笑い)

そもそも、本文をまともに読んでいない(読む能力すらない)のだから当たり前か。
2012.07.23 Mon l やす. URL l 編集
(笑)
お前のようなクズが在日で無いのなら、

救い難い日教組教育を受けた反日の人間だな。

鳩山、菅、輿石レベルのどうしようもないクズは、

ここにも居た訳だ。(笑)
2012.07.23 Mon l 私もググって来ました. URL l 編集
出ました!!「在日」の次は「反日」(笑い)

何かこれで反論した気になっている、哀れなネトウヨ脳

書けば書くほど、曝け出される馬鹿さ加減と醜悪な本性

こういう種類の人間こそが、幼稚なデマに乗っかって罪もない人間を面白半分に殺しまくったのだろう。

生まれるのが70年ほど遅くて残念だったな(笑い)
2012.07.24 Tue l やす. URL l 編集
では、お前は反日のクズだが、日本人と思い質問しよう。

戦後朝鮮人は、多くの嘘・捏造で日本に難癖を付け続けて来た。

その中で、この関東大震災にまつわる話では、過去明確に「その話はおかしい!」と

言った人間は、工藤美代子氏が初めてである。

にも拘らず、この事件を研究もした事が無いお前が

「それは違う!」としつこく言う理由は何だ?

それを言うとお前の中にどのような満足感が出るのか?

アホの意見を聞いてあげるから、言ってごらん。

反日な救い難いクズのやすへ。(笑)
2012.07.24 Tue l 私もググって来ました. URL l 編集
だから、このエントリー記事の内容に反論があるなら、具体的且つ論理的にしてみろ、と言っているだろうが。

バカウヨは日本語が理解できないのか?

脳みそ腐ってるのか?(笑い)

消えろ、負け犬が。
2012.07.25 Wed l やす. URL l 編集
馬鹿やろう!

俺は全部この本を読んで言っているんだ。

読んでもしないでいい加減な事を言うな、糞餓鬼が!

お前は、益々怪しいな・・・。

やすと聞くと「安」を安重根を思い出す。

クズの日本人では無く、クズの在日だろう?

図星ですまなかったな、在日さんよ。(笑)
2012.07.25 Wed l 私もググって来ました. URL l 編集
「関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実」の件でコメントをくださった皆様へ
コメントをいただくのは有難いことと思っているのですが、工藤美代子氏の「関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実」の擁護コメントにはまったく同意も感心もできません。やす氏にはお手数をおかけすることになってしまい、申しわけないです。工藤氏があの本で述べていることは、たとえば、「広島と長崎に原爆を落したのは、じつは米国ではなかった。別の○○という国だった」などという主張レベルの、全編これまったく根も葉もないデマゴギーだと思います。確かにどなたかの意見のように、あんなにはっきり関東大震災時の日本人による朝鮮人虐殺を否定したのは、工藤氏のあの本が初めてでしょう。それは著者、出版社ともに、そこまで恥を晒す気にはさすがにこれまでは誰もなれなかったからではないですか。この大事件については、証言にしろ裁判にしろ、記録と証拠がほとんど無限、無数に存在するのですから。

図書館などで調べて実態を正確に把握されることをお勧めします。
2012.07.26 Thu l yokoita. URL l 編集
横板さんへ
あなたのコメントは、突っ込み処が満載のように思えますが、先ず手始めに2つばかり質問させてください。

>たとえば、「広島と長崎に原爆を落したのは、じつは米国ではなかった。別の○○という国だった」などという主張レベルの、・・・

この本全部読みましたが、この文章一寸覚えが有りません。こんな酷い文章は、何ページに書いてあるのでしょうか?

次にあの本には当時の新聞記事の画像が載っていませんが、ググれば多くの不逞を働いた朝鮮人の新聞記事が見つかります。そこには工藤美代子氏の主張することが書かれています。あなたがデマゴギーと主張することと矛盾しませんか?

2012.07.26 Thu l 私もググって来ました. URL l 編集
朝鮮人虐殺は存在しない
関東大震災による朝鮮人虐殺事件は在日のでっち上げ。
そもそも火事場泥棒で日本人の建物に火をつけて回り、強姦、暴行、財産略取と人間としては絶対にやっていはいけない火事場泥棒を行ったなのは朝鮮人。

朝鮮人が殺されたのは自警団による正当防衛によるもの。

まず、罪を問われなけらばならないのは在日だ。
口を開けば、謝罪・賠償の大合唱だが、いまだに日本人被害者・遺族が在日から償いを受けたことは一度もない。
人の心を持たないのが在日である。
御託はいいからこれまで犯してきた在日の罪を償え。

日本人はもう黙ってはいない。
私の地元では被害者とその遺族が過去を知らない在日の残虐非道な行為を若者に教えるようにしている。
実際に被害者に証言してもらうこともしている。


事実を知らされ、在日に怒りを抱いた若者がどう行動にでるか楽しみだ。
2012.07.26 Thu l campanera. URL l 編集
横板さんへ
その他にも突っ込みたいところ満載ですので、

そろそろ、この休み中に返事が頂きたい。
2012.07.28 Sat l 私もググって来ました. URL l 編集
それと、もう一つ
ここでのコメントは、「嫌がらせ」でも「荒し」でもありませんので、

削除は、しないように願います。

「やす」のようなふざけた「ネトサヨ」には、それなりの対処をしましたが。
2012.07.28 Sat l 私もググって来ました. URL l 編集
何だ、粘着バカウヨはまだいたのか(笑い)

お前のお友達(49歳無職)のバカネトウヨがまた逮捕されたぞ。

同じ事を毎日アホみたいに書き込んでる暇があったら、キチガイ仲間でも助けに行ったらどうだ。
ニートのヘタレ君(笑い)
2012.07.29 Sun l やす. URL l 編集
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012.10.17 Wed l . l 編集
若い人へ!
 すみません、まちがえて非公開コメントにペケ入れてしまい……反映されてるのかな? それはともかく。
 やすさん、て、あの「やす」さんだろうか?
 さてさて、最近、若い人に「伝える」ことに意味を感じてます。その人にも「やめろ」と忠告されたのですが、それにもかかわらずネトウヨの論をさがしまくり、読みまくっているのも武装のためです(笑)、といって頭も悪いので重武装にはなりませんが。
 その若い人に「関東大震災での虐殺なんて学校では教わらなかった」といわれ愕然!! 「日本の教育はそこまで落ちたか!」と思う一方、「もしや俺のほうこそ勘違いでは」と、思わずネトウヨ同調しかけたほどです(汗)。そこで出逢った工藤美代子ファンの論調でした。
 おかげでよく分かりました(嬉)。
 「バカはほっとけ」「ネトウヨはかまうな」とも思いませんよ。でも、デマがデマと片づけられなかった背景をかんがえてみましょう。裏を返せば朝鮮人に復讐されてもしかたないことをやったということでしょ? それこそが真実だということを学習しましょう。
 ね、ググリ魔さん。首だけはくくらないように(笑)。
2012.10.17 Wed l 本間康二. URL l 編集
No title
>本間康二さん
ご無沙汰しております。
パブロン中毒さんのブログにて、お話させていただいて以来ですね。
「たかしズム」のコメントは拝見しております。

さて、上の「ググってきた」などと言うふざけたHNのバカウヨコメントは、目にされたと思います。
ブログエントリーの記事に対しての論理的、実証的反論が何一つ出来ないこのバカウヨは、一向、己の排泄物を塗りたくるような汚らしい言葉で、「他人の家」を汚しました。
犬、猫でも躾ければ、己の排泄場所は弁えます。
そう言う意味では、この「ググってきた」バカウヨは「犬、猫以下」と言う事になります。
残念ながら、このような「犬、猫以下」の輩を躾ける能力を私が有していなかった為、却ってコメント欄を汚す結果を招いた気がしており、ブログ主のyokoitaさんにご迷惑をかけたのではないか、と些か反省してもおります。
2012.10.23 Tue l やす. URL l 編集
ネトウヨが増えた原因
授業で第二次世界大戦前後は習わないことが多い
(天皇制にとって都合が悪い?)
第一次大戦までの授業はやたら長かったのですが
2013.07.19 Fri l cb. URL l 編集
Re: ネトウヨが増えた原因
cb さん、コメントありがとうございます。
お返事遅くなって申し訳ありません。

> 授業で第二次世界大戦前後は習わないことが多い

戦前・戦中の日本の侵略や植民地支配について若い人に教えたくないという支配者側の思惑が見え見えですね。
そういう状況では、諸外国からの批判や懸念の声は、生徒・学生に対して被害者意識を培い強めるという、本来あってはならない働きをすることになりますね。散々言われてきたことですが、やはり歴史教育が一番大切だと痛感します。

2013.07.26 Fri l yokoita. URL l 編集
No title
日本にあこがれが強すぎるアチャラの人達は、支離滅裂ですね。
感情的に反論しておいて、論理的に意見しろ? 無理。
震災直後の不逞鮮人の悪童ぶりは、仮に私が、なんにも、まともに調べてなくても、終戦直後の連中の極悪非道ぶりや、満州、朝鮮半島での手の平返したようなやり方を聞くと、左マキの好きな感情論でも、やはり連中のやり口と思わざるを得ない。
2013.09.01 Sun l 漫画読んできた、なんてどう?. URL l 編集
No title
携帯電話のない時代ですから
震災直後に朝鮮人が数百人連絡を取り
徒党を組んで暴動を起こしたというのは
眉唾物ですね

ただ同様に、震災時に仕事してたり家にいたり
その後もバラバラに避難先を探している
朝鮮人を組織立って殺害も難しいと
思います。

2013.09.14 Sat l 東郷ビール. URL l 編集
Re: No title
 東郷ビールさん コメントありがとうございます。

> ただ同様に、震災時に仕事してたり家にいたり > その後もバラバラに避難先を探している > 朝鮮人を組織立って殺害も難しいと > 思います。

通行人をつかまえて発音や言葉の使い方などを執拗に詮索していますね。 あらかじめそういう噂話をねつ造してばら撒く者たちがいたこと、町内ごとに組織された自警団が悪く作用 したことなど事件発生の要因はいろいろあるでしょうが、私が印象深く感じたことの一つに、「日本人のな かには、日頃から朝鮮人を苛めたり差別していたために、報復されるのではないかという潜在的恐怖心があ った」という加藤周一の見方があります。
2013.09.25 Wed l yokoita. URL l 編集
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2014.06.02 Mon l . l 編集
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2014.08.04 Mon l . l 編集
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2015.02.16 Mon l . l 編集

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