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松川事件の第一次最高裁判決における「少数意見」を取り上げたこの記事を読んでくださった方から、11月2日付けで下記のコメントをいただいた。

「差戻し後上告審判決の少数意見もなかなか面白いですよ。結論は逆ですが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%A3%AF%E5%9D%82%E6%BD%A4%E5%A4%ABでハイライトを読むことができます。」

アクセスしてみると、ウィキメディアの、なんと「下飯坂潤夫」の項目であった。1、2ケ月前に、松川事件の主任弁護人であった大塚一男氏の「回想の松川弁護」(日本評論社2009年)を読み、下飯坂氏のユニークな人物像(裁判官像)に触れて改めてつよい印象を受けていたところだったので、思わず笑い出してしまったのだが、この方の「なかなか面白い」という表現は言い得て妙であり(このようにしか言いようがなかったのかも知れない。というのも、このサイトに出ているように、下飯坂氏は松川事件で無罪判決を下した差戻審の門田判決に対し「その浅薄さ、その短見さ極言するとその卑劣さ、云うべき言葉を知らない。しかも大言壮語する。弱い犬程大いに吠えるのたぐいである。」などと述べているのだ。)、判決に対する裁判官によるこれほどユニークな意見にはそうそうお目にかかれないことは確かであろう。

下飯坂氏はかつて最高裁判事だった人で、松川事件でも二度の最高裁判決(大法廷と第一小法廷)に加わり、二度とも有罪判決に加担した人だが、そのたびに驚くべき少数意見を書いたことで有名であった。1959年8月、松川事件の第一次最高裁判決は7対5という僅少差によって「仙台高裁差戻し」が決定したのだが、被告人たちの無実があまりにもはっきりしている事件なので(そのように私には見える)、この7対5という評決には「どうして?」「なぜ?」という割り切れない気持ちは今でも纏わりついている。

この時には、田中耕太郎最高裁長官の少数意見が世上の話題を一身に集めることになった。その陰に隠れてあまり目立たなかったかも知れないが、下飯坂氏の少数意見もひどく変わったものだった(どんなふうに変わっていたかは、後ほど引用する大塚弁護士の話に出てくるのでそれで判断できると思う)。その後、周知のように仙台の差戻審で全員無罪判決(1961年)が出たわけだが、検察はまたも上告した。そして1963年、最高裁第一小法廷の4人の裁判官によって審議が行なわれ、3対1の評決で検察上告は棄却された。これで14年間にわたる松川裁判はようやく終結したが、この時ただ一人、高裁差戻しを主張し、少数意見を書いた裁判官が下飯坂氏なのであった。

この時の判決文は、全文の長さ415丁で、本文42丁、斎藤朔郎裁判長による補充意見5丁、残余の368丁は、すべて下飯坂裁判官による少数意見だったそうである。その少数意見は、上のサイトにあるハイライト部分の「弱い犬程大いに吠える、云々」などという言葉・表現から推測できると思うが、被告人の訴えについては「空々しい」「図々しい」、差戻審の門田無罪判決に対しては「欺まん」「ごまかし」「浅薄」「短見」「卑劣」、同僚裁判官に対しても「拙速主義」「観念主義」という言葉を浴びせ、無罪判決を徹底的に非難する内容だったそうである。(「松川運動全史」(労働旬報社1965年))

これに対し、斎藤裁判長は「たとえ少数意見が千万言を費やそうとも、この最終判決の真実性については、いささかの自信も揺るがない」と記者会見で述べたそうであるが、私がこの斎藤裁判官に感銘を受けたのは、斎藤氏が述べる裁判官の「自由心証」という重要な問題についての見解であった。判決の補足意見でも「自由心証は、ある程度の直感力に基づくものとはいえ、その確信は、われわれの社会通念による論証に十分たえるものでなければならない。確信するが故に真実であるということは、成り立たない議論である」「捜査の欠陥を、裁判所の専権として有する、自由心証の自由をもって補充し、真実性を容易に承認するが如きことがあっては裁判の中立性を放棄するものであろう」と述べているが、「回想の松川弁護」によると、斎藤裁判官はこの判決から1年後の1964年、再び「自由心証」の問題を取り上げ、これについての論文を書かれたそうである。

「自由心証」について誰がどのようなことを述べているのか私はよく知らないのだが(広津和郎は、松川事件の二審判決を批判する過程において「自由心証」について、裁判官に「自由心証」が委ねられているということは、裁判官が自由に対して最大の責任を負わされているということである、という趣旨のことをどこかに書いていた。広津和郎のその批判の眼目は、松川事件を担当した裁判官による「自由心証」の恣意的な運用についてであることは誰の目にも明らかだったと思う。斎藤裁判官はあるいは広津和郎のその発言を知って(読んで)いたかも知れない。広津和郎が「自由心証」について述べた意見に法曹界の人間の一人として正面から応えたのだという見方もできるかも知れない。)、知っている範囲では、下記の「回想の松川弁護」に記されている斎藤氏の見解(論文)に最も納得がいく。それでは、大塚一男弁護士の「回想の松川弁護」から印象に残った箇所を引用するが、最初に、「弁護士をやっておりますと、いろいろな裁判官に行き当たります。」ということで、有名な(?)鬼頭判事補のことが述べられている。「離婚事件」の依頼を受けて、鬼頭判事補と関わり合い、思いもかけないような厄介な目に遭ったそうであるが、そのあたりは通過して、下飯坂氏のところから――。(下線、太字による強調は引用者による)


 鬼頭は判事補ですから任官してから10年以内の人でありますが、では鬼頭は特別かというと、実はそうも言えない。今度は非常にべテランの裁判官に行き当たったときのことを少しお話をしたいと思います。今日お集まりのみなさんは戦後生まれのかたもだいぶおられるようでありますので、松川事件といってもちょっとおわかりにならないかもしれませんが、日弁連が出した『弁護士百年』というアルバムがございます。その中に「松川事件と裁判批判」ということで、こういう説明がしてあります。これで、松川裁判とはどういうものかということを一口で説明できようかと思います。

「昭和24年8月17日、東北本線松川駅近くで旅客列車が脱線転覆し、乗務員3名が死亡する人為的事故がおきた。捜査当局は事故直後の内閣官房長官の発言を裏付けるかのように福島の国鉄、東芝両労組貝を10名ずつ逮捕し、訴追した。一、二審は死刑、無期等の重刑を言い渡した。この裁判に疑いの目を向ける者は時と共に多くなった。文学者廣津和郎の4年半に及ぶ二審判決批判(『中央公論』連載)は広範な国民の心を動かし、関心と理解を深めた。無実の証拠を押収しながら、10年ちかく公開を拒む検察側の行動に国民はいきどおり、不安と恐怖をおぼえた。階層、思想、組織をこえて無実の者を殺すな! の声がたかまった。数名ではじめられた弁護活動も、逐次全国各地から参加をえて300名近い大弁護団になった。仙台弁護士会は二審から会として弁護を引きうけ、袴田重司、大川修造らを先頭に参加した。昭和38年9月、五度目の判決で無罪が確定」(日弁連のアルバム『弁護士百年』より)

 最初は8名、二度日は全員
 松川事件とその裁判、その運動を語れば、斎藤裁判官の下飯坂批判に書いてあるこういう説明がほぼ要点を尽くしていると思うのですが、この三度目の裁判が最高裁の大法廷にかかりました。そして五度目の裁判が最高裁の第一小法廷にかかりました。
 三度目の裁判というのは、4名の死刑をふくむ有罪判決を取り消してほしいという弁護側の上告にもとづいて開かれたのでありますが、この二度の最高裁の審理には下飯坂さんというキャリアの長い裁判官で、たしか大阪高裁長官から最高裁に入った人が関与しております。最初の大法廷のときは12人の裁判官が関与したのですが、7人の人は、この有罪判決は重大な事実誤認の疑いがあるから、仙台でもう一度やり直せ、という意見でした。4人の裁判官――田中耕太郎、池田克、垂水克己、高橋潔らは、17人全員に対する死刑判決等の裁判は真実であるから上告を棄却しろといい、下飯坂さんだけが「この17人のうち少なくとも8名は間違いないから、最高裁で8名についてだけ有罪にしろ」という主張をしたのです。結局、多数の7名の裁判官の意見が判決となって松川事件は差し戻され、仙台高裁で(昭和)36年の8月に無罪になりました。
 そうしますと、今度は検事が上告しました。検事の上告に対して最後に開かれたのが五度目の最高裁第一小法廷の裁判です。このときには下飯坂さんはどういうことをいったか。「検事の上告は理由があるから、17名全員についてもう一度裁判をやり直せ」といっています。最初のときは8名を有罪にしろといい、二度日のときには17名を有罪にしろといっているわけです。
 松川事件はもともと国鉄と東芝10名ずつの労働者をつかまえて裁判にかけているものですから、もし下飯坂さんが三度目の裁判をやれば、「いや、17名じゃなくて20名を有罪にしろ」と主張したのではないかと思われるぐらいに、裁判のたびに意見が変わった人です。それにしても、有罪であるということだけは間違いないという意見になるのです。
 きょうは将来裁判官になる人もお見えになっていると思うのですが、この下飯坂意見は、裁判官になる人が下飯坂意見のように考える裁判官になってはいけないということを教えてくれる意味では、大変役にたつ意見だと思います。(笑)間違ってもこういう意見と同じような考え方になっては裁判公害が増えて、国民がますます冤罪に苦しむことになりますので、十分にご注意をいただきたいと思いますが、下飯坂さんの最後の意見ではこういうことを言っているのです。

「さもあれ私は合議で3対1で敗れた。しかし、私は本当に敗れたと思っていないのである」(略)
「要は裁判に対する態度の違いであり、極言すると人生への生き方の相違でもあろう。私は、失礼ながら斎藤裁判官の補足意見を拝見してその感を深うした次第である」

 こういうことを言って、あくまでも有罪を主張いたしました。これに対して斎藤朔郎という主任裁判官は、「たとえ少数意見が千万言を費やそうとも、この最終判決の真実性については、いささかの自信も揺るがない」と、記者会見で手短に述べておられます。

 斎藤裁判官の下飯坂批判
 実はこれには後日談がございまして、この斎藤さんがその後にこういうことを書いている。これをここでご紹介したかったのです。「自由心証――すなわち、証拠の支配――」という論文です。

刑訴318条が証拠の証明力は裁判官の自由な判断に委ねる、といっている趣旨は、裁判官が証拠に対し主たる地位に立つということをいっているわけでなく、その一つ前の刑訴317条は、事実の認定は証拠による、といって、証拠が主たる地位にあることを示している。裁判官は証拠の忠実な従僕としてその証拠のそなえている支配力に従順に服さなければならない。それはその証拠のあるがままの姿、その証拠が現にそなえている証明力のそのままの程度を裁判官の心証に写しとるということであって、これが裁判官の証拠に接する基本的な態度でなければならない。われわれは法律に対しては比較的よくその支配に服しているといえようが、証拠に対しては、その支配に服するどころか、それを支配するような僣越をおかしているようなことはないであろうか

これから述べるところが斎藤さんの下飯坂さんに対する批判です。

波立つ池水、にごれる泉水は、事物の姿をありのままに写すことはできない。証拠に接するわれわれの心境は平静にして清明な水面にたとえることができるものでなければならない。事件に対してなんらかの理由で異常な執念を燃やし、義憤をぶちまけていて、証拠の冷静な評価ができるものであろうか。そのような態度で事件に接して行くならば、自己の思うままに証拠を駆使して、証拠の王様になりあがったような尊大、不遜な裁判官になってしまう。同じ時代に同僚としてひとしく裁判所に職を奉じて合議部を構成している裁判官のうちで、人生観を異にするがために証拠の評価の結論を異にするような事例があろうとは思われない。その差異の生じる原因は、先に述べたように、証拠に接する当初における裁判官の基本的な態度、心理的状態の差異によるものと考える」

 これが斎藤朔郎裁判官の下飯坂意見に対する手厳しい反論です。斎藤さんはこの論文を(昭和)39年の6月1日に善かれて、その年の8月上旬に亡くなられましたので、これが斎藤さんの最後の意見みたいなものだと思うのですが、「裁判官が証拠を離れて、何か執念を燃やして王様らしく勝手に振舞うということは、とんでもない事実の誤認をおかす」ということを、斎藤さんはここで冷静に、かつ強く、下飯坂意見に反論をしているのです。

 力みかえった裁判官の危険性
 下飯坂さんは、実は二度目の最高裁の八海事件のときに裁判長をやり、広島高裁の無罪の判決を破棄いたしました。「吉岡の述べている上申書や供述の行間には真実がおどっている」といって無罪判決を破棄し、広島高裁に差戻しました。その差戻しを受けた広島高裁の河相裁判長が死刑の判決を言い渡します。その死刑の判決のあった翌日の『朝日新聞』の紙面に、こういうことが下飯坂さんの談話として載っておりました。

「長い裁判官生活で覚えているのはこの八海事件と松川事件だ。私が死んだらこの二つの事件の判決文を棺の中へ入れてもらうつもりだ」

 私はこの記事を読んでまことにりつ然としました。つまり斎藤朔郎さんがいっておりますように、裁判官が力みかえって、あらかじめ執念を燃やして事件に取り組むと、こういうことになります。これは恐ろしいことです。人を死刑にすることもできる人間が、自分の松川事件と八海事件の判決文を棺の中へ入れてもらいたいといっている。その後、下飯坂さんは亡くなられたから、いまごろはおそらくあっちのほうで自分の書いた意見をまた繰り返し読んでいるかもしれません。(笑)これは恐ろしいと思うんです。こういう態度で事件に接したならば、結局、犯罪のなきところに犯罪を認め、無実の者に対して死刑を言い渡すという精神構造になるのです。

 私は、鬼頭判事補の場合と、この道何十年というキャリアの下飯坂判事の過ちを、みなさんにご紹介したのですが、鬼頭判事補あるいは下飯坂判事のお二人だけが例外であるという証拠は、実はまったくないのです。むしろ官僚裁判官の世界にはこういう資質というものが傾向的、体質的にあるのではないかということをみなさんにお考えいただきたいのです。
 そういいますと、裁判官にも大勢の中には変なのもいるけれども、弁護士の中にもいるではないかというお詰も出てきます。弁護士は一万人以上おりますから、変な人もいると思います。しかし、弁護士はどんなに変なのがおっても、人に死刑を言い渡すことはない。弁護士が力みかえってみたところで、決してそういう権力公害ということになるはずはないのでありまして、これは同日の談ではございません。また、弁護士の場合は選ぶこともできるし断ることもできます。ただし、さんざんに仕事をさせておいて報酬を払う段になって断るということはできないのであります。(笑)
 そういうことで弁護士はポンと一つ解任届を出せばいつでも断ることはできます。しかし裁判官は、忌避の申したてを何べんやっても、忌避が通るということはないんです。
 私の知るかぎりにおいては、松川事件の石坂修一という最高裁の裁判官が、弁護団からの忌避の申したてに対して自ら手を引き回避しました。これがおそらく明治以来の裁判制度の中でただひとつ実質的に忌避が通った例ではないかと思います。 」(「回想の松川弁護」より)


以上長くなったが、大塚弁護士の談話を引用した。このなかにあるように、そしてウィキペディアにも記されているように、下飯坂裁判官は「八海事件」でも広島高裁の3人全員に対する無罪判決を破棄してもう一度高裁に差戻しをしている。1962年のことだから、五度目の松川裁判の判決が出る1年前のことである。八海事件の差戻審は再び有罪判決を出した。最終的に3人の被告人の無罪が確定したのは1968年の三度目になる最高裁判決(八海事件は七回の裁判を強いられた)によってであった。斎藤裁判官が述べている「自由心証」についての見解は、まさに下飯坂裁判官のような裁判官のあり方への批判だと思うのだが、この考え方はすべての裁判官が備えているべき必須の条件ではないだろうか。

裁判官は証拠の忠実な従僕としてその証拠のそなえている支配力に従順に服さなければならない。それはその証拠のあるがままの姿、その証拠が現にそなえている証明力のそのままの程度を裁判官の心証に写しとるということであって、これが裁判官の証拠に接する基本的な態度でなければならない。

現在では田中耕太郎氏や下飯坂潤夫氏のように極端に強烈なパーソナリティを持ち、誰の目にもその特異な個性・思想が判別できるような裁判官はあまりいないかも知れない。しかし実際に法廷の場に表われる裁判に対する個々の裁判官の姿勢はどうなのだろうか。ここ十年ほどの極端な重罰化傾向(このこと自体がゆるがせにできない大問題だと思う。)をみると、裁判には実は当時と同じく、あるいはよりいっそう深刻な多くの問題が伏在しているのではないだろうか。実際、私が風間博子さんに対する一・二審の判決文を読んだところでは、松川事件の一・二審に見られる「証拠の曲解・捏造」は事件の内容、時、場所の違いを超えてそのまま再現されている、少なくとも大変よく似ている感じを受けた。
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2010.11.06 Sat l 裁判 l コメント (4) トラックバック (0) l top

コメント

自由心証主義
横板様、今晩は。
いつもどこから仕入れてくるのかと思うほど、幅広くかつ深い意見ですねぇ。
読書150年もはったりではないという感じです(笑)。

ところで、斎藤裁判官は下飯坂裁判官がいたために自由心証主義に対する考察を深めることが出来たのでしょうね。その意味では下飯坂裁判官の存在意義もあるわけですね。但し、公害の面があまりにも大きすぎたということになりますか。
裁判官のような人を裁く職業は、自信満々の人は困りますね。自分の思い込みを裏付けるように証拠の意味をゆがめ、駆使し、あるいはこれにあわないと無視します。自分の思い込みにあうものは、捏造証拠でも遠慮なく採用します。捏造調書(いわゆる自白調書・しかしこの呼び方は自白などあるはずのない冤罪事件でも、自白があるかのごとく錯覚させますので、不適当な用語だと思います)が延々と使用されてきたのも、このような自信を裏付けるのには有効だからでしょう。
まさしく意のままに証拠を駆使した王様です。

自由心証主義の内容については斎藤裁判官によって語り尽くされている(恥ずかしながらこのページで具体的に知りました)と思いますが、これはこのような証拠本来の意味を無視した勝手な解釈を許すものではなく、そのようなことをする裁判官はいないという前提で、裁判官を信頼した原則だと思います。従ってこのような証拠に対する勝手な意味づけは、自由心証主義そのものに反するものだと思います。
そもそも、証拠裁判主義(刑訴法317条)を大原則としたのは、「裁判官は事実を知らないのだから、客観的証拠によって事実を推測しなさい。偏ってはだめですよ」ということでしょう。そうすると、自信満々なのはこの証拠裁判主義に真っ向から逆らうものです。
あくまでも自信があってはならず、それ故に、証拠によっても自信が持てない場合には被告人を無罪にしなければならないのだと思います(疑わしきは被告人の利益に)。
ところが、このような自信満々な裁判官というものは「自分は知らないのだ」と言うことを知らないのです。
それ故に「俺が知らないはずはないし、俺が知っていることに誤りはない」と思ってはばからない。これに逆らうものは馬鹿者にしか見えない。下飯坂裁判官はその標本のような人で、忘れてはならない人ですね。

2010.11.09 Tue l 無空. URL l 編集
Re: 自由心証主義
無空様 コメントありがとうございます。「自由心証」についてですが、

>そのようなことをする裁判官はいないという前提で、裁判官を信頼した原則だと思います。従ってこのような証拠に対する勝手な意味づけは、自由心証主義そのものに反するものだと思います。

裁判官に「自由心証」が委ねられているのは、おっしるとおり「裁判官を信頼した原則」なのだろうと思います。以前、私はこの意味を検察に対しては勿論、行政や立法府などの思惑に対して迎合や遠慮を固く戒めたものではないかとチラと考えたこともありましたが、無空様のおっしゃるとおり、もっと深い絶大な信頼感のゆえの「自由心証」なのでしょうね。しかし、自信過剰で自分を偉いと思って疑わない人は勝手きままな証拠の捉え方をするであろうことは分かりきっています(実例があまりに多すぎます)ので、できれば「自由心証」と証拠との関連を刑訴法できちんと厳密に規定してほしかった気がします。

下飯坂氏も本当に変わっていますが、「八海事件」に関係した裁判官で、たしか藤崎(?)という人もいましたね。「裁判官は弁明する」とかいう本を出したと記憶していますが、呆れるような無惨な内容の本でした。でもその後、しばらくの間は、松川や八海事件で世論の大きな批判を浴び、また再審無罪が4件も出たことなどで裁判所もわりあいに丁寧な審理・判決がつづいた時期もあったように思うのですが、現在はダメですね。

裁判員制度のことですが…。先日の無期判決(死刑求刑)に対して、検察は上訴しませんでしたね。とりあえずはよかったと思いますが、これからどんなふうに進んでいくのか不安もありますね。

2010.11.11 Thu l 横板. URL l 編集
自由心証主義
横板様、無空です。

私も裁判員裁判は大反対だったのです。
というのは無罪を争う事件だと、これまでは100回以上の法廷が開かれていたのがざらで、それだけ被告人の弁護権が保障されていた。それがわずか3日や10日で出来るわけがない。サボるのは弁護権の保障しかないと思っていたからです。

ところが、ふたを開けてみると、裁判官よりも裁判員の方がはるかに真剣に事件に取り組む場合が多いのです。非常な緊張感を持っているというか。
無罪の推定とか疑わしきは被告人の利益になどという原則を、忠実に守ろうとするのが裁判員です。
裁判官にはこのような観念は、はなからないのですね。残念ながら。
じゃ弁護権保障はどうなったのだということになりますが、これまでの裁判が長引いた原因の最大のものは、自白調書に任意性があるかどうかを巡って延々とやっていたのです。これは裁判員裁判では許されないことなので、ほとんどカットされるだろうと言うことで、案外支障がないのではないかと思われる(否認事件が増えるとどうなるのか未知数で予断は許さないのですが)、という感じですね。

自由心証主義との関係で言えば、素人の方が「わからない」と素直に認めますので、証拠の評価をするに当たり、弁護人の意見も素直に聞く、少なくとも最初から検察官だけを信用するというようなこともないので、公平性も裁判官よりも上ということになりそうです。
ただ、一旦有罪となると、量刑はこれまでよりも重い、ということになりそうです。私は冤罪を無くすことが大事だと思いますので、諸手を挙げないまでも片手ぐらいは挙げてもよい状態ではないかと思います。
じゃ、どのような場合に諸手を挙げて賛成なのかということになりますが、裁判官が無罪の推定原則を遵守し、疑わしきは被告人の利益にに従って結論を出す、素人の裁判員などに負けない冷静沈着な裁判官が多勢を埋めるようになった段階ですね。
2010.11.11 Thu l 無空. URL l 編集
無空 様
無空さま コメントありがとうございます。

>ふたを開けてみると、裁判官よりも裁判員の方がはるかに真剣に事件に取り組む場合が多いのです。非常な緊張感を持っているというか。
無罪の推定とか疑わしきは被告人の利益になどという原則を、忠実に守ろうとするのが裁判員です。

実はですね、3,4年前に北陸在住の弁護士の方が、無空様と同じことをおっしゃっているのを聞いたことがあります。その方は、裁判員制度について自分は憲法違反だと思うとおっしゃっていました。ところが、模擬裁判に何度か出てみたところ、裁判員として参加している一般の人が「公平な目で事件をみようと精一杯努力する」「本来科すべき罪刑より重罰に(自分が)加担することを非常に恐れている」というようなことを感じ、「この様子ならば意外と裁判員も悪くないのかなァと思った」と述べていました。憲法違反であるという考えには変わりはないけれども、と言いつつでしたがが、無空様の見たところ、現実の裁判もこの弁護士の方が事前に感じたとおりに進行しているということですね。私もこの間の死刑求刑に対して裁判員が無期判決を出したのは本当によかったと思ってホッとしました。検察は控訴しませんでしたが、この後どういう展開になるかですね。またすぐ死刑求刑の裁判があるようですし…。

冤罪発生の防止・阻止を一番重視する、という考えはよく理解できます。冤罪こそ国民・市民に対する最大最悪の国家犯罪ですよね。ただ裁判員制度がこれから死刑にどういう関与をするのかが気になります。昨日でしたか、国連の「死刑執行の一時停止を求める決議案」にも日本はまた反対していますね。これを見ても、検察はこれからもどしどし死刑を求めてくるでしょうから、裁判官がどのような訴訟指揮を見せるか。どうもあまり喜ばしい見方はできにくいのですが…。でも、一つ一つの場面や事柄に、わずかでも自分の考えを発信していかなければなりませんね。また、裁判員制度の状況など、新展開がありましたら、ぜひ教えてください。
2010.11.13 Sat l 横板. URL l 編集

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