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訂正とお詫び  前回、ガバン・マコーマック氏の論文の翻訳を今後も追加掲載すると記しましたが、その後、配信先「Japan Focus」にこのことをお伝えしたところ、ガバン・マコーマック氏ご自身からご連絡をいただきました。翻訳した者が、何度かマコーマック氏とメールでお話しした結果、著作権をはじめとした問題もあり、ここで一旦訳文をこのブログにアップすることを中止することにしました。マコーマック氏には大変丁寧かつ率直な対応をしていただき、訳した当人は感銘を受けていました。訳文を読んでくださっている方には中止をお詫びいたします。(12月1日)


ご連絡-今日、新たにできた訳文を初回分につづいて追加掲載しました。今後もこのように少しずつですが、このエントリーに追加していきます。細切れのようで読みにくいかとも思いますが、時間のあるときに覗いてみていただければ幸いです。(11月22日)


金光翔さんの「対週刊新潮・佐藤優」裁判も大詰めに近づいたようで、結果が大変気になる今日この頃なのだが、「私にも話させて」のこちらの記事も注目! ガバン・マコーマック氏の著書を私はこれまで一冊も読んだことがなくて、名前もそういえばどこかで聞いたことがあるかな…と、かすかな記憶があるくらい。それでもこの「現代日本の思考」(?)という論文はすぐにもぜひ読んでみたかったのだが、残念至極なことに英語力がないので自力で読むのは無理。ただ、身内に英語が読める者がいるので、翻訳を頼みこんで、仕事のかたわらボチボチやってもらっています。まだ初めの方しかできてないけど、金さんが登場したところは、いきなり興味深い。英語が読めるといっても、この種の論文などは苦手かも知れないので、もしかすると間違いもあるかも知れないけれど、一応掲載してみます。誤訳がありましたら、気づいた方、教えてください。出だしの佐藤優氏が外務省で鈴木宗男氏と仕事を共にした結果、逮捕・拘禁されたこと、その後の経過などは皆さんご存知のことだから最初のその部分は省いて、それ以降をほんの一部ですが、記事の翻訳を。(太字による強調は引用者による)


  現代日本の思考
 ガバン・マコーマック
2009年の時点で佐藤は、19の様々な政治的立場を持つ新聞や雑誌にコラムを書き、それは一般的に「左派」もしくは「社会民主主義」とみられる‘世界’と‘週刊金曜日’から、右よりの‘正論’や‘諸君’、‘サピオ’、‘産経新聞’までおよび、そして‘福音と世界’、‘アサヒ芸能’、‘中央公論’や‘週刊プレイボーイ’といった宗教、芸術、文化に関する総合誌をも含むといった、独自のやり方で保守と社会民主主義の隔たりを繋ぐ存在になっていた。*10
しかしながら、佐藤の立場はこれら膨大な執筆を通じて現れる所では、はっきりと保守的かつ国粋主義者であり、彼自身の称する「保守陣営に属する右派」という言葉にふさわしいものである。
ある種の欧州共同体の先駆けとしての大東亜共栄圏構想の擁護や、西洋帝国主義と、中国における蒋介石のような、その操り人形への米国の支援からのアジアの解放へ対する日本の努力の放棄という米国の徹底的な要求からくる、必然的な成り行きとしての西洋諸国との戦争の擁護。
日本に、「国益」を増大させ「自国愛」を養うことを重要視し、それが北朝鮮とアルカイダによって晒されている脅威に、より上手に対処できるよう図られた「現実的平和主義」を採用しろと呼びかけること。
日本・イスラエル間の結びつきの構築に対する非常に精力的な努力と、日本への模範としてのイスラエル愛国主義の勧め、イスラエルの行う戦争の擁護。
戦術的な柔軟性(ロシアが定期的に返還の用意を示唆してきた北方二島の確実な返還を優先すること)と、然るべくして全四島の返還が実現されなければならないという戦略的な決意という立場に基づいた、日ロ関係正常化の強力な勧め。
憲法改正、またはその文面の再解釈のいずれかを通じて、自衛隊を通常の軍隊として「正規軍化」し、地域に対する役割を果たさせ、(台湾が日本の防衛圏の中にあるという考えに立った)集団安全保障への参加のための法制度整備の推奨。
「北朝鮮の脅威」と、それがどの様にして解消されなければならないかという日本の要求を受け入れることへの、北朝鮮にとっての必要性により注力することを説くこと。佐藤は賞賛を以てイスラエルが(2007年の戦争の際の)レバノンでの同様な拉致問題に対してとったやり方を引き合いに出し、日本は北朝鮮に対し、もし日本の要求をのまなければ、ロシアと日本が半島の掌握権をかけて争った1905年当時のような状態に半島を逆戻りさせる危険を冒しているのだと、はっきりと示す必要があると説く。彼はまた、有事の際には、日本に核兵器を導入する権利を容認することも必要であるとしている。
北朝鮮政府へ圧力をかける方法として、在日朝鮮人の北朝鮮と提携する団体である朝鮮総連への、より強い圧力の正当化。
中国、韓国と米国(の下院議会)は靖国問題や「従軍慰安婦」問題で日本を批判する権利はなく、日本はこれらの批判を無視するべきだという強い主張。
中国と韓国にまつわる「反日性」は日本にとって脅威となっており、それに対して日本は団結し、強くあらねばならないという(2007年の時点での)考え方。
間違いなく、ありきたりのプロフィールではない:佐藤は、有罪判決を受けた元外務相職員でありロシア専門家で、保守派で、護憲派であり*11、キリスト教徒で(もともとは神学部生であった)、イスラエル擁護者であり、同時代でもっとも広く著作が出版されている知識人であり、左派-右派の隔たりをしょっちゅうなんなく跨いで越してしまう唯一の存在であるのだ。
これまで誰も、若い(1976年生まれ)在日朝鮮人(在日)の出版社社員であるキム・グワンサン以上に、彼が「佐藤優現象」と呼ぶものを解明しようとより多く努めた者はいない。キムの初めのその題材に関する小論文は(その中で彼は最初にその言い方を作り出したのだが)、「<佐藤優現象>批判」と題され、日本の隔月刊誌インパクションに現れた。*12 それ以来、佐藤が彼自身の著作を拡大させるためと殆ど同じだけの勤勉さと情熱をもって、佐藤現象についての批判的分析に注力してきた。違う点は、キムが最初の論文以後生み出した数千ページにわたる物のどれも、彼のブログを除いてはどこにも載せられていないことである。
キムは、何故佐藤の右翼的な見解のことを知っているはずの、「左派」または「リベラル」に属する出版業界の傑出した存在までが、それにも拘わらず彼に言い寄り、彼の原稿を競って出版しようとするのかについて疑問を呈している。佐藤現象を説明するために、キムは、日本は今(特に2001-2007の小泉政権と安部政権時代の)国粋主義者の波に晒されており、その中で伝統的なリベラル・左派陣営は、国威と国家のグローバルな影響力への右派の集団的な大望に飲み込まれてしまうことによる「転向」の最中にあるのだと述べる。キムが信じるところでは、「護憲」を求める人々さえも、日本の国家と社会の連続性と、強さ、一体性が優先されるという命題のもと、改憲派の反対者とも連帯をする傾向にあると言う。別の言い方をすれば、正に彼の姿勢が冷戦時代の「左派-右派」の隔たりを超えるという理由で、佐藤は多くの編集者と出版社を呼び寄せるのだ。
佐藤は非常に広範な主題について、印象的な多才さでもって著述をするが、それら著作を全体として捉える時に初めて、――彼の寄稿は国粋主義的な、右翼的な雑誌から、「左派」で「リベラル」な雑誌への両者に及ぶ――キムの、日本の「普通の国」としての未来を支持する、左派-右派にまたがる国粋主義的な枢軸の構築についての主張の意味が分かってくる。キムは、彼が「佐藤優現象」として言及するものを、「集団転向(shudan tenko)」の現代版として解釈をする――転向とは、1930-40年代の現象を呼ぶ際に使われる用語で、その中では、多くの左派と共産主義者たちが彼らの信条を、共産主義者の国際主義から、天皇を中心に据えた日本の国粋主義に変えていった。キムによれば佐藤は、「大政翼賛」制度として知られる、団結した(またはファシスト的な)国家体制を構築するのに、かつて近衛(文麿)によってなされた役割を現在果たしている。
2009年6月、キムは、彼自身によると、彼の評判を傷つけ、それと共に誤りであるとする、2007月12月の“週刊新潮”で発表された記事中の彼に対する言及について、佐藤と二人の出版社の人間に対して名誉毀損の訴えを起こした。*13 この訴訟は現在も続いている。この出来事自体、まったく注目に値するものではあるのだが、この短文中で説明するにはとても込み入りすぎて、また激しく争われすぎている。これを取り巻く状況は、キムが岩波書店という(とりわけ“世界”を出版する)出版会社の社員であるという事実により、さらに複雑になっている。彼の雇い主が発行する、影響力のある雑誌へ対する彼の批判的な注視は、殆ど雇い主からの好意などは起こさず、キムは彼が職場で岩波書店の労働組合もが連座した、脅しやいじめと同等な圧力に晒されていると言う。キムの職場での追いこまれた状態は、彼が、2007年に岩波書店の企業内組合を脱退し、その代わりとなる、独立した組合を展開し始めた時によりいっそう深まった。*14
 」


ネット検索をしてみたところ、まだ翻訳は出ていないようなので、つづきを訳してもらったら、また当ブログに載せるつもりでいます(どなたかが全訳を発表してくだされば別)。上の文章中「違う点は、キムが最初の論文以後生み出した数千ページにわたる物のどれも、彼のブログを除いてはどこにも載せられていないこと」という叙述にはハッとさせられる。こういうなりゆき・事態に現代日本の政治・社会、文化水準が象徴的に現れているのではないかと思う。何度でも言ってしまうのだけど、少し前まではまさかこんなことになるとは予想していなかった。


11月22日 読者の方から‘福音と世界’という雑誌があることを教えていただき、福音の世界→‘福音と世界’に訂正いたしました。
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2010.11.18 Thu l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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