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前駐米大使(2001~2008年)だった加藤良三氏が2008年にプロ野球コミッショナーに就任していたことを、今回のセ・リーグ開幕延期問題で初めて知った。プロ野球は球場に通うことも、テレビ中継を観ることも、スポーツ紙を読むことも、ここ7、8年ほとんどやっていないので、各球団の監督・コーチ、ベテラン選手の顔はさすがに判るものの、若い選手や人事移動のことなどにはすっかり疎くなってしまっている。

プロ野球界では巨人の人気が昔に比較すると見るかげもないほど凋落しているにもかかわらず(『菊とバット』などの著者であるロバート・ホワイティング氏によると、昔、南海ホークスや阪神タイガースに選手・指導者として在籍したドン・ブレイザーは「後楽園球場のアルバイト清掃員にユニフォームを着せて夜中の2時に試合を開催しても後楽園は満員になるだろう。巨人とはそういう球団だ。」と語ったという。これはあくまで比喩(皮肉も大分入っているかも。)であり、いくら何でも真夜中のゲームが満員になるとは思わないが、ON全盛時代の巨人がちょっと想像を超えた人気球団だったのは事実であった。)、相変わらず読売ジャイアンツの渡邉恒雄会長が力(顔?)でセ・リーグ各球団のオーナーやコミッショナーまで押さえ込んでいるらしいのには呆れるのを通り越してなんだか感心してしまった。

読売新聞創設者の正力松太郎以来、原発推進キャンペーンに邁進してきた読売新聞だが、今回のような未曾有の原発事故が起きてもナベツネ氏の態度はどこ吹く風、そういう歴史的経緯など眼中にないように見える。ああまで予定通りの開幕に拘るのは、前売り券の払い戻しなどによる経済的損失が惜しいのだと巷間言われているが、このような事態下でそういうしみったれた発想だけはいくらなんでもしないのではないかという気が最初は漠然とながらしていたのだが、でも案外これが真相なのかも知れない。

開幕を延長する必要はないという理由について、ナベツネ氏自身は下記のように述べている。

「開幕戦を延期だとかいう俗説もあったが、戦争で負けてわずか3カ月で選手や監督が野球をしようと立ち上がった。(被災地が)あの時は全国だったが、今度は日本全国じゃない。東京ドームは停電にならない。」

ナベツネ氏は1926年生まれなので敗戦時19歳のはずだが、それ以前も以後も野球をやった経験はなく、プロ野球についても1980年代後半に読売の副社長(?)とかに就任するまで、ほとんど関心も知識もなかったようである。これはスポーツライターの玉木正之氏がどこかで書いていたことだが、前述のロバート・ホワイティング氏は60年代に留学生として来日したアメリカ人で、一時期縁があってナベツネ氏に英語に関する講義(家庭教師?)をしたことがあるそうである。小さい頃から大リーグを観て育ち、日本でもプロ野球のファン、阪神タイガースのファンになったというホワイティング氏は当然野球の話もしたそうだが、ナベツネ氏にはほとんど通じなかったというようなことであった。そうであったろうということは、現在進行中の大災害下におけるプロ野球の開幕日程をめぐる問題を、1945年、敗戦3ヵ月後の、日本プロ野球の復活にむけた野球人たちの、苦労は多かったにしろ解放感と希望を孕んだひたむき・一途な動きと同一視して語っていることにもよく表われているように思う。この二つは決して並べて語れる問題ではないはずで、呆れてしまった。

私も昔、ペナントレースや日本シリーズの開幕を指折り数え、胸をわくわくさせて待った経験が数多くあるので、予定通りに開幕してほしいという野球人やファンの気持ちは十分理解できる。だが、今回は肝心要の選手会が「大震災の被害が拡大している今はまだ野球をやる時ではない」というもっともと思える理由を挙げて延期を切望している。選手のこの心情を無視してまで自分の意志を強引に通そうとするナベツネ氏や、「私は判断する立場にない」などと言ってコミッショナーとしての役割を果たそうとしない加藤氏の態度のほうが問題だろう。背広組は今回もまた大きな判断ミスをしたように思う。


   

脱線気味になってしまったが、今回書いておこうと思ったのは、憲法や集団的自衛権に関して加藤良三氏が外務官僚時代に発言した内容に関連してのことである。

この記事を読んでくださっている方のなかには、2003年イラクへの自衛隊派遣に際して、当時の小泉純一郎首相が派遣の正当性を主張するのに、記者団を前に「憲法をよく読んでいただきたい。」と言い、得々として日本国憲法の前文の一部、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」という箇所を読み上げたことを覚えている人も多いのではないかと思う。この出来事について、辺見庸氏は怒りの籠もった下記の文章を書いた。(下線による強調はすべて引用者による。)

「 首相は記者会見中に憲法前文を記したらしいメモをやおら取りだし「憲法をよく読んでいただきたい。憲法の前文、全部の文章ではありません。最初に述べられた、前の文、前文の一部を再度読み上げます」と前置きして、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」と、病んだ羊たちのように弱々しく、飼い主にどこまでも従順な記者団を前に、さも得意気に朗読したのである。この国最悪の憲法違反者が国民に憲法をよく読めと説諭する。靖国をこよなく愛する好戦的デマゴーグがわれわれに憲法をよく読めという。戦後史上もっとも屈辱的な時ではあった。
 ところで、首相が読み上げたのは、憲法前文中の第二段落の最後のセンテンスからであった。奇妙ではないか。憲法前文中、もっとも重要な前段の文章二十行四百数十字を故意に省いてしまったのだから。肯綮に中るのでなく、肯綮をわざと外したのだ。この点に関しては首相はじつに周到だったのである。小泉が作為的に省略した個所には①政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する②そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する③日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した――といった文章がある。首相はすなわち、国民主権、人権尊重、平和主義という憲法の三大ポイントのすべてを捨象し、一部のみを牽強付会していわゆる、「国の理念」「国家としての意思」「日本国民の精神」を捏造し、これらを肯んじない人々を威嚇しつつ、自衛隊派兵を正当化したのである。首相およびそのグループによる、これはまことに計画的な犯行以外のなにものでもない。」(『抵抗論 国家からの自由へ』(講談社文庫2005年))

「靖国をこよなく愛する好戦的デマゴーグがわれわれに憲法をよく読めという。戦後史上もっとも屈辱的な時ではあった。」と辺見氏は書いているが、私もこの記者会見を見て、この夜はいつまでも寝付けなかった。首相発言に辺見氏のいうとおり屈辱を感じ、暗澹とし、悔しかったのだ。でも、もし記者のなかから「憲法前文は首相のいう意味とは全然別のことを言っているのではないか」とか、「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない、というのなら、米英の攻撃はどうなのか、イラクという国を無視しているのではないか」など、当たり前の疑問や反論がいくらかでも出ていたならば、こちらの心境もずいぶん違っていただろうと思うが、その場はシーンとしていた。それだけに辺見氏のこの文章は当時身に沁みたのだった。


   

辺見氏はまた首相のこの行為に対し「首相およびそのグループによる、これはまことに計画的な犯行以外のなにものでもない。」と述べているが、この数年後、私はたまたま河辺一郎氏の『日本外交と外務省』(高文研2002年)という本を読み、1992年、大臣官房審議官だった加藤良三氏が上記の小泉発言と実によく似た発言をしていたことを知った。小泉氏は憲法前文を用いてイラクへの自衛隊派遣を正当化しようと試みたわけだが、その11年も前に、加藤氏はやはり憲法前文の一部を引用して集団的自衛権行使の正当化を図ろうとする発言をしていたのであった。『日本外交と外務省』から該当部分を引用する。

「90年代は憲法が大きく揺らいだ時期だった。そして、ソ連が崩壊した後でこの動きを推進したのは、いわゆる脅威論ではなく「国際貢献」論議だった。つまり、脅威へのやむを得ぬ対応としてではなく、積極的に憲法の規定を乗り越える議論として、外交政策が論じられたのである。九条に関する議論は防衛問題に集中しがちだが、そもそも防衛政策は外交政策の上に策定される。防衛を方向づけているのは外交にほかならず、外交政策を論じないで防衛政策を問題にしても議論が歪むだけだが、このことが明確に示されたのが90年代だった。「国際貢献」に積極的だったのも外務官僚で、直接に問題を担当する防衛官僚はむしろ消極的だった。九条を変えることに関して積極的な動きを展開してきたのも外務官僚だった。
 この間、外務官僚の口からはしばしば改憲にもつながる言葉が出ている。倒えば加藤良三・現駐米大使は、大臣官房審議官を務めていた1992年に読売新聞社の憲法問題調査会において「現役の官僚としての限界がありまして、なかなか歯切れのよい説明をなし得るかどうか、自信がありません」と前置きしながらも、「集団的自衛権自体は国際的正義および人類の普遍的価値を各国がよりよく確保し、享受できるための手段として有用かつ前向きの概念であると評価されるべきと思います。いずれにせよ、憲法の改正の要否は別にしまして、憲法体制のもとで日本は重要な外交案件について、適時、的確な対応・決定を行っていく体制を確保していく必要があるし、それは現実の急務であると思います」などと述べている(読売新聞社調査研究本部編『読売新聞憲法問題調査会リポート 憲法を考える 国際協調時代と憲法第九条』 193ページ及び215ページ、読売新聞社、1993年3月2日)。
 官僚が「憲法の改正の要否」に踏み込むことができないのは当然であり、「憲法体制のもとで」と述べていることは大きな意味を持たない。重要なのは、憲法上は行使できないとされる集団的自衛権を積極的に評価した上で、「的確な対応・決定を行っていく体制」の確保を求めていることである。しかも集団的自衛権への支持は「国際的正義および人類の普遍的価値」の文脈、つまり憲法前文に通じる理屈から語られており、前文から九条に挑戦するという、「国際貢献」の理屈がそのまま展開されている。そしてこのような中で発生したのが、一連の外務省不祥事だった。」(『日本外交と外務省』)

1992年といえば阪神・淡路大震災とオウム事件発生の3年前、バブル崩壊の後遺症もあったのか、奇妙な空虚さが日本社会を覆っているかのような感じの一時期だった。周辺事態法などが成立する7年も前である。そういう時に加藤氏は早くも、憲法前文の引用でイラク攻撃を正当化してみせて私たちを驚かせた小泉発言の先取りをする形で、こちらは憲法の文言を織り込みながら集団的自衛権行使を肯定するという言動をしていたのだった。小泉氏の自衛隊派遣に関する発言は、2003年当時加藤氏が駐米大使だったことを考えれば、加藤氏こそ、辺見氏の言う「首相およびそのグループによる、これはまことに計画的な犯行以外のなにものでもない。」という、その「グループ」の当事者だった可能性は高いように思う。

それにしても「集団的自衛権自体は国際的正義および人類の普遍的価値を各国がよりよく確保し、享受できるための手段として有用かつ前向きの概念であると評価されるべきと思います。」という発言内容は日本が米国と結んで何をやるのかと考えると、怖いし、薄気味悪い。特に、集団的自衛権を「人類の普遍的価値を各国がよりよく確保し、享受できるための手段として有用」などとする表現は私には理解を超えている。

こういう発言が読売新聞の憲法問題調査会においてなされたことや、前述したように今回の開幕延期問題に関して「私は判断する立場にはない」などとコミッショナーの地位にある者としては情けないかぎりの発言をしたことを考え合わせると、プロ野球コミッショナー就任はナベツネ氏の一存で決定されたのかも知れないと思ったりもする。 
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2011.03.30 Wed l スポーツ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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