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前回は主に、Kさん殺害当時、アフリカケンネルが資金繰りに苦慮していたという検察官の主張、およびその主張を全面的に受け入れた裁判所の認定に、実は根拠がないことを縷々記した。今後は、Kさん殺害のもう一つの原因であると裁判所が認定した、関根氏と風間さんの「車の両輪・運命共同体」説を検討していくつもりだが、その前に、前回アフリカケンネルの経営状態の件とともに検討した、風間さんが検察官の主張するような「金銭や財産への強い執着心」の持ち主か否かの問題に関連して、幾つか追加して述べておきたいことがあるので、以下に記す。


被告人の性格を捏造するために善意の第三者の証言をも歪曲して利用する検察とそれをそのまま認める裁判所の不公正

検察は論告で、風間さんについて、下記のように主張している。

「K殺害の動機は、同人がローデシアンの購入をキャンセルしてその代金を返還するよう要求したことに対する拒絶にあり、A、SD及びMAの各検面調書における供述(甲951ないし953号証)、 並びに被告人関根の公判における供述(第77回公判等)等々からも明らかなように、被告人風間には、自己の財産に対する執着心が強くあって、主に被告人風間が大きな利害関係を持っていることからしても、被告人風間がK殺害を言い出してその共謀のきっかけを作ったとみるのが自然かつ合理的で、被告人関根のこの点に関する右供述の信用性は極めて高い。(『一審論告』p132)

被告人風間の知人であるA・I(以下、「A」 という。) 及びSDの各検面調書における供述(甲951及び952号証)、 並びに証人KKの証言等からすると、被告人風間が単に金銭的な無駄遣いをしないだけでなく、いわば自分の懐に入った金銭に対しては、異常な執着心を持っていたことが認められるのである。」(同上 p231~232)

検察官は、A・SD・MA・KKという諸氏の風間さんに関するいかなる供述や証言が、殺人に至るような「自己の財産に対する執着心」「金銭への異常な執着心」を顕しているというのか、証言者の実名を出して上記のように主張する以上、各証言内容の該当個所を引用し、かくかくしかじかの言動が被告人風間の強い金銭への執着を顕している、と明示するのが当然のはずである。だが、論告はそれを一切していない。
そのため弁護人は、「検察官はおそらく証言中のこの部分を「金銭への執着心」と指摘しているのであろう」と推測し、上記の人々の証言内容から該当しそうな箇所を抜き出して分析をし、論告への反論・批判をしている。これはおそらくは、そのようにしないと、裁判所が検察官の主張をたとえ根拠のないものであっても、それをそのまま事実として認めてしまうのではないかという不安を感じるからではないだろうか。
検察官が具体的な実例を挙げていないのは、証言のなかに「金銭や財産への異常な執着」を示す具体的なエピソードが一つもないからであろう。
あえて上記の供述や証言のなかからそれらしき箇所を選べば、A氏から「執着心」という言葉が出てはいる。A氏は、その同じ供述調書のなかで、「風間は信用できる人間である」「風間が口に出したことは信用できる」という趣旨の言葉を何度も挿入しながら、次のように述べている。

「被告人関根は金銭管理の能力はなく、持たせておけばあるだけ全部使ってしまう性格で、被告人風間は決してけちだとは思わないが、一旦入った金は無駄遣いして減らすようなことはしない性格である。したがって関根には金をもうけるという面での金に対する執着心があり、風間には、生活や財産を守るという意識から、一旦懐に入った金に対する執着心が強かったように思った」(甲951号 平成11年9月5日)

この「一旦懐に入った金銭に対する執着心が強かったように思った」との供述について、弁護人は、

「右供述は被告人関根の金銭感覚について、持たせておけばあるだけ使ってしまうということを述べた上で述べられているのであって、このような夫を持った妻が生活の防衛のために、一旦懐に入った金について無駄遣いをしなくなるのはむしろ当然である。」(一審弁論要旨p284)

とごく常識的な見解を述べているが、風間さん自身も、公判(第58、88回)で会計処理の方法を尋問された際に、「特別に購入する物品等については、資金的に余裕ができるまで購入しないという方法を取っていた。」と、極力出費を抑えるやり方をしていたことを認めている。検察官にいわせると、あるいはこれも「金銭や自己の財産に対する異常な執着心」ということになるのだろうか? 上のA氏は、「被告人風間は決してけちだとは思わないが」、「生活や財産を守るという意識から」と断っているのに、検察官はその部分は無視し、あたかもA氏が風間さんを、殺人も辞さないほどの強い金銭への執着心をもつ人間であると述べているかのように装っているのだ。
従業員のMさんは、風間被告が温和であり、動物の仕事がしたいと思って入ってくる人間にとっては目標になるような動物への接し方、育て方をしていたことを述べるとともに、「従業員が病気になったとき、治療費を払ってくれたり、美容院の費用を払ってくれたりした」「(従業員の)面倒見はよかった」(甲275証 平成7年1月15日)と証言しており、その他、風間さんの「金銭への異常な執着心」をうかがわせるような事実なり挿話なりをこれまでのところ私は裁判記録のなかに何ひとつ見たことがない。にもかかわらず、検察官は「被告人風間には、自己の財産に対する執着心が強くあって、…(略)…被告人風間がK殺害を言い出してその共謀のきっかけを作ったとみるのが自然かつ合理的」とまで主張しているのだから、このような主張をする以上、自らその具体的実例をあげ、論証する責任を負っているのは言うまでもないことのはずである。

検察官のこのような姿勢に対し、一審の弁護人は、

「検察官の主張は、ことさらに証拠を歪曲して、被告人風間の性格を捏造しようとするものであって、不当極まりないものである。」(『一審弁論要旨』p283)

と述べているが、これは、それだけにとどまらず、殺人に至るほどの「金や財産への異常な執着心」を捏造するための補強証拠として名前を挙げられているA・SD・MA・KKといった証言者に対する検察、またそれをそのまま追認する裁判所の背信行為でもあるのだ。この主張を補強するために検察官によって実名を出されている人達は、調書において誰も風間さんの生活や人間性に対する批判をしてはいない。このうち「愛犬ジャーナル」の発行人KK氏は、アフリカケンネルと10数年の付き合いがあったとのことだが、第96回公判に証人として出廷し、関根氏については「誇大妄想狂」「触らぬ神に祟りなし」と評する一方、風間さんと事件との関わりについて尋ねられると、次のように答えている。

「最後になりますけど、今回のこの裁判というのは、関根被告人に対しては4人の被害者に対する殺人と死体損壊、遺棄、風間被告人については3人に対する殺人および死体損壊、遺棄として裁判になってるんですよ。証人の目から見て、風間被告人が、例えば、自ら手を下して人を殺したりとか、又は、人を殺すことを共謀して、人に頼んだりとか、そういうようなことをした、できたりするような人間に映りますか。
  「いや、全く、うそだろうと思ってます。こういう事件が起こったとき、逮捕されたと聞いたときに。」
なんで、そういうふうに思いましたか。
  「だって、あれだけ犬が好きで、あれだけ一生懸命やって、人間、やりますかと。」
要するに、そういう生き物や動物に対する接し方を証人なりに見ていて、そんな、ましてや人を殺すなんてことは考えられない、そういう意味ですか。
  「はい、そういう意味です。」」(第一審 96回公判 平成12.3.9日)

私見になるが、上記の「いや、全く、うそだろうと思ってます。」という証言者の語調には、“そんなことはおかしくって、想像もできない”というかのようなニュアンスがたたえられているように感じたことを述べておきたい。
それからKK氏が、「必要なものはちゃんと必要なもので出してたですけど、無駄なお金はほとんど使わなかったです、私の知る限りでは。」と証言していることは前回紹介したとおりだが、KK氏の公判における尋問調書にはこの発言以外に風間さんの金銭感覚について述べている箇所はないところを見ると、検察はこの証言をも自らが主張する風間さんの「強い金銭への執着心」の補強証拠としているのである。KK氏に限らず、上記の証言者にとってはさぞ不本意なことであろうと思われる。

こうして何の証拠もなく検察官が風間さんを「財産・金銭への異常な執着心」の持ち主だと主張し、裁判官がこれを全面的に認めたことは、前回述べた、4月20日の事件当日に風間さんが雄犬の購入代金をアメリカへ送金した事実を判決文が黙殺・隠匿したことと密接な関連をもつ。証拠のほとんどないこの事件において、この送金は、風間さんと事件との関係を解明するために、また事件全体の真相に迫るために、ぜひとも慎重な審理が必要とされていたし、裁判所は判決においてこの事実に対する判断を具体的に示さなければならなかった。これは、この裁判でこれを審理せずして、いったい他に審理すべき何が残るだろうというほどに重大な事実のはずである。しかし、裁判所はそうすることができなかった。というのも、もし送金の事実を取り上げたならば、その時点でこれまで作り上げてきた事件の全構図がガラガラと音立てて壊れてしまうことが明らかだからだ。4月20日の送金について、弁護人は、下記のように主張している。

「(二) なお平成5年4月20日付の送金分はKWが注文したバードの代金である。/ところで、犬の繁殖のためにはオス、メスのつがいが必要であるところ、メスは何頭手元にいても子を産むので価値があるが、オスは犬舎に複数頭いても売却しない限り、餌代がかかるだけであって、繁殖業者にとってはマイナスであることは常識である。/ところでKが注文したオス(トレッカー)の代金は既に平成5年3月25日に送金済みであり、平成5年4月20日にKを殺害することを事前に共謀していたとすれば、右トレッカーの引き取り手はなく、万吉犬舎にはローデシアンのオス二頭(グローバー、トレッカー)が残ることとなる。/検察官の主張によれば、被告人風間は金に執着心が強く、金銭に細かい人間ということである。
そうした性格の被告人風間が事前にK殺害を共謀、しかも殺人動機が「金への強い執着心」であったとすれば、トレッカーをKWに渡せば済むことであり、K殺害当日の平成5年4月20日にKWが注文したバードの犬代金をわざわざ送金することはあり得ないと言える。/この事実からも被告人風間はK殺害について事前共謀がなかったことを物語っている。」(『一審弁論要旨』p78~79)

裁判所は、風間さんの「金銭への異常な執着」がKさん殺害の重大な動機という検察官の主張を認めているのだから、死刑という極刑を言い渡す者としての責任上、それも最低限の責任上、自らのその判定とは矛盾する4月20日の送金についてどんなことがあっても明確な判断を示さなければならなかったと考える。死刑という極刑もやむを得なかった、これだけの残忍な犯罪に対する刑罰としては死刑しかなかったのだと被告人をふくめた万人の前に自らの判決の正しさを示すためには、それが絶対的に必要とされていることは誰の目にも明らかであろう。しかし、そのようにしたら、今度は、「金銭への異常な執着心の持ち主」とのこれまでの自己の認定への再検討を迫られる。場合によってはその認定を取り消さなければならなくなる。殺人の動機そのものを否定しなければならなくなるかも知れない。そのために、送金自体を事実上なかったことにしてしまったのではないだろうか。目下のところ私はこの他に合理的推論の可能性を思いつかないのだが、するとこの裁判にとって真相究明の社会的使命はどうなるのだろう。またこの裁判官にとって裁判の中核である被告人の存在とその生命はどのように映っているのだろう。


控訴審の判決文が示した巧妙かつ不可解な判定

この問題に対して、控訴審の判決文は下記のような認識を示した。

「⑦(風間の弁護人及び風間)風間は,K事件の当日に,KWの依頼に基づいて高額の犬の購入代金を送っているが,関根との間にKを殺害する事前共謀があったのであれば,K用に注文していた犬をKWに回せば足りる道理であって,KW用の犬の代金を送るような無駄になることをするはずがない。したがって,この事実は風間が関根と事前に共謀していなかったことの証左である,というのである。
しかしながら,その主張は,そのようなことも可能であるという理屈にすぎない。同じ理屈が当てはまる関根が現にK殺害を実行しているのである。所論は理由がない。」(『控訴審判決文』p29)

上記の判決文の「その主張は,そのようなことも可能であるという理屈にすぎない。」および「同じ理屈が当てはまる関根が現にK殺害を実行しているのである。」という判定は、それぞれ別個の検討が必要とされていると思う。
まず、最初の「その主張は、そのようなことも可能であるという理屈にすぎない。」という判定だが、ここで「理屈」という単語はどのような意味をもって用いられているのだろうか? 「理屈にすぎない。」という言い方をしているところを見ると、裁判官がこれを、「正しい筋道」や「道理」という意味ではなく、まともにとりあわなくてもよい「こじつけの論理」と判断していると見て間違いないだろう。というのも、裁判において、「筋道の正しさ」や「道理」を、このように「…にすぎない」として放擲するような裁判官が存在するとも思えないからだが、「理屈」という言葉をこのように理解して上記の判決文を読むと(そもそもこのような場合に「理屈」という言葉の定義を明らかにしないで使用することが不適切なことはいうまでもないと思われるが…)、裁判官のこの判定は何とも異様に映る。

検察ももちろんそうだが、1・2審ともに、裁判所は、当時アフリカケンネルが資金繰りに苦しんでいて、元来金銭に執着心の強い風間さんが「Kに返す金などない」「やるしかない」と、650万円のキャンセル料返還を惜しんでKさん殺害を決行した、と認定しているのである。ついでに述べておくと、関根氏はKさんにキャンセル料を650万円支払うと申し入れたようだが、キャンセル対象の雄犬は450万円だったのだから、アフリカケンネルが資金繰りに困っていたのであれば、交渉次第で450万円の返還で済んだはずなのである。現にKさんの奥さんは、夫から「(関根氏から)キャンセル料として650万円と車をもらえることになった」と聞いたとき、「なぜ450万円でなく、650万円なのだろうと訝しんだ」と証言している。風間さんが真実事情を知っていてキャンセル料の支払いを惜しんだのなら、「やるしかない」という前に、650万円ではなく450万円に、あるいはそれ以下の値段で済ませられるような交渉を考えるのではないかと思えるが、それにしても、650万円を惜しんで殺人を強行するような人が、よりによってその殺害当日になぜ12000ドルもの大金を惜しげもなく懐から出すのだろうか? その他、運賃や検疫費に40万円要ることはすでに述べた。その上、行き場所がなくなるに決まっている犬をわざわざ購入すれば、引続き飼育代に出費が重なることになるのも分かりきっているのに。
判決文の上述の部分を読んでこのような疑問をもたない人間はまずいないのではないかと思われるが、すると裁判官はこれらの人もみな、「そのようなことも可能であるという理屈」を述べているのに過ぎないというのだろうか? だがこのような疑問が「理屈にすぎない」として排除されるのであれば、そもそも裁判とは何か、裁判所とはいったい何を審議することによって結論を出す場所なのかという基本的・根本的な疑念をおぼえないわけにはいかない。

次に、「同じ理屈が当てはまる関根が現にK殺害を実行しているのである。」という判定である。これもまた何とも不思議な判定に思える。まず「同じ理屈」という語句中の「同じ」とは、何を指しているのだろうか? 「理屈」の意味は、上記で検討したように、「風間がキャンセル料を惜しんで殺人におよんだというのなら、同時期に大金を溝に捨てるような無駄な送金をするはずがない。この送金は風間が殺害の事前共謀をしていないことの証左である。」という被告人・弁護人の主張を指していると思われる。しかし「同じ」という意味は不明である。ただこの言葉から、裁判官には風間さんが関根氏と事前共謀をしていたか否かを検討する意思がないらしいこと、すなわち関根氏もこの送金の事実を知っていたにちがいないと決めてかかっているらしいことだけは推測できる。そうでなければ、ここで「同じ」という言葉が出てくるはずがないと思われるからだが、そうであるならば、裁判官はどのようにして関根氏がこの日の送金の事実を知っていたのかという判断を示すべきであろう。

「被告人関根と被告人風間は、平成5年1月25日離婚し、被告人関根は、平成5年1月25日から同年3月中旬頃まで寄居の桜澤のアパートに引っ越して居住し、さらに同年3月中旬から同年5月連休前頃までは片品のY宅に引っ越して生活しており、ペットショップや万吉犬舎にはあまり出入りがなく、犬の注文等の連絡はほとんど電話によるものであり、あまり会話をする時間もなかった。」(『一審弁論要旨』p75)

上記のように、Kさん殺害事件当時、関根氏は片品のY氏宅に同居し、ここを店舗として雑誌に広告も出し、Y氏宅には犬売買の件に関する電話がかかってくるなど、ここで商行為を行なっていたことはY氏も認めている。アフリカケンネルの従業員Mさんの供述調書にも、離婚後の関根氏と風間さんの関係について、「前と生活パターンが、すっかり変わっておりました。」「(関根氏は犬舎に)2週間も姿を見せないことがあり、2日と続けて来ませんでした。」(甲第275号証)とあるように、このころ関根氏と風間さんの関係が疎遠だったことがうかがえる証拠はいくつもあるのだが、裁判官はこのことをまったく考慮に入れようとせず、黙殺している。

送金事実に関しての被告・弁護人の主張に対する、「その主張は,そのようなことも可能であるという理屈にすぎない。」、「同じ理屈が当てはまる関根が現にK殺害を実行しているのである。」という判決文からは、そもそも殺人の要因であったはずの風間さんの金銭への執着心はどうなったのか、この問いに対する答えが得られないことはたしかである。死刑判決が言い渡されるような重大な裁判において、判決文のこのような文章を見ると、真相解明への真率な情熱を欠き、白を黒と言いくるめるための高度に洗練された技術だけを見せられているようで、索漠とした思いにかられる。
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2009.07.30 Thu l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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