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『週刊金曜日』は、定期講読者ではないので、毎週読むわけではないが、偶然読んだ掲載記事につよく感応してしまうということがこのところ2回ほどあった。
近いほうの例は、2009.07.10号の「「国策捜査」追認する最高裁 佐藤優氏上告棄却で有罪に」という記事。筆者はジャーナリストの青木理氏で、佐藤優氏の上告が6月30日付けで棄却されたことをうけての文章である。
一読後、内心にひどく引っかかるものがあったのだが、それは下記の部分であった。

「今後、佐藤氏は「起訴休職中」というくびきから離れ、むしろ活躍の幅は広がるだろう。そのさらなる旺盛な言論活動に期待すると同時に、検察の捻り出した虚構に付き従うことしかできない司法の砦=最高裁の滑稽な佇まいには、徹底的に唾を吐きかけておきたいと思う。」

上記の文章を3つの部分に分けて感想を記すが、まず、①は、「今後、…むしろ活躍の場は広がるだろう」という箇所。これについては、青木氏が述べるとおりに佐藤氏の活躍の幅がこれからさらに広がるのだとすれば、佐藤氏の言説内容を評価しない当方としては辟易する。そうとしか言いようのないことだが、それよりも興味ぶかく感じたのは、②「さらなる旺盛な言論活動に期待する」という青木氏の発言だった。これを見ると、青木氏は現在の佐藤優氏の言論活動を高く評価しているということだと思うが、佐藤氏の言説の何を、どのような発言をすばらしいと思い、今後への期待につなげているのだろうか?

佐藤氏が事実「国策捜査」の被害者であるかどうかについては、私は訴訟記録も見ていないし、有罪、無罪を判断できるような情報も何ら持ち合わせていないので、正直なところ分からない。一般に流布されている裁判に関する情報から推測すると、「背任」を問われた3349万円の支出には事務次官の決裁がされているということだし、有罪の確実な証拠はないようにも思える。ただ、佐藤氏が著作や対談や雑誌・新聞記事などで自分の事件について述べている文章を読んでいると、その説明内容にふつふつと疑念が湧いてくるというのもまた事実である。

疑問の一つなのだが、佐藤氏は、なぜ、自分が「国策捜査」の被害者だと訴え、控訴、上告をつづけながら、これとセットのように、ことあるごとに、「国策捜査の必要性もよく理解しています」「国策捜査は必要と考えています」(獄中記)という主旨の発言を繰り返すのだろうか。自分はこれまで国策捜査そのものを否定したことは一度もない、と強調している文章も私はどこかで見かけた記憶がある。このような見解をきくと、私などは「それならば、もう裁判を打ち切って、おとなしく判決を受け容れることにしたらどうか」と思うのだが、佐藤氏はどのような意図でこの発言を延々と繰り返すのだろうか。

自分への国策捜査は承認できないが(上訴するということはそういうことだろう)、他人の場合は必ずしもそうとばかりはいえない、という意図をもって述べているのだろうか(そういえば、朝鮮総連への国家的弾圧について、国策捜査はこういうときにつかうものだ、と弾圧を推進する旨の発言をしている文章を読んだことがあった。)。または、このような発言をすることによって、検察やその他の国家機関にひそかなメッセージ、アピールを送っているつもりなのだろうか。それとも、これらのこととは全然別の、何らかの考えや思惑があるのだろうか。

佐藤氏の定義によると、「国策捜査」も無実の罪 ― 冤罪には違いないようである。冤罪を訴えている人物が、冤罪も必要な場合がある、などと発言することは普通まずありえないし、倫理的にもあってはならないだろう。しかし、佐藤氏はその見解を何年にもわたって述べ続けている。忠告する人も、疑問を呈する人もいないようだ。佐藤氏自身、自分の言動に矛盾を感じないのだろうか? このような発言は、現に、冤罪を訴え、冤罪に苦しんでいる人の立場や環境にじわじわと悪影響をもたらす可能性も十分に想定されると思うが、佐藤氏はこのようなことに考えをめぐらすことはないのだろうか?

また、佐藤氏が責任を問われた「背任罪」は、イスラエルに関連しての事件のようだが、大変気になるのは、佐藤氏とイスラエルとの関係である。佐藤氏は誰はばかることなくイスラエルへの自分の絶大な傾倒ぶりを口にしているが、この事件および裁判に、イスラエルと佐藤氏の関係は何らかの影を落としていないのだろうか。「国家の罠」「獄中記」でもイスラエルに対する言及は夥しくなされていて、イスラエルに対する如何にも好意的な記述は印象に残ったのだが、驚いたのは、2006年および2008~2009年に起きたパレスチナに対するイスラエルの大虐殺の最中、佐藤氏が全面的にイスラエルを擁護し、その上、日本外務省に対してもっと完全にイスラエル側につくようにと明確な要請をしたことだった。佐藤氏のこの言動 ―― 特に外務省への要請は、佐藤氏を「国策捜査の被害者」扱い一辺倒だったこれまでの見方に再考を促すに十分な出来事ではなかったかと思う。

以上、佐藤氏に対する2つの疑問点を記したが、青木氏は、これらの点についてどのような見解をもっているのだろう。上記のような疑問は、おそらくは多かれ少なかれ誰の胸にも浮かぶと思われる疑問なのだから、最高裁の判決が下りた今、青木氏が、佐藤氏を国策捜査の被害者であると読者や社会一般にむかって断言するのならば、誰にいわれなくても、上記の疑問点について自分のほうから率先して佐藤氏に質問し、調査検討して、読者に説明するのが責任ある姿勢ではないかと思う。

佐藤氏は、2006年11月に刊行された「インテリジェンス武器なき戦争」(幻冬舎)において、

「アラブの原理主義やパレスチナの極端な人たちの中から、「佐藤は日本におけるイスラエルの代弁者だ」ということで、「始末してしまったほうがいい」と言ってくる人たちが出てくるかもしれない。それはそれでかまわない。それを覚悟で贔屓しているわけです。しかしそれと同じように、アラブを贔屓筋にしている人たちは、イスラエルにやられても文句は言えないですよという話です。たとえばアルカイダ、ハマス、ヒズボラのテロリストを支援するような運動をやった場合、これはイスラエルにとって国家存亡の問題ですから、その人は消されても文句は言えない。それくらいの覚悟が求められる贔屓筋の話だと思います。」

と述べている人である。パレスチナに対するイスラエルの虐殺、占領・封鎖政策に心を痛め、批判する人々への脅迫に等しい発言内容だが、このような恐るべき発言をした人は、戦後、文芸や言論に携わってきた人のなかに一人もいなかったと思われるが、こういう発言に沈黙し、容認したまま、「さらなる旺盛な言論活動に期待する」という青木氏の姿勢も私は不可解である。佐藤氏の上記の発言は、金光翔さんの論文「<佐藤優現象>批判」が発表された際の言動をはじめとして、自分が批判された場合に佐藤氏がみせる対応とふかく関係していると思うのだが、佐藤氏に対して上記のような期待の言葉を述べる青木氏は、ジャーナリストとして、佐藤氏の上述の言動をどのように解釈し、評価しているのだろうか。

これは青木氏にかぎったことではないが、佐藤氏の周辺の人達は、もし自分自身や周囲の人間が何者かに言論・表現に関して干渉や圧力をうけた場合、一体どんな対応をとるのだろう。言論・表現の自由に対する侵害だ、と憤ったり抗議したりするのだろうか。しかし、自分のすぐ身近で生じたこのような露骨な人権侵害に一度見て見ぬふりをしたり、容認してしまったら、自分自身が被害をうけた際に、そのような言葉を口にすることはできなくなる、少なくとも大きな矛盾を露呈することになると思うのだが…。また、自分が言論の場で誰かにきびしい批判をあびた時にどうするかという問題もある。それから自分の近親者(親、子、夫、妻、兄弟姉妹 etc.)や親しい友人が言論活動をしていると仮定して、その人が、誰かに批判をうけた場合に、佐藤氏のように、言論に言論で応じることをせず、週刊誌での恫喝や裏工作に走るような態度をとったとしたら、そのときどうするかという問題もある。この人々はその場合も黙認するのだろうか。悲嘆しないのだろうか。しかし、そのようにして、佐藤氏のような対応・言動が、言論界や社会のあちらでもこちらでも、とあたりまえのようにはびこりだしたらどうなるのだろう。少なくとも、これまでは、日本社会にもこのような行為は恥ずべきこと、軽蔑すべきことという共通認識がたしかに存在していたはずなのだが。

最後に、③として、「検察の捻り出した虚構に付き従うことしかできない司法の砦=最高裁の滑稽な佇まいには、徹底的に唾を吐きかけておきたいと思う。」という記述について述べておきたい。裁判所には私も刑事事件の判決文を読んだりする折りには、一庶民としてときには絶望的な気持ちをおぼえることもあり、その点、青木氏の心情に共感するが、これまで述べてきたような、佐藤氏に対する疑問が解消されない以上、佐藤氏の事件を通し、佐藤氏を「被害者」として擁護する立場からの裁判所批判には賛同することはできない。「国家の罠」には、国益にあたえる悪影響をミニマム化する、とか、特殊情報に関することが表に出ないようにする、ということへの配慮の要請を検察に伝え、その点では検察との間で手を握ることができるとの感触を得た、などとも記されている(文庫版p292)。つまり、あの事件には、法廷には出ていない種々の問題が存在する可能性を佐藤氏自身が記述しているのである。青木氏には、そのようなことにも注意を向けて欲しかった。
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2009.08.14 Fri l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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