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産経新聞の記事「死刑執行 法相は職責から逃げるな」は、死刑執行が求められている理由として、この前のエントリーで取り上げた説の他に、「最後の執行以降に16人の死刑が確定しており、死刑囚は過去最多の120人に達している」ことをも挙げている。この言い方にはどうも確定死刑囚が100人を超えて120人にまで達していることに対するある種の焦燥感すら漂っているように感じるのだが、これは勘繰り過ぎだろうか。

たしかに、確定死刑囚120人という数は驚くべく多い。「死刑執行・判決推移」(以降に引用する死刑判決および死刑執行に関する数字はすべてこの統計記録に拠る)を参照すると分かるのだが、これは実に戦後最多の死刑確定者数なのだ(ただし、敗戦直後の4年間(1945年~1948年)の死刑確定者数は不明)。そもそも年度末における死刑確定者総数が100人を超えたことは、2007年に107人を記録するまで過去60余年間一度もなかった。

敗戦から1950年代末までの十数年間、日本の年間死刑確定者数は20人台を中心に毎年二桁を数えていた。当時は、死刑執行も判決数とほぼ同数回行なわれており、年間30人もの人が処刑されたという記録も数回みられる。そのため、全国の拘置所または刑務所に収容されている確定死刑囚の総数は60人台を中心に50人~80人という状態で一定していた。しかし、60年代に入ると、死刑判決は徐々に減少し始める。64年は9人、65年は7人というように、年間の死刑確定者数が一桁台におさまる年も現れはじめた。

1970年代に入ると、その傾向はいよいよ顕著となり、新確定者数は年間2人とか3人、時には0人、1人など、一桁の前半を記録する年が多くなる。その結果、1971年から2003年までの33年間の死刑確定者総数は139人、年平均に換算すると、4.2人である。直前の1961年からの10年間、確定死刑囚の総数は131人、年平均13.1人だったことを考えれば、まさに雲泥の差であり、これは裁判所の姿勢が死刑判決に対して抑制的な方向に変化していることを示している。この間の特筆すべき出来事としては、何といっても80年代、免田栄さんを筆頭に4人もの確定死刑囚の人たちに次々と再審無罪判決が言い渡されたことが挙げられるが、その他、1990~92年の3年間、死刑執行が一度もなされなかったことも今なお記憶に新しい。1990年は国連で死刑廃止条約が採択された年であり、3年もの間死刑執行が皆無だったのはおそらくそのことと無関係ではなかっただろう。その前提として、4件4人の再審無罪判決の衝撃の記憶が世の中から、ひいては司法関係者の胸の裡から、消え去ってはいなかったであろうことも推測される。

一方、この間、死刑判決の対象となる殺人事件の発生件数(および事件による死亡者数)はどのような推移を辿ったかを見てみたい。こちらの統計資料によると、殺人の認知件数は70年代に入った頃から減少の一途を辿り始める。それまで年間二千件を下回ることは稀だったのに、1978年(昭和53年)に発生件数1862件を記録して以来、今日まで一度も二千件台に上昇することはなく、逆に1988年に1441件という一千件台の前半を記録して以後、昨年まで緩やかながらも確実に減少を続け、現在も最少記録を更新しつづけている。

このように殺人認知件数と死刑判決、双方の減少により、1971年~2003年までの間、確定死刑囚の総数は常時20人から50人の間を行き来している。90年代に入るとその数は40~50人であり、70、80年代に比べるとやや増加しているように感じられるが、記録をみると、その原因は、死刑執行が死刑判決以上に抑制的・減少傾向にあったせいのようである。

ところが、21世紀に入ると、死刑制度を取り巻く環境・様相は突如として一変する。2004以降、2011年現在までの8年未満の間の死刑確定者総数は118人、年平均14.8人である。2004年の確定者数15人、2005年11人、2006年20人という記録をみると、この動向は2004年に突如発生したものではなく、すでに90年代の後半から地裁、高裁においては死刑判決が激増していたということが分かる。

それにしても、71年から2003年までの33年間にわたって続いていた確定死刑判決4.2人/年から、2004年以後の8年間は、一挙に3倍強の飛躍的増大である。8年間の総計118人、年平均14.8人という数値は、このなかにオウム事件により死刑判決が確定した人々が12人も含まれていることを考慮に入れても、驚くべき数値というしかない。半世紀前の60年代の年平均13.1人をも超えている。この間もしも日本社会における殺人件数や殺人事件による死亡者数が増大していたというのなら、死刑判決の増加を容認するかどうかは別にして、そのゆえんを理解はできる。が、そんな事情は上述のとおり皆目存在しないのである。

それにもかかわらず、なぜわずか十年ほどの間にこれほどまでに死刑判決が急増してしまったのだろう。産経新聞は「刑事訴訟法は死刑確定から6カ月以内に刑を執行することを定めているので、職責を全うできないなら、最初から大臣就任の要請を受けるべきではなかった」という死刑推進派の常套句に加え、上述したように「死刑囚は過去最多の120人に達している」と述べたり、あげくのはてには、死刑判決を下した裁判員の心情を勝手に忖度して、法相が死刑執行を命じないのは「裁判員の努力に対する愚弄だ」とまで述べて(死刑判決を出した裁判員は執行を心待ちにしているとなぜ言えるのだ?)、死刑執行を煽動している。が、ジャーナリズムならば、まずは、死刑判決が、法改訂もなければ有権者に対する何らの説明もなく、このように急増した理由は何かという点に注意なり意識なりを向けてほしいものだ。死刑が例外中の例外である重大な刑罰だという認識をもっているならば、司法記者たるもの当然そのような思考をすると思われるので、この記事は端的に記者の「死刑」という刑罰についての思慮不足、認識不足の証明品ではないか。

現状では、死刑判決の激増と同時に、無期刑も激増している。20年前、10年前には有期刑に相当した犯罪が現在では無期刑に (時には死刑に) すり替えられているのだと思うが、このような恣意的判断がなぜ裁判官に許されているのだろうか。これは実は完全な違法行為ではないのだろうか。これほど重大な問題が摘発もされずに見逃され、許されるのならば、そのうち年間の死刑確定件数がかりに50件、100件、200件と増大を続けていったとしても、論理のいきつくところ、問題ないことになるのではないか? ジャーナリズムはこの現実をこそ率先して分析し、論点を法相の記者会見の場で率直にぶつけてみてはどうだろうか。記者会見の場が闊達になること請け合いである。

司法の厳罰化の原因だが、政治や社会の動きと密接に連動して進んできたことは間違いないと思う。このことは政治に鈍感な私でも7、8年前からひしひしと感じてきた。1999年の周辺事態措置法から始まって、2002年の武力攻撃事態法、自衛隊法等改正、安全保障会議設置法改正など、有事法の成立によって日本社会の右傾化は決定的に進んだ。そこに、経済格差が拡がり、若年層をはじめとした労働者の雇用や貧困の問題が深刻化した。司法の厳罰化はこのような社会環境の下で半ば必然として起こったことだと思う。どんなに過酷に扱っても誰からも文句が来ない、あるいは来てもきわめて少数とおぼしき人間や集団をより一層過酷に取り扱い、見せしめにする必要がある。そうして初めて一般社会における底辺層の不満を抑え込むことができると狡猾にも支配層は考えるのではないだろうか。気がついたらいつの間にか司法の厳罰化が進行していた、というようなことでは決してなく、ちゃんと計画的に施策として進められてきたのだろう。司法の問題だけではなく、授業料無償化の対象から朝鮮学校を除外するという政策に象徴されるように、在日朝鮮人への差別と迫害も年々あからさまに酷くなってきている。社会に起こるいろんな出来事や現象は相互に無関係ではなく、緊密に結びついていることはたしかだろう。福島第一原発事故も、その原因の一つにはもしかすると日本社会の近年のこのような荒廃も深く絡んでいるのではないだろうか。

司法は法的にも社会的にも何ら正当な根拠をもたないまま、そして有権者に対する断りもなく勝手に厳罰化を推進してきた。それなのに産経新聞のごとくその問題を一切不問に付して、「死刑囚は過去最多の120人に達している」から、法務大臣よ、執行を急げ、と叫ぶようでは、産経はもはや報道機関ではなく、権力の走狗機関になってしまっているのではないか。

法務省は「120人」という確定死刑囚の数が国連の人権委員会など国際社会の注意を惹くことを恐れるだろうから、新法相の平岡氏には今後あちらこちらから執行圧力がかかってくることだろう。産経新聞の記事のように。しかしこの状態は第一に近年の異常な厳罰化が招いた結果であることは間違いないく、これでは死刑という深刻な刑罰に対し、より一層の疑問や不審をもつのは、法相がデリケートな神経と良心をもっていればいるほど必然のことだと思う。国連・規約人権委員会は、2008年に発表した「対日審査・最終見解」において、「政府は国民に廃止が望ましいことを知らせるべきである」との意見を述べている。平岡氏には圧力に屈せず、死刑執行を拒否する、というよりむしろ、自身の法相就任を死刑廃止に繋げるのだというくらいの意気と勇気と自信をもって問題に取り組んでいただきたいと思う。
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2011.09.22 Thu l 死刑 l コメント (0) トラックバック (1) l top

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