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私が西部邁氏を知ったのは、他にもそういう人は多いのではないかと思うが、テレビ朝日の「朝まで生テレビ」という番組によってであった。最近はほとんどテレビを観ないので、あの番組にもここ7、8年とんとご無沙汰しているが、今はもう西部氏も出演していないとどこかで聞いた記憶がある。それでも一時期(主に90年代)は眠いのを我慢してしばしば朝まで観たりしていたせいで、当時準レギュラー格で出演していた西部氏が出演した番組も通算すると十数回は観ているのではないかと思う。
 
「朝生」における西部氏の印象だが、今も記憶に残っているのは、氏の発言には「高貴」、「衆愚」という言葉がよく交じっていたということである。「高貴」という言葉は、日本の歴史と伝統をしっかり身につけた、強く気高い精神をもって生きている理想的人間のことであり、「衆愚」とは戦後の日本国憲法の下で生きる目的を見失い、あてもなく漂流して生きている、私たち凡庸な大衆を指しているように私には感じられた。

藤岡信勝氏や西尾幹二氏らによって「新しい歴史教科書をつくる会」が発足したのは96年末。一説には、この会が結成されることになったのは、この数年前から、韓国をはじめアジア各地の女性たちから、太平洋戦争中、旧日本軍により強制的に慰安婦にされたという訴えと告発がなされ、その犯罪に対する謝罪と賠償を求める訴訟が相次いだことが原因だったといわれている。藤岡・西尾氏ら右派の人々はこのままでは日本および日本人としての誇りが致命的に傷つけられるという危機感に迫られでもしたのだろうか。

西部氏も漫画家の小林よしのり氏などとともに「つくる会」に加入したが、これは「朝生」で西部氏の政治や社会に関する主張を聞いていた私には何の不思議も違和感もなく、当然の成り行きのように思われた。私だけではなく、当時の「朝生」視聴者の多くはそのように受けとめたのではないかと思う。西部氏は現在「つくる会」を脱会しているそうだが、氏は「つくる会」において「中学公民」の教科書つくりを主導し、また「国民の道徳」という600頁余の大部の本を出版もしている。

実は今回私が「国民の道徳」(扶桑社2000年)、「核武装論」(講談社現代新書2007年)など、西部氏の本を何冊か読んでみたのは、ブログ「こころなきみにも」の萩原俊治氏が西部氏を尊敬していると述べ、その理由について次のような記述をされていたからであった。

「 私が西部邁を尊敬するようになったのには二つ理由がある。

 ひとつは西部が『大衆の病理』(NHKブックス、1987)や『白昼への意思――現代民主政治論』(中央公論社、1990)などで述べている大衆批判やメディア批判に深く共感したからだ。ここで批判している大衆(あるいは民衆)から西部は自分を除外しているのではない。西部自身も大衆であるとして自己批判しながら他者をも批判している。このような大衆批判はドストエフスキーやジラールの大衆批判にそのまま重なる。

 西部を尊敬するようになったもうひとつの理由は、西部がドストエフスキーやジラールなどと同様、回心体験を経ているということだ。たとえば、ドストエフスキーはベリンスキーをお手本とする左翼思想からシベリア流刑を経て、キリスト教的な「土壌主義」(ロシアのキリスト教に根ざした思想を奉ずる立場)を自らの思想であるという立場を取るようになる。簡単に言えば、彼は自分の自尊心の病に気づき、回心したのだ。言うまでもないことだが、ドストエフスキーの「土壌主義」というのは、排外主義的な愛国思想(「右翼思想」)とは異質のものだ。それはいわば「愛郷思想」、いや、思想とも言えない、生きる姿勢とも言うべきものだ。 」
http://d.hatena.ne.jp/yumetiyo/20110912/1315816431

� 西部氏が展開する大衆・メディア批判がドストエフスキーにそのまま重なる、�西部氏はドストエフスキーと同じ回心体験を経ている、という萩原氏の見解には驚いたし、違和感もおぼえた。ドストエフスキーの研究者である萩原氏と異なり、私は何ら専門的な知識も教養ももたない一文学好きに過ぎないのだが、萩原氏には、「亀山郁夫訳カラマーゾフの兄弟」批判をとおして敬意をもっているだけよけいにこの件を黙って通り過ぎることはよくないと思うので、僣越ながら以下に私見(というほどのものではないが)を記しておきたい。

冒頭に少し書いたが、私は「朝生」で西部氏が発言するのを聞いて、氏に対し、� 排外主義的国家主義者の典型 � そのことを知的装い、豊富で洗練された表現や修辞で別の新しい思想のごとく人前に差し出すことができる。その意味で、聡明 � 階層的不平等や階層的支配・被支配関係を是とし、またその必要性を信じている。実はエリート意識の持ち主でもある � 「大東亜戦争」肯定論者 � 核武装論者、というようなイメージをもっていた。

政治思想としては平沼赳夫氏や田母神俊雄氏などの極右思想家とほぼ同一の思想の持ち主のように思えるが、西部氏はさすがに教養人・知識人であって、たとえば「核武装論」には、

「核論議が(日本にかぎらず)世界中で嫌われているのは、防衛論におけるいわゆる現実主義者たちの軍事ゲームを操っているかのごとき物言いに違和を覚える人が少なくないからでしょう」

との記述がある。核および核武装に対する読者の警戒心をよく認識していると思うし、またその認識をすぐ文章に反映させることかできるというのもきっと相当な力量の持ち主なのだろう。本書には「当たり前の話をしようではないか」というサブタイトルもついていて、一巻をとおして物静かで柔和な物言いに終始している。しかし口調がどんなに柔和であろうと物腰が低かろうと、はたまた知的な文体で綴られていようと、この本が日本の核武装を唱え、軍事大国化を目指すための煽動的書物であることに変わりはなく、本の最後は次の文章で締めくくられている。

「 あの大東亜戦争は、日本人が「国民精神を生き還らせるためには、国民生命を死に至らせなければならぬ」との覚悟で行った戦さであった、ということができるでしょう。その意志を受け継ぐことを、戦後にただ生き延びただけの列島人は拒絶しました。それから六十年余が経ち、かつてのと同種の問いがつきつけられているのです。つまり、「自尊と自立」の国民精神に「安全と生存」を保証するためには、国民の生命にたいして「危機と死滅」を予感させる「核」という難物を、我々の懐にしっかりと掻き抱いてみせなければならないということになった次第です。

私たち日本人は本来なら戦後も「大東亜戦争」の精神を歴史と伝統として受け継がなければならなかったのに、それを拒否した。現在の日本がこういう無秩序・無道徳の頽廃した国に成り下がったのはそのためである。故に、遅きに失したとはいえこれから核武装をし、戦前の秩序を取り戻し、大衆はいざという時には国のために死ぬだけの覚悟をもって生きなければならない。そうして初めて日本人は衆愚の状態から脱することができる、というわけであろう。

萩原氏は、西部氏の大衆批判は「ドストエフスキーやジラールの大衆批判にそのまま重なる」と述べているが、本当にそうなのだろうか。西部氏の大衆批判が「自分を除外しているのではない。西部自身も大衆であるとして自己批判しながら他者をも批判している。」という場面に私は行きあった記憶がないのだが…。ドストエフスキーは「死の家の記録」で、主人公に

「どんな凶悪犯罪者であれ、また反省の情の微塵もない救いようのない者であれ、自分が犯罪者であること、悪事をなした者であることは知っていた。自分を良いと思っている者は一人もいなかった。」

と語らせている。多くの人が述べていることだが、シベリア体験で得た民衆に関するこの発見と確信こそ、ドストエフスキーの文学、思想の根幹をなすものではないかと私も思う。ドストエフスキーの心の底には民衆へのこの信頼が確固として居座り、生涯動くことはなかったように思える。核武装を唱え、国家のために死ぬ覚悟を持て、などと民衆に要求するような人物がドストエフスキーと並べて論じられているのをみるのは率直なところ少し苦痛であった。

それから、「回心」ということだが、残念ながら私は不勉強のためにこの問題について言えることをほとんど持たないのだが、それでも、西部氏にドストエフスキーの苦しい体験と比較できるようなどんな回心の経験があったのだろうと疑わしく思う。田原総一郎氏は、「脱原発の風潮は60年安保闘争に似ている」(8月10日)というタイトルの記事で、下記のように書いている。

「 安全保障条約は、吉田茂内閣が取り決め、岸内閣がその条約を改正し、その内容は日本にとって改善されていた。だが、私は吉田安保も改定された岸安保も条文を読んだことがなく、ただ当時のファッションで安保反対を唱えていただけだった。「岸信介はA級戦犯容疑者であるから、きっと日本をまた戦争に巻き込むための安保改定に違いない」と思っていたのである。
 当時、東大の安保闘争のリーダーは西部邁氏であった。私は西部さんに「吉田安保と岸安保はどこが違うのか。それぞれを読んだか」と聞いてみた。西部さんは「読むわけないだろう。岸がやることはろくなものではない。日本を戦争に導くだけだ」と言っていた。
 60年安保闘争に参加していた者はほとんど安保条約の中身など読んだこともなく、ただ反対していただけなのである。科学的・技術的な議論が行われない脱原発の動きは、この安保闘争とよく似ていると感じる。 」

この記事中の西部氏に関する部分を読んで感じるのは(前々からそのように感じないわけではなかったが)、西部氏は実際的な遣り手でもあるらしいということである。左から右へといわゆる政治的転向をしたわけだが、左における「安保闘争のリーダー」からやがて入会した右の「つくる会」では「公文」の教科書や「国民の道徳」という本を執筆、出版するなど、「つくる会」の指導者として遇されている。自らそうなりたがるのか、他人に推されるのかは分からないが、ただ私には、こういう道程はその人の優秀さの証明であると同時に恥ずかしいことでもあるように思える。「国民の道徳」にはこういう記述がみられる。

「 今から二十余年前、「現代日本は高度大衆社会としか思われない、私はそういう愚劣な社会に抗う決意だ」と最も大衆的な新聞紙上で書いたことがある。そのとき、ある年配の役人が「あなたがこの世から放逐されるとしたら、そして大衆リンチに遭うとしたら、この文章が証拠の第一のものになりますよ」とコメントした。私は放逐されたのだろうか、そうかもしれない。私は大衆リンチに遭ったのだろうか、そうかもしれない。いずれにせよ、はっきりしているのは、これ以上に恥知らずに生きるには私は弱すぎるということである。」(p576)

西部氏がこの世あるいは世の中から放逐もされていなければ、大衆リンチにも遭っていないことは明白である。この文章には大衆への嫌悪と、自分(の高貴さ)に満足し、陶酔している西部氏の内面が映っているように思えてならない。こういう西部氏がどうしてドストエフスキーと重なるのかが私には理解不能なのだ。ドストエフスキーは自分の苦しい経験から、たとえば死刑についてこれまでどんな人も描いたことのない、おそらくは思い浮かべることもなかったのではないかというほどの恐ろしく深みを感じさせる観察をムイシュキン公爵をとおして披露している。

「殺人の罪で人を殺すことは、当の犯罪よりも比べものにならないくらい大きな刑罰です。判決文を読みあげて人を殺すことは、強盗の人殺しなんかと比べものにならぬくらい恐ろしいことですからね。…
 夜の森などで強盗に切り殺される人は、最後の瞬間まで、かならず救いの希望をもっているものなんです。もう喉を切られていながら、当人はまだ生きる希望をもっていて、逃げたり、助けを求めたりする例はいくらでもあるんです。ところが、死刑では、それがあれば十倍も楽に死ねるこの最後の希望を、確実に奪い去っているんですからねえ。そこには判決というものがあって、もう絶対にのがれられないというところに、むごたらしい苦しみのすべてがあるんです。いや、この世にこの苦しみよりもひどい苦しみはありませんよ。」(ドストエフスキー『白痴』木村浩訳)

西部氏は「国民の道徳」のなかで、「人はなぜ人を殺してはいけないのか」という命題について、「自分が他人から為されては困ることを、他人に為してはならぬ」、「ともかく殺人についていえば、他人から殺されたくないなら他人を殺してはならない、これが社会秩序の大原則である。」としごく良識的なことを述べた後、次のようにつづける。

「しかし、例外のない原則はない。殺人もまたコミュニケーションの一形態なのであってみれば、コミュニケーションの極限的な場面である戦争や死刑にあっては、さまざまな規則を付加した上で、殺人を合法的とみなすことになる。また道徳についていえば、自分の愛するものが凌辱されたとき、それにたいする復讐として相手を殺すことは、今では法律的には罰せられるが、道徳的には許されたり称賛されたりする場合もある。つまり、殺人否認の原則から逸脱する特殊ケースが戦争であり死刑であり、あるいは復讐であるということだ。 」

西部氏の思想にも耳を傾けるべき点も多々あるのだろうとは思う。そうでなければ萩原氏も西部氏をあのように賞賛するということはないだろうから。それでも西部氏の場合、その思想の行きつく先はどこかという問題が常に存在していると思うのだ。「戦争」「死刑」「復讐」という問題に関する西部氏のこの文章にも、西部氏の思想をドストエフスキーの文学と重ね合わせて語ることの無理が現れているのではないかと思うのだが、どうだろうか。ちなみに、西部氏の「国民の道徳」に対しては「徹底批判 国民の道徳」(大月書店2001年)が出版されている。まだ少ししか読んでいないが、執筆者は大日向純夫・山科三郎氏など13人の著者によるもので、興味深い内容のようである。

追記ーこの記事をアップしてからふと気がついたのだが、「つくる会」が結成される前後、世の中の空気や流れが明らかに変わった、と感じ出したころから、私は文学と文学者にそれまで以上につよく惹かれるようになった。そのころから読む本 (文学に関係する) の量もいくらか増えたかも知れない。もっともそれは以前に比べてということで、たいしてかわり映えはしていないが、心境の変化はたしかに生じたのだった。


9月27日、誤字の訂正と文章の追加をしています。
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2011.09.25 Sun l 文芸・読書 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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