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日頃から何かと教えられることが多いこちらのブログだが、「佐藤優は「ラスプーチン」ではない!」という記事が大変におもしろく、興味津々たる気持ちで読んだ。佐藤優氏が昔から「ラスプーチン」と呼ばれているらしいことは知っていても、当のラスプーチンがどのような人物なのかほとんど何も知らなかったのだが、ブログ主のZED氏の説明によると、なかなか大した人物のようである。興味を惹かれてウィキペディアの「グリゴリー・ラスプーチン」を読んでみると、

「第一次世界大戦が勃発してニコライ2世が首都を離れて前線に出ることが多くなると、内政を託されたアレクサンドラ皇后は何事もラスプーチンに相談して政治を動かし人事を配置した。前線から届く芳しくない戦況から、敵国ドイツ出身であった皇后とドイツの密約説が流れ、皇帝不在中の皇后とラスプーチンの愛人関係までが真しやかに噂されるようになった。こうしてラスプーチンは廷臣や国民の憎しみを一身に背負うことになったのである。/しかし、元々ラスプーチンは政治に強い関心はなく、その存在は皇帝の政策決定にも大きな影響を与えなかったとされている。第一次世界大戦参戦を主張する皇帝に対して不戦を説いたり、革命派や無政府主義者による運動激化を考慮しての農民の年貢や税金負担軽減など、荒事を嫌う農民出身の聖職者ならではの提言をしたこともあったが、その言が用いられた証跡はない。」 (/は改行部分)

との記述がある。他にも、「20歳で結婚した後、突然、父親や妻に「巡礼に出る」と言い残して村を出奔した。」などという挿話も出ている。これを読むとたしかに、右と左の活字メディアの双方にそれぞれ自分の書き物が受け入れられるように主張内容を書き分け、その手法 (これは正しく読者を騙す詐欺的手法であろう。これでは一体何のためにモノを書くのだ、書く目的は何なのだ?ということになる。) により自分の影響力を保持しようと懸命な佐藤氏の姿勢は如何にも「みみっちく」感じられ、ラスプーチンとの類似性をいうのには無理があるだろう。ラスプーチンという人物は備えていたように感じられる人格的統一性や行動の一貫性が佐藤氏にはまったく欠けているのだ。さて、ウラジミール・ジリノフスキーである。とんでもない暴言を吐いては世間を騒がす極右政治家というイメージしかもっていなかったのだが、

「自身もユダヤ人である事に誇りを持つと言って仲間であるユダヤ人社会を擁護しながら、同時に反ユダヤ主義者の団体にも度々出入して演説や講演を行ったりしている/民族紛争の起きていたアルメニアとアゼルバイジャン両共和国でもやはり対立する双方の反共団体に出入りしてどちらにもいい顔をして応援するかのような顔をしていたが、結果的には双方の対立を煽って紛争を激化させる 」

ということだと、これは佐藤優氏の行動パターンそのままだ。これも私は知らなかったが、何とこの人物についても90年代の日本で、「ジリノフスキー現象」という言い方がなされていたのだという。そうだとすると、「佐藤優現象」には、立派な手本があったということになる。

2005~06年頃、靖国や天皇制を初めとした政治・社会問題に関して佐藤氏がメディアによって意見や主張を別人のごとく違えた言論活動をしているのを見て私は心底驚いたが、それよりも、そういう佐藤氏の姿勢に目を瞑り、当たり前のように彼を「一流の思想家」「知の巨人」呼ばわりして誉め称え、競って重用したり共著を出したりする出版関係者や作家が次々と現れるのにはもっと驚いた。いくら何でもこんなことが起きるとは私はそれまで思ってもいなかったのだ。

この「佐藤優現象」を牽引したのが岩波書店であったことは間違いないと思う。当初は、その岩波の何人かの編集者(講談社や産経や新潮社も同様だろうが。)や山口二郎氏などの学者、ライターの魚住昭氏、宮崎学氏などが中心のように見えたが、その範囲は、「右も左もない」という暗黙の諒解でもあったのか、みるみるうちに新聞もふくめたマスコミ界全体に拡大していった。その象徴とも言うべきが、柄谷行人氏の下記の称讃ではなかったかと思う。

キリストもマルクスも半端じゃない
 佐藤優さんは今までにいなかったタイプの知識人。第一に、外務省で諜報の仕事をした、つまり、生々しい国際政治の現場にいたこと。こういう人は、知識人のなかにはいません。つぎに、マルクスの思想にくわしいこと。本当に深く、読み込んでいる。こういう人は昔から少なかったけれども、今はもっと少ない。ほとんどいなくなってしまった。しかし、マルクスなしに資本主義について考えることはできません。さらに、キリスト教徒であること。彼は神学部を出ているほどですから、これも半端ではない。キリスト教は、日本では、実はきわめて少数派です。キリスト教の教会で結婚式をあげる人は多いけれど、葬式や墓となると、仏教のやり方にもどる。
 佐藤さんは、このように、それぞれが少数派で、しかも、互いに両立しないように見える三つの要素を兼ねそなえている。どうしてこういう人物が出てきたのだろうか。それを考えると、やはり、沖縄出身のお母さんの存在が大きいのではないかと思います。」(『AERA』2007.4.23号)


実際には、佐藤氏の「キリストもマルクスも」、柄谷氏が述べているようなものでないことはあまりにも明らかだと思うのだが、金光翔さんの画期的論文「<佐藤優現象>批判」はもちろんまだ書かれておらず、この現象をどう理解すればいいのか途方にくれた私は、信頼できると思っている古今東西の過去の物書きを頭のなかに引き入れては、推測してみたものだ。彼らが現実に生きていた当時の思想や感覚をそのまま備えた人格としてもし今この場にいたとしたら、佐藤氏を「傾聴すべき思想をもった人物」、「知性ある人物」として評価するようなことがあるだろうか? 結論としては、幸いにしてそのような評価を下すであろうという人物を私は誰一人思い浮かべることはできなかった。

日本の作家に例をとると、たとえば漱石は『道草』で自己の利害や身勝手な欲望によってご都合主義的に意見や主張を変える行為の醜さを養母の私的な行為を描くことにより表現している。その後の作家でも、萩原朔太郎、室生犀星、中野重治などの詩人、戦後の批評家では藤田省三や加藤周一、また、武田泰淳や埴谷雄高、大岡昇平などの小説家でも、これらの人のなかには政治的・社会的発言を主な作家活動として行なう人もいれば、そういう問題とはほとんど無縁にみえる人もいるが、どんな分野における文筆活動であっても、彼らが佐藤氏のような姿勢をとることなどまったく想像できない。3年、5年、10年…、少し長い目で見れば、そのような行動は物書き個人と出版世界の信用を根底から奪う、自殺行為以外の何ものでもないのだから、当然といえば当然のことなのだ。佐藤氏を取り巻く人々は、みんな、「今、自分たちがよければそれでいい、後のことは知らない」とでも考えていた(いる)のではないか? でも、たとえば佐藤氏との共著を何冊も出している魚住昭氏などは、以来、個人としてまともなものは書けなくなっているように見える。

片山貴夫氏は、ご自身のブログに「ボンヘッファー「10年後」(1942) という文章を掲載されているが、そのなかに次のような一節がある。

「将来は、天才でなく、皮肉家でなく、人間軽蔑家でなく、老獪な策士でなく、素直な・単純な・正直な人間が、必要とされるであろう。」

物書きもまた、このような人間性を常に内部に必要とし、また必要とされているのではないだろうか?

そんなこんなで、ZED 氏がジリノフスキーと佐藤氏との共通点を具体的に示して、「佐藤優は「ラスプーチンではない!」、「矛盾・無節操」という哲学で貫かれているジリノフスキーである、と説得的に述べていることに感じ入ったのだった。佐藤氏が意識して真似たのかどうかは分からないが、彼の先行者はちゃんと存在していたのだ。しかし、ジリノフスキーという人物については、支離滅裂なとんでもない騒ぎをひき起こす極右政治家としての実体が国内外で大体正確に知られているようであり、その意味では、日本の現状のほうがロシアよりもはるかに異常といえるのではないか。社民党の衆議院議員の照屋寛徳氏などは、「外務大臣に佐藤優氏を推す」と述べている。また、党首の福島瑞穂氏は、党の機関紙でたびたび佐藤氏と和気藹々の対談をしているようである。このようなことをしていては、社民党はその場かぎりの話題を集めることはできても、結局のところますます有権者に見離されるだけであることはあまりにも明白だろうに…。
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2011.10.05 Wed l 社会・政治一般 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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