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去る8月5日、亀山郁夫氏と佐藤優氏によるドストエフスキー関連のトークショーが開かれたそうだ。このことを私はネットの検索をしていて偶々知り、「まぁだ、二人でやってるの!」と呆れた気分になったのだが、トークショーはどうやら満員御礼の盛況だったようである。

これで思い出したのが、もうずいぶん前に『小説新潮』という雑誌で読んだ、亀山郁夫訳の『カラマーゾフの兄弟』を批評した佐藤優氏の文章のことだ。当該雑誌を探し出して見てみると、2007年9月号(管理人注:読者の方に指摘されて初めて気付いたのだが、私は一年余 (2010年10月7日まで) 、この雑誌の発行年「2007年」を誤って「2008年」と書いていた。ブックオフで購入したのが発売翌年の2008年に入ってからだったため、発売年もその年と勘違いしてしまっていたようだ。)とある。この文章を読んだときの奇妙な後味の読後感は忘れられない。「トークショー」の盛況を記念して(?)、佐藤氏のこの一文についての感想を述べてみたい。

「亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』批評」は、佐藤氏の『功利主義者の読書術』という連載物の第5回目分のようだが、こんなことが書かれている。

「今回、亀山郁夫氏(東京外国語大学教授)がフョードル・ドストエフスキーの古典『カラフマーゾフの兄弟』(光文社古典新訳文庫、全五冊)の新訳を公刊した(以下、亀山訳という)。たいへんな勇気が必要になる仕事だ。ロシアにかかわる学者、新聞記者、外交官たちには一癖も二癖もある奴が多い。苦労して新訳を出しても「ここの解釈が間違っている」とか「先行訳の焼き直しに過ぎない」といった類のやきもち半分の悪口を言う輩が必ずでてくる。悪口も耳に人ってこなければ気にならないのであるが、ロシア屋さんの世界は狭いので必ず聞こえてくる。他人の訳に文句があるならば、対案で自分の翻訳を提示すればよいのに、それはしない。それだけの語学力がないからできないのだ。」

ずいぶん愚劣なことを述べているものである。ある翻訳に対して、もしも「ここの解釈が間違っている」とか「先行訳の焼き直しに過ぎない」という発言がなされたのなら、肝心なのは、それが実際、単なる「やきもち半分の悪口」なのか、それとも「なされるべくしてなされたまっとうな批判」なのかの見極めであろう。正鵠をえた批判ならば、それは作品にとっても、読者にとっても有益なのであり、むしろ絶対に必要とされるもののはずである。それとも佐藤氏は、膨大な数の誤訳があろうと、訳文がおかしかろうと、読者はおしなべて黙認すべきであるとでも言うのだろうか。

「他人の訳に文句があるならば、対案で自分の翻訳を提示すればよいのに、それはしない。それだけの語学力がないからできないのだ。」

との見解も、誤訳を指摘された際に見せた光文社の編集長の対応にそっくりである。内容は支離滅裂であり、そもそもの姿勢が非常に傲慢だ。どんな根拠があって「語学力がないからできない」などと断定するのだろう。また、翻訳できるだけの語学力 (この場合はロシア語の) がなければ批判は許されないとでも? 本当は「批判など一切するな」と言いたいのではないか。このような考え方をしているのでは、自らが批判されると、論戦に応じることも、反論もしないで、意識はただちに批判の封殺行為に向かうのもあながち無理はないような気がするが、私としては、ここで「批評精神の喪失はただの暴力と結びつくかそうでなければ追随的態度にいくかどちらかである。」という藤田省三の言葉を記しておきたい。

『小説新潮』を読んだ時、佐藤氏のこのような発言は、ロシア文学者の木下豊房氏が運営するサイト における亀山批判を念頭に置いてなされているのではないか。すでに木下氏のサイトで亀山訳批判を読んでいた私はその時そう思ったのだが、しかし、木下氏のサイトにおいて亀山氏の「誤訳問題」が初めて指摘されるのは2007年の12月であり、これは『小説新潮』に佐藤氏の上記の文章が載った4、5ヶ月程後のことになる。佐藤氏は木下氏のサイトを意識してあの文章を書いたわけではなかったのだ。これは上述した読者の方の指摘を受けて初めて気づいたことで、完全に私の早呑み込み、勘違いであった。

この点の私の推測はこのように完全に間違っていたのだが、ただし佐藤氏と亀山郁夫氏との共著『ロシア 闇と魂の国家』(文春新書)は2008年4月発刊であるが、この本における佐藤氏の発言内容は、『小説新潮』2007年9月号で述べていたところとまったく変わっていない。また、この『小説新潮』連載の『功利主義者の読書術』は、2009年7月に同じ表題で単行本として新潮社から出版されているが、この本を二 、三日前に見てみたところ、雑誌連載時の文章は何の変更もなくそのまま収載されている。

以上のことから、佐藤氏の考えは、2007年『小説新潮』執筆時からいまだ何の変化もないと見て差し支えないと思われるので、『 小説新潮』における佐藤氏の主張や見解を木下氏のサイトを参照することにより批判的に検討してみたい。まず指摘したいのは、次のことである。

佐藤氏は、「ロシアにかかわる学者、新聞記者、外交官たちには一癖も二癖もある奴が多」く、「ここの解釈が間違っている」とか「先行訳の焼き直しに過ぎない」などの悪口を言う輩が必ずでてくる、などと述べて亀山氏を擁護しているが、最初に亀山氏の誤訳問題を指摘したのは、「学者、新聞記者、外交官」などではない、商社に勤めるNN氏というドストエフスキーの一愛読者だったということだ。

木下氏によると、検証を始めるきっかけは、この人物から亀山訳の多数の問題点を訴えられたことだったそうである。ただ、NN氏は、「一愛読者」といっても、「大学でロシア語・ロシア文学を専攻し、卒業後、ロシア関係の商社勤めのかたわら、ロシア人のチューターを相手に、『カラマーゾフの兄弟』、『罪と罰』を音読で読破したという経験の持ち主」(木下氏)ということなので、必ずしもまったくの素人ということではないかも知れないが、かといって、佐藤氏のいうところの「ロシア関係の学者、新聞記者、外交官」でもない。木下氏は下記のように述べている。

「NN氏は電話で、亀山訳にはとても我慢できない誤訳が多いと語った。まだ手元に訳本がなく、確認しようのない私に、NN氏はロシア語原文と、亀山訳とコメントをつけた検証のテキストをメールで送りはじめた。私はNN氏の検証作業にだんだんに引きこまれていった。私はNN氏の読みの鋭さに感心すると同時に、亀山訳に唖然とした。これはロシア語の分かる者同士の意見交換にすまさないで、一般読者にも判断をあおぐ手だてを講じるべきだと考えた。そこでNN氏のコメントと並行して、問題個所を先行訳三種(米川正夫、原卓也、江川卓)の当該個所と対比する形をとることにした。検証作業のために、私も亀山訳第1冊を購入し、NN氏から問題個所のページと行の指摘を受けて、ロシア語原文と突合せて問題点を確認した。その上で、私が亀山訳の打ち込みを引き継ぎ、私の手元にある米川、原訳と対比、入力する作業をおこなった。江川訳の入力はNN氏がおこなった。」

サイトを訪れて拝読してみると、上記の検証作業は手間を厭わない本当に懇切丁寧なもので、私は木下氏およびNN氏によるこの検証に学ぶことが大変多かった。批評の価値の有無や大小は、それが作品と読者にとって有益かどうかにあるのではないかと思うが、このような批判文を読むことができたことに文学作品の読者(愛好者)である私は(好みは偏っているし、決して深い読解力をもっているともいえないにしろ)、文学のある真髄に触れたというような充実感を味わったので、これを読んだ後では、「やきもち半分の悪口を言う輩が必ずでてくる」などという発言はなんとも低劣なものに感じられた。

2007年末、上記の検証結果がサイトにアップされたところ、九州在住のドストエフスキーの愛読者である森井友人氏から木下氏宛てに長文の手紙が届いたそうである。木下氏はその経過について下記のように記している。

「私とNN氏が「検証」を公開したのは、昨年(2007年)12月24日のことだった。間もなく、年が明けての1月2日付けで、森井氏から長文の手紙が届いた。そこには、「検証」を見て、「我が意を得たりと、胸のつかえがおりる思いがし、非礼を顧みず一筆差し上げることにしました」と書かれていた。日本語だけが頼りの一読者として、亀山訳の不適切な個所に疑問を感じ、光文社の編集者直々に問題個所を指摘するなど、私たちの 「検証」公開に先立つ、森井氏の孤軍奮闘の幾月かがあったのである。(略)
森井氏はすでに誤訳とおぼしき 不適切な個所のリストを作成しており、そこには「検証」と一部重なりながらも、そのほか私達が見逃した数々の重要な個所が指摘してあった。それらは当然ながら、ロシア語の専門的立場から検討に値するものと思われた。そこでNN氏の賛同と協力を得て、「一読者による点検」の作成を開始したのである。」

森井友人氏は、ロシア語はまったく読めないそうである。しかし、誤訳に気づいた。この点について、森井氏自身の説明は次のとおりである。

「読み始めてみると、すいすい読めるという評判に相反して、これが読みにくい。訳文が頭に入ってこない、言い換えれば、文脈が読み取りにくいのです。最初は、こちらの頭の調子が悪いのかと思ったのですが、途中でいくらなんでもこれはおかしいと思い、原訳・江川訳を引っ張り出して確認したところ、やはり誤訳・悪訳です。そう判断したのは、この二つの先行訳だと、その箇所の意味がすっきり通るからです。それまでも引っかかりながら読んで いたので、ここで私は改めて初めから読み直すことにしました。さて、その気になって読んでみると、あちこちに誤訳・悪訳が目に付きます。これまでも誤訳に 気づいた訳書はあります。しかし、今回はその数がちょっと多すぎます。正直なところ、唖然としました。」

最終的な責任はロシア文学者でありサイトの運営者である木下氏が負うとしても、上記の「検証」「点検」作業は、木下氏だけではなく、むしろ一般読者のNN氏や森井氏によって担われている。「亀山訳批判」への佐藤氏による反批判は的を射たものとは言えず、亀山氏への迎合とでも評するのが一番適切なように思われる。

ところで、面白いと思ったのは、佐藤氏が記事のなかで「後に筆者が若手外交官の翻訳をチェックするようになると、誤訳はすぐに気がつくことがわかった。まず日本語として意味が通じないところは、文法的に取り違えている可能性が高い。」と述べていることだった。この発言は奇しくも「点検」を行なった森井友人氏が亀山訳を誤訳ではないかと疑った理由と同じである。森井氏が亀山訳をおかしいと思った契機は、上述のように、「カラマーゾフの兄弟」の訳文が頭に入ってこなかったことであり、「「原訳・江川訳を引っ張り出して確認したところ、やはり誤訳・悪訳です。そう判断したのは、この二つの先行訳だと、その箇所の意味がすっきり通るからです。」と述べている。

佐藤氏も森井氏も同じく、日本語の意味が通らない場合は誤訳の可能性が高いと発言しているのだが、ところが、亀山訳に関して二人が導きだした結論は正反対のものである。「点検」作業において(「検証」もそうだが)、森井氏はまず疑問を感じた箇所の新訳を掲載し、それに対する自身の疑問を率直に記している。その後に、原卓也訳、江川卓訳を引用、その上、原文とNN氏による解釈と解説を附すというように、作業は大変実証的に、サイトを訪れた誰でもが理解・納得できる公明正大なかたちでなされている。一例を以下に引用させていただく。

新訳 (母ソフィアは)どうかこの子をお守りくださいとお願いするかのように、両腕にかかえた赤ん坊を聖像の方へ差し出している┄┄。と、とつぜん乳母が駆けこんできて、�驚いた顔の母の手から幼児を奪いとる。そういう光景なのだ!
アリョーシャは、�その瞬間の母の顔もはっきりと覚えていた。�思い出せるかぎり、母は狂乱しながらも美しい顔をしていたと彼は話していた。

森井の疑問 最初に気になったのは、後段の方である。�の「~できるかぎり(では)」という表現は、その行為の精一杯の限度を示す。これは、�と矛盾する。「はっきり覚えていた」のなら、楽々と思い出せたはずで、精一杯の努力は要らないはずである。
この時、�が目に入って、先行訳との違いに気づきました。─先行訳では、驚いた(おびえた)のは乳母の方である。意味はどちらも通るが、文脈上、ソフィアの神がかった行動を目にして、赤子を案じた乳母が驚いた(おびえた)とするのが自然ではないか。こう感じていたが、「検証」で確認できました。
原訳 (…)そこへ突然、�乳母が駆けこんできて、怯えきった様子で母の手から彼をひったくる。こんな光景なのだ! アリョーシャが�母の顔を記憶にとどめたのも、その一瞬にだった。その顔は狂おしくこそあったが、�思いだせるかぎりの点から判断しても、美しかったと、彼は語っていた。
江川訳 (…)と、ふいに�乳母が駆けこんできて、おびえたように母の手から彼をもぎとる。これがその光景であった! アリョーシャは�その瞬間の母の顔を覚えていた。彼の話では、これは、取り乱してこそいたが、�思い出しうるかぎりでは、実に美しい顔であったという。
原文 ... и вдруг вбегает нянька и вырывает его у нее в испуге.  Вот картина! Алеша запомнил в тот миг и лицо своей матери: он говорил, что оно было исступленное, но прекрасное, судя по тому, сколько мог он припомнить.
解説(NN) 「覚えていた」の原語は“запоминл ザポームニル” で、“запомнить ザポームニチ (覚える、記憶に留める、記憶する)” という完了体動詞の過去形。完了体動詞の過去形には「或る動作が完了して、その結果がいまだに残っている」というニュアンスが含まれます。しかし、「はっきりと」の意味合いまでも含まれるかというと、これはさに非ず。「はっきりと記憶に留める」と言う場合には何らかの副詞、たとえば “хорошо ハラショー (よく)” なりを補って “Хорошо запомни! ハラショー・ザポームニィ!(よく覚えておけ!)” などと表現します。当該個所には何の副詞もなく、「はっきりと」は翻訳の際に補われたものです。「はっきりと覚えていた」のすぐ後に続く文が「思い出せるかぎり(原文は “судя по тому, сколько мог он припомнить スージャア・パ・タムー、スコーリカ・モーク・オン・プリポームニチ”)」と始まっているのは確かに不自然。不適切な語の補いの例です。
  「驚いた顔の母」という誤訳については、言及のとおり、先の「検証」で詳述しております。
森井追記 �は、「検証」の指摘に従って新訳第20刷で訂正されている。
(訂正前)と、とつぜん乳母が駆けこんできて、�驚いた顔の母の手から幼児を奪いとる。
(訂正後)と、とつぜん乳母が駆けこんできて、�おろおろと母の手から幼児を奪いとる。
ただし、今回初めて指摘する�・�は手つかず。矛盾したままです。」

以上、一例だけ引用させていただいたが、私はこの「点検」の方法にも、そこで述べられている内容にも納得するところが多かった。あとは直接サイトをご覧いただくとして、問題は佐藤氏のほうである。

佐藤氏も、「日本語として意味が通じないところは、文法的に取り違えている可能性が高い。」と、森田氏と近いことを述べているのに、そういう佐藤氏は、森田氏らが上記のように丁寧に指摘している亀山訳の明白な誤訳の数々をどのように見ているのだろうか。そう思わずにいられないのだが、もちろん佐藤氏はそんなことには頓着しない。それどころか、亀山訳を絶賛していわく、

「亀山訳を通読して、筆者は何とも形容しがたい感銘を受けた」、「大審問官伝説でドストエフスキーが拒絶しているのは、イエズス会型のカトリック教会のみでなくプロテスタント諸教会を含む西欧のキリスト教総体であるということが、亀山訳を通じれば、ロシア語の知識がない読者にも明らかになる。「神は細部に宿り給う」というが、このような重要な細部を正確に翻訳することができる亀山郁夫氏のような翻訳者をもつわれわれは幸せだ。」

と、今更ながらのありきたりな読後感の披瀝とともに、「亀山郁夫氏のような翻訳者をもつわれわれは幸せだ」とまで記している。「われわれ」が誰を、どのような範囲を指し示しているのか分からないが、「検証」や「点検」を読んだ後では、このような言い分は無恥の厚かましさとしか思えず、怒りさえおぼえる。

佐藤氏が「日本語として意味が通じないところは、文法的に取り違えている…」と述べた上で亀山訳を正確だと称賛しているのは、「大審問官」の前書き部分に相当する次の箇所である。

「その彼が自分の王国にやってくるという約束をして、もう15世紀が経っている。彼の預言者が『わたしはすぐに来る』と書いてから15世紀だ。彼がまだ地上にいたとき述べたように『その日、その時は子も知らない。ただ父だけがご存じである』であっても、人類はかつての信仰、かつての感動をいだいて彼を待ちつづけている。いや、その信仰は昔よりもむしろ大きいくらいだ。なぜって、天から人間に与えられた保証が消えて以来、もう15世紀が過ぎているんだからな。

心が語りかけることを信じることだ
天からの保証はすでにないのだから

つまり、心が語りかけることに対する信仰だけがあったんだ! たしかに、当時は奇跡もたくさんあった。奇跡的な治療をおこなう聖人もいたし、『聖者伝』によると、義しい人々のもとへ、聖母が自分から天くだったとされている。でも悪魔だってそうそう昼寝ばかりしてたわけじゃない。人々のあいだに、そういった奇跡の信憑性に対する疑いが早くも生まれはじめたんだ。ドイツ北部に恐ろしい新しい異端が現れたのはまさにそのときだった。『松明に似た、大きな星が』つまり教会のことだが、『水源の上に落ちて、水は苦くなった』ってわけだ。(亀山訳、第二巻、253~254頁)」

佐藤氏は、上記の亀山氏の訳文に下記のような解説をしている。

「このポイントになる「大きな星」の部分を、標準的定本である『ドストエフスキー30巻全集第14巻』(レニングラード、1976年)から直訳するとこうなる。
〈「松明に似た」巨大な星が(それは諸教会のことである)「水源の上に落ち、そして水源が苦くなった」〉
括弧をつける部分が少し違っているが、亀山訳は原文に忠実だ。この点について、先行の米川正夫訳(岩波文庫、1928年、1957年改版)、原卓也訳(朝潮文庫、1978年)と比較してみよう。
〈ちょうどその頃、北方ゲルマニヤに恐ろしい邪教が発生した。『矩火に似た』(つまり教会に似た)大きな星が『水の源に隕ちて水は苦くなれり』だ。〉(米川訳、第二巻、78頁)
〈北国ドイツに恐るべき異端が現われた(訳注 宗教改革のこと)のは、ちょうどこのころだよ。《たいまつに似た》(つまり、教会に似た)巨大な星が《水源の上に落ち、水が苦くなった(訳注 ヨハネ黙示録第八章)》のだ。〉(原訳、上巻、476頁)
原文を素直に読む限り、「松明に似た大きな星」が教会を指すのである。つまり「大きな星」が教会そのものにたとえられるのだ。そして、『ヨハネの黙示録』によれば、その星の名前が「苦よもぎ」と言うのだから、ここから読者の印象が大きく広がっていく。亀山訳だと『カラマーゾフの兄弟』が聖書の世界に連結していく。米川訳、原訳の「教会に似た大きな星」という解釈では、意味がまったくわからない。
 更に米川訳の邪教では、キリスト教以外の宗教になるので、原文から意味がずれる。原訳、亀山訳のロシア正教から見たキリスト教の異端、すなわちこの異端はプロテスタンティズムを示唆しているという解釈が正しいのである。」

私はロシア語を読めないので、佐藤氏の引用する箇所も当然日本文として読んだ。その上で述べるのだが、佐藤氏の上述の解説ははなはだ疑問である。佐藤氏は、米川・原の両先行訳と比較して亀山訳を絶賛しているが、比較するのならなぜ引用文のすぐ後にどんな文が続いているのかを問題にしないのだろうか。この場合は、それをも見なければ、先行訳と亀山訳のどちらが日本文としてすぐれているか、判別できないことは文脈上明らかだと思う。よって、佐藤氏が上記で引用している亀山・米川・原の三氏の訳文に続く文を加えた上で、佐藤氏の見解が妥当かどうかを検討してみたい。

亀山訳
「人々のあいだに、そういった奇跡の信憑性に対する疑いが早くも生まれはじめたんだ。ドイツ北部に恐ろしい新しい異端が現れたのはまさにそのときだった。『松明に似た、大きな星が』つまり教会のことだが、『水源の上に落ちて、水は苦くなった』ってわけだ。
 で、これらの異端者たちは、奇蹟を冒瀆的に否定しはじめた。ところが、そのまま信仰を失わずにいた連中は、逆にますますはげしく信じるようになった。」

米川訳
「しかし、悪魔も昼寝をしてはいなかったから、これらの奇跡の真実さを疑うものが、人類の中に現われ始めた。ちょうどその頃、北方ゲルマニヤに恐ろしい邪教が発生した。『矩火に似た』(つまり教会に似た)大きな星が『水の源に隕ちて水は苦くなれり』だ。これらの邪教が罰あたりな言葉で奇跡を否定しにかかった。しかし信仰を保っている人は、なおさら熱烈に信じつづけた。」

原訳
「しかし、悪魔も居眠りをしちゃいないないから、人類の間にはすでにそうした奇蹟の真実性に対する疑惑が起り始めていた。北国ドイツに恐るべき異端が現われた(訳注 宗教改革のこと)のは、ちょうどこのころだよ。《たいまつに似た》(つまり、教会に似た)巨大な星が《水源の上に落ち、水が苦くなった(訳注 ヨハネ黙示録第八章)》のだ。この異教は冒瀆的に奇跡を否定しはじめた。だが、依然として信仰を持ちつづけた人々は、そのことによっていっそう熱烈に信ずるようになった。」

日本文として読むかぎり、米川・原訳のほうが亀山訳よりはるかにすっきり意味が通ると思う。亀山訳のように「星」を「教会のこと」と確定してしまえば、その後に続く「これらの異端者たち」は前文からぷつんと繋がりが切れてしまい、文脈上「これら」とは何のことか分からなくなるではないか。また、亀山訳では「星」の象徴性が消え失せてしまうと感じる。
私の感覚では原訳が一番いいと思うし、次に米川訳をあげたい。残念ながら亀山訳は評価できない。佐藤氏は「米川訳、原訳の「教会に似た大きな星」という解釈では、意味がまったくわからない。」と述べているが、この見解は、私にはそれこそ意味がまったく分からない。
佐藤氏は、「米川訳の邪教では、キリスト教以外の宗教になるので、原文から意味がずれる。」とも述べているが、辞書によると、「邪教」の含意はまず「社会の害悪となる宗教」なのだから、「邪教」でも何ら誤りではないと思う。

佐藤氏は、『ロシア 闇と魂の国家』(文春新書2008年)においても奇妙な発言をしている。「亀山訳は、(略)語法や文法上も実に丁寧で正確なのです。これまでの有名な先行訳のおかしい部分はきちんと訳し直している」「それ以前の訳では、「大審問官」の舞台を15世紀の中世と受け取りがちですが、新訳のおかげでプロテスタント誕生直後の16世紀だということがはっきりします。」などと述べているのだが、でもこれは完全にでたらめである。「それ以前の訳では、「大審問官」の舞台を15世紀の中世と受け取りがち」などということはまったくなく、当然のことだと思うが、米川・江川・原の各氏をはじめ、小沼文彦氏の訳でも「大審問官」の舞台を「16世紀」と誤解の余地なく明記している。では他に、亀山訳が「これまでの有名な先行訳のおかしい部分はきちんと訳し直している」という箇所がどこかにあるのだろうか? あると言うのなら、それはどの場面なのだろうか? 錚々たる過去の翻訳者たちに対し、何一つまともな理由も根拠も示さずに「誤訳」云々と好き勝手にしゃべり散らすのは、非礼と不遜にすぎるのではないだろうか。

日本文学史上、ドストエフスキー作品の読解と解釈に欠くことのできない深い意味と豊かな稔りをもたらしたと思われる作家の埴谷雄高は、晩年「嘗ての私達は、米川ドストエフスキイを読んで、ひたすら米川さんの恩恵に浴している」「第二次大戦以前は、小林秀雄も私も、米川ドストエフスキイによってひたすら考察し、……」(「謎とき『大審問官』」福武書店1990年)と、米川正夫氏のドストエフスキー翻訳からうけた文恩について率直な言葉で語っている。何も埴谷雄高のような文学者やロシア語の専門家にかぎらない。数多くの一般読者がそれぞれに深い思いをいだいていたはずなのだ。

江川訳、原訳に対してもそうだが、先行訳について異論や反論を述べたいのなら、最低限の知的誠実さの証として、せめて基本的な事実関係くらいは正確に把握した後にしてほしいものだ。佐藤氏のような姿勢では、翻訳者のみならず、原作者であるドストエフスキー自身への関心の程度さえ疑われても仕方ないだろうと思う。

亀山郁夫氏の訳本についての感想も機会があったら記してみたい。


     ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 2010年10月12日

読者の方から、先日(10月7日)、佐藤優氏の「亀山郁夫訳『カラマーゾフの兄弟』批評」が載った『小説新潮』は、記事に書いてある「2008年9月号」ではなく、前年の「2007年9月号」ではないかとの指摘をいただき、調べてみたところ、確かにご指摘どおり、掲載号は「2007年9月号」でした。これまでこの記事を読んでくださった皆さんにお詫びいたします。一旦、記事中の「2008年9月号」を「2007年9月号」に直し、雑誌の購入時期を付したのですが、これだけの訂正では、時系列に矛盾が出るとの新たな指摘をいただきました。自分でもヘンだと思い、訂正の必要を感じてはいたのですが、話の展開上、これがなかなか難しいように感じられて、心ならずもしばらく放置していたのですが、今日なんとか訂正してみました。拍手コメントで二度も的確な指摘をくださった方、ありがとうございます。
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2009.08.31 Mon l 文芸・読書 l コメント (6) トラックバック (0) l top

コメント

昔読んだが・・・
こんちは。
『カラマーゾフの兄弟』も昔読みましたが、ほとんど忘れていますね(笑)。小説一般を読まなくなってかなりになりますが・・・。

本でも映画でも一度だけでは・・・ということでしょうが、結局は有限な時間との戦いなのでしょうか?


2009.09.02 Wed l 檜原転石. URL l 編集
励まされました
私達の亀山批判の作業を丁寧に読んでくださって有難うございます。
励まされました。佐藤優氏の「巨大な星」=「諸教会」は文法的に無理があります。「たいまつ」「すなわち教会」が単数、同格(与格)で、「似た」という形容詞を介して「巨大な星」にかかると見るのが自然な読み方でしょう。佐藤訳だと「巨大な星」(単数)が「すなわち諸教会」(複数)と同じになり、統一されたイメージは得られません。正しい訳とはいえないでしょう。
 あなたのブログのURLを私のサイトにLINKしてよろしいでしょうか。
亀山訳についての感想も期待しています。
2009.09.02 Wed l T.Kinoshita. URL l 編集
No title
檜原さま
お久しぶりです。コメントありがとうございます。
>有限な時間との戦いなのでしょうか?
そう思いますよね。ところが、不思議なことに、読み終わると、大変得をしたような、贅沢をしたようなゆったりとした気分にさせてくれるところが、文学作品の傑作にはあるように思います。傑作ということはそういうことなのかも知れません。
檜原さんのブログはちょくちょく訪れています。めずらしい情報を教えていただけるのもありがたいです。これからもどうぞよろしく!
2009.09.03 Thu l yokoita. URL l 編集
No title
T.Kinoshita さま

わざわざコメントをお寄せいただきありがとうございます。
>励まされました
などと言っていただき、恐縮しています。常々、学ばせていただき、励まされているのは、こちらのほうです。いつも本当にお疲れさまです。
「巨大な星」にかかわる文法についてもご教示いただきました。ありがとうございます。
>あなたのブログのURLを私のサイトにLINKしてよろしいでしょうか。
貧弱な文章なので、リンクしていただくのは恥ずかしい気がしますが、でもありがたく思います。よろしくお願いいたします。
2009.09.03 Thu l yokoita. URL l 編集
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2012.01.09 Mon l . l 編集
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2016.10.07 Fri l . l 編集

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