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11月27日の夜、 テレビ東京で「日本作詩大賞」発表とかいう番組を放映していて、画面では70年代の映像かとおぼしき沢田研二が阿久悠作詞の『 勝手にしやがれ 』を歌っていた。歴代の大賞受賞作品を当時のVTRで紹介しているところらしい。たまたま観たのだが、ステージをはつらつとリズミカルに歩き回り、 時々上向いてシャボン玉を吹いたりしながら歌っているジュリーの姿が、伸びのある柔らかな歌声ともども抜群に格好よく、思わず見とれてしまった。次に都はるみが出てきて歌うと、こちらもまた円みのある情感豊かな歌声で、画面にすっかり吸い込まれてしまった。奥村チヨは千家和也作詞の『終着駅』を歌った。こういう歌があることをすっかり忘れていたが、「今日も一人、明日も一人」という歌詞に反して、どこかおもしろい歌だ。森進一は阿久悠作詞『 さらば友よ 』と 川内康範作詞 『 花と蝶 』の2曲を歌った。前々から私は森進一がデビューした60年代後半からの7、8年は森進一の全盛時代であると同時に、歌謡界も森進一の時代であった、と勝手に思っていたのだが、こうして当時の歌声を聴いているとその思いを新たにするようであった。

何年ぶりかと思うほど、テレビに没入して一心に見入っていると、急に画面が切り替わって、徳光和夫さんが出てきた。司会をしているのだ。ハシモトさんが当選したようですね。これで生番組だということがわかりますね、とか言っている。一瞬何のことか意味が分からなかったのだが、次の瞬間、いっぺんに興醒めがして、猛烈に不快になった。時計を見ると、まだ8時を過ぎたばかり。こんなに早く選挙結果が出るとは! 気持ちよく眠っているところを荒々しく叩き起こされたような気分である。徳光さんもねぇ、今そんな余計なこと言わなくてもいいのでは? チャンネルを切り替える視聴者がいてあなた方が損するだけでしょうに……。

ということで、天国から地獄へ、というのは大袈裟だが、せっかくのささやかながらも心楽しい時間が台無しになってしまった。それにしても、橋下徹氏の人気というのが私には今もって分からない。彼がテレビのコメンテーターをしているのを見たときからそうであった。とあるテレビ番組で光市事件の弁護団を口汚く罵り(自分も一応弁護士でありながら!)、視聴者に向かって懲戒請求を煽動したときはあきれ果てる思いがしたが、その行為に同調する人たちが意外に多いことには驚いた。が、これは前にも書いたことだが、そういう最中、自民党が橋下氏に対して大阪府知事選擁立に動いたことにはもっと驚いた。何というか、日本の政治および政治家のレベルが堕ちるところまで堕ちたという気がした。いくら自民党でも、かつての三木、福田、大平といった政治家たちが橋下氏を担ぐ姿は想像できない。

テレビにおける橋下氏は常に饒舌ではあるが、コメント内容はいつ見ても薄っぺらで知性にも情味にも欠け、索漠としていた。世間に流れているさまざまな考えや意見のなかでも橋下氏が口にするのは最も俗悪で、少数派に対して露骨に冷酷な性質のものだったと思う。そこには人間味もなければ、一抹の見識も感じられない。まして思考の深み、 厚み、高さなど、求めらるべくもない。特権階級の人間ならともかく、われわれ一般庶民にとってこういう人物はいざというとき決して頼りになどならないことはあまりにも明白だと思われた。もっとも、最近のマスコミ、とりわけテレビにおいて寵児としてもてはやされるためには、誠実、正直、繊細・鋭敏な感受性、知性などといった徳は邪魔なだけかも知れないが…。

27日の夜、大阪市長に当選した橋下氏は大阪府知事に当選した松井一郎氏とともに記者会見を行なったが、教育基本条例案・職員基本条例案については次のように述べたとのこと。

「<教育基本条例案・職員基本条例案>できるだけ早期に、市長提案する。教育委員会も総務部も徹底して反論の機会を与えた。民意を無視することはできない。行政マンはそれに従うのが当たり前だ。教育条例案は保護者と一緒に校長や教員を評価し、外部の有識者に判断してもらう。知事が思うままにする条例ではない。教委の独裁を改めさせる。」(毎日新聞11月28日)

上述の橋下氏の発言について少し考えてみたい。まず「民意を無視することはできない。行政マンはそれに従うのが当たり前だ。」という発言について。 選挙で自分が知事に選ばれたということは、 教育基本条例案と職員基本条例案も大阪市民に支持された、この2つの条例案は自分の当選によって民意であることが証明されたということであり、これに素直に従わない行政従事者はすなわち民意に逆らうことになるのだと関係者を脅迫しているのだ。選挙の争点としては大阪都構想が最も注目を浴びたし、次点の平松氏も50万票余りも獲得したのだから、それらのことも考慮する必要があると思うが、それでも橋下氏が75万票で圧勝したことは事実だから、もし教育基本条例案と職員基本条例案が憲法を初め教育基本法や地方教育行政法などの法律に抵触・違反する疑いの濃厚な、あのように異様なものでないならば、民意ということを相応に強調してもいいと思う。しかし、あの2つの条例案はどのような理由・理屈を何百、何千並べようとも世の良識にも人の良心にとってもとうてい耐えられる代物ではない。あの案には他者を意のままに動かそうとする強烈な支配欲・猜疑心・侮蔑などの低劣で浅ましい感情や意識が充ちみちているように思える。橋下氏は府知事時代の2008年、府立国際児童文学館の内部を自分の私設秘書をつかってビデオカメラで隠し録りしたことがあった。理由は職員の仕事ぶりと利用者の様子を観察するためということだったが、橋下氏自身によると、実はこの文学館だけではなく、他にも存廃の議論になっている複数の公共施設を同様に隠し録りしていたとのことである。ご本人は、「民間では当たり前。何の問題もない。」とシャーシャーとしていたが、いったいどこのまともな民間会社で従業員や訪問客の隠し録りなどなされているのだろう。

その発想・行為、そして事後の悪びれたふうもなく平然とした態度には私なども本当に驚き、薄気味悪く感じたことを記憶しているのだが、児童文学者で児童文学館開設の端緒をつくった人でもあり、また当時は同文学館の管理・運営に理事として携わっていたという鳥越信氏は橋下氏の盗撮について、「とにかく驚いている。昔の特高警察やヒトラーのナチスに通じる体質がある」(一ノ宮美成+グループk21著「橋下「大阪改革」の正体」講談社2008年12月)と話されている。多くの人が同種の印象をもったのではないだろうか。当時かなり話題になったので、周知のことだと思うが、この児童文学館は国内外の多くの人の「閉鎖しないで欲しい」「存続してもらいたい」という心からの嘆願も空しく、橋下知事の意向により閉鎖となってしまい、現在は府立中央図書館の一偶に縮小して移動(移動後は蔵書の保存にかける費用はゼロとのこと)になっているそうである。この件について上述の本からもう少し引用しておきたい。

「 早稲田大学教授をしていた鳥越氏が、1979年、学生時代から食費を削り、電車賃を浮かせて集めた12万点に及ぶコレクションを寄贈したことをきっかけに、同文学館は84年5月5日のこどもの日に開館した。鳥越コレクションの寄贈については、全国の自治体や大学、企業に呼びかけ、最後は滋賀県と大阪府の激しい誘致争いになった。滋賀県の武村正義知事(当時)が鳥越氏の自宅まで訪ねて来るなど熱意を示したが、当時の岸昌知事の懇請を受けて大阪府に同文学館が設立されたという経緯がある。
 日本児童図書出版協会から年間2000万円相当分をはじめ、鳥越氏本人や個人なども含めて毎年9000冊が寄贈され、購入分と併せれば年1万5000点ずつ蔵書が増えている。現在の蔵書は、外国の児童書を含め70万点に及ぶ。一階の子ども室は無料で開放され、漫画や図書など、約3万点が貸し出されている。
 図書館法の定めに従って設立され、出版されている中から選んだ本を貸し出し、蔵書を最後は「消耗品」として処分してしまう図書館とは、その性格・機能がまったく異なる。 日本の児童文学書をすべて収集し、蔵書は「備品」として、「可能な限り刊行時の状態のまま保管」するため、箱、カバー、帯も含めてコーティングして永久保存する。そのため、図書館で一般的に行われている管理用のバーコードの貼付などはしていない。
 大口寄贈者としては、前述の日本児童図書出版協会のほか、「南部コレクション」と呼ばれる個人からのもの、大阪の街頭紙芝居の元締めをしていた人からの1万セット・10万枚の紙芝居がある。児童文学だけを専門に収録した施設としては世界で唯一のものである。専門職員がいて、その年に出版される児童本、4000~5000冊を読み、研究、整理を行うとともに、日ごろから、図書館や家庭文庫、学校の先生、お話ボランティアたちの本選びの相談を受け、定期的に交流会や子どもを対象にした「おはなし会」や 紙芝居の実演などの催しを行っている。新人を対象とする児童文学賞「ニッサン童話と絵本のグランプリ」や府立大手前高校同窓会・金蘭会と共同で「国際グリム賞」を創設し、奇数年で表彰を行うなど、児童文学育成・発展のための事業も運営している。
 こうした活動が評価され、同児童文学館は08年、「貴重な資料を横断的に収集しており、職員の専門性とあいまって漫画研究に欠かせない拠点である」として、第12回手塚治虫文化賞特別賞を受賞したばかりだった。」

隠し録りした文学館のビデオを見た橋下氏は、「漫画ばかり並んでいるから『漫画図書館』に名前を変えるべきだ」「『職員にやる気がない』と厳しく批判した」(朝日新聞 9月6日夕刊)という。しかし、この知事発言には逆に新聞投稿欄への投書を初め、多くの利用者から具体的反論がなされたとのことである。さもありなんと思うが、それにしても、こんなに豊かさや情熱や歴史を感じさせる児童文学館に対してこのような情けなくも味気ない言動しかとれない知事というのも前代未聞ではないだろうか。そしてこういう言動の延長線上に、全国学力テストの順位が低かったことに対し、何てザマだ、と一人で騒ぎ立てた、あのような姿があるのだと思う。

記者会見の話題に戻ると、「教育条例案は保護者と一緒に校長や教員を評価し、外部の有識者に判断してもらう。知事が思うままにする条例ではない。教委の独裁を改めさせる。」との発言もまた異様である。保護者は校長や教員の評価などできない。保護者の環境・生活は千差万別であり、全員が校長や教員の人格や能力を正確に知ることはまず不可能だが、それでなくても、教員の人生や生活に直接影響をおよぼす5段階評価などどうしてできるだろう。教師・子ども・保護者の人間関係はズタズタにされる恐れがある。 これは橋下氏の保護者への責任転嫁であり、また保護者を共犯者に仕立てようとするものではないだろうか。「 外部の有識者に判断してもらう 」というのも意味不明だ。外部の人間が有識者であってもなぜ学校の教員一人一人の能力を知りえるのだろう。まともな人なら誰も引き受けるはずがないと思う。「教委の独裁を改めさせる」ということだが、 大阪府の教育委員会が何か独裁的行動をしてまずい結果を惹き起こしたことでもあったのだろうか。それが分からなければ判断のしようがないのだが、そういえば退任した二人の教育委員が橋下氏の不合理な言い分に反論したと先の本に記されていた。橋下氏のかなり棘のある口ぶりからすると、それをまだ根に持っているのだろうか? あるいは、現在、府の教育委員会が正当にも教育基本条例案に反対していることをもっての独裁呼ばわりなのだろうか?
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2011.12.02 Fri l 橋下徹 l コメント (1) トラックバック (1) l top

コメント

橋下さんについて
横板様

またおじゃまさせていただきます。
横板さんのブログ、野田政権やカストロさんやリビア情勢など、まったく同感でいろいろと勉強させていただいています。

横板さんのブログで反対意見を展開させていただくのも申し訳ありませんが、私は橋下さんの大ファンです。

日本の政権交代と同時期に私の住む市でも、市長が民主党系にかわりました。あまりにも保母さんが優遇されている市営の保育園を廃止するなど、行政にきりこむのも公約に入っていました。
鳩山政権でも国家公務員の人件費の2割カットがあったように。

私は民主党をずっと支援してきて歓喜しましたが、今はまったく何も変わらなかったどころか、自民党時代以上に公務員よりになったと思います。

バブル崩壊後、20年間デフレが続いてきました。
経済のグローバル化、ネットの普及が進み、物価のデフレが進む以上に、賃金の減少が起きざるをえない状況にあります。

しかし、政治家が官僚や大企業やその組合寄りの政治を続けるため、公務員や大企業のみの優遇が続いています。
もちろん、収支がなりたてばいいのですが、当然財政は大幅な赤字、企業を非正規雇用や下請けにしわをよせ、弱者いじめが進んでいます。

既成政党は、あまりにも利害関係が多い団体が多く、その強き団体を守るだけで、その結果弱者を見殺しにしているのが現状です。

橋下さんの人となりには問題も多いかもしれませんが、この不平等な現状に、風穴をあけてくれるのが橋下さんと思い支持しています。

横板さんのブログに失礼しました。
2011.12.02 Fri l 林. URL l 編集

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