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新年初の更新です。今ごろご挨拶というのもひどく間が抜けていますが、一言、皆さん本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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明日13日に野田政権の内閣改造が行なわれるとのことだが、交代がとり沙汰されているのは昨年の臨時国会で問責決議が可決された山岡消費者担当相、一川保夫防衛相だけではなく、平岡秀夫法相もその一人だという。「死刑執行を拒んでいる平岡氏は野党から批判されているし……」(日刊ゲンダイ)。もし平岡氏が死刑執行の命令をしなかったがために更迭されるという噂が事実だとしたら、これはとんでもないことであり、強く反対し、抗議する。野党が就任以来死刑を執行していない平岡氏を批判しているというが、その「野党」とは具体的にどの政党の、誰々なのだろう。

日本の政治家たちは、これまでにどれだけの数の冤罪事件が明らかになったことか、今も冤罪が強く疑われる事件が次から次へと浮かび上がっているかなどについて、特に自民党の政治家はどの程度深く理解・自覚しているのだろうか。これらはすべて自民党政権(もしくは自民党と他党との連立政権)の法相下で発生したことである。とりわけ、2008年に当時から冤罪の疑い濃厚と一部で言われていた久間三千年さんが自民党森法相の命令で死刑執行されたことは取り返しのつかない司法殺人、国家犯罪である。これがどれだけ重大な出来事であるか、自覚をもっている政治家がはたして何人いるだろう。この場合、「いや、冤罪でない可能性もあるのだから、この時点で国家犯罪、司法殺人などと言い切るのは間違いだ」という反論は成立しない。人間が神でも天使でもない以上、冤罪が疑われる人物を処刑することはそれ自体明確な国家犯罪であるというしかないはずだ。 久間三千年さんの死刑執行に対していったいその後司法関係者のうち誰か一人でも何らかの責任をとったのだろうか。また、もし冤罪で処刑したのだとしたら大変なことだというので、その後改めて事件の洗い直しをやった法務関係者はいるのだろうか? おそらくそんな動きをした人は久間三千年さんの支援の人たちを除いていなかったのではないかと私は推測するのだが、実際はどうだったのだろう。

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上記のごとき疑問をおぼえる相手は決して歴代の法相や司法関係者にかぎらない。マスコミも同様で、とりわけ産経新聞と読売新聞に対して私ははなはだ強い疑問と不信を感じずにいられない。この両紙は今に始まったことではなくもうずいぶん前からそうなのだが、少しでも死刑執行が滞るとあの手この手で盛んに執行を煽る。私はこの両紙を「死刑大好き新聞」「死刑執行煽動メディア」などと胸の裡で呼んでいるのだが、そのくらい産経と読売はメディアのなかで死刑執行への執着が際立って見える。主な手口は、まず「死刑が執行されないといつまでも事件に区切りがつかない」などの理由で死刑執行を望む被害者遺族の声を紙面に登場させることだ。その記事の調子には被害者遺族の声をメディアが冷静な立場から一つの意見として読者に届けるというより、むしろ自分たちの主張を被害者遺族に代弁させたいというような意思が感じられる。最近は特に声高に死刑執行を主張する遺族の登場が目立つようである。紙面からは、産経や読売の記者の意識は被害者や被害者遺族と一体化しているのかと疑いたくなるような「処罰欲」が立ち上がるようであ る。

そしてもう一つ、この件に関する産経や読売の決まりきった態度・対応は、刑事訴訟法が定めている「法相による死刑執行の命令は判決確定の日から6か月以内にしなければならない」という条文を何とかの一つ覚えのように飽きもせず繰り返すことである。以下に両紙の主張を引用しておこう。

 増え続ける死刑囚 「執行なければ、事件は終わらな い」と遺族
 民主党政権になって法相は次々と交代した。法相個人の意思で執行が止まっている現状に犯罪被害者や遺族からは、刑事訴訟法の改正を求める声も出始めた。

■平岡氏の真意不明
 今月19日、法務省内で開かれた「死刑の在り方についての勉強会」。死刑廃止国のイギリス、フランスの専門家が、廃止の経緯や現状などの説明を行い、平岡氏らが熱心に聞 き入った。
 死刑執行がストップしている間、法務省内で続けられてきたのが、この勉強会だ。昨年8月、当時の千葉景子法相が「国民的議論の契機としたい」と設置し、計10回開かれたが、進展はない。法曹関係者からは「勉強会は執行しないための時間稼ぎにすぎないのでは」との声も上がる。
 平岡氏は27日の閣議後会見で、「勉強会が何らかの結論を出す性格のものではない以上、個々の問題をしっかり考えていかなければならない」と述べ、勉強会を開く間も執行に含みを残したが、真意は不明だ。

■「どちらが残酷か」
 法相の姿勢に、いらだちを隠せないのが遺族だ。
「死刑が執行されない限り事件は終わらない」と語るのは、平成11年の池袋通り魔事件で長女を殺害された宮園誠也さん(77)。加害者は19年に死刑が確定したが、現在も執行されていない。(略)
 全国犯罪被害者の会(あすの会)顧問の岡村勲弁護士は「法相は法を守るべき国の最高責任者であり、法を守らないことは許されない。これ以上、執行しない状態が続くならば、法相から死刑執行命令権を取り上げ、検事総長に移す方向で、刑事訴訟法を改正すべきだ」と指摘している。( 2011.12.27 産経新聞 )

 死刑執行、19年ぶりゼロ…未執行最多129人
 死刑執行が今年は1度も行われないことが28日、確定した。
 執行ゼロの年は1992年以来、19年ぶり。法務省は、後藤田正晴氏が法相だった93年に約3年4か月ぶりに執行を再開して以来、年に1度以上の執行を継続してきたが、民主党政権下で執行に慎重な法相の就任が相次いだことなどにより、その運用が途絶えた。
 刑事収容施設法は、12月29日~1月3日は死刑を執行できないと定めており、28日も執行の動きがないことで、年内の執行はできなくなった。27日現在、未執行の確定死刑囚は戦後最多の129人で、昨年末の111人より18人増えた。
 刑事訴訟法は「法相による死刑執行の命令は判決確定の日から6か月以内にしなければならない」と定めているが、実際には執行の時期や対象者は法相の判断に委ねられている。(2011年12月28日読売)

 法相、死刑執行ゼロ説明避ける…遺族は憤りの声
 19年ぶりの「死刑執行ゼロ」が確定した28日、平岡法相は記者会見で、年内に執行しなかった理由について明言を避けた。
 法務省の勉強会で議論が続く中、裁判員裁判では今年も死刑判決が相次ぎ、確定死刑囚の数は戦後最多の129人 にまで膨らんだ。被害者遺族からは「執行を進めないのは責任放棄だ」と憤りの声が上がっている。
 「私から申し上げるわけにはいかない」。平岡法相は28日午前の記者会見で、年内の執行を命じなかった理由を繰り返し問われたが、「様々な要因がある」などと、具体的な説明を避けた。
 省内では平岡法相について「死刑廃止論者ではなく、執行に踏み切る可能性はある」との見方がある。それでも年内の執行に踏み切らなかった理由に挙げられるのは、死刑制度の存廃を巡る省内の勉強会の存在だ。(2011年12月29日 読売新聞)

上述したように産経新聞と読売新聞の死刑執行への煽りは今に始まったことではない。そこでぜひ両紙に訊きたいのだが、たとえば2008年の久間三千年さんは無実の身で処刑された可能性が濃厚と言われているが、読売と産経の記者たちはこの処刑に対して自分たちの法相に対する常日頃の執行煽動はどのような意味と関わりを持っていると考えている
だろうか? 法の世界では紀元前から「10人の真犯人を逃そうとも、一人の冤罪者を出すべからず」という教訓があるけれども、産経・読売の人々は死刑に関する報道記事や論説を読むかぎり、そんな問題より死刑執行を粛々と行うことのほうが大事という価値観を持っているようにみえるのである。もし、「いや、そんなことはない」と言うのならば、ぜひ上述した久間さんの死刑執行についての思いや考えを教えてほしいものだ。あのようなことが起きた以上、死刑を煽動した者のほうがそうはしなかった者より責任も課題も大きかったはずである。司法の現状について、また個々の裁判についても私たちのような一般大衆よりマスコミの人々は詳しいはずである。ここ10年余りなぜか急速に増えつづける死刑判決、冤罪が疑われている多くの刑事裁判。印象では読売および産経系のメディアは死刑執行に対して他メディアよりはるかに熱意があり、逆に冤罪や、たとえ過去に残忍な殺人を犯した者であってもまだまだ生きられる、現に生きている生き物である人間を殺害するという死刑の問題点など、基本的人権に関わる問題には他メディアよりはるかに無関心のように見えるのだが、どうだろうか?

被害者遺族の思いにしても産経・読売の主張より実際はもっと多様で複雑なのではないだろうか。あるドキュメンタリーTV番組で、少年にバスのなかで親族を殺害された男性が「マスコミは我々被害者遺族を食い物にしている。」と憔悴しきった表情で 呟く姿を見たこともある。サリン事件の河野さんのような人も存在する。それから加害者への感情を死刑の要求という形で表現しないとマスコミは満足せず、死刑を口にしないことがあたかも死んだ者への愛情の欠如であるかのように受けとめられてひどく心を傷つけられたという被害者遺族の話を聞いたこともある。産経や読売は、遺族が加害者を死刑にして欲しいという言い方さえすればそれで満足なのだろうか。

しかし、仮に肉親を殺された遺族のすべてが加害者を死刑にしてほしいと望んだとしても、それが叶えられるのは、これほど死刑が乱発されている現在であっても、せいぜい十分の一程度の遺族のみである。「死刑、死刑」と騒ぐ産経・読売は死刑の願いが叶わなかった遺族に対してはどんな思いを持つのだろうか? それから世田谷一家殺人事件のように稀にみる残忍な殺人事件でも犯人が捕まらない場合がある。誰に、どのような理由で殺されたのか、何も分からない。遺族にとってこれほど苦しいことはないだろうと思う。このような事情と、確定した死刑判決が執行されることとどんな関わりがあるのかと言われればちょっと言葉に窮するけれども、マスコミのような第三者はこのような場合もふくめた視野で考える必要もあるのではないか。まるで死刑が執行されないと法相が責任を果たさないかのように思い詰めるのは止めてほしいものだ。平岡氏はおそらく頻発する冤罪の問題もふくめた広い視野で死刑を考えているのではないかと思う。そうでなければ、これほど死刑執行圧力の強いなかで踏みとどまることは難しかっただろう。

死刑を執行しない法相=法を守らない法相と決めつけ、だからその法相を辞めさせるべきという産経や読売の主張は事の重大性に比して思考があまりにも単純であり短絡的だと思う。死刑執行について法相はどこまでも慎重であるべき、深く考えるべきと私は思うが、見ておくべきことは他にもあると思う。死刑が停止あるいは廃止された国のプロセスをみると、ほとんどの国は死刑判決が減少し、また死刑執行が滞るなかでそれがやがて停止や廃止に至っている。現状の韓国もそうである。では長期間執行を命じなかった各国の死刑執行責任者はすべて法の違反者として責めらるべきであり、実際に責められたのだろうか。そんなことはないだろうと思う。平岡法相の更迭に強く反対する。
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2012.01.12 Thu l 社会・政治一般 l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

更迭は
国会質問で、竹島は韓国の不法占拠でですか?
と、問われて答えない。
韓国の占拠に法的根拠が有るのですか?
と聞かれても答えられない。
「韓国の大臣か!」とヤジられるお粗末さですよ。
2012.08.18 Sat l アルマジロ. URL l 編集

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