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埼玉連続殺人事件のうちの第2の事件であるEさんとWさん殺害事件。この事件でも風間博子さんに対する判決文(一・二審とも)の恣意的な事実認定はひどくて、これについては以前この記事この記事で取り上げたが、もう一度やや別の角度から考察してみたい。同じことを何度も繰り返すようだが、この事件の判決ではおかしな事実認定が本当にきりなく後から後から湧くように出てきてあれもこれもと取り上げたくなるのだが、今日はできるだけ焦点を絞って行きたい。まず最初に一連の事件および事件にいたる経過の概略を時系列で示す。

 1983(昭58)年10月  風間さん、長男を連れて関根氏と結婚。
 1992(平 4)年 9月ころ  Y氏はドッグショーの会場で関根氏と知り合い、以後免許証を持たない関根氏の運転手役を務めるなどアフリカケンネル・万吉犬舎の仕事を手伝うようになる。(アフリカケンネルは万吉犬舎とペットショップで成り立ち、犬舎は関根氏、ショップは風間さんが管理していた。両店の距離は車で約20分。)
 1993(平 5)年 1月25日  風間さん関根氏と協議離婚。以後別居。
 1993(平 5)年 4月20日  最初の事件起きる。Kさん(関根氏の顧客)が勤務先を退社後アフリカケンネル使用の佐谷田の車庫で殺害される。 Y氏は夜11時前ころ風間さんの自宅に電話を掛ける。「車を東京に置きに行きたいんだけど、一緒に行ってくれるかい。」。風間さんが「どうしたの。」と聞くと、「社長から聞いている(か)。」と言うので、風間さんは、昨日言われたことなんだなと思って、「聞いてるよ。いいよ」と引き受けた。前日ペットショップに来た関根氏から「Yは俺の仕事でいろいろ動いてもらっているから、Yに用を言われたら動いてくれ 」と言われていたのだ。風間さんは常日頃から気分の変わりやすい関根氏にはできるかぎり逆らわないようにしていたとも述べている。落ち合う場所は、Y氏が「森林公園西口の山田うどんの向かい側」を指定した。実はこの車がその日数時間前に殺害されたKさんのアウディであった。
 それにしても、関根氏に手伝えと脅されて逆らえなかったというY氏が関根氏から解放されたこの機会になぜ警察に駆け込まなかったのかはいつまで経っても消えない謎である。Y氏の自宅では今まさに関根氏が被害者の遺体を解体中なのだ。もっと言えば、関根氏がこんなに簡単にY氏を一人で外に出すこと自体不思議に感じる。もちろん、被害者の車を殺害現場にいつまでも放置しておくことは犯罪者の心理として不安であるには違いないが、関根氏の態度・様子には一人で外に出たY氏の行動への危惧の念が一向に感じられないのだ。それだけではない。Y氏は風間さんに電話を掛けた後、その地点から風間さんに待ち合わせ場所として指定した「森林公園西口の山田うどんの向かい側」を通り越して佐谷田の車庫までKさんのアウディを取りに行き、車庫で自分の車からアウディに乗り換えて風間さんとの待ち合わせ場所に戻っている。しかし佐谷田の車庫は風間さんの自宅から近いのだ。風間さんが「Kに返す金なんかない。殺るっきゃない」と言ってKさん殺害を主張し、主犯として事件を計画したのなら、風間さんが自宅から自分の車クレフで車庫に行きアウディに乗り換えて待ち合わせ場所に行くというのが普通であり、自然だろう。これでは、Kさん殺害とは無関係だというY氏が一人で大車輪の働きをし、主犯であるはずの風間さんは何ら積極的に動こうとしておらず、事件はまるで他人事のようではないか。Y氏は電話で風間さんにこれから自分が車庫に行くことも伝えていないし、合流後もそういう会話を交わしたという証言もない。
 1993(平 5)年 7月21日  2件目の事件起きる。 Eさん、Wさんが殺害される。 Eさんは暴力団員であり、Wさんはその運転手であった。関根氏はそのころEさんから金銭や不動産(風間さんおよび風間さんのお母さん名義のもの)の権利証まで要求されるようになっていたようである。
 1993(平 5)年 8月26日  3件目の事件起きる。Sさん(女性)が殺害される。関根氏はKさんに対したと同様、Sさんにもでたらめの儲け話を言葉巧みにもちかけ相当額の金銭を引き出していた。その嘘がばれることを危惧し、またSさんの自分への好意が鬱陶しくなったというまことに身勝手な理由で殺害にいたる。この事件では関根氏が殺人、Y氏が遺体損壊・遺棄で罰せられ、風間さんは起訴もされていない。この3件4人の被害者の遺体および所持品はすべて片品のY氏宅で解体・焼尽され、灰や所持品の燃えカスなどの河川・山林への廃棄も関根氏とY氏の2人によって行なわれた。
 1994(平 6)年末  Y氏が捜査当局の取り調べを受ける。その供述により遺骨、遺留品が発見されたとされる。
 1995(平 7)年 1月 5日   関根氏、風間さんが逮捕される。


それではこれから、〔1〕〔2〕〔3〕の 3つの文章を掲載する。〔1〕は、E・W事件に関する風間さんの供述についての一審裁判官の要約。一審判決文から抜き出す。〔2〕は同じく、E・W事件に関する風間さんの供述についての弁護人の要約。 一審弁論要旨から抜き出す。 〔1〕と〔2〕は同じ供述に対する裁判官と弁護人の要約だが、それぞれの見解や理解の相違があらわれていて興味深い。〔3〕はE・W事件に関するY氏の供述についての一審裁判官の要約。 一審判決文から抜き出す。こちらは同じ体験を語っているはずの風間さんとY氏の供述内容の差異、また2人の供述に対する裁判官の見方の差異が如実にあらわれていてこれまた大変興味深い。ではまず〔1〕から。

「 
〔1〕
 (1) ……当日は、関根からE方に夜10時に迎えに来るように指示されて行っただけで、自分としてはやくざであるE方に行くことなど気が進まなかったので、出かけるのも遅くなり、午後10時過ぎころ一人で車(クレフ)を運転して大原の自宅を出発し、約束の時間よりかなり遅れてE方に着いた。家の中に入ると既に関根とYが来ており、Eからは「お母さん、まだ。」などと聞かれたが、自分は何のことだかわからず曖昧な返事をしていた。そのうちにEが腹が痛いと言い出し、まもなくWとYが外に出て行った。その後Eは気持が悪いとか言っていたが、それほど大変な様子ではなく、自分も余りその場にいたくなかったので外に出て、自分の車の中で持っていた。5分位して自分の車をE方前から少し移動させて車を降りE方前に戻ったところ、関根とYが家の中から何か重そうな物を運んで出て来たので、近寄って自分もそれを持ったところ、毛布が被せられていたが、その感触から死体であると感じてびっくりした。関根とYは、(カリーナバン)の荷台に運び込み、関根が「お前が運転しろ。」と言ったので、思わず「はい。」と言って運転席に飛び込んだが、カリーナバンにはWが椅子を半分倒したような状態で助手席に座っていた。
 (2) 関根の指示でカリーナバンを発進させてまもなく、Wが「気持が悪いから医者に行ってくれ。」と言い出した。自分としてはとにかく病院に行かなくちゃという気持からその後4、50分ほど車を走らせていた。荒川大橋の手前で曲がれと後部座席から指示されたので、それに従って左折したが、段々人気もなくなり、減速したら後ろから「もっと暗い道を走れ。」と言われ、そのまま車を走らせていたところ、関根とYが「掛かったか。」などと言いながらWの首に紐のような物を掛けて、2人で何度も「せえの。」などと声を掛けながら引っ張り合っていた。そのときWの両足がダッシュボードの上にせり上がり、足が窓ガラスに当たってガラスが蜘蛛の巣状にひび割れ、Wはその場で死んだ。すると、関根とYがカリーナバンから降りてWの死体を後部座席に移し、既にそこに置かれていたEの死体と一緒に置いた。関根が「車の所に戻れ。」と言うので、そのままカリーナバンを運転してクレフを置いてあったE方付近まで戻ったが、その際Eの家の中に入ったことは全くない。Yから「鍵。」と言われ、クレフの鍵を渡してしまった。関根らから「ついて来い。」と指示された。Yがクレフを運転して出発し片品村のY方に向かい、自分も二人の死体を積んだカリーナバンを運転してクレフの後に続いた。関根はカリーナバンの助手席に乗っていた。
 (3) Y方に着いて、2人の死体を3人で家の中に運び入れた。関根とYは、まずEの衣服を説がし、2人でEのバッグを開けて中身を確認したり、風呂場の前に新聞紙を敷いたり包丁を研いだりして色々と忙しそうにしており、その間自分は何も考えられず、居間にいて呆然としていた。自分がY方に来てから派手な衣服に着替えたということはないし、また自分がEの死体の解体をしたなどということは全くない。その後関根とYがごみ袋を4つか5つ位外に持ち出して、「これから捨ててくるから持っていろ。誰が来ても声を出したりするな。電話にも出るな。」などと言って2人で出て行き、30分ないし40分位して戻って来た。自分は呆然としたままであったものの、こんな所にいられないから早く帰らなくちゃと思い、「私、帰るから。」と言って、午前4時ころ車でY方を出て、高速道路に乗って午前6時ころ家に戻った。 」(一審判決文)

判決文が上記のように述べている風間さんの供述を風間さんの弁護人は次のように叙述している。


〔2〕
 (3) ところで被告人風間は、Dと平成3年9月頃からS取引を始め、その支店長はMYであったが、その後男女関係になり、ほとんど毎日朝「おはよう」、そして夜「おやすみ」の電話があり、同日午後9時30分過ぎ頃にもMYより電話が入り、被告人風間はMYと会話をかわしている。
 (4) そして午後9時50分頃、Fが帰宅し、「どう、今日は時間をちゃんと守ったでしょう」と会話を交わし、Fが当日タコ焼きの屋台でアルバイトをし、自分が初めて焼いたタコ焼きを持って帰ったので二人で食べた後、「お客さんのところにお父さんを迎えに行って江南に送ってくる」と言って、午後10時10分頃大原の家を出た。
 その時の被告人風間の服装は、上は白っぽい色のTシャツまたはポロシャツ、下はジーパンをはき、健康サンダル履きの軽装で財布と免許証だけをもってクレフに乗って向かった。
 (5) そして荒川大橋、小川県道を経由してE宅の敷地内の空き地に、車を頭から突っ込んでUターンし、玄関前に車をつけようとしたが、空き地内のプレハブに車をこすらせたことから、バックで道路に出て、E宅先の空き地でUターンし、午後10時30分頃E宅の路上にクレフを停車し、車中で5分位待機していたが、被告人関根が出てこないので、玄関の中に入り、「こんばんわ」と声をかけた。
 Eが「おう入れよ」と言ったので、部屋に上がったところ、Eは低いソファに座り、被告人関根、Yは床に座り、Wは立って動き回っていた。
 被告人風間は被告人関根のそばに座った。
 そうするとEが「おかあさん、まだ」と言うので、被告人風間はその意味がわからなかったが「ええ?」という感じと「ええっ」と返事するような曖昧な感じで答えた。
 Eは「そおかい」と言った。
 その後Eが立ち上がって、向かい側の襖を開けて、ユンケル皇帝液を4、5本持ってきて皆に渡し、それぞれ飲んだ。
 (6) それから5分くらいしてEが「気持ち悪い」と言ってソファの背にもたれてよりかかるようにしたので、被告人関根とWがEのそばにより、「代行、大丈夫ですか」と話しかけたところ、Eは「大丈夫だ、何かにあたったんかな」と言った。
 そして1、2分してWが玄関から外に出ていき、それに続いてYも外に出ていった。
 それから1、2分してEが「水をくれ」と言い、被告人関根はコップに水を汲んでEに渡した。
 Eは水を飲み、その場に普通の感じで座りなおしたので、被告人風間はヤクザの家に長居したくなく、帰る機会を見計らっていたので「じゃあ車の中で待っていますから、失礼します。」と言ってクレフに戻り、待っていた。
 そうして5分くらいたった頃、小川県道方向から対向車が進入してきて、道路幅が狭く、すれ違うのに十分なスペースがなかったことから、クレフを小川県道方向に走らせ、道路幅の広い所に移動しようと走行し、40~50メートル走った十字路のところで前記対向車とすれ違い、対向車をちらっと見たところ、運転席にYが座っていた。
 被告人風間は更に40~50メートル走り、空き地みたいな駐車場にバックで入り、E宅の方を見ると、Yが運転していた車がE宅前に停車しているのが見えた。
 (7) 被告人風間は、Yが車で来ているのなら被告人関根には帰りの足があると思い、自分は家に帰ってもいいと思い、被告人関根にそのことを断るために車から降り、E宅の方へ歩いていき、E宅の手前10メートル位のところにさしかかった時、被告人関根とYが何か重そうなものを持って家を出てくるのが見えたので、小走りで2人のところへ行くと、重そうなものに毛布のような物がかかっていたので、手伝おうと思い、荷物の下の真ん中あたりに両手を入れ、支えるようにもったところ、人の尻と背中の感覚があり、「これは人間の身体だ、死体だ」と思った。
 そのままカリーナバンの荷台にそれを積み終えると、被告人関根は、被告人風間に対し、「おまえが運転しろ」と命令した。
 被告人風間は、混乱した精神状態の中でハッと我に返り、わけも判らず「ハイ」と返事をして運転席に乗車したところ、助手席にWがイスを半分くらい倒して寝ているような感じで座っており、何があったんだろうと思った直後、車の後部に乗った被告人関根かYだったかはわからないが、「出せ」と言ったので、小川県道の方に向かって発進したところ、Wが「気持ち悪いから医者に行ってくれ」と言い、被告人風間は「すぐ行くから待っててね」と言って小川県道を熊谷市内方向に向かって走らせ、荒川大橋の手前の所に来たところ、2人のどちらかが「曲がれ」と言い、荒川土手の方、つまり進行方向左側に曲がった。
 その時Wがまた「医者はまだですか」と言い、被告人風間は「ちょっと待ってね」と声をかけていると、2人のどちらかが「暗い道を走れ」と命令し、土手側の道を走行していると、後ろの2人が何か話しているような気配があったが、その直後、Wと被告人関根、Yがバタバタ動いているような音がしたので、土手の上の登り道に車を止めようとすると、被告人関根が「止めるな」と命令したので、直進したところ、被告人関根が「かかったか」と言い、Yが「うん」とか「ああ」とか言い、「せーの」のいう2人の声がしたとき、Wは全身を突っ張るように足をのばし、その足が助手席前のダッシュボードの上の方に上がり、その足でフロントガラスを強く押す状態になり、フロントガラスがクモの巣状にひび割れし、足がダッシュボードの上に落ちた。
 その時、Wの首にはロープのような物がかかっており、何がなんだか判らなかったが、死んだのではないかと思った。
 被告人風間は、(略)どこをどう走ったかわからなかったが、万吉犬舎近くの高速道路の下の道路のトンネルのところで停車したところ、被告人関根とYが下車し、荷台のドアを開けて車の中に入ってきてイスを倒し、Wの体を引っ張り、引きずって荷台に移し、被告人関根が助手席に乗り、Yが後ろに乗り、「車のところに戻れ」と命令され、E宅近くの駐車場に止めてあるクレフの所に戻った。
 (8) 被告人風間は恐ろしくて早くクレフに乗り換えようとしたところ、Yが「鍵」と言うので、仕方なしにクレフの鍵をYに渡した。
 Yは「俺が先に行くから後について来い」と言い、被告人風間はそのままカリーナバンを運転して、Yのあとについて小川県道、荒川の押切り橋、140号線のバイパスを寄居方面に走り、関越自動車道の花園インターから高遠道に入り、新潟方面に向かったので、片品町のY宅へ行くのだなと思った。
 途中被告人風間は、被告人関根に対し、「どうしてこうなっちゃったの」と聞いたところ、被告人関根は「Eが、俺とお前が別れるので金が入ると言ったら俺にもよこせ」とか「別れて江南の土地を取っちゃえ、佐谷田の土地もだ、その土地を俺によこせ」等と言い、どうしようもなかったと言った。
 被告人風間は「そんなこと断れば済む話じゃないの」と言ったが、被告人関根は「そんなんがすまねんだ」とどなった。」(一審弁論要旨)

最後にY氏によるE・W事件についての供述を判決文から引用する。


〔3〕
 (2) 自分がEを知ったのは平成5年2月ころであり、関根の運転手役で深谷のタカエンタープライズという会社の事務所に行ったときに初めて会った。Eは(暴力団I会○○○一家)T組の代行をしており、関根の話では10年ほど前からの付き合いで、スポンサーとか用心棒だとか言っており、関根もEに対しては相当気を遺っていた。そして事件が起きる一か月ほど前に、関根が万吉犬舎で「Eが博子の母親の財産まで日を付けてきた。あの野郎。」などと独り言を言っているのを聞いたことがある。関根はいつもぶつぶつ独り言を言う癖があった。
 (3) 事件当日(7月21日)は熊谷でうちわ祭りがあった日であり、(多分関根にその日も来るように言われていたと思うが)正午ころ万吉犬舎に自分のベンツで行った。そのとき犬舎にはハンドラーのTと審査員のNがいた。そして、関根がいつも使っていたトヨタセラの代車だというカリーナバンを関根の指示で運転して関根や風間らと買い物等に行ったりしたが、午後5時半ころ風間を乗せて万吉犬舎に行ったときに、そこにいた関根が「Eをやるか、若い衆も一緒にやる。」などと独り言のように言っているのを聞いたが、関根は誰々を殺すとかいう話を日ごろからしており、またEはプロレスラーのような体格をしていたし、T組の代行だったから、まさか関根がEを殺すつもりだなどとは全く考えなかった。そして、関根、風間と3人で食事に行ったりした後、午後9時半ころになって、関根から万吉まで行ってくれと言われたので、関根と風間を乗せてカリーナバンで万吉犬舎に行った。そのとき、風間は、白色のビニール製の手提げバッグを持っていた(初めて見るバッグだった。)。2人は犬舎の中に入って行ったが、何をしていたかは分からない。それから2人が再び車に乗り込んで来て、関根が「Eの家に行ってくれ。」と言うので、E方に向けて出発し、午後10時ころ着いたが、関根は、「待ってろ。」と言って風間と2人でE方に入って行った。そのとき、風間は白い手提げバッグを持って車を降りている。
 (4) それから20分か30分位して、Wが玄関から飛び出して来て県道の方に走って行き、その後1分位して風間が手ぶらで出て来た。風間は、代行(E)が急に具合が悪くなったので救急車を呼んでいるなどと言い、Eの家の中からは「代行、大丈夫ですか。今救急車を呼んだから。」などという関根の声がした。風間が出て来てから5分位して関根も出て来て、自分に車を持ってくるように指示してWの所に歩いて行ったので、カリーナバンを運転して関根らの所に行き、Wが助手席に乗り、関根と風間は後部座席に乗って出発したが、Wが「姐さんが籠原にいるからそちらに行こう。」と言うので、Wの指示どおりに走っていた。車は荒川の方に向かって走っていたが、走り出して7、8分経ったころWが突然「気持が悪い。病院に連れて行って下さい。」と言った。Wは靴を履いたまま両足を助手席のダッシュボードの上に投げ出していた。2、3分後にWが突然「うー。」とうなり声をあげて一瞬体を硬直させ、両足を強く突っ張ったため、左足と右足が付いていた場所を中心にフロントガラスの左下部の二か所にそれぞれ直径30センチメートルほどの蜘蛛の巣状のひびが入り、Wはそのまま動かなくなって死んでしまった。しかし、関根も風間もこの様子を見ても全く驚くような様子はなかった。自分としては、(関根らが)Wに毒を飲ませて殺したに違いないと思った。関根の指示でカリーナバンにWの死体を積んだまま3人でEの家に戻ったが、その途中で関根に「お前は共犯者だ、死体処理を手伝え。手伝わなかったらカメラマンの女も生かしやしねえ。」などと言って脅された。
「カメラマンの女」とは当時自分が付き合っていた△△子のことである。E方に入ると、Eが仰向けで大の宇になって倒れて死んでいた。3人でEの死体もカリーナバンの荷台に運び込んで一旦万吉犬舎に立ち寄り、関根が「博子の足があるから、お前が先頭を走って山に行け。」と言うので、自分が万吉犬舎に置かれていたクレフを運転して先導し、風間が二人の死体を積み込んだカリーナバンを運転し、関根がその助手席に乗り、片品村の自宅に向かった。
 (5) 翌日の午前2時ころ片品村の自宅に着くと、3人でEとWの死体を家の中に運び込み、まずEの死体を風呂場の中に入れて、関根と風間の2人で解体を始めた。自分は解体作業に携わっていない。2人は風間が帰るまでずっと風呂場で作業をしていた。そのとき風間は、派手な花柄のスパッツを着用し、派手なラメ入りのサンダルを履いており、演歌を鼻歌まじりに口ずさみながらEの死体を細かく切り刻んでおり、風間が「ちんちんは気持ちが悪いからあんたやってよ。」などと関根に言っていた。風間については普段は口数の少ないお嬢さんタイプの女性だと思っていたので、これを見て本当にびっくりした。風間は、午前5時ころになると、「これで帰るから。」と言って、出て行ったが、そのとき風呂場の出入口付近を見ると、肉片や内臓等が入っていると思われる黒いビニール袋が6個位置かれていた。関根は風間が帰った後も作業を続けており、2人の死体を完全に解体した。2人の骨、衣類、所持品等は自分が関根の指示でドラム缶の中で燃やして灰にしてしまった。その後関根に指示されて2人で右のビニール袋や灰を入れた餌袋を持って車で3回に分けて出かけ、これらの袋の中身を開けてあちこちの川に捨てた。 」(一審判決文)


前述したように、上記の〔1〕と〔2〕は、裁判官と弁護人がそれぞれE・W事件について風間さんが供述した内容を要約して説明しているのであるが、読んでみると解るように、2人の説明内容は相当に異なる。弁護人は、その夜10時過ぎに自宅から財布と免許証だけを持って一人で愛車のクレフに乗ってE宅に向かったという風間さんの供述をそのまま紹介している。またその日うちわ祭りから夜9時ごろ帰宅した風間さんが自宅を出るまで家のなかで何をして過ごしていたかを本人の供述に従って詳しく述べている。すなわち、風間さんと関根氏との離婚・別居が成立した後は、2年ほど前からの愛人であるMY氏から毎日朝晩の電話が掛かってくる習慣があり、この日も9時半過ぎに掛かってきた電話で話をしたこと、その後、うちわ祭りで友達の家のタコ焼き作りの手伝いに行っていた長男がタコ焼きをお土産に持って帰ってきたので、一緒に食べたこと、など。

裁判官は風間さんの供述の要約においてなぜ愛人からの電話や長男と一緒にタコ焼きを食べたことなどを無視したのだろう。 〔3〕 においてY氏は夜9時半ごろ関根氏と風間さんの2人を万吉犬舎でカリーナバンに乗せ、自分の運転で3人一緒にE宅に向かったと供述しているのだから、10時過ぎに自宅から一人でE宅に行ったという風間さんの供述が真実か嘘かを判断する上で、電話もタコ焼きも欠かせない証拠になるはずだ。風間さんと長男は双方がうちわ祭りの夜に一緒にタコ焼きを食べたと証言しているが、これは親子がしめしあわせて証言をしたということでは決してない。当時そういうことはまったく不可能な状況であった。逮捕後の風間さんは4年半もの間面会謝絶の措置をとられており、その間、弁護人を除いて家族をふくめた外部との接触は面会も手紙の受発信も読書も書き物も一切禁止されていたのだ。それにもかかわらず、一緒にタコ焼きを食べたという親子の供述は一致していたのである。

裁判官は上記の供述場面では長男の証言などなかったかのように無視しているが、判決文のこの項目の最後のほうで「一人でE宅に向かった」という風間さんの供述を虚偽だと断定した後(断定の理由は不明。多分Y氏の供述が自然で迫真的だということではないかと思われるが、証拠に基づく断定でないことは明白である。)、「もっとも、風間の長男である前記Fは、「母親(風間)は当日の午後10時過ぎころまで大原の自宅にいたと思う。」などと風間の弁解に沿うような供述もしているが(Fの公判供述参照)、その内容は甚だ曖昧なもので、これによっては前記判断が揺るぐことはないのである。(一審判決文) 」と述べている。

裁判官の要約においては、風間さんがその夜の自分の行動について時間を追って具体的に語っている供述から長男のこれもきわめて具体的な証言が排除されていること、また後ろのほうで付け足しのように記述されている長男の証言が「母親(風間)は当日の午後10時過ぎころまで大原の自宅にいたと思う。」と、「タコ焼き」という具体物、それを「一緒に食べた」という具体的行動が記されずに、「自宅にいたと思う。」という漠然とした曖昧な表現になっていることに留意されたし。何のことはない。長男の証言を「甚だ曖昧」にしているのは裁判官なのである。裁判官はこの証言を判決文から完全抹殺するのはあまりにも不自然で触れざるを得ないと考えたのではないだろうか。しかしその証言内容を「甚だ曖昧」として証言価値を否定した。うちわ祭りの夜にタコ焼きを持って帰った時に母親が自宅にいて、それを一緒に食べたことが事実なら、これほど確かな証言はないであろう。それは遠い獄中で母親がした供述とピタリ一致しているのだから、「甚だ曖昧」もないと思われる。

愛人MY氏から掛かってきた電話の件も上述のタコ焼きの場合と事情は同じだと思われる。裁判官は〔1〕の要約においてMY氏の電話についても一切言及していない。ここが弁護人の要約〔2〕と決定的に異なる点である。風間さんと関根氏の関係を「一心同体の間柄」として2人が共謀して連続殺人事件を引き起こしたと断定するためには、風間さんに心を通い合わせる男性が存在するのは不都合であろうと思われる。しかし、弁護人は風間さんとMY氏の逢い引き記録を作成して、離婚が成立し、別居生活が始まって以降、風間さんがMY氏と会う回数・時間が格段に増えた事実を立証している。連続殺人事件の直前もそのような状態であった。関根氏に暴力を振るわれつづけてきた長男が気掛かりでならなかった風間さんは長男もMY氏に引き合わせ、3人で遊ぶこともあったという。それから風間さんの妹さんの法廷での証言によると、自宅で風間さんが関根氏にはげしい暴力を振るわれている場面を目撃したこと、それはおそらく関根氏がMY氏の存在に気づいたからではないかとひそかに感じたことなどが述べられている。

風間さんがE宅に自宅から一人で行ったか、あるいはY氏が述べているように犬舎から3人で車に同乗して行ったかという、事件の真相究明に深く結びつくはずの肝心要の局面において、裁判官は電話を掛けてきたMY氏の存在を無視しているが、しかし、判決文の最初のほうの風間さんの生活状況を述べるくだりでは、「風間は愛人を作って奔放な生活をしていた。」と記している。こういう記述のやり方では、裁判所は愛人の存在にもちゃんと触れているという一種のアリバイをつくると同時に、風間さんが欲望のままに好き勝手に生きていたというイメージが先入観・偏見としてこれから判決文を読む者のなかに生じ、無意識のうちに犯罪と風間さんとを結びつけることへの抵抗が薄まる効果を上げているように思える。そしてこの事件の判決文にはこういう場面が無数に存在していると言わざるをえない。

というようなことを述べていると際限がないので、〔3〕のY供述の検討に入ろう。Y氏は前述したように、E宅には3人で行った、家のなかに入ったのは関根・風間の2人であり、自分は外で待っていた、やがて家のなかからWが飛びだしてきて、追いかけるように風間、関根が出てきた。自分がカリーナバンを運転し、気分が悪いというWを助手席に、関根・風間を後部座席に乗せて、病院に行きたいというWをなだめながら走っていると、やがてWは死んでしまった。もう一度E宅に引き返すとEも死んでいた、などと述べている。その後3人で遺体を乗せた車でY氏の家に行くわけだが、Y供述の

「二人は風間が帰るまでずっと風呂場で作業をしていた。そのとき風間は、派手な花柄のスパッツを着用し、派手なラメ入りのサンダルを履いており、演歌を鼻歌まじりに口ずさみながらEの死体を細かく切り刻んでおり、「ちんちんは気持悪いから、あんたやってよ。」などと関根に言っていた。風間については普段は口数の少ないお嬢さんタイプの女性だと思っていたので、これを見て本当にびっくりした。風間は、午前5時ころになると、「これで帰るから。」と言って、出て行ったが、そのとき風呂場の出入口付近を見ると、肉片や内臓等が入っていると思われる黒いビニール袋が6個位置かれていた。」

という箇所について、一・二審の裁判官はそれぞれ次のように述べている。

「Yの右のような供述内容自体を見ても、そこには何ら不自然な点は存在せず、むしろ極めて具体的で恐ろしいほどの迫真性に富んでおり、その場面を現に目撃した者でなければ到底語りえないような内容なのである。そのことからすれば、右Y供述の信用性が極めて高いものであることは明らかである。」(一審判決文)

「風間が「ちんちんは気持ちが悪いからあんたやってよ」などと言いながら解体していた旨のYの供述は,経験した者でなければ語れない内容であるし,関根の同様の供述によっても裏付けられている。E及びWの死体をY方に運ぶだけならば関根とYの2人で足りるのであるが,2人の死体を短時間で解体して投棄消滅させる必要があったために風間もY方に赴いたものと合理的に推認できる。また,風間は,学校に行く子供の世話などがあるため,朝早くには熊谷に戻っている必要があったのであり,そのため,カリーナバンのほか風間の専用車クレフに分乗してY方に向かったものとみられるのである。風間が関根と共に,Eの死体の解体を行ったことは疑いなく認められる。」(二審判決文)


ご覧のように2人の裁判官は揃ってY供述について、自ら体験し、目撃した者でなければ到底語りえない迫真の供述だと述べて、その信憑性を大絶賛のうちに保証している。そして風間さんの供述については次のように述べる。


「右供述は、E方に自分は遅れて行ったとの嘘を前提としたものであるばかりでなく、関根とYがEの死体をWが助手席に座っていたという車の後部座席に積み込んだとか、とにかく病院に行こうと思って夢中で病院などない道を運転走行していたなどとする点は作り事としか思えないし、関根とYがWを絞殺したとして述べている内容も、2人があたかもゲームでもしているかのような様子で首を絞めていたと言わんばかりの極めて不自然なものであって、前記Y供述と対比しておよそ真実味に欠けている。」 (一審判決文)

「関根とYがWを絞殺したと述べる内容も,あたかも両者がゲームでもしているかのような様子であったといわんばかりの不自然なものであって,およそ真実味に欠けるといわざるを得ない。」(二審判決文)


両裁判官が「あたかもゲームでもしているかのような様子で」とか「不自然」「真実味に欠ける」などと述べているのは、風間供述の「そのまま車を走らせていたところ、関根とYが「掛かったか。」などと言いながらWの首に紐のような物を掛けて、2人で何度も「せえの。」などと声を掛けながら引っ張り合っていた。」という部分であろう。しかし関根氏のパーソナリティを考えれば、風間さんの供述が「不自然」「真実味に欠ける」という裁判官の見解こそ不自然で真実味に欠けているのではないだろうか。現に、一審の裁判官は関根氏が法廷で「ボディを透明にする」という言葉を口にしたことがある、と判決文に記しているではないか。

一方、裁判官はY氏の「 風間は、派手な花柄のスパッツを着用し、派手なラメ入りのサンダルを履いており、演歌を鼻歌まじりに口ずさみながらEの死体を細かく切り刻んでおり、「ちんちんは気持悪いから、あんたやってよ。」などと関根に言っていた。 」という供述を「不自然な点はない」「具体的」「恐ろしいほどの迫真性」などと評している。だが、人を絞殺する際に「掛かったか」「せえの」などというのは何とも非人間的で不快に堪えないが、これは常日頃の言葉遣いが出たのだろうという推測はできる。だが、狭い家の狭い風呂場で2人もの男性の遺体を、それも3時間ほど前に自分たちが殺害した遺体を解体するのに派手な衣裳やサンダルを身につける意図や心理はまったく理解不能だ。その上遺体を刻みながらその格好で歌まで口ずさむというのでは、完全に頭がおかしくなった女性の行為としか思えない。これのどこが「不自然な点はない」なのだろう。

それにY氏はひどく詳細に浴室内の風間さんの様子を描いているが、弁護人がY宅の浴室を図面どおりにつくってY氏のいう位置から中の光景を見ることができるかどうか実験したところ、不可能だったという。このようなことも裁判所は黙殺している。

ちなみにY氏の供述中に「風間は、白色のビニール製の手提げバッグを持っていた(初めて見るバッグだった。)」、「そのとき、風間は白い手提げバッグを持って車を降りている。」と、「白いバッグ」という文句がちょっと思わせぶりに二度出てくる。このバッグに花柄のスパッツやラメ入りのサンダルが入っているということをY氏の供述調書は暗に述べているのだろうと思ってちょっと苦笑させられた。
(つづく)
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2012.01.18 Wed l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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