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この連載記事(3回だけだが)で意図しているのは、E・Wさん殺害事件の真相解明に大いに役立つはずの証拠を裁判所は調べもせずにそのまま放擲したり、調べをしたらしたでその証拠を曲解・歪曲して解釈することによってはなはだ公正を欠いた事実の認定を行なっているーーということを何とか明らかにしたいということである。裁判所のこの不当な手法はE・Wさん殺害事件に対してだけではなく、 最初のKさん殺害事件に対してもまったく同様に駆使されているのだが、前回はその象徴的事例として、「E・W事件」における次の2つの件を取り上げたのであった。

 1. 当夜10時過ぎに一人でE宅に行ったという風間さんの供述は本当のことだとタコ焼きを一緒に食べた体験によって述べている長男の証言と愛人のMY氏から掛かってきた電話の件が、判決において前者は「甚だ曖昧」の一言によって否定され、後者は黙殺されている。裁判官に事件の真相を解明する気があるならば、重要証言なのだから丁寧に検証し、その結果を判決に記述することは裁判官の当然の任務であり、自然な流れでもあるはずだ。ところが風間さんの供述の信憑性がまさに問題になっている場面で証言は検証されることなく無視され、別の無関係な場面でその証言や証言主と関連した話が根拠も示されずにあたかも風間さんのイメージを毀損するための悪口・放言のように記述されている。判決文のなかにこういう手法を見ると、その理由はいったい何なのか、証言が風間さんに有利なものだったからではないのかという疑念をだかざるをえないのである。(詳細は、前回記事のMY氏に関する箇所を参照のこと。)

じつは風間さんと弁護人は一審裁判中、上述の長男の証言に加えて、長女にも法廷で証言させたいと裁判官に伺いを立てている。その夜、9時ころ自宅に帰るまで風間さんは当時小学生だった長女と母(長女にとっては祖母)と3人でうちわ祭りに出かけていた。長男の証言もふくめて法廷で明らかになったさまざまな事実から自分が殺人の事前共謀にも実行にも何ら関与していないことは明白になったと考えていたが、念のために、9時少し前まで祭り見物で一緒だった長女の証言があれば自分の供述の真実性はよりいっそう明らかになると考えてのことであった。しかし、裁判官は「もういいでしょう。十分でしょう。」と言って承認しなかったそうである。

 2. 一審判決文では、車のなかで関根とYが「掛かったか」「せえの」などと言いながらWを絞殺する場面を自分は運転しながら目撃した、という風間さんの供述は「ゲームでもしているかのような様子で(略)極めて不自然」「真実味に欠けている」などの理由で否定され、一方、風間はEとWの遺体を解体するのに派手なスパッツを着て派手なサンダルを履き、遺体を切り刻みながら歌を口ずさんだり、「ちんちんは気持ちが悪いからあんたやってよ」などと関根に言っていた、というY氏の供述は、「何ら不自然な点は存在せず」「極めて具体的」「恐ろしいほどの迫真性」「その場面を現に目撃した者でなければ語りえない」などと判示され、 つづいて「そのことからすれば、右Y供述の信用性が極めて高いものであることは明らかである。」という断定がなされ、これによってこのY供述はそのまま風間さんを殺人の共謀共同正犯に認定するための証拠にされている。

いったい、Y供述と風間供述に関する判決文のこの認定に納得する人間が世の中にどれだけいるだろうか。しかし、二審の裁判官は納得したようである。二審判決文を見ると、Y供述に対しては「 風間が「ちんちんは気持ちが悪いからあんたやってよ」などと言いながら解体していた旨のYの供述は,経験した者でなければ語れない内容であるし,関根の同様の供述によっても裏付けられている。 」と述べ、風間供述に対しては「あたかも両者がゲームでもしている様子だったといわんばかり」「不自然」「およそ真実味に欠ける」と、まるで一審裁判官の口真似をしているかのように一審判決と同じ単語、同じ形容詞を並べて風間供述を非難している。これでは上級審の存在意義や威厳はどこにあるのだろうと深刻に疑われる。

なお、「関根の同様の供述によっても裏付けられている」という点だが、裁判官は、関根氏が虚言癖をもった人物であり、その供述を安易に信じることの危険性をつとに説いておきながら、都合によってはこのように「関根の同様の供述によっても裏付けられている」などと、その供述に全幅の信頼を置いても大丈夫であるかのような判示をするのは、ご都合主義、機会主義にも程があると思う。

ここでもう一度、一審裁判長の判決内容に戻って、風間さんの供述に対する次の判示を見ていただきたい。

「右供述は、E方に自分は遅れて行ったとの嘘を前提としたものであるばかりでなく、関根とYがEの死体をWが助手席に座っていたという車の後部座席に積み込んだとか、とにかく病院に行こうと思って夢中で病院などない道を運転走行していたなどとする点は作り事としか思えないし、関根とYがWを絞殺したとして述べている内容も、2人があたかもゲームでもしているかのような様子で首を絞めていたと言わんばかりの極めて不自然なものであって、前記Y供述と対比しておよそ真実味に欠けている。」(一審判決文)

上の文章の後半部分はこれまでしつこく長々と検討・批判してきた。注目したいのは、先頭の

「右供述は、E方に自分は遅れて行ったとの嘘を前提としたものである」

という記述である。判決はここでE方に遅れて行ったという風間さんの供述は嘘だと断定していることにご注意あれ! 詐術もここまでくればアッパレとでも言うべきか。いったい、裁判の過程のいつ、どの場面で、どのようにして、風間さんのこの供述が嘘だと証明されたのだ? 風間さんが関根・Y氏と一緒に夜9時ころE宅に向かったという証言は共犯である当事者2人の供述以外には何もない。それに比して、風間さんの供述にはこれまでるる述べてきたように、その真実性を証明する証言が複数ある。そのことは裁判官が一番よく知っているはずである。

「右供述は、E方に遅れて行ったとの嘘を前提としたもの」ということは、そもそもの出発地点の供述が嘘なので、それ以降の供述も当然嘘である、との含意もあるのだろうが、それだけではないだろう。判決は「嘘を前提としたものであるばかりでなく、」と言って、これ以降は別のところに論点を移している。つまり、裁判官は一人でE方に行ったという風間さんの供述が嘘だと正面から堂々と宣告することはこれまで述べてきた事情からいってさすがにできなかったのだろう。そこで、別の話題に入る直前にさりげなくついでのように風間供述は嘘だという断言を忍び込ませたのではないか。以後、裁判官はこの断定を前提にして、あれも虚偽、これも虚偽、と片っ端から風間さんの供述を嘘と断じている。この積み重ねがあってこそ、被害者に薬を飲ませての殺人、派手な格好をして歌を歌いながらの遺体解体などを風間さんの犯行として判決に書き込めたのかも知れない。次の件に移りたいと思う。

「更に風間は、E方に上がった際に、Eから『お母さん、まだ。』などと聞かれたと弁解するが、Y子(引用者注:風間さんの母)の訪問など全く予定されていなかったことは既に述べたことから明らかであって、右弁解もまたあからさまな虚偽というほかはない。」(一審判決文)

この件も以前取り上げたことがあるのだが、風間さんのお母さんの訪問が事実として予定されていないことは事実関係から判っている。しかし、現実に予定がないことと、E氏が予定があると思いこんでいることとは矛盾しない。裁判官の言い方は関根氏がE氏に嘘をつくことはありえないとでも考えているかのようである。当時、E氏は風間さんの実家の土地などの不動産に関心を持ち、自分は権利書を持って来いなどとゆすられていたと関根供述にあるではないか。また 、風間さんのこの供述を裁判官は「弁解する」と記述しているが、これは供述を検証抜きに初めから虚偽と決めつけ、それによる印象操作の類に他ならないのではないだろうか。

「風間も、「事件後に自分が身体の調子が悪くなって埼玉医科大学に行くことになり、関根やYと車に乗っていた際に、Yが『手伝えばくれるって言ったじゃないか。100万まだ貰ってないよ。』と関根に言い、関根が自分に金を持っているかと言ったので、ハンドバッグに入っていた70万円を渡した。その70万円はKのときの分なのかそれともEのときの分なのかは分からないが、報酬だと感じた。」などと、あたかも具体的な報酬話があったかのように述べているものの、その内容は、本件のごとき極悪犯罪に殺し屋として自ら進んで積極的に加担した者が要求した謝礼がたかだか100万円であったとか、それに対して70万円を報酬として支払って済ませたというような極めて不自然でいかにも取って付けたようなものであって、丁度同じころに関根から(Eらの死体損壊遺棄作業を)手伝ってもらったお礼に家を一軒やるとか1000万円をやるというような調子の良い話を聞かされたという前記Y供述と対比しただけでも、到底信用することができないものである。」(一審判決文)

病院からの帰りに車中で見聞きしたという関根・Y氏の会話の内容と、関根氏から「金を持っているか」と聞かれてちょうど犬の売上金70万円がバッグに入っていたのでそれを渡した、報酬だと感じた、ことを述べている風間さんのこの供述は、はたして裁判官が断定するような、「極めて不自然」「いかにも取って付けたような」供述で、「到底信用することができない」と言われなければならないものだろうか。風間さんはY氏に渡った金銭がこの70万円だけである、などと言ってるわけではないのだから、関根氏の調子のよい話を聞かされたという「Y供述と対比」する必要もなければ、対比して「到底信用できない」と非難されるゆえんもないと思うのだが? 関根氏が調子のよい大きな話をするのはいつものことで、ここに記されているY供述が風間さんの供述と矛盾するかどうかも疑問である。風間供述はここでもまた検証の余地もないとばかりに頭から否定されている。

「被告人風間は、自己がK、E、Wに対する各殺人の犯行に関与したことを全面的に否認する一方で、「自分はYが(関根とともに)Wを絞殺したのを目撃した。KもYが絞殺したと被告人関根から聞かされた。」などと、極めて重要な場面についてYに殺人の罪をなすり付けるためのあからさまな虚偽弁解をなし、更には多数の重要な場面についての自己の行動や認識内容等についても、証拠上明白な事実についてさえ頑として虚偽弁解を続けるなど、自己の犯した犯罪に対する反省の念は全く見られないのである。」(一審判決文)

裁判官は、風間さんが「Yに殺人の罪をなすり付けるためのあからさまな虚偽弁解をなし」ていると断言しているので、裁判官のこの論法で行くとY氏は風間さんから「罪をなすり付け」られたことになるが、そのY氏は一度として風間さんを責めていない。Y氏は一人分離裁判で裁かれたが、証人として呼ばれた関根・風間裁判では検察官、裁判官、各弁護人に対して罵詈雑言を浴びせるなどの挑戦的な態度で証言拒否の姿勢をとりつづけた。法廷で特にきわ立っていたのは検察に対する強い敵意で、捜査段階で取り調べ担当だったI 検事から捜査に協力すれば起訴猶予で釈放という約束があったのに裏切られた、騙されたという激しい憤りを露にしている。

だがそういうY氏も風間さんの犯罪加担行為に関する(風間さんの)弁護人の尋問にだけは口を開いている。留意しなければならないのは、Y氏の供述はほぼすべて取り調べ段階の警察・検察による調書だということである。最初の事件でY氏は東京の駐車場に被害者Kさんの車を放置した後、風間さんから「あんたさえ黙っていれば警察に捕まらない」と言われたと下記のように供述している。

「 自分が佐谷田の車庫に行って、そこに置いてあったアウディに乗って待ち合わせ場所に行くと、風間は既にそこに車(マツダクレフ)で来ていて、「うまくいった(か)。」と声を掛けてきた。風間が、東京のどこでもいいから車を置いて来ようと言うので、自分が先導する形で2台の車で東京に行き、アウディを八重洲の地下駐車場に置き捨てた後、風間の車に乗せてもらって佐谷田の車庫に戻ったが、帰りの道中で風間から「あんたさえ黙っていれば警察に捕まらない。」「証拠がなければ警察に捕まらない。」などと関根と同じようなことを言われた。こういったことから、関根と風間との間で事前にKを殺害する相談ができていたのだと思った。 」(一審判決文)

第17回公判の証言で、Y氏は「あんたさえ黙っていれば…」云々の風間発言は事実かと尋ねられると、

「被告人風間は自分のことをSさんと名前を呼ぶ、あんたなんて呼ばれたことは一度もない」

と述べた。風間さんの弁護人はY供述について検察との取引・協力関係の下に殺人の共犯者としての自分の犯罪を風間さんに負わせようとする悪辣な巧みと強く主張、取り調べ中の検察とY氏の関係を掘り起こしてきびしい批判を展開したが、この日のY証言については次のような見解を述べている。

「三 しかし、Yからすれば、被告人風間に対し、何ら悪感情を持っていたわけではないし、あくまで自分の身代わりとして共犯に取り込む供述をしたが、Y自身の刑事裁判は「死体損壊・遺棄」で当初の目的を達成させたことから、今後殺人等でむし返されることはないと確認し、被告人風間に対する同情心と良心の呵責を抱き、次の様な証言をしたのである。

 弁護人―「これは非常に危険な綱渡りなんですけれど、もう一度聞きますが、K事件に関して、風間被告人が車の運搬だけを認めて、殺人、死体損壊・遺棄については、自分はしていませんと、この裁判で言っているのです。その主張について、どう思うか」
 Y ―「本人が言ってんだから、間違いないでしょう。本人が言ってんだから、それで合ってるでしょう」
弁護人―「Eさん、Wさんの方の事件・・・・・」
 Y ―「私は、博子さんは無罪だと思います。言いたいことは、それだけです。」
    「私は、博子さんは無罪だと思いますと言ったんです。全部ひっくるめて。」

 このやり取りは、Yが本件に対する証言の中で唯一きっぱりと述べた部分であり、又被告人風間の罪体に関する重要な部分であり、Yが何故に証言拒否を繰り返す中で、この部分について明確に証言したのか、これは正にYのぎりぎりの「良心」であったと確信するものである。」(一審弁論要旨)

しかし、判決はこのY証言には触れていない。判決が引用し言及しているのは「あんたさえ黙っていれば…」というY供述のほうであり、これが事実として認定され、風間さんは、上述したように、裁判官から「Yに殺人の罪をなすり付けるためのあからさまな虚偽弁解をなし」た、と徹底的に指弾されている。だが、世の中に「 殺人の罪をなすり付けるための」虚偽をしゃべられて黙っておとなしくしている人間がいるだろうか? Y氏はそのような人物なのだろうか。Y氏は風間さんに「殺人の罪をなすり付け」られた上に、「私は、博子さんは無罪だと思います。」と述べたのだろうか。この件に対する裁判官の判断を聞きたい。
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2012.01.25 Wed l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

関係なくてごめんなさい!!
どうした東京労組?全国ユニオンが革○と共闘??
ついに全日建-POSSE-JR東労組の黒いパイプが表に出る??
佐藤優、宮崎学は?
コレコンは?
詳細はマル共連で!!

http://tree.atbbs.jp/saiken/
2012.01.29 Sun l 通行人. URL l 編集

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