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この事件の判決文は一審が400頁を超える長文であるのに対し、ニ審はその5分の1以下の77頁、内容も一審の事実認定を完璧に追認するものなので、検討する側としてはどうしても先ずは一審の判決文を取り上げることになる。そういうことで、これまで二審の判決内容に言及することは少なかったのだが、今日はこちらのほうも取り上げたい。

「風間が「ちんちんは気持ちが悪いからあんたやってよ」などと言いながら解体していた旨のYの供述は,経験した者でなければ語れない内容であるし,関根の同様の供述によっても裏付けられている。E及びWの死体をY方に運ぶだけならば関根とYの2人で足りるのであるが,2人の死体を短時間で解体して投棄消滅させる必要があったために風間もY方に赴いたものと合理的に推認できる。また,風間は,学校に行く子供の世話などがあるため,朝早くには熊谷に戻っている必要があったのであり,そのため,カリーナバンのほか風間の専用車クレフに分乗してY方に向かったものとみられるのである。風間が関根と共に,Eの死体の解体を行ったことは疑いなく認められる。」(二審判決文)

上の文章はこの連載の1回目に引用し、その際、冒頭の解釈についてはその奇妙さを指摘した。ついでに述べておくと、一審の判決文は、「風間のEに対する憎悪感情の強さはEの死体解体時の風間の行動、態度からも明瞭に看取できる」と書いていた。率直に言って、私は両裁判所のこのような解釈には裁判官自身が本当にこれを信じて書きこんでいるのかと多大な疑問を感じる。これではあまりに非現実的、荒唐無稽であり、滑稽でさえあるのではないだろうか。さて、今日はまず上の文の「E及びWの死体をY方に運ぶだけなら……」以降を取り上げる。

裁判官はここで事件後わざわざ万吉犬舎に立ち寄ってクレフを持ち出し、車二台で自宅に向かったというY氏の供述内容を一々理由を挙げて説明している。風間さんの供述は、自分は自宅からクレフに乗ってE宅に行った。万吉犬舎に立ち寄る必要はないし、事実立ち寄りはしなかったということである。一方、Y氏の供述はこうである。E宅には3人でカリーナバンに同乗して行った。自分はE宅には入らず外で待っていたので現場は見ていないが、関根と風間がE・Wの2人に毒を飲ませたことは間違いない。E・Wが死んだ後3人で遺体をカリーナバンの荷台に積んで片品の自宅に向かったが、その前に一旦万吉犬舎に寄り、そこに置いていた風間のクレフに分乗した。関根の命令により自分がクレフを運転して先導し、後ろを風間が運転し関根が助手席に座ったカリーナバンがつづいた。

これまで述べてきたように裁判官は風間供述については不自然で真実味を欠いていて信用できず、Y供述には不自然なところはなくその内容は経験者でなければ語れないものであって信用できると断言しているわけだが、ここでは裁判官は風間が片品まで同行した理由は遺体解体の手伝いをするためであり、万吉犬舎に寄ってクレフを持ち出したのは学校に行く子どもの世話のために翌朝早く帰らなければならない風間の足の便のためである、との判断を示している。E宅に行く前にクレフは犬舎に停め置かれていたのであり、従って風間がクレフで自宅からE方に行ったというのは嘘である、と強調しているのだと思われる。しかしこの判定もまた疑問が一杯というしかないものである。

前回と前々回、当ブログは風間さんが自宅からE宅に一人でクレフを運転して行ったという証拠が長男の証言と愛人MY 氏から掛かってきた電話で会話をしている事実を挙げて判決の不当性を指摘・批判したが、じつはクレフに関する風間さんのこの供述の真実性を示す証拠ーーそれもきわめて重大なーーは他にもあるのだ。この件は後述することにして、今は裁判所がその供述内容に絶大の信頼を寄せているY供述に戻る。Y氏によると、3人がE方に着いたのは夜10時ころだった。「関根が「待ってろ。」と言って風間と2人でE方に入って行った。」ので自分は外で待機していたという。その後のY供述の展開をもう少し見てみよう。

「 (4) それから20分か30分位して、Wが玄関から飛び出して来て県道の方に走って行き、その後1分位して風間が手ぶらで出て来た。風間は、代行(E)が急に具合が悪くなったので救急車を呼んでいるなどと言い、Eの家の中からは「代行、大丈夫ですか。今救急車を呼んだから。」などという関根の声がした。風間が出て来てから5分位して関根も出て来て、自分に車を持ってくるように指示してWの所に歩いて行ったので、カリーナバンを運転して関根らの所に行き、Wが助手席に乗り、関根と風間は後部座席に乗って出発したが、Wが「姐さんが籠原にいるからそちらに行こう。」と言うので、Wの指示どおりに走っていた。車は荒川の方に向かって走っていたが、走り出して7、8分経ったころWが突然「気持が悪い。病院に連れて行って下さい。」と言った。Wは靴を履いたまま両足を助手席のダッシュボードの上に投げ出していた。2、3分後にWが突然「うー。」とうなり声をあげて一瞬体を硬直させ、両足を強く突っ張ったため、左足と右足が付いていた場所を中心にフロントガラスの左下部の二か所にそれぞれ直径30センチメートルほどの蜘蛛の巣状のひびが入り、Wはそのまま動かなくなって死んでしまった。 しかし、関根も風間もこの様子を見ても全く驚くような様子はなかった。自分としては、(関根らが)Wに毒を飲ませて殺したに違いないと思った。関根の指示でカリーナバンにWの死体を積んだまま3人でEの家に戻ったが、その途中で関根に「お前は共犯者だ、死体処理を手伝え。手伝わなかったらカメラマンの女も生かしやしねえ。」などと言って脅された。
(略)関根の指示でカリーナバンにWの死体を積んだまま3人でEの家に戻ったが、E方に入ると、Eが仰向けで大の宇になって倒れて死んでいた。3人でEの死体もカリーナバンの荷台に運び込んで一旦万吉犬舎に立ち寄り、……」(一審判決文)

「Wが助手席に乗り、関根と風間は後部座席に乗って出発したが、Wが「姐さんが籠原にいるからそちらに行こう。」と言うので、Wの指示どおりに走っていたが……」という供述内容は二度、三度と読んでもなかなか内容を理解できなかった。籠原にいる姐さんとはE氏の奥さんか愛人のことのようだが、それまでE氏が急に具合が悪くなり救急車を呼んだなどの話をしきりにしていながら、その急病人を一人で放ったまま皆でスウーっと車に乗って走り出すという行動は不可解である。車に乗り込んだのは関根氏の命令のようだがその意図は不明、また運転しているY氏は関根氏の指示ではなく、W氏の指示に従って籠原という場所を目指して走っている。ところが7、8分たってW氏は「気持ちが悪い」と苦しみ出し、わずか2、3分で絶命したという。それからE宅に戻るとE氏もすでに死んでいたという。

Y氏はW氏の死を目撃し、またW氏の死に驚く様子のない関根・風間両人の様子を見て、「(関根らが)Wに毒を飲ませて殺したに違いないと思った」。ここからE宅に引き返すのだが、途中でY氏は関根氏から「お前は共犯者だ、死体処理を手伝え。手伝わなかったらカメラマンの女も生かしやしねえ。」などと言って脅されたという。

このY供述の最大の疑問点は上述したようになぜ具合が悪いと言い出したE氏を一人残して全員でE宅を出て行ったのか、特に関根氏が同行したのはなぜかということである。車で走行していた時間を供述から計ると、最低でも20数分、その間にW氏が死亡したという事情を考えると優に30~40分は走っていたことになるのではないか。これは何といっても妙である。Y供述のとおりにW氏が関根氏らによって毒を飲まされたのならE氏も同じ運命に遭っていることは確実だ。 W氏が毒を盛られたのなら彼は口封じのためにE氏の道連れにされたのであり、狙いはあくまでE氏である。関根氏らが肝心のE氏を中途半端の容体で放って外出するのはあまりに非合理である。E氏の容体こそが現在の関根氏の最大の関心事のはずだからだ。また風間さんの弁護人によると、E氏が代行をしている暴力団T組の事務所はE宅から近いのだという。犯罪者心理としてはT組の誰かが訪ねて来ないかという不安も拭えないだろう。それから、一人残されたE氏が這いつくばってでも外に出て近所や通行人に助けを求めたり、家でT組に電話を掛ける行動に出るかも知れない。そんなことになったら犯罪のすべてが明るみに出ることは目に見えている。関根氏のこの外出はどう考えてもありえない行動ではないかと思われる。

ではY供述がなぜこのように非合理性・不自然さを隠せないものになっているのかと考えると、その原因はY氏がE宅に入ったのは関根・風間の2人で、自分はずっと外で待機していたと供述している一点にあるように思える。Y氏は外、関根氏と風間さんの2人が家のなかにいたのでは、E氏が毒薬ーー硝酸ストリキニーネであるらしいがーーのために衰弱したりあるいは死んでしまったとしても、プロレスラーのような体格だというE氏を外の車のところまで運び出すことは不可能だ。E氏を運び出すためにはY氏の力が必要不可欠で、そのY氏がE宅に入る契機を作り出すという目的・理由付けのために、非合理であろうと不自然であろうととにかく一旦皆で外に出て車で出発するということにしたのではないかということも考えられる。ともかくY供述によれば、車中でW氏が死亡するのを目撃し、関根氏から「お前は共犯者だ」とか「(遺体処理を)手伝わなかったらカメラマンの女も生かしやしねえ 」と脅されためにやむなくE宅に入ってすでに息絶えていたE氏の遺体を車に運んだという。

この場面についての風間さんの供述を以下に引用しておく。風間さんは一旦E宅に入って挨拶した後、すでに到着していた関根・Y氏らとしばらくの間そこに一緒にいたが、E氏が少し気分が悪いなどと言い出した後、外に出てクレフの中にいた。そこから「Yが運転していた車がE宅前に停車しているのが見えた」ので、

「 (7) 被告人風間は、Yが車で来ているのなら被告人関根には帰りの足があるので自分は家に帰ってもいいと思い、被告人関根にそのことを断るために車から降り、E宅の方へ歩いていき、E宅の手前10メートル位のところにさしかかった時、被告人関根とYが何か重そうなものを持って家を出てくるのが見えたので、小走りで2人のところへ行くと、重そうなものに毛布のような物がかかっていたので、手伝おうと思い、荷物の下の真ん中あたりに両手を入れ、支えるようにもったところ、人の尻と背中の感覚があり、「これは人間の身体だ、死体だ」と思った。
 そのままカリーナバンの荷台にそれを積み終えると、被告人関根は、被告人風間に対し、「おまえが運転しろ」と命令した。」(一審弁論要旨)

風間さんの供述によると3人はこの後一直線に片品に向かうのだが、Y供述では万吉犬舎に立ち寄ってクレフとカリーナバンの2台で片品に向かったことになっていて、そのY供述を一・二審の裁判所がともに真としたことはこれまで何度も繰り返し指摘してきたとおりである。だが、先述したように、風間さんの供述こそが真実であることを証明する事実は他にもまだある。

風間さんたちは当時気づいていなかったが、じつはそのころ万吉犬舎周辺の人々は警察の行動確認の対象になっていた。理由はおそらく4月20日からKさんが行方不明になったまま杳として行方が知れないこと、5月か6月に風間さんが金融業者のMY氏やE氏の名前を出して熊谷警察に相談の電話を掛けたためではないかと思われる。 風間さんは関根氏の薦めでお母さんの土地を担保にMY氏から1000万円の融資を受けた。風間さんは知らなかったが、じつはMY氏はE氏の知人であり、融資を受けた後、風間さんのお母さんが親類からMY氏は評判の悪い金貸しだと聞いてきた。借りた金銭をすぐに返して清算したほうがいいというので風間さんも慌ててMY氏に申し出たところ、E氏が絡んでいて話が即座には進まなかった。責任を感じた風間さんは警察の困り事相談所に電話を掛けて解決策について相談したのだ。おそらくこの思い切った行動が功をそうしたのだろう、 結局風間さんは1000万円をE氏に着服されることになったが、最大の心配の種であった土地は無事であり、何とか解決をみた。

そのような事情があったために検察、裁判所はEに大金を取られた風間さんがEに恨みを抱かないはずがなく、関根氏の「Eらを殺害する数日前に、風間から『Eが電話を掛けて来て更に巨額の財産的要求をしてきた。』などと聞かされた。そして、風間は、このことで自分と話し合っているときに、『このままいけば、幾ら働いても全部Eに取られてしまう。だから、やっちゃうしかない。』などと真剣な表情で言い出してEを殺害することを提案し、自分も結局これに賛成した。(一審判決文)」 という供述や、本件犯行に用いた毒薬(硝酸ストリキニーネ)についての「風間が、『毒ならあるよ。Y獣医から貰って取っておいた。』などと言って、新聞紙で包んだ二包みの毒薬を持って来た。(一審判決文)」という供述は信用でき、「自分達とEとの間でYHからの借金の件を巡ってトラブルがあったことは事実だが、それは7月17日に全て解決済みであり、その後Eから更に金銭的要求をされたことなどはない。だからEを殺害しようと思ったことなどないし、それについて関根と相談したなどということも全くない。 (一審判決文) 」旨述べて、関根供述を真っ向から否定している風間供述は虚偽だという。しかし裁判官は、「どうせ関根もEに絡んでいるのだろうと思った」という風間さんの供述に目も耳も塞ぎっぱなしの姿勢ではあまりに不公正・不平等だろう。

7月20、21、22日の3日間、警察は万吉犬舎に対する行動確認を行なっていた。そして、E・W氏殺害当日の21日の行動確認記録にクレフは登場していない。これについて一審判決は「右日誌にクレフが万吉犬舎に現れたという記載がないからといって、そのことは必ずしもクレフが万吉犬舎あるいはその周辺の空き地等に置かれていなかったことを示すものではないのである。 」と証拠を歯牙にもかけない不誠実きわまる姿勢を示し、二審判決はこの件に言及もしていない。それでいながら、「2人の死体を短時間で解体して投棄消滅させる必要があったために風間もY方に赴いたものと合理的に推認できる。また,風間は,学校に行く子供の世話などがあるため,朝早くには熊谷に戻っている必要があったのであり,そのため,カリーナバンのほか風間の専用車クレフに分乗してY方に向かったものとみられるのである。風間が関根と共に,Eの死体の解体を行ったことは疑いなく認められる。」と、まったく根拠も示さずに「合理的に推認できる」「疑いなく認められる」と断定している裁判官(二審)のご都合主義には呆然とするしかない。判決には「学校に行く子供の世話」という文言もあるが、被告人も弁護人も7月21日から学校が夏休みに入ったことに供述や弁論で触れているはずである。

次に、一審弁論要旨から今日述べてきたことに関連する箇所をいくつか引用しておきたい。本文と合わせてお読みいただければと思う。

「……甲第628号証からも明らかなとおり、7月21日午後の万吉犬舎の行動確認記録によれば、クレフは全く出入りしていないし、駐車場の駐車事実も全くないのである。
 被告人風間は、7月21日はうちわ祭で熊谷市内の道路は交通規制がしかれ、また交通規制外の道路も山車が練り歩いている時間帯は、渋滞となり、走れないので一日バイクで行動していたと供述している。
 また被告人関根も「風間はオートバイで万吉犬舎に来たのではないかと思う」と供述している。(第70回公判の供述)
 そして、クレフが万吉犬舎になかったとすれば、ペットショップ近くの駐車場か大原の自宅前にあったことになるが、被告人風間の供述及びFの証言によれば、被告人風間は10時過ぎにクレフに乗って大原の自宅を出発し、10時30分頃にE宅へ行っているのだから、右両名(引用者注 関根・Y氏)の供述の信用性はない。
 要するにE宅へは、3名が一緒に行ったのではないことが証明されているのである。」 (一審弁論要旨)

「被告人関根、Yは、Wがカリーナバンで死んだ後にE宅に戻ってEの死体を右車輛に積んだと供述するが、不自然、不合理であって、信用できない。
 被告人関根の供述によれば、Wをカリーナバンに乗せて荒川土手の方を走り、その間にWを殺害し、E宅に戻るまで約40分位かかったと述べている。
 被告人関根は、Eがヤクザで組事務所が近くにあることから、確実に殺さなければならないと思っていたし、その間も組員がEを訪ねて来るのではないかと心配していたと供述している。
 そうするとEの死体を40分間も、しかも誰もいない状態でE宅内に放置するなどということは常識的に考えられない。
 犯罪者心理からしても、死体や証拠物は速やかに第三者の目に触れぬよう現場から隠そうとするものである。
 他方、硝ストによる薬理効果がいつ発現するかもしれないWが外に出て行ってしまい、Yがその後を追った場合、これは前にも述べたが、Wが路上等に倒れたり、通行人に助けを求めるような状況を想定し、Wを通行人等の目から遠ざけるためには車に収容するしかないのであり、Yは当然にカリーナバンで追尾したと考えるのが合理的である。
 そしてYは、体力の弱ったWを見つけ、カリーナバンに乗せ、E宅前に戻った所、Eが死亡し、被告人関根がE宅の玄関に出てきたので、早くEの死体を運び出して車に搬入し、現場を去りたいとの心理から、たまたまWが助手席で首を前に倒して座っていて、弱って抵抗できない状態にあったこととあいまって、Eの死体をカリーナバンの後ろの荷台部分に入れ、その後すぐに現場を去って、途中Wを完全に殺害し、そのまま片品へ直行したと考えるのが、自然かつ合理的である。
 被告人関根はWに対し、「ねえさんを乗せて病院へ行こう」と言ったら「嘘」だと言ったが車に乗ったと供述している。
 仮にWがそう言ったとしても、結果的に車に乗ったのはWの意思というより、抵抗力を失ったWが無理矢理車に乗せられたと考えるが自然かつ合理的と言える。
 なお当時、万吉犬舎には従業員が寝泊まりしており、深夜にエンジン音をたてて万吉犬舎に入り、万一従業員が起きてくる可能性も十分にあるのであり、死体二つを乗せたカリーナバンが万吉犬舎に寄るなど到底考えられない。」 ( 同 上 )

「証人OY(引用者注 E氏の愛人)の証言(期日外尋問)によれば、「Eがいなくなる1ケ月前位にEと関根が土地のことでよく話していて、奥さん名義の土地を奥さんの了解なしに勝手に売って、金を半分づつ分けるという話をしていた。」「関根が離婚したのでこのままでは関根の手元に残るものがないから売っちゃう」という話をEから聞いたと証言している。
 この証言を総合すると、時期からみてYHの融資の件に該当しており、被告人関根がEからK事件を種に脅されていたということではなく、須賀広の土地の件と同様、被告人関根とEが被告人風間及び母Y子の財産を食ってやろうとの悪巧みを画策したと考えるのが合理的である。
 また被告人関根と被告人風間は、平成5年1月25日に離婚しており、仮に偽装離婚であったとしても戸籍上は離婚しているのであり、被告人関根は、被告人風間のその頃の態度等をみて被告人風間は本当は離婚の意思を持っていたのではないかと感じ始め、「財産目的の結婚」が解消された今、右OYの証言のように自分の手元に何も残らぬとの危機感を持ち、Eと相談し、YHの融資話へと進んでいったと考えるのが合理的であり、実態にも合致している、
 何故ならYHの供述調書によれば「Eが上乗せしたことについて関根は知っていながら、風間やY子に言えないのだろうとEが言っていた」と供述している。(甲第206号証)
 右融資の件の前の平成5年5月連休明けに被告人風間が朝帰りした際、被告人関根は立腹して被告人風間に激しい暴力を振るっている。(証人KK(引用者注 風間さんの妹)の第96回公判の証言)
 被告人関根は被告人風間に男がいると覚知した故の暴力であると推測される。
 ところが被告人関根やEの予想に反し、Y子の執拗な抵抗にあい、また被告人風間がこの件で熊谷警察に相談したことから、まずいと考え、平成5年7月17日に右根抵当権の抹消に応じ解決したと考えられるのである。
 その結果が、OYの証言にいう、「土地を売って金を分ける話はダメになったと言っていた」という話につながるのである。
 従って、被告人風間のYHの件に対する思いは、須賀広の件の延長線上にあった出来事であり、この件でも被告人関根が張本人であり、Eはその片棒を担いだという認識であり、この件でEに対して嫌悪・憎悪の念をさらに強めるに至ったとの検察官の主張は極めて粗雑な推論である。
 なお被告人風間は、右YHの融資の件で平成5年7月12日熊谷警察に対しYH、Eの名前を具体的に出して相談している。(甲第925号証ないし同926号証)
 万一被告人風間が、EからK事件を種に本件を画策されたと知っていたら、Eの名前を出して相談するはずがない。
なぜなら警察が右相談を受けてEに事情聴取をした場合、EがK事件のことを警察に言う可能性があるからである。
警察は、平成5年7月20日、21日、22日の万吉犬舎等への行動確認を実施しているが、それは右相談とK事件直後の江南会議の件をKの遺族が警察にも話しており、その場にいずれもEがいたことによるものであると推測できる。
 また検察官は、E、Wの殺害については被告人風間も共犯であると主張するが、被告人風間は前記の通りEとのトラブルを熊谷警察に相談しており、その直後の7月21日にEの殺害を実行すれば、まず疑われるのは被告人風間であり、そのような状況下で自らの意思でE殺害の共犯になるようなことをするわけがない。」(  同 上  )

風間さんが警察の困り事相談に融資から派生した問題で相談を持ちかけた件について、一審の判決文は以下のように驚くべき記述をしている。

「YHらにY子の財産を乗っ取られるなどとしていかに強い危機感を抱いていたかは、自ら関根とともにK殺害及びその死体の損壊遺棄という極悪犯罪を犯しておきながら、それをも省みずに、(関根を介して)こともあろうに警察の困り事相談に電話を掛けるとの非常手段に訴えていることからも明瞭に看て取れるのである。」

上の記述にはこの事件の判決文に一貫して見られる巧妙なレトリックの有り様が如実に現れているように思う。日本のある法曹が裁判の究極の目的、必須の要件を「正義」の一言で要約しているのを見たことがあるが、この判決には正義への指向が片鱗も見られず、正義と深く関連する真実や自然さというものへの敬意も見えない。それらに相反する手法ばかりが縦横に駆使されているように見える。母親の土地が自分の借金の担保になっていて、その土地を横取りしようとする不審な企みが目に見えるのだ。自分の軽率さのために、母親を悲惨な目に遭わせるような事態だけは絶対に回避しなければならない。このような場合にそう思い「強い危機感を抱」かない娘は世にそうはいないだろう。風間さんもそうだったからこそ「警察の困り事相談に電話を掛け」たのではないだろうか。それが功を奏したことは、弁護人が「 被告人関根やEの予想に反し、Y子の執拗な抵抗にあい、また被告人風間がこの件で熊谷警察に相談したことから、まずいと考え、平成5年7月17日に右根抵当権の抹消に応じ解決したと考えられるのである。/その結果が、OYの証言にいう、「土地を売って金を分ける話はダメになったと言っていた」という話につながるのである。 」と述べている実態からも明らかであろう。

裁判官が語っている風間さんの当時の危機感の強さについてはそのとおりだろうと頷ける。ところが、裁判官はその強い危機感をなぜか財産に対する風間さんの人並み外れた異常な執着心に由来するものと一方的に決めつけ、それを風間さんが関根氏とともにE氏殺害を計画・実行した根拠にしてしまう。E氏にしろ金融業のYH氏にしろ、風間さんにとっては、関根氏の知人であり、関根氏からの紹介者なのだ。裁判官が力説するごとくもしも風間さんがE氏に強い憎悪を持っているのだとしたら、E氏との付き合いをつづけ、何かと金銭に関する面倒な問題を持ち込んでくる関根氏に不信や不満を持ってもおかしくはないだろう。風間が自分にEをやるしかないと言ってきた、という関根供述は信頼できるとする裁判官の判定はまったく不可解である。

風間さんがE・W事件における殺人の共同共謀正犯と認定された根拠は関根・Yという共犯者の供述以外には何もない。Y供述の矛盾点についてはこれまで数々指摘した。そして関根氏の虚言癖は裁判官自身幾度となく公言していることである。風間さんは証拠ではなく、裁判官が用いるさまざまなレトリックによってなし崩しのうちに殺人罪を認定されてしまっているように思えてならない。裁判官はここにKさん殺害事件を引用して「 自ら関根とともにK殺害及びその死体の損壊遺棄という極悪犯罪を犯しておきながら、それをも省みずに、(関根を介して)こともあろうに警察の困り事相談に電話を掛け……」 と、風間さんがKさんを殺害したことは確実な立証を経た間違いのない事実であるかのように記している。これも判決文を読む者に風間さんがKさんの殺害者であることはとうに明白になった確かな事実である、という意識を植えつけるレトリックではないだろうか。こちらも証拠によるのではなく、融資の件での風間さんの危機感をE氏殺害と無根拠に結びつけたやり方と同じ手法で認定されたものである。そもそも警察に困り事相談を持ちかけたのはKさん殺害に関与していないからこそできたのではないかという普通の考えは裁判官には浮かばなかったのだろうか。頑なに「 犯しておきながら」「それをも省みずに」「こともあろうに」などと風間さんがKさんの殺害者であると強調する感嘆風の記述がなされているが、これはまったく説得力を欠き、浮き上がって見えて仕方がない。また、弁護人は風間がEの名前を出して警察に相談している以上、Eが殺されれば真っ先に疑われるのは自分なのだから、その直後にE殺害などやるはずがないと主張しているが、裁判官はこの主張にも応答していない。
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