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最高裁判決は元少年について「差戻し控訴審で、故意や殺害態様について不合理な弁解をして」いると断定しているが、この断定に私はいくつかの疑問をもっている。そのうち前回は元少年が排水検査員を装い、社宅アパートを回って歩いた行為について、そのときの彼には強姦の計画も意思もまるでなかったのではないか、差戻し控訴審で彼が述べたとおり、それは友達と待ち合わせの約束をした3時までの時間潰しや寂しさをまぎらわすための、ふとした思い付きの行為に間違いないのではないか、つまり彼のこの行為のなかに強姦に関する故意(計画・意思)の存在を見るのはどうやっても無理・不自然・不合理にみえると述べた。「故意」の範疇にはこの件の他に元少年が被害者宅を訪れた後の出来事が入ることは間違いないと思われるので、今日はそちらに移りたい。

元少年の行為によって2人の人物が死に至らしめられたこと自体は残念ながら紛れもない事実なのだが、彼のその行為ははたして故意であったか、あるいはそうではなかったかということの判断において、最高裁を初めとして5回の審理を数えた裁判所の判決はすべて「故意」ということであった。一審の山口地裁では取り調べ段階における元少年の自白調書を基にして「故意」の事実認定がなされた。それに対して被告・弁護側は一・二審ともほとんど争わなかったので、差戻し控訴審の判決要旨は項目「新供述の信用性」のなかで、

「 元少年はほぼ一貫して起訴事実を認めていたが(最高裁が差し戻して以降)供述を一変させた。当裁判所は、新供述の信用性を判断するため証人尋問も行った。/ 旧供述を翻して新供述をした理由に関する元少年の供述は不自然、不合理である。新供述と旧供述とは、事実経過や殺害行為の態様、殺意や乱暴の犯意の有無などが全く異なっている。 /公訴提起されてから(最高裁判決前に選任された)安田好弘弁護士らが弁護人に選任されるまでの6年半以上もの間、それまでの弁護人に対し、新供述のような話を一回もしたことがないというのは、あまりにも不自然。初めて接見した安田弁護士らから事件のことを話すよう言われて、新供述を始めたのも不自然だが、元少年は納得できる説明をしていない。 」(/は改行箇所)

との判示をしているのだが、しかし元少年は争いこそしなかったが、一審では2回行なわれた被告人質問で、被害者女性殺害について「最初は考える力がありましたが、やっぱりすごく抵抗されるし、大声を出されるので頭の中が真っ白になるというか、何も考えないというか、とにかく声だけをとめようというふうなことしか考えられなくなって、声をとめるにはどうしようかなという感じも、その時には冷静に判断できなくて、首を絞めるはめになりました」、被害児については「押し入れの中とか、お風呂場のところとか試してみたけど、お風呂場はすごく響いて、押し入れの中も大して変わらなかったので、どんどん、どんどん、腹が立ってきて、殺してしまうようなはめになってしまいました」と供述しており、「冷静に判断できなくて、首を絞めるはめになりました」「腹が立ってきて、殺してしまうようなはめになってしまいました」という言い方はすでに何人もの人から指摘されているように、見方によっては自白調書ーすなわち裁判所の事実認定よりも、差戻し控訴審で元少年がそれまでの供述を翻して新たに主張を始めた供述内容に近似しているように思える。指先が真っ白になるまで被害者の頸を両手で絞め続けた、とか、頭上から被害児を床に叩き付けた、といった明確に殺意の存在を表わしている自白調書とはずいぶん様相が異なっている。しかしこの証言が法廷で真剣に受け止められることも注目されることもなく、 元少年は公訴事実をそのまま認めたことになっている。一審の無期判決を不服として広島高裁に控訴したのは検察だけであり、その広島高裁では元少年が友人に出した罰当たりと言うべき不謹慎な手紙が注目を浴びる結果になったことも影響したのか、元少年の犯罪態様が改めて審理の対象になることは一切なかったようである。

しかし差戻し控訴審においては周知のように集中審理が十分な時間をかけて行なわれ、元少年も主張したいことはかなりの程度主張することができたように思える。法廷で明らかになった事実を基に「殺害についての故意」ーー殺意について考えていくことにするが、ただ殺意の有無という問題は、彼がどのようにして2人の被害者を死に至らしめたかという態様の問題と切り離して考えることはできない。よってこの問題は、殺害態様の問題と一緒にして取り上げる。最高裁判決は(差戻し控訴審判決も同じだが)元少年について「差戻し控訴審で、故意や殺害態様について不合理な弁解をして」いると断定し、それが元少年の死刑判決の主な理由にされているので、この件はよくよく検討される必要があると思うのだが、そうは言っても、この事件には関係者も目撃者もいない。その上、殺意という問題は結局は個人の内面に属する分野のことであり、場合によってはその有無は当の本人にだって完全には捉え切れない場合だってあるだろう。本当に難しい問題なのだが、しかしこうして元少年に確実に殺意が有ったと認定され、その結果元少年に死刑確定判決が出たとなると、それに対して持っている疑問をしまいこんでおくという気にはなれない。それ故あえて取りあげるしだいである。

若い母親である女性と赤ちゃんへの殺意が少年に存在したかどうか。この事件の内容が詳しく報じられたとき、あるいは同様に感じた人も多かったかと思うが、私が最もショックを感じたのは少年が赤ちゃんを頭上から床に思いきり叩き付けたということに対してであった。第一審山口地裁の判決文には「被告人は、泣き止まない被害児に激昂して、同児の殺害を決意し、同児を頭上から頭部を下にして床に思い切り叩き付け、両手で同児の首を絞め、遂には、持参した紐を同児の頸部に二重に巻き付け、その両端を力一杯引っ張って絞殺した」とある。「(被害児の)頭部を下にして」とあるのが特に異様である。最初は新聞で読んだのだったかと思うが、赤ちゃんを自分の頭上高く持ち上げて今にも床めがけて叩き付けようとしている血走った目をした若い男性の姿が目に浮かんだ。わずか18歳の少年の内面がどうすればそこまで荒むことができたのだろうと思った。戦場で敵側の人間を自分と同じ人間とは感じられなくなって残虐行為を平然と為す兵士の話を聞くことがあるが、ちょうどそういう出来事を聞くようであった。もちろん、育児に疲れきった親のなかには赤ちゃんを乱暴に扱って死なせるような事件が時々報道されるけれども、それはおそらくは親が育児の悩みなどで神経をギリギリまで疲労させ、追い詰められる経過をたどった末の錯乱・混乱状態がさせることで、この場合とは事情が本質的に異なるし、行動もこんなふうにはならない。赤ちゃんの柔らかな身体やその無防備さを前にして、いくら泣いたとはいえ、伝えられる少年の振る舞いからは、抑制不能のそら恐ろしいばかりの激情・激怒、極度の捨て鉢、パサパサに乾き切った殺伐とした内面を感じさせられて、何とも言いようのない気がした。これまで青少年による犯罪報道でこのような行為が報告されたことがあったのだろうか。私は聞いた記憶がないのだが…。

差戻し控訴審に入って以後、元少年は社宅アパートを訪れた動機についてそれまで認めていた強姦目的の訪問という供述を否認し、また被害者宅に招じ入れてもらった後も強姦の意思はなかった、同様に被害者2人に対する殺意についても、一転殺意はなかったと否認した。また、被害者女性の頸を絞めてもいない、赤ちゃんを床に叩き付けてもいない、とこれも過去の自分の供述を明確に否定した。こうした被告人の供述の一変という出来事を知らされたとき、私たちはこれを青天の霹靂であるかのように驚きを持って聞いたのだが、それは裁判所も同様だったようだ。ただ裁判所は差し戻し控訴審判決も最高裁判決も揃って元少年のこの新供述は著しく不自然・不合理であり、これは死刑を免れるための嘘だと断じていて、前述したように私などはこの判示に疑問をおぼえるのだが、以下に殺意と殺害態様に関しての疑問を2点挙げておきたい。1つ目は広島拘置所の教戒師に関すること、2点目は検察官のことである。

 ① 差戻し控訴審判決は、上記の判決要旨の「新供述の信用性」で引用したとおり、「安田好弘弁護士らが弁護人に選任されるまでの6年半以上もの間、それまでの弁護人に対 し、新供述のような話を一回もしたことがないというのは、あまりにも不自然。初めて接見した安田弁護士らから事件のことを話すよう言われて、新供述を始めたのも不自然だが、元少年は納得できる説明をしていない。 」と判示しているが、元少年は差戻し控訴審の被告人質問で、一審の弁護人に被害者宅を訪問したのは強姦目的ではなかったと話してみたが、「無期懲役だろうから、変に争うよりも情状面で主張していくと言われた」と答えている。一審の弁護人について私は何も知らないのだが、ただ日本の裁判は被告人が公訴事実に異議を唱えて争う姿勢を見せると、裁判所から「被告人には反省がない」と判示されてかえって重刑が言い渡される、という話は一般社会でもよく耳にすることで ある。実際この事件でも差し戻し控訴審、最高裁と元少年にはまったく反省がないとの判示がなされている。弁護人が被告人の言い分をよく聞こうとせず、「変に争うよりも…」という考えで被告人の言い分を抑えることは本来なら確かに酷いことと思うが、しかし「おとなしく検察と裁判所に従っていれば無期刑で済んだかも知れないのになまじ本当のことを言って争ったがために被告人に死刑判決が出てしまった」というのが司法の現状ならば、一概に弁護人ばかりを弱腰とか無責任と言って責めるのも酷なのではないだろうか。そしてこの事件の場合、二審の弁護人の心境も一審の弁護人の「変に争うよりも…」という心境と大同小異だったのではないだろうか。私は被害者遺族が被告人を極刑に処してほしいという意思を述べるのは遺族として無理のないことだとも思うが、ただ裁判は第一に被告人を公正・適正に裁くための場なのだから、ただでさえ萎縮し法廷という場が苦痛であるに違いない被告・弁護側が萎縮し切って審理に異議も述べられないような状態は本当にまずいと思う。元少年は裁判が苦痛だったので、一審・二審とも弁護人に「早く裁判を終わらせて欲しい」と頼んだとも述べているが、これは偽らざる本心だったろう。

差戻し控訴審の判決文を読んでいると、裁判官にはこの事件を引き起こしたのは18歳になったばかりの、それも家裁の調査員から精神年齢の驚くべき低さを指摘された少年だということがほとんど眼中にないように思える。相手が40歳、50歳の人間なら求めてもいいかも知れない分別を元少年にごく当然のごとくに要求し、それが得られないと言って少年を責めているように見える。たとえば、裁判官は「元少年は納得できる説明をしていない」と述べている。私にはこの意味がよく分からない。また、納得できる、できない、の主体は誰なのだろう。裁判官なのか、被害者遺族なのか、それとも一般市民をもふくめた「社会全体」のことなのだろうか。それも判然としないのだが、私などは、たとえば赤ちゃんを「頭上から床に思い切り叩き付けるようなことはしていない」との元少年の新供述には直感もふくめてのことだが、相当深く納得させられるものがあった。前述したことだが、一歳未満の乳児を自分の頭上から、しかも乳児の頭部を下にして、思い切り床に叩き付ける、という暴力の振るい方には、精神の荒廃が極限に達している、救いようがないほど捨て鉢になってしまった果ての心象を想像させられて戦慄したのだが、その後元少年のそれまでの生活状態を伝え聞いたり、法廷での言動を報道で見ると、自白に見られるような尖鋭な暴力の振るい方をする性格とは異質の少年のように感じられた。有名なあの不埒・不謹慎な手紙のことだが、あの手紙が死者を冒涜し、遺族の癒えない傷口にさらに塩をもみこむような行為であったことは明らかで、あれでは遺族がさらにきびしい刑罰を望むようになるのも当然かも知れないと思う。第三者から見てもあの手紙は読むに堪えない文面だったのだが、ただその不埒さは罪の意識や責任感の欠如を窺わせる軽薄さや幼稚さや迎合心の横溢などに起因するものであって、判決に叙述されている2人の被害者に対する殺害態様とは結びつきにくいものがあった。殺害態様にみえる鋭角に尖った執拗・凄惨な暴力の雰囲気・気配があの手紙にはほとんど感じられず、その点はちょっと拍子抜けと言うべきか、意外な印象を受けたのであった。

差戻し控訴審の裁判官は元少年の新供述および彼がそれを口にしたタイミング・経緯について判決の主文でも言及し、その不自然・不合理性を難じているが、けれども裁判官がそれほどまでに元少年の新供述に不審を感じていたのなら、元少年は安田弁護士らに話すより一年も早く新供述をその人にすでに打ち明けていたという広島拘置所の教戒師を証人として法廷に招んだら良かったのにと思わずにいられない。なぜ、招ばなかったのだろう。被告・弁護側は裁判所にこの人物の証人尋問の要請を出したのに裁判所は必要なしと退けている。もしこの証人尋問が実行されていれば、元少年についても、事件についてもいろいろなことが明瞭になったかも知れないと惜しまれる。 判決要旨の 【酌量すべき事情】 のなかには、「上告審で公判期日が指定された後、元少年は旧供述を一変させた。死刑を免れたいと虚偽の弁解をろうしているというほかない 」との文言があるが、もし教戒師が証言台に立っていたなら、この場合元少年が嘘を述べているとは考えにくいので、おそらく裁判官はこういう文言を判決に書き込むことはなかっただろう。裁判官のこのような矛盾した言動を見ると、被告・弁護側が要請した2人の法医学者による殺害態様についての証言、元少年の精神鑑定と 犯罪心理鑑定を行なった2人の精神科医の証言など、専門家による元少年にきわめて有利な証言が相次いだことで、裁判所はあるいはもうこれ以上元少年に有利な証言はさせられないと考えて教戒師の証言を許可しなかったのではないかと疑いたくなる。差戻し控訴審の被告人質問(第8回)から教戒師に関する元少年の応答を下に引用しておく。

弁護人  「上告審の段階で、(現在の主任弁護人の)安田弁護士らと初めて会ったのは平成18年2月か」
被告  「はい」
弁護人  「事件の事実関係について聞かれたか」
被告  「ぼくの方から話した。ただ、安田先生に言う前に教戒師の先生にも同じことを話している」
弁護人  「教戒師に話せたので、安田弁護士にも話せた面があるのか」
被告  「はい。教戒師に会うまでは人間不信のような感じだった。そうでなければ、安田先生にも話すことができたか分からない」

②の検察官の件は次回に廻したい。

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2012.03.19 Mon l 裁判 l コメント (7) トラックバック (0) l top

コメント

この事件というか、この裁判はとんでもない闇が隠されている。
なぜ初めに死刑ありきに仕組まれた裁判だったのか? だれかこの裁判を映画か小説にしていただきたい位だ。この裁判はSFノンフィクションだ。
この裁判には何らかの利害が絶対絡んでいると思う。 なぜ元少年の証言がこれほどまでに著しくねじ曲げられ、マスコミもそれに同調したのか? なぜこの事件だけNHKは勝手に実名報道したんだろう。どう考えても計画性、凶悪性はコンクリート殺人事件の方が上ではないのか?
言葉を換えると、少年に死刑判決が出ないと誰か困る人間がいたのだろうか?というほど不自然な裁判であった。この裁判の裏側を追求する事が日本の司法の闇を解く鍵になると思う。徹底的に関与した人物の行動、周辺を多くの人に検証してもらいたい。
2012.04.04 Wed l . URL l 編集
この事件、随分と被告の極悪な人間像だけが一人歩きしておりますね。
矛盾点を揚げるといくつもあるのですが先ず乳児を床に叩きつけて云々などと言う情報はそもそも事実として存在しなかったと唯一御遺体を鑑定した法医学者が証言しており、この事一つ取ってみても最高裁の裁判員まで調書よりワイドショーを優先させた事が明白になっております。
裁判員制度は司法に庶民感覚の導入を狙ったものであると言われておりますがそれは何も面倒臭い調書よりワイドショーや週刊誌を参考に判決していいよ、てなものではないハズ。庶民感覚をそう言うものだと解釈しているのであればそれは明白な間違いであると指摘しなければなりません。
当日の被告の行動をあれやこれや想像するのは意義のある事とは思えませんが私も自分の勤務先の作業着に自分の名前が書かれたまましかも自分の住まいの直ぐ近所に強姦目的で押し入って御本人も赤子も殺めて性的欲求を満たしたと言う理解で納得できる感性を持っておりません。
2012.04.07 Sat l 許されざる者 part.Ⅱ. URL l 編集
主張したい事だけ書いてスッキリしたのかな(笑)?
ま、何にせよ自分の理解し易いシナリオにそぐわない多少の誤差は全て刈り込んで行こうとする裁判で出て来た判決が正しいハズないですね。
裁判員制度の典型的問題点が分かり易く露出された間違った判決だと言えます。
2012.04.10 Tue l 許されざる者 part.Ⅱ. URL l 編集
許されざる者様
コメントの返信が遅れまして申しわけありません。
後1、2回はかかりそうですが、本日久しぶりに更新しましたので、よろしかったらお読みください。長くて読みづらいことと思いますが。
それからこの事件は99年に起きたもので、発生は裁判員制度が始まる大分前のことです。裁判員が受持つのは一審のみですので、この裁判には裁判員は、まったく関わっていないのです。
2012.04.10 Tue l yokoita. URL l 編集
裁判員ではなかったですか ^_^;
それは申し訳ございません。
私の暮らしはテレビその他のメディアを観ないので完全に隔離されているようなものです。
ただこの事件の裁判だけは或る程度注意していたのであちこちのBBSやYoutubeにもコメント入れて少しは自分でアンテナを開いているつもりでおりました。
尤もその場合でさえも陪審員がどうたらこうたら書いてしまってかなり浮いた存在でしたが。。。
ま、レスを入れると大多数から辛辣な反論頂くのでその時点で正しい情報収集させて頂きました。
この裁判はワイドショー裁判とカテゴライズできる稚拙な内容です。
2012.04.10 Tue l 許されざる者 part.Ⅱ. URL l 編集
あらら…、切れちゃってる ^_^;
根拠は貴殿も書かれてらっしゃるように御遺体を解剖した唯一の存在である法医学者が乳児を床に叩き付けたような痕跡は鑑定できていないと証言されてらっしゃった事が丸っきり無視され恥じる事なくワイドショーか週刊誌から仕入れた情報から主文が作成されている事。
これに尽きます。
自分の常識にハメ込んで詳細な情報を刈り込むとこう言った矮小化した判決が出来上がります。
2012.04.11 Wed l 許されざる者 part.Ⅱ. URL l 編集
あぁ、それと一つ言い忘れていたので追加しておきますと世論がここまで団結した要素として女子高生コンクリ事件や神戸の連続殺傷事件、それからもっと言えば街の不良少年達等に対する憤りまでもが根底にあるのは間違いないと思います。
お門違いというか筋違いな憎悪ですね。
この元少年は彼等への情緒的な怒りと言って良いような鬱憤、素朴な国民感情を全て肩代りさせられている事は明白です。
少年法がどうだとか死刑制がどうだとかは二次的な論議でなければならず少なくとも事件現場での事象を考察する作業よりも上位であってはなりません。
2012.04.14 Sat l 許されざる者 part.Ⅱ. URL l 編集

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