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「  入れ墨調査実施せず、橋下市長が市教委を批判
 橋下徹大阪市長は25日、市教育委員と意見交換し、「プライバシー侵害のおそれがある」などとして市教委が入れ墨調査を実施しないと決めたことについて 「入れ墨のある教職員がいたらどう責任を取るのか」などと強く批判した。
 調査は橋下市長の発案で市長部局の全職員に実施。だが市教委の同意が得られず市立学校の教員らには行われていない。橋下市長は「行政職員より、教職員に入れ墨がある方が 『ちょっと待ってくれ』というのが保護者の感覚」と主張。「教委は労務管理の責任者であることを認識してほしい」と迫った。
 これに対し、教委側は「学校では過去に入れ墨関連の不祥事はない。魔女狩りのような調査は信頼関係を崩す」などと反発した。」 (朝日新聞 2012年5月25日)

大阪市教育委員側が主張するとおり、入れ墨調査は「魔女狩り」に他ならない。調査をした結果かりに入れ墨を施している教職員が存在したとしたら、橋下氏はその人をどうしようというのだろう。血祭りに挙げて当面の話題にでもするつもりなのか。しかし、入れ墨をしている人がいようといまいと、調査の執行自体が、教育現場の環境と人間関係を根底のところで破壊するだろう。教職員、生徒、保護者はそれぞれ心の深部に傷を負うだろう。それほどこのアイディアは非情かつおぞましいものである。2、3ヶ月前、大阪のどこかの中学校の卒業式では、君が代斉唱の際、校長サイドは教職員が起立しているかどうかの監視だけではあきたらず、きちんと声を出して歌っているかどうかの口元チェックを行なったのだという。

その報道は今思い出しても心が暗欝になるおぞましい話であった。人の心のなかに土足で入り込む、という表現があり、このことの非人間性についてはよく批判の的になるが、口元監視については他人の心のなかに土足で入り込もうとすると同時に、口という他人の身体のなかまで監視し、スキあらば侵入しようとする蛇のような執拗さが感じられた。この入れ墨調査はその延長線上の出来事である。君が代、入れ墨ときて、次はどんな挑発・脅迫が待っているのだろう。そのうちご真影への敬礼とか言い出してもおかしくはない流れ・雰囲気である。政府や自治体の長による国民・住民へのどんな憲法違反が行なわれてもマスコミにはそれを指摘し検証する職業意識も気概もない。現状は好き放題やりたい放題の者の天下である。いったい口元チェックだの入れ墨調査だのを、対象の意思を無視して平然と実行する政府や自治体が世界のどこに存在するのだろう。学校の入学・卒業式に国歌を歌うという国さえ私は聞いたことがないのだが、歌わなければ処罰という国が他にどこかにあるのか、マスコミは調査して教えてほしいものである。

児童・生徒は、日々学校で多くのことを学んで成長していかなければならない存在である。そういう児童・生徒は自分たちが日々教わっている教師が国歌斉唱で監視されたり、入れ墨調査などをされているのを見て、何を感じるだろうか。教師が人間としての尊厳、個人としての個性にまったく敬意を払われていないことは明らかなのだから、そういう教師を子どもたちが心底から尊敬したり慕うことが可能だろうか。多かれ少なかれ、その心情に翳りが生じることは避けられないように思う。橋下市長は、市教委に対し、「入れ墨のある教職員がいたらどう責任を取るのか」などと強く批判したそうだが、「入れ墨のある教職員がいた」からといって、その教員が入れ墨を盾に人を脅したり、犯罪を犯したりするのでなければ、何の問題もない。昔、小説家の永井荷風は女性の名前を腕に彫っていたそうだが、慶應大学で講義をしていた。入れ墨がある人間が教壇に立つのはけしからぬなどと愚劣でヤボでギスギスしたことを言う人間はいなかったようで幸いであったが、ここでももちろん市教委は何の責任もとる必要はなく、むしろ市教委に向かって的はずれにも「どう責任を取るのか」などと脅し文句を口にする市長のほうに無視できない問題がある。

橋下市長は「行政職員より、教職員に入れ墨がある方が『ちょっと待ってくれ』というのが保護者の感覚」とも主張したそうだが、もちろん行政職員に対する入れ墨調査もとんでもない暴挙である。橋下市長の場合、やることなすこと、人権侵害、憲法違反の疑いの濃厚な行為・発言の連発である。そういう橋下氏の言行を支持する人は、自分が日々安全に暮らしていけるのは、まがりなりにも、法によって、とりわけ憲法の各条文によって人権の保証がなされているからだということを自覚したほうがいいと思う。 たとえその行動に憲法違反・人権侵害の恐れがあろうとも橋下氏を支持するというのでは、自分は今後人権侵害などの、どんな理不尽な目に遭ってもかまわない、甘受すると述べていることに等しいのではないか。

橋下市長は「保護者の感覚」を勝手に決めつけて「入れ墨調査」に執念を見せているが、この姿勢は実に不気味である。保護者および大人の感覚として、私は入れ墨調査など決してやってほしくないという気持ちでいっぱいである。学校の先生には子どもに学ぶことのおもしろさを教えてもらいたい、どの子どもも差別なく受け入れてやってほしいなど希望はいくつもあるが、入れ墨がその人の身体のどこかにあるかどうかなどまったくどちらでもいいことである。自分とは異なる他者にそのような関心の持ち方をするのは不健全であり、非礼きわまりないことであろう。

それにしても、 そんなことをすれば「プライバシー侵害のおそれがある」「魔女狩りのような調査は信頼関係を崩す」と、当然予想される常識的な指摘や忠告を人にされていながら、それに一顧だにしないで非合理かつ邪悪な自己主張を繰り返すことのできるリーダーというのは始末におえないと思う。最低限必要な論理も倫理も持ち合わせていないことがあまりにも明白だからなのだが…。
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2012.05.26 Sat l 橋下徹 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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