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オスプレイは9日にも機体に不具合があり、 米ノースカロライナ州で緊急着陸したとのこと。しかし、野田政権は問題視せず米国のオスプレイ配備計画をこのまま容認する方針だそうである。これだけあからさまに国が自国民の安全に対して負っている責任を放擲する姿勢をとって恥じない無責任な政府も世に珍しいだろう。これで主権国家と言えるのだろうか。受け入れ先の自治体が反対姿勢を強めているのは当たり前のことである。これでおとなしくオスプレイを受け容れる自虐的な自治体など世界中捜したっているわけがない。
http://www.asahi.com/politics/update/0711/TKY201207110614.html

さて沖縄・普天間基地へのオスプレイ配備をめぐるニュース報道では、とりわけ森本敏防衛相が訪沖した6月30日前後の時期には、あちこちで「理解」という言葉が多用されていて、これにはそれを見たり聞いたりするたびに多大な違和感と怒りを感じずにいられなかった。それらは今さらながら例外なく沖縄県民に対して一方的に「理解」を要求するものだったからだ。

「 森本防衛相、宜野湾市長にオスプレイ配備への理解求める(産経新聞 6月30日)
 森本敏防衛相は30日、米政府が垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)への配備を正式通告したのを受け沖縄県を訪問。宜野湾市の佐喜真淳市長と会談し「トータルで米海兵隊の能力を向上しようとするものだ」と理解を求めたが、佐喜真氏は「誠に遺憾で許し難い。阻止してもらいたい」と配備に強く反対した。」

「 沖縄県知事 オスプレイ配備“拒否”(NHK 7月1日)
 森本防衛大臣は、沖縄説明県を訪れて仲井真知事と会談し、 アメリカ軍の最新型輸送機「オスプレイ」を、予定どおり普天間基地に配備することに理解を求めましたが、仲井真知事は「安全性に疑問があり、拒否するしかない」と述べ、配備の中止も含め日米両政府で再検討するよう求めました。」

「 官房長官「地元理解へ努力」 オスプレイ配備(朝日新聞7月2日)
 藤村修官房長官は2日の記者会見で、米軍の新型輸送機オスプレイの沖縄配備計画に対し、沖縄県の仲井真弘多(ひろかず)知事が「事件事故が起きたら(基地の)即時閉鎖撤去」と強く反発していることについて、「日米間で調整し、安全性が確認されるまでは日本における飛行訓練を控える。米側からさらなる事故調査の結果の情報が得られ次第、説明させていただき、配備への理解が得られるように努力する」と述べた。」

「デジタル大辞泉」によると、「理解」の意味は、「 1 物事の道理や筋道が正しくわかること。意味・内容をのみこむこと。2 他人の気持ちや立場を察すること。」である。次にウキィペディアを見てみると、「物事の理由、原因、意味を正しく知ること」とある。ここにはさらに、「(認知心理学においては)理解は独立した現象ではなく、記憶や学習と密接な関係にあると考えられる。 」との記述もあり、沖縄の歴史を顧みればこれは実に正確な「理解」という言葉の説明であるように思う。官房長官の藤村氏、防衛相の森本氏、そしてメディアは、どのような考えのもとで沖縄に対して「理解」「理解」と口にしているのだろう。オスプレイが開発当初にとどまらず、この3カ月の間にも2度の墜落事故を起していることは誰知らぬ者はない。一方、森本防衛相が「理解」を求めて沖縄を訪問した6月30日は、1959年に米軍機が沖縄の小学校校庭に墜落し、17人(その後事故の後遺症によりもう1人が亡くなったという。)の生命が無惨に奪われた日で、森本防衛相訪沖のちょうどその日その時間には、事故発生時に当該小学校の教員だった人や遺族たちによる被害者追悼の儀式が予定どおりしめやかに営まれていたという。こういう歴史的現実を前にして、「アメリカ軍の最新型輸送機「オスプレイ」を、予定どおり普天間基地に配備することに理解を求めました」とはいったいどういうことだろう。普通に口にできる言葉ではないと思うのだが?

日本政府と日本のメディア(特に産経新聞や読売新聞など)は、 米国の機嫌を損なうことに比べたら、一部日本国民の生命、身の安全を犠牲にしてもかまわない、仕方がないとでも考えているのではないか。沖縄にオスプレイ配備の「理解」を一直線に求めて恥じない姿勢をみてそう疑いたくなるのは、たとえば、次のような事実が厳然とあるからだ。

これは2007年にアップされた記事のようだが、「驚異の兵器か未亡人製造機か」という記事がウェブ上に出ている。あるいはすでに多くの人が目にしているのではないかと思われるが、これは米国の世界安全保障研究所の国防情報センターというNPO法人が同年(2007年)に出したオスプレイについての報告書の紹介文(それも全50頁のうちの冒頭3頁分のみの邦訳だという。)である。その一部を以下に引用する。

「(オスプレイは)開発段階で4回もの事故を起こし、30人の関係者を死亡させ、いったんは開発中止になった。にもかかわら ず、いつの間にかよみがえり、設計上、運用上の多くの欠陥をかかえながら実用化されようとしている。 」「オスプレイは2007年イラク戦線への派遣が想定されている。しかし、この航空機が正常で、 こんなに手間取ることもなく完成していれば、1995年のボスニア紛争、2001年のアフガニスタン戦争、2003年のイラク戦争にも参加できたはずだ。なにしろ初飛行は1989年3月19日だったのだから。」「 V-22は2000年12月に死亡事故を起こしたが、それに先だって油圧系統の故障を170回も起こしていた。事故のあとは飛行停止となったが、やがて再開されたときはプロペラの部品数が減っていた。また2006年3月、V-22はアイドル運転中に勝手に飛び上がり、尻餅をつくような恰好で地面に叩きつけられた。」「こんな航空機が1機7,000万ドルというのだから、オスプレイは税金を無限に呑みこんでゆく空井戸のようなものである。それというのもアメリカ議会の議員276人の地元で、オスプレイのさまざまな部品を製造しているからだ。軍と議会と産業界の3者癒着の構造であり、その強力なることはオスプレイに如何なる問題があろうと、とにかく予定通りに計画を進めて、中止などは全く考えられない。」「オスプレイは試験飛行も不十分である。たとえばVRSによる事故のあと、その試験をすることになっていたが、やがてこれはキャンセルされた。また恐らくV-22は1発停止しても垂直離着陸が可能のはずだが、過去17年間一度も試みたことがないという。」「また夜間飛行は29回のテストが行なわれたが、最後まで完了したのはわずか12回だけであった。またダウンウォッシュが強いにもかかわらず、土ぼこりを舞い上げるブラウンアウトのテストもしたことがない。 」

オスプレイについてのこの報告書を読んでそら恐ろしくならない人はいないだろうと思われる内容の連続だが、このように恐怖をかき立てられる話がこの他にもまだ延々とつづいているのである。 この「驚異の兵器か未亡人製造機か」という報告書の存在については、この内容からして、米国はもちろんだが、日本政府も大手メディアも当然ちゃんと知っているだろう。ここに書かれていることは事実なのか、それとも誤っているのか、指摘されていることの全項目について一つひとつ詳しく知りたいと一読後は当然そう思うのだが、日本政府はこのことについて米国政府に問い質さなかったのだろうか? それをやるのは一つの国の政府として最低限の義務にちがいないと思うのだが、どうなっているのだろう。また沖縄のメディアを除いて、日本の大手メディアがこのオスプレイの危険性、上記の報告書に記述されている性質の問題点について独自に取材し、具体的に調査・検証をしたという話も聞かないのだが、これはどうしてなのか。本当に不可解きわまりないことである。

2003年のイラク侵攻の最中だったと思うが、当時のラムズフェルド米国防長官が、最新鋭の兵器を前にしてそれがどんなに優れた兵器であるかを自慢気に語っている場面をテレビで見て、その臆面のなさに呆気にとられ、異様な気持ちになったことがあった。米国は絶えまなく他国に侵略を仕掛けているうちに、いつしか殺戮兵器の有能さを誇ることの異様さについての自覚も失ってしまっているのだろう。しかしながらそのラムズフェルド元国防相にして、空から普天間基地を見てその危険度の高さに驚きの声を洩らしていたというのだから、後は推して知るべし。最近になって、オスプレイは沖縄だけではなく、東北、関東、四国、九州などの日本全域で飛行訓練を行なうという話も出てきている。これについては別の機会に書きたいと思うが、ここでは、前述した「理解は独立した現象ではなく、記憶や学習と密接な関係にあると考えられる。 」とのウィキペディアの解釈を参考にして「理解」についてもう少し述べておきたい。簡単明瞭なことで、オスプレイ配備について事を「理解」すべきなのは米国と日本政府であって、決して沖縄の人々ではないということである。沖縄戦では沖縄住民の4人に1人が亡くなったという。その現実からすると戦後日本国内で最も労られてよいはずの沖縄がひきつづき米軍の基地として日本から棄てられたに等しく過酷に扱われてきたこと、67年にわたる米軍駐留による航空機事故、犯罪、騒音被害、等々によって沖縄人々の忍耐はもう限界を超えつつあること。オスプレイ配備はそのような現状のなかにさらに降ってわいた災厄のような話だったと思う。最近の仲井真知事の発言にもそのことが滲み出ているように思われる。政府は沖縄へのオスプレイ配備を中止すべく早速米国と交渉を始めるべきである。
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2012.07.12 Thu l 社会・政治一般 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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