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中野重治の批評眼は、石原慎太郎の作品がそれまでの新しい文学の出現とは全然異なった色合いを帯びて現れ、世間の大、大注視のなかで芥川賞が授賞されたことに文壇と出版界の頽廃というべきか、不吉なものを感じずにいられなかったようである。無視するのではなく、二度、三度と、石原作品に対して、というより周辺の大騒ぎと騒ぎの性質に対してきびしい批判を行なっている。前に「芥川賞について思い出」のなかから新芥川賞作家・石原慎太郎に関する部分を引用したが、今回は「異議あり」という文章のなかから、やはり石原慎太郎に関する箇所を引用しようと思っているのだが、その前に、つい先日文芸評論家の豊崎由美・栗原裕一郎両氏による「「太陽の季節」は本当に芥川賞にふさわしかったか!?」という対談がネット上に公開されているのを見たので、この対談の感想などを少し書いておきたい。


栗原 … そしていよいよ、石原慎太郎「太陽の季節」ですが。
豊崎 文句なしの◎です。当時の選考は、間違っていません。
栗原 おおっと、トヨザキさんが慎太郎に◎をーっ! 僕は〇です。藤枝静男「痩我慢の説」との二択。
豊崎 「太陽の季節」に芥川賞を与えた当時の選考委員を、時代の空気をよくぞ読んだと褒めてあげたい。この受賞によって、芥川賞も、出版界も、社会までも動きましたからね。「痩我慢の説」に授賞していたら、そうはならなかったでしょう。
栗原 藤枝は結局、芥川賞をとれなかったんですが、ここで藤枝に授賞していたら、後の文学史は愕然と違うものになったでしょうねえ。
豊崎 いずれ動く時期が来たとしても、慎太郎ほどの効果はなかったと思う。「太陽の季節」は若い世代からの支持と、上の世代からの非難が同時に爆発して、世代間闘争をあらわにする装置の役割も果たしましたね。
栗原 価値観のドラスチックな転換が、たぶんあらゆる人の意識下で予感されていたんだと思うんですよね。この回の候補作を見渡しても、ほとんどの作品が何かしら戦前と戦後の価値観の対立を描こうとしているし、藤枝なんかも一歩踏み出したつもりで「新しい価値観も受け入れていかなきゃいけないんじゃないか?」ってところを描いているわけですけど、旧世代がエイリアンみたいな新世代を頭で外から理解しようという線で止まっている。そんななか、慎太郎は新しい価値観を体現する側として、内側からそれを描いて見せたわけですね。このコントラストがけっこう、残酷なくらい鮮明に出てしまっている。
豊崎 若い世代を代弁しながら、前世代には非常に挑発的。たとえばこういう記述が、選考委員の逆鱗に触れたんだろうなあと想像します。

彼にとって大切なことは、自分が一番したいことを、したいように行なったかと言うことだった。何故と言う事に要はなかった。行為の後に反省があったとしても、成功したかしなかったと言うことだけである。自分が満足したか否か、その他の感情は取るに足らない。
 」(強調は引用者による)


豊崎氏は「太陽の季節」に芥川賞を与えた選考委員について、「時代の空気をよくぞ読んだと褒めてあげたい」と述べているが、これはもしかすると授賞を推した選考委員への痛烈な皮肉なのだろうか? 豊崎氏は「(石原慎太郎は)若い世代を代弁しながら、前世代には非常に挑発的。たとえばこういう記述が、選考委員の逆鱗に触れたんだろうなあと想像します。」とも述べて、その「逆鱗に触れた」らしき石原慎太郎の文章を引用しているが、しかし私はこれを読んだ選考委員はその内容があまりに幼稚かつ月並みに低次元なことに失笑するか、こういう文章の書き手を文春などの各出版業界の要請に応じて芥川賞作家として売り出すことに加担してよいものかどうかという迷いを深めたかのどちらかではなかったかと愚考する。

石原慎太郎の上記のような言葉は別に珍しくも何ともないもので、昔からそこらへんにいくらでもころがっていたのではないだろうか。今でも反抗期の生意気盛りの中学生はそういうことを本気で考えているかも知れないと思う。ただ自分は確かに新しいことを言っているのだというような衣装をまとう術は、石原慎太郎は最初から達者だったようである。上等なものとは思わないが、それも才能には違いないのだろう。この少し後のことになるが、正宗白鳥は、自分が地元にある公立高校に進学せずに私立の学校を選んだことについて、子どもの時分、公立高校の学寮で「太陽の季節」に描かれているようなことが日常茶飯事に行なわれているという話が岡山の街中にまで噂として広まっていて、それを聞いた自分はその高等学校に行く気を失くした。ああいうことはちっとも新しくもないありふれたことなのだと何だか噛んで捨てるような調子で書いているのを読んだことがある。「慎太郎は新しい価値観を体現する側」だなどとなぜ言えるのだろう。現在の石原慎太郎の言動を見ていれば、基本的に戦前からの日本の古い思考形式と行動を反復しているに過ぎないことが分かるだろう。萌芽はすでにこの発言のなかにもあったのではないだろうか。豊崎・栗原氏の対談では、さらに選考委員について、特に授賞に反対した委員について次のような言及がなされている。


豊崎 大賛成ではないけれど最終的には推しましたという立場の、中村光夫の言い方もなかなか。勢いを褒めたり、文章の稚拙さを批判したりしつつ、最後に改行して突然、「石原さん、しっかりして下さい」。
栗原 これはちょっと「うっ」となりますよね。授賞に賛成したことに「とりかえしのつかぬむごいことをしてしまったような、うしろめたさを一瞬感じました」とも言ってます。
豊崎 後の論争のほうでも明らかになっていきますけど、中村光夫は慎太郎のことを純粋でうぶな少年だと思い込んでた節があるんですよね。で、心のきれいな少年をこんな騒動の渦中に引っぱり出して良いものか、とちょっと心配してる風。まあ、結局のところ、そんな思いはまったくの杞憂だったわけですから、中村先生も心配して損しましたね(笑)。
栗原 しかし何より、この後、論争の口火を切ることになる佐藤春夫の酷評ですよね。

この作者の鋭敏げな時代感覚もジャナリストや興行者の域を出ず、決して文学者のものではないと思ったし、またこの作品から作者の美的節度の欠如を見て最も嫌悪を禁じ得なかった。
 これでもかこれでもかと厚かましく押しつけ説き立てる作者の態度を卑しいと思ったものである。そうして僕は芸術にあっては巧拙よりも作品の品格の高下を重大視している。
 僕にとって何の取柄もない「太陽の季節」を人々が当選させるという多数決に対して、僕にはそれに反対する多くの理由はあってもこれを阻止する権限も能力もない。

豊崎 佐藤春夫と宇野浩二の二名は全否定。宇野浩二は、とにかく奇を衒っただけの通俗小説だとこきおろしてます。だけど、その批判より、選考会の内幕の書き方がおもしろいですよね。誰それが反対しただの、賛成しただのを以前書きすぎて怒られたなんてことまでバラしちゃって。あげく、これ以上書くとまた怒られるからこの辺でやめときます、だって(笑)。宇野先生、そんなんだから怒られるんだよっ!
栗原 川端康成は「多少のためらい」を感じつつも推すと。
豊崎 川端先生のここんとこ、言い得て妙ですよ~。「極論すれば若気のでたらめとも言えるかもしれない。このほかにもいろいろなんでも出来るというような若さだ。なんでも勝手にすればいいが、なにかは出来る人にはちがいないだろう」 
栗原 「なんでも勝手にすればいい」(笑)。川端はたまにこういうわかったようなわからないような選評を書きますね。
(略)
豊崎 佐藤春夫は、石原慎太郎なんて奴ァなにがなんでも認めない、っていうおじいちゃん世代の代表。選評じゃ、文句を言う字数が足りなかったと言わんばかりに「作品云々よりコイツの人間性が大っキライだ」っていう本音がひしひし伝わってくる内容になってます。まあ、気持ちはわからなくもないけど、自分だって品格を疑われるような作品書いてるじゃんねえ。
栗原 そうなんですよね。そこに舟橋聖一が、佐藤のプライバシーを伏字イニシャルで具体的に暴露しつつ、いやいや先輩だって「快楽主義的なたくましさ」と「やんちゃな無恥」で鳴らしてたもんじゃないですか、と突っ込んでいく(笑)。 」


佐藤春夫が、戦時中の太宰治のある小説(題名は今ちょっと思い出せないのだが、ストーリーは太宰らしき主人公が一家のなかから戦死者や出征者を何人も出しているある家を訪問したときの出来事を描いたものだったと記憶している)を批評している文章を昔読んだことがあるのだが、その批評は小説の内容に具体的に入っていって、小説のどの箇所、どの表現がどのようにすぐれていると佐藤春夫が感じているかが素人の読者にも明瞭に理解できるような書き方がされていた。そのとき何か新しい読書経験をしたような気がしたのだが、おそらくああいう批評のやり方というのは、詩や小説に読者の目を開かせる最もよい方法ではないかと今にして思う。また、中野重治の詩について述べていた佐藤春夫の言葉もとても印象的であった。中野重治の詩はそこらへんにありふれた卑近な言葉のみがつかわれている。新奇な言葉、難しい言葉などはまったく用いられない。それでいながらその詩には全体として高い品格が備わっている。これは大変なことなのだ、というようなことであった。これも私にはハッとする思いがけない言葉であったが、貴重なことを教えられた気がしたことは言うまでもなかった。私は佐藤春夫に特に何の思い入れも持っていないのだが、佐藤春夫は晩年自分で「門弟3000人」などと口にして、すっかり惚けているなどと悪評を被ったりしている。もともとアクが強い人でもあったのだろうが、それにしてもヘンなことを言ったものだと思うが、ただもし門弟が多かったのが事実とすれば、それは実際に佐藤春夫と接触することで門弟のほうに文学面の上達ということで利益があったからではないかと、私は自分の読者経験からしてそう思う。

そういう佐藤春夫が石原慎太郎を徹底して認めなかったのならそれは佐藤春夫が年をとっても文学者としての自己に忠実だった、正直だったというに過ぎないことで、他に意味はないように私には思える。そもそも「太陽の季節」への芥川賞授賞に賛成した川端康成にしても、中野重治の「異議あり」によると、「太陽の季節」が、文学界』の新人賞を授賞して話題になったとき、「『太陽の季節』なんて作文ですよ。あれはね。」ともらしたそうではないか。
(つづく)
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2012.11.06 Tue l 中野重治 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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