QLOOKアクセス解析
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
亀山郁夫氏の翻訳による『カラマーゾフの兄弟』の感想をこれから3回にわたって述べてみるが、先行訳もふくめて作品からの引用が多いために、思いがけず長文になってしまった(今回の分は第2巻についての感想だけなのだが)。実は、新訳全5巻のうち、私が読み通しているのは、3巻――2・4・5巻だけである。第1巻については、木下豊房氏のサイトで「検証」「点検」を読んでいたせいだと思うが、手にとって読んでみようという気持ちにどうしてもなれず、はじめから回避した。第3巻も未読である。しかしながら、コーリャ、イリューシャをはじめとした少年たち、およびスネギリョフ一家が登場する場面の ほぼはすべてが、読了したこの第2・4・5巻に収まっているので、感想を述べるにあたって、あまり支障はないのではないかと思う。というのも、私の場合、亀山氏が「解題」その他で披瀝している少年や犬に関する見解 ―― 犬のジューチカとペレズヴォンとは同一の犬ではないのではないかという説や、コーリャとイリューシャの人物像についての突飛な(と思える)見方など(この件を考えるうえで「読書案内」のブログ「連絡船」は大変参考になる。また学ぶことは他にも多い) ―― に大変驚いたり、疑問を感じることが多く、自然、具体的には、少年や犬のでてくる場面についての感想を多くもつことになったからであるが、したがってこれらの箇所だけは可能なかぎり丁寧に読むよう心がけた。

3巻を読み終えての感想だが、全体として大雑把な訳文だという印象がつよい。旧訳に比べて速く読めるという話をよく聞くが、その原因は、文体が大雑把だからではないだろうか。また「分かりやすい」という意見が多いというのも、そのことと関係があるのではないか。私自身は亀山訳を「分かりやすい」とは感じなかったので、この意見は実感的には理解しにくいのだが、筋書きを理解することを主な目的として読みすすめるのであれば、これでも支障はないのかも知れない。そのように考えると、先行訳を読むことと、新訳を読むこととでは、読書体験の内容・中身が異なるのではないかという気がする。率直にいうと、新訳は、熟読玩味には相応しくない文体ではないかと思う。そういう読み方をするには細部に違和感や疑問をおぼえる箇所が多すきると感じられた。

前にも述べたことだが、私はまったくロシア語を(も)解さないし、また必ずしもドストエフスキーの熱心な愛読者というわけでもない。もしも誰かに文学者の中で好きな作家を数名あげよと言われることがあったとしたら、その場合でも、ドストエフスキーの名はださないような気がする。ただし、最も偉大な文学者は誰と思うかと訊かれたら、いの一番にドストエフスキーの名をあげることになるのではないかとは思う。そういうことで、私の場合、ドストエフスキーの作品はいつも身辺においておき、始終手にとって読むというわけではないが、それでも時々無性に読みたくなるというタイプの作家である。たとえば、つい2、3年前にも「死の家の記録」と「地下室の手記」を本棚から引っ張りだして読んでいる。ドストエフスキーは、私にとってもやはりなくてはならない偉大かつ大切な文学者であることはたしかである。

さて、感想文の書き方だが、コーリャやイリューシャらの「少年たち」が登場する場面を主な対象に、新訳(亀山訳)の気になった箇所をとりあげ、その部分を先行訳と比較対照しながら具体的に感想を記していくことにした。このやり方なら、私にもどうにか読後感らしきものを述べることができそうに思えたので。先行訳は、原卓也訳(新潮文庫)、江川卓訳(集英社)のほかに小沼文彦訳(筑摩書房)も引用した。小沼訳は30年ほど前、最初に『カラマーゾフの兄弟』を読んだときの訳本であり、愛着があるので用いた。原訳は昨年から今年にかけて通読し、江川訳は最近になって読了した。まず、新訳を読んで気になった部分 ―― 違和感や疑問をおぼえた部分の文章を引用し、その箇所に下線を付したが、先行訳にも、相応する箇所に同じように下線を付した。感想はその後に記した。本のページ番号は訳者名のすぐ後に付している。


『カラマーゾフの兄弟 2』 (第14刷)

   第4編 錯乱

新訳
 p11 体力の許すかぎり、長老は説教をつづけた。その声は弱々しかったが、それでもまだかなり張りがあった。「何年もみなさんに説教し、何年も声に出してみなさんにお話ししてきましたからね、こうして話をすることがすっかり身についてしまいましたよ。ですから、愛する神父さま、兄弟たち、口を開けばおのずと説教になり、体がこんなに弱りきったいまも、お話しするのより、口をつぐんでいるほうがむずかしいくらいなんです」周りにつめかけてくる人々を感慨深げに見まわしながら、長老はそうおどけてみせた

原訳 上・p307~308  周囲に集まった人々を感動の目で眺めやりながら、長老は冗談を言った

小沼訳 Ⅰ・p270 まわりに集った人たちを嬉しそうに見まわしながら、彼はこんな冗談を言うのであった

江川訳 p181 周囲に集まった人たちを感動の面持で見まわしながら、長老はこんな軽口もとばした

感想 新訳の「周りにつめかけてくる人々」だと、現に人が部屋に次々と入りつつある光景を想像させる。その中で長老が「おどけてみせた」かのように読めるので、先行訳の「集った」「集まった」が誤解の余地がなくてよいと思う。「つめかけている人々」としたほうがよかったのではないだろうか。
「おどけてみせた」は滑稽味をつよく感じさせる表現だが、長老の人柄、当該発言の内容、発言者である長老の死が目前に迫った場面であることを考え合わせると、これには違和感を覚える。「冗談を言う」「軽口をとばした」のほうが適切ではないかと思う。


新訳 p14  アリョーシャがわずかのあいだ庵室を離れることになったとき、庵室内部とその周りにひしめく修道僧たちを包みこむ強い興奮と期待の念に、彼は圧倒される思いがした。その期待は、ある人たちにとってはほとんど不安に満ちたものだったが、またあの人たちにとっては晴れがましい歓びに溢れていた。だれもが、長老の逝去のあとすみやかに起こるはずの、何かしら偉大なものを待ち受けていたのだ。

原訳 上・p310 その期待はある人々の間ではほとんど不安に近く、他の人々の間では厳粛なものだった

小沼訳 Ⅰ・p273 その期待はある人びとのあいだではほとんど不安に近く、また他の人びとのあいだではおごそかなものであった

江川訳 p183 その期待はある者たちのところではほとんど不安に近いものに、他の者たちのところでは勝利感に似たものとなっていた

感想 「晴れがましい歓びに溢れていた」という表現からは、一点の曇りもない晴れやかな情景がイメージされ、この場面にあるにちがいないはずの緊張感が完全に欠如しているように感じられて、違和感をおぼえた。


新訳 p29  そればかりか、彼(オブドールスクから来た修道僧)は前々から、つまりこの修道院を訪れる前から、人づてでしか知らなかった長老制につよい偏見を抱き、ほかの多くの人々の尻馬に乗ってこれを有害な新制度と決めつけていたのである。

原訳 上・p320 そればかりではなく、彼はこの修道院にくる以前からすでに、それまで話でしか知らなかった長老制度に対してひどく偏見をいだき、他の多くの人にならって有害な新制度と頭から決めてかかっていたのである。

小沼訳 Ⅰ・p282 またそればかりではなく、彼はこの僧院にやってくるずっと以前から、それまでは話にしか聞いていなかった長老制度というものに対して、大きな偏見をいだいて、多くの他の人たちの意見に従って、頭から有害な新制度であるときめこんでいたのである。

江川訳 p159 そのうえ彼は、まだこの僧院にやって来る以前から長老制度に対して大きな偏見を持っていた。もっとも、これまではいろいろな風説でこの制度を知っていただけだったが、多くの人のひそみにならって断然それを有害な新制度だと考えていたのである。

感想 これは語り手の言葉であるが、この作品の語り手は、このような場合に、「尻馬に乗って」というような、否定的な主観がつよくあらわれる表現は用いないのではないだろうか。


新訳 p95 で、そのひどい目にあった人のことを調べてみたら、苗字はスネギリョフといって、たいそう貧しい人だってことがわかりました。勤め先でなにか悪いことをしてクビになったらしいんですが、それはあなたにお話しできませんわ。いまその人は家族をかかえ、それも病気の子どもたちと、どうも少し頭のおかしい奥さんがいっしょという不幸な家族をかかえて、おそろしく貧乏な暮らしをされているんだそうです。
 その人、もうだいぶ昔からこの町に住んでいて、なにかの仕事をしていて、どこかで筆耕の仕事なんかなさっていたのですが、ここにきて急に一銭も払ってもらえなくなったんだそうです。そこでわたし、あなたに目をつけたってわけ……つまり、わたし、考えてたんです……わたしが何かわけもわからず、混乱してしまって……ええと、アレクセイさん、わたしがあなたに頼みたかったのは……あなたはほんとうに優しい方だから、あの人のところへ出かけていって、なんとか口実をみつけて、中に入って、つまり、その二等大尉のおうちにですよ……ああ、わたし、すっかりしどろもどろになってしまって……で、デリケートに、注意深く……そう、あなたじゃなくちゃできないようなやりかたで(アリョーシャは急に顔が赤くなった)……その方にこのお見舞い金を、ほらここに二百ルーブルありますわ、これを渡していただきたいの。きっと受けとってくださると思います……つまり、受けとるように説得していただきたいんです……だめかしら、どうでしょう?

原訳 上・p366~367 苗字はスネギリョフといいますの。勤め先で何か落度があって、馘にされたんだそうですけれど、あたくしにはそれはとても話せませんわ。
あたくし、あなたをちらと見て……つまり、こう思いましたの。あたくし、どうしたのかしら、なんだか混乱してしまって。いえね、あなたにお頼みしようと思ったんですの、アレクセイ・フョードロウィチ、あなたはほんとに気立てのやさしい方ですもの。

小沼訳 Ⅰ・p324~325 なにか勤務上のことで落ち度があって、免職になったのですが、その事情をお話しすることはできません。
わたしはあなたのお顔を見て……それでつまり考えたのですけれど――

江川訳 p216 なんでも勤務上のことで落ち度があって、頸になったんだそうですが、そこのところはうまく説明できません。
それで、ふとあなたのお顔を見ていて……つまり、わたし考えたんです――

感想1 カテリーナ・イワーノヴナが、スネギリョフ家を訪ねて200ルーブルを渡してほしいとアリョーシャに依頼を始める場面だが、このような場合にカテリーナは「勤め先で何か悪いことをしてクビになった」というような露骨な説明の仕方はしないのではないだろうか。先行訳の「落ち度」という言い方のほうがいいように思う。
また、カテリーナは、「あなたに目をつけたってわけ」というような不躾な言葉遣いもしないように思える。もっとデリカシーのある言い方をするのではないだろうか。
この「あなたに目をつけたってわけ」中の「わけ」という言葉遣いを、亀山訳はカテリーナだけではなく、グルーシェニカ、ホフラコーワ夫人、リーズと、読んでいて気づいた範囲では4人の女性にさせている。ここで纏めて述べることにするが、下記のとおりである (この部分は、小沼訳の引用は省略した)。

(グルーシェニカの発言)
新訳 p168 で、こんどはわたしにやきもち焼いてるってわけ、わたしに罪をおっかぶせるためよ。

原訳 下・p117 あとであたしに責任をなすりつけるために、今ごろになって焼餅をやくなんて!

江川訳 p632 いまあたしに嫉いて見せるのも、あとであたしを悪者に仕立てようとしてなんだわ。


(ホフラコーワ夫人の発言) 3例
新訳 p180 いきなりわたしを好きになってしまったってわけ

原訳 下・p125 あたくしに恋をする気になったらしいんですの。

江川訳 p637 このわたくしに恋をする気になったらしいんですの。


新訳 p181 彼がわたしに握手してから、……わたしの片っぽうの足がずきずき痛みだしたってわけ

原訳 下・p126 あの人に手を握りしめられたとたん、急にあたくしの足がわるくなったんですの。

江川訳 p637 あの人に手を握りしめられたら、とたんにわたくし片足が痛みはじめたんですの。


新訳 p186 机に向かい、これを書きあげたんです。そして投稿し……活字になったってわけ

原訳 下・p129 テーブルに向って書きあげて、投稿したのが、掲載されたんです。

江川訳 p639 投稿したら、新聞に載ったんですわ。


(リーズの発言) 2例
新訳 p200 生きていくのは退屈そのものってわけ、そのくせあの人もうすぐ結婚するのよ。

原訳 下・p139 空想ならどんな楽しいことでもできるけど、生活するのは退屈だ、なんて。

江川訳 p645 空想でなら、どんな愉しいことでも空想できるけど、生活するのは退屈ですもの。


新訳 p204 口では恐ろしいとか言いながら、内心ではもう大喜びなの。その一番手が、このわたしってわけ

原訳 下・p142 恐ろしいことだなんて、だれもが言ってるけど、内心ではひどく気に入ってるのよ。あたしなんか真っ先に気に入ったわ

江川訳 p646 みんな、恐ろしいことだなんて言いながら、心の中じゃ愛してるんだわ。わたしなんか、まっ先に愛しちゃってるもの


感想2 年齢は、カテリーナとグルーシェニカは20代、ホフラコーワ夫人は40代、リーズは10代であるが、亀山訳においては世代の相違も、また女たち一人ひとりの性格や生活環境の違いも関係なく、みなが会話のなかで「わけ」という言葉を遣っているのには読みながら仰天した。それでなくても、「わけ」という言葉のこのような遣い方は特異なのに。


新訳 p101 「リーズ、ぼくは死ぬほど悲しいんです! すぐに戻ってきます。でも、ほんとうに悲しくて!」
そう言って、彼は部屋から駆け出して行った。

原訳 上・p372 「リーズ、僕は深刻に悲しんでるんです! すぐ戻ってきますけど、僕には大きな、とても大きな悲しみがあるんです!」

小沼訳 Ⅰ・p328~329 「リーズ、僕には容易ならぬ悲しみがあるんですよ! 僕はすぐに帰ってきますけど、大きな、大きな悲しみがあるんです!」

江川訳 p219 「リーズ、ぼくはいままじめな悲しみを抱えているんです! すぐ戻って来ますけれどね、ぼくには大きな、大きな悲しみがあるんです!」

感想 「死ぬほど悲しい」という言い方をアリョーシャという青年がするだろうか?


新訳 p102  たしかに彼は、いま死ぬほど悲しかった。その悲しみは、これまで彼がめったに経験したことのないものだった。

原訳 上・p372 彼は本当に、これまでめったに味わったことのないような深刻な悲しみをいだいていた

小沼訳 Ⅰ・p329 事実、彼にはいままで経験したことのないような、容易ならぬ悲しみがあったのである

江川訳 p219 彼はほんとうにまじめな悲しみを抱えていた。それは、これまでに彼がめったに経験したことのない類いのものであった。

感想 この「死ぬほど」を語り手がこのように用いると、アリョーシャの場合以上に大きな違和感をおぼえる。


新訳 p103 カテリーナの頼みごとを聞くうち、ある事情が頭にひらめき、これもまたひどく彼の興味をかき立てた。二等大尉の息子で小学生の幼い少年が、声をあげて泣きながら父親のそばを走りまわっていたという話を聞いたとき、アリョーシャの頭にふとある考えが生まれたのだ。つまりその少年というのは、さっき、自分がいったい何をしたのかと問いつめたとき、いきなり指に噛みついてきたあの小学生にちがいない、という考えである
アリョーシャはいま、なぜかはまだ自分にもわからないまま、ほとんどそのことを確信していた。

原訳 上・p373 カテリーナの頼みの中で、やはりきわめてアリョーシャの関心をひいた点が一つあった。ほかでもない、二等大尉の息子のまだ小さい中学生が、大声に泣き叫びながら、父のまわりを走りまわっていたという話をカテリーナがしたとき、アリョーシャの心の中でそのときすでに、その少年はきっと、僕がどんなわるいことをしたのと質問したとたん、アリョーシャの指に噛みついた先ほどの中学生にちがいないという思いが、ふいにひらめいたのである。今やアリョーシャは、自分でもまだ理由はわからぬながら、そのことをほとんど確信していた。

小沼訳 Ⅰ・p330 カテリーナ・イワーノヴナの頼みのなかでちょっと気にかかり、同時にひどく彼の興味をひいた点がひとつあった。例の二等大尉の息子で、小学生の小さな男の子が、声をあげて泣きながら父親のそばを駆けまわっていたという話をカテリーナ・イワーノブナの口から聞いたとき、即座にふっとアリョーシャの頭に、先刻アリョーシャにいったい僕がどんな悪いことをしたのだと問いつめられて、いきなり彼の指に噛みついたあの小学生こそ、きっとその少年にちがいないという考えがひらめいたのである。自分でもなぜかはわからぬままに、アリョーシャはいまではきっとそうにちがいないと信じこんでほとんど疑わなかった。

江川訳 p219 カチェリーナの依頼でふと頭にひらめいたことに、もう一つ、ひどく気がかりな事情があった。カチェリーナが、例の二等大尉の息子で、まだ小学生の小さな子供が、大声をあげて泣きながら父親のまわりを駆けまわっていたと話したとき、アリョーシャはとっさにその子供というのは、まちがいなく、さっきのあの子に相違ない、ぼくがどんな悪いことをきみにしたと言うの? とたずねたとたん、アリョーシャの指に噛みついてきたあの小学生に相違ない、と直感したのだった。どういうわけでそうなのかはまだ自分でもわからなかったが、いまやそれはもうほとんど確信になっていた。

感想 新訳の「アリョーシャの頭にふとある考えが生まれたのだ。つまりその少年というのは、……あの小学生にちがいない、という考えである。」という表現は、いかにも説明的に感じられ、カテリーナの話を聞いている最中、アリョーシャの頭にふいに直感のように、ひとりでに浮かんだ思い(考え)、という生き生きした感じが出ていないように思う。


新訳 p129~131 「それも聞いております。危ないことでございます。クラソートキンというのは、たしかここのお役人ですから、ひょっとすると、これまた面倒なことになるかもしれませんでして……」

原訳 上・p391~392 「それもききました。危ないことでござりますな。クラソートキンというのは、ここの役人でしたから、ひょっとすると、また面倒なことになるかもしれませんです……」

小沼訳 Ⅰ・p346 「そのことも聞いております。まったく危険なことで、クラソートキンというのはこの町の役人でございますから、ことによると、また厄介なことが起こるかもしれませんな……」

江川訳 p230 クラソートキンというのはこの町の役人でございますから、このうえまた面倒なことがおきるかもしれません(略)

感想 クラソートキンの父親は県庁の役人だったが、14年前に亡くなっているので、ここは原訳の「ここの役人でしたから」がよいのではないのだろうか?


新訳 p129~131 「そう、怒りでございますよ!」言葉尻をつかまえて二等大尉は叫んだ。「まさにその怒りでございます! 小さな生き物ながら、大きな怒りでございます。あなたさまがまったくご存じないお話でございます。

原訳 上・p391~392 「怒り、ね!」二等大尉は相槌を打った。「まさしく怒りでござりますな。一寸の虫にも五分の魂、と申しますですからね。

小沼訳 Ⅰ・p346 「怒り!」と二等大尉はくりかえした。「確かに怒りでございますな。小さな子供の胸にも、大きな怒りがかくされているものですなあ。(略)」

江川訳 p230 「怒りでございます、はい!」二等大尉はその言葉尻をとらえた。「まったく怒りでございますよ。ちっぽけな子供の心に大いなる怒りでございますな。(略)

感想 「小さな生き物ながら、大きな怒りでございます」は、意味の理解はできるが、先行訳に比較して、すっきりと腑に落ちるというわけにはいかず、読んでいて少々ストレスを感じた。


新訳 p129~131 でも、わたくしのイリューシャは、広場であの方の腕にキスをした瞬間、まさにあの瞬間に、すべての真理を学びとってしまいましたんです。あの子のなかに地上の真理が入っていって、あの子を永遠にうちのめしてしまいましたんです」
 二等大尉は熱っぽい調子で、またもやわれを忘れて叫ぶと、まるでその『真理』がイリューシャをうちのめした様子を現に表してやろうとでも思ったのか、右手のこぶしで左の手のひらをぼんと叩いてみせた。

原訳 上・p391~392 うちのイリューシャは広場でお兄さまの手に接吻したあの瞬間、まさにあの一瞬に真理をすっかり究めつくしてしまいましたんです。そしてその真理があの子の心に入りこみ、あの子を永久にたたきのめしたんでございますよ」またしても我を忘れたかのように、熱っぽい口調で二等大尉は言ったが、その際にも、いかに《真理》がイリューシャをたたきのめしたかを現実に示そうとするように、右の拳で左の掌をたたくのだった。

小沼訳 Ⅰ・p346 ところがうちのイリューシャはその瞬間その広場で、お兄様の手に接吻するやいなや、その瞬間たちまち真理という真理を自分の身につけてしまったのでございますよ。その真理が自分のものとなると同時に、また永久に叩きのめされてしまったのでございます」と夢中になってまたもや前後を忘れたように二等大尉は言った。そして『真理』がどんなにイリューシャを叩きのめしたか、それをまざまざと表現しようとでもするように、右手の拳骨で左手の手のひらをなぐりつけるのだった。

江川訳 p230 あの子の身内にこの真理が入りこんで、永遠にあの子をぶちのめしてしまいましたんでございます、はい」二等大尉は熱っぽく、ふたたび前後をわすれたようになってこう叫ぶと、《真理》が彼のイリューシャをぶちのめしたさまをまざまざと見せようとでもするように、右手の拳をかためて、左の手のひらをごつんと叩いて見せた。

感想 新訳の「様子を現に表してやろうとでも思ったのか」は、不適切な訳のように感じた。たとえば「思ってでもいるかのように」などとして、スネギリョフの行動の描写に徹したほうがよかったと思う。


新訳 p133  わたくしとイリューシャは、いつものようにいっしょに手をつないで歩いていました。あの子の手はほんとうに小さくて、指もほそくて、ひやっとしておるんです。なにせ、胸をわずらっているもんですから。『パパ、パパ』とあの子が言いました。『なんだい』とわたくしは答え、顔を見ると、あの子の目がきらきら光っているのです。『パパ、あのときはほんとうにひどい目にあったね、パパ』『しかたないさ、イリューシャ』とわたくしは答えました。

原訳 上・p393 『パパ、パパ!』あの子が言うんです。『何だい』と言って、ひょいと見ると、目がきらきら光ってるじゃありませんか。『パパ、あのときあいつはひどいことをしたね、パパ

小沼訳 Ⅰ・p348 ところが不意に『パパ、パパ!』と言うじゃありませんか。『なんだい』と言いながら見ると、眼がぎらぎらと光っています。『パパ、あのときあいつはほんとにひどいことを、ねえ、パパ!

江川訳 p232 『お父ちゃん、あのときはひどいことされたねえ!』――『仕方がないよ、イリューシャ』

感想 「ひどい目にあった」ことと「(誰かに)ひどいことをされた」ことの意味は明確に異なると思う。ましてこの出来事がイリューシャの感じやすい心におよぼした深甚な苦痛・衝撃の深さを考えれば、彼にとっては、決定的に異なるはずである。


新訳 p141 あの人はあなたが兄から受けたのと同じような辱めに耐え(辱めの程度はちがいます)、あらためてあなたのことを思いだしたんです!

原訳 上・p398 あの人は自分が兄から、あなたの受けたのと同じような(侮辱の程度においてですが)侮辱を受けたときに、はじめてあなたのことを思いだしたのです!

小沼訳 Ⅰ・p352 あのひとがあなたのことを心に思い浮かべたのも、自分があなたとまったく同じような侮辱を、(つまり同じ程度の侮辱を)あの男から受けたときなのです!

江川訳 p235 あの人があなたのことを思い出したのも、自分があなたと同じような辱しめを(つまり、辱しめの程度ということですが)兄から受けたときでした!

感想 ドミトリーからカテリーナが被った侮辱とスネギリョフが被った侮辱について、新訳は「侮辱の程度が異なる」としているが、先行訳は「侮辱の程度が同一」としている。二人がうけた侮辱の性質が異なることは読者にも分かっている。同一だというのであれば、それは「程度」だということになると思う。先行訳のほうが適切ではないだろうか。


   第5編 プロとコントラ

新訳 p159 リーズは、彼の話に異常なほど心を動かされていた。アリョーシャは彼女のまえで熱い思いをこめ、「イリューシャ」の面影をありありと描きあげていった。あのかわいそうな将校が、お金を足で踏みにじった場面を微にいり細をうがち話してやると、リーズはもう気持ちを抑えきれず、両手をぱんと叩いて叫んだ。

原訳 上・p409 リーズは、彼の話に異常なほど心を打たれた。アリョーシャが熱烈な感情をこめて彼女の前にイリューシェチカの人間像を描きだしてみせたからだ。あの不幸な男が、金を踏みにじった情景を、微細にわたって話し終えると、リーズは両手を打ち合せ、感情を抑えきれずに叫んだ。

小沼訳 Ⅰ・p409 リーズは彼の話にひどく感動させられた。アリョーシャは熱烈な感情をこめて彼女の前に『イリューシェチカ』の姿を描きだすことに成功したのである。

江川訳 p242 リーズは彼の話に深く感動させられた。アリョーシャは熱烈な感情をこめて彼女の前に《イリューシェチカ》の姿をみごとに描き出してみせた

感想 新訳の「面影」には違和感をおぼえた。「面影」という言葉は、イリューシャという少年の精神的側面を伝ええないだろう。アリョーシャがリーズに話してきかせたのは、イリューシャの「人間像」「人物像」であり、その姿が生き生きと語り、伝えられたからこそ、リーズは感動したはずなのだ。亀山氏は、「解題」「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」において、イリューシャを異常な性格の少年のごとくに述べているが、実際、亀山氏はイリューシャについて気高い精神をもったえがたい少年とはとらえていないのかも知れない。この「面影」には亀山氏のそのような認識が現れているのではないかという気もする。


新訳 p196 「……(略)どうかくれぐれもお願いしますが、ぼくのことも、ぼくがお教えしたことも、ドミートリイさまには何もおっしゃらないでください。なにしろ、あの方はとくにこれという理由もなく人殺しをする人ですから

原訳 上・p391 「……(略)ただ、くれぐれもお願いします、わたしのことや、わたしがお知らせしたなんてことは、何もおっしゃらないでくださいまし。なぜって、あの方はとくにこれといった理由がなくても殺しかねないんですから

小沼訳 Ⅰ・p387 「……しかしくれぐれもお願いしておきますがね、私のことも、私がお知らせしたことも、絶対におにいさんには言わないでくださいよ、でないと私は間違いなく殺されてしまいますからね

江川訳 p257 「……私のことも、私がお知らせしましたことも、あの方にはご内聞にお願いしますよ、さもないとそれこそわけも何もなく殺されてしまいますから

感想 いくら何でも「あの方はとくにこれという理由もなく人殺しをする人ですから」という言い方はないのではなかろうか。たとえ発言主がスメルジャコフであっても。私はこの場面を読んで大変驚き、次いで笑ってしまった。これではドミートリイが過去に実際に理由もなく人を殺したことがあり、しかも発言主のスメルジャコフはその場面を見たか聞いたかした経験があるかのように感じられる。


新訳 p199 アリョーシャは、イワンがこの料理屋にほとんどいちども足を運んだことがなく、そもそもこういった類の店をあまり好んでいないのを知っていた。ということは、彼がここに顔を出したのは、兄のドミートリイとの約束で落ちあうためだけかもしれないと思った。もっとも、そのドミートリイの姿はなかった。

原訳 上・p438 アリョーシャは、イワンがこの飲屋にほとんど一度も来たことがなく、また概して飲屋を好まないのを知っていた。してみると、ここにこうしているのも、ドミートリイとの約束で落ち合うためにほかならない、と彼は思った

小沼訳 Ⅰ・p388 イワンがこのレストランにはほとんど足を踏み入れないこと、また全体にレストランなどはあまり好きでないことを、アリョーシャはよく知っていた。してみると、彼がこんなところにいるのは兄のドミートリイとの約束で、ここで待ち合わせるためにちがいない、と彼は考えた。しかし、兄のドミートリイの姿は見当らなかった。

江川訳 p258 アリョーシャは、イワンがこの料亭にはほとんど一度も来たことがなく、元来が料亭のたぐいを好んでいないことを知っていた。してみると、ドミートリイとの約束で、ここで落ち合うためだけにわざわざ足を運んだものらしい。けれど、そのドミートリイの姿は見えなかった。

感想 新訳の「落ちあうためだけかもしれないと思った」の「かもしれない」という表現は前文を読むと疑問である。ここは断定でなければならないのではないだろうか。


新訳 p212 いったいなんのために、おれたちはこの町にやってきたんだ?

原訳 上・p448 何のためにおれたちはここへ来たんだい?

小沼訳 Ⅰ・p397 いったいなんのためにここへやってきたんだい?

江川訳 p264 だってぼくら自身のことを話し合うためなら、まだ充分に余裕があるもの、ぼくらがここへ来たのは、自分のことを話すためだったんだろう? どうしてそんなけげんな顔をするんだ? さあ、答えてくれよ、ぼくら二人、ここへ来たのはなんのためだい? カチェリーナ・イワーノヴナへの愛情問題を話すためかい? 親父やドミートリイのことを話すためかい? 外国のことを話すためかい? ロシアの悲惨な国情やナポレオン皇帝の話をするためかい? そうなのかい、そんなことのためだったのかい?」
「いいえ、そんなことのためじゃありません」

感想 江川訳が一番全体の文意を理解しやすいと思ったので長めに引用したが、「ここへ」の「ここ」は、現にイワンとアリョーシャが話し合っているその飲屋(飲食店)のことではないだろうか。新訳の「この町」では、兄弟三人のそれぞれが、それまで住んでいた別々の土地からやってきて今一同に会している「この町」のことを指しているように思えるのだが。


新訳 p212 おまえがまる三ヶ月、もの欲しそうにおれを見つめていたのは、いったいなんのためだ?

原訳 上・p448 お前だって、それだからこそ、三カ月もの間、期待の目で俺を見つめつづけていたんだろう?

小沼訳 Ⅰ・p397 いったいお前はなんのために三カ月ものあいだ、あんな期待するような眼でこの僕を見つめていたんだ?

江川訳 p264 おまえにしたって、この三カ月、いったいなんのためにあんな期待の眼差をぼくに向けていたんだい?

感想 「もの欲しそう」という言葉を普通、人がどのような場合に用いるかを思うと、この表現はいただけないのではないだろうか。


新訳 p213 いくらこのおれだって、もの欲しそうに三ヶ月もおれを見つめていたかわいい弟を悲しませる気はないぜ。

原訳 上・p449 いくら俺だって、三カ月もの間あんなに期待をこめて俺を見つめていたかわいい弟を嘆かせるつもりはないよ。

小沼訳 Ⅰ・p398 いくら僕だって三カ月ものあいだあんな期待するような眼で僕を見つめていた可愛い弟を、いまさら悲しませそうとは思わないよ。

江川訳 p264 ぼくがからかうだって? 三カ月間、あんな期待をこめてぼくを見つめていたかわいい弟を悲しませるなんて、そんな気をぼくが起こすわけがないよ。

感想 上の感想に同じ


新訳 p299 アリョーシャはとつぜん立ち上がり、彼に近づくと、何も言わず、彼の唇に静かにキスをした。
「実地で盗作と来たか!」イワンが、なぜか有頂天になって叫んだ。「いまのキス、さっきの詩の盗作じゃないか! でもまあ、ありがとうを言っておくよ。立てよ、アリョーシャ、さ、出よう、おまえもおれもそろそろ時間だろう」

原訳 上・p507 アリョーシャは立ち上がり、兄に歩み寄ると、無言のままそっと兄の唇にキスした。
「盗作だぞ!」突然なにやら歓喜に移行しながら、イワンが叫んだ。「俺の詩から剽窃したな! それにしても、ありがとう。立てよ、アリョーシャ、出ようじゃないか。俺もお前ももう行く時間だからな」

小沼訳 Ⅱ・p33 アリョーシャは立ちあがると、兄のそばへ歩み寄り、なにも言わずにそっとその唇に接吻した。
「文学的剽窃だぞ!」と、とつぜん一転して一種の歓喜にひたりながら、イワンは叫んだ。「そいつは僕の詩から盗んだんじゃないか! しかし、とにかくありがとう。じゃ、アリョーシャ、もう出かけるとしようか、俺にもお前にももうそろそろ時間だからな」

江川訳 p299 「ぼくはね、アリョーシャ、ここを去るにあたって、ぼくにもこの世界にせめておまえ一人はいる、と思っていたんだ」ふいに思いがけない感情をこめてイワンが言った。「ところがいまは、おまえの心の中にもぼくの場所はないことがわかったよ、かわいい隠者君。あの《すべてが許される》という公式を引っこめるつもりはないよ、ところがどうだ、おまえはこの公式のためにぼくを否定するんだろう、ええ、そうなんだろう?」
アリョーシャは立ちあがって兄に近づき、無言のまま静かにその唇に接吻した。
「盗作だぞ!」イワンはふいに浮き浮きした調子になって叫んだ。「いまの接吻はぼくの叙事詩から盗んだものじゃないか! でも、ありがとう。さあ、アリョーシャ、出かけるとしようや、ぼくもおまえも、そろそろ時間だしな」

感想 「なぜか有頂天になって叫んだ」という表現には違和感をおぼえた。これは「有頂天」の前に「なぜか」という言葉が遣われているせいだと思う。この「なぜか」という語彙により、読者をして、アリョーシャのキスをうけるまでのイワンの心情の流れや変化の過程を訳者はきちんと把握していないのではないかという疑問をもたせてしまったように思う。それだけではなく、この「なぜか」は、この重大な場面に前文とのつながりが切断された印象をもたらし、切迫感をも希薄にしているように感じた。
関連記事
スポンサーサイト
2009.10.14 Wed l 文芸・読書 l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://yokoita.blog58.fc2.com/tb.php/23-a1cb6dca
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。