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当ブログは、1993年に発生した「埼玉愛犬家連続殺人事件」で主犯の一人として1995年1月に逮捕され、2006年に死刑が確定した風間博子さんの判決には重大な矛盾があると見て検証と批判を行なってきました。今日は、確定死刑囚として現在東京拘置所に収監されている風間さんが自身の潔白を訴えた文章を掲載します。これは、「無実ながら獄中にある風間博子さんと社会をつなぐ交流誌」として支援の人々によって発行されている季刊誌「ふうりん通信」の13号(2012年10月発行)および14号(2013年2月発行)に掲載されたものです。この事件は1993年の4月から8月にかけて連続して発生した3件の殺人事件ですが、裁判所はこのうち風間さんが1件目と2件目の2事件を元夫と共謀して計三人(最初の事件では一人、次の事件では二人)を殺害したと認定しました。今回風間さんが取り上げているのはその2件のうちの最初の事件である「Kさん殺害事件」です(このブログでは、ここここなどで詳しく書いています)。当事者である風間さんの以下の文章における説明・主張にぜひよく耳を傾けていただければと思います。


 「冤罪を訴える」 ~まやかしの判決書~2 《K事件共謀認定の虚偽》(「ふうりん」№13)
 1993年(平成5年)に起きた本件は、4/20のK事件、7/21のE・W事件、8/26のS事件の3件4人の殺人事件です。
 ただし、私は、三件目のS事件では、訴追されていません。

偽りの「運命共同体」事前謀議成立認定
 私は、K事件が起きた夜、事件のことはもとより、アウディの所有者や搬送の真の目的を知らぬまま、東京八重洲地下駐車場までアウディを放置しに行くYの帰り足のため、Yと行動を共にしました。アウディはK氏の車でした。
 このことは、取調べの時から(公判でも)認めています。

 当時、主犯Sと共犯Yは、群馬県片品村のY宅で共同生活をしており、この日私は、SとYとは一度も顔を合わせていません。ですから、殺害の事前共謀も、準備行動も、していません。因みにSとは、電話での話もしていません。
 そこで、裁判所は、Sの指示でアウディを放置しに行くことになったYが、私の所に依頼の電話を掛けていた時には既に、Sと私の間の共謀が成立していたと認定しました。
 確定判決は、
① 深夜にもかかわらず、私が直ちに電話口に出たこと。それについて私が『すぐに出られたのは「偶々(たまたま)、電話機の傍らにいただけである」』と不自然な供述をしていること。
② 私が、その理由も聞かないまま、Yと行動を共にすることを承認したこと。
③ Yが、深夜の車放置という異常かつその裏に何らかの重大な犯罪が起きていることを窺知させる行動に及んでいるのに、最後迄、その理由すら一切聞こうともしないまま、行動を共にしていること、
を理由に、私が事前共謀をしていたと認定しています。

裁判所のまやかし
①の件  まず、裁判所は「深夜」と言いますが、電話が掛かって来たのは、午後11時頃です。人それぞれでしょうが、私には深夜ではありませんでした。それよりも、裁判所は、私が、偶々、電話機の傍らにいたのだと供述したと判示していますが、私は、そんな供述は、一度もしていません。
  私は、「ベッドの上でテレビを見ていた時、Yから電話があった。ベッドの枕元に置いてある本棚に電話の子機を設置してあるので、電話があればベッドの中でも、いつでもすぐに電話機を取れる様になっていた」と供述しています。裁判所が勝手に供述を歪め、不自然にしているのです。
②の件 ここでも裁判所は、私が「何が何だか分からないまま、それをその場で了承し、Yと合流した」と供述したと、嘘の判示をしています。
  私は、『前日Sから「Yには俺の仕事で色々動いてもらっているので、Yに用を言われたら出来るだけ動いてくれ」と言われていた。Yは電話で「車を東京に置きに行きたいんだけど、帰りの足のため一緒に行ってくれるか?」と言った。私が「どうしたの」と聞くと、Yは「社長(S)から聞いてる?」と言ったので、Sが言ってた話はこれかとわかったので了承した』と供述しています。裁判所はわざと私の供述を疑わしい物に作り変えているのです。
③の件  Yの元妻や愛人は東京に住んでおり、当時Yは彼女らと車の貸し借りをよくしていました。
  また、その様な事実がなかった場合でも、私が自分の車で東京迄往復するだけのことで「異常かつその裏に何らかの重大な犯罪が起きていることを窺知する」でしょうか? 裁判所は故意に、胡散(うさん)くさい話にしているのです。
  裁判所は「犯跡隠蔽のためにYが動いていることは明瞭」なのに「Yの行動に特段の違和感も危機感も持っていなかった」という私の供述は、真実味に欠けているというほかない、と言います。
  アウディは血がついていたわけでもヘコんだりしてたわけでもありません。普通の生活を営んでいる人間がどこで「異常」とか「犯跡隠蔽」と思えるのか私には判りません。

供述を意図的に悪意のでっち上げをする悪辣さ 
 この他にも裁判所は、上記②の私の供述を、Yから言われた言葉を「東京に車を置きに」ではなく、「車を捨てに行く」と言いかえたりして、私の供述の信用性を減失させ、世間の目を欺こうとしています。
 アウディ搬送に係わる数々の状況は、私の共犯度数を下げ、Yの共犯度数を上げるものであるのに、裁判所は「運命共同体論」を持ち出して、「M事件の共通認識」があるからSと私の間では特別な話し合いがなくても事が足り、共謀が成立するのだと、信じられぬ程の無責任な認定で死刑判決を下しています。
 アウディ放置のためにYが私と合流する迄にとった行動は、極めて不自然かつ不合理なのですが、裁判所は問題にもしません。この件については、次回にでも書きたいと思います。
 公平中正であるべき裁判所は、私の供述を故意と思われる虚偽内容に変え、詭弁の認定をしており卑劣すぎます。応援よろしくお願いします。(風間博子)


 「冤罪を訴える」 ~まやかしの判決書~2 《川崎事件共謀認定の虚偽 その2》(「ふうりん」№14)
 埼玉愛犬家連続殺人事件一件目の川崎事件で、私が関わったのは、Yの電話をうけて、Yの帰り足のために、その意味を知らぬままアウディ(K氏の車)の放置に同行してしまったことのみです。

偽りの「アウディ放置」事前共謀認定
 1993年(平成5年)4月20日、K氏を殺害した主犯Sと共犯者Yは、川崎氏の車をシャッター付の佐谷田車庫(埼玉・熊谷市)に隠し、その遺体をY車ミラージュにのせて群馬県片品村のY宅(当時のSとYの居住地)へ行きました。
 Y宅に遺体を運び込むと、解体の準備を終えたYにSは、アウディを放置するため出発する様、指示しました。
 Yは関越自動車道に沼田I.Cから入り、途中の上里SAで私に電話を入れ、Yと私は、東松山I.Cを出た所(熊谷寄り)で合流しました。
 確定判決では、
① 私が「何が何だか分からないまま、これをその場で了承し、Yと待ち合わせ場所を決めて合流した」と、不合理な嘘の供述をしていること。
② 私が「暗くて車種は分からなかった、アウディがK氏の車とは知らない」と単なる言い逃れの虚偽弁解をしていること。
③ 合流した時に私がYに「東京へ放置しに行こう」と指示していること。
④ Yの供述内容を仔細に検討しても、その内容は極めて具体的で迫真性に富んでいるばかりでなく、何ら不自然・不合理な点も存在せず、待ち合わせ場所へ向かったYの行動は誠に自然なものである。これに相反し、共謀を否定している私の供述は、極めて不自然かつ虚偽に満ちており、全く信用することができないこと、
等を理由として、Sと私が事前共謀をしていて、私がK氏殺害を知った上でアウディ放置に行ったと認定しました。

㊟ 確定判決で言う「Y供述」とは、法廷でY自身が、数々の便宜供与の司法取引で作成された検事の作文調書である、とその信用性を否定している取調べ段階の調書内容のことです。

裁判所のまやかし
①の件  前回の②で説明していますので、省略いたします。
②の件  私は『その時はYとはぐれてはいけないと思い、Yの運転する車を後ろからよく見て走っていた。Yの車の形・色・ナンバー等も頭に入れて走っていた。エンブレムも読んでいたので、その時は分かっていたが、車種は今は忘れてしまった。』旨、取調べでも公判でも供述しています。
  裁判所は、嘘の話でワザと私の供述をいぶかしい物にしているのです。
  また、関係各証拠から、K氏は前月迄、別の車(日産サファリ)に乗っていた事が明らかであり、交流のなかった私が、アウディがK氏の車だと知らなかった事は言い逃れでも何でもなく、何ら不思議はありません。
③の件  裁判所がこちらの異議申立てを棄却して採用したY自身の公判調書には、「放置場所はSから東京と指示された」とあり、また、東京八重洲地下駐車場と決めたのは自分(Y)である、と明確に理由付きで認めています。
④の件  裁判所は、Yは殺害には一切関与しておらず、K氏を殺害したSにその遺体の前で脅かされ、死体損壊遺棄を手伝わされただけである、としています。
  そして、Yの行動には、誠に自然で、何ら不自然・不合理な点は存在しない、と判示しています。
《疑問1》 裁判所は、YはSに命じられて片品から待ち合わせ場所へ向ったのだから、その行動は誠に自然だと言います。
  また裁判所は、YがSに従ったのはSの脅しによるとも認定しています。とするとSは、Yが裏切ったり協力を拒否する事態が起きぬ様気をつけていたと考えねば不合理です。警察にかけこまれればSは遺体解体中である状態であるのに、Yをアウディ放置の為に解き放すのは、はたして自然でしょうか。
  Yに対しての絶対的な信用があったからこそSは自分の看視下にYを置かずに、解体を進められたのです。
《疑問2》 片品を出発し東松山I.Cを下りたYは、合流地点を通り過ぎ、熊谷市内の佐谷田車庫でアウディに乗り換え、合流地点へ戻り、合流後東京へ向っています。
  右図で判る通り、私の自宅と佐谷田車庫はごく近くです。仮に判決の様に、私が共謀していてYの連絡を寝ずに待ちすぐに電話に出たという状態でしたら、私が佐谷田車庫でアウディに乗りYと合流した方がずっと合理的で自然であるはずです。真の共謀者は誰でしょうか?
  更に、私が真の共謀者であったなら、帰路は鉄道等でどうにでもなるのですから、一人で搬出できてたのです。
  なぜYはこの様な無駄な動きをしたのでしょうか? SもなぜYにそうさせたのでしょうか?
  それは、私が車庫にアウディがあった事を知らず、事件の共謀がなかったという裏づけと思いませんか? (風間博子) 
 」


以上、風間さんの直筆による訴えです。読んでくださった方はどのように感じられたでしょうか。なお、「ふうりん」№13の風間さんの文章を読んだ後、私も次回の“№14”に以下の文章を投稿しましたので載せておきます。


 またしても不可解な裁判官の判示あり!
 「ふうりん通信 №13」の「冤罪を訴える」を拝読しました。私は一審以降の判決文・弁論要旨・論告などの裁判資料をいくらか詳細に読んでいますが、ここで当事者である風間さんがKさん殺害事件についてされている説明は、私たちの日常生活の経験則からいっても、またこの場合の具体的な事情・事実関連からいっても、まったく整合的で自然なものであると感じます。1993年(平成5年)4月20日、Y氏から夜の11時前後にかかってきた電話の依頼に応じて、車を東京の駐車場まで運ぶ手伝いをしたのは、その前日、ペットショップにやってきたS氏から「Yには日頃から世話になっているので、用事を頼まれたらできるだけ応じてやってくれ」と言われていたので、電話でY氏が「東京まで一緒に行ってくれる?」「社長から聞いてる?」と言った時、風間さんが、「昨日のSの話はこのことだったのだな」と思って「いいよ。」と返事をしたという流れはごく自然なものと言えるのではないでしょうか。当時の風間さんはS氏と離婚・別居してホッとした心境だったものの爆発しがちな性格のS氏の依頼や指示にはできるだけ逆らうまいとしていたと述べています。そのことは法廷でも、弁論要旨においても明確に述べているにもかかわらず、これを裁判所は一蹴し、「深夜の車放置という異常かつその裏に何らかの重大な犯罪が起きていることを窺知させる行動に及んでいるのに、最後迄、その理由すら一切聞こうともしないまま、行動を共にしている」と断定しています。じつに不可解なことです。判決中の「放置」という言葉も不正確な用い方ではないでしょうか。駐車場に車を置くことは、一般的には「預ける」行為であって、「放置」行為ではないでしょう。勝手にそのへんの道ばたや山野などに置き捨てにする行為とは全然異質の行為のはずで、風間さんが「(車を)置きに行く」と思ったというのは当然のことだと思います。また、夜の11時に電話をかけて車の移動の手伝いを依頼したY氏の行動を「重大な犯罪が起きていることを窺知させる行動」という判断も、こちらのほうこそ「異常」ではないかと思います。現に、「愛犬ジャーナル」誌の発行者であり、ベテランのブリーダーでもあるKK氏は、一審の法廷において風間さんのこの時間における外出について尋ねられると、「犬のブリーダーは(犬の)出産などで深夜に動くことが多いので、何ら異常を感じない」と証言しています。しかし、判決は風間さんに有利なこのような証言は一切黙殺した上で、上記のように「異常」とか「重大な犯罪が起きていることを窺知させる行動」などと決めつけているわけです。

このように、判決には不可解なことがほとんど無数といっていいほどあるのですが、最近、判決文を見ているうちにまた新たな疑問点に出くわしました。これはKさん殺害事件につづく第二の事件であるE・Wさん殺害事件に関してのことです。風間さん側は、EさんとWさんが殺害されるうちわ祭りの日(7月21日)は、「犬の治療のために昼間万吉犬舎に行ったが、(渋滞を避けて)クレフはペットショップに置いてバイクで行った」と主張しています。下記のとおりです。

「被告人風間は、平成5年7月21日午前9時頃起床し、クレフに乗って長女Nと午前11時頃、八木橋のペットショップに行き、…(略)…午後3時頃、被告人風間の母が店にやって来て、Nの相手をしてくれたことから、被告人風間は午後4時頃、バイクで万吉犬舎へ行き、…」(第一審弁論要旨)

ところが、判決文は、風間さん側のこの主張に対して次のような判断を示しています。

「…風間は、「自分は、(本件犯行当日である)7月21日はうちわ祭りで熊谷市内が混雑していたため、バイクを運転して万吉犬舎に行ったりしており、クレフは終日大原の自宅に置いてあったので、それを運転してE方に行った。」旨弁解し、その弁護人らは、これを前提として、警察が実施していた被告人らを視認対象とする行動確認結果を記した甲628添付の行動確認日誌写しに現れている万吉犬舎への人車の出入状況からすると、クレフが本件当日に万吉犬舎あるいはその付近に来ていないことは明白であり、したがって、風間を含む三人でカリーナバンに乗って遠藤方に向かい、E、W殺害後三人で二人の死体を乗せた右カリーナバンで万吉犬舎に立ち寄り、同所に置いてあったクレフをYが運転し、風間がカリーナバンを運転して片品村に向かったとのY供述も、三人がカリーナバンで万吉犬舎に立ち寄り、同所に置いてあったクレフを加えた二台の車に分乗してE方に向かい、本件犯行に及んだとするS供述も虚偽であり、一人遅れてクレフでE方に赴いたとする風間の供述こそが真実であると主張する。しかしながら…」(第一審判決文)

お分かりのように、風間さんは「クレフに乗って長女Nと午前11時頃、八木橋のペットショップに行き」、「(クレフはペットショップに置いて)バイクで万吉犬舎へ行」った、と述べているのであり、裁判官が言うような「クレフは終日大原の自宅に置いてあった」などとは述べていません。はたして裁判官のこの記述はどのような意味をもっているのでしょうか? 単にミスをおかしたのでしょうか? それも考えられなくはありませんし、そうだとしたら死刑事案に対してのこういう気の緩みは許しがたいことです。けれども裁判官は三名います。判決に重大な影響を及ぼすことが明白なこの一件に関して、裁判官三人が三人そろって自分たちの過ちに気づかないなどということがはたしてあるのかどうか。私にもいまだ正確な判断はできていませんが、ただもし裁判所の上の記述が故意によるものであるとしたら、この日ペットショップに風間さんの娘さんとお母さんがいたこと、犬舎から帰ってきた風間さんともども親子三代でうちわ祭りの見物に行ったことなどに照明があたることを裁判所が忌避したということも考えられるだろうと思います。風間さんや「ふうりん」読者の皆さんはどのように考えられますか? 」

風間さんと弁護人がこの日「クレフに乗って長女Nと午前11時頃、八木橋のペットショップに行」ったと述べていることに私が気づいたのは、実はこの文章を書く少し前のことで、第一審の弁論要旨をあらためて読み直してみたからでした。それまで私も判決文の記述を信じて風間さんのクレフはこの日終日自宅に置かれていたと思っていました。まさかこういうまったくの客観的事実において判決文が明白な過ちをおかしているとは思ってもいなかったので、このことについては何ら疑問をもたずに、弁論要旨のこの記述もあっさり読み流し、見逃していたのでした。
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2013.03.23 Sat l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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