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前回に引き続き、『カラマーゾフの兄弟』新訳(亀山訳)の感想を述べていこうと思う。2回目の今日は、第4巻の感想である。

『カラマーゾフの兄弟 4』  (第12刷)

   第10編 少年たち

新訳 p57 小粒ながらいきいきとした灰色の目は、不敵な輝きを帯びていたし、ときとして、強烈な感情に燃え立った。

原訳 下・p44 小さいが、生きいきした灰色の目はものおじせず、感情に燃えあがることがしばしばあった。

小沼訳 Ⅲ・p32 灰色の眼はあまり大きくはないが、しかしいきいきとしていて、そのまなざしは大胆で、はげしい感情にパッと燃えたつことがあった。

江川訳 p588 小さいが生き生きとした灰色の目は大胆不敵な感じで、しばしばはげしい感情に燃え立つことがあった。

感想 目を「小粒な(がら)」と形容するのは珍しいと思ったので、先行訳を見てみた。「小さいが」と「大きくはないが」とあった。「小粒」という表現でも誤りではないのだろうが、どうも違和感が残る。これはコーリャという少年が、大胆さや我慢づよさの際立つ性格であるためにそのように感じるのかも知れない。


新訳 p90  立て、ペレズヴォン、うまくやれ、うまくな!」コーリャは立ち上がって叫んだ。犬は後ろ足で立ち上がると、イリューシャのベッドのまん前でちんちんを披露した。
 だれひとり予期しないことが起こった。イリューシャはぎくりとしやっとのことで全身で前に乗り出すと、ふいにペレズヴォンのほうに屈みこみ、息もたえだえに犬を眺めやった
「これは……ジューチカだ!」彼はふいに、苦しみと幸せのあまり、潰れたような声で叫んだ。
「じゃ、きみはなんだと思ってたんだい?」甲高い幸せそうな声でコーリャは力いっぱい叫ぶと、犬にむかって屈みこみ、イリューシャのほうに軽く抱き寄せてみせた

原訳 下・p65   「ジャンプしろ、ぺレズヴォン、芸をやれ! 芸をやるんだ!」コーリャが席から跳ね起きて叫ぶと、犬は後肢で立ち、イリューシャのベッドの前でちんちんをした。と、だれ一人予期しなかった事態が生じた。イリューシャがびくりとふるえ突然力いっぱい全身を前にのりだして、ペレズヴォンの方に身を曲げると、息もとまるような様子で犬を見つめたのだ
「これは……ジューチカだ!」ふいに苦痛と幸福とにかすれた声で、彼は叫んだ。
「じゃ、君はなんだと思ってたんだい?」よく透る、幸せそうな声で精いっぱい叫ぶと、コーリャは犬の方にかがみこんで、抱きかかえ、イリューシャのところまで抱きあげた

小沼訳 Ⅲ・p52   「とびはねるんだ、ペレズヴォン、芸だ! 芸を見せるんだ!」椅子からとびあがってコーリャはどなった。犬は後足で立ってイリューシャのベッドのまん前でちんちんをした。するとまったく思いがけないことが起った。イリューシャがぎくりと身をふるわせると力いっぱいからだを前へ乗りだすようにして、ペレズヴォンのほうへかがみこんで、まるで前後を忘れたようにじっとその犬を見つめはじめたのである
「これは…‥ジューチカだ!」と苦痛と幸福感のためにひびわれたような声で、彼は不意に叫んだ。
「じゃ、君はなんだと思ったんだい?」とコーリャは甲走った、いかにも嬉しそうな声をせいいっぱい張りあげた。そして屈みこんで犬をつかまえると、イリューシャに抱きあげて見せた

江川訳 p601   「跳ねろ、ペレズヴォン、芸だ! 芸をするんだ!」コーリャはその場から躍りあがって叫んだ。犬は後足で立ちあがり、イリューシャの寝床の前でちんちんをして見せた。と、だれもがまったく予期しなかったことが起った。イリューシャが急にびくりと震えたかと思うと、いきなりはげしく身体を乗り出して、ペレズヴォンのほうにかがみ込み、まるで息もとまりそうな面持で、その犬を見つめたのである
「これ……ジューチカだ!」苦痛と幸福にかすれたような声で、ふいに彼は叫んだ。
「じゃ、きみはなんだと思ったんだ?」グラソートキンは高くひびく、幸福そうな声で力いっぱいこう叫ぶと、かがみ込んで、犬を抱きあげ、イリューシャの目の前へ突きつけた

感想 この場面は、コーリャが病床のイリューシャを訪れ、劇的なやり方でイリューシャやみんなにペレズヴォンを披露しているところだが、新訳には違和感をおぼえるところが大変多かった。たとえば、「立つ」ことと「跳ねる」こととは、全然異なる動作なのだから、コーリャのペレズヴォンへの命令もコーリャ自身の動きも、単に「立つ」なのか、それとも「飛び跳ねる行為をする」なのか、明確であってほしい。先行訳がすべて「跳ねる」と表現しているところを見ると、原作もそう書かれているのではないだろうか。また、先行訳にあるイリューシャの身の「ふるえ」が、新訳には見あたらない。イリューシャの「身を前に乗り出す」動作を、原・小沼訳は「力いっぱい」、江川訳は「はげしく」と表現しているが、新訳は「やっとのことで」と記している。これでは先行訳と新訳とでは原文の一つの単語について異なる解釈をしていることになるのではないかと思う。新訳の「息もたえだえに犬を眺めやった。」という文についても同じことがいえるのではないだろうか。原訳「息もとまるような様子で犬を見つめた」、小沼訳「まるで前後を忘れたようにじっとその犬を見つめはじめた」、江川訳「息もとまりそうな面持で、その犬を見つめた」などの先行訳と、新訳の「息もたえだえに犬を眺めやった」とでは、犬を見るイリューシャの姿が明白に異なる。小沼訳の「前後を忘れたようにじっと」は、原・江川訳の「息もとまるような(とまりそうな)」という表現とは異なるが、それでも、我を忘れたかのような様子で食い入るように犬を見つめるイリューシャの気配は充分に感じとれる。この部分を改めて引用してみる。

新訳 ぎくりとし、やっとのことで全身で前に乗り出すと、ふいにペレズヴォンのほうに屈みこみ、息もたえだえに犬を眺めやった

原訳 びくりとふるえ、突然力いっぱい全身を前にのりだして、ペレズヴォンの方に身を曲げると、息もとまるような様子で犬を見つめた

小沼訳 ぎくりと身をふるわせると、力いっぱいからだを前へ乗りだすようにして、ペレズヴォンのほうへかがみこんで、まるで前後を忘れたようにじっとその犬を見つめはじめた

江川訳 急にびくりと震えたかと思うと、いきなりはげしく身体を乗り出して、ペレズヴォンのほうにかがみ込み、まるで息もとまりそうな面持で、その犬を見つめた

「やっとのことで」「息もたえだえに」「眺めやった」などの言葉からは、このときイリューシャを貫いているはずの極限の緊張感が感じられず、もどかしくも奇異な思いがした。
「苦しみと幸せのあまり、潰れたような声で叫んだ」という文の「のあまり」「潰れた」にも実は違和感がある。イリューシャの叫び声じたいがその時のイリューシャの「苦しみと幸せ」をそのまま直截にあらわしていたと思うので「のあまり」はどうだろうか。人の口から「潰れたような声」がでる場合と「かすれた声」がでる場合とでは経験からすると異なるように感じられ、この場合、「潰れた」は不適切なようにも思えるのだが。また、「犬にむかって屈みこみ、イリューシャのほうに軽く抱き寄せてみせた」という描写も一見正確であるかのように見えるけれども、たぶん、犬を抱きかかえるコーリャの動作が記述されていないためだと思われるが、読んでいて、「屈みこんで犬をつかまえると、イリューシャに抱きあげて見せた。」(小沼訳)や「かがみ込んで、犬を抱きあげ、イリューシャの目の前へ突きつけた。」(江川訳)のようには、コーリャの動きがくっきり見えるようには目に浮かびあがらず、曖昧である。

以上のように、下線を沢山付し、新訳への疑問を多数述べることになってしまったが、私は新訳のこの場面を読む前に、亀山氏が、『解題』で、

「犬のジューチカとペレズヴォンが同一かどうかという問題は、複雑きわまりない連想の糸をたぐり寄せてしまう。もし同一の犬でないとしたら、だれが片目をつぶし、だれが耳に裂け目を入れたのか。」

と述べている文章を読んでいた。亀山氏のこの解釈については、木下和郎氏のブログ「連絡船」のこの記事で大変丁寧な分析・洞察がなされていて、私はこの文章を拝見し、ようやく胸のつかえがおりる思いがした。もしペレズヴォンがジューチカでないのだとすると、「だれが片目をつぶし、だれが耳に裂け目を入れたのか」という亀山氏の念頭にあるのは少年コーリャのようだが、もしそうだとすると、『カラマーゾフの兄弟』における少年たちの物語は、これまで私たちが読んできたものとはがらりと様相を異にした、たとえようもなく陰惨な物語ということになる。『カラマーゾフの兄弟』に描かれたコーリャという少年の言動のどこを見てもそのような行為が導きだされる芽は皆無のはずで、私には、むしろ作品中のコーリャの肖像にこれほど不似合いな縁遠い行為はないように思える。一体どうして亀山氏にそのような発想が生じえたのか不思議である。

上述のような重大な読解が、他ならぬこの本の新翻訳者によってなされているのに、雑誌や新聞で話題にもならず、議論もなされない、「寂として声なし」状態は、あんまりである。新聞・雑誌における批評欄の存在意義も疑われる。私などは『カラマーゾフの兄弟』を読んで、亀山氏のような理解をする人はほとんどいないだろうと思っているのだが、実はそうではないのだろうか? それとも、皆さんは、この『カラマーゾフの兄弟』という作品においては、少年や犬のことなどどっちにしてもそう大した問題ではないと考えているのだろうか? 

最近は翻訳に限らず、出版社や編集者には、暗黙のうちに批評内容を統制しようという傾向が、少なくとも自由な批判や活発な議論を歓迎しない傾向があるように思う。ここ4、5年、言論の場で、佐藤優氏の言説に対する批判がタブー視されてきたのがその典型と思うが、このような空気がいつの間にか出版界に浸透し、全体を覆い尽くし、文芸の世界もその例外ではなくなっているのではないか。翻訳に関する些細なエピソードで、何という題名の文章だったか、またそれがどの表題の本に収められていたかもちょっと思い出せないのだが、内田百間がこんなことを書いているのを読んだことがある。あるとき、出版されたばかりの英文の翻訳書が誤訳博物館とでもいうべき姿を呈していたそうで、そのことが仲間うちでしきりに話の種になっていたそうである。何でも「アイヌ」が「エイヌー」と訳されたりもしていたそうだが、ある夜更け、鈴木三重吉が百間も含めて5、6人の後輩を率いて街を歩いているとき、その三重吉がある家の門灯の真下に立った。そして「おーい、ここが誤訳の大家のお住まいだぞ」と大声をあげたそうである。この出来事は多分大正時代のことではなかったかと思うが、鈴木三重吉は、百間によると、漱石の門下でただ一人、ごろつきめいた味をもった人だったそうだから、このようなことも起きたのだろう。この文章を読んだのは、もう二十年ほど前のことだが、私はその時、その翻訳者が気の毒なような、可笑しいような気持ちになったが、ただ、誤訳の指摘に対し、当の翻訳者が「人格攻撃だ」と述べたり、また発行元の出版社や編集者が「瑣末な誤訳論争に与する気はない」とか「異論があるのなら、ご自分で翻訳なさったらよろしいのでは」と開き直ったりする、『赤と黒』や『カラマーゾフの兄弟』への誤訳の指摘に対してみられたような発言がなされるとはまったく想像しなかった。実際はどうだったのか分からないが、読者の耳にそのような話がもれ伝わってくることはなかったし、また無意識ではあるが、作品の内容・出来映えへの批評に対する出版側のそのような反応は、作品と読者を蔑ろにしていることに他ならず、出版文化の衰退にしか結びつかないはずのそのような言動はありえないことと思いこんでいたのだと思う。

さて、亀山氏の訳の話に戻るが、上述のように、新訳の犬に関する箇所は、先行訳に比べて特に明晰さを欠いたすっきりしない訳のように思う。こういう結果になるのは、亀山氏がペレズヴォンをジューチカとは別の犬だとする、そのような思考法と関連しているのではないかと感じる。しかし、それでも、新訳を見ると、ご自身、二匹の犬が同一としか読み取れない訳をしているのではないだろうか。以下に、何点かその例をあげる。

① 毛むくじゃらでかなり大きめの汚らしいこの犬は、ひと月ほどまえ、コーリャがどこからかいきなり拾ってきたものだった。家のなかに連れこみ、どういうわけか友だちのだれにも見せず、部屋のなかで内緒にして飼っていたのである。/コーリャはこの犬を恐ろしくしごき、ありとあらゆる芸当を仕込んだ。(p21)

この①は、いよいよ病床のイリューシャを訪ねる日の朝の叙述である。コーリャはスムーロフと一緒にスネギリョフ家に向かったが、家の中に入る前にまずアリョーシャを門まで呼び出した。アリョーシャは、コーリャの訪問を知り嬉しげにやってきたが、コーリャが犬を伴っているのをみて、その犬はジューチカではないのかとこう訊く。

② 「……で、その犬、あなたの犬ですか?」
「ぼくのです、ペレズヴォンっていいます」
「ジューチカじゃなくて?」 アリョーシャは、残念そうにコーリャの目を見やった。
「すると、あの犬、やっぱりあのままいなくなってしまったんですか?」
「あなたがたがみんな、ジューチカを望んでらっしゃることは知っていますよ、話はすべて聞いてますから」そう言うと、コーリヤは謎めいた笑みを浮かべた。(p60)

③ 「ほんとうに、ほんとうにあなたは、あのジューチカを探しだせなかったんですか?(略)あの子は病気だというのに、涙ながらにぼくのいるまえで、父親に三度もこう繰り返して言ったんです。『ぼくが病気なのは、パパ、あのときジューチカを殺したからなんだ、これは、神さまがぼくを罰しているしるしなんだ』とね。その考えから逃れられないんですね! でも、もしいま、あのジューチカが見つかり、まだ死んでなくて、生きているところを見せてやれたら、あの子も喜びのあまり、生き返るような気がするんです。ぼくたちみんな、あなたに望みをかけていました」
「教えてほしいんですが、いったいどんな理由で、このぼくがジューチカを探しだすって、ほかのだれでもなく、このぼくが探しだすなんて、期待を抱いたんです?
異常な好奇心にかられてコーリャがたずねた。(p69)

①については、上述の「連絡船」で懇切かつ具体的な反論・批判がなされている。そこで指摘されているように、実際、「ひと月ほどまえ、コーリャがどこからかいきなり拾ってきた」「コーリャはこの犬を恐ろしくしごき、ありとあらゆる芸当を仕込んだ」というのに、なお「片目をつぶし」たり「耳に裂け目を入れた」りする時間や余裕はどこにもないことは明白であろう。②と③だが、これはジューチカの行方について訊ねるアリョーシャに対するコーリャの反応であり、態度である。この日が初対面ではあるが、すでにコーリャがアリョーシャにふかい関心と尊敬の念をもっていることは明らかであり、そういうアリョーシャにコーリャが嘘をついたり、ごまかしを口にしたりすると考えるほうがおかしいのではないだろうか。また、コーリャの態度にそのような不自然さがあるのなら、それを見抜かないアリョーシャだろうか。何よりも、亀山氏は、イリューシャの「これは……ジューチカだ!」という声を、「苦しみと幸せのあまり」と、ちゃんと「幸せ」という言葉を記し、またそのイリューシャの言葉をうけたコーリャの「じゃ、きみはなんだと思ってたんだい?」との叫びについて、「甲高い幸せそうな声で力いっぱい叫ぶと」と記してもいる。ペレズヴォンがジューチカであることを一瞬にしてさとったイリューシャの喜びを見て、「幸せそうな声」を「力いっぱい」張り上げる少年の背後に、亀山氏が『解題』で述べているような酷たらしい行為が隠されているはずはなく、このような想像はあまりにも低劣に過ぎ、これでは亀山氏の思いはどうあれ、結果としてドストエフスキーと作品を貶めることになっているのではないだろうか。


新訳 p100   「クラソートキン、これ、母にプレゼントしてもいいですか?」イリューシャは祈るような表情で、クラソートキンに顔を向けた。自分へのプレゼントを人にあげるのが怒られるのではないか、そう恐れているかのようだった。

原訳 下・p71  「ねえ、クラソートキン、ママにこれあげてもいい?」せっかくのプレゼントを他人にやったりして、気をわるくせぬかと案ずるように、突然彼は祈るような顔つきでコーリャに話しかけた。

小沼訳 Ⅲ・p57  「クラソートキン、ママにやってもいいでしょう?」と彼はだしぬけに哀願するようにクラソートキンのほうを振り向いた。せっかくくれたものをひとにやったりして、気を悪くしないかと心配でならないといった顔つきであった。

江川訳 p605  「クラソートキン、これを母ちゃんにプレゼントしてもいいかしら?」彼はふいにクラソートキンのほうへ祈るような顔を向けた。自分への贈りものを人にやってしまって気を悪くはしないだろうかと、いかにも心配そうな様子だった。

感想 新訳に、微妙な違和感をおぼえた。イリューシャはせっかくの自分への好意を無にしたというようにクラソートキンが感じるのではないかということを心配し、それを気遣っているのだから、「怒られるのではないかと恐れる」より、「案ずる」「心配する」の訳のほうがいいのではないだろうか。


新訳 p112  ええ、世界史です。人類がおかした、いくつもの愚行を研究してるんです。

原訳 下・p79 ええ、世界史をです。あれは人類の一連の愚行の研究にすぎませんからね。

小沼訳 Ⅲ・p64 ええ、世界歴史ですよ。人間どもの愚行の連続の研究にすぎませんからね。

江川訳 p610 ええ、世界史をです。人類の犯した幾多の愚行の研究にすぎませんからね。

感想 上は、世界史の研究についてのコーリャの意見の表明だが、「いくつもの愚行を研究」中の「いくつもの」は不適切な訳ではないかと思う。「長期にわたる」「多数の」という意味をもった言葉がなければならないだろう。


新訳 p114  だってそうでしょう、古典は各国語に訳されている。つまり、古典の研究にラテン語なんてまるきり必要ないわけなので、もっぱら治安の手段なんです。能力を鈍らせるためなんです。

原訳 下・p81 だって考えてもごらんなさいよ、古典作家はすべてあらゆる国語に翻訳されてるでしょう。だとすればラテン語が必修になったのは、古典作家の研究のためなどじゃ全然なくて、もっぱら警察の学生対策と、才能を鈍らせるためじゃありませんか。

小沼訳 Ⅲ・p66 だってそうじゃありませんか、古典は残らずあらゆる国語に翻訳されていますからね。つまり、古典研究のためにはラテン語なんてものはぜんぜん必要がありませんよ。だからあんなものは警察的な目的をもった手段のために、才能を鈍らせるために必要とされているにすぎません。

江川訳 p610 だってそうじゃないですか、だって古典は全部各国語に訳されているんですよ、とすれば、ラテン語は古典の研究のために必要なんじゃ全然なくって、ただただ警察の取締りと才能の鈍化のためだけに必要なんですよ。

感想 すぐ上の例と同じく、これもコーリャの発言だが、この場合は「各国語」だけでは意味が正確に通じないのではないだろうか。「各国語」に、先行訳がそうしているように「すべて」「残らず」「全部」などの言葉を加えることが必要とされていると思う。


   第11編 兄イワン

新訳 p151  さっきからもう煮立ってるの、あなたを待ってたせいでね

原訳 下・p106 もうさっきからコーヒーが煮立って、あなたを待ってますわ

小沼訳 Ⅲ・p98 もうさっきからコーヒーが煮えくりかえって、あんたを待ってるのよ

江川訳 p625 ずっと前からちんちんたぎって、あんたの来るのを待っていたみたいよ

感想 「あなたを待ってたせいでね」と訳されたために、せっかくのグルーシェニカの機智に富んだ表現の魅力が台無しになってしまっていると感じる。


新訳 p168 あなたに嘘はいいません。イワンはカテリーナさんに惚れてはいません、ぼくはそう思います。

原訳 下・p117 僕は嘘は言いませんよ。イワンはカテリーナ・イワーノブナに恋してなんかいません、ぼくはそう思うな。

小沼訳 Ⅲ・p88 僕は嘘なんか言いませんよ。イワンはカテリーナ・イワーノブナにほれてなんかいません、僕はそう思いますね。

江川訳 p632 ぼくは正直に言いますけど、イワンはカチェリーナさんに惚れたりしちゃいませんよ、ぼくはそう思うな。

感想 「あなたに嘘はいいません」と「僕は嘘は言いません」とではアリョーシャの発言の趣旨、意味するものが異なるはずなので、こういう箇所の訳は正確であってほしい。


新訳 p231 おまえには信じられんだろう、アレクセイ、おれがどんなに生きたいと思っているか、存在していたい、意識を保ちたいという欲求が、いいか、このぼろぼろに剥げた壁のなかの、このおれのなかで生まれたんだぞ!

原訳 下・p161 アリョーシャ、俺が今どんなに生きたいと望んでいるか、お前には信じられんだろう。生存し、認識したいというどんなに熱烈な欲求が、ほかならぬ漆喰の剥げたこの壁の中で、俺の心に生れたことだろう!

小沼訳 Ⅲ・p137 お前には信じられないかもしれないがね、アレクセイ、おれはいまどんなに行きたいと思っているだろう、このはげっちょろけな壁の中に閉じこめられてはじめて、生存と意識を求める渇望が、おれの内部に新しく生まれてきたんだ!

江川訳 p657 おまえは本当にしないだろうけれどな、アリョーシャ、おれはいまどんなに生きたいと思っているだろう、ほかでもないこのはげちょろけの壁の中で、おれの胸には生存し、意識したいという渇望が生れてきたんだ!

感想 監獄の壁のなかでドミートリーに新しく生まれたものなのだから、その欲求は「意識を保ちたい」ではなく、「認識したい」「意識したい」という訳のほうが適切ではないかと思うのだが、どうだろうか。


新訳 p234 イワンには神がいない。やつには理想がある。おれなんて足元にもおよばない。なのに、あいつ……

原訳 下・p163 イワンには神がない。あいつには思想があるからな。それも俺なんかとは規模がちがうやつがさ。それでも黙っているんだ。

小沼訳 Ⅲ・p139 イワンには神がない。あれの持っているのは思想だけなんだ。とてもおれなんかには考えられないことさ。しかしあいつは口をつぐんで……

江川訳 p632 イワンには神がない。その代りに思想がある。おれなんかとは桁ちがいの思想だ。ところが、あいつは黙っている

感想 上と同様、監獄でドミートリーがアリョーシャに話をきかせている場面だが、ドミートリーが自分とは桁ちがいの規模でイワンが持っていると述べるものを「理想」と言ったのでは、趣旨と意味が異なることになるのではないだろうか。


新訳 p243 ヒステリックなぐらいに言うんだ。肝心なのは金だが、逃亡資金として1万ルーブル出す、とな。で、アメリカ行きには2万かかるが、おれたちは1万ルーブルで立派にそれを実現してみせるとな

原訳 下・p170 肝心なのは金だけど、イワンのやつは、脱走の資金に1万、アメリカ行きには2万ルーブル出すし、1万ルーブルで立派に脱走の手筈をととのえてやる、と言ってるよ

小沼訳 Ⅲ・p146 一番肝心なのは金だが、1万ルーブリを脱走費として用立てよう。アメリカまでは2万ルーブリかかるが、1万ルーブリで立派に逃亡させて見せると言うんだ

江川訳 p662 問題は金だが、脱走の費用として1万ルーブリ、アメリカ行きに2万ルーブリ出そう、1万ルーブリで脱走は立派に成功させて見せると言うんだ

感想 上と同じ場面。ドミートリーが、イワンが立てた脱走計画についてアリョーシャに説明しているところである。イワンが出すと言っている金額は、全部で3万。しかし、「脱走」もしくは「逃亡」を、新訳のように「それを」と記すと、読者に、イワンがアメリカ行きと逃亡資金の両方を合わせて1万で(3万ではなく)すませて見せると述べているように受け取られる恐れがあるのではないだろうか。


新訳 p256~259  イワンはふいに立ちどまった。
「じゃあ、おまえは、いったいだれが殺したっていうんだね?」明らかに、どこか冷ややかな口ぶりで彼はたずねた。その問いの調子には、何となく高慢なひびきが聞きとれるようだった。
「兄さんは、ご自分でだれか知ってるでしょう」低いしみじみとした声でアリョーシャは言った。
「だれなんだ? 例のくだらん作り話のことを言ってるのか、気がへんになったあの癲癇やみのばかの仕業だとかいう? スメルジャコフ犯人説のことだが?」
 アリョーシャはふと、全身にふるえが来ているのを感じた。
「兄さんは、ご自分でだれか、知ってるでしょう」力なく、言葉が口をついて出た。息が切れていた。
「いったい、だれなんだ、だれなんだ?」ほとんど凶暴な調子で、イワンは叫んでいた。それまでの沈着さが、一瞬にして消し飛んでいた。
ぼくが知っているのは、ひとつ」と、アリョーシャは、あいかわらずほとんどささやくような声で言った。「父を殺したのは、あなたじゃないってことだけです
「『あなたじゃない』だと! あなたじゃないとは、どういうことだ?」イワンは、呆然としてたずねた。
「父を殺したのは、あなたじゃない、あなたじゃない!」アリョーシャはきっぱりした口調で繰り返した。三十秒ほど沈黙がつづいた。
「おれじゃないことぐらい、自分でもわかってるさ、何を寝ぼけたこと言ってる?」
青ざめた顔にゆがんだ笑みを浮かべて、イワンは言った。彼は、食い入るようにアリョーシャの顔を見つめた。二人は、ふたたび街灯の下に立っていた。
「いいえ、イワン、あなたはなんどか、自分が犯人だと言い聞かせてきたはずです」
「いつ、おれがそんなことを言った?……おれはモスクワにいたんだぞ……いつ、言ったんだ?」イワンは、すっかり途方にくれて口ごもった。
「恐ろしかったこの二ケ月間、あなたは一人になると、自分になんどもそう言い聞かせてきました」あいかわらず低い声で、一語一語区切りながら、アリョーシャはつづけた。とはいえその口ぶりには、もうわれを忘れ、自分の意志というより、何か逆らうに逆らえない命令にしたがっているかのような趣きが感じられた。
「あなたは、自分を責め、自分でも認めていました。犯人は自分以外のだれでもない、ってね。でも、殺したのはあなたじゃない、あなたはまちがっている、犯人はあなたじゃない、いいですね、あなたじゃないんです! ぼくが神さまに遣わされたのは、それをあなたに告げるためなんです」
 二人とも口をつぐんだ。沈黙のなかで、長い一分間が流れた。二人は立ったまま、ずっとたがいの目を見つめあっていた。二人とも真っ青だった。

原訳 下・p179~181  イワンは突然立ちどまった。
「じゃ、だれが犯人だ、お前の考えだと」なにか明らかに冷たく彼はたずねた。その質問の口調にはどこか倣慢なひびきさえあった。
「犯人がだれか、兄さんは自分で知ってるでしょう」心にしみるような低い声で、アリョーシャは言い放った。
「だれだ? 例の、気のふれた白痴の癲癇病みとやらいう、たわごとか? スメルジャコフ説かい?」
 アリョーシャはふいに、全身がふるえているのを感じた。
「犯人がだれか、兄さんだって知っているでしょうに」力なくこの言葉が口をついて出た。彼は息を切らしていた。
「じゃ、だれだ、だれなんだ?」もはやほとんど狂暴にイワンが叫んだ。それまでの自制がすべて、一挙に消え去った。
僕が知っているのは一つだけです」なおもほとんどささやくように、アリョーシャは言った。
「お父さんを殺したのは、あなたじゃありません」
「《あなたじゃない》! あなたじゃないとは、どういうことだ?」イワンは愕然とした。
「あなたがお父さんを殺したんじゃない、あなたじゃありません!」アリョーシャがしっかりした口調でくりかえした。
 三十秒ほど沈黙がつづいた。
「俺じゃないことくらい、自分でも知っているさ、うわごとでも言ってるのか?」青ざめた、ゆがんだ笑いをうかべて、イワンが言い放った。アリョーシャに視線が釘付けになったかのようだった。二人ともまた街燈のそばに立っていた。
「いいえ、兄さん、あなたは何度か自分自身に、犯人は俺だと言ったはずです」
「いつ俺が言った? …俺はモスクワに行ってたんだぞ……いつ俺がそんなことを言った?」
すっかり度を失って、イワンがつぶやいた。
「この恐ろしい二カ月の間、一人きりになると、兄さんは何度も自分自身にそう言ったはずです」相変らず低い、はっきりした口調で、アリョーシャはつづけた。だが彼はもはや、さながら自分の意志ではなく、何かさからうことのできぬ命令に従うかのように、われを忘れて話していた。「兄さんは自分を責めて、犯人は自分以外のだれでもないと心の中で認めてきたんです。でも、殺したのは兄さんじゃない。兄さんは思い違いをしています。犯人はあなたじゃない、いいですね、あなたじゃありません! 僕は兄さんにこのことを言うために、神さまに遣わされてきたんです」
 どちらも沈黙した。この沈黙はまる一分もの長い間つづいた。二人とも立ちどまり、終始相手の目を見つめていた。どちらも蒼白だった。

小沼訳 Ⅲ・p154~155  イワン・フョードロヴィッチは急に立ちどまった。
「それじゃお前は誰が殺したと言うんだ?」と彼は見たところ妙に冷やかな調子でたずねたが、その質問の調子にはなにか傲慢とも思える響きが感じられた。
「それが誰であるかはにいさんにはわかってるでしょう」とアリョーシャは低い、胸にしみとおるような声で言った。  
 「誰だ? あの気違いの癲癇もちの馬鹿がやったっていうでたらめの話か? あのスメルジャコフのことか?」
 アリョーシャは急に全身がふるえているのを感じた。
「にいさんにはわかってるじゃありませんか」という言葉が力なく彼の口からもれた。彼は息をあえがせていた。
「いったい誰だ、誰なんだ?」とイワンは荒々しいともいえる調子で叫んだ。それまでのひかえ目な調子などはたちまちどこかへ消えてしまった。
僕の知ってるのはただこれだけです」とアリョーシャは相変らずほとんどささやくような調子で言った。「おとうさんを殺したのはにいさんじゃない
「『にいさんじゃない』だって!にいさんじゃないっていうのはどういうことだ?」イワンはその場に立ちすくんだ。
「おとうさんを殺したのはにいさんじゃない、にいさんじやない!」とアリョーシャはきっぱりとした声でくりかえした。
 三十秒ばかり沈黙がつづいた。
「そうさ、おれでないことぐらいは自分でもちゃんとわかってる、なにをねぼけてるんだ?」と蒼白いゆがんだような微笑を浮かべてイワンは言った。彼は食いいるようにアリョーシャの顔を見つめた。ふたりはまた街灯のそばに立っていた。
「いいえ、イワン、あなたは何度も、人殺しはおれだと自分で自分に言ったはずです」
「いつおれがそんなことを言った!……おれはモスクワヘ行って留守だったじゃないか……。いつおれがそんなことを言った?」とイワンはすっかり度を失ってつぶやくように言った。
「にいさんはこの恐ろしいふた月のあいだ、ひとりきりになると、何度となく自分でそう自分に言い聞かせたはずです」とアリョーシャは相変らず低い声で、だがはっきりと言葉をくぎるようにしてつづけた。しかしそれは、もはや自分の意志によるものではなく、なにか自分でもどうにもならない命令に従って、無夢中で言ってぃるようであった。「にいさんは自分を責めて、親殺しの犯人は自分以外の何者でもないと認めていたのです。しかし殺したのはにいさんじゃありません、それはにいさんの思いちがいです。犯人はにいさんじゃありません、いいですか、にいさんじゃありません!僕はにいさんにこのことを言うために神様からつかわされたのです」
 ふたりは口をつぐんだ。この沈黙はまる一分問もつづいた。ふたりはその場に立ちすくんだまま、互いにじっと相手の眼を見つめていた。ふたりともまっさおな顔をしていた。

江川訳 p667~668  イワンはふいに足を止めた。
「じゃ、きみに言わせると、人殺しはだれなんだい?」イワンはことさら冷やかな調子でたずねた。その問の調子には何か妙にかさにかかったようなものさえ感じられた。
「だれかってことは、兄さんが自分で知っています」低い、心にしみ通るような声でアリョーシャは言った。
「だれだい? 例の気が変になった癲癇白痴がやったっていう作り話かい? スメルジャコフの話かい?」
 アリョーシャは突然、全身が震えているのを感じた。
「兄さんが自分で知っているはずです」言葉が力なく彼の口をついて出た。彼は息を切らせていた。
「だからだれだい、だれなんだ?」ほとんど狂暴ともいえる口調になって、イワンは声を高めた。それまでの抑制がたちまち消え失せた。
「ぼくは一つのことだけを知っています」アリョーシャは相変らずひそひそとささやくような声でつづけた。「お父さんを殺したのは、あなたじゃない
「《あなたじゃない》だって! あなたじゃないとはどういうことだ?」イワンはその場に棒立ちになった。
「あなたがお父さんを殺したんじゃない、兄さんじゃないんです!」アリョーシャはきっぱりとくり返した。
 三十秒あまりも沈黙がつづいた。
「ぼくがやったのじゃないくらい、自分でわかっているさ、何をうわごとを言っているんだ?」青ざめた顔にゆがんだ薄笑いを浮かべて、イワンが言った。彼はアリョーシャの顔を吸い寄せられるように見つめていた。二人はまた街灯の近くへ来ていた。
「ちがいますね、イワン、兄さんは何度も自分に言っていますよ、殺したのはおれだって」
「いつそんなことを言ったんだ?……ぼくはモスクワにいたじゃないか……いつ言ったんだ?」イワンは完全にうろたえてつぶやいた。
「この恐ろしい二カ月の間、一人きりになったとき、兄さんは何度も自分にそう言ったんです」一語一語を区切った静かなもの言いをくずさずにアリョーシャはつづけた。しかしその話しぶりはもうまったく無我夢中の感じで、自分の意志ではなく、何か自分にはどうしようもない命令に従ってでもいるような調子であった。「兄さんは自分を責めて、人殺しは自分以外ではありえないと自認したんです。でも、殺したのはあなたじゃない、兄さんは思いちがいをしている、人殺しは、あなたじゃないんです、いいですか、あなたじゃないんです! ぼくは神さまに遣わされて、兄さんにこのことを言いに来たんです」
 二人は口をつぐんだ。しばらくつづいたこの沈黙はとりわけ長いものに感ぜられた。二人はじっと立ったまま、お互いの目を見つめ合っていた。二人ともまっ青な顔をしていた。

感想 上記のように、先行訳も含めて長々と引用したが(注:引用文中の太字部分は、訳文において強調のための傍点がふられていた箇所である。亀山訳にはこの強調は施されていない)、アリョーシャが苦悩するイワンに対して放った「あなたじゃない」という言葉をめぐる新訳の問題点は木下豊房氏のサイトで、また「連絡船」で、何度もとりあらげれている。亀山氏の訳本をどのように評価するかについて、完全に中心課題となっていると言っていいのではないかと思う。拙いながら、私も感じたことを以下に述べてみる。

新訳においては、「いったい、だれなんだ、だれなんだ?」と、イワンがアリョーシャにほとんど凶暴な調子で叫んだのに対し、アリョーシャは次のように述べたことになっている。

「ぼくが知っているのは、ひとつ」と、アリョーシャは、あいかわらずほとんどささやくような声で言った。「父を殺したのは、あなたじゃないってことだけです」

先行訳では、「ぼくが知っているのは、ひとつ」という旨のアリョーシャの言葉は、その後文の「あなたじゃない」を強調するための補佐的なはたらきをしている。ところが新訳では、後文が「あなたじゃない」ではなく「あなたじゃないってことだけです」と訳されたために、「ぼくが知っているのは、ひとつ」は、「…ことだけです」を強調する役目をして、「あなたじゃない」という言葉の千鈞の重みを軽減する結果をまねいている。そもそも、上記の引用文をみればわかるように、先行訳ではことごとく「あなたじゃない」というアリョーシャの言葉に強調のための傍点がふられている。木下豊房氏によると、原文におけるこの箇所は強調のためのイタリック体になっているのだという。亀山氏の訳文では、この強調は上記の引用文のとおり完璧に無視されているのだが、しかしそのような不自然な行為は、訳文にそのまま跳ね返ってしまっているように思える。というのも、「あなたじゃないってことだけです」というアリョーシャの言葉に対し、イワンは即座に「『あなたじゃない』だと! あなたじゃないとは、どういうことだ?」と、「…ことだけです」という言葉を無視して喋っている。イワンの耳には、「…ことだけです」の言葉は聞こえなかったかのような反応なのだ。これは、「…ことだけです」という言葉があるために、緊迫したこの場面がひどく不自然でちぐはぐなものになっているということである。イワンの「『あなたじゃない』だと! あなたじゃないとは、どういうことだ?」という、この鋭く烈しい反応は、とても「……ことだけです」というような、どこか独白めいた言葉を耳にした人の反応とは思えない。また、イワンのこの言葉に対し、

「父を殺したのは、あなたじゃない、あなたじゃない!」アリョーシャはきっぱりした口調で繰り返した。

というのだから、「あなたじゃないってことだけです」の不自然さはますますふかまる。そして、なおもアリョーシャは、

「恐ろしかったこの二ケ月間、あなたは一人になると、自分になんどもそう言い聞かせてきました」、「あなたは、自分を責め、自分でも認めていました。犯人は自分以外のだれでもない、ってね。でも、殺したのはあなたじゃない、あなたはまちがっている、犯人はあなたじゃない、いいですね、あなたじゃないんです!」

と我を忘れたように断定的にイワンに語りかけた上、

「ぼくが神さまに遣わされたのは、それをあなたに告げるためなんです」

とまで述べているのである。このように、イワンとアリョーシャの間のこの緊迫感にみちた会話のすべては、「あなたじゃない」をめぐって取り交わされているのであり、そこでのアリョーシャの発言はすべて、自分が最初に口にした「あなたじゃない」という言葉がそのとおりにイワンの心に届き、そっくりそのまま受けとめてもらうための必死の言葉の積み重ねであることは確かである。ここから遡って、アリョーシャが「あなたじゃない」と断言するのではなく、新訳のように「あなたじゃないってことだけです」と発言した可能性があるかどうかを考えてみると、それがありえないことがよくわかる。「あなたは、自分を責め、自分でも認めていました。犯人は自分以外のだれでもない、ってね。でも、殺したのはあなたじゃない、あなたはまちがっている、犯人はあなたじゃない、いいですね、あなたじゃないんです!」「ぼくが神さまに遣わされたのは、それをあなたに告げるためなんです」と、我を忘れたようにイワンに述べるアリョーシャが、「あなたじゃないってことだけです」のような内向的かつどこか曖昧さの漂う発言をすることがどうしてありえるだろう。このように筋の展開、会話の内容から見ても、「あなたじゃないってことだけです」という言葉は、物語の展開に甚だしく水をさすだけの、非常に不自然な訳だと思う。


新訳 p260  「兄さん」声を震わせながら、アリョーシャはまた切り出した。「ぼくが兄さんにこのことを言ったのは、兄さんは、ぼくの言葉を信じてくれるからです、そのことがわかってるからです。《あなたじゃない》って言葉、ぼくはあなたが死ぬまで信じつづけます! いいですか、死ぬまで、ですよ。さっきのは、神さまがぼくの心に、兄さんにそう言うようにって、務めを課したんです。たとえ、いまこの瞬間から、兄さんが永久にぼくを憎むことになろうとです……」

原訳 下・p182  「兄さん」アリョーシャがふるえる声でまた言いだした。「僕があんなことを言ったのは、兄さんが僕の言葉をきっと信じてくれるからです。僕にはそれがわかるんです。あなたじゃない、という今の言葉を、僕は一生をかけて言ったんですよ。いいですか、一生をかけて。兄さんにああ言えと、神さまが僕の心に課したんです、たとえ今の瞬間から、兄さんが僕を永久に憎むようになったとしても……」

小沼訳 Ⅲ・p156  「にいさん」とアリョーシャはまたふるえる声で言いだした。「僕がいまあんなことを言ったのは、にいさんなら僕の言葉を信じてくれるにちがいないと思ったからです。この『にいさんじゃない』という言葉を、僕は自分の命にかけて言ったんですよ! いいですか、命にかけてですよ。神様がこの言葉を僕の魂に吹きこんで、それをにいさんに向って言わせたのです。たとえ、この瞬間から永久ににいさんに憎まれることになったにしても…」

江川訳 p669  「兄さん」アリョーシャはまた震える声で言った。「ぼくがあんなことを言ったのは、兄さんがぼくの言うことを本気にしてくれると思ったからなんです、ぼくにはそれがわかるんですよ。あなたじゃない、といういまの言葉を、ぼくは生涯をかけて言ったつもりなんです。いいですか、全生涯をかけて言ったんです。神さまがこの言葉をぼくの魂に吹き込んで、言わせてくださったんですよ、たとえいまこの瞬間から、兄さんが永久にぼくを憎むようになるとしても……」        

感想  「《あなたじゃない》って言葉、ぼくはあなたが死ぬまで信じつづけます!」。この訳文は、すでにさまざまに指摘されているように、本当に奇妙な文である。《あなたじゃない》という言葉を、当の相手が死ぬまで信じつづけるとは、普通の文章としても奇妙で、誰も含意を理解できないのではないだろうか。《あなたじゃない》という言葉が読む者の心に沁み入ってくるのは、その言葉が、先行訳にあるように、人の「一生」、「命」、「生涯」をかけて、発せられたからこそではないだろうか。

亀山氏は、『解題』のなかで次のように述べている。

「 さらに、アリョーシャの次の言葉にも注目したい。居心地が悪いという以上に、やはり凄絶としか言いようがないセリフである。
「《あなたじゃない》って言葉、ぼくはあなたが死ぬまで信じつづけます! いいですか、死ぬまで、ですよ。」
 さらにアリョーシャは、この言葉は神が語れと自分に要求したのだ、とまで告げる。
(「神さまがぼくの心に、兄さんにそう言うようにって、務めを課したんです」)。 
こうなれば、アリョーシャの言葉はもはや、「殺したのはあなたです」と言っているのと等しい重みを担うものとなる。(略)
 アリョーシャの言わんとしたのは、やはり「あなたが殺した」ということだった。しかし同時に、殺したのはあなたの一部分である悪魔だとも言おうとしていた。要するに、アリョーシャは、結果として悪魔とイワンは一体ではないと語る(予言する)ことで、悪魔から離れなさいと、暗黙裡に警告したことになる。(略)
 また、イワンはこの瞬間、自分が犯人かもしれないとの根源的な認識の入り口に立つとともに、じつは「幻覚症」の入り口に立ったといっても過言ではないのである。彼が思わず、自分を犯人とみなしているアリョーシャを「絶交」という言葉で突き放したのは、きわめて当然のふるまいだった。」

亀山氏は、「《あなたじゃない》って言葉、ぼくはあなたが死ぬまで信じつづけます!」と、どうみても意味不明の訳をなし、その訳を基礎にして、「こうなれば、アリョーシャの言葉はもはや、「殺したのはあなたです」と言っているのと等しい重みを担うことになる」などと、これも第三者にはどのような感覚や論法から導きだしたのか一向に理解できないことを述べている。なぜ、どのようにして、「アリョーシャの言わんとしたのは、やはり「あなたが殺した」ということだった」という結論が導きだされたのだろうか? 普通に読めば、アリョーシャの《あなたじゃない》という言葉は、アリョーシャが心の底からそのように信じ、だからこそ一生をかけてその言葉を口にしえたのだと思うのだが。少なくとも私はそのように読んだ。また、亀山氏は、アリョーシャが、「殺したのはあなたの一部分である悪魔だとも言おうとしていた」「悪魔から離れなさいと、暗黙裡に警告した」とも述べているが、この時のアリョーシャは、イワンが悪魔の訪れに悩まされていることをまだ知らないはずだ。亀山氏は、自身で下記のように記述している。

「 二人とも口をつぐんだ。沈黙のなかで、長い一分間が流れた。二人は立ったまま、ずっとたがいの目を見つめあっていた。二人とも真っ青だった。ふいにイワンが全身をふるわせ、アリョーシャの肩をぐいとつかんだ。
「おまえ、おれの家に来てたな!」歯ぎしりしながら彼はささやくように言った。
「やつが夜中うちに来ていたとき、おまえもいたんだな……白状しろ……おまえ、やつの姿を見たんだろ、見たんだろ?」
「だれのことを言ってるんです……ミーチャですか?」けげんそうな顔で、アリョーシャはたずねた。
「ミーチャじゃない、あんな人でなし、糞くらえだ!」夢中になってイワンは叫んだ。
「おまえ、やつがおれの家に通っているのを、知ってるのか? どうやって知った、言ってみろ!」
「やつってだれのことです? 兄さんがだれのことを言ってるのか、ぼくにはわからないんです」アリョーシャはもう怖気づいて口ごもった。」(第4巻 p259)

したがって、イワンが「自分を犯人とみなしているアリョーシャを「絶交」という言葉で突き放したのは、きわめて当然のふるまいだった。」という亀山氏の言葉は無意味であると共に誤りとしか言えないように思う。


新訳 p262 イワンはこの二ヶ月間で、奇妙なぐらいうるさくなくなり、一人きりでいるのをひどく好むようになった。

原訳 下・p183 イワンはこのふた月の間に、異常なくらい手数がかからなくなり、まったく一人きりにされているのを非常に好んだ。

小沼訳 Ⅲ・p157 イワン・フョードロヴィッチはこの二カ月というもの、不思議なくらい女中の手をわずらわせなくなって、ひとりきりでいるのを好むようになっていた。

江川訳 p670 イワンはこの二カ月の間、奇妙なくらい口やかましいところがなくなり、一人きりでいるのを好むようになった。

感想  「うるさくなくなり」でも意味が通じないことはないかも知れないが、正確さと巧みさに欠けているように感じる。


新訳 p264 ついでながら、兄のドミートリーに対するイワンの感情についても、この場かぎりということにして、二、三述べておくことにする。

原訳 下・p184 長兄ドミートリーに対するイワンの感情について、一遍だけふた言ばかり述べておくと、イワンはこの兄をまったくきらいで、……

小沼訳 Ⅲ・p159 兄のドミートリー・フョードロヴィッチに対するイワンの感情について、ほんのひとことだけ述べておくが、彼はミーチャのことなぞ……

江川訳 p671 ついでだから、兄のドミートリーに対するイワンの気持について、一度かぎり、ほんのひと言ふれておこう。

感想 「この場かぎり」という言い方は、普通、その話の中身が真実性の保証を欠いているとか、外聞をはばかるような話題の場合に用いられることが多いように思えるので、「一遍だけ」、「一度かぎり」という訳のほうがいいのではないだろうか。


新訳 p316 イワンはだまって相手を見ていた。元の下男が自分に対して放った、この思いがけない口調、前代未聞といってよいほどの、どこか恐ろしく傲慢な物言いひとつとっても、もはや尋常ではなかった。

原訳 下・p220 イワンは無言で相手を眺めた。以前の召使が彼に対して今用いた、かつてないほどまったく横柄な、思いもかけない口調だけをとっても、異常なことだった。

小沼訳 Ⅲ・p191 イワンは黙って相手の顔を見た。こうした彼の思いもよらない調子だけでも、かつての自分の家の下男がいま主人に向って言った、なんだか常識はずれなひどく横柄な言葉の調子だけでも、異常なものであった。

江川訳 p691 イワンは無言で彼を見つめていた。この思いがけない語調、かつての従僕がいま彼に向かって話しかけたときの、とてつもなく横柄な語調、それだけでもただごとではなかった。

感想 新訳の「前代未聞」の用法にはやや違和感をおぼえた。スメルジャコフが今目の前でみせている物言いの横柄さが、もしイワンがかつて、いつ、いかなる場所においても耳にしたことがないほどの世に稀な程度とでもいうのなら「前代未聞」でいいと思うが、この場合のスメルジャコフの口調の横柄さについて、イワンはスメルジャコフとの間におけるこれまでの自分の経験に限定して述べているようだから、この「前代未聞」は少しどうかという気がする。


新訳 p317~318  「……殺したのは、あなたですよ、あなたが主犯なんです。ぼくは、ただあなたの手足を務めただけにすぎません。ぼくは、召使リチャルダって役どころにすぎないんでしてね。あれを実行したのも、あなたの言葉にしたがったまでのことなんです」
「実行しただと? じゃあ、ほんとうにおまえが殺したのか?」イワンは、思わずぞっとなった。脳みその何かが、まるでぴくりとしたかのようで、彼は悪寒で小きざみに全身を震わせはじめた。そこでようやくスメルジャコフも、今さらながら驚いた様子で、相手の顔をまじまじと見やった。どうやら、イワンのあまりに真剣な驚きように、あらためてショックを受けたものらしかった。
「それじゃあ、ほんとうに、何もご存じなかったんで?」にやりと顔をゆがめて、彼はうさんくさそうにつぶやいた。イワンはそのまま彼を見つめつづけた。まるで舌が回らなくなったかのようだった。すると、ふいにまた頭のなかでさっきの歌がひびきわたった。

ああ、イワンは都に行きました
わたし、あの人あきらめます!

原訳 下・p221  (略) 「実行した?じゃ、ほんとにお前が殺したのか?」イワンはぞっとした。
脳の中で何かが動揺したかのようで、全身がぞくぞくと小刻みにふるえだした。今度はスメルジャコフのほうがびっくりして相手を見つめた。どうやら、イワンの恐怖の真剣さにやっとショックを受けたようだった。
「それじゃ本当に何もご存じなかったので?」イワンの目を見つめて、ゆがんだ薄笑いをうかベながら、彼は信じかねるようにねちっこい口調で言った。
 イワンはなおも相手を眺めていた。舌がしびれてしまったかのようだった。

  ああ、ワーニカはピーテルに行っちゃった、
  あたしは彼を待ったりしない!

 突然、頭の中であの歌の文句がひびいた。

小沼訳 Ⅲ・p192~193  (略) 「実行した? じゃ、殺したのはきさまなのか?」イワンは思わずぞっとなった。
 まるで脳震盪でも起こしたようになって、彼の全身は悪寒のために小刻みにふるえだした。そのときになってはじめてスメルジャコフも、改めてびっくりしたように彼の顔を見た。おそらく、イワンの驚き方があまりにも真剣なものだったので、思わずはっとしたものにちがいなかった。
「じゃ、あなたは本当になにもご存じなかったので?」と皮肉な微笑を浮かべてイワンの顔を見つめながら、眉唾ものだというようにスメルジャコフはつぶやいた。
 イワンはなおも彼の顔を見つめていたが、まるで舌がしびれたようになって口をきくこともできなかった。

  ワーニカはピーテルへ行っちゃった、
  だれがあんなやつ待つものか

 という歌声がとつぜん彼の頭のなかでひびきわたった。

江川訳 p691~692  (略) 「実行した? じゃ、ほんとうにおまえが殺したのか?」イワンは思わずぞっとなった。
 脳に震盪でも起きたように、ふいに彼の全身が小きざみな悪寒にがたがたと震えはじめた。そのときになって、スメルジャコフもさすがに驚いたように彼の顔を見た。イワンのあまりに正直なおびえぶりに、彼もようやく度肝を抜かれたらしい。
「じゃ、あなたはほんとうに何もご存じなかったんですか?」彼は信じられぬといった面持でこうつぶやき、ゆがんだ薄笑いを浮かべて相手の目を見返した。
 イワンはなおも彼を見つめたきり、まるで舌を抜かれでもしたようだった。

  えい、ワーニャは都へ旅に出た、
  あんなおとこう、だれが待とう?

 歌の文句が、突然、頭の中でひびきわたった。

感想  新訳の「あらためてショックを受けた」はおかしいのではないだろうか。原訳のように「やっと」、小沼、江川訳の「はじめて」のほうがよいように思う(小沼訳には、「はじめて」の後に「改めて」とある。分かりにくいが、この「改めて」はスメルジャコフがイワンの顔を見る動作にかかるのだろうか?)。スメルジャコフはつい今まで、フョードル殺害後のこれまでのイワンの態度について、事前の共謀など全然なかったかのような演技をしていると考えていた。ところが、このときのイワンの烈しい驚きようを見て、「やっと」「はじめて」はっとしたのだと思う。また、新訳の「ふいにまた頭のなかでさっきの歌がひびきわたった」の「また」はおかしい。イワンはさっき確かに歌を聞いたが、それは道で直接自分の耳で聞いたのであり、頭のなかで歌がひびきわたったのはこのときが初めてのはずである。


10月23・25日に、一部(新訳p90およびp256~259の感想)の文章を加筆・修正しました。
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2009.10.22 Thu l 文芸・読書 l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

yokoita様

突然、そして間の抜けたタイミングですみません。昨日たまたま「ペレズヴォン、ちんちん」で検索したら、こちらが最上位だったものですから。いや、むしろ時機を失している方が好都合という気もしまして。
無用のこととは思いましたが、以前拝見した記事から、大変公平な方(すなわち、皆に石を投げられている側にも立てる方)とお見受けしましたので。

「跳ねろ、ペレズヴォン、芸だ!芸をやれ!」の件、おっしゃる通りです。原文は「跳ねろ」。しかし、よく考えてみていただけませんか。その後の「芸だ!芸を見せろ!」という言葉、犬にする命令としては少々変でしょう。ここはみなさん共通しているようですが、間違いで、ここが「ちんちんだ!ちんちん!」なのです(ほかの個所でもちんちんと訳せていないので、あえてこの個所でこの言葉を避けたのではありません。それから後ろの方の「ちんちんをした」は「直立した」です)。亀山訳の「うまくやれ」も間違いですが、しかし、「芸だ」が変だと気がついたということではあります。そして、そのことを抜きにして「跳ねろ」の部分も考えられないのです。

それからたしか、前に拝見したのですが(すみません、一度に長い文は読めませんので)、イリューシャの棺の件でもおっしゃってましたね。皆が「かつぐ」と訳しているのだから原文もそのように書かれているはずなのに、亀山さんだけ「持ち上げる」だと。編集者の責任にまで言及しておられたようですが、原文は「持ち上げる」です。棺はかつぐものですし、道中かついでいったのは間違いないと思いますが、狭い部屋の中ではどうでしょう。お母さんの前でおろしますよね。それから、お姉さんの前で立ち止まります。お姉さんは車いすです。それに、たいして広くない戸口で曲がったりするには持って外へ出した方がよくありませんか。
確かその語は二か所あって、米川さんも片方は「持ち上げる」と訳していたと記憶します。

まったく余計なこととは思いましたが、ドストエフスキーの翻訳に関しては、「皆がそうだから」はあてにならないことを申し上げたかったのです。何かご参考になればということですので、お返事などは気になさらないでください。
2010.11.04 Thu l coderati. URL l 編集
Re: タイトルなし
coderati様

コメントの返信がこんなに遅くなってしまい、申し訳ありません。
言い訳なのですが…。4月の半ばに他の方のコメントに返信を書き、送信しようとしたとこる、「コメントは認定されませんでした」というような表示が出てどうしても送信されないのです。「管理人なんだけど?」と半ば腹を立てながらも仕方がないのでfc2に問い合わせたところ、環境設定で「禁止ルールを適用する」が設定されているので、おそらくそのせいではないかとのお返事でした。そういえば、コメントに引用で「バカヤロー」という言葉を使っていましたので、どうもこの言葉が引っかかったようなのです。そこで「禁止ルールを適用しない」に設定を変更したところ、自分のコメントも送信できましたが、同時にcoderati様のコメントも表示されまして、それでようやくコメントを戴いていたことに気づいた次第でした。たぶん「チンチン」という言葉が引っかかったのだと思います。(笑)

お名前には記憶があり、たしか「こころなきみにも」のコメント欄で拝見したのだったと思います。「カラマーゾフの兄弟」の読解につき、丁寧にご指摘くださってありがとうございます。どちらのご指摘も分からないなりにもう一度よく読んでみてお答えしようと思いながらも、まだ取りかかれずにいまして、申し訳ありません。ただ、特に、「かつぐ」「持ち上げる」の件は、なるほどそうかも知れないとすぐにそう思いました。せまい部屋のなかでずっとかついで回るというのはヘンではありますね。そのうちゆっくり読んでみます。
今日はお詫びとお礼まで。
2011.05.14 Sat l yokoita. URL l 編集

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