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「ハリケーン長嶋」と称されたダイナミックな走塁

走る
野性味みなぎる長嶋の走り。「私の足は100メートルを11秒2で走り抜けた。陸上用のスパイクを履けば11秒を切る自信があった。」(『ネバーギブアップ』)

滑る
 躍動感とともに研ぎ澄まされた凄みを発散する滑り込み

 「チャンスに凡退してのコメント
前2回の長嶋選手関連の記事は、『月刊 長嶋茂雄』(0・1号の主に写真)に感興をえて書いたのだが、今回もそのつづきを…。『月刊 長嶋茂雄』1号のページを繰りつつ新人の長嶋選手が折にふれて口にしたコメントを読んでいると何やかや感慨にとらえられる。デビュー戦で金田投手に4連続三振を喫したフルスイングの姿もそうなのだが、折おりの言葉もまた、その後の現役17年間を通じて彼が初心を貫くべく日々全力でプレイしつづけたことを再確認させてくれるのである。たとえば、プロの投手と一廻り対戦を済ませた後の7月9日、長嶋選手は「チャンスに必ず打てるバッター、これが私の夢なんです」(この日の国鉄戦で、5回2死1、3塁のチャンスに、キャッチャーフライに倒れた悔しさを滲ませてのコメント)と語っているが、これにはホント驚いた。その現役全盛期に「チャンスに強いバッター」「勝負強いバッター」という形容は長嶋選手の代名詞といってよいほどにプロ野球ファンの間に浸透していたものだが、プロ野球でプレイを始めてまだせいぜい3ヶ月、この時期に自分からそういう発言をしていたのだ。これは打者として退路を断ったとさえいえる内容のものであり、新人の発言としてこれほど大胆不敵なものはそうはないだろう。チャンスに凡退した際のコメントなのだから、自信に基づくものとばかりは言えないだろう。限度をしらないほどの熱烈な意欲に充ちみちていたのだと思えるが、実際長嶋選手は全選手生活を通してこの目標を見失わず、力の及ぶかぎりこれを実現していったことは誰でもが首肯できることと思う。こういう姿をみると、長嶋選手がプロ入りに際して、ベースボール・マガジン社に向けたメッセージで、

「 ルーキー決意を語る
 思えば、僕が佐倉一高から、立教へ入学した当時は右を向いても、左を向いても、上手な人ばかり。この中に交じってやれるかしら、と自信のない気持ちでいた僕を、何かといたわり、励まし、時には傍らから見たら厳しすぎるとまで思われるような指導をして下さった砂押さん(邦信前監督)には、どれだけ感謝してよいか分からない。
 プロ野球の世界――そこは良い意味にも悪い意味にも、野心が渦巻き、実力あるものが勝つ弱肉強食の世界。
 しかし、立教入学当時、手のひらのマメがつぶれ血に染まるほど素振りを繰り返し、また、レギュラーになってからも苦闘の連続。殊に秋のリーグ戦の前半は8号ホーマーという世間の期待が、かえって精神的に負担となり、全然打てず、連続無安打が続く低調さで「いつになったら打つのだ」と先輩、友人から言われ、実際、苦しかった。
こんなことを回想してくると、僕にはプロの厳しい世界も何とか乗り切れそうな気がしてくる。投手は学生野球と違って速い球を投げてくるだろう。しかし僕は、そうした球にぶつかっていけるだけのファイトを、今までの生活から得ているような気もするのだ。
 同僚の杉浦とは袂を分ったわけだが、進む道は同じだ。日本シリーズで逢う日を今から楽しみにしていよう。杉浦よ、頑張れ! 」

といった言葉も、そのまま、プロ入団に向けた断固とした決意の表明だったとして素直に受け取ることができるように思う。また、新人王はもちろん、打点王・本塁打王の二冠を獲得し、リーグ優勝でルーキー・シーズンを終えた後、おそらく日本プロ野球史上「最強チーム」といえるだろうパ・リーグの覇者西鉄ライオンズとシリーズで対決し、健闘及ばず敗れ去った後の次のコメントにも心打つものがある。

「 不気味な威圧感に覆われて…
――日本シリーズを戦ってみて。
長嶋 自分としては、全力を振り絞って頑張っただけです。結果はこうなりましたが、悔しくて、口では言い表せないほどです。
――初めての出場で、緊張は?
長嶋 別に意識はしていなかったから、何ともなかったです。(略)調子は快調だったんですが、中盤からどうも打てなくて。思い出しても、諦められないくらい残念です。
――西鉄に関しては
長嶋 3連勝していたのを逆転したほどですから、その強さはおして知るべしです。底力の凄まじさに、驚嘆させられました。だから、南海に11ゲーム差も引き離されていたのを挽回して優勝できたんでしょうが、チーム全体が気力に満ちあふれているように感じました。
――第2戦以降は、徹底マークされた。
長嶋 稲尾投手には完全にマークされていました。落ちる球に引っかかって、凡打ばかり。まったく翻弄されました。タフネス・ボーイという言葉が、ぴたりと当てはまりますね。とにかくすごい投手です。
――3連勝の時点では覇権奪回なるかと。
長嶋 僕もそう思いました.しかし西鉄と戦っていると、絶えず不気味な威庄感に覆われていました。それが焦りとなって……。
――これからの目票は?
長嶋 二度とこの敗戦のような憂き目を味わわないように、来年こそ「打倒・稲尾」を果たすだけです。稲尾君さえ攻略できれば、選手権奪回がなりますからね。 」

シリーズ第1戦の第1打席、何の気配もなくただ打席につっ立っているように見えた長嶋が稲尾投手の外角スライダーを見事にとらえてライト戦に三塁打を打ったこと、これが稲尾投手に大きなショックを与え、この試合の稲尾4回降板の原因になったこと、その後稲尾投手は長嶋選手の打席をノーサイン投法に切り替え、長嶋の身体の動きに合わせてスライダーとシュートを投げ分けるというやり方で彼を抑えることができたこと、などの稲尾投手による長嶋対策はいまも語り草である。「悔しくて、口では言い表せないほどです。」「思い出しても、諦められないくらい残念です。」という長嶋選手の言葉は偽りでも大袈裟でもなかっただろうと思われる。この敗戦の記憶は長く長嶋選手のうちで尾を引き現役引退後もこの年対戦した西鉄ライオンズというチームについて畏敬の念の込もった口調で「理想のチームの一形態」(『ネバー ギブ アップ-キューバの太陽カリブ海に誓う-』集英社1981年)と語っている。長嶋選手は稲尾投手の底力とともに、中西太選手の打球の物凄さにも驚嘆させられたようである。じつはオープン戦で初めて対したときからそうだったらしく、「グワシッという怪音とともに打球が私の正面に飛んできた、と思った時には球はもう見えない。打球は、グローブにさわりもせず、きれいに股間を突き抜けてしまって」いたと述べている。「あれが下腹部に命中していたらどうなっていただろうか」などとも語っている。もちろん長嶋選手の打球も強烈であり、阪神の二塁手だった鎌田実選手は、長嶋選手の当時の打球のスピードについて「打撃は大きく動きのあるバックスイング。そしてシャープなスイングから弾き出される打球の速さは強烈で前進守備のときなどは怖さを感じた。」と語っているのだが、しかし長嶋選手は、中西選手がかつて平和台のゲームで飛距離160メートルの大本塁打をかっ飛ばしたという逸話も現実にありえないことではない、飛距離といい、底知れぬほどの打球の鋭さといい、そのパワーは確かに自分を上回っているとの感触をもったようである。

長嶋選手は上のコメントで「二度とこの敗戦のような憂き目を味わわないように、来年こそ「打倒・稲尾」を果たすだけです。」とも語っている。この「来年こそ」は、その59年に西鉄が優勝をのがしたために現実のものとならなかったが、5年後の63年にようやく再チャレンジの願いが叶い、長嶋選手はこの西鉄ライオンズとの対戦で稲尾投手を打ち込み、自身初となるシリーズMVPを獲得した。この後、長嶋選手は「シリーズ男」という異名をとるようになるのだが、シリーズMVP獲得回数4回、日本シリーズという大舞台で「完璧!」といいたいような活躍を見せることができた原点は、おそらく58年の西鉄ライオンズとの闘いの経験だったのではないだろうか。

打撃
 力強い腰の回転の打撃フォーム(1958年秋対カージナルス戦)


長嶋選手の打撃技術についてド素人の私は語るべきものを何ももっていないのだが、かつて、内野手の間を猛烈な勢いで抜けていくゴロのヒットこそがもっとも長嶋的な打球だ、と評した人の意見に賛同したい気がする。たとえば、何ヶ月か前にテレビで偶然、南海の杉浦投手の引退式に登場した長嶋選手がバットを振り切って打ち返す場面をみたのだが、三遊間に糸を引いて飛んでいったその打球は息をのむほどに美しかった。最近、長嶋選手の打撃に言及した文章で印象に残ったものが2つあった。一つ目は、1957年(昭和32年)春の東京六大学で東大の一年生投手として立教の4番打者長嶋を間近に観察した経験をもつ岡村甫氏(現高知工科大理事長)が語る打者長嶋評。

「 長嶋選手らの立教に唖然
私が東京六大学野球のすごさを実感したのは、1957年、春季リーグ開幕戦で、1年生ながら初めてベンチ入りしたときだっった。
 相手は当時最強の立教大学。主将は名内野手本屋敷錦吾、投手は杉浦忠、4番打者は長嶋茂雄である。彼の最初のフリー打撃を見て驚かされた。2か所のゲージの内、レフトから遠い方の打席に立つ。それでも彼の打球は、当時の広い神宮球場の柵越え率は実に7割、しかも2割はバウンドして場外に消える。彼の体力のピーク時であり、プロに入ってからは、このときの力強さとしなやかさを超えた彼を見たことはない。
 杉浦投手の球はホームベースの近くでホップする。本屋敷選手はピンチでも何気なく球をさばく。これが六大学の野球か。東大とのあまりの差に唖然(あぜん)とした。(略)
 長嶋選手に対しては誰もストライクゾーンに投げない。もしも、私が対戦しても、おそらくそうしたであろう。東大の吉田治男投手は、彼に対してストライクゾーンからボールになる球だけを投げた。それを打たなければ四球になるので、思い切って振る。打球は柵際まで飛んでは行くが、あらかじめ深く守っている外野手のグラブに収まる。他のチームの投手もそれを見習った。
 もし、長嶋選手がストライクだけを打っていたら、プロ野球でも4割を何度か打てたと思う。プロ野球での彼の記録は、王貞治選手や落合博満選手らと比べて劣っている。しかし、通算200勝以上の投手との対戦成績を比べると、おそらく長嶋選手が最高の記録を残しているのではないかと思う。そのような投手のみが、彼に対して堂々と勝負するからである。
 プロ開幕戦で金田正一投手から4三振をした映像を見る機会があった。3打席目までストライクゾーンには一球も投げていない。絶対に打たれないためには全盛時の金田投手ですらストライク勝負をしなかった。そして、杉浦投手の球は当時の大学レベルでは誰も打ち込めなかった。打てるとすれば、同僚の長嶋選手だけであったろう。この年、立教は春秋連覇を果たした。 」

岡村氏が見たという4三振の映像とはどうやらこの金田対長嶋の対戦の全場面を指しているようである。テレビ局には空振り三振の場面しか残っていないようだが、個人か団体かは分からないが、映像は誰かの手でちゃんと保存されているのだろう。それにしてもこのころの立教大学野球部はききしにまさって強くまた魅力的なチームだったようである。(見てみたかったなァ)。次は、長嶋選手と同時代に西鉄ライオンズの中心打者として活躍した、現在野球評論家の豊田泰光氏の弁。

「 ……私はドーム球場が苦手で、東京ドームでの授与式をテレビでみただけでも息苦しかった。特に長嶋には開けた空と天然芝、土が似合う。そうした球場を、巨人ともあろうものが持ち合わせていないのは球界全体の不幸ではないか。
 野球は文字通り野で遊ぶのが原点だ。長嶋のような野人が、ユニホームを真っ黒くして跳んだりはねたりできる舞台が東京の真ん中にほしい。いや、スポーツがおかみに頼み事をすると、やがて法外な年貢を取られそうな気もするので、寄り過ぎない方がいいかもしれない。
 今回の受賞のずっと前から、私たち野球関係者は長嶋の銅像をそれぞれの胸の中に立ててきた。それだけプロ野球にもたらしたインパクトは大きく、革命的だった。
 長嶋がプロ入りしたとき、我々打者が注目したのは派手なパフォーマンスより、実戦に即したスイングだった。178センチという、当時では十分な大男が、思いのままに振り回しているようにみえながら、しばしばバットを短く持って振っていた。
 そうか、あれもありか――。プロの長距離砲はプライドにかけてもバットを短く持つことなど許されない、というのが「長嶋以前」の世界だった。源平の合戦よろしく、長大な得物を振り回してこそ大打者、とみんな思っていた。
 藤村富美男さん(阪神)の「物干しざお」が時代の価値観を示している。ところが、既成概念と無縁の長嶋は「こうすりゃいいじゃないの」とバットを短く持ち、あっけなくスイングスピードと精度を両立させた。まさにコロンブスの卵だった。(略)」

「もし、長嶋選手がストライクだけを打っていたら、プロ野球でも4割を何度か打てたと思う。」「通算200勝以上の投手との対戦成績を比べると、おそらく長嶋選手が最高の記録を残しているのではないかと思う。そのような投手のみが、彼に対して堂々と勝負するからである。」という岡村氏の批評は、長い間漠然とながら胸のなかにいだきつづけてきた素人ながらの私の印象と合致している。しかし、「ストライクだけを打」つ姿勢を保持しつづけることは長嶋選手には不可能なことだったろう。敬遠責めがつづいたとき彼が打席で露わにみせた「焦燥感でいっぱいの顔つき」は今も目の奥に鮮やかなのである。

豊田氏の文章中の、「私たち野球関係者は長嶋の銅像をそれぞれの胸の中に立ててきた。」ことについては、それが事実かどうかかなり疑わしい気がするが、長嶋の登場が「プロ野球にもたらしたインパクトは大きく、革命的だった。」、「既成概念と無縁の長嶋は「こうすりゃいいじゃないの」とバットを短く持ち、あっけなくスイングスピードと精度を両立させた。」という指摘に間違いはないはずだ。オールスター戦で初めて稲尾投手と対戦した長嶋選手は、1日目は三振を食い、2日目は安打(二塁打)を放っているが、そのとき、「昨日の三振を反省し、バットの握りを少し短くしてみた」(『月刊 長嶋茂雄』)とあっけらかんと語っている。
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2013.07.10 Wed l スポーツ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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