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 “7月21日、私は午前11時頃、クレフに乗って長女Nと一緒にペットショップに行き、クレフはいつもどおり、ショップ近くの駐車場に置いていた”
という被告人の供述を、判決文において、自分の一存で勝手に
 “7月21日、私はクレフを終日大原の自宅に置いていた”
に作り替える裁判官の目的は何なのか?


「埼玉愛犬家連続殺人事件」の不公正な判決により、この6月に死刑確定から満4年が経った風間博子さんの無実の訴えです。風間さんの支援誌である『ふうりん』14号に掲載された文章の転載です。
今回の文章は、一審判決文の奇妙さについてこのブログの管理人である私(yokoita)が新たに気づいて指摘した(こちらを参照)問題について、風間さんが次号のふうりん15号で応答し、また補足説明をしてくださったものです。

このブログは、これまでに裁判所が事件全体について、また事件における風間さんの言動と役割について、不審きわまりない事実認定をいかに膨大に行なってきたかを指摘してきましたが、今回私が気づいた誤りは単純といえば実に単純なもので、一審の判決文が、ある一つの客観的事実について完全に誤った記述をしているというものでした。 93年7月21日、EさんとWさんが殺害された日は地域のうちわ祭りの日でした。この日、風間さんは「クレフに乗って長女Nと午前11時頃、八木橋のペットショップに行き」(一審弁論要旨)、午後3時頃、風間さんのお母さんがペットショップにやって来たので、風間さんは午後4時頃お母さんに長女Nちゃんの相手をしてもらい、祭りの混雑を避けるためにクレフは店の近くの駐車場に置いたまま、「バイクで万吉犬舎へ行」った、と述べています。

ところが、一審判決文は、「クレフに乗って長女Nと午前11時頃、八木橋のペットショップに行」ったという風間さんの供述について次のような記述をしているのです。

「…風間は、「自分は、7月21日はうちわ祭りで熊谷市内が混雑していたため、バイクを運転して万吉犬舎に行ったりしており、クレフは終日大原の自宅に置いてあったので、それを運転してE方に行った。」旨弁解し、」

裁判官は、「クレフに乗って長女Nと午前11時頃」ペットショップに行った、という風間さんの供述を、なぜか「クレフは終日大原の自宅に置いてあった」ことにすり替えてしまっているのです。私は、最初この事実を知ったとき、もしかすると、万に一つくらいは、裁判官が単純な勘違いのミスをおかした可能性もあると思っていました。審理の過程で、この件がさして問題にされなかった可能性もあると思ったからです。ところが、そんなことはまず考えられない、ありえないことが、その後分かりました。実はこの件は法廷できちんと審理されていたのです。風間さんは、法廷でこの21日「クレフに乗って長女Nと午前11時頃」ペットショップに行き、いつものように近くの駐車場にクレフを置いていたと供述し、裁判官はそれを聞くと、風間さんに向かって直接下記の尋問をしているのです。第一審61回公判の調書から抜粋します。

裁判官 『クレフを駐車していた、その駐車場というのは、どこにあるんですか。
 風間  ペットショップから、4、50メートルぐらい先のところにあります。
 裁判官 さきほどの地図のカラーコピーありますよね。それに、その駐車場の場所を、赤のボールペンで丸を書いて、駐車場と書いてもらえますか。
 風間  (記入した) 』(47丁裏) 」

上記の「裁判官」とは裁判長のことです。お分かりのように、風間さんがクレフをペットショップ近くの駐車場に置いていたことは、風間さんが供述しているだけでなく、その事実を法廷で裁判長自ら風間さんに図示させて確かめているわけです。これでは裁判官が「勘違い」をする余地はないでしょう。「クレフは終日大原の自宅に置いてあった」という風間さんの供述というものは、裁判官の創作だったのです。完全に裁判官による故意の仕業というしか考えようはないように思われます。裁判官がなぜこのようなことをしたのか、私はこの件を最初に取り上げたとき、「もし裁判所の上の記述が故意によるものであるとしたら、この日ペットショップに風間さんの娘さんとお母さんがいたこと、犬舎から帰ってきた風間さんともども親子三代でうちわ祭りの見物に行ったことなどに照明があたることを裁判所が忌避したということも考えられるだろうと思います。」と書いたのですが、あるいはこの他にも更なる理由があるかも知れません。

それでは、風間さんの訴えを以下に掲載します。風間さんは、裁判官が判決文において、クレフを終日自宅に置いていたと風間は主張している、と、嘘の記述をしていることにもちろんすぐ気づいたようです。この件にかぎらず、風間さんに死刑が下された判決において裁判官の捏造や歪曲がどれほどの数に上り、それがどのような性質のものか、ちょっと想像を絶するものがあるのです。風間さんの声を聞いていただければと思います。


  冤罪を訴える ~まやかしの判決書~4 《歪曲判示乱発の裁判所の悪辣さ》(「ふうりん」№15)
 ……yokoitaさんがご指摘下さった様に、私の判決書には、不可解な判示・奇妙な判示・歪められた判示・裁判所が勝手に作った虚偽内容の判示などが、本当に無数といっていいほどあるのです。
 それらには、検察によって構築されたストーリーに裁判所が合わせて、私を有罪に導くために事実を歪めているとはっきり判るものや、明らかではないけれど裁判所の目論見を何とか見て取ることが可能なものもあります。
 しかし、どう思案してみても(私の考えでは)裁判所が何の意図をもって事実を歪曲しているのか判らぬものも数多く存在しています。敢えて言えば、裁判官には、証拠や真実を有りのまま見ることが出来ぬ悪癖があるのでは…と、疑いたくなる程です。
 E・W事件当日の午前11時頃から午後9時スギ迄、私は「クレフは、ペットショップ(近くの駐車場)に置いてあった」と、供述しています。
 しかし、それをなぜか裁判所は、私が「クレフは、終日、大原の自宅に置いてあった」と供述していると判示しているのです。
 この誤判示は、裁判所の悪意によるものと私は思っていますが、その意図がどこにあるのか、私には見えていませんでした。
 yokoitaさんが仰言る『単にミスをおかしたのでしょうか?』ではないでしょうし、また、『判決に重大な影響を及ぼすことが明白なこの一件に関して、裁判官三人が、三人そろって、自分たちの過ちに気づかないなどということがはたしてあるのかどうか』とyokoitaさんは裁判官への不信感を綴っておられますが、左程に私の判決文はヒドイ物なのです。

 事件の経過に出来るだけ合わせてこの「まやかしの判決書」を書き進めていこうと思っていますので、E・W事件の項で改めて詳述致しますが、事件当日の7月21日に埼玉県警の機動捜査隊は、アフリカケンネルの関係場所数ヶ所の行動確認捜査を実施しておりました。
 その中の一つは万吉犬舎で、万吉犬舎へ出入りした車や人物については、その車種やナンバー、着衣、持ち物等についてまで、その「行動確認捜査日誌」に記載されました。
 そして、この捜査日誌は、一審の最終局面でやっと開示され証拠採用されています。
 さて、この埼玉県警察機動捜査隊が実施作成した「行動確認捜査日誌」には、万吉犬舎へのクレフの出入りの記録は、一切記述されておりません
 私はこれで、「この日万吉犬舎へはクレフで行っていない」という私の供述の正しさが裏付けられた…と、喜びました。
 ところが、我(わが)裁判所は、常軌を逸していて、ナント! 「この日の午後4時頃から午後11時スギ迄、クレフは万吉犬舎に置いてあった」と認定したのです。
 私は、裁判所が私の供述にはない『クレフは終日、大原の自宅に置いてあった』という虚偽判示をしているのは、上記の『クレフは万吉犬舎に置いてあった』とする虚偽認定を強調するための何かしらの意図なのか? と頭を悩ましていたのですが、今回のyokoitaさんの論評を拝読し、「裁判所の意図はこういう事だったのか!」と目からウロコがポロッ でした。

《私は、いつSと結婚をし、いつ娘を出産したのか?》
 そんなことも判らなくなる程、呆けてしまったのか!? と心配しないで下さい。
 判決の事実認定の歪曲は、万般に渡り、それはそれはヒドいのですが、証拠提出をされている戸籍謄本・住民票・登記簿謄本といった公文書や、更には論告・弁論・裁判官の面前での法廷証言でハッキリとしている動かしようのない事実でさえ、裁判所は自らの事実認定を正当化するために都合よく歪め、不実の判示工策をしています。
 今回は、簡単に2点を提示致します。
① Sと私が結婚したのは、『昭和58年』ですが、
    裁判所は、「被告人両名は、昭和59年に婚姻するとともに――」とし、
                 <確定判決390頁(量刑の理由)>
② 私が娘を出産したのは、「昭和60年6月」ですが、
    裁判所は、「昭和60年8月に長女を儲け――」と判示しています。
                 <確定判決 5頁(背景事情)>
 こういった書き替えは(私が考えるに)Sとの一心同体説を補強したものであり、原判決のこじつけストーリーを真正らしく見せるための狡悪な欺瞞です。
 刑事訴訟法に於ては、『事実は全て証拠に基づいて認定されるべきである』と明記されております。
「証明された事実・証拠」から真実を追い求めていくのが裁判であり、それをやるのが裁判官の使命であるはずです。ところが私の判決では、その基本中の基本を逸脱した卑劣な事実の捏造をしており、裁判官の品質・資質を疑いたくなります。

 こんな杜撰な内容の判決文が通用している司法の不思議さに呆気にとられると共に、負けてはいられないと、心を引き締めております。お力添えをどうぞお願い致します。(風間博子) 」
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2013.07.25 Thu l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (1) トラックバック (1) l top

コメント

死刑囚は藁をも掴む
法律は万人に対し公平です。
死刑判決が確定した死刑囚は処断されるべきで、
特定の人間だけを許すことは法への侮辱です。

既に絞首台の露になった人々と同じく、潔く執行
されることが被害者への償いなのです。

女々しくも生き延びようとする醜さよ・・
2013.09.12 Thu l Jury. URL l 編集

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