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一連の事件のうち最初に発生した佐谷田車庫における「Kさん殺害事件」(93年(平成5年)4月20日)について、重要と思われる点をY氏の供述を基に再度検討してみたい。判決文の認定はこうである。

「K事件当日に「万吉犬舎に行き、犬の世話などをしていたところ、午後5時過ぎころ、関根が『車庫まで行ってくれ。』というので、午後5時半ころミラージュに関根を乗せて佐谷田の車庫に行ったが、関根はその時初めて『Kと会うんだ。』と言った。関根は、車庫内に置かれていたダッジバンの後部座席に座り、『お前も中に入れ。』と言うので、いつものようにダッジバンの運転席に座った。関根とダッジバンの中で雑談していると、それから30分位経った午後6時ころKが車(アウディ)で来た。すると関根は、Kにアウディを車庫の中に入れさせ、外で少し立ち話をした後、Kと一緒にダッジバンの後部座席に乗り込んで来て、並んで座った。関根は、Kに『顔色が悪いけど大丈夫なの。デルカップや栄養ドリンク剤を呑んで元気出して、またソープランドに行こうか。』などと言って陶陶酒のデルカップや栄養ドリンク剤を勧めており、Kは『これは結構口当たりが良いですね。』などと言っていた。Kが来て5分位経ったころに、関根』が自分に陶陶酒(関根は『梅酒』と呼んでいた。)を買って来いと言い、またガソリンがなければ給油もして来るように指示したので、それに従ってミラージュで出かけ、アフリカケンネルでいつも使っているガソリンスタンド(N工業の西熊谷給油所)で給油し、また陶陶酒も買って帰って来た。外出していた時間は40分位ではないかと思う。」(『一審判決文』p201~202)

上記のように判決文では、①アウディでやってきたKさんと関根被告のダッジバン内での会話は、一緒にソープランドに行く話(注:前日、Kさん・関根被告・Y氏は他のもう一人の友人も交えてソープランドに行き、帰りに寿司店にも寄っている)や陶陶酒のことなどで、険悪な雰囲気はなかった、②Y氏が関根被告から陶陶酒を買ってくるように、ついでに給油もしてくるように言われたのは、Kさんの車庫到着後5分程経過してからだった、と認定されている。
ここで注意したいのは、この供述ができ上がるまでには、Y供述に多くの変遷があったということだ。

○平成6年12月12日付員面調書(甲第537号証)
被告人関根とKはダッジの後部座席で梅酒のワンカップを飲みながら、関根がKに売りつけたローデシアン・リッジバッグという犬の売買代金の返済話をしていた折、被告人関根から「梅酒を買って来い」等の用事を言い付けられたので、その場を30分位離れた。
 ↓
○同年12月17日付同(甲第541号証)
被告人関根とKの話は、被告人関根のごく一般的な話から、車をやる話や犬の話に人っていった。/被告人関根とKの話は、結果的には被告人関根が「判った、金は返す」という話にまとまったようだった。金額については覚えていないが、けんかになりそうな感じではなく、普通の会話でKも納得していた雰囲気だった。/被告人関根とKの話が15~20位続いた後、被告人関根から梅酒を買ってくるように言われ、ダッジからおりて外のミラージュに乗って酒屋に向かった。
 ↓
○同年12月28日付同(甲第548号証)
Yは、Kが車庫に来て被告人関根との話し合いが始まり、10分位で被告人関根から買物の用事を言いつけられた。/Yは二人を残して車庫から出、買い物をしたり電話をかけたりの用事を済ませて車庫に戻ったが、その時間は30分程度であった。
 ↓
○平成7年1月10日付同(甲第553号証)
被告人関根から陶々酒のデルカップを買いに行くように言われた際、被告人関根から「車のガソリンは入っているか」と聞かれ、Yが「半分位です」と返事をすると被告人関根から「ついでにガソリンを入れて来い」と言われた。/Yは最初に酒屋に行き、そこで女友達に電話をかけ、給油に向かった。
 ↓
○同年1月24日付同(甲第564号証)
車庫でKと顔を合わせたのが午後6時30分だとすると、その4~5分過ぎには車庫から被告人関根の命令で出掛けている。/車庫を出た後、まずガソリンスタンドで給油し、その後車庫近くの酒屋で陶々酒デルカップを買い、酒屋前の公衆電話でN子(女友達)に電話している。(弁護人『控訴趣意書』より抜粋)

上記を見ると、最初の供述では、Y氏が車庫を離れたのは、Kさん到着後15~20分程経ったころだったのが、そのうち10分後ということになり、最終的には5分後というようにだんだん時間が短縮されていっている。さらに、関根被告とKさんの会話の内容も変化している。Kさん殺害のそもそもの動機は、犬売買のキャンセル話のもつれによるものだが、当初の調書では、車内でその話が交わされたとされていたのに、最終的にはその話題は全然出なかったことになってしまった。これについて弁護人はこう述べている。

「特に指摘しなければならないのは、佐谷田車庫に到着後の、Kと被告人関根の会話内容及び時間が、全く異なっていることである。/すなわち、甲第541号証では、被告人関根とKとの間で車をやる話や犬の話がなされ、その結果被告人関根が「判った、金は返す」ということに話がまとまったようだと述べられ、その会話の時間も15~20分であったというのである。/しかるに検面調書甲第478号証においては、会話内容から車をやる話や犬の話は抜け落ちて、梅酒デルカップを飲んで「顔色悪いけど大丈夫なの」等の話が被告人関根からなされただけになってしまい、経過時間自体も、K到着からYが車庫を出るまで約5分間と著しく短縮されているのである。」(『一審弁論要旨』p419)

Y供述の変遷が著しいのは車庫内の様子についてだけではない。車庫を出た後の自分の行動に関する供述も一貫していない。一審弁護人によると、「買い物と電話及び給油の順序も調書ごとに異なり、甲第481号証(注:検面調書)にいたって、どちらが先だかわからないと述べている。」。
取調べの当初、Y氏は自分がガソリンスタンドで給油をしたことを思い出せなかったようだ。陶々酒の買い物のほうが印象に残ったようで、給油の話が出てくるのは、甲第553号証にいたってからである。捜査過程で、N工業ガソリンスタンドでY氏が乗るミラージュの給油伝票が見つかったのだ。受領書の刻印は18時34分であった。
一方、捜査では、Kさんが退社前に社内の警報装置をセットしていたことも判明した。この時間は18時5分である。Y氏が18時34分にガソリンを給油し、Kさんが18時5分に勤務先の警報装置をセットしたという客観的証拠が出現したことによって、重大な問題が発生した。はたしてY氏が佐谷田車庫でKさんを迎え入れ、その場で関根氏との5分程度の会話を聞くことは可能であったか、言い替えれば、Kさんの車庫到着時に、Y氏は本人が証言するごとく、そこにいたのか、いることができたのか、という問題である。もしこれが不可能だとしたら、Y供述の信憑性および検察官立証の筋書きの真実性・正当性は根底から吹き飛んでしまう。一審弁護人は次のように述べている。

「ところで、本項冒頭で指摘した通り、佐谷田車庫において被告人関根と会話する元気なKの姿を現認することは、Yが被告人関根の脅迫に従って、死体の運搬等をせざるをえなかったことの理由として極めて重要であるが、Yがその後被告人関根の指示に従って車庫を離れ、戻った時に死体を見たという点も同様に極めて重要である。
なぜなら、このように供述することによって、YはKが殺害された状況、殺害手段を知らなかったといってすますことができ、Kが死亡していく現場にいることによって、必然的に生ずるはずであるK殺害容疑を回避することができるからである。
したがって、Yにとって、Kが車庫で関根と会話しているところを現認したこと、及びその後被告人関根の指示により車庫を離れたことは、Yにとって死活的に重要な事実にほかならないのである。」(『一審弁論要旨』p421)

一審判決文は佐谷田車庫からガソリンスタンドまでの約3kmの所要時間を「概ね8分程度かかることが確認されており(甲941ないし944参照)」(p213~214)と認定している。警察の走行実験結果では、「6~11分」とされているが、「実施月日が、日曜日であり、特定に至らない」とも記載されている(捜査報告書(甲943号証平成7年1月22日付))。 なぜあえて実験をやるのに渋滞のない日曜日を選んでやるのか意図が不明だが、控訴審の弁護人3名は、平日に実際にN工業ガソリンスタンドまで出向いて給油をしてみたそうである。

「この径路での道路状況は、佐谷田の車庫から北上して「南幹線」に出るまでは住宅街であるのですいているものの、そこから熊谷駅南口交差点に至る間が混んでいて、その後、そのまま「南幹線」を通っていけば国道407号線に出るまでがまた渋滞している。しかし、熊谷駅交差点を左に折れてすぐに右折して裏道を行けば、道は混んではいないが、今度は407号線に出る信号で信号待ちをする必要がある。また、国道407号線からガソリンスタンドに入るには、その手前で国道から右折して右折した道に入ってすぐ左のところにある入口からスタンドに入ることになるが、その右折する信号でまた信号待ちをすることになる。結局、平目の当該時間帯であれば、佐谷田の車庫からガソリンスタンドまでは少なくとも10分は必要となる(控訴審において立証予定)。
しかも、ガソリンスタンドでの時刻は、給油伝票での時刻である。すなわち、Yがスタンド付近に到着し、その後スタンドに入り、給油を頼み、店員が車両のガソリンタンクのふたを開けて給油を始めて、31.9リットルの給油が終わるまでの時間もさらに必要なのである。これについて、YS証言によれば、給油自体に要する時間は、1、2分、その前に計算機のところに横付けにして、カードを出し、外設のリーダーで入力し、計算機のところに行って、お客さんに(タンクのキャップを)開けてもらい、給油するまでの時間が別途かかる。それが2、3分だと言う。そうすると全体で3~5分ということになる。しかし、弁護人が行ってみたところでは、給油の量が極端に少ない場合ではガソリンスタンドで車を停止させてから(1.9リットルの)給油が終わるまでに1分強の時間がかかった。このとき店員は車が入るとすぐに車両の運転席側ドアの外に来ており、直ちに給油にかかっている。従って、それにプラス30.0リットルの給油の時間を見れば、ここでは1分半以上の時間が必要となる。」(弁護人『控訴審弁論要旨』)

渋滞はさしてひどくなかったことにしよう。車庫からガソリンスタンドまで裁判官の認定とおり8分で行けたとする。給油その他のスタンドでの行動も効率よく進んで4.5分で終えたことにする。それでも12.5分はかかるのだ。給油伝票に18時34分が打刻されるためには、Y氏はどうしても18時21分30秒という時間に車庫を出発していなければならない。警察が日曜日に実験した計測では6分という値も出ているので、それを採用すると出発は18時23分30秒ということになる。

一方、Kさんが勤務先で同僚と共に警報装置をセットした時刻は18時5分である。Kさんの車庫到着にいたる経緯を、以下、弁護人の控訴趣意書(p11~16)を適宜引用して検討したい。

「そこで、各時刻、時間について見れば、以下のとおりである。
① Kが勤務先を出発した時刻   午後6時4分ないし同6分過ぎ(原判決)
② Kが勤務先から佐谷田の車庫に至るまでの所要時間
甲922号証平成8年9月11日付捜査報告書記載の実験によると 18分58秒ないし20分13秒 
しかし、まずこのうち、①のKが勤務先を出発した時刻というものは、実は勤務先の警報セットの時刻が午後6時5分とされているところ、誤差を考慮して前後1分をとったものである(なおそのほかに警報装置のセットオンから監視装置の情報処理までに20秒を要するとされている)。これはあくまでも警報セットの時刻であって、その時刻にKが勤務先を出発したわけではない。このセット時刻については、甲941号証の捜査報告書があり、これによると、NTTの117の時報を基準として毎月2回定期的にコンピューター端末機内臓のクロックを時刻修正し、さらに毎日誤差確認を行って、60秒以上の誤差を生じていることが判明した場合は、特に修正する規定となっているとされる。ところで、コンピューター端末機内臓の時計は、当然にデジタル時計であるはずで、一方、デジタル時計がほとんど誤差を生じないことは、周知の事実である。したがって、毎日誤差を確認し、60秒以上の誤差が生じたときに特に修正することとなっているというのは、まさに念のための規定であり、現実に、そのような誤差が生じるというわけではない。したがって、誤差なるものはほとんどないと見るのが正しい。」

「一方、この勤務先から佐谷田の車庫までの所要時間の実験では、スタート時刻は、勤務先の前の路上を出発する時刻となっていて、警報セットから、勤務先前路上に至るまでの時間は無視されてしまっている。実際には、「駐車場まで、大体20メートルぐらい離れている。駐車場まで行って、車を門から出して、それから門扉を施錠し、工場の敷地内にあるお地蔵さんを拝んで、それから車に乗る。警報装置をセットして、車で出発するまでの時間が大体2、3分」(KK証言、公判記録2850丁)かかる。従って、この2、3分を加える必要がある。
次に、Kの勤務先から佐谷田の車庫に至るまでの所要時間については、Kの勤務先の門扉前をスタート地点にして3つのコースを用いて行われており、実際にKがどのコースを通ったからは不明であるが、このうちのもっとも短い所要時間を取れば、それ以上短時間で到着する可能性はかなり小さいものと思われ、また仮にそれ以上に短時間で到着したものとしても、この時間(最短で18分58秒)が大幅にさらに短くなるとは思われない。Kには特段に急ぐ理由もないから、むしろ「南幹線」をそのまま進行した可能性が高く、この3つのコースのうち、「南幹線」をそのまま進行したときの第1コースの20分13秒が正しいものと思われる。」

ここでもY氏の行動を観察した場合と同様、Kさんが会社から最短で車庫に着いたと想定して時間を計測してみる。警報装置をセットしたのは誤差を1分とって18時4分だったとする。警報装置のセットオンから監視装置の情報処理までにかかる20秒を計算すると、18時4分20秒。会社を出てそこから約20メートルの駐車場まで行き、車を門から出し、門扉の施錠までの時間を2分として、18時6分20秒。そして運行の最短時間の19分を加えると、車庫到着時間は、18時25分20秒。Y氏は18時23分30秒には車庫を後にしていなければ18時34分の給油ができないのだ。こうしてY氏とKさんが各々あらゆる場面で一切の無駄を省いて敏速一筋の行動をとったとしても、Y氏はKさんの到着を見てはいないということになる。これで、Y氏はKさんと関根氏の会話をどのようにして聞くことができたというのだろう。
第一、Kさんは車庫に着いてから、挨拶の言葉だって交わしただろう。到着するやいなや、いきなりダッジバンに乗り込んで陶々酒を飲み、会話をはじめたわけでもないだろう。この辺りのことについて弁護人は下記のように記している。

「ちなみにYは、Kが佐谷田の車庫に着いてから、Kはその車を車庫に入れ、関根と立ち話をしてからダッヂバンに乗りこみ、そこへYも乗りこんで、その後、しばらく関根がKと話をしたという。ダッヂバン後部座席にKと関根の2入が並んで座って話をしている間に関根が毒入りのドリンク剤をKに勧めたりしていたということにもなっていて、Yは関根の殺害行為についても決定的な目撃をしたとされている。すなわち、Yの供述を前提とすれば、Kが佐谷田の車庫に到着してから、少なくとも何分かの時間の経過があってから、Yは出発しなければおかしいということになる。さらに車庫を出るときのシャッターの開け閉めに要する時間があるほか、ガソリンスタンドに行く前に酒屋に寄って陶陶酒を買い、その店先の公衆電話でN子とS子とに電話をしたなら、この時間の経過も、必要となってしまう。すなわち、Yの供述は、どうあっても時間的に不自然とならざるをえないのであり、関根のKに対するドリンク剤を勧める行為を、Yの供述を前提としては、Yが目撃することなど時間的に到底不可能となってしまう。この時間的不整合に、Y供述の決定的な欠陥が存在するのである。」(弁護人『控訴趣意書』p11~16)

最終的に、Y氏は買い物や電話よりも給油のほうが先だったと供述したことになる。しかし、このような供述変遷は腑に落ちないことである。これが事件など何もない日常生活の一齣だったら後になって「どちらが先だったか」など思い出せなくてもそう不思議ではない。だがこれはY氏の人生を一変させたほどの衝撃的な出来事だったはずである。つい30~40分前まで元気だったKさんがついそこまでの買い物から戻ったら変わりはてた姿で死んでいて、それを眼前に見せつけられたのである。事態の衝撃に加え、関根被告に脅された恐怖のために遺体の解体・遺棄まで手伝わされたというのだから、暢気に買い物をしたり、電話をかけたり、給油をしたりしていた、その30分程の自分の行動が一つひとつ克明にY氏の脳裏に蘇らなかったのだろうか。もう一つ、Kさんと関根被告との間で交わされていた会話の内容についての供述変遷も納得しがたい。このような悲惨な事件にいたる紛糾の種であったはずの犬のキャンセル話が二人の間に出たか、出なかったか、このことはY氏にとっては忘れようにも忘れられるはずがないと思える。
その変遷の理由について、一審・控訴審の弁護人は、ガソリンスタンドの受領伝票と、警報セットの時間が客観的証拠として明らかになったためであるとしている。供述をそれに合わせる必要があるからだと言うのだが、これは適切な推測だろうと思える。また、Kさんの到着後、Y氏が車庫を出発するまでの時間を5分としたのは、Kさんの警報装置のセット時間を即退社時間と勘違いして計算したために狂いが生じたのだろう、と推測しているのも的確ではないだろうか。

この問題について、一審判決文は下記のように認定している。

「ところで、各被告人の弁護人らは、「Yは、Kが佐谷田の車庫に来てから5分位して関根の指示により車(ミラージュ)で出発し、N工業西熊谷給油所で給油をしたと供述しているが、検察官請求の証拠によると、Kは当日の午後6時4分ないし同6分過ぎころに熊谷市大字三ケ尻○○番地所在の同人の勤務先を車で出発して佐谷田の車庫に向かい、またYは午後6時34分に同市大字村岡△△番地所在の右給油所に右ミラージュで立ち寄って給油したことになるところ、Kの勤務先から佐谷田の車庫までは普通に走行しても20分近くかかるのであり、また佐谷田の車庫から右給油所までは3キロメートル以上あることからすれば、Yがそのような時間に給油のため立ち寄れるはずもなく、このことは右Y供述が虚偽である何よりの証拠である。」などと主張している。確かに、Kが概ね右の時刻に勤務先を出て佐谷田の車庫に向かったこと及びYが当日万吉犬舎に乗ってきた前記ミラージュが午後6時34分ころ右ガソリンスタンドに現れ給油をして立ち去ったことは証拠上動かしようのない客観的事実であるところ(したがって、この間の時間はせいぜい30分位ということになる。)、捜査車両を使った走行実験によれば、Kの右勤務先から佐谷田の車庫までは車で概ね19分程度、佐谷田の車庫から右ガソリンスタンドまで概ね8分程度かかることが確認されており(甲941ないし944参照)、これにYの言う5分位を加えると、32分位という数値が算出されるから、Yが午後六時三四分位までに給油を終えることは不可能のようにも見える。しかしながら、Kの車が(勤務先を出て途中で同社従業員であるKK運転の車と別れてから)佐谷田の車庫に至るまでどの道を走行して来たのか、KやYの車が走行した道路の犯行当日のその時間帯の道路の現実の混み具合等がどのようなものであったのか等については不明なのであるから、右の実験結果はもとより一応の推定値に過ぎず、Kの車やYの車が実際に走行した際の所要時間とある程度の誤差がありうることはむしろ当然であり、またYの言う「Kが来てから5分位経ってから出発した。」というのも多分に感覚的なものであることも明らかであるから、弁護人らの指摘する右の点は、何らY供述の真実性を損なうものではないといわなければならない。それどころか、僅か2分位の差しかないという両者の数値の近似性を考えれば、むしろ逆に、右指摘の点はY供述が真実であることを強力に裏付けているといいうるのである。しかも、前記のとおり、関根自身も「YはKが佐谷田の車庫に現れた当時自分と一緒にそこにいた。」旨断言しているのであるから、これらの事実を総合して考えると、Kが来た後に関根の指示で佐谷田の車庫からミラージュを運転して給油等に出かけたとするY供述が真実であることはいささかも疑う余地がないといわなければならない(そして、当然のことながら、この事実からすれば、Kが来てからYに給油等に行くように指示したことはなくYが出かけたこともないとする関根供述は全く信用することができず、そうなると、Yが車中でのKとの話し合いの席に終始居合わせた上同人が眠りかかった隙に絞殺したという関根の弁解は根底から完全に崩れ去ってしまうこととなるのである。)。」(『一審判決文』p212~215)

裁判官も検察官同様、「会社を出てそこから約20メートルの駐車場まで行き、車を門から出し、門扉の施錠をし、工場の敷地内にあるお地蔵さんを拝む」2、3分を無視している。給油が絶対的に要する時間も無視。また裁判官は「Yの言う「Kが来てから5分位経ってから出発した。」というのも多分に感覚的なもの」と述べているが、この「5分」は、当初の15~20分から10分になり、数多の変遷の末に辿り着いた「5分」なのである。裁判官がこのことを知らないことはないはずである。「Kの車やYの車が実際に走行した際の所要時間とある程度の誤差がありうることはむしろ当然であり」との認定も、上記の計算はすべて実験結果のうちあえて最短時間を選択して計算していることを念頭に置けば、裁判官としてあまりにも不合理・不公平な認定であるとしか言いようがない。まして「弁護人らの指摘する右の点は、何らY供述の真実性を損なうものではないといわなければならない。それどころか、僅か2分位の差しかないという両者の数値の近似性を考えれば、むしろ逆に、右指摘の点はY供述が真実であることを強力に裏付けているといいうるのである。」という認定にいたっては、ただ茫然として言葉がない。裁判官のこの見解は、たとえば朝8時発の列車が定刻通りに発車したとして、その発車時刻に遅れたのがたった2、3分なら、間に合ったも同然だ。そういう場合は、乗れたことにしても、なんら不都合はない。それで立派に通用する。このように述べているに等しい。だが駅に8時2分に着こうが、9時に着こうが、8時に出発した列車には遅れたら最後、誰も決して乗れないのである。この判決文は、死刑事案だというのに、当然計算に入れるべき時間も無視して組み入れず、そのうえ、少し丁寧に見たら誰もごまかされるはずのない詭弁のような論理を手品のように並べてもっともらしく見せているように思えるのである。
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