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殺害したEさんとWさんの遺体解体の様子を描きだすY氏の供述内容については、真偽を慎重にみきわめる必要があると思う。Y氏は死体損壊・遺棄による「実刑3年」の判決を受け、満期出所した後、新潮社から事件について叙した著書『共犯者』を刊行している(後にほぼ同内容の本が、表題も著者名も変更されて角川書店から文庫で出版されている。こちらは題名『愛犬家連続殺人』、著者名「志麻永幸」)。取調べや法廷での供述と著書の内容には数々の相違・矛盾点があるが、これについては以前にこちらで指摘した。今回は、Y供述の中身およびこの供述に対する裁判所の認定に的をしぼって検討してみたい。最初に解体現場における風間さんの振る舞いについて述べたY氏の供述を判決文から引用する。

「翌日の午前2時ころ片品村の自宅に着くと、三人でEとWの死体を家の中に運び込み、まずEの死体を風呂場の中に入れて、関根と風間の二人で解体を始めた。自分は解体作業に携わっていない。二人は風間が帰るまでずっと風呂場で作業をしていた。そのとき風間は、派手な花柄のスパッツを着用し、派手なラメ入りのサンダルを履いており、演歌を鼻歌まじりに口ずさみながらEの死体を細かく切り刻んでおり、「ちんちんは気持悪いから、あんたやってよ。」などと関根に言っていた。風間については普段は口数の少ないお嬢さんタイプの女性だと思っていたので、これを見て本当にびっくりした。風間は、午前5時ころになると、「これで帰るから。」と言って、出て行ったが、そのとき風呂場の出入口付近を見ると、肉片や内臓等が入っていると思われる黒いビニール袋が6個位置かれていた。関根は風間が帰った後も作業を続けており、二人の死体を完全に解体した。二人の骨、衣類、所持品等は自分が関根の指示でドラム缶の中で燃やして灰にしてしまった。」(『一審判決文』p104~105)

これに対して裁判所は次のような判断を示している。

「Y供述の内容は、「風間は派手な花柄のスパッツや派手なラメ入りのサンダルを履き、鼻歌まじりに演歌を口ずさんだりしながらEの死体を細かく切り刻んでいた。このような風間の姿を見て本当にびっくりした。風間は、関根に対して『ちんちんは気持が悪いからあんたやってよ。』などと言っていた。また、風間は、午前5時ころになると用事があるからとしてさっさと一人で先に帰ってしまった。」などというもので、この世のものとは思えない凄惨な光景を極めて具体的かつ写実的に描写し、まさに経験した者でなければ語れないような臨場感を備えており、これが極めて高い信用性を有していることは明らかである。そして、関根供述の内容も、「Eの死体を解体するのは自分と風間がやったが、風間は自分に指示命令されてやったのではなく、本人の意思で進んでやっていた。風間はEの下半身を解体しており、その陰茎を含む部分を四角に切って、『それ以上は切れない。』などと言って自分に渡してきたことがある。風間は、午前6時ころになって、『用があったら電話して下さい。』と言って一人で先に帰って行った。」などというものであり、右Y供述を裏付けているのである。」(『一審判決文』p351~352)

この場面はY氏の著書のなかで最も話題になった箇所のようで、ネットでもこれに言及した記事を二、三度、見かけたことがある。裁判官は、Y氏のこの供述について、上記のように「この世のものとは思えない凄惨な光景を極めて具体的かつ写実的に描写し、まさに経験した者でなければ語れないような臨場感を備えており」との判示をしているが、この判断は正鵠を得ているだろうか? 私にはこの供述はまったく現実性を欠いた、どんなお手軽なテレビドラマにも使えそうにない非現実的ストーリーのように感じられる。これは人間を殺害した後の遺体の解体処理場面というよりは、グループで夏の海辺に遊びにやってきた若い男女の振る舞いであるとでもいったほうがずっと説得的なのではないだろうか。広々とした場所にきて気持ちのウキウキした若い女の子が包丁片手にバーベキューの準備でもしている光景のように思える。実際、そういう場面ならばテレビや映画やまた現実においてもどこかで見たことがあるような気がする。Y氏の本を読んだ人でこの場面について真に迫っているという人がもしいるとすれば、もしかすると過去にどこかで見たそのような場面の記憶を無意識のうちにY氏の描写するこの解体場面に投影させることで錯覚や混同のうちに納得した気になっているにすぎないのではないだろうか。一考の必要があると思う。キャンプ場でのバーベキュー作りになら、派手な花柄のスパッツに着替えたり、ラメ入りのサンダルを履いたり、演歌を口ずさみながら豚肉を刻んだりしても不思議はない。けれども、深夜、民家の狭い浴室で死んだばかりの(殺害に関与したにせよ、しなかったにせよ)二人もの人間の遺体を解体するというのに、人間、どういうわけでキャンプと勘違いしたかのような恰好に着替えたり、歌を歌ったりする気になるだろうか。風間さんは気が狂っているわけではないのだし、風間さんを知る多くの人の法廷証言でも、風間さんが常日頃突拍子もない行動などとは縁遠いタイプの堅実・実直な人柄だという点では見解の一致しているところなのである。また、このような場面の証言をしている当のY氏自身にしてからが、一方で、風間さんについて「人を殺せるような人間ではない」「人殺しには絶対に加わらないと思うし、前もって知ったら止めろという人間だと思う」と述べている。これは取調べ段階での供述であるが、出所した後証言台に立った時には、「死刑と聞いた時びっくりした」「人も殺してないのに、何で死刑になるの」「早く釈放すべきである」とまで述べているのだ。Y氏のこの証言は、前にここで述べたことだが、Wさんの死因について風間さんは「関根とYがWの首に紐のようなものを掛けて、(略)引っ張り合」ったと、Y氏が絞殺している現場を自分は現認したと明確に述べているにもかかわらずなされているのである。こうして経過をたどりくると、裁判所の認定はいっそばかばかしいとさえ言えるものではないだろうか。弁護人は下記のような指摘をしているが、大変現実的な意見だと思われる。

「Yによれば、被告人風間が浴室内で着替えたのであろうとのことであるが、Eの遺体が搬入されて極めて狭くなっている浴室内で、これからEの遺体を解体しようとするに先立ち、そのような衣類に着替える必要性は全くないと考えられる。/また、水商売の女が履くようなラメ入りのサンダルという点については、(略)狭い浴室内で、遺体を解体するにあたり、ゴム長靴等ならまだしも、不安定で転倒の危険さえあると考えられる水商売の女が履くようなサンダルを履く必要性はなく、また極めて不合理な行動ということができる。/さらに、Yの供述によれば、被告人風間は、スパッツを着用したままでY方を後にしたということであるが、このような行動は、解体の際に血液等が付着している可能性があることなどを考えると不自然である。/また、死体の解体時に、スパッツやサンダルを着用等していたということであれば、当然被告人風間の日常生活においても、スパッツ姿や水商売の女が履くようなサンダルを履いていることが目撃されなければならないと考えるが、被告人風間のそのような姿を目撃した旨の証拠は、一切存在しない。」(『一審弁論要旨』p475~476)

苦笑させられるのは、裁判官の次の見解である。上記のY供述に対して、裁判官が「経験した者でなければ語れない」「具体的かつ写実的」「臨場感」などという評価をくだしているということは、風間さんが「死体の解体時に、スパッツやサンダルを着用」したり、演歌を口ずさんだりするような意味不明かつ非常識な行動をする人間と認知しているということであろう。ところが、風間さんが早朝一人でY宅から帰って行った理由については、

「風間は、死体解体の手伝いに出かけるにしても、子供達の世話やアフリカケンネルの業務のことを考えれば、翌朝早いうちに熊谷に戻っていなければならなかったのである。」(『一審判決文』p353~354)

と、一転して急に日常的・現実的な判断を示すのである。こういう異常な状況下においても、風間さんが子どもたちの世話をはじめとした家事や仕事への考慮を忘れないだけの分別を持っている人物と判断するのなら、なぜ、遺体解体現場での「花柄のスパッツや派手なラメ入りのサンダル」や「演歌」などという誰が見ても突拍子もない証言を一も二もなく事実と決めつけ、「凄惨な光景を極めて具体的かつ写実的に描写し」云々と評することができるのだろう。不可解なことである。判決文は、被害者であるWさんが走行中の車内で絶命する場面についてのY氏の次の供述

「関根の指示に従って車を走らせていたところ、靴を履いたまま助手席のダッシュボードに足を乗せて座っていたWが突然呻き声をあげて体を突っ張らせ、痙攣硬直してそのまま死んでしまった。そのときWがダッシュボードに乗せていた両足を突っ張らせたため、フロントガラスの左下の二か所の部分がひび割れた。しかし、関根と風間は、この光景を見ても驚いた様子は全くなかった。」

に対しても、

「右供述は極めて具体的で恐ろしいほどの迫真性に富んでいる…」(『一審判決文』p175~176)

と、遺体解体の場面に対するのと同内容の判断を示してY供述の信憑性を強調する。一方、同じ場面についての風間さんの次の供述――先程述べたWさん殺害の場面についての供述であるが、

「関根の指示で4、50分位車を走らせていたが、病院などない荒川沿いの人気のない夜道を走っているうちに関根とYがWの首に紐のようなものを掛けて、『掛かったか。』などと言いながら、『せえの。』などとかけ声を出して引っ張り合っていた。そのときWの両足がダッシュボードの上にせり上がって両足が窓ガラスに当たってひび割れ、Wはその場で死んだ。」

に対しては、

「とにかく病院に行こうと思って夢中で病院などない道を運転走行していたなどとする点は作り事としか思えないし、関根とYがWを絞殺したとして述べている内容も、二人があたかもゲームでもしているかのような様子で首を絞めていたと言わんばかりの極めて不自然なものであって、前記Y供述と対比しておよそ真実味に欠けている。」

と判示する。「『掛かったか。』などと言いながら、『せえの。』などとかけ声を出して引っ張り合っていた。」という光景は実際異様きわまりない。けれども、事件を追うなかで見てきた関根氏のきわめて特異な性向――たとえば,判決文も明記しているように、法廷証言においても殺害した被害者の遺体を焼却してなきものにすることを「ボディを透明にする」などと述べていることに象徴される――を考慮に入れると、これは関根氏の行為として現実にありえないことでは決してないだろうと思う。そう考えると、この光景は「ゲームでもしているかのような様子」とは様相を異にしたものに感じられてくる。私にはこれは言いようもなく凄惨な光景に映る。「ゲーム」というなら、むしろ「風間は派手な花柄のスパッツや派手なラメ入りのサンダルを履き、鼻歌まじりに演歌を口ずさんだりしながらEの死体を細かく切り刻」む行動のほうがはるかにゲーム的ではないだろうか。

「このように、Eらの死体損壊遺棄に係わる客観的な情況事実は前記Y供述(及び関根供述)と極めて良い整合を示しているのであり、このことからも前記Y供述等が信用できることは疑う余地がないのである。
しかして、右のとおりY供述(及び関根供述)が信用できるのであるから、これと全く相反する風間の前記弁解が信用しえないことはいうまでもない。
そして、右情況事実の示すところと現に風間が死体解体作業に従事したという前記Y供述等を併せ考えると、風間がY方に同行したことや、朝方熊谷に帰ったことはもちろん、Y方で関根とともに死体解体作業に従事したことも全て予定の行動であったと認められるのであって、このことは、風間が関根とEらの殺害等について綿密かつ詳細な謀議をしていたことをよく物語っているのである。
また、信用できる前記Y供述の内容に照らすと、風間がEに対していかに凄まじい敵意と憎悪の念を抱いていたかを如実に看て取ることができるのである。」(『一審判決文』p354~355)

この判示を見ると、「この世のものとは思えない凄惨な光景を極めて具体的かつ写実的に描写し、まさに経験した者でなければ語れないような臨場感を備えており、これが極めて高い信用性を有していることは明らか」であるので、Y供述は信用でき、疑う余地はない。ゆえに,これと相反する風間供述は信用できるはずがない。信用できるY供述から推測すると、「風間がEに対していかに凄まじい敵意と憎悪の念を抱いていたかを如実に看て取ることができる」。判決文はこのように述べているのであるが、これはYの語ることは絶対に正しいという前提条件があって初めて成立する論理である。

Kさん殺害の現場に居合わせず、遺体解体にも関わっていない風間さんが、今回初めて直接殺害に関与し、こうして遺体解体までするというのに、これほどまでに気軽、大胆、平然と行動におよぶのは人間心理に照らしていくら何でも妙ではないか、奇怪であり非現実的すぎるではないかという基本的疑問に対して裁判所はどう応えるのだろう。裁判所が風間さんによる「E氏への敵意や憎悪の念」をどんなに強調しても、事実としてそのような敵意や憎悪をいだいていたという証拠は一切なく、したがって当の判決文においても具体的なことは何ら示されていないのである。

ここで、証拠不十分として立件が見送られた「M事件」のことが思いだされる。判決文は、昭和59年(84年)に関根氏が引き起こしたのではないかと疑われているMさん殺害事件に言及し、そこで風間さんのこの事件への関与を執拗に匂わせ、暗示していた。しかし、関根氏から万吉犬舎に呼び出され、頼まれてMさんの遺体の焼却を自分が行なったと法廷で証言した人物は、風間さんのM事件への関与およびその可能性について聞かれ、躊躇なく明確にこれを否定しているのだ。ところが、判決文はこの証人の明確な否定をあろうことか肯定に変え、それを根拠としてのこれは暗示なのである。遺体解体はこの「M事件」ですでに経験済みということで、E・Wさんの遺体解体現場における風間さんの奔放な行動も説明できると言いたいのではないかと思われる。でもこれでは被告人は法による裁きをうけているとはとうてい言えないだろう。疑問は尽きない。
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2010.01.22 Fri l 埼玉愛犬家連続殺人事件 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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