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95年に結成された「女性のためのアジア平和国民基金」について肯定的に語る声を過去私はあまり聞いたことがなかった。戦後補償運動に携わる人々の間での実態はよく分からないが、一般市民レベルでは概して不評、そういってよかったと思う。私もこの「呼びかけ文」を呼びかけられる側の一人としてはじめて読んだ時、読む者にひどくストレスを感じさせる自分本位の言い分だと思った。その後、拠金が思うように集まらなかった、多くの被害者に基金の受け取りを拒否されたと聞いても、必然の結果であろうと受け止めてきた。呼びかけ文の一部を下記に引用すると、

「この戦争は、日本国民にも諸外国、とくにアジア諸国の人々にも、甚大な惨禍をもたらしました。なかでも、10代の少女までも含む多くの女性を強制的に「慰安婦」として軍に従わせたことは、女性の根源的な尊厳を踏みにじる残酷な行為でした。こうした女性の方々が心身に負った深い傷は、いかに私たちがお詫びしても癒やすことができるものではないでしょう。しかし、私たちは、なんとか彼女たちの痛みを受け止め、その苦しみが少しでも緩和されるよう、最大限の力を尽くしたい、そう思います。これは、これらの方々に耐え難い犠牲を強いた日本が、どうしても今日はたさなければならない義務だと信じます。」

今、あらためて読んでみると、これまでに指摘され言い尽くされてきたことかと思うが、文面から主語が完全に抜け落ちていることに気づく。「この戦争」を起こしたのは、誰なのか、「多くの女性を強制的に「慰安婦」として軍に従わせ」、「女性の根源的な尊厳を踏みにじる残酷な行為」をしたのは誰なのか、みな主体が曖昧である。どうも「戦争」こそが主体だと言っているようにも読める。このような仕掛けというか形式によって、「いかに私たちがお詫びしても癒やすことができるものではない」「私たちは、なんとか彼女たちの痛みを受け止め、その苦しみが少しでも緩和されるよう、最大限の力を尽くしたい」という文章が示す「お詫び」し、「痛みを受け止め」、「その苦しみが少しでも緩和されるよう、最大限の力を尽く」さなければならないのは、「私たち」日本国民だということになり、その唯一の方法が、拠金をし、被害者に届けることであると述べているように読める。そのため、これにつづく「これは、これらの方々に耐え難い犠牲を強いた日本が、どうしても今日はたさなければならない義務」であるという文章のなかの「日本」は、「日本国家」でも「日本政府」でもなく、「日本国家と日本国民」または、「日本国民のみ」を指しているように受け取れる。この記述は、下記の結論めいた文章に帰結する。

「「従軍慰安婦」をつくりだしたのは過去の日本の国家です。しかし、日本という国は決して政府だけのものでなく、国民の一人一人が過去を引き継ぎ、現在を生き、未来を創っていくものでしょう。戦後50年という時期に全国民的な償いをはたすことは、現在を生きる私たち自身の、犠牲者の方々への、国際社会への、そして将来の世代への責任であると信じます。/この国民基金を通して、一人でも多くの日本の方々が償いの気持ちを示して下さるよう、切に参加と協力をお願い申し上げる次第です。」

ここで初めて「「従軍慰安婦」をつくりだしたのは過去の日本の国家です。」と国家の責任が明示されるが、その国家の果たすべき具体的責任は一切問われず、何ら言及もされず、日本国民の一人一人に対して「過去を引き継ぎ、現在を生き、未来を創っていく」責任を問い、「全国民的な償いをはたすこと」が、「犠牲者の方々」への、「国際社会」への、「将来の世代への」務めであるという託宣がなされる。被害者は、「慰安婦」制度を作った日本国家の責任を問うて名乗り出てきたのに、肝心要の被害者のその基本的姿勢に対する言及はなされない。償い金を届けさえすれば、受け取ってもらえることは自明のことであるかのようである。政府が負っている責任の実体は問われず、能うかぎりやさしく労られているように見え、ここには、結果として、1945年の敗戦後、最大の戦争責任者である「国家」とその頂点に位置する天皇の責任について何らの言及もしないまま、国民に対して「一億総懺悔」を述べた人々が用いた論理と似通ったものがあるように思える。国家や政府の責任を問わないまま、国民に対して「犠牲者の方々への、国際社会への、そして将来の世代への」責任を問うたり、説教したりするのは筋違いであろう。もちろん、「一億総懺悔」の場合とは異なり、「国民基金」の人々が善意の持ち主であることは疑わないが、こういう呼びかけ文を作ってしまうのは、自分たちの善意を微塵も疑わないところからくるのではないかという思いは否めない。

また呼びかけ文には「全国民的な償い」という言葉が使われているが、戦後補償運動関係者やよほどこの問題にふかい関心をもった人以外の日本国民のほとんどは、「慰安婦」制度が作られた経過や、どのようにして女性たちが集められたのかという基礎的事実についてほとんど知識をもっていないのである。「償いをせよ」というのなら、「呼びかけ文」は、まずその実態について国民に正確な知識を与え、一人一人が償いをしなければならない根拠を示すべきなのに、それはなされず、むしろ曖昧にやり過ごそうとしているように見える。そもそも、当たり前のことだが、政府予算は政府が稼ぎだしたものではなく、日本の住民一人一人が納めた税の集積なのだが、それには手をつけずに拠金を募ることについての説明らしきものは「日本という国は決して政府だけのものでなく」という言葉で責任をとるべき主体を政府から国民に転嫁しているように思える。このような姿勢・態度で「拠金」を募ろうとする、募ってもよい、これで拠金をしてもらえるとする考えが初めからおそろしく甘いし、不遜でもあると思う。「国民基金」は、拠金を届ける先の被害者の意思や心情についても、拠金をする側の日本国民のそれについても正確な判断ができなかったということになると思う。

どうしてそのようなことになったかの原因を考えると、市民団体や個人が、責任を負う姿勢も自覚も不十分な政府に対し、それと対峙する姿勢や覚悟を欠き、あまつさえその政府と共同でこのような難題に取り組もうとすると、悲惨な結果になるということではないだろうか。1、2年前、「国民基金」の代表的存在だった大沼保昭氏の著書「慰安婦」問題とは何だったのか」(中公新書・2007年6月)」を読んだ後では、とりわけつよくそう思った。これほど鉄面皮な、といっては言い過ぎか、完全な自己肯定、自画自賛を内容とした本はそうそうないのではないかと私はその時感じたし、今でもその思いを拭えない。きっと大沼氏と同じような考え方をしている人は他にも存在するのだろう。そういう人でもこのようなことを書けば他人にどう受け取られるかという判断のもとにおそらくは控えるであろうと思えることを大沼氏は堂々と書いている(「はじめに」からして私は度肝をぬかれた)が、その点、他人の思惑を慮って控える人よりは、大沼氏は正直といえば正直と言えるのだろうか? 例をあげれば、「償い金の額をきめて個々の被害者に手渡しはじめたあとで受け取りを希望する元「慰安婦」が続出して、償い金が足りなくなったらどうするのか。この不安も大きかった。」、「基金設立時の呼びかけに応える国民の熱気が冷めないうちに一刻も早く基金を財団化して寄付金への税の免除措置を、と日々焦燥を募らせていたものとしては、……」などと平気で書いているのである。被害者に対しても、日本国民に対してもこの考え方がどれほど非礼であることか本人は気づかないのだろう。とにかく書かれている内容に驚かされることの連続であった。

それでもこれまで私は、「『慰安婦』問題とは何だったのか」について、感想を述べようなどとはまったく考えていなかった。本の問題性を指摘してもしかたがない、通じるはずがないという無力感に似たものをおぼえさせられていた。言葉づかいや手法の問題ではなく、ものごとの根本的な観方・捉え方に関する問題だと感じられたからである。また、「国民基金」に対してこのような見方を多くの人が共有していると思っていたためでもあった。

ところが、ところが、である。最近、「国民基金」や大沼保昭氏に対して、否定一辺倒ではなく、新たな角度から検討し、見直そう、というような声をチラホラ聞くようになったのだ。こちらのブログを読ませていただいたところ、『戦後責任論』や『靖国問題』の著者である高橋哲哉氏もそのような人の一人であるようなのである。そこで『世界』1月号に掲載されている高橋氏のインタビューを見てみると、確かにかつてとは論調が異なっている。時とともに考えが変化すること自体は人間当たり前のことではあるのだが、問題はその論調の変化がその人の基本的なものの考え方や思想を形成していたはずの核心部分における変貌であり、後退・変質のように見えることである。唐突な感想のようだが、“高橋氏までも!”という思いを禁じえなかった。ここ数年顕著になったことだが、これまで公言していた根本原則をいつの間にやらひそかに、あるいは平然と変えてしまう学者やマスコミ人が続出するようになった。どうしてこんな事態になったのか、実に呆気にとられるばかりである。2年ほど前、辺見庸氏の講演を聞きに言った時(演題は「死刑廃止」に関するもの。)、辺見さんは終わりに近くなってから何人かの政治家やマスコミ人の悪口をあけっぴろげな調子で述べた後、「すばらしい学者だと思っていた人が、近頃コマーシャルに出ている」といかにも落胆した口調で話していた。あまりテレビを見ない私は誰を指しているのか分からなかったが、後で連れの友人に訊くと「カンサンジュンでしょ」という話であった。確かに、姜尚中氏の場合も最近の発言の変容ぶりには驚かされることが多い。現代日本においては、マスコミで活躍するような人はみな初めから知性といえるほどの知性などもっていないということなのだろうか。それともマスコミの世界で生きていくためには日本ではもはやこのようないき方しかないのだろうか。雑誌などに登場する人で年齢・経験を増すにつれ成熟・発展を感じさせる人は最近ほとんど皆無のように思える。少し前までこんなことは想像していなかった。戦前・戦中の知識人の転向や戦争協力には、天皇制下の治安維持法や、一方「アジアの解放」という宣伝文句の浸透など複雑な側面もあり、体制の側に巻き込まれた人に同情してしまう場合もある。知識人ではない私などにしても当時を生きていたならば同じ経緯を辿ったかも知れないとも思う。しかし、日本は現にあれだけの悲惨かつ悲劇的な歴史をもっているのだから、もう二度と同じ言いわけは通用しないと思うのだが…。さて、高橋氏は次のように書いている。

「 論争的な本についてはきちんと検証する場が必要で、ここでは感想のみにとどめざるをえません。先ほども一例をあげたように、大沼氏の議論には同意できない点もありますが、国家補償論の立場から一刀両断に否定することのできない論点も提起されていると思います。事業が終了したアジア平和国民基金について、何の成果もあげなかったといま私は言うつもりはありません。大沼氏が指摘するように、被害者の意識や要求が多様であったことは事実でしょうし、首相の「お詫びの手紙」や「償い金」を受け取り、それに慰籍された被害者の方がいたとしても不思議ではないでしょう。しかし、大沼氏も「結果責任」を主張していますが、結果的に、同基金が、日本政府が国家補償をしないで済ませるための隠れ蓑として機能してきたことは認めざるを得ないのではないでしょうか。村山政権のあと、自民党政権になったことも影響しているでしょうが、基金の設立後、政府が不作為であったことは大沼氏も認めています。
 法的責任を重視して国家補償を求め、アジア平和国民基金を批判してきた私たちが、国家補償を実現できていないことは批判を受けて当然です。国民基金を拒否し、国家補償も受けられずに亡くなっていった被害者の人たちに、いま、どんな言葉をかければよいのか。」

上の文で、高橋氏が大沼氏に「同意できない点」として挙げている「一例」とは、大沼氏が「日本という国家」について述べている次の文章である。

「白人支配・欧米人優位の現実と神話が支配した19世紀から20世紀の世界において、そうした白人支配・優位を打ち破るのに大きな功績があり、限りない希望を世界の諸民族に与えた国家である。」/「『慰安婦』制度とは、そうした優れた国、世界に誇るべき数々の美点をもつ日本が、たまたまある時期犯してしまったひとつの過ちであり、負の遺産である」

大沼氏は上記のように述べているらしい。らしい、と言わなければならないのは、私は「「慰安婦」問題とは何だったのか」を図書館から借りて読んだのだが、実はこのような記述があったことを記憶していない。気になった箇所をコピーしたのに、そのなかにこの文は含まれていなかった。おそらく見過ごしたのだと思うが、これを読むと、大沼氏は「慰安婦」をめぐるこの問題には関わらないほうがよい人だったのではないかという気がする。高橋氏は、「この文章に現れている感覚を私は共有できません。大沼氏はそうではないはずですが、韓国や台湾における「慰安婦」問題が、「戦争責任」の問題としてだけではなく、長い植民地支配のもとで生じた問題としてあることが抜け落ちてしまう傾向があります。」と、あえて「大沼氏はそうではないはずですが」と断っている。これは大沼氏への配慮だろうか、それとも精一杯の皮肉なのだろうか? 中塚明氏は、『司馬遼太郎の歴史観』(高文研2009年)のなかで、インドの政治家ジャワーハルラール・ネルーが日露戦争における日本の勝利について述べた言葉を引いている。

「 日本のロシアにたいする勝利がどれほどアジアの諸国民をよろこばせ、こおどりさせたかを、われわれはみた。ところが、その直後の成果は、少数の侵略的帝国主義諸国のグループに、もう一国をつけくわえたというにすぎなかった。そのにがい結果を、まず最初になめたのは、朝鮮であった。日本の勃興は、朝鮮の没落を意味した。」(『父が子に語る世界歴史』)

日本について「白人支配・優位を打ち破るのに大きな功績があ」った、「限りない希望を世界の諸民族に与えた国家である」などと考えているのは、日本人だけ。それもほんの一部の人だけではないのだろうか。加藤周一も『日本はどこへ行くのか』において、アジア諸国の大学で教鞭をとった経験によると思われるが、次のように述べている。

「 東南アジアは根本的には韓国、中国と同じです。インドネシアでも、タイでも、マレーシアでも同じだと思いますが、ただちがいもあります。日本の経済的な力は、中国を支配してはいないけれど、東南アジアではかなり強い。戦争の過去から来る反感と現在の日本との経済的結びつきから受ける利益とが競合している。だから、東南アジアの国々の企業の社長や政府の役人に会えば、反日的なことをいう人は少いでしょう。しかしタイでさえ、大学に行って学生と話せば、日本批判は激しい。おそらくマレーシアやインドネシアではさらに猛烈でしょう。(略)/ 中国でも対日批判は厳しい。政府間交渉とかビジネスの交渉の話は知らないけれども、大学のなかの学生乃至教師と接触すると、日本批判の鋭いこと、深いことがわかります。親日的な日本学者でさえもそうです。もちろん日本人がみんな悪いといっているわけではない。しかし侵略戟争の過去にどう対応しているか、南京虐殺に関してどう考えているのかということで、日本人を二つに分けてつき合っているのではないかと思うほどです。私の印象では、日本のことを研究し、日本学の専門家であるような学者で、かなり親日的な人でも、南京虐殺に日本人がどう反応するかで扱いがちがってくる。そのくらい激しいものです。おそらく大学の教師および学生でそういうことを考えていない人はいないのではないかというぐらいの印象をもちました。」

日高六郎が「個人的な感想」として20年近くも韓国の獄中に囚われの身になっていた徐勝さん出獄のさいに述べたこんな言葉も思いだされる。

「 1945年、敗戦の11月にアメリカから連合国の賠償使節団としてポーレー(エドウィン・W・ポーレー)という人が日本に来ました。ポーレーはその報告の中で、敗戦日本は日本が侵略したアジアの諸国、朝鮮も含めたアジアの諸国の民衆の生活水準よりも高くなることは許されないというふうに言いました。道義的にこのことに対して反論できるでしょうか。」

このような数々の証言を前にすると、日本が「19世紀から20世紀の世界において、そうした白人支配・優位を打ち破るのに大きな功績があり、限りない希望を世界の諸民族に与えた国家である」などという大沼氏の言葉は、あまりにも虚しいし、これでは「国民基金」が国内外でさまざまな軋轢を引き起こしたのは必然だったろうと思う。

高橋氏の発言に戻ると、氏は「『慰安婦』問題とは何だったのか」に関連して、「ここでは感想のみにとどめざるをえません」と述べているので、いずれきちんとした検証文が発表されるかも知れないが、このなかで気になるのは、

「 法的責任を重視して国家補償を求め、アジア平和国民基金を批判してきた私たちが、国家補償を実現できていないことは批判を受けて当然です。国民基金を拒否し、国家補償も受けられずに亡くなっていった被害者の人たちに、いま、どんな言葉をかければよいのか。」

と述べていることである。これでは、「国民基金」を拒否した被害者の支援に携わった人たちに対しても責任を負わせるかのような言い分で酷だが、拒否したまま亡くなった被害者に対して礼を失するのではないだろうか。被害者が国家補償も受けられずに亡くなったのは、日本政府が補償しなかったせいであり、高橋氏をはじめとした支持者のせいではない。「国民基金」を拒否した被害者にとっては拒否し通したことはせめてもの誇りであり慰めだったのではないかと私は思うが、それはもし自分が、あるいは自分の家族が被害者の立場だったならば、と考え、想像してみた上でのことである。基金拒否の意思をもっている人にとって、基金を代表する人物から発足にあたって「受け取りを希望する元「慰安婦」が続出して、償い金が足りなくなったらどうするのか。この不安も大きかった。」とか、お詫びの手紙に総理の署名が入ったことについて「その意義は過小評価してはならない」、「そうした重みをもつ決断だったからこそ、(略)橋本首相は被害者個々人宛の総理のお詫びの手紙を書くことについて躊跨し、基金と内閣のあいだに極度の緊張が走ったのである」などの何ともいえない無神経かつ恩きせがましい倒錯発言が出るような性質の「償い金」を受けとって救いになる何ものがあっただろうか。大沼氏は、本のなかでしきりに「お金がほしい被害者」という言葉を繰り返しているが、被害者の人たちが自分のこの発言を知ったらどう感じるだろうとは考えないらしい。人間がある程度集まれば、どんな集団であってもそのなかには経済的逼迫をかかえている人が必ずいる。こういう被害者に関する大沼氏の記述を読んでいると、大沼氏は被害者のその逼迫にいわばつけこんで基金を誇示しているかのように感じられる。これでは被害者のなかにもし経済的に困窮している人がいなかったならば、「国民基金」の存在価値はなかったことを自ら認めていることになるのではないだろうか。それでは償いとはとうてい言えないことになる。私は言葉の壁が存在したことは「国民基金」の活動にとってどれだけ助けになったか分からないと痛切に感じた。

逆に高橋氏に問いたいのだが、基金を拒否して亡くなった被害者の方のなかに生活費にも事欠いている人が現実にいたのだろうか? 何とか食べられ、通院費などに困窮していたということがなかったのなら、拒否し通したほうがまだしも仕合わせだったのではないだろうか。だんだん年をとってきて分かることだが、老齢になると、食うに困るような生活は不安でたまらない。生活の安定はどうしても必要である。しかし、それは必要が満たされる生活であればいいので、その保証さえなされれば、例外はあるにしろ、物質的な欲望はしだいに減少していくのが老年期の特徴である。同時に、自分にとって真に重大なことが鋭く研ぎ澄まされて感じられるようになるのも老年期である。多くの被害者が齢60、70になってから意を決して日本国家の責任を問うてきたのは主にその理由によるものだったのではないかと思う。お金に関していえば、大沼氏は「多様な被害者の認識」という項目にこんなことを書いている。

「 もちろん、すべての被害者が総理のお詫びの手紙を高く評価したわけではない。わたしにとって忘れがたいのは、フィリピンで会ったひとりの元「慰安婦」のケースである。わたしが、「総理のお詫びの手紙はどうでした?」と尋ねたのに対して、彼女は質問の意味が理解できないようだった。話を進めていくうちに、彼女にとっては償い金と医療福祉支援費という「お金」をもらえたことがなによりも大事なことであって、総理からのお詫びの手紙についてはほとんど関心がなかったことがわかった。/これは、総理のお詫びの手紙を喜んでもらえるだろうと考えていたわたしにとって、ひどくショッキングな体験であった。われわれがあれほど努力してようやく勝ち取った総理のお詫びの手紙は、被害者にとって受け取ったことも忘れてしまうようなものにすぎなかったのか。こうした悲しい、というより情けない、気持ちがした。ただ、よくよく考えてみると、このことは総理のお詫びの手紙の問題性を示すというより、わたし自身が言い続けてきた被害者の境遇と考えの多様性のあらわれを示すものだった。」(p188)

「われわれがあれほど努力してようやく勝ち取った総理のお詫びの手紙」という言葉は、日本の総理大臣がいかにシブシブ、イヤイヤ、お詫びの手紙を書いたかという事実を証明するものでしかなく、被害者に対する侮辱になるのではないかと思うのだが、大沼氏にとっては、自分たちの多大な努力を強調するいわば手柄話の一つになっているように感じられる。被害者は「総理からのお詫びの手紙についてはほとんど関心がなかったことがわかった」というが、上記の大沼氏の言い分を見ると、手紙に関心を見せなかったことの理由を、こんなに単純に「お金」のせいにしてしまっていいのだろうか、と思う。またこの被害者の女性が現実に「お金」に非常に困っていたとしても、あるいは困っていたのならなおさら、このような「金がすべて」のごとき解釈をくだすことには問題があるだろう。大沼氏は、自分の母親や妻や娘がもしこのような立場に置かれたらと想像し、考えをめぐらせてみるといいのではないだろうか。

高橋氏は、徐京植氏との対談本である「断絶の世紀」(岩波書店2000年)のなかで「ハムレット」を援用して、次のように述べている。

「 たとえば日本では、元「慰安婦」など名のり出てきた被害者たちに対して、「なぜいまごろ」という声がまずあがった。いまでもそういう感覚が共有されている。しかし、これは時間のズレの問題の露呈なのだと思います。
 私はこの問題を考えるときに、『ハムレット』を思い出すんです。ハムレットは自分の父が亡くなって非常な悲嘆にくれている。亡くなった王の座を叔父のクローディアスが襲い、自分の母ガートルードと、つまり先王ハムレットの妻と結婚してしまう。冒頭で、クローディアスとガートルードが、悲嘆にくれるハムレットを教えさとそうとする場面がある。ハムレットは精神分析的にいうと喪の作業をしているわけです。つまり自分が愛着をもってそれに同一化していたような対象が突然失われた場合、現実を認めたくない、しかしやはり認めざるをえない。それを現実として認めるまでに喪の時間、悲哀の時間を過ごしてそこから立ち直る。
 それに対して新王と王妃は、さっさとその時間を切り上げてしまえというわけです。生あるものは必ず死ぬ、これはわかりきったことではないか、これは人間の運命なのだ、いつまでもそういう悲しみに沈んでいるのは、クローディアスの言葉を使うと、天に背く不遜のきわみ、何より理性、道理に背く罪であるというのです。早く『未来志同一的に生きるのが男らしい態度なのだ、と。まさに自然的時間に戻れとハムレットに言っている。 」

「国家補償を実現できていないことは批判を受けて当然」とか「国民基金を拒否し、国家補償も受けられずに亡くなっていった被害者の人たちに、いま、どんな言葉をかければよいのか」などと述べているところをみると、高橋氏はこのような考え方はもう捨てたのだろうか。「靖国問題」で、「靖国信仰から逃れるためには、必ずしも複雑な論理を必要としない。悲しいのに嬉しいと言わないこと。それだけで十分なのだ」という記述を読んだ時も、私は上記のハムレットについての話を思い起こして意図を理解したつもりでいたのだが。
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2010.01.25 Mon l 社会・政治一般 l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

「国民基金」について
ブログをご紹介くださり、ありがとうございます。
私は、左派の多くは実は最初から「国民基金」の総括ができていなかったのではないか、と疑っていますが、その是非はともかく、左派雑誌・言論人の劣化はすさまじいと思います。

>これでは被害者のなかにもし経済的に困窮している人がいなかったならば、「国民基金」の存在価値はなかったことを自ら認めていることになるのではないだろうか。それでは償いとはとうてい言えないことになる。私は言葉の壁が存在したことは「国民基金」の活動にとってどれだけ助けになったか分からないと痛切に感じた。

本当にその通りですよね。
「国民基金」の存在価値は、日本のアジアへの経済侵略(を所与の前提とする価値観)に支えられているのだと思います。
日本(人)が豊かでアジア(人)が貧しい、という構図が崩れてしまえば、「国民基金」は途端に「現実主義」ではなくなりますから。

逆に言えば、「国民基金」が「現実主義」的であるためには、日本が経済大国であり、アジア各国間および各国内の経済格差が維持されることが、最低限要請されるのではないかと思います。
単純に言えば、例えば朝鮮は分断化されたままの方が、「国民基金」的にはうまく「償える」わけですよね。
いずれにせよ、これを「償い」と呼ぶのは、純粋に言語学的に間違いでしょう。

>「国家補償を実現できていないことは批判を受けて当然」とか「国民基金を拒否し、国家補償も受けられずに亡くなっていった被害者の人たちに、いま、どんな言葉をかければよいのか」などと述べているところをみると、高橋氏はこのような考え方はもう捨てたのだろうか。

最近の発言はクロノロジー的ですよね。
高橋に限らないですが、最近は著者名を見ないと誰の発言だかさっぱりわからないような、似たような言説ばかりが流通しているような気がします(左派系ブログも、半分くらいは同じ人が書いていてもおかしくないような・・・っておかしいですけど)。
2010.01.25 Mon l m_debugger. URL l 編集
Re: 「国民基金」について
media debuggerさま

『国民基金』を見直す動きがあるというというので、大沼氏の本の感想を書いておこうと思ったのですが、ホントに「横板に雨垂れ」ですみません。「「慰安婦」立法と「国民基金」の連続性を問う」は、難しい問題をふかく分析して書いていらっしゃって、いろいろ教えていただきました。最初読ませていただいたときに、とても気になった(というより、本心は「またか」と思った)のは下記の文章でした。

>従来「国民基金」に対抗してきたはずの戦後補償運動関係者の多くが、これらの法案の性質を明らかにしないまま、あたかも法案を成立させることが「問題の解決」になるかのように、世論を誘導していること自体、極めて危機的な現象であり、本稿でも彼ら・彼女らの言説を直接批判する必要があると考えた。本稿が日本の戦後補償運動の現在位置をめぐる議論の一助となれば幸いである

どんな団体にしても同じだと思いますが、特に「促進法」のように著名な呼びかけ人を揃えて一般市民から署名を集めるという場合に要求されることは、その趣旨や目的が誤解の余地なく明確であることだと思うんですね。呼びかけるほうはこと呼びかけの内容に関しては徹底的に正直でなければならない。「これらの法案の性質を明らかにしないまま、あたかも法案を成立させることが「問題の解決」になるかのように、世論を誘導している」というような疑いをもたれること自体が恥だし、最低だと思いますが、実は蔓延しているんですよね。こういう兆候がはびこっていることにハッキリ気づいたのも、佐藤優氏が登場してからのことでした。深くひそかに進行してはいたのだと思いますが。まるで三流政治家のまねごと、恥ずべきことであることを自覚してほしいと思います。「促進法」の関係者には、「連続性を問う」の批判に応答してほしいですね。特に高橋氏に。

>最近は著者名を見ないと誰の発言だかさっぱりわからないような、似たような言説ばかりが流通しているような気がします
読んで、「発見」とか「啓発」されたというような感想をもてるライターや学者の文章に出会うことはほとんどないように思いますね。それでは本人も書く喜びはないだろうに。私は貴ブログを初めとした、独立精神の感じられる個人に期待します。
2010.01.26 Tue l yokoita. URL l 編集

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