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「 小学校でも中学校でも、子供は授業時間が終って休憩時間になると、一斉に生き生きとして退屈な沈黙から快活な饒舌へと転換する。そうした光景は、しかし、学校だけではなく「正式の時間」とそれにはさまれた「間の時間」があるところには何処にでも発見される。おかみさん連中が食事時と食事時の間に行う井戸端会議の活発さもまた、こうした現象の一例である。ここにはむろん自由への原初的な欲求が露われている。そしてわが日本社会では、この原初的自由より以上のレベルの自由は、社会的現実として構成されるまでに強力とはなっていない。社会的制度の中で現われる自由はわずかに「間の無形式」を享受すること以上ではなく、フォーマルなルートの中に自由を生かすことはない。拘束されることと自由に主張することとが両立するものとなるには、拘束を内面化する以外にないのだが、そのことは社会的には実現されていない。
 日本の「議会」を見れば一目瞭然である。大淵和夫・藤田光一氏や杉浦明平氏の論文が教えてくれるように、市町村議会は休憩時間にだけ討論が行われるが、それは国会でもそうであって、自民党議員の討論は「料理屋」と「廊下」において行われる場合が多い。とすれば、この国では決定を作っていく「生きた会議」は実は「放課後」に行われているのであって、正式の「会議」は実はそうした「機能する会議」を作り出すための条件として設定されているに過ぎないということになる。日本議会主義はこうした特殊な構造をもって生きているのである。実定的な議会制度はそれ自身では実効性を持たないが、しかし制度の中に含まれた非制度的会議に実効性を与えるチャンスとしてのみ存在しているわけである。それは、まさに機(チャンス)であるからして法ではなく、仏教哲学の中で教義化されているように、むしろ法に対立するものである。どんなに法律制度を整えて国会法をつくっても、法の支配が実現しないのは、その法律制度自体が単なる「機」としてだけ社会的に機能しているからなのである。しかもまた法の支配に対する原理的な反対物であるところの命令の支配でもないのは、この「休み時間の話し合い」によって、決定が行われ、決定があらかじめ了解され、したがって決定は命令者の責任においてなされる「決断」とならなければ、留保条件をめいめいが保持した妥結ともならないで、それが始めて「公け」にされる瞬間には既に全体のものとされているか、少なくとも党派全体のものとなってしまっているからである。
 この「休み時間の話し合い」こそが日本社会を規定するもので、それは、本来的に象徴的な意昧での「日本語」によって行われる。つまり、そこでは「言霊音義解」の哲学がそのまま運営原理となっていて、「話し合い」はまさに「話し合い」であることによって、文字やその他の客観的記号によって公的に表現されてはならないのである。むろん速記はとらさないし、議事録などを残してはならないものなのである。議事録がないのは、面倒だからでもなくまた怠慢からでもなく、「話し合い」だからである。文字に残すのならそれは「話し合い」ではなくなってフォーマルな誌上討論になってしまう。言霊は、凡そすべての人に追思考できるような客観的形式によって縛られたりしてはならない。無形式に行うベきものである。「話し」は音であって形象化されてはならぬ。こうした「話し合い」で実質的な決定が行われるとしたら、正式の会議は単にそれの確認・公表の儀式となる。そこでは、国会なら制度上止むを得ず議事録をとるが、市町村会などになれば、面倒だから議事録はとらない。本当に必要ないからであり、討論の過程そのものがないからである。こういう構造は議会主義ではむろんない。むしろ反対である。対立する意見と立場を客観的なルートに載せるという理念は皆無だからである。ただ、こうした「話し合い」を客観化する技術手段(テープレコーダーやビデオテープ)はできているのだから、これをうまく活用することによって、客観化せざるを得ないように仕向けて行く可能性は開けて来るし、もし議会主義の理念を生かそうとするなら、開かねばならないだろう。日本の伝統的会議の方式からパブリック・オピニオンをつくって行く可能性はこのようにして技術的には可能な段階に達している。それができていないのは、「話し合い」哲学を固守して決定過程を当事者同士の「私」に属するものとして特殊化しようとする精神が強いからである。しかし何でも自分達のものを特殊化しようとするのなら、他の特殊者と比較し「つき合せ」をやって行かないと決して客観的に特殊なものとはならない。それを行わないから「話し合い」主義の社会には個別性が生れないで遂にどれも相似の平準化された「型」ばかりが出て来る。他方、それを行おうとするところに、「媒介」の論理を追求する中井正一の哲学が生れた。そこに会議と討論と交流の方法がつくられたのである。
 (略)われわれは最後にこうした「話し合い」主義が暗殺との間に持っている内的な関連に注意しておこう。「話し合い」主義が対立を客観的記号によって表現することを拒否し、完全相互了解を目ざすものである限り、それは絶えず了解のつかない相手を排除する傾向を内にもつ。もろもろの見解が対立する過程そのものの中に生産力を見出してそれを喜ばしいものとする考えが生れて来ない限り、抹殺衝動の発生は避けられない。(略)」

以上、「日本における二つの会議」(藤田省三著作集7「戦後精神の経験Ⅰ」初出は『思想の科学』1960.11月号)より抜粋。
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2010.02.20 Sat l 言論・表現の自由 l コメント (0) トラックバック (0) l top

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