QLOOKアクセス解析
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
1948年に成立した「軽犯罪法」に中野重治が反対意見を述べている国会演説を全集から引用して掲載する。1948年4月30日の日付である。この法律については、95年のオウム事件当時、信者に対して限度を越えて目茶苦茶な乱用がなされていたという記憶が今もつよく残っているのだが、この法律そのものが中野重治が言うように在ってはならないものなのか、それとも適切な適用がなされれば法自体はそう危険視する必要のない法なのか、この点をこれまでつきつめて考えたり調べたりしたことがない私には今残念ながら判断がつかない。ただこの演説を読んで、そこに並々ならぬ気迫と格調の高さがみなぎっていることを感じ、感銘を受けた。法案の本質・核心に焦点を絞ってそこから決して目を離そうとしない、その一点だけを問題にし、議論するという決意が疑う余地なくはっきり見えるように思う。国会で時にはこのくらい中身と迫力のある政治家の演説を聞いてみたいものだが、ないものねだりだろう、叶えられる可能性は当分ありそうにない。ウェブサイトで検索してみたところ、この演説は「参議院会議録情報」にも載っていることが分かったが、全集収録に際して多少言葉遣いの変更がなされているようなので、こちらのほうを採用した。


 軽犯罪法案反対 (全集23巻「国会演説集」)
日本共産党はかかる堕落した法案には賛成することができない。我々にとつて何が大事であるか、これは基本的人権であることは言うまでもない。日本の人民は、この基本的人権を、あの大きな戦争の犠牲をとおして保障されるまでに至つたのである。このことを我々は少しでも忘れてはならない。この大きな犠牲を払って、己れの基本的人権を保障されるところまでわれわれが漕ぎつけることができた結果なにが生じたか。人民から奪われていた生産物が、物質と精神との両面にわたつてあばかれ始めた。支配官僚の腐敗が、下から正されはじめた。そこでいかにして旧支配権力は自己の破滅を救い、又その犯罪をあばかれずに済ますことができるか。彼らはそのために何に訴えたらよいか。彼らが従来訴えてきたところの治安維持法は廃止されており、更に最近までわずかに訴えてきたところの警察犯罪罰令は廃止されざるを得ないところにきている。そこで彼らは、道徳の仮面に訴えるというほどまでに堕落したのである。即ちほかならぬ「道徳」に、自己の犯罪を守ろうとして訴えたのである。ここにこの法案の狡猾さ、それにもかかわらぬごまかせぬ腐敗が見てとられる。このことは、この法案を発案した当事者がすでに認めている。多くの重罪犯すら取りしまれぬ現在の警察の質と量とによつて、ここにならべられているような軽犯罪を取りしまり得ないことは、この参議院の労働委員会懇談会で、法務庁検務局長自身が認めている。すなわち彼らにとつては、そういうことはもはや問題でないのである。問題は、ここで牙を剥かなければおのれが破滅するということである。そこで牙を道徳的に剥いたのが、この法案である。こう我々は明らかに断定せざるを得ない。ケーペルがこういう意味のことを言つている。
「人が常に常に道徳的に語り得るためには、その人はいかほどまでに道徳的に堕落していなければならぬであろう!」
彼は感嘆符をつけて書いている。これが即ちこの法案である。この法案が通過したならば、それによつて何がもたらされるか、それは、国に満ちた犯罪と腐敗とを、正して行こうとする日本人民の下からの組織的行動にたいする、支配権力側からの一斉襲撃である。この襲撃が成功したならばどうなるか。国の腐敗はいっそう進み、国に満ちている犯罪はいっそう大きく充満してくる。日本共産党は、日本の国民生活がこれ以上腐敗し、日本の国に満ちた犯罪がこれ以上大きくなることを黙つて見ていることはできない。我々はその意味で、かかる仮面にかくれた、それ自身犯罪的な法案に真向から反対するものである。(拍手)


中野重治が演説のなかでその言葉を引いているケーベルというのは、1893年(明治26年)から1914年(大正3年)まで20年余東京帝国大学で哲学を教えた人物のことだと思う。上の中野重治の引用だけでは、言葉の意味したところがもう一つはっきりしないのが残念だが、少数政党である共産党は質問や演説にあまり時間をもらえなかったのではないかと想像される。

漱石は「ケーベル先生」をはじめ何度かこの人について書いている。ケーベルの来日当時、英文科の大学院生だった漱石は、美学を教わったそうである。ついでになるが、ここで、漱石がケーベル先生について書いた文章を2点掲載する。1914年(大正3年)、東大を辞職したケーベル先生は8月12日にドイツに帰国の予定だったが、第一次大戦勃発のため帰国が難しくなり、その後も機を逸して、とうとう日本に骨を埋めることになったそうである。恩師の帰国に際して漱石が朝日新聞に書いた下記の文章「ケーベル先生の告別」と「戦争からきた行き違い」にその経過が綴られている。漱石の死去は1916年(大正5年)なので、これはその2年前の出来事であった。

「 ケーベル先生の告別
 ケーベル先生は今日(8月12日)日本を去るはずになっている。しかし先生はもう二、三日まえから東京にはいないだろう。先生は虚儀虚礼をきらう念の強い人である。二十年前大学の招聘に応じてドイツを立つ時にも、先生の気性を知っている友人は一人も停車場へ送りに来なかったという話である。先生は影のごとく静かに日本へ来て、また影のごとくこっそり日本を去る気らしい。
 静かな先生は東京で三度居を移した。先生の知っている所はおそらくこの三軒の家と、そこから学校へ通う道路くらいなものだろう。かつて先生に散歩をするかと聞いたら、先生は散歩をするところがないから、しないと答えた。先生の意見によると、町は散歩すべきものでないのである。
 こういう先生が日本という国についてなにも知ろうはずがない。また知ろうとする好奇心をもっている道理もない。私が早稲田にいると言ってさえ、先生には早稲田の方角がわからないくらいである。(略)
 私が先月十五日の夜晩餐の招待を受けた時、先生に国へ帰っても朋友がありますかと尋ねたら、先生は南極と北極とは別だが、ほかのところならどこへ行っても朋友はいると答えた。これはもとより冗談であるが、先生の頭の奥に、区々たる場所を超越した世界的の観念が潜んでいればこそ、こんな挨拶もできるのだろう。またこんな挨拶ができればこそ、たいした興味もない日本に二十年もながくいて、不平らしい顔を見せる必要もなかったのだろう。(略)
先生の金銭上の考えも、まったく西洋人とは思われないくらい無頓着である。先生の宅に厄介になっていたものなどは、ずいぶん経済の点にかけて、普通の家には見るべからざる自由を与えられているらしく思われた。このまえ会った時、ある蓄財家の話が出たら、いったいあんなに金をためてどうするりょうけんだろうと言って苦笑していた。先生はこれからさき、日本政府からもらう恩給と、今までの月給の余りとで、暮らしてゆくのだが、その月給の余りというのは、天然自然にできたほんとうの余りで、用意の結果でもなんでもないのである。
 すべてこんなふうにでき上がっている先生にいちばん大事なものは、人と人を結びつける愛と情けだけである。ことに先生は自分の教えてきた日本の学生がいちばん好きらしくみえる。私が十五日の晩に、先生の家を辞して帰ろうとした時、自分は今日本を去るに臨んで、ただ簡単に自分の朋友、ことに自分の指導を受けた学生に、「さようならごきげんよう」という一句を残して行きたいから、それを朝日新聞に書いてくれないかと頼まれた。先生はそのほかの事を言うのはいやだというのである。また言う必要がないというのである。同時に広告欄にその文句を出すのも好まないというのである。私はやむをえないから、ここに先生の許諾を得て、「さようならごきげんよう」のほかに、私自身の言葉を蛇足ながらつけ加えて、先生の告別の辞が、先生の希望どおり、先生の薫陶を受けた多くの人々の目に留まるように取り計らうのである。そうしてその多くの人々に代わって、先生につつがなき航海と、穏やかな余生とを、心から祈るのである。 

 戦争からきた行き違い
 十一日の夜床に着いてからまもなく電話口へ呼び出されて、ケーベル先生が出発を見合わすようになったという報知を受けた。しかしその時はもう「告別の辞」を社へ送ってしまったあとなので私はどうするわけにもいかなかった。先生がまだ横浜のロシアの総領事のもとに泊まっていて、日本を去ることのできないのは、まったく今度の戦争のためと思われる。したがって私にこの正誤を書かせるのもその戦争である。つまり戦争が正直な二人を嘘吐きにしたのだといわなければならない。
 しかし先生の告別の辞は十二日に立つと立たないとで変わるわけもなし、私のそれにつけ加えた蛇足な文句も、先生の去留によってその価値に狂いが出てくるはずもないのだから、われわれは書いたこと言ったことについて取り消しをだす必要は、もとより認めていないのである。ただ「自分の指導を受けた学生によろしく」とあるべきのを、「自分の指導を受けた先生によろしく」と校正が誤っているのだけはぜひ取り消しておきたい。こんなまちがいの起こるのもまた校正掛りを忙殺する今度の戦争の罪かもしれない。 」
関連記事
スポンサーサイト
2010.05.17 Mon l 中野重治 l コメント (0) トラックバック (0) l top

コメント

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://yokoita.blog58.fc2.com/tb.php/68-7385d95e
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。