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1959年(昭和34年)8月10日、松川事件に対し最高裁は「仙台差戻し」の判決を出した。事件発生からちょうどまる10年を経てのときであった。この2年後、1961年8月8日に仙台高等裁判所で被告人全員はようやくにして無罪判決を得ることになるが、この判決に対して検察は上告したので、被告たちが完全に無罪放免となったのは、1963年の9月12日の第二次最高裁判決によってであった。この裁判をふくめて松川事件は計5回もの長い裁判を闘わざるをえなかったことになるが、このうち裁判の流れの転回点となったという意味で最も重大だったのは何といっても1959年の第一次最高裁大法廷における「仙台差戻し判決」ではなかったかと思われる。

この判決における多数派の意見は、検察官によって隠匿されていた「諏訪メモ」(列車転覆のための国鉄労組と東芝労組の共同謀議に出席していたと認定され、死刑判決をうけた佐藤一被告が、実は謀議と同時刻に開かれていた東芝松川工場の労使交渉の場にいて発言をしていた。そのことが記されている会社側出席者の諏訪氏のメモ)の出現を重く見て、列車転覆のための謀議およびその実行行為に関する事実認定に重大な疑惑があるとして差戻しを主張するものであったが、判決終了後、少数意見、特に田中耕太郎最高裁長官の意見があちこちで議論の的となった。田中裁判官の反対意見は、差戻しに票を入れた多数意見者をつよく攻撃するものだったのだ。田中長官の意見は、

「 多数意見は、法技術にとらわれ、事案の全貌と真相を見失っている。しかもその法技術自体が、証拠の評価と刑訴411条の適用において重大なる過誤を犯している。従って私として到底承服することができない。」

という文言から始まり、事案の「全貌と真相」とは「雲の下」に深く隠されている。多数意見者が見ているものは、事案全体から見れば巨大な山脈の雲表に現れた嶺にすぎない。それらを連絡する他の部分は雲下に隠されているのだから、単なる嶺である「諏訪メモ」の出現など問題視する必要はないのだという。また、田中氏は、多数意見は「木を見て森を見」ていないとの非難もしている。そして、もし多数意見者が、被告たちをこの犯罪の実行者でないと考えているのなら、原判決を破棄して、無罪の判決をくだすべきであり、「差し戻し」などという中立を装った中途半端な判定をくだすのは誤りだと攻撃している。

この極端な少数意見に対して、当然さまざまな反論がなされているが、そのなかから、今日は広津和郎に加え、小説家の大岡昇平、歴史家の石母田正の文章を抜粋して掲載する。これらの文章を読むと、田中長官たち五人の少数意見がどのような性質のものであるかが明瞭に分かると思う。まず広津和郎の「少数意見について」だが、これは、「証言としての文学」(學藝書林1968年。初出は1964年)からの抜粋である。大岡昇平の「田中長官を弾劾する」は、「週刊新潮」に載ったもの。この頃、この週刊誌は現在と違ってまともな記事も掲載していたようである。大岡昇平は、「事件」という推理小説(裁判小説?)を書いている(松坂慶子主演のテレビドラマにもなっている)が、大野正男氏との対談「フィクションとしての裁判」によると、この作品を書くことになるそもそもの契機は、実は広津和郎の松川裁判批判に刺戟や影響を受けたことが大きかったのだという。また1955年(昭和30年)には、松川事件についてすでに下記の文章を書いていた。

「 一昨年(注:昭和28年)の秋、アメリカへ発った時、僕の関心の残っていたのは、松川事件だった。高橋被告の身体障害について、一般に公表されたところによって、前判決(注:一審判決)が支持されないのは決定的に見えた。裁判官がどこまで折れるかが問題だと思えた。
 しかしニューヨークで日本の新聞を読み、(二審)判決に殆んど変更なく、さらに或るジャーナリストが裁判所の決定に従うべきだと主張しているのを見て、大袈裟にいえば、僕は祖国のことに興味を失った。それからヨーロッパへ渡って、便宜のないままに、以来八カ月、内地の新聞社誌は全く読まなかった。
 帰って広津さんが依然として、判決文を検討し続けているのを知ったのは、意外でもあり、うれしかった。」(「風報」昭和30年5月号)

石母田正の文章には、田中耕太郎長官の特異な個性がよくとらえられ表現されているように思う。事件からもう10年が経過し、今後新しい証拠が見つかる可能性も期待できないのだから、下級審に余計な負担をかけることになる裁判はもう止めたほうがいい、などと露骨に述べていることには、死刑判決を受けている何人もの被告人がいることを思い合わせて慄然とするが、最高裁長官に就任したとき(管理人注:この就任は吉田茂首相の推薦によるものではないかと田中長官自身が述べている。)、号外がでたとはこれも驚きである。松川裁判の無罪判決は被告たち自身にとってのみならず、後々のためにも本当によかったと思う。これがもし有罪のまま決着したとしたら、一体どうなっていただろう。ただ、その後日本の裁判はこれを糧とすることができたのだろうか。当面はあるいは司法への松川無罪判決の影響はあったのかも知れないとは思うが、現在は誰も田中長官のような本心を口にしないだけで、当時よりさらにひどい状態になっているのではないかという不安がある。
  
 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 少数意見について 広津和郎

 田中長官の「雲の下」とは何であろう。雲表に出ていないものを、何によって知ることができるのであろう。田中長官は「もしその隠れた部分を証拠によって推認することができるならば、<謀議>の存在を肯定できるのである」というからには、雲の下を推認できる証拠を、見つけているのであろう。――そう思って長官の文章を読んで行くと、次ぎの一節にぶつかった。

 かりに二個の連絡謀議が否定された場合に、国鉄側と東芝側との連絡の事実は、当然否定されなければならないか。ところが原判決の挙示する各証拠申連絡の事実を肯定するに足るものが実に多数存在する。これらは被告人赤間の供述(101山本調書)中の阿部、本田の各発言と赤間自身の供述、赤間の供述(102唐松調書)、浜崎の供述(105唐松調書)、大内の供述(107唐松調書、1011笛吹調書)中の杉浦の発言と菊地の供述(1018辻調書)中の太田の発言である。

「雲の下」はこれらの被告らの自白調書によって推認できるというわけである。
 ここで思い出すのは、田中長官をはじめ少数意見に名をつらねている最高裁裁判官たちは、前から「自白尊重」の裁判官であったということである。この少数意見の裁判官たちは、松川裁判の前に、練馬事件に対して、われわれを驚かしたような判例を出している。
 それは被告人の自白は共同被告人に対して、被害者をふくむ証人の証言と同じく、裁判官の自由心証にまかせて差支えない、すなわち証拠として差支えない、というのである。
 そしてその事件では一人の捜査段階の自白によって、数人を罪にしてしまったのである。
 私はこの判例が出た時には戦慄した。これは例の松川の場合に検察官の取った「分離証人」などという面倒な手段を取る必要はなく、被告の自白調書は、そのまま共同被告の証拠として差支えない、というわけであるからである。
 松川裁判の大法廷判決で少数意見にまわった裁判官たちが、この練馬事件では多数意見となって右の判例を出したのであるが、それに対しては当時としての少数意見の烈しい反対があった。その少数意見の一人であった真野毅裁判官がその反対意見の筆を執ったと聞いているが、それは、被告の自白調書が共同被告に対して証拠となったら、共同被告は防禦のしょうがないではないか、これは人権上から見て法の著しい後退である、という意味のものであった。
 実際その通りで、これは他人の自白で人を罪にしても差支えないということを端的に認めた判例なのであるから、こんな法解釈が通用したら、国民は安心して生きてはいられない。おまけにこの裁判官たちは、意思の合致は互に名を知らない人間同士の間にも認め得るから、それを共謀共同正犯と見て差支えないという見解を持っているのであるから、誰かわれわれの知らない人間が、われわれと一緒に何かをやったと自白すれば、それによってわれわれはその人間と共謀共同正犯とされ、その知らない人間の自白によって、逮捕され、その知らない人間の自白が証拠となってわれわれが罪にされても仕方がないということになるわけである。こんな不合理なことはあるまい。現に松川の場合でも、佐藤一は赤間を知らないし、会ったこともない。又高橋晴雄も赤間とは会ったことがない。それだのに赤間自白に佐藤一や高橋晴雄の名が出るので、赤間自白を佐藤一や高橋の証拠としてもさしつかえない、というわけである。実際第一審、第二審では、そういう解釈によって、佐藤一も高橋も死刑だの無期だのの判決を受けて来たのである。その不合理が松川裁判批判を惹き起したのであるが、練馬事件の判例は、真向からその不合理を是認しているのである。
 この練馬事件の判例が出た時には、雑誌『世界』がそれについての座談会を開いた。法律家諸氏にまじって私も出席したが、その席上で当時最高検の検事であった某氏が、「こういう判例が出ると、裁判官が余程しっかりしていないと、被告に取っては危険ですな」
 と呟いたものであった。検察官でさえその判例に驚いたのである。
 この練馬事件の判例を出した裁判官たちが、松川の場合の最高裁大法廷の少数意見の裁判官たちだったのである。田中氏もその仲間なのである。
 昔は自白が証拠の王とされていたが、それが如何に危険であるかが反省され、今日は自白を証拠とすることを禁ずるのが世界的通念となって来た。それだからわが国の憲法も、「何人も、自己に不利益な唯二の証拠が本人の自白でぁる場合には、有罪にされ、又は刑罰を科せられない」と規定している。ところが自白者本人を有罪にすることはできなくても、その自白で共同被告を有罪にすることはできるという解釈が、一部の法律実務家の間には流通し始めた。共同被告にとっては、他人の自白で罪にされてもいいということになるのであるから、こんな恐るべき解釈はない。併しこういう解釈の最も端的な現われがつまり練馬事件の最高裁の判例なのであり、そしてその判例を出した裁判官たちが、松川裁判では多数意見に反対し、少数意見となって、相変らずあくまで自白が証拠になると主張しているのである。この人達は「他人の自白を証拠の王」にしようとしているのである。
 それであるから田中長官が「雲の下」を推認できると称する証拠類が、みな捜査段階の他人の自白詞書であったからといって、別に意外と思うには当らない。
 しかし自白者自身のことは暫く措き、自白者の自白詞書の中に、発言者として名を出されている本田や阿部や杉浦が、その調書の中にあるような発言をしたということが、そのまま証拠とされていいものかどうか。
 この本田や阿部や杉浦は、みな自白者らの自白の中に名を出されて逮捕された人たちであるが、この人達が捜査段階で具体的容疑事項を調べられずに、自白者らの自白によって起訴されて法廷に立ったことは、前に度々述べたことであるから、読者は記憶されていることと思う。捜査段階で具体的に容疑事項を調べられないこの人たちの、他人の捜査段階の自白調書の中にある発言が、反対尋問も経ずに、この人たちの発言としてそのまま証拠とされていいものか。それを証拠として「雲の下」が推認されていいものか。無論そんな不合理が許されてなるものではない。(略)


 田中長官を弾劾する 大岡昇平 (『週刊新潮』昭和34年8月24日号)

 筆者は文章を綴るに足る教育を受け、幸いそれを公表する機会を持つ一国民にすぎない。松川裁判の成行きに興味を持っていたが、これを政治的裁判と呼び、大衆行動によって、裁判の結果を左右出来ると信じ、或いはそのように信じるふりをする指導者に反感を持っていた。
 広津和郎氏の著作の愛読者であったが、松川大行進は最も愚かしき行動と憂慮していた。
 従って今度の仙台高裁差戻しの判決について「人民の勝利」の如き感想を洩らすのはもってのほかと考えている。
 裁判は「雑音」にわずらわされることがなく、公正に行われたと信じている。しかし新聞紙に発表された田中最高裁長官の反対意見要旨を読むに到って、著しく不満を抱くに到った。その理由を列挙する。

  怖るべき少数意見

 少数意見は多数決主義の合議体にあって、廃棄された意見であるが、最高裁の判決文に記載されるのは、判決の性質をよりよく示すためと了解している。
 最高裁の判決は、いわゆる判例として、こん後の裁判を拘束するから、多数意見たる判決と共に、少数意見も載せて、その判決の性質を知らしめ、後日の参考に供するためと了解している。
 それはまた、十年毎にわれわれに与えられる、最高裁の判事の罷免を投票する機会、つまり国民審査に当って、裁判官の資格の適否を判断する資料として、表示されるものと了解している。無論多数意見を批判するのは自由である。しかし批判は審議の対象となった事案に限るのを適当とし、多数意見を書いた裁判官について、批判を行うは逸脱であると考える。周知のように多数意見は事実誤認の疑いありとして、高裁に差戻している。この判決に反対する田中長官の少数意見に言う。
「かりにいわゆる『諏訪メモ』により、佐藤のアリバイが立証されても、事件全体には影響がない。佐藤は実行行為に参加しているから、責任を免れないのである。上告人側はかような点をクローズ・アップして力説し、多数意見者にこの点が事件全体に決定的な意義をもつかのような錯覚をおこさせるのに成功した」
 これは驚くべき暴言である。反対意見の誤りを指摘することは自由であるが、何を根拠に、多数意見者が上告人の力説によって「錯覚」に陥ったと、推理するのであるか。
 裁判官も人間であるから、判断を誤ることは、あると考えるぺきである。しかし錯覚は判断以前の感覚的錯誤であり、判断力の全面的喪失を意味する。最高裁判所判事に、かかる侮辱を加えることが、田中裁判官がその長であるゆえに、許されるのであるか。
 最高裁は内閣が任命し、われわれ国民もそれに同意した、判事をもって構成されていると了解している。その信頼すべき判事について、上告人が「クローズ・アップ」によって「錯覚」をおこさせるのに「成功した」というごとき推測を物語ることは法廷を侮辱するものではないかと考える。われわれ国民を侮辱するものではないかと考える。
 田中長官は職制において、最高裁の長であるが、討議においては、議長として長であるにすぎないと了解する。そして彼自身も判事の一人として評決に参加し、その結果少数意見を書いているのであって、「雑音にまどわされるな」の如き無用の訓示を垂れている時とは、別の人格として、行動しているものと了解する。
 その信頼すべき少数意見に、かかる暴言をまじえること、これが、筆者の不満の第一である。

  たとえ語は伝染する

 第二の不満は、要旨末尾にある。
「法技術の末に拘泥して大局的総合的判断を誤ることのないこと、つまり木を見て森を見失わないこと、これ裁判所法が最高裁判所裁判官に法律の素養とともに高い識見を要求しているゆえんである。われわれとして最高裁判所の在り方について深く思いをいたさざるを得ないのである」
 われわれの語法によれば、ここには多数意見者について、「いや味」と「脅迫」の如きものが感じられるが、これは田中長官とわれわれとでは、用語も語法もちがうかもしれないから、深くは考えないことにする。
 ただたしかなのは「木を見て森を見失う」のような「たとえ話」を、裁判に持ち込むことの害である。
 多数意見者が大局的総合的判断を誤ったと判断したことは、その通り書いてあるのだから最早十分である。「木を見て森を見失う」の如き「たとえ話」で補強するのは無用である。「たとえ話」は俗耳に入り易いが、常に両刃の剣であると知るべきである。もし意地悪な論者がいて、森にばかり気を取られて、木を見ないでもよいのか。事件全体の輪郭を見惚れて、重大な細目を見逃してならぬと反論されたらどうするか。
 事実「松川裁判」は、「諏訪メモ」という「木」によって、今回差戻しの判決が出たのである。それが事件の全面から見て取るに足らぬと、事実に基いて論証するのは、裁判官として正しいやり方である。しかし「木を見て云々」の如き「ことわざ」を援用するのは有害無益である。
 このような「たとえ話」は田中長官と同調した高橋裁判官の少数意見にも伝染している。
「多数意見は、『シカを逐う者山を見ず』のたとえの如く、原裁決の判文の表面にとらわれて、その全趣旨を没却したものであって云々」
 かかる鼻歌の如き「たとえ」以て、同僚を嘲笑する風潮に自ら範を垂れたことについて、田中長官を弾劾する。
 少数意見は、敗者の意見であるから、もっと厳粛であるべきである。われわれがこれまでに見て来た、少数意見はみなそのようなものであった。
 昭和三十年の三鷹事件最高裁判決の少数意見の一は、竹内被告を過失致死罪の刑をもって処断すべしとしたものであり、二は二審が書面審理をもって、一審を破棄自判して、被告に不利な刑を課したことは違法としたものであり、三は被告人に防禦の機会を与えず死刑という極刑に処したことを違法としたものであった。
 そこにはなんの「たとえ話」もなく、淡々と意見が述べられているだけである。それは国民が国家権力によって生命を奪われるに当って、審議で慎重であること、法律自身もそのように整備されていることを、われわれに教えてくれたものである。
 田中長官や高橋裁判官の意見が通っていれば、松川被告中四人が生命を奪われているのである。少数意見は一見厳粛の外観を呈しているが、実は「木を見て云々」「シカを逐う者云々」の如き鼻歌を含んだ、驚くべき思い上がった少数意見なのである。
 筆者はこのような少数意見を書く裁判官に対し、不信の念を抱かざるを得ない。「本意見は多数意見に対する自己の見解を明らかにすることに限局した」と田中長官は書いているが、その言葉は守られていないのである。
 たしかなのは、多数意見が「二つの連絡謀議」に「事実誤認」の疑いがあるとしたことによって、被告の一部を死刑とすることを避けたことである。まるで多数意見のような威丈高の少数意見があり、少数意見のように低姿勢な多数意見があったのが、こんどの判決の特徴である。

  新しい証拠評価法則がなぜいけないか

 以上は田中長官の少数意見の、一般的局面についての不満である。直接「事案」の細目に関する点について、私見がないでもないが、それをここに書くのは差控える。筆者は裁判外の一国民にすぎず、有能なる専門家が五年の歳月を費して調査し、討議した結果達した結論を、その結論の表面に現われたところを以て論ずるのは誤りと考えるからである。
 ただ次のような一般的論拠については、私見を述べることは、許されるであろう。
「多数意見は供述中に矛盾、変化がある場合に反証のない限り、一応信憑性のないものと推定する、われわれとして到底採用できない全く耳新しい証拠評価法則を提唱しているのである。この論理を裏がえせば、供述が一貫していれば、一応信憑性があるものと認むぺきことになる」
 裏がえした論理とは、まったくの書生論理であって、われわれ国民の間にも、そんな議論は行われていない。まして事案に則すぺき裁判においては無用な議論である。
「われわれとして到底採用出来ない」とか「全く耳新しい」とか、またもや多数意見者を素人扱いにした言い分である。この種のいい分は、このほか数多く存在し、多数意見を反対するよりは、読む者に多数意見者に対する不信感を植えつけようとするかの如き印象を与えるのが、田中長官の少数意見の特徴であるが、その点は田中長官の趣味の問題として問わないとしても、「耳新しい」証拠評価法則を採用して悪い理由は、全くないと考える。
 多数意見が矛盾、変化のある供述が信頼出来ないとするのは、「太田自白はその内容を精査すれば」と判決理由書にある通り、現に問題の太田自白について言っているのである。そして同じように変化の多い大内自白が本裁判中に存在すること、それらすべてを含んだ事案の全体について、矛盾、変化のある供述は信憑性のないものと推定したと了解する。
 われわれは裁判とはそのようなものと考えている。新しい事件には「耳新しい」法則が提唱されても、少しも不思議はない。松川事件は審理に十年を要したという事実を取ってみても、日本裁判史上極めて稀な裁判である。珍しい事件に「耳新しい」法則が提唱され、それが判例となって、次の裁判を導いて行く。
 われわれは時代と共に裁判が変ることを期待し、新しい事態には新しい判決があるのを望んでいる。そのようなことの出来る機関として、最高裁判所を持っているのだと了解しているのである。
「もし多数意見者にして心証として犯罪事実を肯認しているとすれば、同条(刑訴四一一条)の裁量権の行使による破棄ははなはだしく不当である。またもし犯罪事実を架空なものと認めるならば、多数意見者は原判決を破棄し無罪の判決をなすぺきである」
 これもまた書生論理であるとまでは言わないが、われわれの間では、こういう言い方を「言いがかり」と呼んでいる。
 多数意見は疑わしいと一言っているだけである。

 裁判所の負担と人命とどっちが重いか 

「付言する。事件発生後ほとんど十年を経過した今日、本件を仙台高等裁判所に差戻しても、新たな証拠は到底期待できない。また証拠はすでに十分でその必要もない。かような措置はいたずらに下級審に負担をかけるだけで有害無益である。差戻し後は審理のためさらに数年を要するかもしれない。これでは裁判の威信は地を払ってしまう」
 これも暴言である。証拠はすでに十分でその必要はないとは、田中裁判官の意見にすぎない。証拠が十分でないと多数意見は判断したから「差戻し」の判決が決定したのである。
 判決の結果は、少数意見の直接関係するところではないはずである。ことが人命に関するものである以上、何年かかろうと、審議を尽すのが裁判ではないのか。
 十年たっているから新しい証拠はどうせ見つからないから、死刑を確定して、手数を省けというのは、国民を侮辱するものである。田中長官には人民の生命より、下級審の手間の方が大事なのか。
 少数意見は判決の性格を明らかにするために、特に表示しなければならないとしてあるものである。それは判決同様、下級裁判所の審理に影響すると考えるべきである。その重大な少数意見の中で、下級裁判所を意気阻喪せしめ(或いは勇気づけ)るごとき、軽率な言辞をさしはさむ最高裁判所長官は、その職務を心得ているのか。



 「廻り道」はおそれない 石母田正(『中央公論』1959年)

 外部的な兆候からみれば楽観してよい材料が多かったにかかわらず、さすがに判決の下る前日は心配で仕事が手につかなかった。判決の結果を放送できき、その夕方から日比谷の野外音楽堂でひらかれた大集会にでかけたが、戦後のこうした集会のなかでもっとも感動的な集まりの一つであったとおもう。七名の多数意見にたいして五名の少数意見が存在したことの重大な意味については、その席上でも強調されたが、そのなかに田中裁判長もふくまれていたことは、予想のとおりではあった。そのときは新聞に報道された田中意見の要点しかわからなかったので、その正文をぜひ読みたいと思った。私はこの田中耕太郎という人物と思想に特別の興味をもっている。戦後の日本の来るべき反動が、もう戦前の国家主義者のような泥くさい形であらわれてくることができないとすれば、田中耕太郎のような人物と思想が、これからの反動の典型としてあらわれてくるのではないかという予感が、彼の最高裁長官に就任したときからしていた。その就任にさいして、朝日新聞が当時としても異例な号外をわざわざ発行したことも、強く印象にのこっている。商法の専門家で、『世界法の理論』の著者で、カソリックとして、コスモポリティズムの思想の信奉者たるこの人物は、戦後の新しい日本の反動のチャンピオンの一人となるのにもっともふさわしい人物なのである。戦後の反動も全体としてみれば、戦前と同じような泥くさいものにみえるが、それを指導している核心的部分はもっとハイカラなものに変わっているとおもう。国民は田中耕太郎の著作集の全部を読むくらいに、この人物と思想について勉強する必要があるかもしれない。(略)
 今度の多数意見は、事件を第二審裁判所に差しもどすことによって、有罪か無罪かという問題については、いわば中立的で、「公正な」立場をとったといえる。田中意見がこの中立性を攻撃の主要な目標としていることは興味がある。田中意見によると、このような重大問題について、多数意見が何らかの心証をもたずに判決を下すことは理論的にも誤っている。多数意見者が心証として犯罪事実を「肯認」しているとすれば、今度の判決は不当であるし、反対に被告による犯罪事実を架空のものと認めているなら、元判決を破棄して、無罪の判決を下すべきだというのである。田中裁判官自身の「心証」はどうかといえば、その「大局的、全体的判断」からみても、また裁判「記録」からだけでも、列車転覆の陰謀はこの被告たちの所業に相異ないという。第二審に差しもどすというような多数意見の中立的な立場、田中裁判官の言葉をかりれば、「一見理論的、良心的かのように思われる」立場は、この判決では許しがたいとして、二者択一をせまっている。われわれも被告の人たちと同じように多数意見が無罪の判決を下さなかったことを残念に思っているが、それとはまったく反対の立場から、多数意見の中立的で、「良心的に思われる」立場を攻撃している裁判長以下五名の少数意見が存在していること、裁判官あるいは官僚層の内部において、「一見理論的、良心的のように思われる」立場を維持することが、この攻撃のために、ますます困難になるかもしれないということをかんがえると、私は第一審以来この裁判の性質を階級的、政治的裁判だと信じているにかかわらず、今後も公正な、政治から独立した裁判をますます要求してゆかねばならないとおもっている。
 田中意見はこうものべている。「多数意見者は、事件発生以来十年を経過しようとしている今日でも、本件を第二審裁判所に差し戻すことによって、なんらかの新しい証拠資料が見出され、真実の発見に資するものと思って差し戻したものであろうか」。検察当局が十年にもわたって諏訪メモを裁判と国民の眼からかくしてきた事実、そのようなことは権力をにぎっているものにはきわめて容易である事実には、まったく目もくれないで、被告たちを獄舎につないだこの十年の経過というものを自己弁護につかっている。自然にこの「十年」が過ぎ去ったのではない。一体だれが「十年」を経過させたのか。「新たな証拠は期待できず、またその必要もない」とものべている。どのような根拠にもとづいて、新しい証拠は期待できないというのか。「その必要もない」というのは何故か。多数意見は、判決文に示されているような十分の根拠があったから、差しもどしを命じた。その結果、田中意見がのべているように、「数年という年月」を要することになりそうであっても、それは人間の生命にかえることはできないからそうしたのである。しかし、田中意見によれば、それは「廻り道」であり、「いたずらに下級審に負担を課するだけ」である。「これでは裁判の威信は地を払ってしまう」。「裁判の威信」が地におちても、無実の人間の生命の一つもうばわれてはならないという国民の立場からすれば、裁判所が新しい証拠を探し出すために全力をあげ、裁判記録を徹底的に検証することを要求する権利がある。被告の人たちには大変なことだが、国民は今度の「廻り道」を少しもおそれてはいない。おそれているものはほかにいるのではないか。
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2010.05.27 Thu l 裁判 l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

差戻し後上告審判決の少数意見もなかなか面白いですよ。結論は逆ですが。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8B%E9%A3%AF%E5%9D%82%E6%BD%A4%E5%A4%AB
でハイライトを読むことができます。
2010.11.02 Tue l sa. URL l 編集
sa 様
sa 様 
コメントありがとうございます。

>差戻し後上告審判決の少数意見もなかなか面白いですよ。結論は逆ですが。

紹介してくださったサイトに早速アクセスしましたら、なんとも強烈な人のお名前が!
少し前に大塚一男弁護士の本を読んだところ、下飯坂裁判官のことが書かれていて、ちょうど少数意見のことを考えて(思い浮かべて)いたところでした。偶然の一致ですが、近いうちにこの件をブログに書く気になりました。よろしかったら、時間のあるときに読んでいただければと思います。またどうぞよろしくお願します。

2010.11.03 Wed l 横板. URL l 編集

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