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 「チェッ、勝っちゃったのか。
  負ければよかったのに。
  夜中の三時過ぎに奇声で目が覚めたよ。
  うざいお祭り騒ぎが続くかと思うとウンザリ。
  サッカーなんて世の中からなくなればいいのに。」

ブログ「liber studiorum」の上の文章がちょっとした議論(?)の種になったようなのだが、私はこのエントリー、読んだ瞬間から好きだったなぁ。ブログ主のa-geminiさんの文章には、普段、読んでいて一箇所「わっ」と笑い出したくなるところがよくあるのだけど、この場合は暑いところに(実際ひどく暑かったのだ)、よく冷えた水を振る舞われてちょっと生き返ったような気持ちがした。以前似たようなことを感じたこともあり、ずばり言いきっている潔さが心地よかったのだろう。

最近は大分洗練されて様子が変わってきているようだけど、今から2、3回前のワールド杯のころ、サッカー関係者やサポーターの一部(大部?)には態度がいかにも「我がもの顔」って感じの雰囲気があって、あれはイヤだった。サッカーを観ること自体はキライじゃないのだけど、あのころは、勝つためには日本の試合日に学校を全国的に休みにしたらいいのだが、なんてことを真顔で言い出したOB 評論家(セルジオ越後氏)もいたなぁ。

これは思ったままの勝手な感想なのだが……。サッカーに興味のない者には自分の体調管理のほうが大事なのは当たり前なんだから、夜中に起こされてウンザリ半分、八つ当たり半分「負ければよかったのに」くらいのことは、実際にはだれでも胸のうちで思ったり、口に出したりしていることだ。「サッカーなんて世の中からなくなればいいのに」なんて言うのは、ゼーッタイ、完璧に100%、世の中からなくならないことを承知の上で(むしろ承知しているからこそ)言っていることなのだから、これは冗談にしかならないでしょう。a-geminiさんが述べているとおりだれかを侮辱する発言ではないので、傷つく人も皆無。サッカーファンが不快になるということもはたしてあるかなぁ。ある物事のファンということはそれだけで楽しみをもっているということなんだから、それを他人にそうそういたわってもらう必要はないはずだ。昔、私は熱狂的にプロ野球を観るのが好きで、物好き呼ばわりされることもよくあったが、それで特に不快になったり、傷ついたりした記憶はないなぁ。少なくとも覚えてはいない。そうすると上の発言は、私なんぞのような「W杯ちょっと辟易派」の溜飲が幾分下がるという効果をもつだけ。それにタブーをつくるのは何事でもよくないから、こういう発言が出るのは、ただでさえなにかと同調圧力のつよい日本社会には、風通しをよくする意味で世間的にもいいことではないか。

2002年のワールド杯のとき、ナンシー関は、これに絡む世の中の騒ぎっぷり、調子の乗り方に対して、たしか「気味悪いッス、怖いッス」と書いていた。文章を読むかぎり、本心から不愉快そうだった(この点、a-geminiさんとはずいぶん印象がちがう)。あの年のW杯開催はナンシー関が急死する直前だったように記憶するが、サッカーに関するストレスも多少影響したんじゃあないだろうか。まぁ、これはナンシー関の死を惜しむ者の一種の負け惜しみ、冗談のような感想だけど。
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2010.06.30 Wed l スポーツ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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