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  死刑制度の今後

永山事件についてもう少しつづきを書いておくと、1983年7月、最高裁は控訴審の無期判決を破棄して審理を東京高裁へ差戻した。この時の判決要旨には、

「確かに、被告人が幼少時から母の手一つで兄弟多数と共に赤貧洗うがごとき窮乏状態の下で育てられ、肉親の愛情に飢えながら成長したことは誠に同情すべきであつて、このような環境的負因が被告人の精神の健全な成長を阻害した面があることは推認できないではない。」

と記され、被告人の不幸な境遇に一定の理解と同情は示されているものの、最終的な判断は次のごとくであった。

「しかしながら、被告人同様の環境的負因を負う他の兄弟らが必ずしも被告人のような軌跡をたどることなく立派に成人していることを考え併せると、環境的負因を特に重視することには疑問がある……」(太字による強調は引用者による)

この判定には私は今も納得がいかないままである。あたえられた環境の下で社会生活を営むしか術をもたない人間にとって、劣悪な環境が最も深甚な影響をおよぼすのは、戦争や動乱の場合と同じく、一番弱い人間に対してであるだろう。この事件に多少なりとも関心のある人には周知のことと思うが、生活苦のために青森県の実家に帰った母親に彼はまだ小学校にも上がらない年齢で、他の姉弟三人とともに極寒の網走に置き去りにされるという体験をしているが、その時、彼は4歳か5歳だった。七ヶ月後に福祉事務所に発見された時、四人は餓死寸前の状態だったそうである。

その間、近所の人は誰も手を差し伸べようとはしなかった。姉は14歳、上の兄は12歳だったそうだが、海岸で腐りかけたような魚を拾ってきて飢えをしのぐというような生活をしながら、結局他人に助けを求めなかったところを見ると、その頃から兄弟の心のなかには自分たちを助けてくれる大人は世の中に存在しないという絶望的な意識がふかく浸透していたのではないだろうか。一人の兄は幼い彼にリンチのような暴力をふるっていたそうであるし、またすぐ上の兄は、法廷で証言台に立って、「あの時則夫が一緒だったかどうかもおぼえていない」「暗い記憶だから、そのことはつとめて思い出さないように、忘れるようにして生きてきた」と述べている。成人した後、彼はこのことを明確には記憶していなかったそうだが、そのように幼いために対象化したり、分析したりできない分、その時に受けた傷ははっきり記憶しているよりもさらに精神の奥ふかく刻印されることになったのではないかとも思う。

彼の兄弟姉妹は、たしかに彼のように犯罪で世の中を騒がせたことはなかっただろうが、かといって裁判所の言うように「立派に成人している」と言えるかどうか。一日24時間、一日一日を生き、そのようにして生を積み重ねていかなければならない人間に対して、犯罪さえおかさなければそれでOKと考えるわけにはいかない。人間の本性も、生活も、それぞれ大変に厄介なもので、一瞬一瞬の生は意味と内容をもち、否応ない重さで本人に迫ってくるものだろう。伝え聞くところによると、彼の兄弟のうち一般的にいう意味で健全な社会生活を営んでいると言える人はあまりいないようである。理由は分からないが、精神を病んだ人も何人かいるようである。結局他人を射殺することになるピストルを彼が手に入れたのも自殺願望のせいだったとも言われるが、事実そのとおりだったのではないだろうか。

逮捕後の彼が獄中で書いた小説作品が初期の頃から人の心に訴える力を有していたということは、彼が生来細やかな、感じやすい神経の持ち主だったことを物語っているように思う。そういう彼の心に環境がどれほど痛ましい傷をつけ、精神的な歪みをもたらしたか、想像がつくように思う。後の創作活動には長所となった同じ性質が実生活では絶望的な犯罪に突き動かす動因となる作用をしたかも知れない。これは誰にも言えることだと思うが、人間の一つの長所はそのまま短所と表裏の関係にあるように思われる。

裁判所が「被告人同様の環境的負因を負う他の兄弟らが必ずしも被告人のような軌跡をたどることなく立派に成人している」云々と述べているのは、犯罪の真因は環境よりも彼の性格、心がけにあるのだと暗示しているのではないかと思うが、これが犯罪の第一の要因だとすることははっきり疑問である。犯罪をおかす、おかさないは一応別問題として考えても、幼児の時からあのような環境下に置かれて人間がすくすく健全に育つとしたらそれこそ奇蹟に等しいことであろう。卑劣な人間に育てることは簡単である、卑劣な扱いをしてやればよい。正直な人間になってほしいのであれば正直な取り扱いをすることだ、というではないか。光市事件の元少年の場合にも言えることだが、私の知るかぎり、少年事件の場合は少し踏み込んで事件を見てみると、ほぼ例外なく本人にはどうすることもできない並々ならぬ事情が背後に控えているように思う。

たとえば、もう17、8年前のことになるが、永山少年と同じく19歳の少年によって引き起こされた市川一家殺人事件。この事件も一家四人もの人を殺害するという世の中に衝撃をあたえた驚くべき事件であった。犯罪そのものはなんとも言えず残忍なもので、一体このような犯行をしでかす少年というのはどんなに救いようのない人間だろうかと思うし、実際少年の精神は当時すさまじく荒れすさんでいたようだが、育った環境を見ると、永山少年などと共通した背景、要因がはっきり見える。このような犯行にいたるまで、長い間彼が飢え渇えるように求めていたものは、やさしい父親と母親に見守られた一家団欒の温かな生活なのだった。綿密にこの事件を取材し、被告人本人から聞き取りをして書かれたらしい詳細なドキュメンタリーの著者は必ずしも被告人に好意をもってはいないようにも思えた(というよりどうしても理解がおよばない点があると感じていると言ったほうがいいかも知れない)が、それでも本の行間からは、結果的に最悪の事態を惹起してしまった凄惨な犯罪とは裏腹の、被告人の一家団欒への憧れのつよさ、烈しさが異様なほどの濃さで立ちのぼってくるのであった。その彼も現在107名の確定死刑囚のうちの一人である。

話題は変わるが、先月28日の千葉景子法務大臣による死刑執行について、保坂展人氏は自身のブログで「「死刑廃止の信念変わらぬ」で「死刑執行」とは」という記事を書かれていた(その後も死刑関連のエントリを続々立てておられる)。保坂氏は、千葉大臣が死刑執行命令書に判を押し、なおかつ執行の立ち会いまでしたのは、刑場を「公開」するという法務省の決断との引き替えの行動だったのではないかと推測し、次のように述べている。

「 こうして、死刑の刑場がテレビなどで「公開」された時、どのような反応が起きてくるのかも、当然ながら法務省刑事局側は予想している。私は、メディア側が「死刑の舞台装置」の巧みさに感動し、また「厳粛にして必要な空間」などと称賛する報道も出てくる可能性がある。ここでのポイントは法務省記者クラブ加盟社以外の海外メディアやフリーの記者を入れることにある。

 裁判員制度では、市民が多数決で死刑判決に参加するという世界中に例のない評決の仕組みがつくられた。千葉大臣は、死刑の刑場が公開されることで、より慎重から事実に即した死刑の存廃も含めた議論を尽くしたいという意図があるのかもしれない。しかし、海外メディアやフリーを排除して行なわれる「刑場の公開」によって「鎖国ニッポン」は千葉大臣の意図とは別方向に暴走しかねない。

 それは、ずばり言って市民・国民参加の「死刑執行」という姿だ。
死刑の刑場も公開され、裁判員で市民・国民が決めた死刑の瞬間を皆が見届ける……もちろん、最初から「執行中継」などはないだろう。しかし、…(略)…今後50年は死刑判決と死刑執行に疑問を持たない社会を彼らは目指している。」

このような推測は、20年前ならば、いや10年前であっても、聞くやいなや「まさか」と一笑にふすしかないような話だったと思う。市民が自分の目で死刑執行を見たり、実感するような経験をすれば、大半の人は必ず死刑に反対し、拒否するようになると思ってきた。だから死刑を存続したい法務省が「市民・国民参加の「死刑執行」」のことなどチラとも考えるはずはないと思われたのだ。実際今でもその気持ちに変わりはないが、それでもあの頃にくらべると、保坂氏の上述の発言にいくらかの信憑性を感じるし、なぜともなく不安をもおぼえる。70年代からずっと年間数名だった死刑判決は2004年からその五倍にも増えてその状態のまま推移を重ねている。底ふかく何かが大きく変容してしまっているのではないだろうか。しかし、もしも保坂氏の危惧するような事態が万一訪れるとすれば、確定死刑囚やその他の獄中の人々の人権抑圧状況が厳しくなるだけではない。私たち一般大衆の人権も蔑ろにされるだろうし、そのなかで特に弱者の人権はますます踏みつけにされ、省みられなくなるだろうと思う。
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2010.08.13 Fri l 死刑 l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

千葉景子に法相の資格なし
民主党を象徴する外国人参政権及び夫婦別姓を推進する極左翼・千葉景子は、幸い落選した。
これは、死刑反対の千葉景子法相が神奈川県民から受けた“死刑判決”。
菅直人首相は死刑囚を法相として政権内に温存する。
死刑反対の法相が2人だけ処刑したが、まだ100人以上が未処刑のまま。
独身の変人・千葉景子の個人的な判断を裁判所の判決よりも優先させてはならない。
2010.08.13 Fri l 左巻き菅. URL l 編集

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